「おい、どうなんだ!?生きてんのか!?くたばってんじゃねえだろうな!?死んだら、おめえらも全員ブッ殺すからな、覚悟しとけ」

良家のご子息というより、ヤクザの親玉だ。身内に手を出されマジギレしたマフィアのボスに近い。 ルックスは端正なのに、言葉と態度が最悪だ。

「聞いてんのか?!こいつは、殉は、どうなってんだ?!」

ヒステリックに大邸宅の御曹司が、専属医師たちの白衣の襟首を吊るし上げ、尻を蹴飛ばす。
決して冗談じゃないのを、皆、知っているから必死だ。
しかし助かるわけがない。
半分以上はそう思っている。
この多量失血、臓器と骨の損傷で、ショック死しなかったのが奇跡だ。
むしろなぜ生きているのかがよくわからない。

邸内に簡易オペ室を作り、できる限りの処置をした。
大病院への搬送を申し出た者もいたが、この家の実質当主、完璧な容姿のマフィアみたいな剣崎順が絶対にダメだと却下した。
必要ならば同じ設備を持ってこい、今すぐここに。
この国を動かす大財閥後継者の、絶対的かつ横暴な命令だ。

「それから…わかってるだろうが、ここで見たことは一切、他言無用だ。万一漏れたら…それもわかってるな?」

表情と声音は上品な甘い艶を帯びるのに、そら恐ろしい凄みがある。
良くて社会的抹殺、悪くいけば消される。物理的かつ合法に。

それもわかっているから全力は尽くした。
確かにこんなスキャンダル、世間に知れたら多方面に多大な支障が及ぶだろう。

大財閥、剣崎家とは、そういう異様な家だった。




一ヶ月の危篤を経て、ようやく容体が安定すると、皆、何も見なかったことにして、部屋を出た。
医師団というよりただの使用人として。
どうせ狂った家だ。
政財界を牛耳るこの家は、国家権力を操る代わりに、いろんなものが壊れている。
姓名の違うこの双子の兄弟もそのひとつにすぎない。
そういった内々の事情には必要以上に関わらぬよう、雇われたときから義務づけられている。
無条件で、いつでも彼らは剣崎家のルールに従った。
現在、この屋敷のルールは、当主の長男で唯一の後継者、剣崎順が握っている。
彼がボロ布のようになった弟を抱きかかえ、半狂乱で召集したときも、事情も聞かず、黙って指示に従った。
そして今も、この男の私室に必要なものはすべてそろえ、重症の怪我人ごと運びこんだ。


双子の弟、影道殉はずっと眠っている。
麻酔と呼吸器を使い、人工的に眠らせてあるといったほうがいい。
目覚めたら、酷い苦痛が襲うだろう。
でも現状は安定している。
麻酔を切って抜管しても一応大丈夫だったし、麻薬や麻酔の前投薬の筋注や靜注の仕方も兄に教えた。呼ばれれば即対応できるよう待機もしている。
これで、この子供とは全く思えない中学生家主一人に任せても何とかなるかもしれない、というところまではもってきた。
どうしてこんなことになっているのか、医師たちは何も知らない。聞く権利もない。
ただ黙々と治療を続け、奇跡みたいに回復させ、言われた通りに部屋に運んだ。



「誰も勝手に入るな。メイドたちにも、そう言っとけ」

今日から使用人すべてに徹底しろ、必要なものはオレが直接運ぶ、
と緊急連絡用の電話回線だけをつないで、人払いをした。
これでいい。
そもそも、この屋敷に、生まれてすぐに捨てられたこの弟を入れることは禁じられている。
禁を破って入れたのは自分だ。
当然だ。
この状況で。
しかしこうなった理由がわからない。
心当たりがない、というよりありすぎてわからない。

自分に怨みを持つ者?それは大勢いるだろう。
それともこの剣崎家に?
親父たちにか?
だったらなぜ殉が、と思う。

もっとも影道と日本Jrの対戦で、一緒に実況メディアに映って以来、全世界に、隠していた二人の関係が曝された。
ならばありうる。
しかしそれならいっそスキャンダルに仕立てるほうが合理的だ。
双子の弟の無惨な写真記事でも売ればいい。
いや無理か。
マスコミはすべて剣崎家が押さえている。
そもそも、こいつをこんな目に遭わせることができる奴がいるなんて最初は信じがたかった。
が、銃で撃たれたと聞いて合点がいった。
人間同士の近距離戦ならともかく、狙撃で射殺未遂とは。海外マフィアかもしれない。
それとも自分がアメリカにいた時分、コテンパンにしたチンピラか?
それもありうる。
それとも自分と間違われた?人違いで襲われて?
いやその線はない。
だったらこのオレにこの惨状を見せつけようとはしないはずだ。やはりオレ個人に怨みが…

そこまで考えて、剣崎はもう長いこと眠ったままの弟の顔を見つめた。
顔だけは奇跡的に綺麗だ。 だいぶ殴られて頬は脹れ上がり顎の骨まで砕かれていたが、この期間に治癒している。
それより首から下が問題だ。
撃たれた首筋にはまだ包帯が痛々しく巻いてある。
全身にもだ。

やり方がえげつない。
あまりにも汚くて残忍だ。
怒りなどとっくに通り越し、剣崎の感情はよくわからないことになっている。

伝言をもらったのだ。
殉が、門の外で話があるから待っていると。
取次の者に聞いた。

あいつがこんなところへ来るわけがない。

そうは思ったが、とにかく出てみた。
誰もいない。
なんだ、やはりイタズラか。よくある有名人へのイヤガラセってやつか。

そう思ったとき、ふと目をやった先が、

池みたいな血だまりだった。

一瞬、唖然とした。

何かが、凄まじい格好で転がっている。
人かどうかもわからなかった。
しかしよく見ると自分と同じくらいの少年。
髪にかくれたうつ伏せの顔はわからないが、痛々しい全裸だ。
大量の血と泥にまみれ、両腕は背中にねじあげられたまま鎖で拘束され、口にはSMプレイ用のボールギャグを噛まされている。
腰までかかった長い黒髪は血でべったり固まったまま掴んで引きずりまわされた跡があり、両足にも、長い鎖のついた重い手錠のようなものがはめられていた。

しかし本気で仰天したのは、その後だ。


「…まさか…殉……なの…か?」


嘘だ。

とっさに思った。

こんなバカげたことがあるわけがない。
それでも恐る恐る名を呼んで、肩を掴んで仰向けにして、呆然とした。
こっちが気を失いそうな気がしたが、血だまりに両手を突っ込んで抱き上げた。
インターホンで使用人を呼び、拘束具を焼き切り、屋敷に集めた医者どもを怒鳴り散らし、最後に状況を聞いたら、脳天をハンマーで殴られたような痛みと眩暈と吐き気がした。

衝撃、なんてものじゃない。
人生でこんな激情は初めてだった。

やった奴らを必ず見つけ出し、ぶち殺す。しかもタダじゃ死なせねえ。極限まで苦しめて同じ目に遭わせたあげく、いや10倍返しでぶっ殺してやる。

そう、とっさに誓うほど、怒りで気が違いそうだった。



「殉…オレだ…わかるか?…殉?…」
今も、小生意気なアイドルみたいな顔立ちが、冷や汗でひきつっている。
動転している。
かつて無いほどに。

麻酔が切れてから、弟はずっと声にならない呻きを上げている。
酷い苦しみようだった。
全身の骨が砕かれていたし、内蔵の損傷も、なぜ生きているのかがいっそ不自然で。
出血もとうに致死量を超えていた。

でも麻薬を打って痛みを和らげたら、
たった一度だけ、うっすら開いた瞳が自分を見て、
紫だった薄い唇から「にいさん…」と震える音がかすかに漏れた。

大丈夫、わかってる。
オレが誰だか認識してる。
剣崎はほっとして、焦った心が少しだけ落ち着いた。

「必ず助かる。いや、オレが助けてやる、だから心配すんじゃねえ」

まるで自分に言い聞かせるように、包帯まみれの弟の身体に被さって肩を抱き、手を握り、耳元に囁いた。
苦痛と熱に潤んだ瞳が、かすかに頷いたように見える。
「ありがとう…」と、か細く聞こえた、と思った。

だから、きっと大丈夫。こいつが死ぬはずねえ。
血だって分けた。オレの血を、たくさん。
だから絶対、大丈夫だ。
絶対に。

根拠のない理不尽な情念みたいな何かが、強い力で、その間中、自分をずっと突き動かしていた。


◇to be continued◇