今度の休みって

連休でバイト休みだし
大学も休みだし、

海の日だから。

「海行こうぜ?」

って、殉、誘ったら、
「嫌です」

即答かよ。
ちっとくらい悩め。なにも、おめえに透け透けレースやフリルのビキニで泳げとまでは言ってねえ。つったら、
「にいさんがフリルのビキニ着たいのか?」

って…滅茶苦茶、不機嫌になった。

「あなたは…期末試験中だろう、今…。遊んでないで少しでも点稼がないと、来年、専門で希望の工学部に行けないんじゃないのか?信じられないな、進学かかってる最後の試験中に遊興三昧とは…」

「あ?…だって、もうだいたい決まってんだよ、加算平均で。今後底点どんだけ上がろうが、オレの知ったことか。つーか試験中だからイイんだろ。講義も実験も丸休みで。
だいたい残り一週間てココまできて今更ジタバタ直前科目の試験勉強だァ?そんなの日頃やってねえ奴らが、慌ててるってだけの話だぜ。オレにゃあ全く関係ねえな。
シケプリだって頼ったことねえし頼られたこともねえ。全学自己責任でやってらァ。基本、超個人主義なんだよ、オレは。誰ともつるまねえし」

「さすがだな、いつもながらたいした自信」

って何だその皮肉満載な笑顔。……慢心しすぎってか。ムカつくなこいつ。
だからめいっぱいカッコつけて言ってやった。

「当たり前だ。オレを誰だと思ってやがる」

「……大学で自称トップの自称天才、剣崎順。でもなんでそれなら理3にしなかったんだろうって…河井くんが言ってた」
「うっせー。医学科行くのが嫌なんだよオレは。医者って柄と思うか」
「まったく思わないが…入学した後、進学振り分けの成績次第で、希望の学部どこでも行けるっていうし…なんか理3のほうが派手で目立ってカッコ良くて、他人にも自慢できて聞こえがいいって噂だった。にいさん、好きそうじゃないか」

「ウワサだからソレ。本気にすんな。ってか全部自称って何だ。オレが自慢したいだけのために理1択んだとでも思ってんのか。
つかそれなら理3入っといて医学部行かずに工学部行ったらモロ進振りで点数足りなくて希望落として変更したあげく仕方なく逃げて妥協したって、外部から思われんだろ。
枠無えから、ホントはそっちのが点数的にゃあ大変なのによ、コスパ激悪ィじゃねえか。自慢できるのも教養の2年間だけとか期間限定でアホらしいうえ周りからは物好きの変わり者って思われるだけだぜ。
それより内外の度肝、同時に抜きてえならな、
いっそ文2か文3あたりから理転して、最高点とって医学科行きゃあ一躍話題の的で伝説化…って何で伝説のためにンなムダなマネしなきゃならねえんだ。1年の時から授業選択ややこしくて面倒増えるだけだろ。てか文系の授業切って、理系の授業とるなら文系に入る意味、無えだろうが。最初から理2か理3にしとけってオチに……いや待て、
そういうこっちゃねえ。話を元に戻せ、遊びに行く話してんだよオレは」

「だから、行きたくないと言っている」
「じゃあ万一、連休に出かけるとして。どこならいいんだ?」
「そうだな…」

少し考えた後、

「神社仏閣巡りとかなら、まぁやってもいいかな」

って何だそれ?三十三観音巡礼の旅みたいな?いくつなんだお前。爺婆か。ガキのくせに、何にハマってんだ。
この間も一緒にスーパー行ったら、カゴに金剛峯寺御用達・胡麻豆腐とか入れやがるし。高野山総本山とか100%吉野葛使用とか一体、何に価値、見い出してんだよ?お前は…

「オレは夏だから!海、行きてえんだよ。しかも今度の休みに!」
「山のほうが、まだマシだ。だいたい真夏の海なんて、受験生を連れ出す場所か?高卒の資格取る試験は、来月、第一週なんですが?」

賃貸8畳ワンルームに先週取り付けたばっかの、エアコンの真下に陣取って、
ココ南極か?!みてえな室温に下げたあげく、タンクトップ一枚の、短パン姿で座禅組みながら、あずきバー食ってる奴が…
なにこんなときだけ受験生ぶってんだ。…しかも…

【修行中につき話しかけるべからず】って油性マジックで書いたハートのカード持った鬼のぬいぐるみを、隣のスタンドにぶら下げてやがんだけど…
何の修行なんだよ、意味わかんねえよ。レアなぬいぐるみも、フローリングの上で限界まで下げた温度下でキンキンに冷えたアイス食ってるのも、全部、意味不明。

そもそも試験なんざ楽勝のくせしやがって。
オレがバイトで家庭教師やったガキどもだって全員、同じ大学に合格させてんだ。双子のおめえにつきっきりで教えてて、落ちるわけねえだろ。模試の合格ラインも、軽くクリアしてるし。
確かに、
その前に、高卒資格ねえと、大学受験は出来ねえ。が、そんなもん、今のお前にとっちゃ電車のチケット買うより簡単だろうが?

…てか温度上げて、普通の室温に戻せ。節電して節約しろ。激しく電気代の無駄だ。
つーかおめえの体に激悪ィだろうが!ヤメロっての、その奇妙な荒行ごっこみてえの!!

「残念だが、嫌なものは、嫌です」
「なんでだよ?」
「騒がしいところが嫌いなんだ、わたしは」

あ〜お前、こっから電車ですぐなのに。吉祥寺にも下北にも三茶にも、独りで行けねえもんな。
あそこで、もっと安く買える服とか日用品、全部、バカ高くつくネットショップで済ましてやがる、無駄にカネかかる引きこもりが。
そのカネ稼いできてんのオレなんだけど?!

…んで何?、真夏の海嫌いって、つまりアレか?リア充、苦手みたいな?

…そりゃあ…おめえの経歴的にゃわかるけど。だから何も湘南の海で泳ごうとかグレートバリアリーフでサーフィンしたいとか言ってねえだろうが。

「オレは、ただ海に行きたいだけなんだよ、お前と」
「なんでわたしとなんだ。しかも海限定?!にいさんは友達いっぱいいるんだから、石松くんや高嶺くんでも誘えばいいだろう。白い砂浜の海岸がなければ、東京湾でも見ればいい」

「なんでオレがあいつらを、真夏の海に誘わなきゃなんねえんだ。だいたい竜の下宿先、月島だからな、東京湾なんざ徒歩で行けるぜ。石の実家は千葉の海岸で漁師だっつーの。
つーかオレそんなにトモダチたくさんいねえから。あいつら全員、別なガッコーだし、竜は大学生ですらねえ。学内にゃ同じクラスにだって、誰も友達なんかいねえよ」

「……2年にもなって、誰もって…孤独なんだな」
「悪ィか」
「それで双子の弟に遊んで欲しいとか、恥…」
「おっと、おめえにだけは、言われたくねえ。買物も独りで行けねえ、生活能力ゼロの引きこもりが。誰が養ってやってると思ってんだ」
「出たな。横暴夫の典型セリフ」
「当然だぜ。脅してんだから」
「威嚇してまで行きたいとか、どういう…」
「仕方ねえだろ。バイトも休みで大学も休みって、珍しいんだよオレ的に!!」

……なんつー数時間がかりの押し問答、説得、脅迫、かつ異常展開の結果。


やっと国民的観光地、伊豆まで、殉を引っ張り出すのに成功した。
オレはゼミの連中とブッキングしそうな場所でちょっと嫌だったけど…どうせ今、試験中だから遇うわけねえし。
殉が、そこならいいっつーから。

なんで伊豆ならOKか?
大昔、そこで修行して富士山まで毎日、往復で空飛んでた男がいたらしい…
って何ソレ?日本初の富士クライマー?その男が修行中に蓑?だかコートだかマントだか置いた岩とか?、三つ目の仏教神みてえの呼び出した場所とか?、修行場とかあんだって?マジなにそれ状態オレ的に。
「富士山」と「修行」ってのがコイツのポイントらしいが、どこにツボってんのかよくわかんねえ…

オレはそんな男どうでもいいから、殉と、ヤシの木とか原色の花々が咲き乱れる島とかで夏の海を見れりゃいいやって。遊覧船みてえな船に乗ったり。フツーに夏休みの家族っぽいことしてみてぇとかバカみてえに単純な希望なんだが…

…なんでそれが…これほど異様な展開になんのか意味わかんねえ…

殉は、
「陽のあたる明るい観光地」
とやらに行くのを、どうにも嫌がって、さんざんゴネて騒いだあげく、
「これがわたしに譲歩できる、ギリギリ限界ラインだな!」
とか勇ましいこと宣言したあげく
訳わかんねえこと思いついた。

いや何でそこいくんだ?

っつー。殉、オレ…マジでおめえが時々わかんねえんだけど…

一緒に住んでるワンルームで、黙々と…とんでもねえこと、始めやがった。いわゆる女優帽っての?細い麻素材シゾールのやたらつば広い帽子かぶって。それに合わせた足首まで隠れる、人魚みてえなシフォンのマキシ丈ワンピース。
「ってお前ソレ完全に女装じゃねえかソレ着てバカンス行けるなら湘南でビキニで泳いでも問題ねえだろってか何でソレ?」
「………。……なるべく陽に当たりたくない。真夏の観光地で素顔を見られたくない。大丈夫だ、渋谷なら女装じゃなくともフツーにスカートはいてる男がいっぱいいるって噂に聴いた」
「はァ?!……いやいくら渋谷でも、いっぱいはいねえ…てかオレ見たことねえし」
…つまりその…まァなんだ…アレか、…要するに…

「なんだお前、顔のキズや体のキズ…やっぱり気にしてんのか」

殉が、ちょっと気まずそうに頷いた。

うーん…それはなァ…

が、
…よくよく聞いたら、どうも気になるのは、傷そのものじゃなくて。そのキズで、昼賑わってる明るい行楽地に行く、ってのが嫌らしい。
夜の行楽地ならいいのかよつったら、夜の歓楽街で普通に男の恰好…スーツなんかでいると、ホストってよりホストの上司とか元締めみてえな?ホストクラブのマネージャーとかオーナーとか、いっそ、その筋の者とかに絶対見られるから、かえって良いんだって。でも昼の観光地だと、ソレがすごく困るって、

…何その理由?!

たしかに…
額から頬にかけてバッサリ斬られたみてえな、かなり大きな傷だし…
肩や膝の十字傷は深くて目立つし…手足にも体にも酷い傷痕たくさんあって…。腕なんて、いっそ年季入ったリストカッターみてえ。

だからフツーに気にしてんのかと思えば。
…なんか着地点が…よくわかんねえんだけど…

「いや、おめえは顔可愛いし、ウエスト細いから。わりと似合ってると思う。思うが…いくら顔半分見えねえようにダウンスタイルのつば広帽かぶりてえとか、筋モンに間違われるから普通の男の服装が嫌だからってな、…
…イエローにオレンジの、花柄シフォンはやめとけ。あと白いハイヒールと白いアームカバーも。なんか一般的な真夏のシーサイドお嬢様みてえになる。なんかもう自爆的な感じになる」

「じゃあコレならいいだろう?」

次に現れたのは、
麦わらなんだけど麦わらっぽく見えねえ細かく編んだ、シンプルな波打つつば広帽に、
やっぱりマキシ丈の、ざっくりゆったりラグラン七分袖ナチュラル系ワンピース。その上に少し短い、同じ形の袖ついたロングカーデガン重ねて。足だけはヒールじゃなくて昔のギリシャ人みてえなヒザ下までの革サンダルはいて。そこに白のアームカバーつけて指先近くまで覆って…。

…つーかそのコーデどこで思いつくんだ?
つったら
「ネットで見た。アジアンテイストっていうんだ。べつに女装とかじゃない」
…そうなのか???……いや女装だよな……明らかに…

「…殉、おめえの努力はわかったが。てかどこに向かって努力してんのかは、よくわかんねえが。…ソレでもたぶん…普通の男女カップルに見られると思うぜ?…オレたち…」
「だったら双子で顔似てるから兄妹になる。わたしは妹ということでいい。だからそれが、健全な明るい観光地に出かけるための、限界閾値だな」
「妹でいいのかよ!?…ってか、そこ閾値…?!どこに、しきい値あるって??おめえの中の、健全で明るいって何?!、わっかんねぇなァ…??」

いや…それも新しいけどな…気分が。
そういうジャンルあるけどよ、……兄妹て…

「それに、そのような場所へ行くには、男二人ではダメだと聞いた」
「はァ?誰に?」
「ネット」
「よくわかんねえな。何でダメなんだ?」
「男女カップルか、大勢の健全な若者どうしの仲間か、親子の家族連れで行くのが正しいのだと。なんか石松くんも、前、そんなこと言ってた」
「どこの情報だよ」
「よって、男女カップルに見えるなら、これで合ってるハズだ。わたしたちは」
「いやだから何情報?!……つーか、おめえは、そういうの嫌いだから行きたくねえつってんじゃねえのかよ?健全カップルが大量にいるとか。賑やかな仲間や騒がしい家族連れ大勢とか」
「ああ、キライだな。しかも苦手だ」
「じゃ何で嫌なモンの真似したがんだ」
「キライだが…それが世界定義ならば仕方ない。つまりTPOに合わせた常識的な正しい振る舞い、郷に入れば郷に従え、というやつだな」

「はァ?!」

わかんねえ…。何言ってんのか、よく…ってか全然…
……まあ、いいけどよ、べつに。どっちでもオレは…
殉と行けるなら。
お前がいいなら、それでいいぜ?TPOでも常識でもギリギリラインでも…

しっかし…微妙だよなァ
女装して妹に見える弟って…
でも結局のところ本人納得なら、いっか。とか。
まァぶっちゃけ可愛かったし。
髪きれいで長ぇからよく似合ってて。オレより華奢で小さいからちょうど…って言ったらそれは何か怒りそうだから言わなかったけど。まァ確かに細いラフィアで細かく編んだ、顔の前で波打ってブリム落ちるワインカラーのつば広帽子、目深にかぶれば顔の傷は見事に隠れるぜ?手足の傷も完全に見えねえし。襟にアクセントのマルチカラー入ったキナリ色のロングカーデはおったその姿なら、まァ…全体にガーリーなお嬢サンと見えても
裏社会のヤバい男には絶対、見えねえ。

いやでもおめえ…今回はともかく…
来年、どうすんだ。
大学の講義室で、毎回キャペリンかぶってたら怒る教授いると思うけど…
ロングのワンピースは全員スルーしてくれると思う。「なかなか個性的ですね」とか「その自分世界、テーマは何ですか」とか軽いコメントやジャブ入るくれえだと思う。むしろ酔った男の先輩にキスされたりしそうで不安…いやマジで。あるから結構そういうの。

そしたら、
「大学の服装は、受かってから考える。だが河井くんと買物行ったときの服で良いと思う」
って??
つか河井とお前、いつどんな格好で出かけてんだ。もしかして麦飯専用炊飯器買ったときか?!オレに黙って何してんだお前らは…って言いたくなったけど…
まァ…紳士な河井が変なとこ連れてくわけねえし…
…てことで、不問にした。

オレは…まったくいつもの、袖と襟にレイヤーで濃いブルーの模様入った白のポロシャツに、ごくごくフツーのプレーンフロントの白のカジュアルパンツと夏レザーのチャッカーブーツはいて行こうと思ってたのに。もうバカンス用にした。つっても上に、これからバリ島でも行くんですか?みてえなオープンカラーの派手なスポーツシャツ着て、中にパイナップルのプリント柄ついたパステルブルーのDリングリボンベルトつけただけだけど。お洒落着っていうのかこんなの。薄いパステルピンク地に白、パステルブルー、パステルグリーンでトロピカルフラワーめいっぱい描いてあるシャツとか?
そこに、いつものキャンパスバッグの代わりに、革ハンドルついたライム色のボストンバッグ一個かついで。殉には荷物持たせねえようにして。普段の買物や散歩のノリより、ちっとは夏休み気分で、少しだけ遠出した。

だって夏休みって夏期講習や模試の試験監督のバイトとかでオレが結構、忙しいし…。今じゃねえとって。これから何度こんなことあるかわかんねえし…
見れるときに、どうしても真夏の海を、お前と一緒に見たかったから。
色、綺麗だぜ?だって。
冬の鉛色と違って、どこまでも青々した海原は。
南海の淡いエメラルドグリーンもいいけどよ。そこまで行くにゃ大変だし。時間もカネもかかるし、お前の体調も心配だし…

ってな話、電車の中でしてたんだけど、
こいつがどこまで聴いてたかは知らねえ。

ずっとパノラマ車窓にはりついて、流れる景色に釘づけになってたから。

なんだよ、おめえも結構、喜んでんじゃねえか。
と思ったけど。
また機嫌悪くなるといけねえから黙ってた。
最近オレかなり気ィ使ってるよなァ?我ながらすげえって自画自賛してえくらい。
まァそれはそれで寂しい気もするけど…。あんまり喧嘩したくねえし、
やっぱり心が痛むし荒れるし傷つくし。
何より、あとで後悔したくねえからよ…。

車内販売、来たんで、
「弁当食うか?」
つったら、珍しく「要らない」って言わなかった。

「なにがいい?」
「にいさんと同じのがいい」
「オレ、ここらの駅弁とか買うけど」
「同じがいい」

って珍しいな今日は。大丈夫か?って言いたくなったけど。
嬉しいから黙ってた。

金目鯛の炙り寿司と鯖の押し寿司、一個ずつ買って、
二人で分けた。
二人で並んで、同じお茶買って一緒に開けて。
なんか遠足みてえだなって、笑っちまった。

天井まで届きそうなでっかい窓に現れるビックリするほど綺麗な海眺めながら飲み食いしてたら、
「にいさん、ついてる、ココ…」
殉が、オレの唇から白い飯粒を指でとって、それをそのまま自分の口に入れた。
「ありがとよ」
お礼に軽く首筋にキスしてやったら、
「ちょっ…!!」
慌てたみてえに、瞬きして左右見た。流れる青い海の前で、綺麗な瞳がぱちぱちしてる。
「大丈夫だって見えねえよ、誰にも」

つーか、おめえのやってることのが恥ずかしくねえか?角度的に通路はさんだ斜め隣から丸見えだけど…。
そしたら家族で飯粒とって食べるのはアリなんだって。
そうか?じゃあ首にキスもアリだろ。つったら、
そうかな。ってマジメに考え込んだ。
いや冗談だって。
こいつの場合、どこで知識が醸造されてんのか謎だけど。なんか最近ネットで見たとか河井や石に聴いたとか…そんな話のような…それも元ネタは全然違う内容だったりしてな…

コイツの中の、方向性が、イマイチまだよく掴めねえんだが…

でも…
前より、いいんじゃねえか、だんだんこぅ…フツーっての?そう言うにゃイロイロ問題あるが…
あったかいほうに、向かってる感じはした…。

だって子供の頃からゲームもスマホもテレビもパソコンすら、ほとんどさわったことねえ奴で…
代わりに酷ぇ残酷で過激な…

「にいさん、すごい富士山が見える!」

殉が喜んでる。
だよなァ…と思った。

都心から大島までなら空路もあるし。
船なら竹芝から直行便出てんだけど。予約いっぱいで急には取れなくて。
半分以上、陸路になるけど、下田からにした。
ホントは熱海からのが近いんだけど。これで伊豆半島、半分くれぇまわれるし、せっかくだから、ゆっくりだらだら行きてえし。
窓からすっげえ綺麗な海ずっと見えるし。静岡の方まで行くと…
ほらコレあるし?
まァ…殉の行きたがってる樹海の温泉とかは反対側だけど。山梨側だからなアレ。なんか旧甲斐の武田領的なトコ…。
つかこいつ信玄ファンなのか?
…と思ったけど違うよな…何かもっとディープな感じだった…



その晩、
下田に泊まった。

陽のあるうちは…
緑の滴る岩盤に囲まれた
天窓から空が、足元には蒼い水が広がって
向うの穴から、白い光がぽっかり見える海の洞窟…
幻想的な空間の広がる竜宮窟とか。

奇岩と一緒に、まるで海に浮いてるみてえな、
息をのむほど絶景の富士山とか見て。
ココ、世界一、富士が綺麗に見える場所なんだってよ?
つったら、殉は「そうか…」って溜息ついてたけど、
やたら気に入ったようだった。

なんか秘境とか神秘っぽいの、お前、好きだろ、
と思って?あと…
なんかその富士山修行男が外套かけた岩も見た。
…細長く尖がった岩が、時々白くめくれる青い海原にいくつも突き出てる…
まァ確かに…何かコートとかかけられそうな…岩?
いやどうだかな…どんだけでけえコートだよ。
でも絵的にゃ綺麗だった。殉は、感心したみてえに、ぼーっと眺めてたし。
…ついでにそのジジイの像も見た。1本歯の下駄はいた白装束で鬼2匹従えた男…
殉は感激してたけど…
オレにゃよくわかんなかったぜ、その良さが。


陽が沈んできたから、
アメリカのベガス真似たみてえな、富豪の宮殿じみた外観のホテル行って。

海見下ろせるプールみてえな温泉とか、
ヤシの木と海につながってる、岩風呂とか露天のキラキラした青い大浴場あるとこで。
ほら、これこそまさに、温泉だろ?
つったら、「そういうのじゃない」って。
殉は、観光地の公共風呂入るの、最初ものすげえ抵抗して嫌がったけど、
結局行った。
洞窟に沸いてる温泉とか…何かコイツの好きそうな妙なもん色々あったし…。
あんまり人いねえ時間帯で、他に客いなかったし。
オレと一緒だったしな?
誰か来たら隠してやるつもりで、おっきなバスタオル持ち込んだ。ホントはNGだけど。
てか貸切のプライベート温泉ついた部屋もあんだけどバカ高っけえからなァ?
でもいんじゃねえか、こういうフツーな感じのほうが?今の殉にも…と思って…



洋室と和室の中間みてえな客室には、テラスみてえなでっかい窓がついていて。
黒船の模型が浮いてる小さな湾が、一望できる。
あーそういや幕末にペリー来たのココだったかと思い出した。

風呂上りで、もうあらかた暗いのに。殉はやっぱり窓枠に張りついてて。
洗った長い黒髪、結って頭に上げたまま、薄い浴衣着て…
楽しそう。
かなり無理やり連れだしたわけだけど…
結果、良かったかも?…と思った。
ガッコーも行かずに異常な生活ばっかしてきたコイツに、少しでも普通の経験させたくて…
なるべく無理ねえ範囲で。
だってこのままじゃ正直、

殉の言う…健全な若者が大量に集まる…大学なんて…行けるのかって…
オレも、かなり不安だし…



朝、
下田から週3回だけ出てるフェリーで、
二等の和室でごろごろしながら利島まで行った。

そっから別会社のもっと大きな船に乗り換えて
大島まで。
甲板出たら、真夏の海風が強く当たって気持ちいい。
舳に海水が霧みてえに跳ね上がって…小さな虹が出来てる…。
綺麗だ…と思った。
つーかココ、実は都内なんだよなァ?信じらんねえけど…。

…なんて思いながらやっと港着いて降りたら……伊豆大島にも、
樹海あんじゃねえか!
…しかもばっちり富士山見える…。
うわァ…。
と思ったが…
夕日と海のまっただ中で入れる、露天の温泉もあるし…
オレの好きな海とお前の好きな山も、両方そろってお得じゃねえか?
って隣に言ったら、なんかもう…
聴いてなかった。
わくわくしすぎて今にも走り出しちまいそう…。
つーか…
港から海沿いのバス乗って
降りて歩いてそこ行ったら、

ちょ…おまっ…立ち入り禁止じゃねえか。
落盤落石で。
波の打ちつける絶壁みてえな場所にある洞窟とか…

「おい、待て、殉!!」
「大丈夫だ」
「いやダメだ危ねえって」

おめえの大丈夫基準がどっから来てんのか謎だが…
海に沿って続いてる元遊歩道とか
元階段みてえの完全に崩壊してんじゃねえか。
海にまっすぐ突っ込んでるぜ…
殉の奴…こんな時だけやたら身軽に飛び越えやがって…。
何なんだあいつ…興味あるモンにゃあからさまにテンション上げやがって…
オレの言うことも聞きやしねえ。
マキシ丈ワンピとロングカーデ一緒にまとめてからげたみてえに腰に結んで…
何アクロバティカルなことしてんだ…あいつ…

「行くんじゃねえつってんだろうが!」
「心配ない。何かあっても自己責任だ」
「はあ?!それじゃ困るだろ、オレが!!」
「にいさんが?どうして?」

帽子、頭に片手で押さえて振り向いて、素できょとんとしてやがる。

……。ったく…。ひとの気も知らねえで…。

結局、
オレも一緒に行った。
ホント理解に苦しむぜ。1300年前に空飛んでた男追っかけて、なんで心中まがいなことしなきゃなんねえんだ。
いやでもコレ確かに人来ねえな…。観光地であってすでに観光地じゃねえ。……。
殉が、ほとんどミニスカみてえなカッコになっちまって、傷だらけの太腿丸出しなんだけど…全然気にしてねえし。ってか人いねえし。
いやいねえよな…こんなトコ…

海水と風の煽りで濡れながら、
なんか死ぬんじゃねえ?コレ?生きて帰れんのかオレたち…
って感じに何度もなりながら…洞窟行った…。
途中、海に面した崖みてえなとこばっかで…クライミング用のザイルとかハンマーとかドラゴンカムとか無えと絶対ぇ無理だろ…
ってとこを…なんで普通の靴でよじ登ったり滑り下りたりしてんだオレたち…

あァ…やっと注連縄みてえの見えたけど…
結界?!
何だアレ…
洞窟の結界?!
生死の果てに見れるのアレ?!!

…好きなのか!?お前…ああいうのが…?!!


港着いて数時間…
すでにオレかなり疲れてんだけど…
むしろ精神的に…。
まァもういいや…
海に落ちたら殉、抱えて泳げばいいし、落石したらGMでオレが吹っ飛ばす。
ってことで覚悟決めたぜ。
そしたら多少気が楽んなった。

でもコイツは、とっても満足したらしく。
洞窟のさらに先行って、
立ち入り禁止の柵を内側から乗り越えて、
マトモな遊歩道に出たら
「あとはいいから、にいさんに全部付き合ってもいい」
って。
そっか…ありがとよ、

「いやしかしお前…よく考えたら、同じ立ち入り禁止でも、こっち側から行けばもっと楽に行けたんじゃねえのか?入る側、逆だったろ完全に…」
「知らないのか?修験道の修行は、一回死んだ感じになるのが正しいんだ」
「は?…何だそりゃ…」
「一度死んで、別な命に生き返るのが修行だ。新しい命に生まれ変わって悟れば、空も飛べるし不老長寿にもなれる」
「……そうかよ」

よしわかった殉、
オレ…もちっと鍛えとくぜ…。
洞窟で落盤しても、
地滑り起きても、
断崖絶壁の綱渡り失敗しても、

弟抱えて生き残れるレベルに…

「どうした兄さん?疲れたのか?」
「あァ…ちょっとな」

バス通る路肩で、頭抱えてしゃがんでるオレに、
殉も一緒にしゃがんで顔、覗きこんできた。

なんだよ、疲れも吹っ飛ぶ…可愛いツラしやがって。

まァでも良かったぜ。
お前がこんなに喜んでて。苦労して来た甲斐あった…。
てぇかもう服とか砂や泥まみれなんだけど…。
脱いでシャワー浴びてえ…。

一緒に海水でちょっと洗って…乾いてから砂払ったけど…
いいのか、こんなんで…
いいか、夏の海岸だしな…

黄色いバス来たから乗って、
島の中央にある、
テーブル台地みてえな低い山に向かった。
三原山。
時々噴火してるとこ。
樹海あるし、温泉湧いてるし。富士山、見えるし。
砂漠みてえな荒野あるし。火山だし。
お前好みじゃねえか?
ま、海も見えるけど。

…そしてココも自殺名所かよ……おい…何なんだ…一体…。

なんでこいつの好きな場所って、…こぅホラーな感じなんだ…
オレは普通にバカンスしてえだけなのに…ジャンル違ぇ…双子なのに…

ま、…しかしコレで…
殉の最初の希望に、かなり近づいたんじゃねえか…。
シャレコウベもねえし有毒ガスも出ねえけど、
山は白い煙、吐いてるし、鳥居も神社もある。

実は気にしてた。
珍しくこいつが一緒に行きたがった所に、連れてかねえのもどうなんだって…。
折半譲歩した結果がコレ…

いかにも火山だよなァって溶岩石がごろごろしてる地面を突っ切って、
一本道の遊歩道。
ほんと、ハイキング。
両側は短い夏草が生えてたり。
オレのシャツに描いてあるのとそっくりな、カラフルな花々が咲き群れてたり。

オレンジの星みてえな忘れ草が綺麗だ。
ハイビスカスそっくりの、ピンクと白のムクゲとか。
純白の線香花火みてえな仙人草。
紫色の風鈴や釣鐘みてえな籠口。
ハイビスカスもあった…
なんか…すごい色…暁色のパパラチアサファイアみてえな…
透けるピンクオレンジが…ドキドキするほど美しい。

そのうち何も生えない荒野みてえなとこに出て。
ぶらぶらと…
マジ砂漠って名づけとくだけあるよなァって思ってたら、

急に

海が、

よく見えた。

思わず、立ち止まった。

青い青い空の下に手つないで広がる、
そのまま空映したみてえな、青い海。
海と空が、それこそ双子の兄弟みてえに、鏡合わせにつながってる…。
そこに雲のきれっぱしと一緒に浮いてる小さな島々。
神の島…ってのがピッタリな…
まるで…蜃気楼…

「綺麗だろ?」

隣、見たら、
「そうだな」
殉が、まぶしそうに瞬きした。

「にいさんが好きなものは、わたしも好きだ」

ええ?ホントかよ?お前…。

そのとき、
風に吹き煽られて、
帽子が

飛んだ。

あ、
…って殉が小さく叫んだ。

とっさにオレが捕まえた、
ファインプレイの外野手みてえに。

「おっと…」

殉の髪も煽られて、
額の傷もあらわになる。
殉は…慌てて両腕で顔を覆ったけど。
その腕掴んで
そっとどけて、
帽子のブリムで遮って
他の登頂客に見えねえようにして、

…傷に、
キスをした。

殉が驚いて、
この海と空みてえな綺麗な瞳を、
見開いた。

「すごく綺麗だぜ?お前も」
「それは…ない…」
「どうして?」
「どうしても」
「でもお前、オレが好きなもの、一緒に好きなんだろ?じゃあ、そこも一緒でいいだろ。オレが綺麗だって言ってんだから、綺麗でいいだろ」

無理に隠すこと、ねえのに…。

って言ってみた。
殉がどう思うかは、わかんねえけど…

殉は、
ほんのり頬を上気させ、
視線を逸らして。
それから、

「……にいさんは、くどくのが巧い」
だから彼女とか出来るんだろう?
女の子いっぱい寄ってくるんだろう?
って。
…ったく。
そこはフツーに素直に感動しとけよ。

帽子、長い前髪の頭に戻してやった。
それから、
肩にかついでたボストンバッグ降ろして。
中から、手染めのユリのコサージュついた
ハットクリップ取り出して。
殉の帽子につけてやった。

弟の女装に協力するのもどうなんだと思いつつ…
我ながらセンスいいぜと思ったけど。
ブーケのように束ねられた八重桜みてえな濃いピンク色のオトメユリ、
もっと淡い桜貝色のササユリ、
それに純白のタモトユリが、
レッドパープルに近いボルドー色の帽子のクラウンに、
思った通り似合ってる。

花からまっすぐ落ちる
細い銀色のカットチェーンの端についてる、
三種のユリ葉を重ねたコサージュは、裏がクリップになってるから、
ロングカーデのカラフルな襟にとめてやった。

コレ逆でもいいんだけどな…
たぶんこの白いタモトユリ、殉に似合う。
絶壁好きのユリだぜ?コレ。
カサブランカみてえな自己主張満点の園芸品種じゃなく
野山に咲く、日本固有の
気難しくって優しくって、
崖っぷちに、ひっそり隠れて咲いてる、儚いユリ。

「これで飛ばねえだろ?もっと可愛くなったし?」

やっぱりくどくの巧いって、また文句言うのかと思ったけど。
「こんな便利アイテムあったのか…。さすがだな、にいさん」
…えらく素直に感動された。

昨日、下田の土産物屋で買って。
いつ渡そうかと思ってるうちに忘れてて。
今、思い出したんだけど。……。


溶岩の冷えて固まった、真っ黒い道のりが、
長い。
どこまでも青い空の下、
地獄の入口みてえな火口をぐるっと取り巻いてる。

殉が、途中から、だんだん遅れて歩くようになったから、

「休むか?」

声かけた。
少し疲れた顔で頷いた。
やっぱりあんまり…無理させられねえのかなって…
ちょっと寂しくなったけど。
まだ、大丈夫だよな。
まだ…

道だいぶ外れて、
少しぽやぽやした草あるところで、
バッグから出したシート広げてやった。

おやつに、べっこう寿司も買っといた。
またお寿司!?
って言われるかと思ったけど。
全然。なんか…「全部、にいさんの買うものでいい」って。
それはそれで不安になるけど…
考えすぎか。
まァ島名物らしいから?
いんじゃねえ?
って。あと島特産の
塩と椿油で炒めた明日葉のチャーハンや、炒めたばんばのりの混ぜご飯で作った
おにぎりとか。
それ多分、お前好きだぜ?
って思ったけど

やっぱり喜んでた。
二人で一個ずつ買ったの
また半分こした。

このまま…
ずうっと、
こんなふうにしていられたらいいなァって…
真夏の真っ青な空や海眺めながら思ったけど。
足元にはバックリ火口がクチ開いてて。
何かなァ…。
まァ…
いくら考えても仕方ねえけど。

「まだだいぶあるが…歩けるか?」
って訊いたら、
「当たり前だ、にいさんは変なとこばかり心配しすぎだろう」
って返ってきた。

そんで…
何で富士で修行ネタにハマってるかっていうと、
結跏趺坐で修行してると悟りの境地に到達して、
不老不死になる伝説いっぱいあるから。
多分、そいつらの真似して生活すると、
精神的には一度死んで甦って、
肉体的にも多少は寿命が延びるはず。

そしたらもっとずっと兄さんと一緒にいられる。

って…お前なァ…。
何か…マジ全っ然、よくわかんねえけど、
……ありがとよ。
嬉しいよ、オレは。
それに可愛いよ、お前は。

思わず肩抱き寄せて、ぎゅうってしたら。
「ちょっ…この辛いヅケみたいな寿司が潰れる!」
ホント雰囲気ねえけど。
そこも大好きだぜ?、殉。
なんだか泣きそうなくらい…

「あなたは…だから考えすぎだ。…まだ大丈夫だ、わたしは。…今すぐあなたを置いて逝ったりはしない」

殉が、
オレの唇にキスをした。
軽く。

…あ。
酢飯と鯛と青唐辛子醤油の味がする。
やっぱり美味しいけどピリッとして…

辛い。

「にいさんは、泣いてばっかりだな」
「悪いか」

ってお前、
知ってんのか、オレが何回泣いたか。

「前はわたしが何回泣いたか知ってるのか?あなたのせいで」

知らねえ。
正確には。

てか何だその、勝ち誇った自慢気な…ドヤ顔?!

…ああそうだったな、仕返しな。
わかった。
そう思うことにするぜオレも。
これは多分、お前からオレへの罰なんだろう。
前世のオレの分の。
ん?今生の分も入ってんのかなコレ…
じゃねえと清算されずに、また次の世でもやられそうで怖ぇ…

「それより登山には裾が長すぎた。この服…」
「そうだな。お前、スカートとロングカーデ、ずっと両手でつまんで歩いてるもんな」

それも可愛いけど。

「そのカーデガン、もちっと丈短いのにして。2ピースにして。下はスカートじゃなく、7分丈パンツにでもすればどうなんだ」

それでも似合うと思うけど?その帽子に。
…てか何?
…そうか…その手があったか…
みたいな顔。
お前…つば広帽=マキシ丈ワンピしか、頭になかったのか?……。

「山下りたら、それ買おう」
「いいけど。でも別に今の恰好も似合ってるぜ?すごく」
「じゃあこのままでもいいか…」

どっちなんだよ。
まァどっちでも、
とりあえず裏社会の男にも暴力的構成員にも見えねえぜ?、全然…


十分休んで。

そっから火口戻って
歩いて、下って、
延々、
溶岩流の冷えて固まった黒い荒野、歩いて。
森みてえな小道くぐって…
途中、温泉あったけど、
殉は人いっぱいいて入りたくねえって言うから
通り過ぎて。

やっと下山して
町に入った。

そこでオレはどうしても服買いたかったんで。
ネイビー地に赤、ライム、ビリジアングリーンでトロピカルフルーツ大量に描いてある
開襟の半袖シャツ買った。
殉は、
両わきにスリット入った白の七分丈パンツとノースリーブのシャツ。
シャツは、オレと色違いのペアにした。もちっとトーンダウンした薄い色で全体に白系の。
カーデはちょうどいいの無かったから、今のオフホワイトで、
襟から裾にかけて明るいマルチカラーのモザイク入った、そのまんまにして。
帽子の色がちょっと浮くかなァ?
と思って。
同じワイン系パープルの薄いストール買ってやった。

うん、似合ってるぜ?殉。

その間中オレは店員に
「妹さんですか?可愛いですね。お兄さんとお揃いにするんですか、お二人ともよくお似合いですよ」
って言われ続けた。

今夜泊まるとこ行ってチェックインシートに、
剣崎順、
剣崎殉
て並べて書いたら、
やっぱり「妹さんとても可愛いですね」って言われた。

ジュンて…そうか…女でもいいよなって気づいたけど。
…服、パンツにしても、全然意味なかったな…

「いや、非常にあった。歩きやすいし。やはり山海ではこちらのほうが機能的だ。それに外出用着衣も、もう一揃い増えた」
「そうかよ。良かったな」

てかマキシ丈ワンピもやっぱ新外出着に入ってんのか…。
…いや…別にいいけど……似合ってたし。

素泊まりで借りた
ログハウスのコテージみてえな一部屋についてすぐ、

「にいさん、さっき剣崎殉て書いただろう」

後ろから声がした。
見てたのか。
だって、そのほうがオレたち、ホントの兄弟っぽくていいじゃねえか。

「養子先の姓が良かったか?」
「いや、あれで良かった」

振り向いたら、
ちょっと照れたみたいな嬉しそうな顔になってた。
そっか…。
殉も、オレと姓、同じがいいって思っててくれたのか。
と思ったら、なんだかオレも嬉しい。

なァんかもういっそココ住みてえなと思うような部屋に
ボストンバッグ放って、
窓の外覗いたら、
大きなみかんの木がある。緑すげえ、いっぱいに広がってて。
トムソーヤか鬼太郎住んでそうなツリーハウスもあるし。
殉の大好きな草と木いっぱいあんじゃねえか。

と思いながら、ソファに寝転んで、
屋根裏部屋みてえな
急角度で斜めに迫ってくる
壁だか屋根だかわかんねえ所に、丸太で組んだ窓枠に切り取られた、青空眺めながら、
ちょっと気になってたこと言ってみた。

「来年、お前の住民票どうすっかなァ…」

ホントは今のマンションに、オレと一緒に移すのが正しいが…。
実はオレのもあそこにゃ置いてねえ。
実家にバレると困るから。
殉はもっとだ。

オレのは最初、
前つきあってた女の部屋に置いといて。
次は竜の下宿先にして。
次は河井が姉と住んでるマンションにして。
石の実家にしたり。
なるべくうやむやっぽく色々移してた。
とにかく現住所を親に追跡されねえように。

今は
ウチの大学の独語教授んちに置いてある。

そいつドイツ人で、
野郎だが…同じドイツ人で…やっぱり男の物理教授と結婚してて…
パリだったかロンドンだったかで挙式したらしいけど…?ベルギーのブリュッセルだったかな、それともルクセンブルク?…うん?そっち新婚旅行だっけ…?
どっちみち…夫婦なんだよなァ…つまり、あいつら…
てかパートナー?

…最初、戸建でルームシェアしてる親友同士だと思ってたら、
違った…。
フツーに新婚さんの新居だった。

ちっと衝撃受けた…

まァ本人たちいわく、
「親友でも夫婦でも、わたしたちの関係は、本質的には、たいして変わらんが?」
「まあ、制度的には他人の同居より結婚のほうが色々便利ですしね。それにやっぱり、人並みに家庭持ちたいって…思います?スコルピオン?」
「どちらでも。そうだな。まぁあったほうが、やはり良いのだろうな…。どう思う?ヘルガは?」
何かそんなだったけど…

そこの同居人みてえな感じで、
住民票だけ置かせてもらってんだが…。
弟も一緒にいいかなァ…?…いいよな、もう一人くらい増えても。
…あいつら、来年あたり男の子を二人、養子に迎えるかもって…言ってたけど。

「じゃあもう、わたしたちも一緒に養子でいいんじゃないか?そこで」
「いやお前、戸籍移すとなると、また違うからな。面倒レベル異次元だから。意味、違うからな全然。それにあいつら日本国籍はとってねえと思う」
「わたしは…どこでもいい。…でも…にいさんと同じ場所がいい…」

いつの間にか隣に来て、敷物の上にペタンと座ってた殉が、
ソファに寝てるオレの胸の上に頬をのせた。
「そっか」
その頭、片手で抱いて、

「わかった、頼んでみるってか無理やりでも、そうしてもらおうぜ」
決めた。
多分、大丈夫だと思うが、あいつらなら。変わり者だし?
実をいうとオレ、かなり他人に物頼むの苦手で、
そういうの、ものすごく嫌な性格なんだが…。
かなりプライベートな話だしなァ…
余計に苦手だ。
つーか来年、養子もらって正規の家族つくるって奴らんとこに…一般的に考えてどうよ?とは思うが…
オレ、お前のためなら、何だってやるぜ。ついでに殉の大学の保証人にもなってもらおう。ちょうどいいぜ、二人ともウチの教養の教授だし?

そう言ったら。
殉は…なんか…ほっとした顔で頷いた。
お前も気になってたのか?
…だよなァ…どうすっかなって。
オレも思ってたし、ずっと。
殉の養父母にバレねえように移すのどうすっかな、とか…。色々…。


長い髪の頭抱いたまま、
「風呂、行くか…」
つったら、でも、
あからさまに、
エ?…って顔をした。

「太平洋に浸かってるみてえな壮大な露天風呂あるぜ?サウナも岩盤浴もできるし?」
「でも…」

普通の人がいっぱいくるだろう?、
それが嫌だって。
なんだかなァ…。
そのくせ、フツーじゃねえ連中ばっか集まるサウナで、しょっちゅう強姦されたりしてて。
そっちは平気だっつんだから。
わからねえ…。

てかこいつ…
サウナなら何時間でも入ってられんだよな…驚異。
オレ無理だから。基本、我慢はできるが暑がりだし。高温多湿で何時間もとかありえねえ…。
そのくせクーラーの真下で風に当たりながらアイス食うのも好きで、
両極対応かよ…
妙な奴…
いやそれもこれも、こいつにいわせりゃ「修行」らしいが…。
よくわかんねえけど…つーか…余計に体壊すんじゃねぇのか?
やっぱやめさせるべき…

…って今そこじゃねえよな。
…困ったな。

「大学って普通の若者しかいねえけど…。しかも昼間に大勢集まるトコだし…大丈夫か?どっちかっつうと…おめえのキライな吉祥寺や下北の駅前とかに雰囲気、似てるんだが…」
「わからない。行ってみないと」

オレの上で殉が答えた。
吐息が…オレの首にかかってる。

「そうだな。でもオレと近所のスーパー行けんじゃねえか…」
「うん」

河井と買物も行ったつってたし…
つまり顔と体の傷が見えなきゃいいのか…?
…でも完全に隠せるかっていうとなァ…?…
無理だろうし…

「そういや…お前、最近、あんまり…ヤるって言わねえな…なんで?」

ふと、聞いた。

ここんとこずっと、ヤってねえし。
ヤりたいとも言われてねえ。
いやべつに…いんだけど…オレは…。

殉は、自分でも首かしげた。

「……わからない。でも…多分、にいさんが一番大事なこと思い出してくれたから…」

安心した。
だから、無理やりねだらなくともよくなった。
と思う。

……って、…そっか…
そうなのか…?…
…そうなんだろうか…。だとしたら…それはそれで寂しい気がするな。今度はオレが。
なんだ、このすれ違いみてえな妙な感じ…。

「今日は?」
「そう言われなかったから…準備してこなかった…」
「べつに挿入れなくともいいじゃねえか」
「いいのか?…あなたが…」
「オレは…どっちでも…」

べつに…
なんとなくベタベタしあって、
くっついてられたらいいやって感じだし。
むしろインサートまでいかねえほうが…
こいつの体に負担かけなくてすむし。
結局、一緒に気持ちよくなって達けたら同じじゃねえか?
…みたいな。
そんなんじゃダメかな。

「恋人失格か?」
「そんなことない」

あなたの、したいようでいい…。
でも…

「なんだか…今生のにいさんは、貪欲じゃない。なぜ?」

なんでって訊かれてもなァ…。
オレもよくわかんねえ。
殉も、そんな感じなのか。
と思った。
なんとなく…こうかも?…みてえな前世に引きずられてるっていうか…
無自覚に。
つかオレ、そんなにアレだったかな…前?

「わたしに…飽きたとか…?」
「いやそれはねえから」

どっちかっつーと壊れ物抱いてるみてえで怖い。
緊張する…。
いっぺんクチでしてみたら、
何かえらいパニック起こして痛いつって暴れたし。そっとやったし歯も立ててねえのに。
そのくせ自分が咥えんのは、やばいほど巧いんだよなァ…何だそのギャップ。
いやこいつ…
色々わかんねえんだよな、どこに地雷あんのか…
一般的な感覚からちっと離れてるっていうか…
いやこんなことしてるオレが言うのも何だけど…

「今、するか?」

って訊いたら。


それでも、


うん、て頷いた。





◇to be continued◇