「これ、何度目だったかなァ…?」



オレは

途中で買った、ラムベーコンとルッコラはさまったバゲットサンドかじりながら
朝靄の中、
うっすら黒く濡れてる舗装道路を
全速力で走ってた。

多分、
もうすぐ会える…

…絶対…
…必ず…
もうすぐって

なぜか
わかる…


…あ、

いたいた…。

やっぱり…
いたぜ。

また…

やっと…

見つけた。


遠くの交差点に、
オレそっくりな奴が
立ってるじゃねえか。

かっけー。

抜群にスタイルいいし。
やっぱでも
髪長くて。
オレより綺麗だよな、
あいつ。
なんかユニセックスのモデルみてえ。

手ぇ振った。

「殉!!」

って叫んで。

あっちもすぐに気づいて、
振り向いた。

すっげえ嬉しそうに笑って。

「にいさん!!」

やっぱまた
腰の近くまで
髪、伸ばしてやがる。
長ぇ。

振り向くときに、
髪が、
珍しく綺麗に晴れた
梅雨時の朝の光で、
キラキラ光ってる。

冬の日の透明な光でも。
秋の柔らかい木漏れ陽でも。
毎回。

なんでだ?
って、
いつだったか聞いたら、

オレがすぐに見つけて、
間違わねえようにするためだってさ。

そんな目印なくたって、
オレがおめえを見失うわけねえだろ?

って言ったけど。

じゃあ兄さん、もしもわたしが、女の子とか、すっごい不細工な全然違うルックスだったら、わかるのか?

って言うから。

わからァ、
バカにすんなよ、いったい何巡目だと思ってやがる。てかオレたち一卵性の双子じゃねえか。基本、一緒だからな。

つったら、

そうだったなって。

笑った。

すっげえ綺麗に、
嬉しそうに。

今だって、
ほら、
すぐにオレを見つけて、
走ってくる。

向うも。

伸ばした指先が触れて、
腕掴んで
引き寄せて、

思いっきり抱き合って。
オレは、高い高いまでしちまった。

「ちょっと!!…何するんだ!?公道で!!降ろしてください…!!」
「元気だったか?」
「あなたこそ」

そのまま見つめ合ってたら、
なんか…
通勤のサラリーマンが、ちょっと引いた感じで
オレたちの横、通り過ぎた。

「海外にでも行ってて久しぶりに会った兄弟って見えたかよ?」
「まあ海外っていうか…川の向こうっていうか彼岸ですが」

殉が笑った。

それに、兄弟だけど恋人だからな。

って
オレが付け足したら。

そういうことは、二人っきりのときに言って下さい。

って、殉が、
笑ったまま言い返した。

「今度は、どこに住む?」
「たまにはホントに海外が、いいな」
「じゃあ今、デフォルト中だから、ギリシャ、島ごとどっか買うか。今のゼウスたちと会えるかもしれねえぜ?地中海リゾートで」
「そんなお金、持ってるのか?」
「今回、…親父の遺産、早めに継いだんだ。オレ今、財閥の当主なんだけど」
「わたしは…、また捨て子だった…」
「そこは一緒なのな。けど……相続権、生きてるだろ?」
「はい。放棄しなかった。あなたに言われたように」
「じゃあ半分、お前のだ。つーか遺産分割協議書、お前の分も実印押して作っといたぜ?」
「公文書、偽造!?」
「違えよ。些細な事務処理の簡易化だろ」
「そうなのか?…」
「そうしとけ」
「あなたは…また、そういう…」
「いいんだよ。細けえこと気にすんじゃねえよ」

「でも…今のギリシャ買うなんて…」

他人の不幸につけこんでるみたいで嫌だな、
って殉が言った。

相変わらず、お前、優しいなァ…。

ちなみにウチの財閥は、
資産管理運用会社がここぞとばかりに足元見て、
国の重要インフラ格安で買い叩いてボロ儲けしてらァ。
つったら、
それ悪人のやることだって。
そんなので稼いだお金もらうの嫌だって、
辟易した顔をした。

そうだな。
お前を捨てるような家だから。

「だって返済できないの最初から、わかってるのにお金貸して…全資産、巻き上げて…さらに追い貸しするなんて…まるで…」
「まァな。まるっきり闇金だぜ。世銀とIMFとECBと、債権売りさばいてボロ儲けしてる巨大ヘッジファンドの仕組んだ自作自演の罠だろ。ウチの財閥だって一枚噛んでるし。しかもマスコミは一方的に、カネ返さねえギリシャが悪ィって報道ばっかしてるし、ほぼ世界中が騙されてるぜ?連中がマスコミ使って世論操作してるからよ。…ギリシャは身ぐるみ剥がれんだろ、とくに一般庶民がな」

「…治安だって相当、悪化するだろう?」
「まァ、そこは面白いんじゃねえか?もしビーナスと会えたら、オレが一度ブッ飛ばしてやる。お前の肋骨全部折りやがった借り、きっちり返さねえとな」
「なに言ってるんだ、あなたは…。だいたい、いつの話だ。そんなの…わたしはとっくに忘れてた」
「オレは忘れてねえぜ?どの時代のも…アレもコレも…」

全部、
思い出してた。

オレは、すでに、
詳細に。

毎回毎回、転生してたら嫌でもそうなる。

殉も、
ホントはそうだった。

「でも…今のビーナスがいたとして、彼、もう別人だろう?」
「いーんだよ。全世代の借り、借金同様、相続してらァ。おんなじビーナスにツケ払わせろ。つーかオレが払わせてえだけだがな、そのほうがおもしれえだろ?向うだって」
「勝手な理屈を…」

でも…
強引で身勝手で無茶なところが、あなたらしい。

って、殉が、
オレの肩に顎をのせた。

今回、まったく同じだな、
オレたち、身長とか。

「同じほうがいいんですか?」
「うーん…どっちも捨てがてえな。小せえのも可愛かったし」
「たまには、わたしのほうが大きくならないのかな…」
「それは無理だろ」
「どうして?」
「オレのほうが兄貴だから」

やっぱり勝手だ、兄さんは。
って。
殉が言うから。

肩抱いて、
キスしてやった。
頬に、軽く。

それから、わざと

「ディープのほうが、よかったか?」

耳元に囁くみてえに言ってやったら、

「ここ…公道ですけど」
公然わいせつになるんで。二人っきりのときにして下さい。

そう言って、殉も、
オレの頬に軽くキスした。

「また4年間、よろしく」

って。

そっかー。
また4年しかいられねえんだよなァ。
と思ったら、

なんだか会ったばかりなのにもう別れそうで、
がっかりした。

オレたちと契約した冥府の神は
やはりよほど性悪だったとみえる。
きっかり4年で毎回別れる永遠ループなんて…

なんだそれ…
ただの拷問じゃねえか…
神罰ってやつ?
オレなんも心当たりねえんだが…

4年ずつ
10回で40年。
20回で80年。

…これで一生分くらいか?
じゃああと何回、やれるのかなァ、コレ…

「ずっとがいいぜオレは。20回きりじゃ足りねえ。200回でも足りねえ」

強欲だな。
って、殉が笑った。

欲あってナンボだろ。
ってオレが言ったら。

「天国でも地獄でも…わたしは、あなたと永久にいられる場所がいい」

ってソレ、
お前のほうが強欲じゃねえか。

でも…
そうだなァ。いつか、
輪廻の輪を抜け出して…
永遠に一緒に居られる場所に行けたらいい。

本当に、
心からそう願った。

でも次あたり、
来そうな気もした。
多分、
同時に生まれて同時に死ねるとき、
そうなるんじゃねえのかって。

なんとなく、
遠い遠い過去の約束みてえに、
はっきりと感じた。

「どっちか先に死ぬから、お互い悔いが残るだろ?するとまた転生するんじゃねえのか?」
「いや、あなたが言ったんだろう?毎回、転生したいって。ずっと…辛い感じで生き続けて、繰り返したいとか…。わたしは最初から嫌だったのに…あなたの我儘に、ずっとつきあわされてるんだが…」
「そうだったかな…」
「そこは憶えてないのか。ほんと酷い男だな、あなたは…」

本気で怒りそうだったから。
オレは殉を思いっきり抱きしめた。
怒りすら溶けてなくなるように。

「悪い。たった今、撤回するぜ、それ…」
「にいさんって……本当に自分勝手だ。いつもいつも…」

うん。甘んじて聞く。
気の済むまで罵ってくれ。
なんならオレを殴り飛ばしてもいいぜ?
裏拳術でも正統派でも。
GMでもGPでも。

だってオレ、
もう二度と…
途中でお前と別れるの嫌だ。

別れてる間、長すぎだし。
長えよ、
会ってる間より、別離のほうが。
そこ、何とかしたいぜ。
織姫と彦星じゃねえんだから。

「オレ、もう二度と……お前と別れたくねえ、毎回毎回、…別れる時、辛えし…全然、慣れねえぜ、アレだけは…何度やっても…。次また逢えるのかって必ず不安になるし…」
「わたしも…。ちょっと疲れたな…何度も転生するの、…だってあなたと会ってられる時間が短かすぎる…それに別れるのが、やっぱり辛い」
「そこだぜ、そこ」
「何言ってるんですか、ほんと、あなたって無責任、そう言ったの自分のくせに」
「そうか?だって、オレは…ずっとお前のこと…」

ずっとずっと一緒に生きたかったから。

そう言っただけなんだ…
本当に、オレは…。

でも…たった4年ずつだったなんて。

毎回、そんなの…
短かすぎて、耐えられねえ。

十何年も生き別れて…離ればなれで、
やっと逢って、4年。
たった4年。
それからまた死に別れて…
残ったほうが死ねるまで…
すぐのときもあったし、
何十年も待たされたこともあった…。

辛かった。
いつもいつも…そこが…
お互いに…

やっぱり…
最初に契約した神が
双子に厳しい奴で
底意地の悪い野郎で、
嫌がらせでこんな…

それともアレか…
12神戦のとき
オレがハーデスの野郎ぶっ飛ばしたのが悪かったのか…
それとも、どっかにいる別の、
ホンモノの冥王ハーデスなのか。

どっちみち冥界の王とかロクな奴いねえ。

それとも、
もしかして…

神の禁忌を破って
双子の弟と愛し合ったから?

それでイジメに遭ってんのか。

でももう、
とうに時効じゃねえのか…
そろそろ…根負けしてくれてもいいんじゃねえか?
神のほうが。
情状酌量で勘弁してくれてもよさそうな気がする…

だってコレ
永遠に終わらねえだろ…
オレたち改心しねえし、
する気ねえし…
たとえこれが
人類至上最悪の罪業だったとしても…

そう、真剣に思った時だった。

「そういや…ココって、交差点のド真ん中だよな」
「はい」
「青信号なのに…今、すっげえでっかいトラック突っ込んでくんだけど?急ブレーキも踏まねえで…」
「にいさん…」
「ん?」

殉が
微笑んだ。

それはもう、
とびっきり極上の、
至上最高の、
可愛くって綺麗な笑顔で。

「キスしてください。このままディープで」
「ああ、いいぜ?」
「飛ばされても絶対、離れないように、しっかり抱いて下さい」
「ああ、二度と離れねえように、抱いててやる」

互いに
背中まで腕回して、
ぎゅうっと。

ぴったり
息もできねえくらいに
抱き合って。

深い深い

キスをした。

殉の味がした。

ちゃんと
わかってた。

その瞬間、

オレたちは…

本当の本当に…

過去から未来までを、


想い出した。


とうとう、真実に。


…すべての、
オレたちの過去と、その約束も…。


遥か遠くの


過去までも…





◇to be continued◇