それから、

夏がきて、
秋がきて、
冬んなって…

年明けて。


センター試験の当日、
殉は、もの凄い熱だして。
でも、べつにウィルス性の感染症とかじゃねえし。
むしろいつもの、体調不良。

だから、ちゃんと、受けに行った。
…結果、
ほとんど、パーフェクトだった。

もっともあそこ受ける奴ら、
上は、
だいたいそうだから。
落としたら、むしろイタい。
一次は点数圧縮されるんで、足きり受けなきゃ関係ねえって奴もいるが…
やっぱ確実に取れる点は取っとくべき…つか完全勝利じゃねえけど、
ただスレスレで受かりゃあいいってんじゃ面白くねえから、どうせなら成績上位で
合格しろって言っといた。

殉は、わかった、ってすぐ頷いたけど、
最初から全く本気で、そのつもりらしかった。

その点、マークシートなんて答え決まってっから、二次と違って。
教科ごとに見りゃあ、
受験校の奴らなんて、満点、結構出すし…
つか満点フツーって教科もあるしな…。



二次試験の日は、

不吉なほど、珍しく大雪降って。
都内はあちこち交通ストップしてて…
殉の体調も、それ以上に、酷く悪かったけど。
やっぱり、とんでもなく高ぇ熱、出してて…

でもずっと、そうだもんな…

今年の始めから…。


「どうだ?行けるか?」

朝、
ベッドの中で、
前髪かきあげてやって
熱い額に手、当てながら
聞いたら

「当然だ」

微笑んだ。

「こんな時のために、いつも修行してるんだから」
そう普通に言ったから、熱い額に、キスしてやった。
「じゃあ退出させられねえように、高熱あんのバレんじゃねえぞ。まぁ、おめえの感染るやつじゃねえから、誰も困らねえはずだが…疑われると、面倒だからな」
「大丈夫だ。そんな下手な真似はしない」

オレも付き添った。
交通の乱れで
数時間遅れで始まった試験の、
初日が終了して。

教えといた通り一番混雑する正門じゃなく、
農学部前の門から出てきたとき、

「どうだったよ?」
「うーん…アレとアレとアレが…やや不安か?…でも大丈夫だろう…多分…」

出迎えてやったら、
ちょっと苦笑してた。

そのまま倒れたけど、
オレがタクシー拾って連れ帰った。


二日目は
最初からもう車で一緒に連れていって、
午前中は
外の通りのカフェでオレも待ってた。

無駄に長ぇ試験の昼休みは、
そこで一緒に飯食って。殉は要らねえつったけど、無理やりカンパーニュにアンチョビオリーブとトマト、それにサーモンとケッパーのってるオープンサンド食わして。ブラッドオレンジの搾りたてジュース飲まして。試験よりこっち大変かもつってる殉に、「ちゃんと受験票持ったか?無ぇと戻れなくなるからな」
って、確認させてから、送り出してやった。

午後の試験は、
終わるのずっと外で待ってて。門の前で落ち合って、やっぱり車で連れ帰った。
タクシー、なかなかつかまんなくて、
途中までオレが、三丁目の駅の近くあたりまで、抱いてった。

「大丈夫、そんなに…心配しなくても。それより…恥ずかしいから降ろしてくれ」

コイツはやっぱり
また笑ってたけど。

疲れすぎて、緊張も解けちまって、もう…
独りじゃとても歩けなかった。



その後も

なんだか寝たり起きたりで。
微熱がずっと続いて。
時々酷く高い熱だして。


春、

やっと合格通知きたのに、

自分で玄関に受け取りにも出れなかった。

オレが代わりに受け取った。
ネットでも発表されてるから、
オレが代わりに見てやった。

「殉、ちゃんとあるぜ?」

画面、何度も確認してから言ったら、

そっか、良かった。
…って頷いた。

ベッドに寝たまま。

それから、ちょっと不安気で…寂しそうな顔をして、

「一回くらい…上の学年…行けるかな…」

「大丈夫だろ。計画的に省コストでいきゃあ…余計な授業、取らねえで。必修系の絶対ぇ落とせねえ単位だけ、きっちり取って。
必ず出席しなきゃなんねえ講義だけは少し無理しても出て…試験は…まァお前なら平気だ。オレが教えてやってた分もあるし。点数は心配ねえよ。
宿題やレポートは…キツかったら手伝ってやるぜ?」

「それ手伝ってもらったら、わたしの成績じゃなくなる」

「よし。じゃあ頑張れ。入学式は記念だから行っとけ。オレも保護者枠でついてってやるから。
まァ、いかに世界の最先端で活躍できて、新価値、創造するイノベーション的人材になれるか?っつー総長その他の、お説教みてえな話、延々聞かされるだけだがな。
大学のやる新入生ガイダンスだけは出ろよ?サークルとクラスのはどうでもいいから。
あと第一週目の講義な、だいたいどんな奴がどんな講義するかわかる。それで出るやつ決めればいい」
「…うん。でも…ハードル高そうだな…出席…」
「心配すんな。単位取りやすい講義と教官、どれか教えてやるよ。歩くの大変ならオレが毎日、抱いてってやるぜ?」
「うん…恥ずかしいから…そこは遠慮しとく」

ちょっと笑ってた。

けど、
ちょうど2年ズレちまったから。
オレはもう専門学部の別キャンパスに移らなきゃなんなくて。
教養のこいつとは、

結局、一緒には、通えなかった。

もっともオレは、
毎朝こいつを教室まで送ってから
自分のキャンパス行ったし。

帰りは、
時間が合えば、迎えに行った。

ほかにもいろんな知り合いが
手伝ってくれて。

…客員のはずが
いつの間にやら正規に居ついちまってた
通称「総統」って周りによばれてる、ドイツ人の独語教授や、
その研究生や院生たちが送ってくれたり。
その連れで、やっぱりドイツ人の、
通称「参謀」の物理教授も、かなり手ぇ貸してくれたし。
鬼畜でやっかいな英語二列のALESSは
殉の担当院生がナポレオンつーフランス人留学生で。
これが貴族の子孫らしいけど?

どういうわけか、殉と仲良くなっちまって…
授業以外でも、かなり面倒見てくれた。

どうもオレのことも前から知ってたみてえだったけど。

ほかにも、なんか色々…
殉についてくる連中もいたりで。

そんなんで1〜2年を、
殉はなんとか頑張って。
無事、
オレと同じ専門学科にも、進学決めて。

すっげえ良い点だった。
オレと同じに、
どこの学部学科だって楽勝で行けるくらい。

オレは
そのまま同じ研究室に残って、
大学院の試験パスして、マスターいって。

やっと二人一緒に…

同じ工学部のキャンパスに…毎日通えるって年の、


春…



「ちょうど…4年経ったな…再会してから」
「前もそうだったぜ?」
「じゃあ…それがリミットなのかな…毎回…」
「もうちょっと…長くてもよくねえか?」
「…そうだな、にいさん…」

短かったな。

って。

できれば…一度くらい…一緒に、同じ部屋に通いたかった…
って。
なんだかとても残念そうに微笑んだ。

にいさん、グレーの作業着で、ナットとボルトくわえてスパナ握ってる格好、
結構カッコよくて面白かったのに。
あと1年あったら…同じ研究室に…通えたのに…。

…そう呟いて…。

そうだな。

ってオレが言ったら。

またあの姿、見たいなって。

いいぜ?
見せてやるけど、
今やってんの、主に制御プログラムなんだ、無人機械の、
完成したら見せてやるよ。
衛星経由の電波使って
自己学習する人工知能乗っけてオートで動くやつ。
いずれ宇宙でも使えるやつ…
銀河のどこでも動くやつ…

そしたら、

うん楽しみ。

って頷いて…

でもちょっと…間に合わなかったかな…、

って…そう言って……


オレの腕の中で、

まるで…眠るみてえに…。



でも、さよなら、

って言わなかった。


「またな」

ってオレが言ったら。
やっぱり…

うん、

って頷いた。

またすぐ会えるから
大丈夫、

って、そう言って…
もう…目も閉じたままで、
微笑んだ。

「ホントにすぐ会えんのかよ?」
つったら
「たぶん」
って…
まるで楽しい夢でも見てるみてえに微笑んだ。

それから、

急に、
ものすごく悲しそうな顔になって…

「でも…ちょっと…甘かったな、わたしも…先に置いて逝くほうが…楽だと…思ってたのに…案外、そうでも…なかった…」

どうしようもねえ溜息みてえに
呟いた。

そうして、

すごくすごく…
聞き取れないほど小さな声で…



ごめん、


にいさん…また一緒にいられなくて…


って…



それが、


最期だった…。










◇to be continued◇