カギが、空いている。
いつでも…
出ていっていいという意味だった…
「やっぱり…行くのか」
まだ薄暗い朝、
ベッドの中から、兄が声をかけてきた。
「……仕事ですから」
「お前が…この家にいたいっていうなら…そう…できねえこともねえんだぞ。…オレが…そうする…どんなことをしてでも…」
「…いえ」
もう、継いでしまった一族だ。
たとえ闇でも裏でも。
それを覆すのは、たとえ兄でも、
多大な犠牲を被るだろう。
それに、
いまさら一族を裏切ることも、自分にはできない。
でも…
「…ありがとう…」
「待て」
ドアを開こうとした殉を、
兄の声が、引き留めた。
「家の車を出す。お前を影道の館まで、相応の奴らに送らせる。誰も手出しできねえように、一番腕のいい専属SPをつけてやる」
「大丈夫ですよ、そこまでしてくれなくて」
「いいから、そこで待ってろ」
ベッドから適度な筋肉のついた、綺麗な腕を伸ばし、
インターホンの受話器を取っている。
「…ああ、そうだ。オレの弟だ。そこわきまえて全力で働け。ちっとでも何かあったら、てめえら全員、クビじゃ済まねえからな」
やっぱり…自分がマフィアみたいだな、このひと…
しかもすごく偉い…
振り返って眺めていたら、
殉は何だか可笑しくなった。
兄はこんな豪邸に住んでいながら、
時々、無法なチンピラが使う罵詈雑言で、
相手を怒鳴りつける。
いったいそんな言葉をどこから覚えてくるのだろうと思うが、
喧嘩相手が実際そうなのかもしれない。
受話器を切って、起き上がり、こっちを向いた。
「今後は、護衛の何人かは連れて歩け。おめえよりは劣るとはいえ…ゴロゴロいるんだろうが怪物みてえな殺人拳の使い手が。側近とかもいるんだろ?…もう独りで出歩くんじゃねえぞ」
「あなたこそ…」
「オレはいいんだよ。弾丸くらい避けられる」
兄なら、本当によけるかもしれない。
そんな気もしてきて殉は
やっぱりちょっと笑ってしまった。
「またオレが会いに行く。次からは、外はやめだ。館の中で会う。行ったら、たまには抱かせろ」
「ええ?…本陣で?」
皆にバレたらどうしよう…、
殉は今から本気でドキドキした。
でも野火や黒夜叉あたりなら、「お相手が順様ならば仕方ない」とため息をつきながらも見逃してくれるかもしれない。
剣崎はそのまま続けた。
付け足しというより、こっちが本題のようだった。
「あと、…オレ以外の男とは、もう寝るんじゃねえぞ。オレが嫉妬で眠れなくなる。いいな」
「自分ばっかり…相変わらず、勝手な男だな」
「ああ。勝手なんだよオレは。オレを誰だと思ってるんだ」
…マスコミのいつもの煽り文句は、世紀のスーパースター剣崎順だ。
天才で、派手好きで、
わがままで、自信過剰で、強引な。
「殉…忘れるなよ、オレを…」
「え…」
急に、 兄の声が、透明に聞こえて。
殉は、思わずドキリとした。
剣崎は、まっすぐこっちを見つめている。
ちょうど朝焼けの始まる直前、
青い光の中で、
瞳が、
とても綺麗に蒼くて
澄んだ透明で…
哀しいくらい、真剣だった。
「もしもオレが先に逝っても…忘れんなよ…お前が…オレの…双子の弟だったこと…」
オレの、唯一無二の存在だってこと…。
「そんなこと…」
忘れるはずない。
あなたが…
本当は
とても孤独で
甘えたがりで
寂しがりやの
双子の兄だってことも。
「だって未来永劫、あなたのものなんだろう?わたしは」
「そうだ。わかってりゃいい」
それがわかってるなら、
行っていいぜ。
そのドアを出て…
重い扉が、開いた。
でも自由になった気はしない。
むしろ逆だ。
どうせ囚われてる、
どっちへ行っても。
だったら、
全身全霊で愛した人に、捕まっていたい…
ほんとうは…
囚われていたかった……
ずっと、ここに…
あなただけに…
◇to be continued◇
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