「殉、おめえはオレを…どう、思ってんだ」

唐突に兄に訊かれて、殉は、
え?
という顔をした。

フランスの宮殿みたいな豪邸の裏庭で、剣崎は組んだ両腕を枕に、青々とした芝生にあおむけに寝転んでいる。
その隣で、殉は、剣崎と揃いの白いシャツを羽織るように肩にかけ、
ほとんど隙間なく巻かれた包帯をそのまま曝し、
さっきまで包まれていた白のシーツを腰から膝にかけ、素足を投げ出し座っていた。
本当は服も下着もつけたいし、そもそも背筋を伸ばしてキチンと正座したい。
が無理だった。
ここへも、兄に抱かれて来ている。
おかげで裸足だ。
「ツラがビタミンD不足だ。少し日光浴びとけ」
と優しいんだか何だかよくわからない命令口調でシーツを一枚、バサリと頭から被せられ、くるまれた格好で連れ出された。

兄は、いつもの兄だ。
白の細身のパンツに、襟を立てた白のドレスシャツの胸を少しはだけ、
こんな時だけお坊ちゃんヅラでくつろいでいる。
もっとも、黙っていれば、普通に貴公子然とした男だ。

「どう…とは?」

意味がつかめず、聞き返す。

実をいうと、目覚めた初日の晩に、変な淫夢を見てしまい、内心、動揺している。
兄に犯され悦がっているという、正気の沙汰にあるまじき、とんでもない夢だった。
あの疚しい気持ちを見透かされた気がして、
無性に焦ってどぎまぎしながら、
でもあくまで表面は冷静に、まったく普通に聞き返した。

空がまぶしく青い。
薄い雲のカケラだけが、あちこちにふわふわと綿のように浮かんでいる。
背後にそびえた一本だけの大樹が、さらさらと枝葉を広げ、
キラキラした木漏れ陽が兄の顔にかかって、
葉の濃い影を作った。

「にいさん?」

なんだか一人で慌ててきて、殉は、兄を促す。

剣崎は、目を閉じ、黙ったままだ。
眠っているような沈黙だが、そんなはずはない。
急に、 瞳が開いたが、こっちを見なかった。
どこか遠くに視線を投げたまま、独り言みたいに呟いている。

「たとえば、オレが…お前を…」
「わたしを…?」

その先を、兄は言わない。


しばらくして、

「なんでもねえ。忘れろ」


それだけ言った。


これは、言ってはいけない感情だ。
双子の弟に欲情したなどと。
そのうえ自分だけのものにしたいなど。
心身すべてを。
何もかもを。


そんなのは、どうせ不可能だ。

それに間違ってる。


オレが抱きたい、って言ったらどうする。

とは訊けない。
訊けなかった。


「どうか…したんですか?」

訝しんだ、というより、どこか気遣う声に聞こえる。
殉は、ときどきとても柔らかい声になる。
対抗するのではなく、おとなしく従うときや、真摯に気持ちを話そうとするときの声だ。
そんなときは、普通の敬語になる。
まったく目上を敬うような。

その弟に、深夜、額の傷にキスをした。
身体の傷にも。
眠っているのをいいことに、唇を犯し、股間にも触れた。
無意識だが、かなり感じていたと思う。小さく開いた唇から、切ない喘ぎ声を何度も聴いた。

そのまま抱いてしまいたくなって。
でも思いとどまった。

当然だ。
輪姦されて重傷で、ようやく目を覚ました弟に、なんてことをしてるんだと自分で自分を叱咤した。
だいたい腸を破られて敗血症で死にかけてた。今セックスなんてしたら、本当に殺してしまう。
冗談じゃない。
いやそれよりも正気じゃない。
オレが。

やはりこの関係は、どこか歪んで狂っている。

だから忘れるべきだ。
できるなら。
この感情を、忘れられるなら。

いや忘れなければ…


剣崎は黙って遠くを見つめている。
瞳はなぜか険しい。

それを見つめながら、殉は、思わず夢のことを思いだし、
羞恥で

動悸が苦しくなるのを感じた。




◇to be continued◇