数日して、兄が帰ってきた。

なにか凄惨なことがあった異常な気迫を、殉はすぐに直観で感じたが。
あえて訊かなかった。
どうせ訊いても答えない。
剣崎は、ドアの前で、可愛らしくラッピングされた紙袋を片手に持ち上げ、微笑んでいる。
「おかえりなさい、にいさん…なんですか?それは…」
多分そっちは教えたいんだろうと思ったから、聴いてみた。


「このほうが、いいだろ。おめえらしい」
いつも自分の服を着せていた剣崎が、袖のない黒のシャツと短いトランクスを買ってきた。
影道のユニフォームに似ている。
でも真新しいから、傷がない。
入浴後に、袖を通して着せてくれた。
やっぱり黒のほうが落ちつく、と自分でも思っているのは、とことん闇属性のせいかと考えてみたりもする。

兄は、白がよく似合う。でも自分には明るすぎるしまぶしすぎるし派手すぎる。
そんなような感想を言ったら、
「何言ってやがる。オレだって学院の制服は黒だぜ?日本人は黒髪に黒目だから黒でいいんだよ。とりあえず、おめえには似合ってる」
洗ったばかりの殉の長い髪を、くしけずって乾かしながら、ドライヤーを片手に説教じみた口調で返してきた。

同じシャンプーを使ったから、同じスミレの香りがする。
甘酸っぱいような、でもどこか冷たい刺激的な香りが、辺りに漂っている。

日本人だから、とは理由がクラシカルだが、
意外に兄は古風な矜持を持っている。
惚れた相手は絶対守るとか、大事にするとか、そんなこともそうだ。

彼は、栄光を手にして世界に君臨し、コンツェルンを継ぎ、普通に結婚して普通に歳をとり、普通に死ぬだろう。
それが選ばれた人間のマトモな人生だ。
自分とはまったく違う。
違うはずだし、違わなければならない。

なのに、

「…!?…」

突然、全身が、ひきつったように驚いた。
兄の唇が、自分の唇を、ふさぐように重なったから。

何が起こったのか、とっさによくわからない。ただ、
口の中に入ってきた同じ温度の舌先が、自分の舌を絡め取り、粘着質な音をたてている。

「…ぁ…ンン…ッ…あ…」

まるで、

夢と同じだ。
いやそれ以上だ。
リアルに唇の裏までまさぐられ、股間がズキンと熱くなる。
口腔内の性感帯と下半身のそれが直結し、ドクンドクンと身体の中心が鳴る。
快感が強く突き上げてきて、
このまま酷く犯されたいと感じた。

そんなこと、
思ってしまってはダメなのに。

そうだ、ダメだ。

そう理性で感覚をねじ伏せ、
どうにか兄を引きはがした。

「……どういう…つもりだ…あなたは…」
「うるせえ」

突然、不機嫌で乱暴なのか、普段通り冷静なのか、よくわからない顔と声で、兄が返してきた。
やはり今日の彼はどこかおかしい。
優しい反面、ひどく酷薄だ。
きつく睨み、低い声で威嚇したのに、自分の声が少し震えているのがわかる。
兄は、意外にもあっけらかんとバカみたいな答えを返してきた。

「その服着せたら、どうしてもヤりたくなった。それだけだ」
「な…」
「おめえも男ならわかんだろ。どうにも我慢しきれねえ、そういう気分だったんだよ」

ありえない。何を言ってるんだこの男は…
やはり何かあったのだ…
…しかし、いったい…

「どうしたんだ…あなたらしくもない…」
「べつに。なんにもねえよ」

そう言って。再び正面から両手で顔を掴んできた。

「やめッ…何をす…ッ!?」
唇を唇で、またぴったりとふさがれている。
「ンン…ッ…ン…っ…」
傾れ込むように、それまで座っていたベッドに沈められ、口唇を嬲られる。顎を押さえられ、口を無理に開かされ、舌で舌を乱暴にかき回された。
「…んん…んア…は…ぁ…」

いったい、なんで…こんな…

なにがなんだかよくわからないまま、すでに朦朧としてきた理性で、殉はぼんやり考えた。
帰ってきた兄の、白い袖の縁に、誰かの返り血がついていた。
常人なら絶対わからない、ほんのわずか。
でもすぐに気付いた。
だいたい部屋に入ってきた瞬間から凄まじい殺気と血の臭いがした。
そのせいだろうか。
激しい喧嘩でもして興奮してるのか。
彼の力なら相手を半殺しどころか素手で殺すことも可能だ。
何があったのだろう。

しかし、どうして…今…自分を…?

兄のキスは、暴力的だが、驚くほど巧い。
性感帯を確実に刺激され、すぐに全身が溶けそうになる。
キスだけでイってしまいそうだった。

「…あ、…あ、…ン…」


快感でぼうっとした顔で、殉が、潤んだ瞳で自分を見上げている。
抵抗が、もうすでに弱い。
というより脱力してしまってほとんど無い。
自分のなすがままだ。

やっぱり、そうなのか…

剣崎は薄暗い思いがはちきれそうになっている。
剣崎コンツェルンは、大財閥の例にもれず、表の勢力は当然として、裏の勢力も雇っている。
彼らには時折、汚れ仕事もやらせる。
それらを使って調べた結果、結局、なんのことはない。
自分に対する嫉妬と怨みのありきたりな顛末だったことが判明した。
ただ海外マフィアを使っていた。
相手が外国人だったからだ。
そのうえ日本のチンピラを抱き込んでいた。
この国の上の事情をよく知らない連中の集まりだ。
知っていれば、剣崎家の者に手など出せるわけがない。

監視カメラに映っていた一人を突き止めたら、あとは簡単だった。
かたっぱしから芋づる式に見つけ出し、半殺しにして仲間を全員、聞き出した。
その中の一人が、折れた歯とボコボコに腫れ上がって崩れた顔面で、
瀕死の抵抗みたいに言い放ったのだ。

その言葉が、剣崎の胸に今も深く喰い込んで、鋭く重い痛みが、離れない。

「なあ満足かい?おれら痛めつけて、ええ?ケンザキさんよォ…可愛い弟がブチ犯されて頭にくんのはわかるが。おれらを恨むのはお門違いだぜ?あんたの弟は、ぜんぜん初めてじゃねえよ。
ありゃあ相当、慣れてやがる。
何百人とも寝ちまって誰とでもヤれるってクチさ、
だから具合が悦かった、サイコーだったぜ?あんたの弟もヒイヒイ言って腰振ってやがった。
もっと、もっと、ってねだってな。カラダが自然にオネダリしてたよ、
だからオレらもついつい調子に乗っちまって…最初は適当に痛めつけるつもりが止まらなく…殺せって言われてたのによ、その前にすっかり面白くなっちまって…
…エロかったんだよ、あんたの弟、ほんと…カラダが…そこらの女なんて目じゃねえくらい…」

そいつはその場で始末させた。
自分が直接、手を下すのも業腹で汚らわしい。

悪あがきの話半分として。
だいたい鉄パイプなんざ突っ込んで拷問しといて何が、もっとだ。
絶命寸前で気持ちイイもクソもあるか。

とは思ったが。いずれにしろ、とうてい聞き流せる話じゃない。しかも、どこかで確かめなければ、いられなかった。じゃないと自分が正気のままじゃいられない。

狂ってるなオレも…と我ながら思う。
でも自分で自分を止められない。
熱愛すら通り越し狂愛だ…


自分が着せてやった黒のノースリーブシャツをたくしあげ、乳首を指でこねくりまわす。
殉は、あ、と小さく反応して、すぐに甘い吐息を上げている。
細い腰が妖艶に揺れる。
やっぱり、慣れている。
口腔内を隈なく舐めて犯しながら、剣崎は、
自白を強要する前の釣りみたいに、優しい声でわざと誘導してみた。

「オレは…おめえが竜と闘ってる間中、石に、おめーはどっちの味方なんだ?って突っ込まれたぜ?」
影道との試合の日の話だ。
「あいつらに、弟のおめえを自慢しまくったからな。あん時ゃ敵だったのによ」
「……」
「河井には、剣崎くんは自分ダイスキ人間だから双子の弟も自分そっくりに見えて可愛いんでしょう、って言われたよ。まぁそうかもしれねえ」

何を…言っているんだろう…この兄は…
そう思いながら、殉は、半ば意識を飛ばした顔で、ぼんやり見上げている。

兄の瞳が、暗い。
その中に、瞬間、
燃えるみたいな影が映った。

「おめえは…オレの知らねえ間に…一体、誰と寝てたんだ…。一体、今まで何人の野郎に抱かせやがった…」

「…っ…」
声が鬼気を含んでいる。

ああ、怒りの原因はこれか…。と殉は思ったが、
どうやって知ったんだろうとも、思った。あんな内々のことを…。

知られたショックは、意識同様、朦朧としている。
もっと驚くべきだったが、突然すぎて心がついてこない。それに、
だからといって、なぜ兄がこんな行為に出るのかも、わからない。
リアクションが予想と違いすぎる。
自分にこんなコトをして何が面白いのだろう。
しかも…
すでに穢れた者を汚したところで、自分も穢れるだけではないか。

だから、そう言った。

「あなたには…関係ないはずだ…わたしが…誰にどこで抱かれてようと…」

「なん…だと…」

剣崎の奥で、何かが切れた音がした。

「…やめッ…!?…」
のしかかってきた兄に両手を掴まれ、股間を膝でまさぐられた。膝はトランクスの上から上手に緩急をつけ男根を刺激し続けている。
「ァ、ぁ、…ぁ、…」
腰がビクンビクン撥ね、まるで自分から膝に押し付け擦りつけるように、無意識の条件反射で動いてしまった。
「そんなに…イイのか?」
覆いかぶさってくる剣崎の瞳が、暗い情欲に濡れている。
フクザツな色だ。
欲望と、嫉妬と、困惑と、悲痛と、同じくらい憤りの混じったような。
「だったら、もっと悦くしてやる」
オレがな、
そう断言して、押さえていた両手を頭上でひとまとめに左手で掴みシーツに固定する。空いた右手をトランクスの中にねじ込んだ。
「…ァッ!?」
男根を直に握られる。尿道のあたりを親指で刺激しながら、手のひら全体でしごきだした。
「…ァ、ッ、ア、…ぁあッ…」
殉の腰が、手の動きに合わせて上下に動く。ばかりか自分で両足を広げ後淫を差し出すように、突き動かしてくる…。

こいつ…。

剣崎は、弟の下半身がより強い快感を求め、自ら摩擦と挿入をねだっているのに気付いて、いっそう闇のような情念が濃くなった。

やはり犯されたせいか?
大勢に?無理やり?
…いや違う。
その時の記憶はあまりないと言っていた。ぼんやり憶えてはいるようだが、状況からして嘘を言ってるとも思えない。
ほとんど昏倒した状態で体中を弄られた、はずだ。
しかも拷問だった。イイはずない。
屈辱すら通り越す殺人未遂だ。
普通なら精神崩壊か自殺ものだ。
それにしてはショックがずいぶん軽いように見えたのは、
多分、気のせいじゃない。
そこはひどく気になっていたが、そう無理にふるまってるだけかとも思えたし、または、その程度のことで動じないように感情をコントロールするよう躾けられてるからかとも思った。
そういう特殊な家だったから、養子先が。
あそこは殺人だって結構やる。
だから…。
それに、あえて触れてはまずい話だと気遣ってもいた。
だが、違う。
違ったんだ…つまり、

そっちが、本当だった…

「お前…」

剣崎は徐々に激しくしごきながら、会陰や後淫のほうにも刺激を与え、わざと意地悪く言った。

「やっぱり初めてじゃなかったのか。その前は、誰と寝た?どれだけ抱かれたんだ?」

一瞬、殉の瞳が見開いて、びくりと身体が反応した。
が、すぐに快感に飲まれたように、
瞳の中に色めいた艶が増している。

「あなたこそ…」
形のよい唇の端からは、剣崎の手の中の先走りと同じくらい、唾液が糸をひいてとめどなく流れていた。
「ずいぶんと…手馴れた…様子だが…今まで…何人と、関係を?」

ふん。と剣崎が闇みたいな瞳のまま笑った。

「オレの周りにはガキの頃からロクでもねえ使用人どもがたくさんいてな。ロクでもねえこと、ずいぶん教わったよ。親は放置だ。気づきもしねえし気づいたところでどうこうしようって奴らでもねえ」
「では…」
もうイきそうになりながら、殉は妖艶な吐息で、それでもどこか哀しそうな顔をした。

「わたしと…同じ…なの…か…」

結局…。
こんなに違う人生だったのに。
起こる悲運が同じとは。
これでは最初に分ける意味がなかった。

「…あなたは…わたしと同じでは…絶対に…いけなかったのに…」
「勝手なこと抜かすんじゃねえ」

「アッ!?」
イく寸前で放置して、剣崎は、殉の下の口にずぶりと指を3本まとめてねじ込んだ。
「ア、 は…ッ…痛…痛い…にい…さん…」
純粋な快楽の代わりに、強烈な痛みと快感を同時に与えられ、殉の身体が身悶えた。
剣崎の指はすぐに前立腺を探し当て、ぐりぐり強く擦る。
同時に膝先で、勃起した射精寸前の裏筋を激しく擦った。
「アァッ、ア、ア、ァひッ…ヒァッやめっ…やめて、くれッ…」

殉の、半分包帯のほどけかかった傷だらけの裸体が、
撥ねた。
身をよじって逃れようとするのを全身で押えつけ、
さらに快感を与える。
だが射精はさせない。
何度も寸前まで追い上げては放置する。
殉は延々嬲られ強い快楽に翻弄され、突き離されては痛いほど勃起させられて、
すぐに朦朧と敗けを認めた。
弄られすぎて、すでに理性を手放しかけている。

「おめぇは誰とだ?…三代目か?」
頷く。
最初は、そうだった。
一から十まで懇切丁寧に仕込まれた。
戦闘技術や諸学諸芸と一緒に、
立ち居振る舞いから下の口の広げ方、すべての口穴で快楽を得ること、しゃぶり方や相手を喜ばす反応、仕草や喘ぎ方まで。

「あのクソジジイ…死んでなけりゃぶっ殺してやるところだぜ」
兄の憎々しげな声に、
一瞬、歓喜みたいな感情が飛び出た自分を、
叱咤する気力も反省する勇気ももうおぼろげだった。
「あとは?誰だ」
「…たく…さん…。でも…もう…忘れた…」
「言え、誰だ、野火って野郎か?それとも地獄谷の連中か?それとも…」

言えない。
本気で殺しに行くかもしれない。
鬼が乗り移ったような形相にとっさにそう感じ目をそむけた。
でも嬉しい、とても。
でもそんなこと兄にはやって欲しくない。

兄は、光であるべきだった。
自分の影と同じくらいに。
それ以上に。
なのに…

「殉ッ…答えろ」
「…あ…、あなたこそ…わたしの想いを裏切っておきながら…自分だけ…」

自分だけ…何もかも手に入れて。
自分だけ嫉妬までぶちまけて。
この身体すら自由にして。
それでも完全無欠な光なら、許せたものを。
影に徹する覚悟もあったのに。
今更…こんな…

は…、と剣崎が笑った。
地獄の底まで覗いてしまったような、微笑みだった。

「勝手にオレに都合のいい幻想して夢見てんじゃねえよ。つまり…オレたちゃ、とっくに汚れちまってるってことか。お互いに。…狂ったこの家と同じにな」

じゃあせめて…気持ちよくならねえと…割が合わねえ。
「アアッ!?」
勢いよく引きぬいた指の代わりに、兄が、即座に自分の怒張したモノで、一突きにした。
「アヒッあ、ア、いや…だ…やめッ…にい…さん…痛い…にい…さ…ヒィッ」
深々と根本まで貫いて強く揺さぶる。
辛いはずだ。
こんなのちっとも殉は悦くない。
オレが悦くとも。
これじゃ…
殉を無理やり犯した連中とまるで変わらない…。
だがあいつらになくともオレにはある…
こいつを自由にする権利が…。

こんなの、狂ってる。
わかってる。
でも構わねえ。

「あ、は…はぁ…」
ほとんど夢中で、剣崎は、殉の中を荒らした。
貪るように快感にのめり込んだ。
硬く怒張した男根で挿出を繰り返し、
精を激しく擦りつけ叩きつけ、存分に中を味わった。
どうせ元は双子だ。
同じ細胞だった。
同じ生き物から出た同じ精子だ。
これは自慰みたいなもんだ。
そう言い聞かせて、セックスを続けた。

ほらみろ、それが証拠に、こんなにされても、弟は快感を拾っている。
目の前で、勃起しかけた殉のモノからも
先走りが溢れていた。

オレたちは一つだ。
オレが気持ちいいなら、こいつも気持ちいいはずだ。
…もしかすると、乱暴にされてもイけるように慣らされたのかもしれないが。
だから輪姦されたときも、あいつらが言ってた通り本当によがっていたかもしれねえ…。

そう思うと苦しい。
だから余計に激しく内壁を突いた。
「ア、ア、ア、…はひッ…」
無意識にそう身体が仕込まれてるのか、
筋肉を弛緩させ呼吸を合わせて、
少しでも痛みを快楽に変えようと自分で腰を動かしている。
先走りは酷く、触れてもいないのに勝手に立ち上がったモノは、このままでも射精寸前だ。
ぐちゅっ、ぐちゅっ、と卑猥な音が体液と一緒に溢れ続ける。

こいつ、後ろだけでイけるように、されている…。

剣崎は激しい呼吸の中で、とっさに気付いた。
知ったとたん、殺意が湧いた。
誰ともわからぬ相手すべてに。

オレだけが、そうする権利があったのに、
こいつを…なのに…

すべりがいい、すぐ入ったし動きもいい…
まったく最初だなんてあるわけない。
どころか多分、調教用の男根の木型で時間をかけて慣らされている。
だから、こんな…
今も多分…、
なんで…どうしてなんだ…

できればすべてをリセットし最初からやり直して、
自分だけのモノにして。
そうして毀してしまいたい…
オレが…この手で…
そうすれば、殉は、永遠にオレの…
オレだけの…

「にい…さ…ん…」

その時、自分の下から、か細い声がした。

「なんだ?」
腰を動かしたまま、ぞんざいに聞いてやる。
何度も自分がぶちまけた精液を股間から垂らして、
傷と、ほどけてしまった包帯だらけの身体が
ひくひく痙攣した。

「お願いだ……達かせて…くれ…も…苦し…い…」

殉は、一度もイってなかった。
自分でしごこうにも、両手は剣崎が握り、
どこにも触れられないよう身体で押さえつけている。
これが死んだ三代目なら、別の誰かなら、何度もイッてるんだろうか…
後ろだけでもイけたんだろうか…
そんなくだらないことまで嫉妬に狂って、
同情すらできない。

「じゃあ達かせてやるよ、おめぇもな」
掴んでいた殉の両手を、
ほどけた包帯でベッドヘッドに括った。
そうして今度は自分の男根を引き抜くと、
殉の股間に顔を埋めた。

「ひッ…」

舌を絡めるように舐め上げ、
亀頭を強く吸ったら、
すぐイった。

ごくり、と飲み込んで、
唇から滴ってきた弟の愛液を、
親指でぬぐって舐めとる。
ようやく放たれて、
殉の身体が快感で細かく震えている。
けれど解放なんてしてやらない。
またすぐ根本や双袋に喰いつくようにしゃぶりついた。

「ひ、あ…アァ…」
丁寧に舐める。
何度も、何度も。
アナルは舌と指で深くえぐって弄ってやった。
殉が悲鳴を上げている。
一度イってもまたイかせた。
萎えたものを口に頬張り、
何度でも。

「も…嫌…だ…助け…」

浮かんだ涙が、のけぞった頬を零れる。
惚けた殉の、傷ついた頬に。

多分、今、自分も同じ顔してるんじゃないかと剣崎は思った。

これでオレたちは同じだ。
まったくの、同じものだ。

光でも影でもない。
ただの…人間で…

くだらない…欲情に溺れた…

あさましい人間で…






失神した弟を抱いてうとうとしていたら、
腕の中の長い髪がサラサラ動いて、
肌が、するりと抜けた。

「起きたのか?」

両眼を閉じたまま訊く。
殉が、存外、冷静に、
でも少しだけ柔らかい声で言った。
「……眠るなら、シャワーくらい浴びたほうがいい」
「じゃあおめぇも来い」

「……あなたは、…まだ何か欲しいのか。これ以上…」
「フン、身体くらいオレが欲しいときにオレに寄こせ。オレの好きにさせろ。どうせ…」

「横暴な…。あなたのやることは滅茶苦茶で、我がままで…支離滅裂で…」
「どうせ、誰にも彼にも抱かせてるんだろうが」

「……」

殉はふっと悲しい顔をした。
剣崎は向うを向いている。
彼も、哀しい何かに貫かれている。
こんな形で、必死にとどめておいたラインをあっさり踏み越えて。
それなのに…

寂しい。

埋めたい心の空洞が、さっぱり埋まらない。

どうせ、…オレは…
オレの一番欲しいものだけは、手に入らねえ…。
絶対に…

なんでも手に入るオレが…
オレの一番欲しいものだけは、手に入らない…。
カネじゃ買えねえ。
オレ自身の力でも落とせねえ。
努力すら、無意味。
天才のこのオレが、どんな努力をしても、
無駄だなんて。

なぜだろう。

殉は、黙って自分を見下ろしている。
視線は、相変わらず静かだ。
何の感情も宿ってないようにすら見える。

「可愛くねえ。散々ヤった初日だってのに、ビッチは照れて恥じらいもしやがらねえ」
「よく言う。マトモに、してもくれなかったくせに」

夢とは全然違う。
現実は、まったくただの暴行に近かった。
前戯はないし、イくのもほとんど拷問だった。

「頬染めて上目づかいの視線でもそらしてもらいたいのか?」
「てめえ、さっきのことは、たまたま犬に咬まれた程度のことだ、なんてとっとと片づけてんじゃねえだろうな」
「だったら、どうする?」

一瞬詰まった後、

なんだか、

泣きだしそうに見えた。

まさか、そんなはずはないのに。
でも、存外よく泣くのだ、この兄は。
いつも高飛車なくせに。
人前で涙なんて一生流しそうにもないくせに。

だから殉は、黙って屈んで。
短い前髪のかかる相手の額に口づけた。
愛しんで、深い、最愛の敬意をこめて。
そっと、軽く。

急に、
がっとうなじを片手で掴まれた。
そのまま舌を奥までねじ込まれている。
「ぐ…ぁ…ッ…」
しつこいほど、口腔内を念入りに嬲られる。
びちゃびちゃ卑猥な音がする。
まだ、さっきの自分の精液の味が残っている気がして、
思わず、両手で引き離した。

「何をする気だ…いきなり…あなたという人は…」
「オレがやりてえからだ。ケチケチすんじゃねえ。欲しいときに寄こせって言っただろうが」
「…酷い男だ…ほんとうに」

とんでもないな。と、殉は思っている。
それでも、
また口づけた。
剣崎は、本気で口唇を貪ってくる。
弟をまた腕の中に引きずり戻し、好き勝手に犯しながら、ふと思った。

ああ、そうか…。
オレが惚れてるからか…
のめり込んで…理性も失うほどに。
…オレが…どうしようもないほど相手に、依存したいと思ってるから…か。

だったら、きっと、手に入らない。
この関係は、最初から歪んでるんだから…。
いやそれも、今さらだ。
どうせ最初から歪んでる。
オレたちの、
この関係も…
この家も…
生まれた時から…ずっと…
何もかも…

「ぁ、ァ、…ア、ア、…」
ベッドに仰向けの自分の腹の上にまたがらせて、
下から殉を貫いた。
腰を小刻みに上下に動かし続けていると、
密着した二人の接合部が滑るように、体液がくちゅくちゅ濡れた音を立てる。
殉は溶けかかった眼で、唇を半開きにしたまま、
ずっと喘ぎ続けている。

弟に聴こえているかもよくわからないので、
剣崎はなんとなく独り言みたいに呟いた。

「よく考えたら…例のシェークスピアの四大悲劇ってやつか?家の都合で二人は一緒になれねえ運命だ。この世では、永久にな」
「なにを言ってるんだ…あなたは…」

わりとマトモな反応だ。まだ多少の正気はあるらしい。
「…バカげてる…冗談でも、似合いもしないことを…」
「でもねえだろ」

お互い、家を背負っている。
自分はこの家を。
こいつは、影道って一族の家を。
そのために拾われたと、こいつは思っているはずだし、
実際その通りで。
その宿命から逃れられないと強く信じてて。
それはオレだってそうだ。
多分…

「家の都合など…あなたにも…あなたですら…感じるのか」
「まァな。完全勝利の人生なんぞにこだわってるあたりが、すでにそうだ。…おめえもだろ?あんな連中を陽のあたる世界へ出そうなんざ…キチガイじみてる。気狂いの類だな」

「べつに…もう、今は…」
あなたの…表の正統世界と対立しているわけじゃない。

「ただ…影道の一族は、剣崎家からずっと…資金提供を受けている、そう、先代がわたしを引き取る時分に、契約した。影道がいつか行動を起こす折にも、剣崎財閥が援助するようにと」
「そりゃ、てめえの養育費だろうが」

そして手切れ金代わりだ。
親子の縁の。
そんなことはわかっている。
つまりカネであの一族に売られた。
だから買ってもらった限りは代金分のことをしなければならない。
価値ある商品として。
多分、そう、思ってきた。
だから悲願も引き継いだ。
自分の悲願でもなかったのに。

「アレはあくまで、あいつらの悲願であって、おめえのじゃねえだろうが」
「でも、契約履行の、付帯義務のようなものだ」

「その理屈よく考えろ、おかしいだろうが。おめえは持参金付で養子に入ったんだ。もっと偉そうにしてろ。あいつらにとっちゃ貴重な金ヅルだ」
「そんな言い方やめてくれないか。いくらあなたでも…それに…皆は…もう…今は…わたしのことを…」

それは、知っている。
敬意を払いまくってる。
あの一門の連中は、
昔はどうか知らねえが、今では完全に平伏してる。

大事にされてる。
愛されてる。
むしろ畏敬されてる。

そんなのは当然だ。
だってオレの弟なんだから。
あんな幽霊のゴミ捨て場みてえな場所にはもったいなさすぎる。
マジでもったいねえ、
掃き溜めに鶴の天才だった。
だが…

「オレが言ってるのは、おめえの好き勝手にやれってことだ。もっと自由にな」

結局、家の事情に縛られている。
背負わされている。
そういう意味ではあの一族の
奴隷だ。
とうていその実力のねえあいつらに過大な夢を見せ、
その夢を、代わりに叶えるためだけの、
体よく祭り上げられた代行者だ。

何が六十有余年の長きにわたる悲願だ。
そんなもの。
そんなもののために、お前は…

「でも…もう、それも…終わった…ことだ…」

それでも、お前は、
あの一族に尽くし続けている。
おそらく、一生。
その身を捧げて、
そういう運命だからと。
残りの人生も、何もかも、
すべて犠牲にして…

「そう、決まってしまったものを…今さら言っても仕方ない。…剣崎家が決めたことだ。わたしたちの…知らない間に…。だから、

いいんですよ…にいさん…わたしは、それでも…」

急に降りてきた殉の真摯な声に。
剣崎は、
胸の奥を、わしづかみにされる気がして
動揺した。
弟の言葉が一つ一つ、どうしてここまで自分に突き刺さり
苛むのかと思う。

自分だって嫌だった、
あんな家。
何でもあるのに、孤独しかない。
弟と一緒に暮らしたいってささやかな望みさえ叶わなかった。
だから最強なんかにこだわって。
何でも強奪して。
奔放にふるまって。
でも、

埋まらない。

胸の痛みが…
どこかにいつも…大きな穴があいている…
埋まらない孤独が……
底すら見えない空洞が…空きっぱなしだ…

その動揺を撥ね返すように。
投げやりな口調で、バカバカしく言った。

「じゃあいっそ、どっちかが女で、まったくの他人なら良かったんだ。そしたら全部巧くいった。何も問題なかったぜ。オレが付き合った相手をモノにする、それだけだった」
「その場合、自分がフラれるとは思わないのか?」
「思ったことねえな。オレは何でも手に入れる。欲しいと思ったもんは必ず。それ以外の選択肢がねえ。危惧もねえ」

酷い自信だ。
でもこれが兄だ。
今だってそうやって、自分の何もかも強引に奪い取っている。
なのに、
なぜか子供みたいに拗ねている。
つい駄々っ子みたいに見えてしまって
殉は
そんな兄がなんだか可愛いと思っている気がした。

「てめえ…今、舐めたこと考えてやがっただろう?」
何も言ってないのに、剣崎が、不機嫌になる。
意趣返しみたいに、わざと急に強く突き上げてきた。

ひ、と殉が短く喘いで、どくんと精を漏らす。
流れた精液が、剣崎の脇腹までも汚している。
倒れ込んできた身体の両脇に手を入れて引き上げ、
そのまま乳首を舐め吸った。
萎えたモノももう一度しごいてやる。

「ヒぁッ、ァ…、ぁ、…にい…さん…も…嫌…だ…お願い…だ…」
殉の声がしゃくりあげて泣きかけている。
今度こそ息も絶え絶えな声で、
「も…許して…下さい…にい…さん……気に障ったのなら…謝ります…から…」
ぐったりした長い黒髪が、
剣崎の顔と首に

パサリと落ちてきた。




酷い成り行きだ。
狂った感情と情欲のまま、弟を無理やり抱いて。
しかも体調もまだだったのに。
発熱して倒れたのには焦ったが、
でも、中を傷つけてはいなかったはずだと思い返し、
とりあえず抗生剤を口移しに飲ませておいて。
汗で額にはりついた長い前髪をかきあげてやりながら、
そっと抱いてベッドに入った。

しばらくすると、

「すみません…もう…大丈夫ですから…」
腕の中から少し微笑んだ柔らかい声がした。
こっちを逆に気遣っている。
しかもこんな関係になってすら他人行儀で、
腕を回して自分から抱きついてきたりも絶対にしない。

もどかしい。
まったく思い通りにならない。
何もかも…

剣崎は複雑な思いで、舌打ちするように、
小さく溜息をついている。

実際のところ、どうしていいのか、
彼自身にも、まったくわからなかった。




◇to be continued◇