「にいさん、朝だぞ!あ、さ!!」
「ん〜?…何?…お前…」

先、起きたのか?
ってか大丈夫なのか?
…なんか…ピンクのエプロンつけて…張り切ってんだけど。……。

あれ?
知らねえ間に、教科書はテーブルこたつに片付けてあって。
オレには毛布かかってる…。
かけてくれたのか、自分のを…

「もう起きないと、一限目に遅れるぞ、いいのか?」
「エ?…そんな時間か…マジで?!」

一気に目ェ覚めた。
すっげえオレ…
生まれて初めて寝過ごしたぜ…。
アラームなんか使わなくたって、
毎日、午前5時には、きっかり起きて。10キロ走ってシャワー浴びて、朝飯食って、当日1コマ目の予習するくらいは余裕あんのに…
軽くショック…

慌てて顔洗って洗面所から出てきたら、
でも朝食出来てた。
綺麗に完璧。
こいつ、料理も巧いよなァ…。
っていつも思ってるけど…

今日の…何?これ…?

「ひじきとおからと、三つ葉、シイタケの澄まし汁。それに麦飯」
「……麦?…何?この、ぼっそぼそした硬い粒か?」
「押し麦という。大麦を圧して、皮むいて作ったものだ」

健康にいいんだぞ
って。
マジかよ。
つか、いつ買ってたんだこんなもん…。
しかもちゃんと専用炊飯器で炊いてやがる。
……。

やっぱ好きなんだよなァ…こいつ…こういうの…。
朝からすっげえローカロリー健康和食。
しかもすっげえ得意気、殉が。
動物性タンパク質ゼロかって突っ込んだら、絶対、高タンパクがおからに入ってるからいいんだとか言い返してくる勢い。
肉類より健康にいいんだぞ、って必ず言うぜコイツ…

…このさいオレもダイエットするか…一緒に…。
筋肉落ちたら困るけど…

つか、ここで
殉、オレ今日からあげ食いてえんだけど?って言ったら…
作ってもらえるんだろうか…
焼肉とか…ホワイトソースたっぷりのパスタとか、焼き立てのクロワッサンにエンドウ豆のポタージュスープ飲みてえつったら…

…なんか怒りそう…
やっぱ後で学食とかで独りで食おう…
いや別にいいけど…
オレたち的にゃ些細な問題だし。


それより…

今日は元気そうで良かった。
すごく落差あんだけど、
元気なときはすごく元気だ。

時々
急に倒れる以外は…

「殉」
「はい?」
「お前のことは…オレが、きっちり面倒見てやるからな。必ず守ってやるから、心配すんじゃねえぞ」
「…………なんだ、今日はあなたが病気か?」

いきなり朝から何言ってるんだ、にいさんは!
って。顔真っ赤にした。
熱あんじゃなくて照れてんだよなコレは。
可愛いけど。いつまでもそうしててくれ。
頼むから。

「あなたの護衛など不要だ。この間も買物帰りに、変な男数名に囲まれたが…右アッパーと左フックで、ちゃんと全員、遠くまで飛ばせた」
「………いやそういう話じゃなくてよ…つーか、おまえ…」

…あァ…オレが前、教えてやったやつな。
…一度見たらすぐ憶えるって…こいつの場合、
勉強だけじゃねえんだよな…。
やっぱ天才だよなァ…オレの弟。
ルックスもいいし料理も巧いし。……なんて…
感心してていいのかコレ…

「一般人相手には…ほどほどにしとけよ。……暴行殺人とかにならねえようにな」
「大丈夫だ。死なないように、ちゃんと手加減している」

そうか。
……。
大丈夫か…大丈夫だよな…
多分…お前は。
一病息災とかで結構、長生きするかもしんねえし。
医者の言うことなんてアテにならねえかも…?

「高嶺くんの左フックが、面白かったから真似してみた」
「竜の?アレ、コークスクリューだぜ?」
「ああ。回転するやつ」

そっか…。
やっぱ大丈夫かもな、殉…
ちょっとオレ、マジで今、希望湧いてきたぜ。

「じゃあオレの右と左も教えてやろうか?…もっとすっげえやつ。竜のコークスクリューより破壊力高えぜ?ケタ違いに」
「ほんとか?」

なんだ…目ぇキラキラさせやがって。
やっぱ男の子だなァ。ウチの殉は。
てか…
…オレも気を付けよう…こいつと本気の喧嘩しねえように…。
あの右と左、憶えられたら…オレも無事じゃ済まねえかも…?
いや済まねえよな…確実に…。
つーかアレもあっさり一度見ただけで覚えられたら
ちょっと衝撃…別な意味で。
すっげえ苦労したんだからな、オレだって。

でも

殉にならいいか…

と思った。
双子の弟なんだし
当然、オレと同じこと出来ていいよな。
おまえだけはオレと同じ技、まったく完璧に、すぐに使えてもいいぜ?

…ま、相撃ちで本気だしたら
カウンターでオレのほうが勝てると思うが…
って?
それはそれで殉に大怪我させちまうか…
やっぱ喧嘩はやめとこ…

「制極界って、にいさん知ってるか?、この間、本に出てた。武道の達人ができる究極の攻防一体の技ですごいんだって。今、練習してる」
「完成したら見せてくれんのかよ?」
「うん」

…それも怖えな。
てかどうやって見せんだよ?
オレが血まみれになんだろうが?!

なんか…
やっぱ…アレだな…こいつの場合、
妖術とか…仙道とか…仏法修行とか…元気玉とか…
そっち行きてえのかもな…最終的に…。
それで仙人食?…
頭蓋骨の樹海?…

ま、いいけど…。

「身体壊さねえようにな、ほどほどにしろよ」
「大丈夫」
「そっか。じゃァ、今度はオレも殉に守ってもらおうかな」
「当然だ」

冗談で言ったのに。
丸々本気じゃねえか。
これ、でも…いいかもな。……。
お互いが励みになれば…殉も、もっと長生きできるかも…?
免疫力とか自然にアップしそう、マジで。

「殉」
「はい?」

ちゅ、って頬に軽く唇あてた。
朝のキス。
けど、
なんか今朝にかぎって
やたら不満そうに見上げてきた。朝なのに。

「どうせしてくれるならディープのほうがいい」
「それはダメ」
「どうして?」
「朝だから」

今したくなったら困んだろうが。
オレ、講義に遅れる。
昨日サボったし。

大急ぎで、
わりにふっくら芳ばしい噛めば噛むほど味の出る麦飯、
飲み込んで。
三つ葉の緑が鮮やかで、黄色とピンクの花麩が浮いてる、料亭みてえなおすまし
飲んで。
スーパーのパック詰めじゃなく殉が作った、ひじきとおからの白胡麻の和え物みてえの
食って。
淹れてくれた緑茶も飲んで、

冬はこたつになるミニテーブルから
立ち上がった。

「今日、昼で終わりだから。バイトも休みだし。…どっか出かけるか?まァあんまり…遠くじゃなく…」
「じゃあ草や木のあるところがいい」
「は?草木??…ガッコーの隣に公園あるが…旧前田邸とか農学校の跡地とか。学内もわりと木いっぱいあるぜ?つーか森みてえだけど」

いつだったかサバンナから来た留学生に
このガッコー実家の近所に似てるって言われて
マジか?!と思った。
…都内とサバンナ?…
まァ…大学ってよくあるけどな、そういうトコ…

「じゃ一緒に行く。今から」
「エ?今?オレと?…ちょっと待て。終わったら迎えに来てやるから。…いやまァいいけどよ関係者以外立ち入り禁止とか書いてあるわりに全然関係ねえ奴、歩いてるとこだから。犬の散歩してるおっさんや学食で近所のおばちゃん飯食ってたりする世界だし…構わねえが…つーか昨日まで寝てた奴があんまり…。いや、やっぱり部屋で待ってろ」

コイツが自分で言い出すとたいがいそうだから…絶対行くってダダこねるかと思ったが。
案外、素直に頷いた。
でも…
昼フツーには外、出れなかったのに…
最近、オレや河井と買物も行くし。
肌は相変わらずがっちり見えねえようにガードしてるけど。

一緒にガッコー行きたいとか…
言うと思わなかった。
初めてだった。受験するとか言ってるわりには…
マジで行けるのかってくらい…
昼の一般人が大勢いるとこがダメで…

…草木のあるとこって基準が謎だけど…
頭蓋骨の樹海よりいいよな。
約束通り、変な歓楽街にも行かなくなったし。
代わりにオレが夜つきあってるけど。

「あったかくしとけよ?格好、あんまり冷えねえようにな。昼に戻ってくるから」
「はい」
「オレが戻るまでは、部屋でゆっくり休んどけよ」
「大丈夫」

やっぱオレ…過保護すぎかなァ。
仕方ねえよな。
だって…
別れたくねえから…どうしても…。

殉は…
まったく記憶がねえようだった。
オレは…
だんだん思い出してきた、
とぎれとぎれの瞬間だけ。

でも前、別れたときのキモチだけはハッキリ憶えてて…
その辛さ、悔しさ、涙とか…
そういうのだけは、えらく強く残ってて…。
非科学的だけど、
信じてる。

オレたちの、前世の記憶みてえなもの…。

アレを避けるためなら、
何だってやるだろう今のオレは…

そう思ったら、
なんだか…

やっぱりあの時の感情を
思い出す感じになっちまって。

思わず、
殉を抱きしめた。

「死ぬなよ、殉、絶対…オレより先に」

殉はきっとビックリするだろうけど。
でも…オレ、
今…
どうしてもお前にそう言いたくて…

そしたら…

「にいさんこそ…また先に置いて逝ったら…許さない…」
「…エ?…」

ビックリしたのは、
オレのほうだった。

「今度は…許さない…から…絶対に…」

腕の中で。
くぐもった声で。
でもはっきり、
そう言った。

だから、
今度逝くときは、
自分のほうが先に置いてってやるんだって。やたら得意気に。

何だソレ…
意趣返し?!…仕返しか!?

てかお前…

思い出して…


「どこまで…思い出せたんだ?」

思わず聞いちまった。
そしたら、
ちょっと首かしげて…

「たぶん、…にいさんと同じくらい?…」

時々…
フラッシュバックみたいに
記憶の断片だけが浮かぶんだって。
確かに…それ、
オレも同じだけど…

「でも、にいさんよりも、知ってることがある」

殉が、急に
首に、思いっきり抱きついてきて。
キスをした。
なんか…ディープとそうじゃねえのの中間みてえな。
オレの魂まで、吸い上げるみたいな。

「あなたが…忘れるなって…言ったんだ…わたしに…。永遠にあなたのものだって。…だから…また一緒に双子で兄弟で…あなたを愛してる…」


その瞬間、

ひとつの、運命に、撃ち抜かれた気がした。


あぁ…そうだった…

思い出したぜ…オレ…
今、
全部じゃねえけど…
大事なこと…。

そっか。

…そうだったな、殉…。


オレが言ったんだ。お前とずっと一緒にいたいって…
未来永劫、愛し合って、いたいって…
また兄弟で、双子で生まれ変わるんだ…って…


ごめん、
一番大事な約束、忘れてたの、
オレのほうだった…

でもオレ、
最後は守っただろ?
スレスレだったけど…

「にいさんは、いつも一方的で、酷い」

うん。
そうだな。
悪い。
いつも、オレ…

「でも今度は…ちゃんとお前を…オレが最期まで守るから」
「当然だ。わたしも…あなたを…」

護ると誓っているんだから、
最初から。

殉が、言った。
はっきりと。

そうかよ。
殉、おまえ…
そうだったのかよ?…前世からも?
ずっと…?

「そのわりに、お前、オレに心配かけすぎだろ」
「にいさんだって、似たようなものだ」

殉も、
やっぱり最初は全然、憶えてなくて。
でもオレと暮らすようになってから、だんだん…記憶の断片が浮かぶようになって…
それが少しずつ、つながってきて…
でもオレと同じで、完全には憶えてねえようだったが…。
大事なことは、だいたいわかってた。

この数日も、高熱のある間中、夢で
いっぱいそういうの、オムニバス映画みてえに、
まとめて見たんだって。

主に、オレが悪い感じで…

…ん?!…そうか…?
…かなァ…??…
かも…なァ…。


だから今朝は、首にしがみついて、ディープキスとかしたくなったって。


そっか…


…なんかもう、
今日も休んじまおっかな…このまま…。
どうせ2コマだけだし。

こんなことばっかやってたら、オレ、
希望の専門、行けねえんじゃねえのかマジで点数足りなくて…
とかちらっと頭かすめたけど。

もういっか今日は。
って。

…殉、そのまま抱き上げて、
ベッドまで運んだ。

服、脱がせたけど、
嫌がんなかった。
オレのも一緒に脱がしてくれた。
下着脱がせたら、ちょっと腰上げてくれて。

そのまま前戯やって挿入れたけど、
今までで一番巧く、すんなりいったと思う。

「…ぁっ…ア…ぁ…んッ…」

殉は…
すごい乱れて
喘いでた。
甘ったるい声いっぱいあげて…
今までで一番エロティックで可愛かったし。
オレも気持ちよかったけど。
殉もすごくイイって顔してて。

なんだかもう、お互い
ドロドロになるまで、
抱き合った。

一息ついて、

「コレ…アレかな…またダメなパターンかなァ…」

一度目終えた後、
まだ深く絡まったまま、
オレが何となく言ったら、

「どうして?」
「いや、何となく…」

ダメって何が?
って聞かれると思ったのに、
聞かなかった。

代わりに、

「今回は、わたしが先に逝くから。その点は、全然、心配していない」

わりとあっさり言いきった。

そっか…

なんとなくそうくると思ってた。
じゃあ医者に言われた通りか。やっぱり…

殉の言い分なんて根拠ゼロなのに、
すぐに信じるオレもアレだけど。

…聴かなきゃよかった、
って後悔した。
でもなんだか…
そうなんだろうな
って…それは…
オレも感じた。

オレたちの、運命が。

「やっぱそうなのか…。もしかして交代制か…先、逝くの…」
「たぶん」

マジか。

でも殉がそう言うんなら、
そうなのかもしれねえって
何となく思った。

ずっと…
オレたちは…
こうして…同じように。
前の世も、
その前の世も…
渡り歩いてきたんじゃねえのかって。

毎回、出逢っては
別れ続け…
幾度も幾度も…
辛い記憶と想いを
繰り返し…

今までも…
これからも…

ずっと…。

きっと…

よっぽど変な神と契約したんじゃねえのかな…
オレたち…。
双子に嫌がらせする冥王ハーデス的な、
何かそういうのと…

「コレ…同時っての、ねえのか?」

同時に生まれて、
ずっと一緒にいて…
二人同時に逝けることって…
ねえのかな…。

と、
ふと思った。

「あるんじゃないか?いつか…」
「だったら、いいな。でも、そしたら…」

オレたち…
もう二度と、生まれ変わらねえかも…。

…と…
何となく思った。
それも嫌かな。
どうだろう…

「あなたが飽きるまで、付き合うと言ったんだ。わたしが…」
「じゃあ、とりあえず無限ループで。よろしく」
「わかってる」
「よかった」

相手が、お前で。
オレのわがままに全面的につきあってくれる
優しい弟で。
オレをいつも一番愛してくれる、お前で。
ほんと、良かった…。

オレ、実はお前ほど強くも我慢強くもねえからな。
お前に捨てられるとか、先立たれるとか…
そういうの、あんまり耐えきれる自信ねえ。
てか多分、無理…

「今回…いつまでこうして…一緒にいられるのかなァ…オレたち」
「わからない、それは」
「せめて一緒に大学行ってくれ」
「善処してる」
「その先も」
「ああ。できる限り」
「ジジイになるまで」
「それは…」

無理だな。

って、
殉が、笑った。

ちょっと悲しい笑顔で。

すまない、多分、そこまではもたないから。
って。

そっか…。

やっぱダメか…


オレが…

どこまでも…背負って行ってやるのにな…。
お前の身体が、動かなくなっても…
もしも生きているなら…。
今度は…背負って、走り続けてやれるのに…

「でもこれで、おあいこだろう?」

殉が、
言った。

そうだったな。

一勝一敗の、引き分けだ。

お互い、
まったくフェアだ、
これで…。

だってその前は、

オレが先に死んだんだから…
たった18歳で…

お前を置いて…

だから…

これは仕方ねえんだ…
天罰か決まりみてえなもんだ…


…と

てめえ自身を納得させるために


一生懸命、そう、思った。




◇to be continued◇