「サンジくん…どうしちゃったの!?コレ…」

夕食一番乗りのナミさんが、(違った意味の)悲鳴を上げてる。
そういう、おれ達の前に並んでるのは、
この船のラウンジにあるテーブルにゃ、とうてい並びきれない、おびただしい数の皿。そこにもられた盛大すぎるパーティ料理。
いつも、おれの料理は豪華だが…今日は、あまりにゴーカすぎる。

と、ナミさんが唖然としてるおキモチは、おれにも、よくわかる。

ああ…ご心配なく。
愛するレディの貴女を、このおれが、恐怖のドン底に突き落とすわけ、ないじゃないですか。
「だいっじょうぶです。ナミっさん。これ、全部、僕のポケットマネーで揃えた食材ですから」
海上レストラン・バラティエの、スペシャルフルコースディナーにも匹敵する、この大ごちそうには、貴女の大切なお金は、1ベリーたりとも使用されてはおりません。モチロン、航海用の保存食料とも、まったく別口のモンですよ。
えーと…つまり、そのですね……コレは、僕のトクベツなオゴリってことで。

あからさまに安堵したお顔を、ナミさんが、なさる。
あぁ、そういう貴女も、魅惑的です。
しかし。
そのホッとしたお美しい眉間が、今度は、かなり不審ぽく寄った。
「今日って……なんか特別な日だったかしら?」
「ええ、まぁ」
ますます、
なんか裏があるんじゃないかしら?
とハッキリ見える、疑わしいお顔をなさる。
「まさかとは思うけど……サンジくんの誕生日だった…とか?」
「さっすがは、ナミさん、スルドイ!!ま、そんなようなモンです」
「………。なんなのよ?…その…『ような』…って?」

かなり引きぎみのナミさんに。
これ以上脅かしてもナンだと思い、おれは、とりあえずカンタンに説明することにした。

「いえ、なんてことは、ありません。今日はですね、実は…」

そう。
今日って日は…

バラティエって海上レストランが、この世に生まれた日。
ま、いわゆる、創業記念日ってヤツ?

そりゃ、まぁ、バラティエは、おれの前の勤め先だし。今乗ってる、この船は、レストランじゃなく海賊船なわけで。おれは料理長でも何でもなく、ただ、この狭いアットホームなキッチンで、毎日、わずか数人分のメシ作ってるだけだし。………なんか全然、関係ねェっちゃァねェんだけど。
でも、おれは…
どうも……
この、こぢんまりしたキッチンが、バラティエの分店だと思ってるらしい。
だって、そうだろ?
あすこの副料理長だったおれが、生まれてはじめて独立して持った、テメェ自身の職場なんだぜ?
つうわけで。
海上レストラン本店の、大創業記念祭、のオマケってコトで。

本日は、この船のキッチンも『クソお客サマ感謝Day』とさせていただきま〜す!てな感じ。

「まぁ、そうだったの」
不審顔が、少しずつ、納得に変わる。その彼女に片手を上げて、
「じゃあ、おれは、他のヤツら呼んできますんで」
おれはラウンジを後にした。



潮風のきいた甲板に出ると、

連中は、いつものように、不用にゴロゴロ転がってやがる。
船首に陣取ったルフィ。
その近くで、片腕を枕に寝込んでるクソ剣士。
剣士の後ろで、熱心に怪し気な実験やってるウソップ。
そのアヤシイ手元に見入ってるチョッパー。

「オイ、野郎ども、メシだ」

一声かけてから、
おれは、この船をとりまいてる薄墨みてェな蒼に、視線を落とした。
陽が落ちたばかりの淡い夕闇のなかに、
小春っぽい海が、のたついている。
晩秋にしちゃ暖かい、穏やかな波を見つめていたら、
フト、
ある、過去の記憶と、つながった。


ありゃぁ…
まだ、おれが、あの巨大サカナ型レストランで働いてた頃のことだ。
それも、やっぱり創業記念の日で。
ちょうど、キッカリ1年前のコトになる。

バラティエは、おれとジジイが、二人で立ち上げた店だ。
はじめは、いったい、借金返せんのかよ!?この先どーすんだ!?とマジ不安になるほど客の来なかった店だが、
半年もすると、口コミで広がった情報に、徐々に客が集まりだして、
1年で、メシ時にゃ店のイスが半分以上は、埋まるようになり、
2年で足りなくなってきて、
5年目あたりで、ようやくイーストブルーの隠れた名所に成り上がった。
その間に、少しずつ従業員の数も増え、
8年もたった頃にゃ、
この辺り一帯じゃほかに聞かねェほど大所帯かかえた、大名物レストランになっていた。
そりゃ、そうだ。
だって、この店にゃ、ジジイとおれの、くそタマシイが入ってる。

店は、繁盛しまくった。

ジジイは、
忙しくても、忙しくなくても、いつも、おんなじように大迫力の大音量で怒鳴ってやがった。有名海賊のキャプテンはってたときのまんま、コックやウェイターを、蹴り飛ばしながら、コキ使った。
おれも…ずいぶん蹴られたなァ。
てゆーか、おれが一番、蹴りくらったよな。
手加減はしてんだろうが、一発一発が、マジ死ぬんじゃねェかと思うほど、スゲェ蹴りだった。片足が義足だなんて、誰も信じらんねェほど鮮やかでスゴかった。
ジジイの蹴りが店内で炸裂すると、そりゃァもう、客だって大勢立ち見が出たね。
わざわざ見物に来る、現役の海賊や、海軍どもだっていたし。
そこに憧れるクソコックどもが、ワンサカ集まってきやがって。
つまり、
それが、あの店のカラーで、
そういうクソヤバイほど最強の、カッコイイ過激さが、バラティエって店そのもので、
だからこそ、まぎれもねェあのクソジジイの、大事なレストランだった。

その…
いつも、いつも、
どこが身体障害なんだか、よくわかんねェクソ元気なジジイが、

ちょうど、去年の今日にあたる日、
笑えるほど、アホみてェに…

……コケた。

昼飯どきだった。
店は気が狂うほど混んでて、騒がしく、忙しかった。
ガヤガヤと、大勢が、せわしなく行き来するなか。
最初に、
客の子供が何かにけつまずいて転んで。
そいつの持ってたヌイグルミみてェなモンが、
ちょうど厨房から出てきたばかりの、クソジジイの義足の真下に飛んできて。
それを、
両手に何枚も皿持ったジジイが、
よけようとして。

よけそこなって、

てめェも転んだ。

「あ。オーナーが…」
「転んだ……」

店中に響くほど、くそスゲェ音がした。
それから、
一瞬、シンとした。
振り向くと、皿も、キレイに盛りつけた料理も、バラバラんなって吹っ飛んでて。そん中に、
いつもエラそうなバカ高いコック帽かぶった大迫力のクソジジイが、
情けなくも、顔面から、つんのめって、
ブザマに、ぶっ倒れていた。

「……あの…オーナーが……転んでる……」

こんな時。
ふつうは、誰かが、まっ先に助け起こしに入るべきなのに。
義足の足でも気づかって「大丈夫ですか?!」とでも叫ぶべきなのに。
つーか、あまりの情けねェ格好に、大爆笑したって良かったのに。
誰もそんなことしねェで、ただ呆然と見ていた。
このレストランをよく知ってる常連の客達も、ウェイターも、コックどもも、皆、床にべったり転がったクソジジイを凝視したまま、固まっていた。

よく知ってる者ほど、動けなかった。
たぶん、おれが……一番…動けなかった……。

タップリ一分間は真っ白い間があった、その後で。
最初にコケてたガキの父親なんだろう人の好さそうな客は、コメツキバッタみてェに頭下げて謝ってたし。転んだガキにもヌイグルミにも、もちろんクソジジイにだって、キズ一つなかったが。
なんとなく後味のクソ悪ィ…見てはいけねェモンを見ちまったような気がして。
皆、その後は、その事には一切触れず、なるべく早めに忘れようとしていた。
あの、過激で危険でクソ恐ろしい料理長兼オーナーが、あんな些細な瞬間に、みっともなくスッ転ぶなんて、あり得ねえ。
いくら義足だからつってもだ。
でも。
義足だからコケたのには、多分まちがいなかった。
だから、みんな、見なかったことにしたんだ。足がねえのがクソジジイの弱味だなんて、思いたくなかった。

もちろん、おれだって、そうしたかったし、そうするつもりだった。





そんな事件のあった日の、午後。
昼飯どきのラッシュが終わって、皆が一息ついてたとき。
いつも厨房の一番奥に、厳しい、おっかねェツラでデンと構えてるハズのジジイの姿が、
なかった。
もちろん、さっきの事があったので。
そのせいじゃねえかと、皆、密かに気にしていたが。お互い気付かねェフリをしていた。

おれだって、ぜひとも、そうしたかった。

でも、

今度は、どうしても……できなかった。
たぶん……こらえ性が、ねェんだろうなァ。おれって男は。
つくづく。
つい、もう、居ても立ってもいらんなくなって、おれは、厨房を飛び出した。
そうして、むやみに、あのクソ高いコック帽を探した。





「………あ…。いたよ」

ジジイは…
巨大サカナの横っ腹のほう。誰もいねえ手すりに頬杖ついて、
ぼーっと海を眺めてやがった。

珍しいモン…見ちまった。年中戦闘体勢のクソジジイが、ボンヤリしている…。年寄りとはとうてい思えねえ、がっちりした巨体を丸めて、遠くばかり見てやがる。

おれは近付いて…
いいもんやら、どうなのやら、ちっとばかし迷ったが。
やっぱり、見なかったことにもできなくて。
わざと足音を大きく響かせながら、ズカズカと無遠慮に近付いた。
タバコが…
ちゃんとポケットに入っているのを無意識に確認しながら、近付いた。

「なァに、たそがれてんだよ。クソジジイ」

タバコに火ィつける、ついでを装って、
おれは、なるべく明るく乱暴に、声をかけた。

ジジイは、海眺めたまんま、うんともすんとも応えない。

おれは、ますます焦ってきて。
つい、まっすぐ、
核心に、ふれた。
「まさかよ。さっきコケたこと、気にしてんのかよ?」

絶対に、否定してくると思ったのに。

ジジイは、小さく笑って。
「そうさなァ……」
と頷いた。
「おれにしちゃァよ、みっともねえモンだったなァ」

おれは、金縛りにあったみてェに…身動き出来なくなった。

【NEXT】