第37話 続ピラミッド
チカンとバクシーシにご用心





店内には所せましと様々な大きさ、品質、値段のパピ

ルスが並んでいる。こぎれいで割に大きな店だ。隅で

は、パピルスの作り方まで実演してくれている。

(けど、なんでこんなモン見てなきゃなんないんだろ)

とふと思いつつもなんとなく三角形の青々とした茎を

切りながら説明している男の日焼けした手元や、白い

壁に掛かったパピルスの色彩豊かな絵柄に目を奪われ

ていると、「さあお客様、お安くなってますよ」がやって

きた。まったく観光地ってのはいつもコレだ。一世代前

のデパートの店員にも劣らない執拗な売り込みの成果

がどの程度あるのか知らないが、とにかく「買わないん

だってば」を連発しつつシミーを探すと、彼は椅子に

座って一服しながら涼しげに店員と話し込んでいる。

「なんだってこんな所に連れてくるんだ」

と文句を言うと、彼は意外そうな顔をして

「だって観光なんだから、こういう所を見るんだよ」

などと言っている。たぶん運ちゃんお任せピラミッド観光

コースなんだろう。なにも真夏の赤道直下でせかせかと走

り回ることもないのかもしれないが、別に私はショッピン

グする気もないので、のんびりくつろいでる彼をとにかく

ピラミッドへ急げと急き立てた。

やっと走り出した車は、しかしすぐに止まってしまった。何

事かと運転席を覗くと、シミーが窓の外を指している。

「ほら、馬車だよ」

「はあ。それが………?」

「あれに乗ってみないか。ピラミッドの回りを一周してくれ

るんだ」

(いいから、さっさと行け!!)

しかし、私の心の罵倒を無視して、それから、ラクダが来たと

いっては止まり、ロバに乗らないかといっては止まり、あげ

くに「ちょっと水買ってくるから」と降りたまま戻ってこな

い。

(こいつは・・時間をひきのばす為の陰謀か?パピルス屋もラ

クダ屋も馬車屋もひょっとするとグルかもしれん)

10倍もふっかけられて、ラクダに乗って喜ぶヒトの良い日本

人になりきるには、少々精神的ゆとりが足りなかったので、

私はイライラしながら「頼むから前に進んでくれ」を連発し

ていたが、もし他に何も用事がないのなら、このお任せコー

スにのってみるのも楽しいかもしれない。

とにかく、やっとのことで巨大な四角錐の群れに到着した時

には、もうすでに予定の時間をかなり経過していた。

赤茶けた砂漠の入り口にポツンと建った電話ボックスのよ

うな窓口で入場チケットを買う。もし、第1・第2ピラミッドの

中に入りたければ、ここで更に別売りのチケットを買う。私

は買いそびれて、残念ながら内部を拝むことはできなかった

が、第3ピラミッドだけは別券がなくともタダで入れた。

シミーと落ち合う場所と時間を打ち合わせ、車を降りて歩き

出すと、子供の頃から幾度となく目にした写真の実物が眼前

に見えてくる。

(おお・・確かに三角だ・・)

妙なことに感動しながら近づくと、案外小さいと思っていた

その三角がどんどん大きくなり、実物大になった時には、レ

ンガほどの小石に見えた積み石の1つ1つが、実は身長よりも

高いのを知って、古代の技術とそれを強いた権力に蒼然とし

た。

さて第一ピラミッドは、ご存じ世界最大のクフ王の墓所。第

二ピラミッドは、唯一頂上の化粧石が残っていることで知ら

れる美しいピラミッド。ここまでは、団体さんも多いし、どこ

にでもある呑気な観光スポットだ。しかし、小さくて地味な

第三ピラミッドまで来る客はぐっと少ない。

人の群れからちょっと離れた第三ピラミッド入り口には、赤

いシャツの袖から細いチョコ色の腕を出した男が突っ立っ

ていた。

「案内するよ」

彼はボソリと言って私を内部に手招きする。ピラミッドは、

外から見るだけじゃ物足りない。やはり中に入ってみなけれ

ば。私は彼について暗い穴の中に降りた。けれど内部は、とり

たててものすごいものが見れるわけじゃない。狭い道を通っ

て昔宝物なんかが置いてあった小さな部屋をのぞくだけだ。

石で囲まれただけの簡素な部屋で、案内人の赤いシャツが

「写真撮ってやるから」と言っては、私にツタンカーメンやら

イシス像みたいなポーズをとらせようとするのだが「笑っ

て、笑って」だの「こっちの石の上に乗って」だのやりながら、

どうもあちこち撫で回されている気がしたのは「もっと口を

こうして」とか言いつつ口の中に指を突っ込まれてからだ

が、どうも穴蔵の密室で二人っきりというのはいただけない

気がする。最後に彼が、入り口をふさぎながら「バクシーシを

よこせ」と迫ってきたときには、ちょっとびびったが、小さく

丸めた札をわざと奥に投げ、相手がそれを拾って確かめてい

るスキに一気に明るい外へと駆け上り飛び出す、なんてとこ

までくると、ほとんど気分はサスペンス。しかし、これもあん

まりおススメはできない。やはり一人でお越しの節は、入り

口のチケット売り場でおとなしく別券を買って、第1・2ピラ

ミッドまでをじっくり見るというのが無難なのかもしれな

い。

さて、そこからしばらく坂道を下るとスフィンクスが見えて

くる。ここからながめるピラミッドがもっとも世間に流布し

てるヤツかもしれない。つまり、スフィンクスのバックに3つ

のピラミッドが行儀よく並んでいるってな図だ。せっかくだ

から、私も通行人の金髪ボーイをつかまえて写真を撮っても

らったりしたが、ここでは地面と建造物は揃いの白、空は紺

碧、樹木は深緑と、実に色分けクッキリな、しかし妙に一体化

した風景が望める。飛行機で上空から見た時とは全く違う。

人工建造物が、ここでは地面から生え出たように、地続きで

一つになっており、それがまさに土から生まれたモノだった

ことが感じられる。

車に戻ると、さっさと帰ろうと思っていた私に、シミーがま

たしてもおかしな寄り道をふっかけてきた。

「ナイル川で、船に乗らないかい?」

話を聞くと、ただの遊覧ではなく何かもっと色々見れるのだ

という。しかも、1時間程度のコンパクトお手軽コースだそう

だ。説明を聞いてるうちに、もうすでに車はうっそうとした

水辺の発着所へとすべり込んでいる。






第38話 ファラオ村

濃い緑色の大きな水草がバサバサ生えている湿地に、今にも

植物に圧し潰されそうな調子で木製の建物がむっつりと

座っている。正面にはDR.RAGAB PHARAONIC VILLAGEと

書かれた大きな看板が打ちつけてあった。

「オレはここで待ってるから。行ってきなよ」

シミーの勧めに押されるようになんとなく降りたそこは、私

が考えていたような隅田川船下りなんかとはだいぶ違って

いた。入り口でもらったパンレットに行程も載っている。敷

地面積15万_。そこに広がるファラオニック・ヴィリッジ。独

りで船に乗ってただ水の上を歩き回るんじゃつまらないと

思っていたのだが、どうやら遊覧船でナイル川の中洲に渡

り、そこにつくった古代ゴッコ村を見物させる趣向らしい。

なんてことはない。日光江戸村とかオランダ村みたいな観光

客用テーマパークってわけだ。後で見たら日本のガイドブッ

クにも載っていた。きっと有名な所なんだろう。同じ系列

DR.RAGABでパピルス博物館というのもあるらしい。これも

ナイル川べりにつながれた、世界一大きな水に浮かぶ博物館

(←大掛かりなCMだが現地パンフ参照)らしいから、ここも

行ってみると面白いかもしれない。

発着所の一階にはお土産売り場もついていて、そこで私はよ

うやく、これがあったら最初から迷わなかったのに・・と思

う、非常にわかりやすいカイロ市内の地図を手に入れた。(主

要な建物が3次元的に描かれた劇画チックな可愛い代物だか

ら、ポスターにも使える。よく見たらどこでも売っていた。お

土産にどうぞ) チケットを買って裏口に抜けると、そこが渡

し場になっていた。野外観戦用のベンチを3列ぶんくらい切

り離して水に浮かべたような、シンプルな乗り物に座って、

水草の中を押し分けるように進む。草の中は古代神イシスや

オシリス、アモン等の像が点々としており、パピルスのプラ

ンテーションもある。やがて平地の開けたところが現れて、

そこには古代の農耕や道具の製作など、生活様式を実演して

くれる人達が当時の格好で待ち構えており、我々の船が通る

たびに、かったるげにパシパシと穀物を打つフリなどしてく

れるのだった。そのうちに船が止まり中洲に上がると、我々

は案内人に連れられて、模型として復元された貴族の部屋や

墓の中を見て回った。ピラミッドの内部を知りたいのなら、

再現物が色々並べてあるから、本物を見るよりもこっちのほ

うがわかりやすいかもしれない。

一巡りするとそこで解散。川辺のカフェやレストランで緑色

の水を眺めながら食事をとったり土産物を物色したり。帰り

は自由に戻りの船に乗る。大河ナイルでブラブラと歴史のお

勉強ってのも悪くない。








第39話 超一流ホテルのお行儀

夕暮れはラムセスヒルトンの最上階レストランで。確か何か

でそんなフレーズを見たような記憶があったので、たまたま

そこに泊まっていたから、夕食がてら行ってみることにし

た。夕日がとても美しいらしい。

周囲が大きなガラス張りになっていて生演奏を聞かせてく

れるそこは、赤坂ニューオータニの最上階なんかに比べると

レトロでこぢんまりした場所だった。回転しないし、高さも

低いが、目の前がナイルだから景色は良い。しかも妙に巨大

な宝石をジャラジャラ飾ったご婦人をエスコートした、いか

にも金持ちアラブの中高年がゆったり構えて歓談なんぞし

てるから、高級感は漂っている。私は独りだったし、汚れた

ジーンズにTシャツ1枚という、このせっかくの最高級感を

ひどくナメたカッコをしていたので、少々浮いていたといわ

ねばなるまい。

夕日は・・とりたててどうというでもなく、フツーに美しかっ

た。だいたいこういうのは前宣伝を聞いてから行くと、特別

なものには見えないらしい。自分で発見する楽しみがないか

らだろう。もっとも私は、メニューの中にいきなり出てきた

「東京」だの「京都」だのという場違いな文字にしみじみした

り、何度呼び止めても明らかに無視し続けるウェイターに腹

を立てたりするのに忙しくて、それどころではなかった。

この貧乏臭いアジア人を見事にシカトする高慢ちきなウェ

イターをようやくつかまえ、運ばせた「京都」は、なんのこと

はない、アスパラを牛肉で巻いて焼き、醤油で味付けしただ

けのシンプルなおつまみ。コレのどこが京都なのかよくわか

らないが、たぶん醤油=日本=京都なんだろう。

(貧困なイメージだ)

自分だってエジプト=ピラミッド=ミイラくらいしか浮か

ばないくせに、すっかりフテくされた私は早々に退散するこ

とにした。結局マジメに相手をしてくれたウェイターさんは

「仕事が終わったら午前1時にここで待ってる」などとゆー意

味深なセリフをささやいて去っていった黒人のオッサンだ

けだったのだが、やはり人間とは外見らしい。雰囲気ぶちこ

わす失礼をしたから失礼されちゃったのかもしれないけれ



(納得いかんな〜)

とかブツクサ言いつつ、やはりいかようにも対処できるよ

う、ドレスの1着くらい持ち歩くべきなのかもしれない。もっ

とも、部屋においてあったお客様アンケートに思いっきり

長々と(てめーらのサービスはなってねーっ)とか文句並べて

帰ったら、一カ月くらいたった後、支配人の名でお詫びの

メールが届いたから、そんなところはさすが一流商売人のし

つけの良さか。(これは経験だが、何か失礼された時も日本人

はすぐ黙ってしまうからナメられるんだな。言い返すと驚い

ててのひら返す・・というのも見物すると面白いぞ。後の日本

人のためにも、強気に出るのがオススメだ。どうせそこは言

わぬが花なんて情緒を貴ぶ国じゃないんだから)

しかし、朝食は毎朝ボーイさんが運んでくれるし、チップを

はずんだら予定の5倍の量に深紅のバラを一輪添えての大大

大サービス。(いやそれが・・マークシートにメニューから1品

ずつ選んでマークしてドアノブに下げておくと、その通りの

もんがやってくるハズなんだけど・・例えばパンはトースト・

ロールパン・パイのうち一つを、卵料理はスクランブルかボ

イルドかオムレツか・・とか・・ま、よくあるコンチネンタル風

ブレックファースト。なのに指定した時間になったら載って

るメニューが全部きた。ジュース3種にパン8個、ソーセージ

にウインナーにベーコンに・・etc.朝っぱらから大迫力。セコ

い私はそれを包んで持ち歩き、朝昼晩の3回に分けて食べて

いたが、アフリカでは初心者が外で物を食うと必ず1度はア

タるそうだから←旅行社の人談 これも結果オーライか)

ホテルの一階は観光客用の洒落たお土産がたくさんおいて

ある小店の列。香油のガラス瓶などは有名だけど隣合う店同

士で値段が50倍も違ったりするのはちょっと謎だ。(理由を

聞いてみても良かったんだが、その前に私は、ディスプレイ

の瓶の列を将棋倒ししてしまって、結局全部買うハメになっ

たりしていたから、やはりそれどころではなかった。言い訳

すると、たまに底が平らじゃない瓶が混じっているんだ!)

民芸品も洗練されてるし、お支払いはカードでどうぞだし、

掘り出しもの的な面白さはないけれど、一流ホテルというの

はどこでも無難にできているようだ。

ま、良いことも悪いことも飲み込んで、旅はゆくゆく・・。で

も、もうそろそろ、終着か。








第40話 もう一度
    ギリシャに戻ってくる為に



その後私は、時間の都合上、1週間通いつめたっていい広大な

考古学博物館を2時間で駆け抜けるという暴挙にチャレンジ

したり(博物館の開館時間にはほんとに終始苦労した。小さ

い所は午後2〜3時頃閉まるところも多いし、休館日にもよく

あたるんだ)空港のトイレで待ち構えているバクシーシおば

さんから逃げ回ったり、(彼女らは手を洗おうとしていると

横からいきなり現れて、素早く蛇口をひねってから、手間賃

よこせと言うのだ)飛行機のチケットに付いていた何かの半

券を落っことし、フライト寸前に待ち合い室で反狂乱になっ

てそれを探し回ったりしていたが(結局それが何だったのか

いまだに分からないのだが、係員になくしたと話したら、い

いからそのまま乗れと言われた)無意味に慌てて駆けずり

回っただけだったような気もする。やはり旅は余裕をもっ

て・・余裕がないなら欲張らず諦めてどっか一カ所に腰を落

ち着けたほうが良いのかもしれない。

アテネ行きの飛行機は日本人の団体客で混んでいた。夏のア

テネ−カイロは結構人気があるんだろうか。でも、どういう

わけか、同郷の団体客というのは・・なんだか出くわすと居心

地が悪くなる。自分が集団生活に不向きなせいかもしれな

い。前に一度だけツアーに入ったことがあったが、1日目にし

てお家に帰りたいよ〜病が発生してしまって途中からホテ

ルでフテ寝していたし、遠足も修学旅行も嫌いだった。そん

なわけで逃げ隠れするように、アテネに舞い戻った私は大急

ぎで空港を後にしたが、さて、やはり最後くらいはのんびり

したい。市内をぶらぶら散歩するか、または同じ所にもう一

度行ってみるとか・・。で、結局、再度デルフィ行きにトライす

ることにした。デルフィには、飲むと必ずもう一度ギリシャ

に戻れるってな言い伝えの不思議な泉がわいている。かつて

ギリシャ軍が戦争に出掛ける前に飲んだというが、もう一度

ギリシャに来たいと思っている私も、ぜひとも飲んでおかね

ばなるまい。

デルフィに行くにはあの謎のターミナルからだが、予習はす

でに終わっているし、今度は毎回バスが停車する度に「ここ

どこ?」と慌てることもないし、(途中、いろんな村に寄る

が・・遺跡は毛織物なんか売ってる山奥の小村の次で・・道路

からちゃんとアポロン神殿が見える)昇降の度にチケット売

り場を探すこともないし、ちょうど休日で時間は短いが入場

料はタダだ・・。

アポロン神殿の上にある競技会用トラック(古代ギリシャ

人ってのはホント、劇場とスポーツ好きなんだよな)では、お

母さんと2人の子供がよーいどんごっこして遊んでいた。ど

この観光客もやってるけど。静かだ。のどかだ。ホテルは階段

教室のイスみたいに傾斜に沢山並んでるし、時間があったら

ここで1泊するのも悪くない。

お昼に入ったタベルナで食事をしていたら、実に見事なツヤ

ツヤと太った大蜂が飛んできた。私はクマに死んだふり状態

で、硬直したまますっかり1コの置き物と化していたが、隣の

テーブルにいた若いカップルの女のほうが、ハチを追い払っ

てキャーキャー騒ぐ。と、騒ぎかたが気に入らなかったのか

ハチ君ついに攻撃。女が刺されて泣き出す事件発生。店の主

人が奥からあたふたと飛んできたが、薬を持ってきて言うに



「西の人は泣き虫だからねぇ」

確かに西欧は南欧に比べて人間も湿気がありそうだ。でも、

こんなことが人目を引くくらい、呑気な所なんだな。とはい

え、チケットなしで帰りのバスに乗ったら、隣の人が

「君は運がいいねぇ。このバスは普通はすごく混むからあら

かじめ買っておかないと乗れないんだよ」

と教えてくれた。実は案外忙しい所なのかもしれない。

この隣のお客は、品のよい初老の男性だったが、娘2人と奥さ

んの4人で家族旅行をしてたらしい。デルフィの遺跡なんか

には行かないで、そのはるか下のほうに広がる海とか、その

辺の山に入ってキャンプしたりしていたそうだ。ここは遺跡

を歩き回るより、そんな遊び方も面白いかもしれない。もっ

と色々話を聞きたかったが、勉強好きで自分も農耕史に興味

があると言う彼に、私は自分の専門について詳しい説明を要

求され早々に寝たふりをしなければならなくなったので、残

念ながら会話は続行しなかった。

願わくば、今度来る時はもっとエーゴが上達してますよう

に。

飲めば再びギリシャの土を踏めるという例の泉の水も飲ん

だことだし・・いずれ名誉挽回の時もありましょう。でも、と

にかく今は死んだふり。

18時のバスに乗ったら、ホテルに戻ると21時を回っていた。

フロントには

「遅すぎる。もっと早く帰ってきなさい」

と言われるし。けれど、長かった旅もとうとう明日で終わり

だ。






第41話 アテネのショッピング


アテネは、いろいろある。神殿も博物館も丘も劇場も教会も

お土産も。でも、ロープウェイで丘に上っても期間限定の古

代劇を見物しても、一人じゃつまらない。私はリカビトスの

丘の上にある教会で、信者でもないのに異様に細長い茶色の

ロウソクを買って、火を点けたりして遊んでいたが、とうと

うそれにも飽きて、なんとなく町をぶらついていた。

どうもこの辺の土産屋は観光地特有のケバケバしさが目

立って、私は好きになれない。高い、ケバい、粗悪。で、悪趣味

なモノが揃ってる気がする。ムギワラ帽子なんぞは、合成品

にビニルひもを巻き付けたようなもんが売ってるんだから、

品質を求めるなら日本で買ったほうがいいような気もする

が、まあ、しかし、日本の物価と比べれば、値段に魅力はある

かもしれない。

私は常々気になっていた革のサンダルを買おうとして店に

入った。つくりは簡単だが、革だし手作りだし、確かに安い。

400円程度のならスリッパみたいだが、2000円くらい出せば

結構使える。ちなみに5000ドラクマ(当時で約2000円)払った

サンダルは2年経った今でも健在。デザインも日本のとはど

こかしら違っているから、履いてると時々友達に褒められ

る。ただ、日本のワンタッチなスナップ式に慣れていると、い

ちいち昔ながらにヒモで縛るそいつらは少々うっとうしい。

バッグなんかもそうなのだが、インスタントを好む忙しない

日本人との違いなのか。ここらのモノは作るにも使うにも手

間暇かかるようにできている。 サイズを試していたら、店の

オヤジからいきなり

「あんた、フィリピン人のくせに英語がヘタだねぇ」

と言われてしまった。余計なお世話だ。だいたい、私はいる間

中、韓国だの中国だのタイだの朝鮮だのと、無数のアジア系

に間違われたが、ついに誰も日本人だとは言ってくれなかっ

た。日本女性ってのはどうも、必ず高そうな服を着て、きれい

に化粧して、大きなスーツケースを持ち歩くものだと思われ

ているらしい。まるで規格品みたいに髪型でもファッション

でも何でもお揃いにしたがる不思議な国民だと、私も時々不

気味に思うことがあるが。単一民族のせいだろうか。国土が

狭いからか。画一してたほうが無難に生きれる仕組みになっ

ているからか。しかし、あまり外国に出稼ぎにいくこともな

い、恵まれた国ではある。この近所には出稼ぎのフィリピン

人が多いらしい。確かにフィリピン人なら英語も上手かろ

う。

海綿は、いろんな値段があって、高いのは買わなかったから

知らないが、私が買った並のは使っているとすぐボロボロに

崩れてしまった。品質がいけないのか、海綿とはもともとそ

ういうものなのかわからないが、でも、水を含むと普通のス

ポンジにはない滑らかで柔らかな感触がして、洗顔なんかに

はとても気持ちいいものだ。

マンドリンみたいなブズキのCDや、持ってるとリッチで

ハッピーでストロングでヘルシーな生活ができるという魔

法の石、魔よけのメデューサの目をデザインした小物、トル

コではバスのフロントガラスにお守りみたいに下げてあっ

た数珠のようなクンボロイ・・歩いていると店の人達がそん

なものをすすめてくれる。

最後になんとなくフラフラ入った革製品屋さんは、手作りの

有名なお店で、ガイドブックにも載ってる所らしかった。お

兄さんが写真で掲載されているという本を、ご主人が見せて

くれた。どうも兄弟経営らしい。

手作りの革製品は、最初淡いチャチな色合いをしているが、

使っているとアメ色に変色して重厚な雰囲気になる。


「ほらね、こんなふうに変わるんだよ」

と、ご主人が店中にぶら下がっている商品で新旧を比べてみ

せてくれた。

「まあちょっと、かけてごらんよ」

壁からバッグをいくつかはずして彼は私に預けたが、どうも

ヨーロッパ人の身長に合わせてつくられたそれらは調節し

ても長すぎて、肩にかけると本体まで手が届かない。

「縮められないの?」

と聞くと

「斜めにかければいいんだよ」

という。

幼稚園バッグみたいにかけろということらしい。う〜ん・・と

か渋りつつ、時々飛び出している糸のほつれを引っ張ってい

たら

「だめだめ。それはこうやって始末しなきゃ」

と、彼はおもむろにライターを出し、出ている糸を焼き切っ

てみせた。結局私はそこから色々買い込んだが、なかには色

落ちするのもあって、服に着色するから使えない・・なんてこ

ともあったけれど、今でもなかなか重宝している。

店主は気さくで嫌みがない。しかも今日は偶然にして彼の61

才の誕生日で、1時からパーティーをやるから君も来ないか

という。残念だけど、今日の午後には日本に帰るんだと言う

と、まぁでもいいじゃないかときた。言いながら彼はタバコ

を差し出し

「君もひとつどう」

「私タバコは吸いませんから」

「ギリシャのタバコは軽いから大丈夫」

そう言って彼は自分でくわえて火をつけ、私にすすめる。

(コレを吸うとオヤジと間接キッスか?!)

しかし、何事もサービス旺盛な私だから

「いやぁ、どーもどーも。ギリシャのタバコは美味いっす

ねぇ」

などと、つまらぬ世辞をサービスしながら、さもありがたく

ちょうだいしてしまった。それにしても彼らは人見知りしな

い。呑気だし。すぐ寝るし。

良いのか悪いのかフクザツな思いで電車に乗ると、外国人に

道をきかれて教えてしまった。どうにかアテネ市内くらいは

歩けるようになったらしい。と、目の前には、乱暴な運転にふ

り飛ばされないよう一人の青年が手すりにしがみついてい

た。汚れたリュックを背負い、一目で旅行者とわかる慣れな

い様子で、ほとんど窓にはりつくように必死に外を凝視して

いる。

(ははぁ・・きっと、どこで降りるかわからないんだ。なにし

ろ、駅名と場所が頭に入ってないと大変だからな)


その後ろ姿は、まるで1カ月前の私だ。未知の前に不安と期待

とドキドキと。

(健闘を祈るよ)

ちょっと余裕で私は彼を見送った。妙にしゃちこばって急ぎ

足で降りてゆくその背中に、心からグッドラック!!

あんまりお土産は買わなかったが、なんだかずいぶん膨大な

ものを得た気がする。自分の中で何かが変わった気がする。

でも、これが旅ってもんかもしれない。思えばいろいろ大変

だった。良いことも悪いことも不安も喜びも毎日これでもか

これでもかというほど訪れて、旅の終わりには寝だめ食いだ

め泥棒に会っても軽いジョークでかわすことのできる体と

旅先で知り合った人達のいろんな国語の名刺を抱えて帰っ

てくる・・。

そして、私の中の見えない束縛もほんの少し緩んだ気がし

た。帰ったらきっと、いつものうっとうしい何かが、ほんの少

し、優しい別の何かに見えるだろう。旅は確かに幻想だ、とは

じめに書いた。しかし真剣にハマれば幻想も必ずなにかを

語ってくれる。

ちょっとばかり背が高くなったような気分で私は空港に向

かった。もっとも、その後も、飛行機のエンジン不調でバンコ

クに5時間足止めされるわ、成田エクスプレスが事故で途中

停車したまま動かなくなるわで、最後の最後までトラブル続

きの旅ではあったのだけど。