影道館の私室に居た殉のもとに、双子の兄が、話があると言ってきた。

「順様からです」

使いの者が持ってきた手紙。
その場所に、一人で来いと書いてある。

珍しく手紙?

一瞬いぶかしんだが、あまり疑問も持たなかった。
どうせ大っぴらには会えない。
家を出された自分は、剣崎邸の門をくぐることは許されていない。
だから用事があれば、兄のほうから会いに来る。
そう頻繁でもないので、何だろうとは思ったが、疑ったりはしなかった。
一度会って以来、時々フラリとやってくる。

たいてい剣崎が外で待っている。または自分が外出するとそこに待ち構えている。いったいどうやってわかるのか、自分の行動を正確に予測してるようだった。
自分も何だかそういう日は、そこに兄がいそうな気がした。
もちろん会う時は二人きりだ。
会っていることが知られたら、どちらの家にもあまり良くはないだろう。
原則、会うのは禁じられていた。
たとえ偶然、姿を見かけても、口もきいてはいけないと幼い頃からきつく言われている。

けれど、先代が他界した今は自分が当主だったし。
兄も実質そうだった。
それに…
親たちや互いの家が定めた禁も、一度破ってしまえば、いっそたやすい。
自分も時々会いたくなった。
でもさすがに向うに会いには行けないから、じっと待っていた。

剣崎が来るのはいつも突然だ。
本当に大事な話もあったが、なんだかどうでもいいような話題もあった。
ツラ見に来ただけだ。
そんな言い方をして、岩場や石段で、ただ黙って二人で座ってるだけのこともあった。
そんなふうに、時折気まぐれに寄る兄が、だんだん近づいてくるのが何となく嬉しくて。
物心ついた時から周り中が他人で、肌感覚でわかりにくい、理解もしにくい、価値に違和を覚える者たちに囲まれ育ったせいで。
鮮やかなほど意外だった。

初めて、言葉にしなくとも何となく空気だけでわかりあえる相手を見つけたことが。

唯一の血縁。

密かに存在を知って以来、内心憧れていた相手。
ただ会って話しているだけで理由なくほっとする。
落ち着く。
だから本当はいつも会いたい。

だから警戒などさっぱりしていなかった。
まるで年齢相応のただの子供みたいに、完全に油断していた。
迂闊だったとしか言いようがない。


兄、剣崎順は、いつもの学生服で、いつものように斜に構えて、両手をサイドポケットに突っ込んだまま川の縁に立っていた。
谷間に見える夕日が、彼をも染めている。
逆光で視づらかったが、彼には違いない。

こっちに気付いて右手を上げた。

と見えた、
その直後の、記憶がない。

かなり遠方から狙撃されたのだと、後で知った。
撃たれたのは右後方、斜め上から。
突き抜けた弾丸は、首から右鎖骨、胸部までの大動脈をかすめたスレスレ。
意識はとんだが命はあった。
その後、どこでどうしたのか。
全身の骨を折られ、散々に輪姦され、死体同然の姿で、剣崎邸の門扉の下に放置された。
その間の凄惨な記憶がところどころ抜け落ちて完全にないのは、幸いというべきだろうか?

しかし、何もこの場所にしなくとも…

放置され、朦朧としたまま、ぼんやり最初に思ったのはそこだ。
多少ズレてる気が自分でもしないでもなかったが。
誰に何をされたかよりも、まずこの場所は自分が近づいていい所ではない。
それに…
この無様な失態を、兄とこの屋敷の者たちに見られるほうが重大な恥辱だ。
兄は、何と思うだろう。
自分の弟でありながら、ありえない醜態を曝したと激怒するだろうか。
屋敷の者には、何と言い訳するのだろう。
それとも、
こんなボロ屑のようなガキは知らないと、あっさり捨てられるのだろうか。


また、自分が生まれたときみたいに。


そんなマダラな記憶と混濁した意識がないまぜになってかすんだまま、
すべてが暗くなった後、

あの、呼ぶ声がした。



◇to be continued◇