呑気な幽霊は、

自分の墓にも帰らずに。

天国にも地獄にも行かずに。

ここに、ずっと居座ってる。

とがった岩のてっぺんで、両足組んで、
膝上に片肘で頬杖ついて。

わたしの修行を妨害しながら、ニヤニヤ楽しそうに笑ってる。

「楽しいんですか?…そんなことしてて。ずっとこんな所で…。待ってても、誰も来ませんよ。この場には近寄るなと、影道の者にも厳命してある。一般人はたどり着くこともできない」
「おめえは楽しいのか?たった独りで、閉じこもって。こんな所に何年も。ひでえ引きこもりだなァおい?」

温度も湿度も、高すぎて生身の体にゃ環境、激悪ィ。
ろくな食いもんねえ。
誰も来ねえ。
毒ガス巻いてる。
岩の上、狭い。
屋根も床もねえ。
新聞もテレビもネットも電話もねえぜ?

「新聞とテレビとネットと電話なんて、元からありませんけど、ウチ」
「あァ…そうだったな。なんか今、電話じゃなくて、スマホとかあるみてえだが」
「なんですか、それ」
「オレもよく知らねえ。なんか薄っぺらいとこに色んなもん映ってる小っせえ機械みてえの。ネットもできる、音楽も聞ける。昔あっただろウォークマンとか、アレと電話とテレビとゲーム機とマンガと色々合体したみてえな」
「なにひとつ興味ありません。というかネットって何ですか…網?」
「そうくると思ったぜ」
「それに、わたしは…べつに、何も困っていませんが?」
「あァ?…」

「独りじゃないし」

ちょっと考えて、兄が応えた。

「そういやァ、そうだな」
「楽しいですよ?わたしは十分に」

だって…
やっと一緒に居られるんだから。
あなたと。
生きてる間は、絶対に、できなかったのに…

「まァ…オレもそこんとこだな。待ってても誰も来ねえって。いいんだよ、べつに。オレは誰も待ってねえから。いや待ってんだけどよ、ある意味ずっと」

存外マジメに、兄が続けた。

死んだら、自由なんだよ。
この世の決め事からは、何もかも。
おかげで孤独も何もねえ。
あんなにしつこくまとわりついてたのに。
孤独ってやつが。

世界一にならなきゃあ埋められねえほどの
寂しさが。

何でも、オレは、持ってたのによ?
この世のあらゆる連中が、一生かかっても手に入らねえもんを、全部、持ってたのに。
いくら何を得ても、どれだけ得ても…
…なぜか寂しかった…
ひどく孤独だった…
たとえ世界一になっても…
埋まらなかった…
さっぱりな…。

でも今…オレ、ぜんぜん寂しくねえんだよ。

孤独でもねえ。
不思議だよな。

「だから、誰も待ってねえ。それで、とっても楽しいぜ?」

そう言って。
兄は、
やっぱり片目をつぶってウィンクした。

「可愛いとかカッコイイとでも思ってるんですか、それ」
「ああ」
「率直に言って恥ずかしいんですが、わたしは。同じ顔でそれやるの、やめてくれませんか」
「じゃあ、もっぺんやってやるか?」

嫌がらせだ。これは…完全に。

生きてる間中、ふつうに兄弟げんかも出来なかったのに。死んでから、こんな所でこんなことを…
呆れる。
兄にも。自分にも。
それが、

無上の幸せと感じてるから。

無責任だ。
親としても人としても。お互いに。
だってこんな所で二人だけで、勝手に幸せになってるなんて。
まるで不倫の家庭放棄だ、
最低だ。

でもべつに、親や社会人である以前に、
ただのヒトだし。
ヒトの想いが極まって、鬼になったとして。

それが嫌で悔しいなら、周りも子供たちも好きなだけ自分を怨めばいい。
そういう権利も持っている。
そして勝手に育てばいい。
どんな結果かは知らないが。


「嵐はわたしよりむしろあなたに似てるようですから。大丈夫でしょう、たぶんね」
「オレとあんなクソガキまとめる気か」
「まとめませんけど。時々似てますよ、過激で一直線なとこが」
「似てねえぜ、全然」
「麟童は高嶺くんに似てますから。やっぱり大丈夫でしょう?佳い友が、たくんいますし、善い弟もね」
「兄はともかく弟は…まァなァ?…結局のところ、オレらもそれで育ったんだし?親なんて、全然関係ねえよなァ…どう考えても」

つーか執事も河井も志那虎もバカだな、あのまま石に任せときゃあよかったのによ。
万事それでうまくいってたぜ。
おかげで余計ややこしくしやがった。
そんで、おめえは、育児、部下に丸投げすぎだ。
だが、

どっちもオトモダチ連中と双子の弟が、何とかしてくれんだろ?

「オレたちが、そうだったみてえによ?」
「ですね。彼らももう、彼らの人生を、勝手に歩んでる」

自分たちが、そうなように…





「で?おめえの修行は、いつ終わるんだ」
「さあ?」
「とりあえずオレはそいつを、ずーっと待ってんだが?誰も待ってねえ。だがそれを待ってる」
「待って、どうするんですか」
「まァ、妥当に再会の抱擁をして。で…どうすっかな。どっか行くか?一緒に」
「どこへ?」
「どこでもいいだろ。どうせその頃にゃあ、お互い、この世のモンじゃねえだろうし」
「まぁ…そうでしょうね…」

現世のことは、
現世の人間に任せればいい。

そう兄が言うから。
まあそれでいいだろう、
と自分も思って。

この修行が終わる頃には、
自分も即身仏とか何かそんな感じになっていて、
兄と一緒にあの世もこの世も自在に往来できるんだろうくらいに、
片付けた。

「それで。どこ、行くんですか?」
「ま、あの世でもいいが…。なんかうるさそうだからな。色々と…。あっち逝くと全力で説教してきそうな奴らがすでにぞろっと待ち構えてやがる」
「じゃあ…転生でもすれば?」
「そう、それな。それにしようぜ?」

そんなわけで、
一緒に転生することにした。

でも、どうやって?
ホントに、行けるんだろうか…
来世なんて…

「ま、大丈夫だろ」

テキトーに全力で念じれば何とかなる、
二人で、だって。
酷い。
やっぱり。

「来世、何になりたいですか?」
「そだなァ…。またプロボクサーでもいいが…いや、もういいな。終わりだ、それは。とことんやり尽くしたから、もうやることねえな」

だから…
フツーに大学生とかやってみてえぜ。

と、
兄が言うから。
わたしもそうすることにした。

「じゃあ、来世はそれで」
「よし決まった」
「そういえば…」

やっぱり、また…
双子で兄弟なんですか?
わたしたち?

って訊いたら。

「当然だろ」

光速の答で、返ってきた。

「じゃあ、それで」
「主体性ねえな。おめえはそれでいいのか?」
「ええ。あなたがいいなら、いいですよ?べつに?」

とくに希望ありませんから。
わたしは。

あなたと一緒にいる以外は。

そう言ったら。
珍しく照れたみたいに笑って。
じゃあ早く修行しろ。
とっとと即身仏でも何でもなりやがれ。
と、せかすから。

そうすることにした。



今日も亜硫酸ガスの濃霧で仕切られた内側は、
穏やかな時間が流れてる。
時空のポケットみたいに、
そこだけ
どのセカイとも
違う時間。

双子が、楽しくしゃべってる。
それが、一番やりたかったことみたいに。
この世では、決してかなえられなかった夢を、
今、
果たしてる。
下界の騒動、そっちのけで。

「やっぱり身勝手ですね」

そう弟が言ったら、

「まァ、みんなそんなもんだろ?」

兄は、あっさり軽く、片付けた。

「てめえのホントに欲しかったもんの前じゃあ、まァ、そんなもんだな」



ここは、
現世と地獄のはざま。
たぶん、
あの世に近い、
まだこの世。

どっちの掟にも縛られない双子が、
楽しそうに話してる。
まるで子供にかえったみたいに、うきうきと。
やれなかった子供時代を、取り戻すように。

その声が、

だんだん霞みたいに遠のいて、

いつか、セカイと一つになって、

宇宙の穴みたいな場所に吸い込まれ、


ふっと、


消えた。






「あれ?…にいさん…」
「どうした?」
「向うに…次の世界が、見えますよ?」
「ああ。そうだな」
「どうやら…あなたが望んだようになるみたいですね」
「ま、そうだろ。オレが全力で望んだら、何でもそうなるぜ」
「あいもかわらず、すごい自信だな」
「当たり前だ。オレを誰だと思ってやがんだ」
「わたしの双子の兄で…ワガママで派手好きで孤独な天才で…」
「それから?」
「わたしの…世界で一番、大切なひと」
「だろ?」

じゃあ、そうなるさ。
おめえも、そう思ってるからな。
オレと同じに。
2×2は無限大ってやつだな。


そう言い終わった二つの声が、

いつか一つになって、

原初の宇宙の、神の粒子、

すべてのものに質量を与える、最初の光の粒に戻り、


そうして…









「双子、生まれますよ」

若い男女が、そう言われ、
頷いた。
また、

これから始まる世界で。
いつか終わる世界で。

輪廻の輪の中で、

再びそっくりの小さな命が、手をつなぐ。
二つ。

「にいさん、今度は…この手、離れないといいですね」
「じゃあ離すな」
「努力しますけど。意識、消えてしまうから…リセットされるだろう?…一度…」
「まァダメだったら、また探すさ。オレがお前を」
「それも…ダメだったら?」
「ま、次の世で、また頑張ろうぜ?」

何度でも。
夢が、かなえられるまで…

「ホント、ささやかな夢なんだがなァ…」

世界一とかそんなじゃなくて。
ただ…弟と一緒にいたいって…

たった、

それだけの…



そんな会話をいつかした、
小さな手が、二つ。
まだ、互いの存在が何かも知らず…
手をつなぐ。
今度は離れないように、しっかりと。
その運命も知らず。

だって世界はまだ、始まったばかり。


次の世が、二人の前に、


現れたばかり。





◇Fin.◇