その夜、

やっと部屋に戻って、一つのベッドで一緒に眠った。
狭いけど。
一人みたいにくっついて。
ま、なんだかんだいって、家、一番かな、とか言いながら。

「おやすみ、殉」
「ん、おやすみ、にいさん」

互いに、ちゅって、額にキスしあって。
色違いのパジャマ着て抱き合って。
いい夢見れそう…。

でも明日の夜は、ちゃんと準備しとくから。
アレやりなおしてくれって…殉に念押された…。

夢、そっちになりそう…それも幸せかなァ?…


でも…こうしてしっかり抱き合ってると、
オレたちの同じ不安も心配も…同じように半分ずつに分けあって
負担分も、半分に減りそうだから。
少し安心した…

だから、今は、おやすみ、殉…。
明日またな?
オレの可愛い双子の弟。

「あ、エアコン切るの忘れてた」
「いいんだ、つけっぱなしで」
「よくねえよ。風邪ひくぞ」
「それも修行だから」
「どんな修行だよ。要らねえよ。ちょっと切ってくる…って離せ」
「嫌だ」
「お前は〜…」

オレの腰に両腕回して…全力で抱きついて
何してんだ。お前は…

「この身体、全部、わたしのだな。今度はやっと」

だから嬉しい。
って…。なに満足そうな顔してやがんだ…

でもまたいつ彼女とか作ってくるかわかんないから油断できないって。
お前は…オレの誓約信じてねえのか。
おめえに捧げるつっただろオレの人生、今生は。

「じゃあ来世は?」
「わかったよ、じゃあ来世も誓う」
「その次は?」
「その次も」

…次も次もずっと。

じゃあ安心だな。
って。ホントかよ?
お前のほうこそ…。オレを置いて先に逝くんじゃねえぞ勝手に…

…アレ?…なんかコレ、逆じゃねえのか?…前と……

オレが約束させられてんだけど今生は……

…永遠に……

って……前、言った……通り…

…あ。


また一個、想い出した…ような…
大事なこと、ものすごく。

……たしかにキザったらしいこと言ったような…
傲慢で我儘で貪欲で強欲だったような……

…寝よう。
オレが恥ずかしくなってきた…








翌朝、
ホントに殉が、風邪ひいたんだか疲れたのか自称エアコン修行のせいで体壊したんだか、オレの中途半端なアレが悪かったのか何だかよくわかんねえが、
わりと高い熱出してた。
唇合わせてキスしたら、

「あァお前、これ、39度近い。38度9分だな」
「心配ない、これも修行だ。いつものことだ」
って本人、ベッドの中から赤い顔でふぅふぅ言うから、
とりあえず飯と薬、枕元に置いて、
頭に、タオルに包んだクールパックいっぱい乗っけてやって、

「食って飲んどけ。いいな、約束だぞ」
「…わかった」
「じゃな、修行、頑張れよ。オレが帰ってくるまで、しっかり耐えてろ」
「うん」

熱い額と頬にキスして。

オレも試験に行った。
いや単位落とすとかありえねえし。
必修で0点とかとんでもねえ。
まじで点足りねえとか洒落になんねえし。
いまさら底点、気にするほど危険なスレスレ成績じゃねえけど…
ってかオレの平均点が下がるのが恥だ。
屈辱。

って思ったけど、よく考えたら…まかりまちがって留年すりゃあ来年1年間、殉と一緒に通えるじゃねえか?
…それも悪くねえかな…なんて思いついたりして。
べつに誰もそれで死なねえし困らねえし?オレのプライド、今生は他んトコにあるし?
なァんてな。……冗談じゃねえぜ。弟の手前、兄貴としてありえねえ。
成績悪くて留年したり、落とした単位、拾うためにわざわざ教養のキャンパス逆戻ってきてる双子の兄貴と一緒に通うとか…
殉だって恥だろ。
それより最高点で進学した兄のほうがいいに決まってる。
もう点足りてて全然必要ねえのに、どこでも行ける状態で、これ以上点数稼いでどうすんだとか周りに引かれる感じで進学キメるほうが、ずーっといいぜ。

もっとも…

ぶっちゃけ食ってくためなんだよなァ、
引きこもりでちょっと心身オカシイ弟、養っても
余裕で生活するためだ…オレ、ここ入って頑張ってんの。
竜の奴と同じで、超現実的。
ま、そんなんで、あいつとも親しい知り合いになったのかもしんねえけど…

だから修士まではどうしても行っときてえし…。
よってダブってる暇ねえ。
てかあと2年半すりゃ一緒に通えるじゃねえか本郷で。

頑張ろ…オレ。

ちゃんと優秀な院生になって
殉のこと、
先輩として、研究室で待っててやれるように。





無事、試験終えて、帰宅したら、
でも殉もベッドで過去問やってた。
最後のおさらいか?

「お前…寝てなくていいのか」
「ん。にいさん、おかえり」
「あんまり無理すんじゃねえぞ。ちゃんと飯食って薬飲んだか?」
「約束したから、そうした……んっ…」

言ってる顎つかまえて、唇合わせた。
あ…ほんとだ…熱ちょっと下がってる…夕方なのに…

「よし」
「大丈夫だろ?」
「だからって油断すんなよ」

一緒に夕飯、
牛乳たっぷり入れたグラノーラとスープ食べて。
オレも枕元で、一緒に試験勉強した。
最後のチェックで。
右手、
お互いつなぎあって、
左手で本持って。

こいつの手、また熱いけど…
朝よりやっぱりマシか…
って少し、ほっとした。
毎日ドキドキする、こんな些細なことで。
それも、一種の幸福って…言うんだろうか…
言うんだろうな…たぶん…
何でもない毎日なのに…
アクティブだ…

大事だからだな、この瞬間が、
とても…とても…
オレにとって…

「にいさん」
「んー?」
「……やっぱり…なんでもない」
「そっか」

でも、聞こえた。
オレには。
殉、お前…今、
幸せ
って言おうとしただろ?
オレも、そう思ってたから。
今。
なんでもないこの瞬間が、幸せだって…
…なんでもねえ、か。
だなァ?正確には無くもねえけど…
それ、いいよな。
バカ高い目標も人生の華やかなゴール切るのもいいけど。
こうやってただ大事に送ってる一日一日って、結構、付加価値高えよな。
素敵だ。
って、そう、多分、昔は思えなかった気がすんだけど…。
そんなのくだらねえ価値もねえって、最初から切り捨てて。
一番になれねえ負け組の負け惜しみの自己満足だってバカにして…
でもそっちのがガキだった…と
今は思ってる…。
オレがそういう価値観と考え方しかなかったから、
そう見えただけだ…

色んな生き方あんだよな…人間には…。
でもそのどれにも、価値はある。
そいつがそう認めれば…
いろんな角度から眺めれば
同じ事象も、
違って見えて当然だ…

価値は、ある。

そいつが…それを…
心の底から、
うんと大事に想っていれば…
守ろうと信じていれば…

たとえどんな些細なことでも…ささやかでも…。

偉大な歴史だの伝説だの、
まァそういうの遺すのもいいけどよ。
それ以外は一切、無価値だなんて…
狭量だった…
そんな考え…。
子供だった…。
って、今は…思ってる…

だってこの世界、いつかは全部、消えてなくなるんだぜ?
この星だって宇宙すら寿命があって…
一時の存在だ…
どんな偉人伝説も
いずれは消え失せる…人類とともに…宇宙とともに…

でも…今、この瞬間に在ることは、ホンモノだ…
実在だ…

オレ、この今のささやかな瞬間が、
幸せだぜ?殉…
とっても大事だから…オレにとって…

そしたら、
まだオレが…ことばにしてなかったのに。
「わたしも」
って。
ベッドの上から、声がした。
ぎゅって握った手に力入れて。
「ん、オレも」
右手、握り返した。

この手で、ひとを傷つけるより、
こっちがいい。
何でも力で奪えるなんて、手に入るなんて…
間違ってた。
そんなこと全然ねえし…
それに…力って言うなら…
頭の良さも優しさも、カネだって一つの力だ。
腕力だけが力じゃねえ。
力も、才能も、地位もカネも、
何一つ持ってねえのに無限に優しいとしたら、
そいつは世界一、強い奴かもしれねえ。

世界にはいろんな種類の力があって
雑多に動いてて
…皆、それぞれ己の持てる力を精一杯使って、懸命に頑張ってる…。
それで、いいじゃねえか…。
一番になる奴だけじゃねえ、それを支える奴らだって偉いんだ、
同じくらい…。
前はまったくそう思ってなかったけど…。
偉いのは王様だけで…
全員がトップ目指さなきゃ人生すべてが嘘だとか…
無敗だけが勲章で、それ以外は価値がねえなんて…
オレ、知らないことが、多すぎた…
そう…思ってるよ、今は…

そう、思うために、今があるのかなって…
少しだけだけど…感じた…。

孤独じゃねえよ、オレ…
今、
殉…お前がいるから…
だから多分、そう思える…

派手にカッコつけたり、無理に目立って周りの評判気にしなくて、いいんだ…もう…オレは…
ぜんぜん寂しくねえから…


わたしも寂しくないし辛くない…
にいさんが、そばにいるから…。

上から、そう、声がした。

互いの存在を、取り戻したんだ…
オレたちは…。
過去から…たぶん…

でもだから、別れるとき、辛いな。
って。
でもそれは、この幸せの代償なんだろうな
って…
殉が、言った。

それは…オレも…そう…思う。

シアワセの、対価だ…

別れのツラさがあるとしたら…


それで、人生は、たぶん、
結局プラマイゼロに出来てるんだろうなって…

勝って終わりとか
敗けてもうダメとか…
そういうもんじゃねえよな…って…

勝負って面白えけどな。
生きてるうちは。
それで興奮しても、いいかもしんねえ…。

でもいつか、きっと、

とてもとても静かになるときがくる…。

その瞬間に、何を考えるのか。
それはその時にならなきゃわかんねえけど…

満足だったら、いいなって…。
でもそれすら超えて、
本当の本当に静かだったら、
ホンモノかなって。

それが、オレの今の夢かな。
お前と一緒に…そこへ行けたらいいな…殉…


わたしも。

って、やっぱり、
殉の、声がした。
音は聴こえなかったけど、
心で聞いた。
手のぬくもりと一緒に…。


「殉、お前の高認の試験結果発表、8月末だろ?…合格祝い、やろうな」
「ん。にいさんも、学部の進学内定したら、一緒にお祝いやろう」
「そだな…ちょうど一緒くらいだもんな、発表」

またすれ違いになっちまったけど…キャンパス離れて。
お前も来年は同じ大学に行けてるだろうし。
もっともっと色んなこと、一緒にやろうぜ?
出来る限り。時間の許す限り。

「うん」
「約束な」

指きりげんまん、
って。ガキみてえ?
笑った。
右の小指と小指つないだまま。
左手に教科書持って。
お互いに。

なんだか…優しい時間だな…とっても…。
なんでもねえのに…
幸せだ…

「あっ?!、今日ヤってない。昨日、やり直すって約束したのに…」

ちょ、何、突拍子もねえ声出してんだお前…

「……ダメだ。当たり前だろ。頭冷やせってかその前に熱冷ませ。体温下げろ、正常に」
「うん、我慢する。今回は、わたしが悪いから」

オイ何だ、その不満声……

てかどうもコイツ…こだわってるよなァ…
なんつーの?…張り合ってる…女と?
多分この関係を。
って気がする…。

どうなんだよ…ソレ…
違うつってんじゃねえかオレずっと…
お前は別でトクベツだって。
いやその言い方が誤解招いてんのかな…。
比べるのがオカシイ。
いや比べてもいいが、もうそういうのも、お前に全部やるっつったよなオレ。
てか元々次元が違うんだけど…お前の存在って…オレにとって…

コレばっかりは埋まらねえなァ、
なんだか溝が…。
ま、いっけど…。
いつか、
わかってもらえるかなァ…?…このキモチ…

「殉…」
「はい」
「お前、オレのこと好きか?」
「うん。大好き。だから誰にも渡したくない」

ん?…
あれ?…
そっか…オレの全部が欲しいんだ、こいつ…。
そんなの無理なのに…って…
昔…ずっと昔…オレが…お前に想ったみてえに…

「大丈夫だ、心配すんな。全部、お前のだから。どこにも逃げねえし。生まれたときから、お前のって。もう決まってっから」
「でも逃げそう」

信用ねえな。オレ…。
まァわかる気もするけど…まるっと忘れてたりしてな、
オレがな。最初の約束とか。

「けど、お前もだぜ?オレのだからな。全部。逃げんじゃねえぞ。勝手にあの世とか」
「うん、わかってる」

ホントかよ?
ベッドの上下で。
小指、ぎゅってつないだまま…。
今度は何を約束すんだろ…。
オレたち…。

「ま、とりあえず。オレは明日も試験だから、月末まで。お前は、再来週の月曜からだろ?」
「うん」
「じゃあちょうど2週間後な。全部、終わってるから。お互い。そん時な」
「2週間も、先!?」
「百歩譲っても、今週末。どっちがいい?」
「じゃあ…全部、終わってから」
「よし。それ約束な」
「うん」

針千本飲ォます、
指切った。

「って…お前こそ倒れてんじゃねえぞ、試験終わったとたん」
「うん」

でも、そうなりそう。そしたら、
千本飲むのかな?コイツ……。
なんか、飲みそうで怖ェ…

「なに笑ってんだ、にいさん…?」

悪ィ…笑っちまった。
なんだか。楽しくって。

「お前といると、楽しいなって」
「うん。楽しい。わたしも兄さんといるの」

夜が、
だんだん更けていく。

もう寝るか、
明日早いし、また。

「お前、ベッド独りで使え。オレはソファで寝るから」
「…そっか」
「なんだよ?寂しいのか?」
「うん」
「じゃあ早く治しとけ」
「うん」

ホントに約束したのは、
明日まで元気になってること。
かなァ?
いや…この幸せがずっと続くように…
お互い努力することだな…

「殉…」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」

部屋の灯りが消えても。
さっきまでつないでた右手の小指があったかい。
胸の灯りは、灯ったままだ…。
暗い部屋でも…
明るくて…優しくて…楽しくて…

こんな時間が欲しいって…
前世、願った通りのものを手に入れて…
オレは…来世、何を願うんだろう…?

来世なんて、あるとして。

……。

「にいさん…」
「ん?」
「来世も、よろしく」


暗がりの中から、
殉の声が、聴こえた。

来世も、にいさんの好きな海、一緒に見ようって。

ああ。
お前の好きな山も行こうな。って。


そう、


オレも応えた。







◇Fin.◇