アメリカの7月4日は盛大だ。
花火ドンパチ打ち鳴らし国家挙げてその日に賭けてるって感じで全力でお祭りやってて。
オレがアメリカ行ったとき、マジびっくりした。

…こいつら、何でオレの誕生日、知ってやがんだ?!三連休にしてまで、オレのために全米が祝ってくれてるぜ、だがまあ当然だがな。やっぱオレって天才のうえにスーパースターで超有名人だしなァ…?

「なァんて、思ったんだがな」

学生服のスラックスの斜めフロントポケットに両手突っ込んで、フッって笑ってそう言ってみたら。

「バカなんですか、あなた」

オレの双子の弟、影道殉が、影道館の裏門に寄りかかって腕組みしたまま、冷たい視線でこっち見てる。
冷たいっていうか何だろうな…こう…ドン引きすぎてどうすれば、みたいな?

「その日がUSAの独立記念日だなんて、わたしだって知っている」
「なんだよ、いいだろその程度のカン違い。いつも美しくってグレートで完璧なお兄ちゃんにも可愛いとこあるんだなァ?とかそんな感じにならねえのかよ」
「なりませんけど、べつに。今、ふつうに恥ずかしいです、わたし…。痛すぎる渡米の思い出を、こんな所でカミングアウトしないで下さい」

せっかく久しぶりに会えたのに。
しかも密会で。
弟ときたら、全っ然、嬉しそうじゃねえばかりか、どっちかってえと…怒ってる…?

「だいたいあなたのセンスには、ついていけません。剣崎ガールズとか…アレも…やめていただきたいんですが」
「なんでだよ?」
「著しく…恥ずかしい…身内として…」

俯いた顔が、それ言い出しただけでもう真っ赤だ。心底、恥ずかしいって様子で、
殉のほうが。

そうか…そんなに恥ずかしかったのか、お前…。お前がそこまで嫌ならオレも考えるぜ、って…
オレとしちゃあ、ありえねえほど甚く反省して、即刻、改善することにした。

ミニスカのチアガールはべらせて引き連れて歩くのが恥だって弟が言うから。じゃあ野郎ならいんじゃね?って思って、今度は、
学生服の男の応援団にしてみた。
なんかバンカラ風味な高校生かリーゼントの不良中学生みてえのに、ずらーっと錦旗持たせて両側に並べて。
んー、ちょっと総長みてえな感じかな、族の。オレが。
って感じで間、歩いてみて。
で、

「アレならどうよ?」
「……」

弟は今度は何も言わなかった。
だがOKなのかと思ったら真逆だった。

それ以来、口もきいてくんねえんだけど。どうしたらいいだろうな、って
志那虎に相談したら、

「剣崎…お前、馬鹿だったんだな…」

殉と似たようなこと言いやがった。
まァお前ら何か似てるからな。武士道みてえなお堅いところが。頭ガッチガチつか。それで相談したわけだけど?リアクションが一緒ってことは、オレよりは正しい対策知ってんじゃねえかと思って?

「とりあえず素直に一度リセットして。一切、全部を、やめてから。総帥に謝るんだな」
「なにを?オレが?なんで?」
「剣崎、お前…。いや、いい…。影道総帥も、ご苦労なことだ…このような派手好きの兄を持って」

なんとお気の毒な…ってツラなんだけどモロに。しかも額に手ぇ当てて頭抱えてるってぇ態度で。
なんかそんなに悪ィことしたっけ?オレ? ……真剣に考えてみたが、思い当たるところが、まったくねえな。
しかし、どうしたもんか。このまま殉としゃべれねえのは辛え。 あいつに無視されると傷つくんだよなァオレ。

参ったなァ…って。

7月の空をつい見上げた。

後楽園の観覧車の見える、パラソルカフェの、白い丸テーブルに両足乗っけて、アーチ型のアールヌーボー調の白い椅子にふんぞり返ったまま。

志那虎は向かい側で、同じメルヘンチックな金属製の白ペンキ椅子に、背筋ピンと伸ばして座ってて。学生服にリーゼントの渋い顔で、メロンソーダ飲んでやがる。
ピンクのストローで。
そっちのほうが何気に恥ずかしい図だろ。って思ったんだけど。
やっぱりオレが悪いのか。……。

「ああ、そういえば…」
志那虎が急に、脇に置いてた鞄に手え突っ込んだ。
「預かってきたぜ、受け取れ」
菓子折みてえなモン、放ってよこした。
「今日、お前に会うって言ったらな。石松と河井と竜児がそれ寄こした」
「なんだそりゃ」
「お前ら、今日、誕生日だろ?オレたちからの、祝いの品ってやつだ」

なにそれ。
バースデープレゼント?
祝いの品って…。お前…。
そっちのが恥ずかしいだろ。どう聞いても。

「それ持って、仲直りしてこい。ってソレ、河井のアイディアなんだがな」

なんだよ。どこでバレてんだオレたちの微妙な問題…と思ったけど。
まあいい。そういやそうだな…
アレから一年経って…今日がオレたちの誕生日だぜ?…殉?…お前とオレの。

「総帥によろしくな。って皆も言ってたぞ、そう伝えてくれ。オレたち日本Jrと影道は永遠に盟友だってな」

……お前ら…。
そっちのが恥ずいだろ…どう考えても…。
なんだそれ…ほんと…赤面しすぎてオレが動揺しそう。
と、思ったが。動揺なんて見せるほどオレはガキじゃねえ。

「そうかよ。じゃあ、ありがたくもらっとくぜ」

とかカッコつけて、我ながら皮肉混じりに笑って。そこ後にして、車呼んで、まずは一度、剣崎邸に戻ってから。改めて、黒塗りの車で富士樹海の影道館まで飛ばした。つーか何で弟に会いに行くのにこう無駄に遠いんだよ…ってのはまァ仕方ねえから愚痴は無しにして。

一番、陽の長い季節なのに、もう暗い。
月が綺麗だ、って言いてえところだが。あいにく梅雨時で、晴れたためしがねえ、オレらの誕生日。
樹海かきわけて、やっと館の正門前に続く道に出て。
うっとうしい小雨ん中、クッソ長え階段昇った。
途中で襲いかかってくる、オレと殉の関係知らねえ影道のアホな新米雑魚どもを片っ端からブッ飛ばしながら。
オレでなけりゃ確実に瀕死の重症かマジ死人出るぜ…と思うほどは、そこそこ殺人的に強い。

てか。兄貴のオレが弟に会うのに、なんでこんなに苦労しなきゃなんねえんだよ。っていつも思うんだが。…まァこのくらいセキュリティ厳重なほうが安心か、兄としては。
なんたって、あいつはここの頭なわけだし。トップにアポ無しで会うにゃ多少苦労してトラップクリアするしかねえってことか。
まァラスボスってよりゃただの可愛い弟だけどオレにとっちゃあ。
ひたすら弟に会うために、こんな所までズブ濡れながらやってきて、しかも荷物だけは濡らさねえよう気ィ使って持ちながら、雑兵相手に格闘してるオレって…弟想いの良い兄すぎて、すごくね?

「これは…順様…」

やっと、オレを知ってる奴が出てきやがった。

「殉はどこだ?あいつに用がある。今すぐ、ここに呼んでこい」
「このままお帰り下さい」

慇懃無礼てやつかよ、にべもねえ。

「総帥は、確かにこちらにいらっしゃいますが。本日は、どなたにもお会いにはなりません」
「もう一度しか言わねえ。あいつに、オレが来たと伝えろ」
「ですから…」
「あァわかった」

3倍はある巨木みてえな男だったけど。軽く吹っ飛んだ。どっかあさっての方角に。一応、手加減はしてやった。あとで殉に嫌味いわれたら困るから。なんちゃってやっぱ可愛いよなオレ、弟にこんなに気ィ使って。ま、オレがカワイイのァ、双子の弟、限定だけど。
てえかこいつら、オレを誰だと思ってんだ。ムカつくことこのうえねえぜと思ったけど。とりあえず館の中にそのまま押し入って、押し通って、向かってくる雑色どもを次々にブッ飛ばし、先に進んだ。この程度の関門、軽く突破してやるぜ、可愛い弟に会うために。なァんてな。なんか今日に限って、やたら時間かかんだけど…うっぜえなまったく。屋敷は広ぇし暗ぇし…

殉、おめえはどこにいるんだよ?珍しくも、せっかくオレが訪ねてきたのに、どうして今日に限って会えねえんだ?!…殉!!

「お待ちください順様!!」

殉にちょっと似た感じの…影道じゃ珍しい女みてえな綺麗なツラした黒夜叉って側近が出てきたから。
あァやっともうすぐあいつに会えるぜって思った。
最後に野火って側近を「どけ」って、片手で軽く突き飛ばして。
そのまま奥の襖に手をかけた。
バン、と勢いよく全開して。

そうしたら。

…ろうそくの炎が揺らめいて、

綺麗な灯りが、ふわりと舞った。


なんだこれ…?


いくつもの灯篭の灯りが、暗い部屋中に浮いてる。
まるで…幻みてえに…。

どしたんだ?これ…

つか一瞬、

ここどこだよって…

「誰だ?…黒夜叉…客人なのか?さきほどから館が騒がしいようだが…今日は誰も入れるなと…」
「で、おめえは、そこで何やってんだ?」

最奥の人影に、そう言ったら。向うがえらく驚いて、ちょっとぼんやりしたみてえに、こっち見つめた。

大丈夫かよ、おめえ…
影道総帥ともあろうもんが…そんな惚けたみてえな隙だらけのツラしやがって。
…襲われるぜ?たとえば…オレみてえな奴に。

って思ったけど。幻想みてえな空間に、たった一人で正座してる殉が、なんだかすごく…綺麗で。
オレのほうが、ぼうっとしちまった。

…でも精一杯、我に返って、

「よお?元気だったか?」

後ろ手に、襖を閉めた。
これで、二人っきりだな、今夜は。
でもお前は出て行けって、今にも怒りだすのか?
そしたらオレは、どうしよう…?

珍しく、ちょっと弱気になりかけた時、

幻みてえな空間で、
美しい幻想みてえな殉が、微笑んだ。

「よく…来られたな、この部屋に…。皆が通さなかっただろう?…そう、命じてあったから」

オレは…弱気になったのなんかまったくなかった感じで、エラそうに言った。
ほんとは、脱力しそうなほど、ほっとしたんだけど。

「あァ。要らねえ手間ひまかけさせやがって、あいつら。オレが弟のお前に会いてえのに、邪魔しやがって。許せねえ、何の不都合があるんだ?」

「7月4日は…いつも独りでここにいる」
「じゃあオレも混ぜろ、今年から。いいんだろ?」
「勝手に入ってきておいて。よく言う」
「こういうのは…独りでやるもんじゃねえ。最低二人は必要だ」

ランタンや灯篭の灯火の数が、ちょうど、オレたちの年齢の数だけ浮かんでる。
それも二人分。
オレと、お前の。
だろ?殉…?
お前は…たった独りで、毎年、オレのことまで祝ってくれてたのかよ…
馬鹿みたいに綺麗で律儀で…お前って奴は……

オレは…濡れねえようにビニールかぶせて、乱闘中も少しも揺らさねえように、ずっと片手に持ってた巨大な箱を、殉の前に、ドンと置いた。その上に、自称盟友どもの小さい箱も載せて。

「じゃあ改めて。ハッピーバースデー、オレたち二人の記念日に、乾杯」

オレの箱がパン、と開いて、まるで巨大な立体グリーティングカードみてえに。中からドイツの古城そっくりな、オレたちの身長ほどもでっかくて純白な生クリームいっぱいのケーキと、シャンパングラスが現れた。ロゼ色の瓶を片手でポンと抜いたら、綺麗な泡のアーチが飛んで虹が映り、手品みてえにグラスに入る。二人分、
「ほらよ」
淡いピンク色のそれを一つ差し出したら、殉は、
「相変わらず…恥ずかしいほど…華麗で綺麗で豪華で…派手好きだな…にいさんは…。しかも魔法使いのようだ…今夜は…」
そう言って、くすっと笑った。
いや、綺麗なの、お前のほうだろ。と思ったけど。なんか恥ずかしいからそれは言えなくて。代わりに、
「ま。オレは天才だからな」
って言っといて。
「乾杯」ってグラスどうしを合わせた。

クリスタルグラスがぶつかって、教会の鐘みてえな音が鳴り響いて。互いに同時に一気にあおったら、

「う、アルコール!?…」

殉がえらいビックリして、妙な声あげて口元を押さえた。
いやだってお前、それシャンパンだから。あ、あとワインも持ってきたけど。ターキーの丸焼きもある。世界各国の様々なチーズ乗せたクラッカーもある。ベルギー王室御用達チョコもある。ってそれ、クリスマスみてえだな。ま、いっか。盆と正月いっぺんに済ますみてえなもんだし?オレたちにとっては…

料理とケーキ切り分けて、二人分、料理や菓子ごとに、一枚ずつの大皿に盛りつけて。
フォークは2本。
なんか鍋突っつくみてえでよくね?オレ、いっぺんやってみたかったんだけど?
つったら、殉が、「わたしも」って、すっごい嬉しそうな顔で微笑んだ。

なんか…今までの苦労が一気に報われた気がした…その笑顔一個で。オレって意外とお手軽。いやいやそんなことねえよな。コレ、殉だからだよな、相手が。

「美味いか?」
って聞いたら、
「ああ」
って、やっぱりものすごく綺麗に笑ってくれた。

いいなァ…やっぱり苦労して来たかいあったぜ。

いきなりプラン述べて今すぐ作れって強制したら、家のお抱えシェフたちが全員、腰抜かして倒れそうだったけど。無理やりやらせた甲斐あった。

「そうそう…コレな、あいつらからの伝言。影道は日本Jrの永遠の盟友、だそうだ」

殉が、微笑んで、ありがとう、って言った。あいつらに聴かせてやりたかったくらい、可愛い声で。
いや、いいや、やっぱり。こんな殉を見ていいのは、オレだけだ。

志那虎がくれた皆のプレゼントとやらを、二人で、ちょっとドキドキしながら開いてみた。

「これは…」
「…だなァ」

二人で顔を見合わせた。
いつ、撮ったんだろう…。
オレたちの写真だ…。
二人で写ってる。
殉が、すっごく綺麗に微笑んでて。オレに向かって。オレは…殉に…何言ってんだろ。わかんねえけど、我ながら…カッコよくてイケメンですっげえなってか…オレ…こんな優しい顔も出来たのか…。まるで自分じゃねえみてえだ…。

ものすごい貴重な瞬間が、アンティークなベネチアングラスのメモリアルスタンドに納まってる。まるで無音の映画みてえに。

揺れる光の中央に、それ飾って。
もう一度、今度はワインで、殉と乾杯した。いちお未成年だけど。そこは忘れることにして。

ごちそうも、ケーキも一緒に食べて。グラス重ねて。赤、白、ピンクの瓶三本とも空にして。
こんなに楽しい誕生日、オレは生まれて初めてだ、って言ったら。殉が、わたしも、ってやっぱり微笑んだ。
じゃあこれから毎年やろうぜ、って言ったら。殉は、ちょっと笑って。でも今度は何も言わなかった。
…ダメなのかなァ…。って、軽くショックだったけど。まァいいぜ、どうせ押しかければすむ話だ、と思うことにして。
二人で並んで座って、小さな熱気球みてえに宙に浮いてる紙の丸いランタンやら天井から下がってる透かし彫りの四角い吊り灯篭や、床に置いてある斜めに切った竹とか…いろんな形の灯篭の、大小様々なろうそくの灯りと、食べかけのケーキの城と、写真を見てる。
殉はやっぱり正座して。オレは片膝立てて足伸ばして。

「にいさんは…酔わないのか?」

不意に、殉が言った。 声が少し艶っぽい。

「どうかな」
「わたしは…酔った…かも…」

ふわりといい香りのする長い髪が、オレの頬に触れた。

「オレも…酔ったかなァ」

その肩抱きよせて、オレの肩に、殉の頭乗っけた。首に長い髪が触れて、ちょっとくすぐったい。殉の熱くなった息が、オレの胸に落っこちてきた。

眠ってる…
こいつが…
こんな所で…
無防備に…

なんか…不思議な気がした。とても…

このまま…朝なんか、来なきゃいい。って…本気で思った…。



だんだん夜も更けて、なんだか甘い空気も醒めてきて。少し肌寒く感じてきた頃。白々と空が明けてきて、あーなんだ…もう朝きちまったのかって。本気で、がっかりした。そろそろ帰らなきゃなんねえのかなって、嫌々、目ぇこじ開けたら、

殉が先に目覚ましてて。
床板に突っ伏して、うずくまってた。

「なにやってんだおめえ…」

ほんと、こいつって…よくわかんねえ生活してるよな…って思ってんだけど…。ちょっと様子、違う…かも?
なんか…青白い顔で、頭と口元、押さえてる。

「あ…頭…痛い…気持ち悪い…動悸が…声、出ない…動け…ない…」

声は…確かにかすれてるってか何だろう?…100歳越えのジジイなみに枯れ切った…声帯素通りした空気だけみてえな?シワシワした感じ…つかまあやっぱ声出てねえ。何言ってるのかは聞き取れるけど。で床に潰れてる。

「なんだそれ、二日酔いか?」
「あ、の…酒の、せいだ………なのに…どうして、あなたは何とも…」
「さァな。兄貴だから?」
「同じ歳のくせに…ひどい…」

何がどう酷いのかよくわかんねえが。こういう時はだな…とりあえず血中のアルコール濃度下げるために…

「水、飲めよ。それしかねえ」
「ダメだ…皆に…こんな姿見られたら…」
「なに?もう総帥やってけねえとか?オレが汲んできてやるか?井戸とか…何かあったよなこの辺…」
「ちょ…待て…にいさん…」

突っ伏したまま、まだ何か言ってる殉置いて、水汲みに出かけた。
オレも…飲みたかったから。
あーほんとマジ飲みすぎた。オレも頭くらくらするぜ。足元フラつく。吐き気するし。けど、こういうときも、何事もなかったかのごとく振る舞うのが兄貴ってもん…

「順様、こちらを」

ところが部屋の外に出たら…次の間で、すぐに野火と黒夜叉が、左右の足元に控えてて。なみなみと冷水の入った手桶とタオルと竹柄杓、それに、黒の漆塗りの中央に一房だけ葡萄の螺鈿がはめ込まれてる楕円の盆に、曙みてえな色した薄紫のうわぐすりかかった湯呑茶碗を2個のせて、さっと手渡してきた。

なんだよ、おめえら…。えらく気が利くじゃねえか。

「ところで、あの…総帥の、お加減は…」
全盲の黒夜叉がオレを見上げてる。目ぇ閉じてるから表情わかりにくいけど…とっても心配そう…てかもろバレてんじゃねえか、殉?あいつ、これ知ったら卒倒するかもな。って思ったから。
「おめえら、何も知らなかったことにしとけよ?」
一応、クギさしといた。
「大丈夫です、我々以外は…誰も…」

あ、そっか…。こいつ、耳いいからな。非常識に。外、丸聞こえだったんじゃね?…オレたちの会話とか…。それに、なんか…この部屋、ガードしててくれたみてえだし…今まで二人で。じゃあ今後はこいつらに先に頼んどけば、殉とも会いやすいよな…。なんて考えながら、部屋に戻った。もちろん、バレねえように、ちょっと間あけてから。

オレは…もう面倒くせえから、手桶からそのまま手柄杓でガブ飲みして。殉には、柄杓で汲んだ水入れた湯呑茶碗を、両手に持たせてやって。座ったまま胸に寄りかからせて、背中さすってやった。病的に青白い顔して、目は充血して真っ赤だし、ワインのせいで舌、真っ黒になってて。いつもまったく隙のねえ弟が、どうしよう…って、うろたえて泣きそうになってるのが、なんだかえらい可愛いなァって…やっぱりオレは思ってたけど。ま、それも黙っといた。お兄ちゃんだからな、オレは。

「治るのか…コレ…」
「大丈夫だろ、今日一日寝てろ、そしたら治る」
「そうか…よかった…いやしかし…一日もかかるのか……そんなの…困る…」
「オレもつきあってやるから」
「いや…今日は…裏武闘術や裏拳術ばかりの…全国トップの集まる会合が…」
「は?なんだソレ……。組のモンの総集会とか…何かそういうのか…?」

…オレの弟ってホント不思議な役職だよなァ…。何やってんだろ。いつも。忙しそうなそうでもなさそうな。

「サボればいいじゃねえか、そんなもん」
「そういうわけには…。わたしは…一応…総会長で…」

やっぱ訳わかんねえ…お前の勤める裏社会は。だからオレが来るといつも、あなたのような人が来る所ではない、とか言われて追い返されたりすんのかオレ…。でも来るけど。何度でも。オレが会いてえ時に。だって双子の兄弟なんだし?戸籍変わっても、オレ、お前の兄貴、辞めるつもり毛頭ねえからな。てかそれ無限決定事項じゃねえ?いくら法的に解消されてもオレたちが双子って事実は、一生、変わらねえ。

「どうせ夜だろ?そんなもん。夜までには治ってるって。安心しろ、誰にもバレねえように、オレがちゃんと介抱してやるから」

ぜえぜえ言いながら、ぐったりしてる殉の、背中と肩を軽く撫でて。来年もコレいいな…って思ったけど。それも黙っといた。
でも来年も同じことやったらこいつはきっと、ちゃんと対策考えて、酒量もきっちりセーブして二度と同じ失敗、繰り返すわけ…ねえよなァ?
上手に乱れずこんな失態チラっとも見せずに。あ〜つまんねえ。なんかまた別の手考えるか…それより通してもらえるかも疑問だが。……。
オレがせっかく全力で体張ったギャグ考えて笑わしてやろうって頑張ってんのに。全然乗ってくれねえし。マジメすぎ、ノリ悪すぎ。ま、そこがこいつの可愛いとこでもあるんだが…

「…にいさん…」
「どしたよ?」
「治るだろうか…夜までに…この声だけでも…」
「大丈夫だ。オレを信じろ」

なんちゃって。オレ、そんなの、なったことねえから、わかんねえけど。てか何だろうな…ワイン?赤かな。だよな、舌が青黒いのはそのせい。声は…飲みすぎ?…双子なのに何でオレならねえんだろう。いやオレも気持ち悪いけど。頭ズキズキするし。やっぱ飲みすぎだな。醸造酒は結構、後からくるからな。ワインて口当たりいいから、うっかりするけど。アルコール度数、高けえし。…ん?そっか…多分、オレはいつも飲んでるけど…こいつ、全然飲んだことなくて耐性ゼロだったから…?…かも…。酒って飲んでると強くなるっていうからな。
「横んなるか?」
って訊いたら、頷いたから。姫抱っこしてやった。殉は一瞬びっくりしてたけど、なんの抵抗もしなかった。する気力なかっただけかもしれねえけど。

四季折々の山水画が水墨の濃淡で見事に描かれた屏風と掛け軸の前まで連れてって、床の間の前に、寝かせてやった。べつに抱っこする必要なかったのかもしんねえけど?ちょっとやってみたくてよ。こんな機会めったにねえからな。あと体重チェックとか。結構重かった、やっぱ鍛えてんだな、華奢そうでも筋肉しっかりついてるな、とか。そういうの見といて。
屏風で仕切って、これで、ますます狭くなって、オレたち二人っきりだぜ?なぁんてな。これで誰かに襖開けられても、見えねえだろ?お前が寝てるの。誰か来たらオレが阻止してやるし?そう言ったら、殉が、ほっとしてるのがわかった。
胃のある右を下にして半分うつ伏せに横になってるこいつに、オレの学ラン脱いで、布団代わりに掛けてやった。
少し、学ランの上から親指でゆっくり背中から消化器の上のほう圧してやったら、ありがとう、って。楽になる…って、やっぱりかすれた声で小さく言った。

そういや…アメリカ独立記念日インディペンデスディは、三連休なんだよな。じゃあオレたちも三連休でもいんじゃねえか?つったら、冗談じゃないって。言われちまったけど。
冷たく絞ったタオル首の後ろにあててやって、ツラかったら、お兄ちゃんが膝枕してやるか?つったら、やっぱりドン引きした顔で「バカなんですか、あなた」って。シワシワの声で言うから。オレが、つい笑っちまった。
でもオレ、結構、良いお兄ちゃんだろ?そう思わねえ?
つったら、しばらく黙ってたけど。…そうかも。って、ものすごく小さな声で、言ってくれた。
ありがとよ。お誕生日、割引セールだったとしても、嬉しいぜ。オレ、お前に褒められると、マジ喜んじまうんだけど。もっともそんなそぶりは見せねえけどな、恥ずかしいから。
あーでも、これで、もう少し、二人の時間が伸びるなァ…って。
一緒に一つだけ歳とった日の早朝に、生まれて初めてみてえな幸せ気分で、そう思った。
改めて生まれ直したみてえな、そんな気しねえか?なぁ殉?
べつに、いつもと同じですが?とか言われそうだから、黙ってたけど。そしたら、殉が、
革グローブつけたまんまの手伸ばしてきて、オレの制服のスラックスの裾をちょっと指先でつまんだ。
見たら、すっごく綺麗な瞳で、微笑ってた。

「誕生日、おめでとう、にいさん」
「おめえもだろ?」

殉の声は、あいかわらず、かすれてたけど。
あー何かコレ、伝わってるな。って。今、思った。以心伝心?ってやつ?
オレたち、今、同じこと考えてる。多分。言わねえけど、わかる。いいな、それ。便利だし。すごく嬉しい。

アメリカの7月4日も、アメリカって国が大英帝国って親から離れて生まれ直した日だ。大事な真実の誕生日だ。だからあいつら全力で祝ってやがる。それが彼らの誇りだから。
だから、やっぱり、同じでいんじゃねえか?オレたちのも…
そう、言わなかったけど。殉も、頷いてくれた。
多分、聞こえてた。オレの、心の声も。

オレたち、…いくら親どもが勝手に引き離そうが…たとえ姓名変えられちまっても…戸籍抜かれて一緒にいられなくとも…ずっと兄弟だからな。ホントのホントに…双子の兄と弟だからな…ずっと…ずうっと…

そしたら、

……わたしも、そう思ってる……

殉が、確かに、そう言ってくれたのが、聞こえた気がした。だってものすごく優しい顔をして、頷いてくれたから。ちょうど、あの写真の中の殉みてえな笑顔で。オレも…今、写真の中のオレみてえな顔してんのかな…って思ったら、ちょっと恥ずかしかったけど。いいよな、特別な日くらい。 この、二人の時間が、最高のプレゼントだ。オレたちには。だろ?殉…

「こんな失態はご免だが。もっとも来年また同じ失敗は二度としませんけど、わたしは」
って。やっぱり言いやがった。お前らしいぜ。でも、来年も独りで祝う、とは言わなかった。それ、OKってことだよな、オレが押しかけても?
「来年は、ちゃんとオレが通れるようにしとけよ?」
って言ったら、また来る気か、あなたは…って言ったけど。ダメとは言わなかった。てか、 ……なんだか嬉しそう。
来年はどんなサプライズにしようかな?って今から考えるのが楽しいぜ?オレは…。
お前は?…って見たら、
…眠ってた。
やっぱりすごく無防備な顔して。オレの制服の裾握ったまま…。
その手、そっと上から重ねて握ってみた。生まれて初めて。あ、同じ形と大きさだ、って思った。初めてなのに、なんだか懐かしかった。でも…オレたち、生まれる前は、ずっとこうしてたよな?きっと…一つの小さな袋に入って…

あ〜…オレも…このままここで寝ちまっていいかなァ…今、猛烈に眠いんだけど…。ダメか…なんか寝過ごしそうだし…そしたらまたこいつに怒られそうだから。兄貴らしく、頑張って起きとくよ、ここは。

時間が、ゆっくり過ぎていく。


夜、ちゃんと起こしてやって、
「よかった…やっと声が出る…普通に歩ける…」
って、心底ほっとしてる殉を、怪しいおっさんたちの会合に無事、送り出してやった。
代わりにオレが板の間でゴロ寝した。

夜更けに戻ってきてから、
「まだいたのか、あなたは…」
って呆れてたけど。
今度は、ちゃんと布団敷いてくれた。金糸に、赤紫と青紫の縫い取りと、四隅に光沢ある房のついた賓客用の絹布団を。それに…

ちょっと嬉しそうだった。

結局、3日泊まった。
勝手知ったる他人の家、みたいになっちまってたけど、すでに。いやでも、ココ、そもそもオレんちじゃねえか?親戚の家とか。実家が二つあるって感じで。兄弟の義家族は親戚だろ。つったら、殉は文句言いながらも、ほぼ全日、オレにつきあってくれた。そりゃもう良妻なんて遥かに超えた、甲斐甲斐しい尽くしっぷりで。
本当は、こんな場所、あなたの居るべき所ではありませんけど、って何度も言ってたけど。あの怪しいおっさんの集会にオレも行ってみてえな、つったら。絶対にダメだって。真っ当な世界じゃないのだから、あなたは来てはいけない。って。
そうかよ?結構、やれると思うけどな、オレも。
バカなこと言わないでください。あなたは、こんな所に長居してはいけない、早く帰りなさい、とも言われた。

いいじゃねえか、アメリカも三連休なんだ。今日あたりから、働きだすんだぜ?あいつらも。

また来てください、って殉は決して言わなかったけど。オレには聞こえた。殉は、見送る時、なんだか…すごく寂しそうだった。オレも心が痛んだ。このままずっと一緒にいてえなって…それは無理なんだろうけど…
でも次はもう帰れって言わねえかも?石段下りながら、そう思った。下まで降りたら、運転手がおとなしく待っててドア開けてくれた。使用人はこうやって躾けとくもんだぜ?殉。おめえも、オレの通る道くらい整備しとけよ。って思ったけど、まァ次からはそこらへんも多少は巧くいくんじゃねえかな…

いつまでこうしていられるかわかんねえけど。人生って案外、短いんだぜ?思ってるより。だから、やれるときにやっとかねえと損だろうが。そこらへんがな、あのガッチガチのお堅いあいつに伝わればいいなって。でも伝わったよな…。

そういや、今日は七夕だ…。
織姫と彦星みてえだな、オレたち…って別れ際に言ったら、またドン引きされたけど。もっとも、オレは晴れなくとも土砂降りでも、会いに行く。逢いたくなったら、すぐにでも。

じゃ、またな、殉…。

って振り返ったら、まだ、あいつが、遠くから見送ってた。とっても切なそうな顔をして。
あいつ、いつもあんな顔して見送ってたのか…って。
オレは切なくなるから、いつも顔は見ないで別れることにしてたのに。
初めて見た。
やっぱり…お前も寂しかったんだな…って知った。

…オレも…ずっと…いつも会いてえよ…お前と…

でもこんな具合に…ずっと逢いたいのに逢えねえとこが、いいのか。恋人同士でも年中ベタベタしてるとすぐ冷めるけど、たまに会うほうが盛り上がるって言うじゃねえか?…あ、コレ、遠距離恋愛で燃えるみてえな?…そっか…そう考えるとコレも悪くもねえかな…。って思うことにした。オレ、ポジティブだからよ、殉?

なァ…だから…お前もそう思っとけよ。…思っててくれよ…って、都内まで車で戻りながら、願った。 今日の七夕のお願い、それにするか。 それとも…来年も必ず、殉に会えますように、にするか…。
いや、やっぱり、

…来世は、必ず、一緒に暮らせますように、だな。

いつもそう書いてるから。オレに弟がいるって知ったときから毎年ずっと。お前は知らねえだろうけど…。でも案外、お前も同じだったりしてな。あいつが七夕なんて祈るのか知らねえけど…。
双子なんだから、願いも同じだったらいい、と思った。

お前は…生まれてすぐに、オレたちの運命が、光と影ほども変わってしまったって言ったけど。…この寂しさだけは、同じだったと…オレは思ってる。いや信じてる…
本来、隣にいるべき者のいない寂しさ、孤独…
それは、同じだったはずだ…。そうだろ?殉…
オレが寂しがり屋なだけかもしれねえけど…。お前は違うのかもしれねえけど…。
寂しいんだよ、オレは…いつも…。
だから、お前も同じならいいなと思った。そしたら、半分こで分けあえるじゃねえか。
オレの孤独も…



翌日、殉から古風で丁寧な礼状(しかも巻紙に毛筆で書いてあるから笑っちまった)が届いた。お返しのプレゼントも入ってた。古くて豪華な…
貝合わせの、貝。
それも、たった一枚だけ。
金銀と天然の色絵具で描かれた精緻で美しい図柄。
大きな二枚貝の一枚に、ホトトギスが2羽、並んでる。
昔、血を吐いたからそうなったっていう中国の故事にある赤いくちばしで。
真夏の木々と夏草と、夏の花々に囲まれて。

コレ…同じ図柄の、これにぴったり合う貝を…
もう一枚は…お前が持ってるんだよな?…

コレが、お前の気持ちか…。

わかった、オレ、お前が今、すごくわかったよ…殉。

封筒ごと学ランのポケットに突っ込んだ。じゃあ来年は、オレからのプレゼント、ペアのネックレスにするか。全く同じの。それとも、カギと鍵穴の対デザインがいいかよ?オレがキーで、お前がキーホール。うん、そうだな、それにしよう…。それでまた一個、オレたちのおそろいが増える。お前はつけてくんねえだろうけど、持っててはくれるだろ?ずっと。オレみてえに。

それから、もう一つ。
それも、一生持っとくぜ、オレ。
やっぱり、お前も全く同じ気持ちだったんだと知ったから。

折り取った小さな笹に結んだ、小さな短冊。

そこに、やっぱり綺麗な楷書の筆で書かれたお前の願い。

オレのと、…毎年のオレのと、

ホントに一字一句まで、不思議なほど、おんなじだったから。

ほんと、オレたち、双子なんだな。離れていても…

嬉しいぜ。
ありがとな、殉。
また来年。逢おうぜ?雨が降っても。オレはきっと逢いに行くから。

たまにはお前にも来て欲しいけど。お前はこの家には来ねえだろう。だからオレが会いに行く。来年も…七夕まで三連休にしようぜ?ついでに七夕も祝おう。そしたら、4連休になっちまうか。

お前がいると、やっぱり楽しい。
たとえ一緒に暮らせなくとも。
遠くで元気にしてると思うだけで。オレは十分、楽しいぜ?
次はどんな脅かし方してやろうかって。考えることもできるしな。

やっぱり双子の弟、いて、よかった…オレ…

ハッピーバースデーオレたち。
インディペンデンスディ、おめでとう。

全世界の双子ども、おめでとう。

幸せになれよ、オレたちよりも…みんな…みんな…一緒に育てよ、そして一緒に泣いて笑ってケンカして……オレたちに出来なかったこと、してくれよ…オレらの代わりに…

なァ…殉、…お前もそう思うだろ…?
…オレたちは…来世で、それ、やろうな、絶対に…

オレの世界一可愛い、双子の弟へ…オレからの…約束と、返信。

また、絶対、来世で会おう、殉…
そして、おめでとうって言い合おうぜ、二人で。
お互いに。
な?…
殉…それまで、待ってろよ、元気でな。

お前の大好きな、
天才で魔法使いの双子の兄より。

心をこめて。




◇Fin.◇