「気に入らぬ奴だ」

生前、厳達はいつもそう言っていた。

加治木貞史郎のことである。

「何故おまえは、あんな奴を高く買う……?」

時雨の前では、いつも柔和な瞳が、加治木の名を聞くと剣呑になる。

グチも文句も滅多に出さないこの男がそれほど嫌う理由が、しかし、

時雨にはよく飲み込めない。

「そうかなぁ?それほど悪い奴には見えないが……」

その日も、時雨は、厳達の部屋に座り込み、楽観で寛容な視線を

宙に浮かせながら、部屋の主を前に頬杖をついていた。肌小袖一枚

に袴。間着を肩に引っかけている。少々だらしない格好だが、着て

いる生地は良い。顔だちも良家の育ちらしく、おっとりとした気品

がある。端正な頬によく似合う、穏やかな男らしい声で、彼はもう

一度言った。

「厳達……おまえの考えすぎじゃないのか?加治木が、自分の裏切

りを隠すために、上役に虚偽の報告をしたなんて……」

厳達は、黙っている。こちらは、武士というより女形役者のような

男である。明日にでもヒノキ舞台に上がれそうな洗練された美しい

姿で、薄い唇をかんだまま、彼は不機嫌に押し黙っていた。

一ヶ月ほど前。京都守護の会津藩士が一人、切腹を命ぜられて死

んだ。

京都治安のために捕らえた過激派浪人を、六角牢獄まで護送する途

中、奪い返しに来た浪士隊に襲われ不覚をとった。いくらかは斬っ

たが、結局、護送中の浪人を含め、半数以上を取り逃がし、行方も

わからぬ失態であった。

「だから指揮していたあいつが、責任をとって死んだ」

黒谷の陣所に配された部屋で、厳達は、仏頂面のまま言っている。

死んだ藩士は、彼の同僚だった。たまたまその日、私用で役目を受

けられなかった厳達の代わりに、行った。

━……俺のせいで……━

と厳達は言わない。だが、そう思っている。時雨は言葉を尽くして

慰めたが、黙って頷いただけで、一向に晴れない顔をしている。

「で、俺は……あれから調べてみたんだが……」

もうとっくに終わったはずの事件を、厳達は自分の仕事の合い間に、

ずっと独りでつつき返していたのだった。

「浪人たちの襲撃は、こちらも予測済みだった。だから、あの日は、

日も刻も護送ルートさえ、直前で変更。……我々さえ知らぬ間に、

護送は完了するハズだったんだ」

その命令を、隊長を務めていた男、田代が独断で無視。

その結果の不始末に、同情の余地はない。

これが、当時の裁定である。

「だが、どうしても、俺には田代が、自ら命令違反を犯したとは信

じられん」

途中で下達をスリ替えた奴がいる、と厳達は言う。

「それが……加治木だと?」

「ああ。多分」

「それが本当なら、大変なことだぞ。会津藩士が……しかも……

一番情報を握っている隠密役の男が倒幕派に通じているなんて……」

ほとんど、信じられない、といった顔で、時雨は胡座をかいたまま、

相変わらず厳達の文机に頬杖をついている。

「明らかな物証でもあるのか?」

「いや。たまたまそれらしき現場を見ていた、町人の子供の証言だ

けだ。加治木の動向にも注意していたが、その後、特に裏切り行為

に出る気配もない」

「……だったら……」

どうにもならぬ。やはり、おまえの思い違いだろう?

時雨の目が言っている。しかし、厳達は強引に続けた。

「俺には確信がある。加治木は裏表のある男だ。これ一回きりなの

か、以前からそうなのか、それはわからん。だが、おそらく、倒幕

派に何らかのつながりがある。それを田代に気付かれた。だから…」

「ハメて殺したって?」

言葉を引き取って、時雨は両手に顎を乗せたまま、開け放した障子

の外へ視線を移す。やはり彼には、幼なじみの謀反がどうにも信じ

られない。しかし、それをあからさまに厳達に悟られるのも嫌だっ

た。彼なりの気遣いで、あいまいなつぶやきを返した。

「その…子供とやらが加治木を見間違えたのではないか?」

「違う。まぁ、一石二鳥というやつだ。浪士を逃がし、同時に邪魔

者を消す。あいつは、なかなかの策謀家だぞ」

「そうかなぁ」

「加治木は、昔からそういう奴だ」

「そうか……?」

「俺にはわかる」

「何故?」

「俺のカン」

呆気にとられた視線を時雨が返す前に、厳達は、さっさと結論を言

った。

「とにかく、おまえにだけは話しておく。だが証拠が希薄だから告

訴はしない。今のところ加治木も、特に変わった動きは見せていな

いし……」

「厳達……」

「なんだ?」

「おまえ、疲れてるんじゃないのか?仲間を疑うなんて……。それ

は……、まるで身代わりのように死なせたと、苦にしているのはわ

かるが……。死は天命のようなものだ。決しておまえのせいではな

いし……俺はむしろ、切腹を命じられたのがおまえでなくて、ほっ

としている」

田代に感謝したいくらいだ。

とまでは言わなかったが、時雨の気持ちはそうだった。あまり言う

と、逆に厳達に軽蔑されそうな気がして黙っているが、あるかない

かの裏切りよりも、毎日のように聞く誰かの死よりも、彼には、目

の前の男が無事であることのほうが重要なのだった。

「すぐに、というわけにはいかぬだろうが…早く忘れたほうがいい。

昔から知っている加治木を疑うなんて…疲れている証拠だ」

厳達は、小さくため息をついた。切れ長の瞳が、不安に近い憂いを

含んでいる。時雨はようやく、心配しているつもりが、逆にされて

いるのに気付いた。

「厳達……俺は……」

「おまえは人が良すぎる。そのうち、痛い目を見るぞ」

「痛い目……?」

「利用されるかもしれぬ」

「俺が?何故?誰に?」

わかってない。

という顔を厳達はしたが、今度はつい微笑みに変わった。切れ長のき

つい瞳は、睨むと冷酷で、時に鬼相を帯びるほど恐ろしい。人を斬る

時、この男は、剣気だけでなく、底冷えのする視線で、相手を射すく

めた。

会津の人斬り厳達。

そう恐れられる彼が、笑うと光がこぼれるように眩しく美しい。触

れると切れそうな、冷徹な美を光らせる彼が、時々、たおやかに微

笑む。暖かく柔らかいこの笑顔を、彼は時雨の前でだけよく見せた。

「そこがおまえの良いところだ」

優しい笑顔のまま、厳達は言った。

「だが、人間には表と裏がある。皆がおまえのようだと思わぬこと

だ。心から純粋に戦っている者は案外少ない。晴れ晴れとこの国の

未来を語る笑顔の奥に、殺意のような闇を飼っているかもしれぬ」

「おまえも……」

唐突に、時雨が聞き返した。

「おまえも…そうなのか?」

白い頬が、ふと翳った。まるで悲しんでいるような微笑を止めたま

ま、厳達は黙っている。

それは、二人が永別するわずか数ヶ月前のことだった。

あの時の沈黙の意味が、今でも、時雨にはわからない。

厳達が彼の前から消え、もう二度と会えなくなってしまった日から、

十年以上経った今でも。

ただ時折、不意にその顔が浮かぶことがある。年々薄れてゆく記憶

の中で、厳達だけが、時とともに鮮やかになった。それと同時に、

あの時の不思議な笑顔も鮮明になった。

(時雨……)

急に呼ばれた気がして、彼はとっさに振り返った。

誰もいない。

江戸に構えた屋敷の中で、時雨は長いこと独りでぼんやりしてい

たのに気付いた。先刻まで残っていた西日はとっくに消えて、深い

闇だけが辺りを包んでいる。暗がりの奥に、厳達の位牌が、ひっそ

りと納まっていた。

時雨は、ずっとそれを見つめている。忘れるどころか、年々重くな

る胸の苦痛をこらえたまま、彼は毎日位牌を見つめ続けた。

まるで、自ら望んで制裁を受けるように。

意識のある間中、錐のような何かで突かれている、と時雨は思った。

(この痛みで、いっそ死んでしまえたらいい……)

それが、虫のよい願望であるとわかっていても、ついそう思ってし

まう。

そうやって、もうずっと、十年以上も、彼は独りで生きているのだ

った。







「ここにいたのか」

荒い足音が近付き、乱暴に障子戸が開く。庭に面した板敷きの廊下

に、細身だが、意外にがっしりした肩幅のある男がいる。

さして広くもない部屋で正座している時雨を見下ろしながら、加治

木が突っ立っていた。

これまでも、何かと用事を繕ってやってきた男だが、半月ほど前か

ら、特に頻繁に出入りしている。最近では、声もかけずに黙って上

がり込むのが日課になっていた。

「…………」

座ったまま、時雨は、軽く視線を上げた。6尺5寸はある加治木が

前に立つと、かなり視野が圧迫される。けれど、まるで頓着しない

ように時雨は見上げた。というより、彼の視界には目の前の男が、

ほとんど映っていなかったと言ったほうがいい。彼にとって、もう

長いこと、他人は人というより人の形をした影にすぎなかった。

「また、ここにいたのか」

半ばうんざりしたように、加治木が舌打ちする。突っ立ったまま、

彼は、部屋の中を見回した。床の間の隣りに、壁にはめ込まれた、

いかにも凝った造りの仏壇がある。反対側の壁際には、誰の作とも

いえないありきたりな水墨画の屏風が一つ立ててある。

畳敷きの部屋にあるのは、それだけだった。他に何もないそこで、

仏壇の前に一枚だけ置かれた座布団に端座し、時雨は、ただ、じっ

と細長い位牌を見つめている。いつ来ても、外出していなければ時

雨はたいていここにいた。そして、同じように、位牌の前に座って

いるのだった。

(いい加減にしろ!)

そう怒鳴りたくなる声を飲み込んで、加治木は努めて淡々と口を開

いた。

「もと、会津の連中から聞いたぞ」

何を?という顔で、時雨が再び視線を上げる。どことなく空ろなそ

の目を見ながら、加治木は詰問するような口調で続けた。

「おまえ、幕末からずっと、死んだ藩士のために身代を投げ打って

尽くしてるそうだな」

頷きもせず、時雨は黙ったまま彼を見上げている。

加治木は、故なく苛ついた。

「どおりで、何もなくなるはずだ」

広いだけで、がらんとした屋敷をねめつけるように見回し、加治木

はこの十年で消えた物を数えてみる。

屋敷は、代々幕臣だった時雨の母方のものだった。そこに、会津

が戦場になる直前、父方である会津の屋敷にあった家財を運び込ん

だ。指図したのは江戸生まれの、時雨の乳母である。おかげで、会

津藩士にしては例外のように、維新後も生活するに困らないほど物

が残った。家老だった父方の財と、母方の遺品をすべて売れば、か

なりの金を捻出できる。時雨は不自由しないだけの生活費を手許に

残すと、あとは、幕末に死んだ藩士の遺族や、もと幕臣の孤児たち

に配り歩いた。

「なぜ、そこまでして………」

加治木は、苦々しい声で言っている。何故こんなことでイライラす

るのか自分でもよくわからない。ただ、とっくに過ぎたたハズの何

かをいまだに引きずっている時雨が、許せない気がした。

「もう、維新は終わったんだぞ!俺達は、負けたんだ。いつまでも

過去に関わるのはやめろ!」

「……………」

「目に付く何人かに金など配ってなんになる?!そんなことをして

も、俺達も会津もどうにもならん!いまさら出来ることなど何もな

いんだ」

「それでも……」

初めて、時雨の重い口が動いた。一語一語ゆっくり、ほとんど自分

に言い聞かせる独り言のように、彼は言った。

「それでも、何かしなければならぬ。今の俺に出来ることを」

「なんのためにだ?!ええ?!その辺の孤児など、おまえに何の関係

があるというのだ。本当に、薩長連合を阻止できなかった後悔だけな

のか!?」

それもあろう。だが、それだけじゃない。

加治木は直感で気付いている。だから、神経に響くのだ。

すぐには、時雨は答えなかった。黙って、開いた障子の狭間から庭

を眺めている。その唇が、苦悶のように動いた。

「約束したからだ。理想を守ると」

「何……?!誰の理想を守るというのだ?!」

「……厳達……。厳達のために………」

確かに、彼はそう言った。途切れそうな、小さな声だった。なのに、

確固としていた。

そのとたん、加治木の中に、はっきりした憎悪が浮かんだ。それが、

厳達に対するものなのか時雨に対するものなのか、それとも時雨の

言葉に対するものなのかは、わからない。あるいは、今いる現実そ

のものに対してかもしれないし、もしかすると、自分自身に対する

憎しみかもしれなかった。ただ、わからないまま、それは、どす黒

い炎のように熱く、暗く、ハッキリしていた。

「無駄だな」

わざと精一杯冷ややかに彼は言った。

「維新は成った。これからの日本は薩長が作る。もと会津藩士の俺

達には手の届かぬ事だ。いまさら時間を戻すことなどできないし、

できるとすれば………」

そこまで言って、急に加治木は黙った。

(できるとすれば………)

しかし、それを続けず、話を変えた。というより、話を戻した、と

いったほうがいいかもしれない。意地の悪い声で、彼は言った。

「もう諦めろ。厳達は死んだんだ。死んだ者の言葉など幻覚にすぎ

ん。いくら守っても死人は死人だ!おまえのことなど、もう見な

い!!」

時雨は、何も応えない。ただ、瞳を大きく見開いたまま、一個の置

き物のように固まっていた。

(同じだ……。あの時と……)

ほとんど感慨に近い憎しみで、加治木は思い出していた。

十数年前の、京でのことを。




あの日。

凍るような明け方の寒さの中。時雨は独りで帰ってきた。黒谷の

陣所まで、どこをどうやって歩いてきたのか。夢遊病者のような焦

点の定まらない瞳で、ぼんやりと門前に突っ立っていた。腕に血ま

みれの人間を抱えている。厳達だった。額を真っ向から割られてい

る。一目で、絶命しているのがわかった。

材木問屋・箕田に出向いた隊は、時雨が鈴屋に向かった後、加治

木の指揮で全員無事に帰っている。出迎えた藩士たちは、厳達に率

いられた鈴屋の半隊が全滅したのを知って唖然とした。

会津の高槻厳達は、桂小五郎の護衛をしていた緋村抜刀斎に斬られ

た。そんな噂が血みどろの京都を、いまさらのように騒然と駆け抜

ける。

それから、時雨は置き物になった。

「まだ、遺体を処分しないのか?」

数日後。戸を蹴立てて入ってきた加治木の神経が、すでに逆立って

いる。

「いったい、いつまでそうしているつもりだ!?時雨!」

部屋の中央に延べられた床には、厳達が横たわっている。傷の手

当ても済み、血も泥も洗い流した。正装に近い着付けで、羽織だけ

が布団の上に掛けられている。本当に、ただ眠っているだけのよう

であった。

「時雨!?」

加治木はもう一度怒鳴った。

反応が、ない。

厳達の枕元に正座して、身動き一つせず、底冷えの寒さが続く師走

の夜も、昼も、そうしている。あれから一度も、時雨が立つのを見

ない。眠らず、食べず、言葉も発せず、動きもしない。目は開いて

いるが、何も映さない。座ったまま、死んでいるようだった。

「そうやって……」

加治木は、自分でも得体の知れない苛立ちを持て余しながら、白く

なるほど拳を握った。

「そうやって……おまえも厳達と一緒に死ぬ気なのか?」

何に対して怒っているのか、自分にもわからない。ただ、目の前の

時雨は、無性に彼を腹立たせる。

「死んだ者のことなど、もう忘れろ!」

優しい言葉をかけてやるべきだ。

そう思っているのに、吐き出すものは罵倒に近い。

「厳達は、死んだんだ!まだわからないのか!?」

時雨は無表情を崩さない。

不意に、加治木はカッとした。

傷つけてやりたい。

思った瞬間、自分でもびっくりするほど冷淡な声が出た。

「諦めろ、時雨。どうせ、おまえは死んだって厳達の許へなど行け

ない。おまえが厳達を殺したんだからな!そうだろう!?」

なぜ、そんなことを、俺は言うのだ……?

と、その時、

「時雨……?」

それまで木像のように沈黙していた身体が、わずかに動いた。額に

かかった後れ毛の先が揺れ、その下に一条の光が走る。

滴が、落ちた。やつれた頬を伝って、あとからあとから透明な光が

落ちていった。

声も出さず、身じろきもしない。意識があるのかもわからない。

人形が、泣いているようだ、と加治木は思った。

(それでも……)

とっさに、絶望に近い敗北を感じたのはなぜだろう。

加治木は、取り返しのつかない悔しさに、歯噛みした。今すぐ時雨

の襟首を吊るし上げ、その頬を殴り飛ばしてやりたい。横たわった

骸を、バラバラに踏みにじってやりたい。

そんな衝動にかられた時、

━……みろ、やはり俺の言った通りだろう?……━

どこからか厳達の声が聞こえた気がした。

(殺したはずなのに……)

地団駄踏みたい気分で、加治木は心に叫んだ。

(あの日……俺は知っていたんだ。会合が鈴屋であるのを。そこに

人斬り抜刀斎がいたことも。誤った判断と知りつつ時雨に従ったの

は、厳達……きさまを消すためだ!なのに……)

━……俺を殺しても無駄だよ……━

そう言っていた厳達の言葉通りになった気がした。

二ヶ月ほど前のことだ。

初めは些細な口論だった気がする。発端は忘れてしまった。ただ、

いつも加治木は、厳達の男とは思えぬ美しい首筋を見ると、無性に

腹が立った。

「ふん」

と鼻を鳴らし、その日も、加治木は厳達に向かい、見下すように言

葉を投げた。

「結構な御身分だな」

「何?」

「とぼけるなよ。今度はどこの男をたらしこむ予定だ?御家老か?

筆頭家老か?まったく……有効に使えるものだな。女のような顔と

体は……」

赤くなって怒るかと期待したが、意に反して、厳達は逆に、小バカ

にしたような薄笑いを浮かべただけだ。

「失敬」

と彼は言った。

「残念ながら、おまえの下衆な冗談に付き合ってやるヒマがない。

俺は多忙でな。遊んでもらいたければ、島原にでも行ったらどうだ?

上役には、黙っといてやってもいいぞ?」

(ふざけやがって……)

厳達を見ると、どういうわけか体の奥から、ふつふつと憎しみに似

た何かが湧き起こる。

陣所の裏庭だったが、辺りには、二人のほか誰もいない。加治木は、

つい口走った。

「チッ。へらず口を叩きやがって。その口で時雨も、まるめこんだ

のか?あいつをたぶらかしただけじゃ飽き足らず、このうえ…」

「なんだ」

と厳達が言った。

「加治木…おまえ、時雨が好きなのか」

何気ない一言だった。言った厳達は、けろりとしている。驚愕した

のは、加治木のほうだ。みぞおちに蹴りを入れられたような顔で、

彼は厳達をみつめた。

「気持ちはわかるが嫉妬で、からまれたのでは、迷惑だな」

厳達は淡々としている。その台詞が冗談なのか本気なのかさえ、わ

からない。しかし、いつも空気を切るようなその瞳が、こころなし

か鋭さを増していた。

「ひとつ、聞こう」

見上げるほど身長差のある小柄な厳達が、加治木を前に落ち着き払

っている。下から睨み上げられているのに、なぜか加治木は全身が

すくんだ。

「正直に答えてもらうぞ」

「な…何が……言いたい……?」

「返答次第では、この場で斬る」

「時雨のことなら……」

「違う」

ぴしゃりと言って、厳達は、いきなり鯉口を切った。剣の腕では、

天地がひっくり返っても勝てないと、知っている。問われる前から

加治木は、緊張で口の中がカラカラに乾くのを感じた。

「加治木…きさま…」

「な…なんだ……」

「いったい、これからどうする気なのだ?このまま会津に残るの

か?それとも、長州に奔るつもりなのか?」

意外な問いだった。

あまりに意外すぎて、加治木は取り繕うのも、忘れていた。

「答えてもらう」

「…………………わからん」

暫く考えてから、加治木は正直にそう言った。

「わからない?」

言いかけた厳達を待たずに、加治木は逆に聞き返した。

「では、おまえは…どう思う、厳達……。徳川は…この戦いで滅ぶ

と思うか?」

さすがに、一瞬詰まった。けれど、すぐに厳達はよどみなく答えた。

「今は、長州に勝ち目などない」

「今は……な」

「そうだ。だが……薩摩がつけば、五分になる」

「………」

「あとは……天皇と外国をどう使うかで、勝負は決まるだろう」

加治木はうつむいている。厳達は、黙って鞘を抜き払った。

「勝つほうに、つきたいわけか?」

まっすぐ喉元に白刃を突きつけて、厳達は目の前の男を見上げた。

「だが、それも賭けだ。最後まで勝負はわからぬ。それで、おまえ

はどうするのだ?」

「まだ……決めかねている」

「いさぎよくないな。武士ならば即答しろ。この先、容保さまに忠

節を尽くすなら見逃してやる。どうなのだ?」

「バカげている!」

急に、追いつめられた鼠のように、加治木は叫んだ。精一杯、噛み

返すように彼は言った。

「武士道とは、君主に忠節を尽くすことだ。だが、忠節とは、なん

だ?そんなものが人間の本性だと思うのか!?勝つか負けるかもわか

らぬというのに、ただ俸禄を貰っているというだけで、命を捧げる

のか!そんなもの、偽善だ!欺瞞だ!! 皆、本当は自分だけが大切

に決まっている!この国の未来がなんだというのだ?未来や夢でメ

シが食えるものか!俺達だけじゃないさ!君主どもだって、同じだ。

誰を裏切っても、自分だけは助かりたいと思っている。奴等にと

って、俺達はただの捨て石みたいなものだ。真実は一切隠し、都合

のよい情報で操って……。さんざん右往左往させておいて…イザと

なったら自分たちだけ逃げる算段に決まっている!!」

ぜえぜえと息をきらしながら、加治木は一気にまくしたてた。厳達

は黙って聞いている。剣先はピタリと加治木に当たっていたが、き

つい目許は、ほんのわずか和らいでいた。

「加治木……おまえ……」

「なんだ?!」

「……草だろう……?」

「え」

興奮していた加治木が、すっと蒼ざめた。

草。

何代も前から住みついて、さも先祖代々の藩士のような顔をした、

二重間者。

「本当は、徳川の御庭番だったのではないか?」

加治木は黙った。そして、ポツリと言った。

「……………昔のことだ。生まれる前の約束など、知ったことか」

「今になって、どちらも裏切るつもりなのか?」

「………信頼も誠意も、人間が捏造した幻だ。幕府だって徳川親

藩さえ疑うのだ」

「なるほど。………だから、時雨が欲しいのか」

もう一度、加治木は硬直した。

突きつけられた切っ先で、本当に串刺しにされてしまったように、

彼はポッカリ瞳孔を開いていた。

「厳達……きさま………いったい………」

やっと声が出せた時、加治木は目の前に、不思議な瞳の色を見た。

「わかった」

と厳達は言った。太刀を引き、鞘に収め、まっすぐに加治木を見上

げた。

「今度だけは、見逃してやる。だが、これだけは言っておこう」

「………………?」

「時雨だけは…決して、おまえの私欲に利用するな。その時は、俺

がおまえを斬る」

「ま…待て!!」

立ち去りかけた厳達を、ようやく、加治木は呼び止めた。

「厳達………!俺をこのままにしておいて、いいのか?秘密を知った

おまえを、俺は、いつかきっと殺すぞ」

厳達は振り向いて、微笑んだ。今さっき見たばかりの、不思議な瞳

で微笑っていた。

「俺を殺しても……無駄だよ」

「なんだと?」

「そんなことをしても、おまえの闇は救われぬ」

「いったい……なに……を…」

「ごまかすな。俺を消したいのは、正体がバレたからじゃないだろ

う?」

「さっきから、何が……言いたい」

「闇は、光が欲しい。そうしないと、辛いから。……俺も、そうだ」

「厳達……おまえ……」

「時雨の光は、俺の暗闇を照らしてくれる。だが、そのためには、

闇も輝く努力をせねばならぬ。やみくもに暗がりを背負っているだ

けでは、どんな光も届かない」

やはり、邪魔だ。

唐突に、加治木の胸を、焦りに似た憎悪が突き上げた。

自分のすべてを見抜く厳達は、邪魔だ。

自分と同じ理由で時雨を欲している厳達は、邪魔だ。

そして、なにより、時雨の心は厳達にある。

闇を負う厳達が、自分を差し置いて光を手に入れ、幸福になってい

る。

そんなことは許せない。

(殺してやる……)

そして、それは成就した。

なのに。

目の前で、石像のような時雨が泣いている。残ったのは、時雨と

いう光の抜け殻だけだった。

(こいつの瞳には、俺の姿は映らないのか……。厳達しか………)

時雨の光は、厳達しか救わない。

(そんなことが、あってたまるか!)

加治木は、厳達の遺骸の前に立ったまま、切れるほど唇を噛んだ。









質素な中庭に、夏の濃い影が伸びている。

あの時の遺骸は、位牌になった。

しかし時雨は、十数年前と同じように動かない。

加治木は、位牌を睨んだ。

(死んだはずなのに……。もう二度と俺にあんな口はきけないし、

時雨をどうすることも、できぬはずだ……)

それなのに。

「時雨…おまえ…」

「……………?」

口調を改めた加治木に、やっと、時雨は顔を上げた。

「前から聞こうと思っていたのだが…」

屋敷全体を見回すように視線を動かしながら、加治木は言った。

「父君や母君の位牌はどうしたのだ?」

「ない」

「ない?」

「ああ」

今度は意外なほど、すぐに答えが返る。まるでそれが当然のように、

時雨はあっさり言った。

「墓も位牌もない。生き残ったのは俺だけで、家人は皆、骨すら残

らなかったのだ。それに……」

一つの信念のように、時雨ははっきり言った。

「会津の仲間も……旧幕臣も……皆、俺のせいで死んだのだ。その

俺が、自分の家族の冥福を祈るわけにはいかぬ」

「だったら、なぜ厳達は……」

「厳達は別だ。俺は今も、厳達の遺志を継ぐためだけに、生きてい

る」

不意に、確信のように加治木は思った。

まだ、厳達は、生きている。

死んだはずなのに、生きていたとき以上に、生きている。

あまりにも強く愛されて死んだ人間は、人であることを超越する。

厳達は死ぬことによって、時雨の中で、ひとつの『神』になったの

だ。

「………く……」

加治木の頬が、苦悶に歪んだ。痛みのような憎悪が、全身を走る。

(これは、嫉妬だ)

ひらめきのように、その言葉が浮かんだ。

仲間想いで優しくて、いつも純粋に戦っていた。そして、誰もが自

分と同じ気持ちで戦っていると信じている。今でも、身を削って他

人のために尽くしている。

(やはり時雨は……光だ)

彼が決して手に入れられなかった光を持つ時雨。

その光を、死んでなお独占している厳達。

これは、二人の幸福な絆に対する嫉妬なのだ。

(だったら……)

壁から、位牌が見ている気がする。

(厳達……!きさまの面前で、奪い取ってやる!死んだことを後悔

するがいい)

加治木は後ろ手で、障子を閉めた。

パンという音に、時雨が怪訝な顔をする。

わずか数歩で近寄った。

そうして。いきなり、加治木は、渾身の力を込めて彼を突き飛ばし

た。






何が起こったのか、よくわからない。

ただ、思ってもみない行動に、加治木が出た。それだけが、したた

か打ちつけて朦朧としかけている頭に届いている。

「や……やめろ!加治木!!」

やっとのことで、時雨は、自分の上に圧し掛かっている男を押しの

けようと、手を伸ばした。

「気でも狂ったのか!?」

「残念だな。俺はいたって正常だぞ」

その手を暴力的につかまえて、加治木は馬乗りになったまま、組み

敷いた体を見下ろした。

こんな方法を、もしこの男と厳達が結んでいなかったら、わざわざ

取る必要はなかったかもしれない。

確かに時雨が欲しかった。子供の頃に初めて見た、彼の真っ直ぐ

な瞳が欲しかった。しかしそれは憧れに近い何かであって、女を抱

きたいのとは違う。

(だが……厳達に見せてやるのだ)

それには、厳達と同じ関係でなければならない。

「よせ!加治木!!」

悲鳴のように、時雨が叫んだ。

「何をいまさら……。子供じゃあるまいし。たかが俺と契るくらい

何でもないだろう?」

「何を考えているんだ?!おまえ……!」

「別に考えなどない。おまえとやってみたくなった。それだけだ」

「どうかしてるぞ!こんな……厳達の前で!!」

厳達の前。

その言葉を時雨の口から聞くと、加治木の中で、何かが逆上した。

「厳達の前だと?!」

思わず彼は怒鳴った。

「こんな………こんな位牌が何だというんだ?!」

「今でも……俺の一番大切な人間だ」

「厳達がなんだ!おまえにそんなことを言う資格はない!おまえが

厳達を殺したんだからな!!」

時雨は一瞬、正面から袈裟斬りにされたような顔をした。

「みんなおまえのせいなんだ!櫻井も浅見も横田もおまえのせいで、

死んだんだ!遺族の相談に乗るだと?!金銭の面倒を見るだと?笑わ

せるな!いまさら見舞ったところで取り返しなどつかん!!」

悲鳴を噛み殺すように、時雨が顔をそむける。それを追って、加治

木は強引に身を沈めた。

半刻ほど、経っただろうか。

加治木の下で、時雨は、声も立てずに歯を食いしばっている。

(平和な地獄とは………こんなものか)

加治木は妙な感慨にふけった。誰も人が死なないというのに、それ

以上の地獄がここにある。

「こんなことで………」

ふと、顔のすぐ前で、白く噛んでいた唇が動いた。

「こんなことで……おまえの気が済むのか?」

はっとして、加治木は一瞬体を引いた。

時雨の、存外静かな瞳が見上げている。

「これで……一体、おまえの何が救われるんだ?」

不思議だった。

どんなに苦しんでも。こんなに貶めても。十数年前と変わらず時雨

は清楚で美しい。同じように、優しい光を放っている気がする。

加治木は、彼の瞳に反射した、己の顔を見た。

血走った瞳。歪んだ頬。

(これが……俺なのか……)

いまさらのように、彼は思った。

(この十年で、時代は変わって、俺も変わって……俺は以前に増し

て、いっそう醜くなった……)

どうにもならない後悔のような苦痛で、加治木はおもわず、時雨の

胸につっぷした。

(まるで、泣いているようだ……)

急にそんな気がして、時雨は自分の上で細かく震えている加治木

の髪をみつめた。

と、同時に。

いつか見た厳達の、不思議に哀しい笑顔が浮かんだ。

(厳達……)

どこかつかみどころのない笑顔で、厳達は時々笑った。

「何を考えている?」

そう聞いても、答えないことがあった。

よく、二人は藩校をエスケープして磐梯山の見える丘に登った。

丘に上がると、厳達はすぐ草叢に胡座をかく。座布団の上で両手を

揃えて正座しているのが似合いそうな男なのに、彼は、案外にラフ

な格好が好きだった。羽織を肩に打ち掛け、片ソデだけを通してい

る。

「いいなぁ……」

青空を見上げながら時折彼は、よく、思い出したように言った。

「何が……?」

「おまえの名前」

「ああ?」

「滝魅って綺麗じゃないか。字も響きも」

「そうか?」

「そうだよ」

「俺は、厳しく達するの方が、カッコイイと思うけどな」

「髪もいい」

「え?俺の髪?」

「交換して欲しいくらいだ」

時雨の背に流れる黒髪は、座ると先が地に着くほど長い。彼の気性

に似た、素直でまっすぐな髪だった。

「いいよなぁ……」

黒い絹糸のようにツヤツヤ光る美しい束を弄びながら、厳達は羨ま

しそうにつぶやいた。

「俺は……おまえの髪のほうが個性的で好きだけど……」

「そうか?」

「うん。俺のは個性がない」

時雨は本当にそう思っている。厳達は、自分の髪を人目を引くよう

な変わった形に結い上げていたが、それは、彼の性格にも近かった。

「孔子ってのは……エセ学者だな。清貧ぶっているが、正体は功名心

タップリの階級主義者だよ」

時々、厳達はとんでもないことを言う。

「だって、目上を敬い謙譲する、道徳的な儒書だろう?」

「読みが甘いぞ、時雨……」

四書五経はもちろん、主要な漢書をほとんどソラんじながら、そん

なことを言って、時雨を脅かした。

無論、時雨も子供の頃から漢書はほとんど暗記している。けれど、

微妙に差があって、いったいどこから見つけてくるのか、日新館の

教授がきれいに省いたモンダイ文献まで、厳達は全部暗誦していた。

その厳達が、たまに憂鬱な顔をする。そんな時、彼はいつも、時

雨の名と髪を誉めた。

(あれは……いったい何だったのだろう……)

加治木の体重を受け止めながら、時雨は思った。あの厳達が、どこ

か、加治木のすがりつくような泣き声と重なって見えた気がしたか

らだった。

「厳……達…」

ごく自然に、時雨はその名を口にした。

はっとして、加治木が顔を上げる。

時雨は、少し、微笑んでいた。その瞳は、どこか遠い所で焦点を結

んでいる。遠い、厳達と過ごした過去を見ているのかもしれなかっ

た。

(もう、殺すしかない)

加治木は唐突に、そう思った。

天啓のように、思いついたといっていい。

(光など、あるからいけないのだ。あるから、俺は憧れてしまうの

だ。手に入れることが出来ずに、苦しむのだ。だから俺は、光を捨

てて、奴等とは違う生き方をしてみせる!本当の俺の生き方で、幸

せになってみせる!)

それには、二人を越えなければならない。

厳達に勝って、時雨にも勝って。自分は、二人が手に入れられなか

ったものを手に入れなければならない。

そう思うと、加治木は、ほんの少し呪縛から解かれて、新しい光

を見たような気がした。

(時雨……。俺は、おまえの光から抜け出てやる。そのために、お

まえを殺す。おまえの大切な、厳達への気持ちを利用して踏みにじ

って殺してやる!そしてその上に立って生きてやるのだ)

維新は成った。これからの日本は薩長が作る。もと会津藩士の俺達

には手の届かぬ事だ。いまさら時間を戻すことなどできないし、で

きるとすれば……。

続きが、すんなりと出た。

━……会津を、捨てる……━

(そして、生きてやる)

加治木は決意のように思った。

(時雨……!おまえの嫌いな、明治政府を盾にして!!)

位牌を見上げ、加治木は笑った。

(厳達……きさまは死んだ人間だ。俺には勝てない。私欲に時雨を

利用しても、止めることすらできまい?!)

触れているのに、どこまでも遠い体を抱きしめながら、悲しい呪

いのように、加治木は、いつまでも笑っていた。



数ヶ月後。

中庭に立って、ぼんやり花を見ている時雨の背に、加治木は言葉と

一緒に近付いた。

「何をしている?もう、冬だというのに……」

「寒椿が……」

赤い花弁を眺めながら、時雨が言った。

「美しい花のまま落ちた。……まるで……厳達みたいに……」

「まだそんなことを言っているのか」

「できるなら、今すぐあとを追いたい。だが、このままでは死ねな

い。償いをしなければ……」

「では……」

最後の決断のように、加治木はその背に向かって言った。

「いい機会があるぞ」

「加治木……?」

「きっと気に入る計画だ」

寒椿の花が、風に揺られ、もう一つ落ちる。

それを見ながら、時雨は一度だけ頷いた。

それから仏間に戻り、床の間から太刀を取り上げ、軽く振った。

「おまえの剣……、久しぶりに見る」

つい見とれたように、加治木が微笑む。時雨は美しい型で、鞘と白

刃を使い独特の二刀流を見せた。

「俺達のなかで……、おまえが一番強かった」

「そんなことはない」

珍しく、時雨は声をたてて笑った。笑うと、ひどく幼く見える。昔

はよくその顔で笑っていた。今のように、落ち着き繕った大人の笑

顔ではなく。

「時々、真剣勝負で厳達に負けた」

「冗談だろう」

時雨は笑っている。

厳達と真剣を合わせると、時雨は無意識に手加減してしまった。厳

達は、いつも鮮やかに投げ鞘を決める。喉や、みぞおちに当てられ

て、時雨はずいぶん苦しんだことがあった。

『厳達……おまえ…意外と、力があるんだな』

『どうだ?少しは見直したか?』

その度に座り込む時雨に手をさしのべて、厳達は悪戯っぽく微笑ん

だ。

華奢なおまえに、鉄の鞘を使う鹿沼流は似合わない。

遠慮して口には出さないが、どこかそういっている時雨に、厳達は

遠慮なく蹴り技を使った。

「厳達が死んでから……鹿沼流は使わなかった」

想い出を抱え直すように、時雨は静かに微笑した。

「でも、これで……やっと厳達のもとへ行ける。俺は……厳達の好

きだった青空を守って、もう一度戦ってみせる」

「時雨……おまえは変わらないな」

今でも、美しいままだ。俺よりも、厳達よりも、おまえはいつも純

粋で………。

今でも、おまえは俺の……………。

「加治木?」

「いや……」

長い髪を翻した時雨を眩しげに見ながら、加治木は首を振った。

だから、俺はおまえを殺そう。

俺自身のために。

俺自身が、新たな世を生きるために。

透明に澄んだ、冷たい風が吹きぬける。もう、冬の早い夕闇が、ひ

そやかな足音で、近付いていた。


《夕闇に架ける橋……終》