オレたちは…

ってかオレは、バイトしながら大学行って、保証人見つけて、二人でどうにかマンションも借りれた。
小さなワンルームだったけど。

一緒に暮らしてみたら…意外にというか、むしろ当然っていうか…会ってなかった長ぇ時間分、互いの生活は全くバラバラで。
オレもこいつも、部屋に戻ってこねえ日も、多かった。
オレには、高校の頃からつき合ってた女がいて…
弟は、深夜のバイトに通ってた。

それが何の仕事か、よくは知らねえ。多分コンビニとか、…まあオレと同じでルックスいいから、せいぜいホストとか…そんなふうに想像してた。

あの夜、あんなモノを見るまでは。





繁華街。
深夜の路地裏にある、色あせた雑居ビルの1Fにある喫茶店。
終電乗り損ねてタクシーで帰るカネもねえ始発待ちの酔っぱらった客たちが、
適当にごろごろしてる場所。
女と別れた後、いつもの場所が満席だったんで。
ちょっと奥まで足をのばして偶然、見つけた。

一階が安っぽいカフェ、二階がビリヤード場。
でも客はあんまりいなくて。
ぱらぱらと疲れたサラリーマンや大学生や水商売の女たちが、小さな硬いイスに腰かけ、ファストフード以下のチャチなテーブルに突っ伏して寝てるだけの、雑多で静かな空間。
けど二階が妙に、うるさかった。

ひりつくような、不穏な空気。

嫌な具合に騒々しいから、手前の階段昇って覗いたら、
何台も並んだビリヤード台に、客は一人もいない。

ただ、
奥の暗がりで、何人もの、もつれあっては暴れる動きと、
上がった息や、アノ声が響いてる。

舌打ちした。
エテ公みてえに盛りやがって。どこでもかしこでも。見境いなしかよ。こんなとこでヤってんじゃねえ。
と思ったが。どうも様子が変だった。
一人を、輪姦してやがる。
それもそういうプレイなら、勝手にしろと思うとこだが…
明らかに、強姦だった。
しかも、されてる奴は縛られていて。身動きつかねえ状態で、首にロープみてえの括られて…
悲鳴あげてる…苦しそうに…

しかも声、男じゃねえか。
髪、すげえ長えから、女かと思った…
…弟の殉くらいあるな…と、なんとなく思った。
まあどっちでもいいが。

べつに…正義漢とかそういうわけじゃねえんだが…
殺人現場にゃ居合わせたくねえ。
しかもこんな胡乱な場所で…警察に引っ張られてオレも一緒に事情聴取とかありえねえだろ。それで弟もオレも家にバレて、居場所、突き止められたりしたらコトだ。
そんなつもりで…オレは、奥の暗がりまで歩いて行って。
わざとドスの効いた低い声で、でも手馴れた風を装って軽く怒鳴った。

「おい、やめろ。それ以上やると死ぬぞ、そいつ…。もう放してやれ」

はあ?何様だよ?

って顔が、一斉にオレを、見上げてくる。
どうでもいい。
動物以下の、ゲスのツラだ。本来、オレには関係ねえんだが…と…
中心で嬲られてる奴の、顔見た瞬間。

その後の記憶が、ちょっと、怪しい。

気づいたら、そこにいる全員を、ブッ飛ばしてブッ倒してた。
でも足りなくて、殺してやりてえと本気で思った。
高校まで、これでもボクシング部に入ってて…一応、ジュニアチャンピオンだった。
だからシロート相手に、素手で喧嘩するなんて…本来あってはならねえし…考えたこともなかったのに。

ロープと結束バンドで括られて、刃物で服を、刻んだみてえに切り裂かれ、
あられもねえ格好で、精液まみれにされてる自分の弟に、脱いだジャケットをかぶせるように着せて。
何とか、ともかく連れ出した。
流しのタクシー拾って、運転手に余計にチップ握らして、ようやくマンションの部屋まで辿りついた。
本来、医者に連れてくべきとこだが…そんなカネもなくて。
しかも通報されるのも、困る気がして。
警察沙汰になるのも、絶対、嫌で。
オレが自分で手当てした。

とりあえず浴槽、突っ込んでシャワーで傷洗って…

そしたら…

何だよコレ?…って…

愕然とした。

どう考えても異常だ。
性器が傷だらけで…局部も…全身も傷だらけで…
しかも今回だけじゃねえ…絶対…

古傷から生々しいのまで、体中に…
どおりで一緒に風呂行くのも嫌がるわけだ…
裸体を、そもそも見たことがなかった。
見せたことがなかった、こいつが…。

一緒に居ながら何ヵ月も経ってたのに…


ベッド代わりのソファの上で、ようやく意識の戻った殉に、

「おい…ヤクザの女にでも手え出したのか?」

一応、訊いた。
声は、かなり怒っていたと思う。
あのビリヤード場で出した声よりも、低かった。

「違う…」

ハイバックのソファに、横向きに体丸めて転がったまま、
弟は、こっちも見ずに言った。

だろうな、違うだろ。
コレは。

「どういうことだ…このザマは…」

重ねて責めたら、ちょっと笑いやがった。
唇の端を少し上げる苦笑ていどだったけど。

「べつに。たいしたことじゃない。…たまたま…当たりが悪くて…」

へェ?
たまたま悪質な変態どもに引っかかって、殺されかけた。
そういうことかよ?

「いつからやってんだ…こんなこと…」
「一緒に…ここへ来てから。でも前の家でも似たようなものだったから…ずっとか」

弟が、売りをやってたなんて…
それも不特定多数の、野郎相手に…。
しかも嗜好が過激にサディスティックな…
それを、全然オレは知らなかったなんて……

何が双子の兄弟なんだ…オレたちは…

「お前…男が好きなのか。しかも乱交で、SM趣味か」
「違う。…そういうわけじゃない」
「じゃなんで、こんなことやってんだ」

弟は答えない。
それだけはどうしても、
何が何でも、
言えないって顔で。

「カネか?」
「違う」
「じゃなんだ」
「……」

「とにかく、売りはやめろ。乱交もだ。リスクが高すぎる。いつか死ぬぞ」
「あなたには、関係ないだろう」
「なに」

一枚だけ羽織らせといたシャツの襟首とっ捕まえて、
引きずり上げた。
殉が、小さく呻いた。

「関係ねえなら、言わねえよ。あるから言ってんだろうが」
「……」
「おい、オレの目を見ろ。逸らしてんじゃねえ、殉ッ」

ちょっと驚いた。

見上げてきた瞳が…
切ない色で、揺れていたから。

綺麗な瞳だ。
でも、
哀しい色をしていた。

弟の、額から頬にかけて、ばっさり顔面ぶった切られた傷がある。
長い前髪で、普段は半分くれえは隠れているが…
ちょっと異様な傷だった。
全身の傷も、
ここ最近だけのわけがねえ。
酷えもんだ。
一卵性の双子のはずなのに…明らかに発育不良で…華奢で、オレより、ひとまわり以上は小さかった。オレのシャツを着せると長すぎるし、袖が余る。
養子先で、何があったのかは知らねえ。だが…

オレにまで隠す、何が、あるんだ。
何でも…オレに言えばいいだろうが、
と…
これまで訊きもしなかったくせに、苦しい悔悟みてえにそう思った。

オレは…溜息ついて…手を放した。
なんかどうしようもねえ気がして。
むしろ、オレが。

「…今夜はもう寝ろ…。明日また考えてやる」

それだけ言って。
ぐったりソファの背もたれに倒れ込んで、突っ伏した弟の身体に、
薄い毛布を一枚、かけてやった。




翌日、
昼になっても、
午後になっても、
大学には、行かなかった。
バイトにも。
行けるわけがねえ。もちろん女にも会ってねえ。
なんだかすべてがどうでもよくなっちまって。それより、隣でずっとうとうとしてる双子の弟を、どうにかしねえと…

床に転がした一人用の椅子にもなる、グレーのでっかいクッションに両膝立てて腰おろして、殉の寝てるアイボリーのソファの縁に背中預けたまま、そればっか考えて、ぼんやりしてた。

「…にいさん…今日は…出掛けないのか…?」

時計が午後を少し回った頃、
急に、
耳の後ろで声がした。

「なんだ?起きたのか?…飯、食うか?」
「いらない」
「ダメだ、食え。おめえは少し余計に食わねえとダメだ」
「…気持ち悪い…今食べたら…吐きそうだ…」
「ああ?」

振り向いた。
たしかに、顔色が、変だ。
白っぽくて。唇も白くて。

体温計なんて無えから…
細いあご掴んで、
「おい、口開けて舌出せ」
って言ったら。
ちょっとびっくりした顔をして、
でも素直に言われた通りにした。

変に白っぽいその舌に、
躊躇なく自分の舌を重ねた。

「ンあっ」
殉が、驚いてる。
構わずこいつの舌下に、自分の舌入れて、
奥に、舌先で触れた。

あー?やべえなコレ…

すごい高熱出す、寸前。
今、たぶん…37度8分、
あと2時間で…だいたい39度5分…ってとこか?
でもまだ上がる…
40度、突破したら、命にかかわる…。

唇離したら、
殉が呆けたみてえに、ぼんやりしてた。

「…にい…さん…?」
「キスじゃねえから。現役で売りやってる奴が、こんなんでびびるな。熱測っただけだ」
「…特技か?」
「そうだな。隠し芸にゃ使えねえけど」

やっぱ医者、連れてくか…。
たぶん、感染症とか起こしてる。
抗生物質が欲しい。
けど保険証、持ってねえし。全額自費だといくらかかんだ…
ってえか局部にあの傷じゃあ…
ああ…オレとそういうプレイやってました〜とか言っときゃいいか…。
ドン引きされて多分もう訊かれねえ…通報もされねえかも…

そんなことを、交々考えた。
そしたら不意に、
妙に真剣な声で、殉が言った。

「にいさん…」
「なんだよ」
「誰にでも…するのか?……あの…キスみたいの…」
「あァ?……しねえよ。やってもキモくねえ奴、限定。に決まってんだろ。……けど、おめえは誰とでもやってんじゃねえか。文句言われる筋合いねえな」

そう言ったら、黙っちまった。




やっぱり餅は餅屋か。
勝手に買えねえ薬も色々くれたし。
マトモな手当もしてもらえた。
余計なことは詮索しなげな開業医みつけて処置してもらったら、
殉もだいぶ落ち着いた。
マジでやべえ状態で。
ほっといたら死んだかもしんねえって言われて。
連れてきて良かったと思った。

こいつ死んだら……オレ…生きてけねえな…

マジで思った。
初めて、実感として。
オレ自身も意外なほど…

やっぱりオレ…かなり弟、可愛いんだなって。
大学より、女より、今やってることすべてよりも。
すごくすごく大事なんだろうって。
なんでここまでこねえと気付かねえかな。
オレもたいがいどっかオカシイ。

仕方ねえ。
オレの家が、おかしかったし、
両親イカレてたし…
それで養子に出された弟は、
やっぱり養子先でも、えらい目に遭わされてたようで。
虐待されてる…って、
最初に逢ったとき、すぐわかった。

でも訊かなかった。
訊けなかった。
訊いても…
答えたかどうか、知らねえけど。



「にいさん…」
「んー」

アイボリーの付属クッションを枕に、
同じ色の四角いソファに丸まってる弟に呼ばれて。
弟の顔のすぐそばに、片肘ついて、自分の手のひらに頭のっけながら、
半分眠ったまま返事した。

「そんなところで寝てたら…風邪ひく…」
「ひかねえ」
「疲れるんじゃないか…?」
「疲れねえ。ってかうるせえな黙って寝てろ」

どうせ家具買う余裕なんてねえから、
この8畳ばっかのフローリングに、
ただ
二人掛けの肘付布張りソファと、でっかいクッション一個きりだ。
食器はマグカップ2個と皿2枚。
でもあんまり使ってねえし。

オレはたいがい女のアパートで寝てた。
こいつは帰ってこなかった。

急に、
毛布が、背中と肩にかかるのを感じた。
殉が、自分がかぶってた一枚だけのを
半分、オレに引っ張って、一生懸命、掛けていた。

そういや毛布もコレしかねえもんな…

でも何だか…
二人で一枚にくるまってるのも悪かねえなと思った…。
なんだろうこの気持ち。
とっても今、ふわふわと柔らかくてあったけえ…

「ベッド買うか…一個だけ」

目えつぶったまま言ったら、

「にいさんが使うのか?」
って言うから。

「二人で寝る」

冗談半分に答えた。

殉が黙ってる。
でもなぜか…
ものすごく…動揺してるみてえだった。





「へえ…剣崎くんに、こんな弟さんいたんですねー双子?ほんとに?」

大学仲間の河井が、マジビックリしたみてえに言った。
もっともこいつは、芸大の音楽科でピアニスト志望で、
女に誘われて行った芸大の学祭で、たまたま知り合ってダチになっただけだ。
オレの大学ともサークルすら関係ねえ。

「けど河井〜マジそっくりで同じ顔だぜ?…髪型とサイズ違う剣崎が、二人いるみてえじゃねーか」

隣で石松が、
目ぇひん剥いたみてえに、ぱちぱちさせながら言ってやがる。
こいつもやっぱり違う大学の水産学科の奴で…
将来は漁師になりてえとか言ってるバカだ。
大学まで来といてそれはねえだろって周りもオレも思ってるけど
本人の希望らしいから。好きすりゃいいさって、オレは知らねえが。

てかたいがいオレも、同じ大学に誰も友達いなくて。
こいつらもそうみてえで。
なんかはずみで、つるんじまったんだが。
たまたま会う機会あったから、
部屋に飲みに誘った。

「はじめまして」

白っぽいチノパンに、薄い麻のダークなボルドー色のブレザージャケットを、夏用のピンクのドレスシャツに上品に着こなした河井が、
玄関上がって最初に言った。

友達連れてくって連絡したら、殉は、かなりぎょっとしてて、微妙な反応だったが。
逃げるわけでもなく。いつも部屋着にしてる、足の土踏まずんとこまでしっかり隠れる、ぴったりした黒のスティラップパンツに、七分袖の、半分透けてるライトブルーのシャツワンピで出迎えてくれた。
無論、下は黒のハイネックのインナー着て、ほんの指先しか見えねえ手の甲までたっぷり隠れるストレッチのきいた黒のアームカバーつけて、
肌は、ほとんど隠してたけど。
女みてえな綺麗なツラした穏やかな河井に、少し安心したようだった。

ちょっと頭下げて、

「いつも兄が、お世話になっています」
「いえ、こちらこそ。…よく出来た弟さんじゃないですか、剣崎くんにしては?」

もろ嫌味でこっちに笑いかけてくる。
てめえじゃなけりゃブッ飛ばしてるけどな、河井。

「オレは石松、石って呼んでくれていいぜ?」

ジャケットと同じ色の、高そうな靴をそろえて脱いだ河井に続き、
よれたスニーカー脱ぎ捨てて、裸足で上がり込みながら、
100均で買ったみてえなテカテカの黒パンツに無地の白Tシャツ着た石松が、
短い手足で、精一杯アピールしてる。
発育不良とかじゃなく、こいつの場合、単に仕様だ。

「石、おめえ、これでイケメン3人に囲まれて…3対1じゃ分が悪ィだろ?」
って言ってやったら、案の定、
「にゃにおうっ!!剣崎てめえ喧嘩売ってんのかコラぁっ切り替え入った洒落たポロシャツなんか着やがって、カッコつけてんじゃねえぞコラァ」
すぐ乗ってきやがった。

殉はちょっとびっくりして。
でも穏やかに微笑しながら、見つめてる。
それから、

「石松くんは、何が一番、好きですか?」
「おう、オレは海の男だからな!千葉の魚と白米だな!」

何かよくわかんねえことホザいた。
まあいいが。
殉は笑ってる。


まず、どうでもいいが、こいつを乱交、嗜虐系の売買春なんて裏世界から隔離しねえと。
と思って。
とりあえずオレの仲間、紹介することにした。

床に座って、
コンビニから買ってきたつまみだのチューハイだのビールだの発泡酒だの広げて。
埒もねえこと言って騒いで。
でも殉は、どうも河井と気が合ったみてえで。そんなの無理かと最初は期待もしてなかったのに…どういう話題が合ったのか知らねえが、
二人でずっと話してたから、なんか良かったかと思った。

すっかり酔いつぶれて先に寝ちまった石松を床に転がしといて。
河井にはでかいクッション譲って、
オレは床に寝ることにして、
殉のことは、両手で抱き上げてそっとソファに寝かせたら、

「剣崎くんは…弟の殉くんのこと、溺愛してるでしょう?」

とっくに眠ったと思ってた河井が、狸寝入りで全部見ていて、
突っ込まれた。
こういうとこ、性格悪ィ奴って思うけど。
まあそこが実をいえば、オレはわりと好きなんだけどな。

「剣崎くん…」
「なんだよ」

妙に回りくどい、もってまわったような口調で、
なんだか深刻そうに言うから。
ちょっと何かと、振り向いた。

「殉くん、たぶん…あなたのこと、好きですよ?」

唐突に
言いやがった。

はあ?何言ってやがんだこいつ。
まがりなりにも一緒に暮らしてる兄弟なんだから
当たり前だろうが、ある程度。
って返したら、

「いえ多分…そういうのじゃなくて…そういうのじゃないです…きっと」

変に、神妙な顔で呟いた。

「彼がそう言ったわけじゃありませんし、僕の勘ですけどね、ぜんぜん…」

いつも女が大勢キャーキャー騒ぐ、
ピアニストまがいの芸術家の言うことは、よくわかんねえ。

けど…その言葉は、

オレの胸に、
確実な楔みてえに引っかかった。






やっと買えたベッドが届いた。

ダブルかセミダブル買いたかったけど。
値段が一気に上がるし色んなオプションまで。
シングル二つでも部屋狭くなるし高くつくしで。
結局、シングル一つだけ。
男二人じゃ狭えんだけど。

まあ、オレはソファに寝ればいいしとか。
なんかそんな感じで、四角いソファの四角い布張りの左右の肘に、それぞれ1個ずつクッション敷いて、
そこに頭と片足乗っけて寝てたら、

「にいさんは…そっちなのか?」

ベッドの中から、殉が声かけてきた。
なんだか…
寂しそうな声音だった。

暗がりの中、
急に、
河井の言葉を思い出した。

「一緒に寝るか?」
って言っていいのかどうか迷ったが、
結局言った。

新品のベッドの上で、
最初は二人で並んで寝ようとしたけど。
やっぱり狭くて無理で。
だんだん横向きになったりしながら、互いに寄ってるうちに、
結局まるで一人みてえにくっついて、抱きあう感じになっちまって。
一つの毛布にくるまったら、
殉が、何だか少し緊張するような…でも嬉しそうな顔をして…。
そのうち、そっとオレの胸に埋まってきて、
耳をつけた。

何かと思った。
安心するって、一言いった。

オレの…心音を聴いていた。

なんだよ河井の奴…。
おどかしやがって、やっぱ違うじゃねえか。
意識して損したと思った。

コレどう見ても…お母さんにすり寄ってくる子供だろ。
だから少しだけ、とっても綺麗なこいつの長い黒髪を、片手で梳いて撫でてやった。

もう眠ったのかって思う頃、
ふと殉が顔を上げた。

「にいさんは…恋人、いるんだろう?」
「ああ。フラれたけどな」
「いつ?!…」
「最近」
「にいさんを振るなんて…そんなひと、いるのか」

まあ…そりゃあ…
モバイル系はメールも電話も、電源切って連絡しねえわ。
留守録、着歴、かたっぱしから消しまくるわ。
キャンパス構内に押しかけてくるから、会ってもなるべく避けて、どうでもいい短けえ会話でかわしまくるわ。
予定、全部断るわ。
これでフラれなきゃすごくねえ?
たぶん同じ大学に新しい女が出来たと、思い込みやがったようだったが。
それも当たってなくもねえかもだし…
おおよそのところ。

殉は、なぜか、かなり驚いて、
それから何か、ほっとしたような、
それでいてやっぱり切ないような、
そういう不思議な顔をした。

オレは、くしゃっとこいつの髪をかき混ぜて、

「その分、今度はおめえに付き合うから。おめえも変なとこ出歩くんじゃねえぞ。わかったな」

買ってやった色違いの揃いのパジャマの背中を、ポンポン軽く叩いた。

殉が腕の中で、頷いた。

と、その時は
少なくとも思った。

…思ってた。






「高嶺って言うんだ。オレの高校の…ボクシング部の後輩。強えんだぜ?こいつかなり…」

もう一人のダチ紹介したら、高嶺が丁寧に、
「こんにちは」
ちょっと気弱な笑顔で、手を差し出した。

握手。

…殉はどうも、したことなかったみてえで。
どうしていいのかわかんねえ顔してたが。
「こう握るんだよ」
オレが教えてやった。

高嶺は母子家庭で。
それでプロ目指してて。
郷里の母親に、この歳で仕送りなんかしてて。
それ殉に聞かせたら、ものすごく驚いてた。
この豊かで、児童福祉法の蔓延した現代日本では、希少種だよな、むしろ化石。
オレたちはお互い実家、大嫌いなクチだから…余計にビックリしたんだろうけど。

「高嶺くんは…何が一番、好きなんですか?」

また石にも聞いたこと、竜にも聞いてやがる。
何の社交法かと思った。
握手も知らねえくせに。

「んーと、母ちゃんと姉ちゃんかな。あと死んだ父ちゃん」

ボクシングは、あんまり好きじゃねえって。
でも才能あるってトレーナーに言われて。
プロになれそうだから。食ってくために、やると決めてるんだって。
そんな地に足の着いた、現実的な目標、語って。
殉はえらく感心したみてえに、聴いてやがった。



握手も知らねえとか。
それが挨拶の方法だって認識すらねえとか。
高嶺に会った後、なんだか色々今まで感じてた、違和感もあいまって。

「学校、ちゃんと行ってたのか?」

そう訊いたら。
首を、横に振った。

時間かけて、じっくり色々、訊き出したら、
中学までも、ロクに行ってなくて。
だいたい…
読み書きが、出来ねえ…マトモに。
っての知って、かなりショックだった。
九九も知らねえ。
それすごい深刻だろ。って思ったけど…
どうも養父母に監禁されてたみてえで。
だからこいつに逢って連れ出すまでも、かなり大変だったし…
そういう意味じゃオレの環境も、似たようなもんだが…
とは思ったが。
もっと酷え。
あんまり酷くて、怒りが頂点まで沸騰しそうだった。
けどそれ以上になんだか…すごく悲しくなってきて。
仕方ねえから、
自分の持ってた、高校までの教科書と参考書で、四則演算から教えてやった。

「にいさん、これは?」
「ん〜?…合ってるぜ。正解」
「こっちは?」
「ん。いい。じゃ、次な」

小さいテーブルこたつ、買った。
そこで、小中高まで一貫の、家庭教師みてえなことやってたら…

こいつ、すっげえ頭いいって気づいた。
オレより良くね?
いいだろコレ…。
すぐ理解するし憶えるし、何でもあっという間だ。

でもあんまり驚きはしなかった。
だってオレの双子の弟が、そんなに頭悪いわけがねえ。
そこらにごろごろしてる平均値なみの他人より、
何も出来ねえわけがねえ。
そう、思ってたから。

これなら一緒に受験して、絶対、同じ大学、行けたのに…。
かなり偏差値高けえトコだけど、こいつなら半年もありゃあ、楽勝だろとか。
そしたら…
もっと学生生活も、楽しかったよな…って…
何だか…
取り返しのつかねえ時間が、酷く悔しい気がした。

殉は、
オレとやってることがやたら斬新らしくて、
いちいち嬉しそうだった。

色々教えた。

護身術みてえなつもりで、軽く拳闘も教えてやった。
すぐ憶えて、オレと同じくらいには、あっさり行けそうだった。
怖ぇなコイツ…
って思うほどは飲み込み早くて。
何でもかんでも。
でもそれ以上に、殉が、とても楽しそうで。

オレの前では、トレンカレギンスもパンティホースなんかも、履かねえで。
ぴったりしたノースリーブシャツに、
短いホットパンツはいたりするようにもなってたし。
バイトで遅くなっても、必ず一緒に食事して、
一緒に寝るようにはしてた。

だから…まさか、こいつが…
あんなことするなんて。
マジでまったく考えてなかった。


殉がいねえ。

って気づいたのは
夜、大学もバイトも終わって帰ってきてからだ。

明け方まで待っても連絡ねえし、戻ってもこなかったから、警察、嫌だけど、捜索願い出そうかとまで思ったが。
その前に、高校まで地元で不良シメてたっていう石松に頼んで、
かたっぱしからツテ辿って探してもらった。
情報も集めた。
河井や、河井の友達の志那虎って、京都の名門道場の息子まで巻添えにして、探してもらった。
名門とやらなのに、都内でソープ経営してるヤクザにも顔が利くとかいう、妙な奴だったけど。



おかげで。やっとそれらしい奴、見つけたとき。

オレはどうしたらいいのかと、思った。
そうなってるんじゃねえのかと予想はしてたけど。

なんでだろうって。

なんでまた行くんだ…
わざわざ…あんな…暗いジメジメした
陰惨で汚くて危険な場所に。

……それも、わざとみてえに、自分から…

なぁ…殉…


一体…なんでなんだよ…







「アッ、あッ、あッ…」

ギシギシ鳴る二階から、
もろヤってる音がする。

ハメられて突かれて、それに合わせて悦がってる声。
建てつけの悪いボロいラブホ。
こんな薄汚ねえ不潔なとこで、不特定多数とセックスやりてえ奴の気が知れねえとマジで思うが。
これがただの他人だったら…
どうでもいい話だ。
本当に…どうでもよかった。

アレが、
オレの双子の弟じゃなかったら。


「……殉、帰るぞ」


ドア開けて、
ビニールみてえなカーテン撥ね上げて、
群がってる野郎どもに、
かき集めてきた金バラまいて。
あー後で貸してくれたあいつらに何かおごらねえとな…
とか考えながら。
こいつの裸体を貪ってる、薄汚ねえ裸の野郎を一人ずつ引っぺがして、
抵抗する奴はぶん殴って…

強引に殉を、連れ帰った。

とりあえず風呂にぶち込んで、
シャワー浴びさせて。

汚ねえもん全部、
洗い流させて。

バスタオル頭にかけた状態で、

「…なんでだ」

聞いた。

「脅されたのか?前の連中から」

黙ってる。

たとえそうだったとして、
逃げられねえこと、ねえだろうに。
せめてそうだったらいいなと思ってる自分が、
情けねえ気もした。

確かに、
ポルノまがいな写真や動画、撮られてて。
それネタに呼び出されたのが、発端らしかった。
が、あんなもんネットに上げられ、曝されたところで、逮捕されんのあいつらだろうが。
それわかんねえほど、おめえは馬鹿でもねえだろ。
オレの、あいつらへの暴行とか、金銭授受あって、おめえも疚しかったとして。
強姦だし、
あんときゃカネもらってねえし。
もらってねえから合意デシタぁとか言い抜けられたとして?

あからさますぎる暴力性強要だし、
こっちはギリで未成年なんだから、向うのほうが絶対やべえ。
小せえ頃からガッコーもろくに行かず、社会生活してねえおめえが、失う社会的地位も、たかが知れてる。

せめてオレの弟って立場で脅される線だが、
アイツら、オレの顔も素性も、全然知らなかった。
差引で、どう考えても、
脅しに乗ってハイリスク取る意味がわかんねえ。
いやそれより…
何でオレに、相談しねえんだ。
……あんな所に行く前に。
なんでオレに、言わねえんだよ…!?

「殉、オレの質問に答えろ」

バスタオルを、白いベールみたいに頭にかぶって。
玄関から続く、浴室前の短い廊下に、裸でぺたんと座って、
俯いてる。
オレはその場に、正面から向き合ってしゃがんで、
こいつと、視線の高さを近づけてから、
両肩に両手をかけて、
激しく揺さぶった。

「なんで、行くんだ!?あんな所へ…。行くんじゃねえって。やめろって、オレが言ったよな?…なんで言うこと聞けねえんだ?!殉!!」

やっぱり、
俯いたまま、答えない。

「言って聞かせたはずだよな。野郎とセックスすんの、悪いとは言わねえ。
けど、おめえのやり方じゃ…
ヤバい奴らや事件に巻き込まれるから、危険だって。
人殺しだの、ヤクの売人だの…そういう連中と、知り合う確率、高すぎんだよ。
ただのチンピラどころか、本物のヤクザにだって弱味握られて、脅されたりすんだろうが。
周りはヤク中だらけのうえに、警察なんざ、死体にならなきゃ、助けてくんねえぞ。
それに病気だって…。
変な病気もらってくる可能性、高すぎんだろ。
よくある軽い性病だってな、一度罹って何回も繰り返してると、致死率高えHIVなんかに、10倍以上も罹りやすくなんだよ。って、前も教えただろうが?!
…死にてえのか、お前は!?」

肩こわばらせて、

それでもこいつは、
かたくなに俯いて、黙ってる。

「殉!何でだ?!…オレの目見て、答えろッ!!」

でも…こいつはやっぱり下向いてて。
バスタオルが邪魔で、
顔も何も、見えない。

けど、
多分また…
瞳がとても澄んでて、息飲むほど綺麗で…
底のない、哀しそうな色なんだろうな…って。

それ思い出したら、
それ以上、
責める気力が失せてきて。

思わず、

バスタオルごと、

胸に抱いた。

殉の体が、
びくっと緊張したのがわかる。
でも離さなかった。
ここで離したら、一生、後悔しそうで…

「おめえの身体が、オカシイのは知ってる。
傷だらけで。
だから人前じゃ真夏でも、長げえの着てるんだろ?
銭湯だって絶対に行かねえって、言ったよな?
けど…
オレに隠してどうすんだ。
意味ねえからやめろ。
養父母に、何されてた」

しばらく、
静かだった。

この質問に、
決して殉は、答えたことがなかった。
なぜあんな所に、行ってたのかも、
今まで絶対に答えなかった。
何度、訊いても。

でもこの二つは、無関係じゃあねえだろう、多分…。
オレはそう思ってて…
無理に訊いていいのか、
いっそ訊かねえほうがいいのか。
ずっと迷ってたが。

やっぱり今は、
どうしても聞いとかねえとダメだって気がして。

でも…やっぱり…
このまま頑なに黙り続けるのかと…
諦めそうになった頃、

殉は、
ものすごく
小さな声で。

養父に…
性的に暴行されてたと、
言った。

それ隠すために、養母に学校へ行くなと禁じられて。
浴室やベランダに閉じ込められて。
養母の、理不尽な嫉妬で、
朝昼は飯を抜かれ、
殴られて、
蹴られて、

傷つけられた。

熱湯や冷水ぶっかけられたり、
浴槽に、頭突っ込まれて、何度も何度も沈められたり、
カーテンレールに吊るされたり。
画鋲を一本一本、
性器や乳首に刺されたり。
カッターで、局部や肌を、切りとられたり。

凄惨だった。

そうして夜は、
養父に、強姦され続けた。
時々は二人がかりで、暴行した。

そんな話だった。

「でもいつか…きっと…にいさんが…助けに来てくれると…思ってたから…」

だから
迎えに来てくれた時、すごく嬉しかった。
狂わずにも済んだ。

そう言った。

…想像してた以上に、酷え…。
畜生。
あいつら全員死ねばいい。
いやオレが今すぐぶっ殺してやりてえって
心底、本気で思ったけど。

じゃあ何で…
やっと助かった今、
似たようなことされに、
わざわざまた外出るんだって。
それがわかんなくて。

でももうこいつの中が、
何もかもブッ壊れちまってるのかもしれねえなって
思ったりもして。
どうすればこいつをホントに救えるのか、
それがわかんなくて…

「なあ…殉…。オレは、どうすればいいんだ?」

抱きしめたまま、
思わず言った。

「何をしてやれれば…お前は…あんな所へ行かずに済むんだ…」


オレのほうが、

泣いていた。


殉の瞳が、
初めて、オレを見た。

やっぱり綺麗な瞳だった。
そしてやっぱり…

とても寂しくて…哀しそうだった。

「どうして…泣くんだ…あなたは…何も悪くないのに…」
「どうもこうもねえ。おめえは何もわかってねえ。オレのことを…」
「あなたも…わからないだろう?…わたしが…」
「ああ、わかんねえ。全然わかんねえよッ」

双子なのに。

なんでこんなに、わかんねえんだろうって。
胸の奥、
でっかい刃物で突き刺されたみたいに、ズキズキしながら、
そう思った。

幼い頃に引き離されたお前を、
せっかくやっと見つけたのに、
何でこんなに…

分かり合えねえんだろう。

オレの…
オレたちの母親は

いわゆる依存症で、

アルコールと、子供の。

双子の育児が、
心身に負担すぎてノイローゼになり、
育てきれずに、弟のお前を捨てたくせに。

代わりみてえに、兄のオレには異常に粘着して。
凄い勢いでおっかぶさってくるから。
何でもかんでも自分の言いなりにしたがって。
少しでも外れると、
訳わかんねえ理由で、オレも折檻された。

酔ったヒスが、虐待レベルまでいっちまって。
オレは児相と家を往復するハメになって。
母親はそのたびに、
オレを相談員にさらわれたと騒ぎ立て、狂乱して迎えにきた。
けど家に連れ戻されれば、些細なことで殴打される。
むしろ、そのためだけに、オレがどうしても必要なようだった。
まるで虐待が、無ければならない儀式のように。

父親は

上位1%どころか、0.001%に入る高額所得者だったが…
一部のカネだけ家に入れて、家庭には一切無関心で、
仕事に出たきり帰らねえ。
あげく他所に女作ってて…
逃げやがった。

育てられもしねえくせに、
一度停止された親権を、親父から無理やり奪い取った母親は、
てめえの虐待で保護されたオレを返せと
裁判所に駆け込む始末で。
どっちを向いても火の海だ。
火だるまだ。

だからオレは…
必死に勉強して
力もつけて
奨励金や給付奨学金も、取れるだけとって。
何でも独りでやれるようにして。

それから

お前を、探した。

捨てられたはずの、双子の弟を。

なのに…
やっと見つけだした、お前は…
オレ以上に酷いことになっていて…
そんなお前を、
玄関から押し入って養父母張り飛ばして、
ようやく連れ出して逃げたのに…
全然、逃げ切れてもなくて…
わかりあえもしねえ。

でも絶対に、
この手は、放したくねえ。
もう絶対に。

だから。

なんだかもう地獄の底へ、一緒に堕ちてもいい気すらした。
何一つ殉の肝心な気持ちは、
わかんねえのに…

「殉、おめえは…オレが嫌いなのか?」

そう言ったら。
殉が、
それだけは絶対違うってふうに
一生懸命、首を横にハッキリ振った。

ふと、その時。

何度も引っかかってた河井の言葉が、
もう一度、浮かんだ。

「殉くん、あなたのこと、好きですよ」
「そういう好きじゃなくて…そういうのじゃないです…たぶん…」

じゃあどういうのだよ?
こういうのか?

オレは…
バスタオルごと殉を抱いていたけど。
それはぎ取って、

唇を、重ねてみた。

びくっと殉が、震えたのがわかる。

でも女にするみてえに、
舌絡めて、深くえぐるみてえに嬲ってみたら。
殉が…
甘い喘ぎを上げて、
両腕を、オレの首に回してきた。

ああ…
これ合ってるけど
間違ってるな…
って。
頭の隅ではチラっと思ったけど。
この際、もぅどうでもよかった。
常識も良識も、どうでもいい。
とにかくこいつを引き留められれば
何でもいい。

だから深いキスを、
何度もした。

何度も。
何度も。

「…ぁ…」

唇、離したら、
殉の舌が、
オレの唾液で濡れていて。
唇の端からも、
唾液が、光る糸みてえに、流れてて…

決定的な気がして。

お前、やっぱり…オレに抱いて欲しいのか?

って訊いたら、

小さく小さく、頷いた。

でもどうやって男抱けばいいのか
よくわかんねえから。

とりあえず、
キスしながら、
股間のもん、扱いてやった。オレが自分で気持ちイイって感じるふうに。

「アッあァッ…あっ…」

軽く、
殉がのけぞる。

オレが挿入れねえから…
自分で後淫に指入れて
何とか、かき回してた。

だから一緒に同じとこに指入れて、
似たように一緒に出し入れしながら、
強く擦ってやったら、

「あっ、ひぁっ…あぁぅッ」

よけいに大きく喘いで、
下半身、びくんとしならせて、

オレの手の中で、イッた。

ちょっと涙浮かべて…
小さな口、開きっぱなしで、
荒い息つきながら…

「…どうして…わかったんだ…」

って言うから。

なんとなく…

って答えた。

お前の気持ちは、全部はわかんねえけど…
今、こうするのが
正解だった気がして。

殉は、
養母に拷問され、
養父に犯されながら、
毎日が辛くて
狂いそうで。

でも何でもっと狂わなかったのかって、…。

メディアに出てた兄さんの
ジュニアチャンピオン時代の映像、知ってたから。

って言った。

アナルセックスの快楽を
無理やり覚えこまされて。
シたくなったら、自分で抜いた。
オレの、拾った画像で。
養父に強姦されてる間中、
オレにされてると、自己暗示かけてた。
そしたら、どんな苦痛も耐えられた。

養母に閉じ込められて
拷問されてる間中、
きっといつかオレが来てくれるって、
その瞬間だけを想像して
何とか耐えたと、言った。

自分で逃げることは、
思いつかなかった。
逃げられないと思い込んでいたし、そう刷り込まれていたから。
何も判断つかない幼い頃から、ずっと。

でも、もっと幼い記憶に、
オレがいたんだ。

河井が言ってたのは、
本当だった。
正常なら…
気持ち悪い、ってオレは思って
ここでこいつを突き離すべきだったのかもしれねえが。
なぜだか全然、そんな気持ちになれなくて。
そんなことは、とうていできなくて。
だからオレは、オレの感覚に従ったけど…
オレも多少は狂ってるんだろうな、
と…
微かに残った、理性で思った。

殉は…
実父に捨てられて…
養父に暴行されて…。
幼い頃別れた、双子の兄に、空想で惚れて…。
オレはその弟に、こんなことしてて…。

何かオレたち…
前世にそんな契約でもしてたのかと…思った。

「そうかも…しれない…」

殉が、言った。
オレも何だか…
そんな気がした。

一緒に裸のままベッドに入りながら、

「もう…変なとこ行くなよ、誰彼かまわずついてって寝るんじゃねえぞ」

叱るみてえに言ったら、

「だって…にいさんが…抱いて…くれないから…」

泣きながら…答えた。

どうしても…ヤんなきゃダメか、
って訊いたら。

だってどうしてもしたくなる、
カラダが、
キモチが。

それも暴行されるみてえに、手酷く強姦されたいらしくて。そのほうが余計に感じるからって。…
相当イカレてんなと思った。
そんなふうにしやがった、養父母を呪った。

「そっか…困ったな」

天井見ながら、オレが言ったら。
やっぱり殉が
とても悲しそうな顔をした。

なんかオレ…
これから男抱く勉強もしなきゃなんねえのかなァ、
しかも強姦プレイで…
と思ったり。
双子の弟相手に、ちゃんとイけるかなとか。
でもちょっとさっき、なんかエロくて気持ちよくて勃起してたから
頑張れば、イけそうかもとか。

いやでも何とか…せめてフツーのセックスくらいで、満足できるようにならねえのかな、とか。
オレがせめて、そうしてやれればいいんじゃねえかとか。
色々…

やっぱりどっち向いても火の海だなァオレ、
多分、前世で相当、悪いことしたに違いねえって
思ってみたり。

けど、いずれにしろ
結局、
弟可愛くて。
殉が心配で。
そこはどうにもなんねえから。
だから仕方ねえから
一生、お前の下僕でいてやるよ。
って。
そこだけは誓うからって
約束した。

そしたら、

下僕なんて兄さんらしくないから、
きっと嘘だって
言い返しやがった。

「いや嘘じゃねえ。宣誓する。極力、努力するから。なんかお前好みに抱けるようにとか…その他色々…お前だけのオレでいるとか。そこ大事だろ」
「ほんと…に?」

腕の中から見上げてきたこいつが、
なんだか、ものすごく、あどけなくて。
オレは愛しいと思うのと、同じくらい、
溜息つきたかった。

これから…
どうしたらいいのかなァと、
正直、思った。

ほんとマジで、自信なかった。
色々と…。
全然…。
いつもは、何でもかんでも、自信満々のオレなのに、な。
まったく、ザマァねえや。

「けどオレも約束したんだからな、殉、おめえも約束しろ。まず、オレに嘘は、絶対つくな。それから、また危ねえとこ行きたくなったら、その前にオレに言え。必ずだ。わかったな」

今度は、
ちゃんと
「はい」
って言った。

どうなんだろうな、
このハイは、
とオレもかなり用心深く思ったが。
オレに今まで隠してた、てめえのキモチや、養父母のこと話したせいで、だいぶ楽にはなったようだった。

まァ…言い辛ぇわな、そりゃ…。
と思ってみたり。
でも重すぎる荷を、多少は下ろせたなら、良かったか…とか…。
たぶんオレのリアクションを、死ぬほど心配したんだろうけど…。
だから絶対、言えなくて。

でもオレだって、お前の要求レベルが高すぎて、
確実にこなせるか全然、自信ねえ、
ってかものすごく今後が、不安なんだけど…。

「そういや、お前…」

なんで初対面の奴に、必ず一番好きなもの訊くんだ?

つったら、
自分の好きなものが兄さんだけで、それが唯一希望や夢の証だったから。相手がどんな「好き」を持ってるのか訊けば、どんな人間かわかるかなって。
そう思ったからだと、答えた。
ちなみに河井は、姉とピアノだったそうだ。

「そっかァ…」

なんか色々…深刻だなァ…。
と、
やっぱり思った。

で、おめえは…好きなものオレってあいつらに言ったんじゃねえだろうな。
って、そこも聞いときたかったけど。
怖えからやめた。
河井は、マジで知ってそうだったし。……。

その晩は、

二人で一緒にベタベタになったまま、
結局、
風呂にも入らず、
悩み疲れたあげくみてえに、

そのまま眠っちまった。





朝、
一緒にシャワー浴びた後。

トースト一枚に、
オーブントースターで作った、1個だけの目玉焼き食いながら、

やっぱもっと殉には栄養つけさせねえとダメだな…
とりあずマトモに家電買って自炊するのがローコスト…
冷蔵庫と炊飯器は最低、要るよな…

なんて考えながら、
ぼーっとしてたら。

「どうして、にいさんは…そんな家から…一人で、逃げれたんだ」

並んでキッチンに寄りかかり、
皿とフォーク持って、立ったまま
同じもん食いながら訊くから、
児童養護施設に居たときのことを、話してやった。

お前と違ってオレは、一人で監禁されたわけじゃねえから。
色んな奴とも、出会えたんだ。

同じ部屋に、
二人一緒に保護された兄弟がいて。
そいつらは…
やっぱり父親が大金持ちのくせに、ってかそのせいなのか、
不倫し放題で、あちこちに大量にガキ作ってて。
こいつらの母親も、いつか結婚してもらえるとダマされてたクチで。
あげく、両方から要らなくなって、捨てられて。

いつも女の子に間違われる可憐な弟を、
ふたつくらい歳上の強気な兄が、必死に守ってた。

弟のほうは、もしも新しい女さえいなくなれば、
父親が元の優しい父に戻って
母も戻ってきて、必ず一緒に迎えに来てくれるはず
と信じてたが。

兄のほうは、
そんな幻想、棄てろ、
といつも言っていた。

あいつらはもうダメだから、頼るな、待っても無駄だ
って言いきかせて。
二人で自立できる方法を、なるべく早く見つけるんだって。
だから自分が早く大人になりたいって。
そう言っていた。

「お前は兄弟、いないのか?」

ある日、唐突に訊かれて。
「…いるぜ?」
オレにしちゃあ珍しくホントのこと答えたら、
じゃあなんで放っとくんだと言われた。
どこに連れてかれたか、わかんねえつったら、
探せばいいだろって。

「そんなの、てめえに言われなくともわかってる。オレだってそうするつもりなんだ」
「じゃあそうしろよ。頑張れよ」

って言うから、

「うるせえ、他人のくせにオレに指図すんな」

って言い返した。

変な野郎だった。
短い天パ頭の、黒髪で。
弟のほうは…
瞬つったか名前、
シュンとジュンで、
殉と響きが似てたから、よく憶えてる。
やたら色素、薄いみてえで、透けるみてえな色白で、髪も、亜麻色に近かった。

「来世でもオレたち、兄弟でいるって約束してんだ」

ってのが、
兄貴のほうの、口癖だった。

は?何だ、それ?
…オレだって昔、そっくり同じこと、殉に言ったし?

と思い出して。訳もなくムカっときたりしたけど…
やっぱり…どっか似てるなって思った。

そいつらと一緒にいたから、
頑張れたのかもしれねえって…
少しだけ思わなくもねえ。

いやあんな奴らいなくとも、
オレはお前を、必ず探し出したけど。
でもあのぶっ壊れた両親の言いなりに生き続けなきゃならねえって、異常な呪縛が解けるのが、
ほんのちっとばかし、遅れたかもしれねえ。
その意味では、感謝してる。


「アレら、どうしてっかな」
「どこかで…幸せになってるだろう?…その様子なら…」
「……かもな」

トーストの硬い耳、かじりながら、オレもちょっとそう思った。

でも結局、
オレだって狂わなくて済んだのは、

殉が、いたからだ。

こいつ迎えに行かなきゃってのが、
多分、オレを支えてた。

あの天パ野郎だって、そうだったに違いねえと思う。
弟のために、全力で頑張ってたんだ
あいつは
あんな小せえ頃から。

ペットボトルのレモン水で、
トースト飲み込みながら、
オレも、殉に言った。

「とにかく…おめえは今日にも、性病チェック受けてこい」
「でも…医者行ったら…また…お金かかる…」
「保健所行けばタダだろうが。予約だけでもいいからしてこい。嫌なら一緒に行ってやる。あと一度シロでも、昨日のこともあるからな。半年したら、また行ってこい」
「どうして?」
「そんくらい経たねえと、わかんねえからだよ、HIVとか。感染したかどうかが」
「にいさんは…どうして…そんなのまで…詳しいんだ」
「オレは何だって詳しいだろ?」

兄貴だから。

同じ歳なのに、
って、新しく買ったばかりの銀色のペアフォークで、
手に持ったプレートの卵つつきながら、
殉が言った。

お前を守れるように。
オレは何でも知ってんだよ。

けど、
生活始めた最初の頃は、学費や教科書代のほかに、敷金やら何やら…
思った以上に、カネかかっちまって。
だいたいあんなに部屋借りるのが、大変とは思わなかった。
そもそも親や関係者にバレねえように、受けた大学だったし。
なるべく足つかねえようにしてえとか、他人と関わりたくねえとか…弟いるから、寮って選択も嫌だったし。
だからって、親が保証人じゃねえと
不動産屋が厳しいったら、ありゃしねえ。
未成年だし、
実印作るにも、何するにも、
いちいち保証人探さなきゃで。

でもオレの学生証が、えらく役に立った。
一応、日本では一番、
偏差値の高ぇ大学だったから。

だってそのために入ったんだ、
世間の信用を得るために。

社会的信用とか力ってやつだぜ、コレも。
将来の収入とか。

半分はくだらねえけどオレ的には。
でも実際、武器になるし、有難かった。
家も金も親もねえオレが出来るのは、オレ自身の力に頼ることだけだったから。

補償金として、
現金で前金、半年分入れたり
色々工夫して頑張って…

けどおかげで、バイトも増えたし
女に借金したりもして。女には借りつくって弱味になっちまうし。
それ返すのに結構かかっちまって。

お前を…放置した。

その間に、たぶんお前は、
最初はオレを待ってたんだろうけど、
この部屋で。ずっと…独りで。
でも、いつの間にかいなくなってて。
それにオレは、気付けなかった。

お前は…
独りじゃ抱えきれねえような、重たいもんを、たくさん独りで抱え込んでて。
オレにも言えず、誰にも言えずに苦しんでたんだろうし…。
でもそれにも…オレは気付かなくて。

たぶん…殉の気持ちでは、
せっかく一緒に暮らせるようになったのに、
オレが、女の家からさっぱり帰ってこねえなんて…

ショックだったろうと思う。
オレに裏切られたと思うほどは。

でも多分…
そこでオレに文句を言うとか怒鳴るとか泣きつくとかも考えつかずに…
オレが裏切ったと罵るわけでもなく…

こいつなりに…
全部が…仕方ねえと諦めて…

それで…
あんな真似を…

悪かったよ、殉…。



まァ、今度、
マンションとか契約更新するときは、
保証人には、付き合ってた年上の女じゃなく、

入学してから親しくなった、大学教授に、やらせるよ。
ウチの大学に、
ドイツから客員で来てる、独語と物理の教授がいて。
二人ともオレらとあんま歳違わねえ感じに見えるのに、
凄まじいレベルの優秀さで。
いっつもエラそうにしてやがるし、馬鹿みてえに厳しいから、
ついたニックネームが、フューラーと参謀だけど。

奴らに、フォルコメンハイト!ジュン・ケンザキ!!とか言われて、ストーカーかてめえら?!って言いたくなるほど、気に入られたから。
多分あいつらなら、
力になってくれると思うぜ?

この先も結構、茨じゃねえかオレ…
と思ったけど。
やっぱり今までに比べりゃ、まァ…わりと甘い棘だよなって気もした。
オレだって出来ることが、確実に増えてるからな。






結論からいえば、

オレが一番心配してたHIVは陰性で、
殉の性感染症もきっちり治してやって。

それから、

とにかく、照明落として何度かやってみて。
殉は、気の毒なほど、フェラや誘導巧いし。
オレはまァ最初から殉には、
生理的に、
触ったり、キスするくれえは、自然にOKだったから。

イタズラの延長みてえに、
よくわかんねえまま、潤滑剤とかコンドームとか買ってみて、
とりあえず何度も失敗したあげく、
無理やり突っ込んで、闇雲に動かしたりしてたら、
それがかえって悦かったみてえで。

どうにか、
合格だったみてえだった…。

けど
「にいさんなら、何でもいい…」
って言ってたから。
本人の自己申告通り、
行きずりの男に抱かれたいわけでも、
複数と乱交したいわけでも、
SМプレイにこだわるわけでもなく。

オレとするのがイイってことらしかった。

無理やり男のモン咥えさせられてたくせに、
キスだけは、
ほとんど誰にもされたことなくて。
まぁ暴行じゃそうだったんだろうが…。
すごくキモチイイって、
いつもとても喜んだ。
それはオレも助かった。
強姦も
結局そういうやり方しかされてこなかったから、
他知らねえだけで。
優しく抱かれるのも、それはそれで新しい感じがするらしくて、
何だか喜んでた。…よくわかんねえけど。

しかし…
ビックリしたのが…下準備だぜ。
ちゃんと下剤で全部落として、綺麗に洗って。
事前も事後も。
アレ、オレなら苦痛すぎて面倒すぎて、とてもやれねえ。
こんな大変な思いして…よく頑張れるよなァって感心したけど。
体にも激悪そうだし。
けど。
なんで?って逆に不思議がられたから。
それ日常化してるとか、どんな生活だよ
って言いたくなったが、
黙ってた。

…まぁ…殉に、
普通の生活は、もう無理かもしんねえな。
って思ったりもしたけど。

オレが引きこもりの弟を、
ただ養っててもいいんだけど。
なるべくなら…普通に一緒にいられたらって思って…

来年、
殉を、同じ大学に、受験させることにした。

で、赤本と、オレの持ってた受験用参考書と、高校の教科書見ながら
指図してる。
とりあえず、今年の春に申し込んで、すぐ高認取らせて…
試験じたいは、たぶん…楽勝で受かると思うけど。
返済不要の奨学金も、結構、取れるだろうし…
そしたら今まで以上に、
四六時中、一緒にいられるしな。
そのほうがオレも安心だし…

オレの使ってた参考書開きながら、
…それ全部3回ずつ繰り返しやったら、誰だってあんな大学入れらァ。
つったら、ホントにちゃんと3回以上、
それもあっさり、やりやがった。
やべぇコイツまじ怖ぇな…と思ったけど…
やっぱり…もったいねえと思う。
こいつが…引きこもりだの…夜の商売じゃあ。

「でも…ずっと一緒にいるのは…にいさんとは、学年も違うし…むりだろう?」
「サークルとか…バイトも一緒にやればいいじゃねえか」

…なんてオレ、
サークルなんか暇じゃねえから、入ってねえけど。
殉とならいいかなって。
でもアレって専門行っても入れんのかな…教養の間だけか?…
つーかそんなモン入りてえなんて今まで思ったこともなかったから…全然よく見たことすら、なかった…
大学入ってからまで、生徒ちゃんごっこやってるガキどもいるぜ、ていどの認識しか、オレには無かったし…

「てか同じ学科にして、同じ研究室に入れ。そしたら、先輩と後輩になれる。オレが先にマスター行っといて、実験も指導してやるよ、おめえが4年になったら」
「そして一緒に出掛けて…一緒に帰ってくるのか…同じ部屋に…」
「なんだよ、嫌か?オレに24時間、監視されてるみてえで?」

「いや……恋人だって…皆に…思われるかなって…」

小さな一人用テーブルこたつに、
くっつくみてえに一緒に入って、
梅茶と堅焼きせんべいなんて、渋いもん食いながら、
ちょっと殉が赤くなってる。
オレはコーヒーに、ネットで買ったご当地プリッツ食ってて、
その頬に、軽くキスしたら
「ちょっ…味がつくっ」
…可愛い声で抗議しやがった。

「それいいな、そのまま食える」
「あなたは…講義に遅れるから。そろそろ出かけたほうがいい」
「オレが帰ってくるまで、言ったとこ予習しとけよ」
「わかってる」
「もういっそ、大学入っても楽できるように、無限代数とかも教えてやるよ。N次元の」
「どうせ、今やってることの延長だろう」
「そうだけど?」

まァそうだ。
なんでも延長だ。
人生は。
同じ路線の。

オレたちも過去があって、それで今があって。
それがこの結果なら、アリだろう十分。
いやでも、切り替えや踏切で、方向性、だいぶ誤ってんのかなコレ。と思ったけど。
ま、どうでもいいし?世間の価値観なんて。
これが今のオレたちだから…
すべての延長線上の。

だから、これでいいと思った。

オレたち、ガキの頃、
来世も一緒にって約束したけど。
これも…
やっぱり前世からの、約束だったかもな?殉…


家具も家電も、だんだん増えてくる。

今年は、夏んなったらエアコン要るかなァとか。
でも熱暑で一本の棒アイス二人でかじりながら、くっついてるのも
悪くねえなと思う。
今のこたつの中みてえに。

「また変なこと考えてるんじゃないのか」

殉が言った。
かもな、
って笑って応えた。
だんだんお互いの考えてることが、
勘でわかるようになってきて。
そのうちテレパシーとか、使えるようになるんじゃねえかって
ちょっとバカみたいな妄想した。

けどホントに。
オレが帰ってきて、玄関の鍵開ける前に、
殉の方からドア、開けてきたりして。
おい万一違ったら危ねえだろ、つったら、
兄さんだってちゃんとわかった。
って。
何でか知らねえけど、オレがドアの前に立つ数秒前には気付くらしい。
最初、足音聞こえるのかと思ったけど、
そうじゃなくて、ただ気配がするんだって。

まァそれ、オレにもあるけど。
殉が今何したがってるとか、何してるだろうなって。
講義室でふっと考えてたことは、ほぼ当たってる。
その日のオレの食いたいもんを、
こいつがちゃんとわかってて、用意してくれてたり。

けど超常現象ってよりアレだろ…たぶん…
すごく仲のいいパートナーや熟年夫婦の呼吸みてえな?
そのうち、おいアレ、だけでわかるようになるんじゃねえかな。
だって元々、双子だし。

でも…ホントに…双子の勘とかテレパシーだったら…すげえな、オレたち…?

だいぶ離れてたせいで、ブランクあったけど。
まァでも、逆に、ずっと一緒に育ってなかったから、
オレもこいつを抱けたし、
こいつもオレに抱かれたがったりしたのかもしんねえ、
…とも思った。


「兄さん、いってらっしゃい」

殉が、玄関でキャンパスバッグを渡してくれた。

「キスは?ねえのか?」

つったら、
調子に乗らないでください
とか言うのかと思えば。
赤くなって妙に照れた後、
ちゅっと唇にしてくれた。

凄い意識してるよなァこいつ…
オレより…。
と思ったけど、
当たり前か、状況的に。
とも思った。
ベッドで一緒に寝るのも、
何だかすごく動揺しながらこだわってたし。
まぁオレは可愛いけど、何されても。
殉のリアクションは全部、可愛い。
河井が言った通り、たぶん

…溺愛してる。

こいつの欲求、満たせるかだけが、
ちょっと今も、不安だけど。

アイボリーのボトムに
ライトグレーのインナー、
その上に厚手のブラックのニットカーディガン襟立てて
第二ボタンまで外して着て。

殉の差し出してくれた
細いボーダー入った
シックだけどカラフルなマフラー巻いて
キャンパスバッグ肩に担ぎ
「じゃ、行ってくらァ」
つったら、
ちょっともじもじして
「なるべく…早く…帰ってきて欲しい」
って言った。

あ?
今日に限って何で?

そしたら。
オレが、殉に最初に逢いにきた日、だったらしい。
そして次に来たとき、絶対ここから連れ出してやるって、約束した。

何だソレ、記念日か。
つったら、
頬赤らめて、こくんと頷いた。
相変わらず黒のパンティホースに、
ざっくりゆったりフード付チョコ色の、
下のほうに太い黒のボーダー2本入った
セーターワンピ着て。
ってそれ、オレが着せたんだけどな。
可愛いから。
こいつ、フツーの服あんまり似合わねえくせに、
妙なの合うんだよなァ?

なんだか今日に限って、妙に可愛くて
可愛いすぎて…

内心、ドキリとした。

やべえオレ…。
って一瞬、思ったけど。

……なんかオレも…
意識しそう…
今頃になってから…

ま、いっか。
なるように、なればいいさ。





◇to be continued◇