外、出たら。

砂埃と、
冬枯れた梢に、
ちょっとだけ、春の匂いがする。

芽吹く直前のような。

見上げたら、殉が2階の部屋のベランダから、手を振っていた。

あいつ…ベランダ怖くて出れなかったくせに…。

監禁されてたせいで、ベランダ恐怖症っての?
カギ閉められて、殺されるみてえな恐怖感じるらしくって。
いちいちパニック起こしてたのに。
狭い所もダメだった。
バスタブはギリギリで。
シャワーだけならまだいいが、水や湯張ってると絶対ダメだし。
浴室も、鍵かけずにドア全開してて。

一度、あいつがシャワー浴びてる間に、
湯飛び散るし、湯気も部屋入ってくるから、
バタンと閉めたら、
パニック起こして、飛び出してきやがった。

オレも気を付けるようにはしてたんだが…
あん時ちょっと怖かった、
オレのほうが。
「にいさんッ!!開けて!!出して!!」
ドア叩いて金切声で騒いで
「いや開いてるだろ…自分で出てこいよ」
つったら
「開かない…出られない…」
って、うずくまって泣きだして。
なんかもう小せえ頃に戻っちまったみてえで。
…どうしようかと思った。
ドア開けて、下のほうで丸まってるこいつ抱きしめて
「大丈夫、開いてるし。誰もお前に何もしねえよ」
ってゴツゴツ骨ばった細い背中撫でてやったら、やっと落ち着いたけど。
瞳孔が、尋常じゃなかった。
パニック障害の薬も必要だろ…
ってマジ思った。


良かったよ…改善されそうで…
アレ、怖えから。
オレも、ってかオレが。
それに日常生活に支障きたす。
能力はともかく、大学とか大丈夫かって、今からすごく心配だし。

けど何でも、なるようにしかならねえしな。
無理なら休学とか?
中途退学すればいいし…

でも一度は入っといたほうがいいだろうって…
…保護者、兼、兄としては…

まァ社会的には色々便利だぜ?
精神的にも、いいかもしれねえし…
わかんねえけど。



右手上げて、オレも合図した。
今夜は、なんかごちそうとか作って待ってんのかもしんねえ。
早く帰ろう。

そんなことを思いながら、
オレの大学構内に結構近い、
住宅街にはさまった、小さな赤茶色のマンション後にした。


天気いい。
風、冷たいけど。
空気、澄んでて。
でもぼんやり春の暖かい匂いがして。

あァ、やっぱり殉を迎えに行った朝も、
こんな感じだったなって。
オレも、はっきり思い出した。


大丈夫、オレが守ってやるからな。って
…多分、この空のどっかで、
あの天パ野郎も、弟を前にして思ってんだろうなって。
ちょっと勇気、湧く気がした。
オレ、そういう性格じゃねえんだけど。
何でも出来て当たり前ってタイプなんだけど。他人は一切、アテにしねえし。てめえの力のみで。
でも…
こればっかりは…いつも…
動揺する…
殉、お前のことだけは…

お前のこと…
オレ、すごく、
大事で、愛してるからだな…

今も…昔も。

昔…?


何か今、
ずっと遠い、
生まれる前の記憶が、あったような気がした…。


ふと。

オレたち…
前世で、やっぱり、約束してたよな…
…たぶん、また一緒に…って
…殉、お前と
一緒にまた双子で
兄弟で、
今度こそ
一緒に暮らそうなって…


そう…
遠い昔に、誓ったような、気がした。

通りすぎる
一瞬の風みてえな…想いだったけど。
とても切ない…
生き別れて、
引き離されて、
結局…最期は、死に別れて…
生きてる間中、一緒にいられなかった…
そういう…
哀しい…
古い古い傷痕の想い出みてえな…
傷んだ心…


遠い遠い過去から、想いが、不意に、
手を伸ばしてきたような、気がした…

オレの、魂の深淵から…。


にいさん、最後くらいは一緒にいたい…
本当は…
ずっと一緒にいたかったけど…


そう確かに言った
お前の、遠い過去の姿が、
悲しくて綺麗な笑顔が、
ふっと浮かんだ気がした。

永別する瞬間の、
お前の涙と一緒に…

泣いてたよな…お前…あのとき…。

オレは…ごめんなって…
心だけで謝って…
口にも出せずに…

それが心残りで…

たった18歳で死に別れた、かつての自分が…

一瞬だけ浮かんで、


遠くに、

消えた気がした。






◇Fin.◇