結局、

夜も待てずに、ともかくベッドに座らせた。が、剣崎は、ちょっと思案した顔で
黙っている。

「…どう…したんだ?」

いつもみたいに、いきなりベッドに引き倒されたりしないので。
逆に心配そうに殉が見上げている。それを見つめて、

「どうして欲しいんだ?」

と訊いてみた。

「エ…?」
「おめえの気分とか好みを言えって言ってるんだ」

殉はますます戸惑っている。
「……どうしたんだ?急に…今日のあなたは…またちょっと…」

おかしい。
おかしい?
…いや、元々、兄はとても優しいはずだ…本来は…

「うんと気持ちよくしてやるよ。おめえがすごくイイって思うようにな。理由が要るなら昼飯の礼だ」

殉が、俯いた。
珍しく頬が染まってる。
それからひどく言いにくそうに、
小さな声で

「…じゃ…べつに、その…普通で…」
「あ?」
「ふつうに…抱いてくれれば…」
「フツーって何だ。正常位とかそういう意味か?」
「いえ、その…」

言いづらい。

べつに、何でもいい。
でもできれば…ふつうに優しくして欲しい。
変に意地悪い方向に走らずに…。
そしてできれば…中に挿入ったままで自分も一緒に達かせて欲しい…

「なんだ、それだけか?」

兄は、意外な顔をした。





「…ン…ぁ…ぅ…ふっ…」
甘ったるい濃厚なキスだ。舌と舌が絡まったまま、口内すべてを貪り合ってるような気さえする。
いつもより時間が長くて丁寧で…もうすっかり下まで濡れてイきそうになっている。

兄は、自分が慣れきってるから、すぐそうなると思ってるらしいが、

殉からすれば、相手が巧すぎるだけだ。
普通にキスだけで腰が抜ける。

だからその間に、何人とどんな関係を持ったのだろうと、ついこっちも嫉妬したくなる。
お互い、自分のことは棚に上げて。

にいさんは…いつもわたしばかり責めるが…自分だって…

と思ったところで、

ああ…だからいつもイラついていたのか?
…と、殉は、ぼんやりした頭で考えた。

「…ッ…あ…」

突然、
ビックリした。

キスだけでイかされたのが、
初めてだったから。

兄は、やっぱり複雑な顔で、そんな自分を見下ろしている。

また…泣いて許しを請うほど酷く責められるのだろうか…

殉はぞくりとしたが。
もうそれでもいいと思ってしまった。
どうせ、兄のやることには逆らえない。

くちゅくちゅとまだ舌を舐ったまま、今まで座っていたベッドに倒される。
でも今度も、暴力的に引きずり倒されたりは、しなかった。
そのうえ急に、唇が離れたから、

「にいさん…?」

ぎゅっと緊張して閉じていた瞳を開いたら、

思いつめた瞳が、
こっちをじっと見つめている。

瞳は、不思議な色だ。
何色か、今夜はよくわからない。


しばらくして。

仕方のない溜息みたいに、

「ほんとは、おめえを…オレだけのモノにしたかった……どうしても…。だが…時間は戻せねえもんなァ…どうしても…」

兄が言った。

そう…なのか…。

と、殉は、やっと気がついた。
兄は、他人には酷い抱き方は出来ないと言った。
だから、これは…多分…

「わたしのカラダは…もう…酷い傷ものだ…。そんなものを今さら、何でも手に入るあなたが欲しがらなくとも…」
「だからだ、だから…オレは…」

「心だけでは…ダメなんですか…?…」
「なに?」

兄が、意表を突かれた表情で、
見つめ返す。

どうして、何を、そんなに驚くことがあるのだろう。

殉は思っている。
だって…そんなことをしなくとも、わたしは…


「…痛ッ…ひッ…痛い…ッ…?!」
「あ、すまねえ…」

急に殉が、
錯乱したみたいに暴れたので。
首筋から鎖骨、胸まで這わせていた舌を、
思わず剣崎はひっこめた。

触らないようにしてたのに、
つい触れてしまったようだった。

そこにあった銃創はもう完治している。
痕は残っているが、とくに生傷が開いてるわけでもない。
なのに、時々、変にひどく痛がる。
最初は皮膚が薄くなっているからかと思ったが、どうもそれだけではないらしい。

足首や太腿を掴んで急に開かせたときも、
挿入れる角度でも、
時々、怯えたみたいに酷く痛がるときがある。
たまに予想がつかずに驚くほど…
自分も…殉自身も…

多分、
…自覚もないのに無意識の中、
死の恐怖と激痛の記憶が合体したまま、強烈な痛みとして、脳とカラダの奥に残っている。

むろん、殉は無頓着だ。そう言ってもあまり信じていなかった。

だが、あれだけのことがあったんだ。
…当然か…。
と思ったら、なんだかこのまま続けていいのかわからなくなった。

それに…だんだん気付いてきたが。
いつも…殉は、挿れる瞬間、酷く痛がる。
あんなに慣れた風なのに…。
初めは自分が乱暴に深く突っ込むからだと思っていたが、
そうじゃない。
そうじゃなくて…
これは…多分…

「…にいさん…?」

殉が、怪訝な顔で見上げた。
「どうしたんだ?…今日は…何だか…やっぱり変…」

「おめえ…帰りてえか?…影道の家に…」

思わず、口にしてしまった。
それだけは言いたくなかったのに。

「昨日、実はオレんとこに…影道の連中が来た。おめえを返してくれってな。おめえがいねえとダメなんだとよ。内部がまとまんなくて、内紛のもめごとは片付かねえし、殺傷沙汰が増えるってな…」

「…そうか…そう…だろうな…」

「あいつら、ホントにおめえにゃトコトン心服して服従してるんだな。初代と現4代目は超カリスマで特別だそうだぜ?…まあ、当たり前だがよ。お前は…天才のこのオレの、双子の弟なんだから…」

剣崎が、微笑んだ。
まったく冗談じゃなかった。
言った言葉は。

「お前は、元々あいつらの一族じゃねえ。本来、オレの弟なんだ。今だって…これからも…」

奴らに「二度と陽の当たる世界に出ようなんて気を起こすな」と釘を刺したのは、
弟に、これ以上バカげたプレッシャーをかけさせたくなかったからだ。
自分と争わせるなど、もってのほかだ。
奴らがそこまで意図しなかったとして、
そうなることはわかりきってる。
だから、もう…

帰したくない二度と……本当は…

だが戻ったら、こいつはちゃんとまた、
よく出来た大人みたいに、総帥の仕事をするんだろう。
日本ボクシング界の裏社会を統括する、と言われるその集団は、
過激で危険な拳術に惹きこまれ、全国から集まりそこに棲みついた化物みたいなオヤジだらけで。
だから、こんな、
後から総帥家に養子で入ってきた華奢な子供が、
急逝した3代目の代わりを引き継いで
第4代総帥を名乗るだなんて、
最初は誰も認めなかったのかもしれない。
内でも、
外でも。

殉は、無益な争いが嫌いだ。
だから、私闘も禁じたし、
血に逸る連中をも、違う道を歩ませようと努力している。
あの集団を、上から変えようとしてる、自分なりに。
そのための懲罰房もあるし、戒律にも厳しい。
違反すれば破門にもする。

だが、最初からおとなしく、自分こそが最強と信じ込んでる荒れた無法な男どもが、
力でこそ、己を証明したい、できると信じる連中が、
腕力、暴力をこそ、一番に頼み崇拝する奴らが、

いくら天才とはいえ、こんな子供に、おとなしく従っただろうか。
彼らに認めさせるまでも、長い間、いろんなことがあったのかもしれない。

自分にも、あったように。

今の自分に手出しする者など誰もいないが。
昔は、料理人や住込みの家政婦、庭師ふぜいにも簡単に手籠めにされた。おぞましいほど異常な大家なのに、だからこそ、淫猥な奥で、隙間から入り込んだ雑多な連中も時折、混じっていて、…むしろ上から下まで混在していて…
だから殉も、そうだったのかもしれない。
もっと手酷く、過激なやり方で。

「にいさん……すみません…つい痛いって言ってしまって……でも…」

殉は、相変わらず無頓着だ。

自分の身体には。
とことん…。
それこそ物みたいに、扱っている。
自分自身を。

バカみたいだ…こんなにいつもは賢いのに…

「大丈夫…いくら痛くても…達けることは…達けますし…。何をしても、構いませんよ?…べつに、いつもみたいに、酷くしても…好きにしてくれて…」

「バカかおめえ…変な無理すんじゃねえよ…」

「いえ…、いつかは…帰らなければならないのは、わかってます。でも…今は…帰りたくありません…。だって…あなたが…初めて…」


初めて、ちゃんと誘ってくれたのに…


殉は、頬を染めて、
自分で自分の言ったことに動揺して、
瞳を逸らした。


なんだよ…それ全部演技だったら許さねえからな。

と剣崎は一瞬思ったが。
もうそれでもいいような気がした。

なんだか、もういい。
もう…全部…許してもいい…
何もかも…

「…じゃあ、今夜はオレに全部、任せとけ」
「…え……ァッ…」

ひくん、
と身体がしなる。
古傷にも、新しい傷にも、触れないように、
乳首の先にキスをした。
唇で軽く咥える。
舌先で転がした。

「…ァ…ぁ…」

殉の腕が突っ張って
シーツをぎゅっと掴んでる。
その指を一本ずつ外させて、
自分の背に回させた。

ちょっと、殉が、驚いている。

「にいさん…?」
「大丈夫か、おめえ、…アレ、トラウマとかになってねえのか」
「エ?…アレって?」
「色々…」

「いえ…鎖で縛られて、鋼鉄のナックルダスターで殴られるとか…あそこじゃ子供の頃から、日常茶飯事だったから…そんなには…」

気にしていない。
それより、首から胸までを弾丸で貫通されたまま
大腸を破られたほうがキツかった。
本気で殺されると確信した。

でもそれより怖かったのが…
もし間違って…万一助かって生きて戻ったあげく、
こんな失態を影道の皆に知られたらどうしようとか。むしろ現トップとして。
今後、彼ら全員を抑えて、まとめきれなくなるから。

しかしそれより何より、一番怖かったのが、
兄に知られたらどうしようかと…


剣崎は、ちょっと、呆れたような切ないような、
どうしていいかわからない顔をした。

「………なんか、ほんとよ、……おかしな奴だよな、おめえもたいがい…」
「そうかな。…あなたに言われたくないが…」

「まァ…敵に嬲られたのが恥、頭として恰好がつかねえ、ってんなら心配すんな。ヤった奴らと関係した奴らは全員、口を封じた。オレが自分ですべて確認済みだ」
「…あなたが…?」
「ああ。…同じ目に遭わせて始末した。これで貸し借り無しだろ」

傷痕を上手に避けて、丁寧に舌と唇で肌を吸いながら、
剣崎があっさり言う。
自分でやったわけではないとはいえ、壮絶だ。

「おめえに、あんな真似されて許せるか。アレでも足りねえくらいだったぜオレは。股間のモンと舌でも斬りおとして、むしろ生かしといてやろうかと思ったくらいだ」

凄まじい怒りだ。
そんなの、想定していなかった。

軽蔑されて見放される…
その不安が怖かっただけで…

「なんでだよ?…わからねえな、そっちのほうは、ほんとに全然…」
「…ぁッ…ふっ…」

乳首を強く舐め吸って、舌で嬲って、
真っ赤に色付けた。
殉のカラダが、ひくついて震えている。

「このカラダは元々、オレのだぜ?…いや…オレの…だった…。強奪されたら頭にくるのは当然だ」

やっぱり直截的に、そう思っている。
今でも…
いくら弟自身が、他のどんな誰が、
否定しようとも。

「あなたのもの、っていうのは…そう…ですが?」

が、殉は、
あっけなく肯定した。

気の抜けるほど簡単に。

「あなたが…どう思うかだけで…。でもすまない…全然まっさらじゃなくて。あなたに触れてもらうには…あまりに穢れていて…気後れした…。今でも…」

だから、
背中に回させた手が、今も遠慮がちに置かれていて、
決して抱き返しては来ない。

なのに…

「ほんとは今思えば…初恋だったと思う…初めて剣崎邸に行ったとき…あなたを見かけて、それで…。だけど、後で知って…実の兄弟じゃダメだなって…しかも生き別れた双子だったなんて…」

永遠に、恋人にもなれない。
かといって、普通の兄弟としても、暮らせない…。
何もかも…始まる前から、諦めるしかない。


あの時、言葉にできなかった、まぶしくて暗い想いは、
そういうことだった。
たぶん。

…それは、
肉親に逢いたい孤独からきた、錯覚だろうか?
幼いから、履き違えた…?

でも殉は、
今はそうは思っていない。

このキモチは、直観だ。
兄のそれと同じくらい。

「だから…どんな形でも…あなたに愛されたのは、嬉しかった…。それに、わたしは…好きで抱かれたことなんて…あなた以外、一度もない」
「じゃあ…おめえ…」

「はい。今も昔も…あなただけですけど?最初から」

だから… ココロだけではダメなんですか?って…さっき言ったのに…

殉が、
まるで透明に近い綺麗な笑顔で、
微笑んだ。

剣崎は、長い長い溜息をついた。

「なんだよ、じゃあただの相思相愛じゃねえか」
「…そう、だったのでしょうね。…でも…」

兄の自分に対する感情は、
多分、少し違うと思う。
限りなく同一人物に近い欲望。
でもそれだってかまわない。
だって、それは、とても特別なことだから。
後にも先にも、この世にたった一つきりしかない存在への、
特別な感情…。

それに…

お互い、すでに別々の人生が待っている。
一緒には歩けない。
これからも一緒にはいられない。
でも、仕方ない。

それでも、どうしようもなく、
愛している。

それは…

結婚して子供を儲けて、正常な家庭を築くような、そういう普通の愛でも幸せでも、全然なかったけれど…

あたりまえの家族の、
穏便でまっとうな兄弟愛でもなく、
よくある骨肉の愛憎ですらなかったけれど…

多分、これからもバラバラに生きて、
まったく別々の終末を迎えるのだろうけれど…

それでも…ずっと…愛してる…

…ずっと…ずっと…いつまでも……たぶん…

来世までも…

「でも今度生まれてくるときは…まったく他人の…あなた好みの可愛い女の子ならいいかな…って…」

そうしたら。
今より多分、苦しまない…。
もっと、ふつうに恋をして…
そして…もしかしたら…
普通に幸せに…

「ソレ、オレが前に言ったネタじゃねえか。……まァ…それもいいが…」

でも…。

と剣崎は思っている。

「やっぱり…他人じゃねえのがいい。オレは」
「ええ?」

「次に生まれる時も…おめえとは双子の兄弟がいい…」

「呆れる。…まだ続けたいのか、こんな不毛な関係を。来世まで?それとも、もっと普通の家に生まれて、普通の兄と弟で…?」
「そうだな。一緒に暮らして…一緒に育って…一緒に大人になって…」

そしたら…
恋心など、抱かずに済んだだろうか?

と殉は思った。

今より苦しくない関係で…いられたろうか…。
かもしれない。
…それも、よかったかもしれない…

「いや、オレは…」

剣崎が、不思議な瞳で遮った。
熱も欲も何もかも飲み込んでしまった、地獄のまだ向うのような…そんな色で。

「やっぱり…今みてえに、愛しているのがいい…」

この世でずっと誰よりも…互いを必要としてるのがいい…
飢えてるのがいい…
欲しがるのがいい…
決して手に入らずに、もがき苦しんで…
それでもなおまた、欲しがって…
狂うほど…
絶対、この世では、手に入らないのに…

「じゃあやっぱり同じじゃないか。今と…」

「ああ、未来永劫、それがいい…おめえとは」

やっぱり…酷い兄だ。
と、殉は思った。

でも…
それでも…

「いいですよ?つきあってあげても」

愛してる。

「じゃあ約束しろ…殉」
「…はい」

剣崎は、
殉の、

左手の薬指に、
キスをした。

エターナル・エンゲージ。

リングじゃないけど、
形もないけど。

これは、絶対の契約で、

永遠の約束。

「これで、来世もオレのものだ、お前は…」
「…ぁ…」

唇に、キスをした。互いに深く舌を差し込んで。

「続き、やるぞ」
と兄が言うから。少し足を開いて、
腰を浮かした。
腕は背中にまわしたままで。

なんで…こんな酷い男に惚れたのだろう…

最初から最後まで…何もかもが間違いだらけだ。

殉は、半分切ないような、苦しいような、
でも幸福なような…
そんな入り混じった感情で、なんとなくそう思っている。

「おい、楽にしろ。もっと力抜いて、こっちのほうだよ、力むから痛てえんだろ」
「…ッ…」

後淫を、右手の指で強く押されて、
びくんと身体が緊張する。
同時に唇をふさがれて、
舌で舌を嬲られた。

「ン…ん…ぁ…は…」

キスが甘ったるい。
身体が自然にほぐれる。

自分の指と指の間に、
兄が、左手の指を一本ずつ入れてきて、
しっかり握ってくる。

背中に回された自分の手には、
もっと力を入れろと言われた。

両足の間に、兄は吸いつくように滑らかな太腿を割り入れてきて、
深く絡ませてくる。
お前もやれ、と言われたが、
躊躇してしまった。

「なんでだ?、嫌なわけねえだろ」
「いえ…その…でも…」

やっぱり何だか悪い気がする……わたしのは傷だらけで…肌触りも滑らかじゃないし…

遠慮がちにそう言ったら、
「そうかよ?もっと可愛かったぜ?…意識飛ばして寝てたときのほうが、うんと素直で?」
「わたしが?なにを?」
「うわごとで…ずっとオレを呼んでただろ?」

にいさん、いくな、
そばにいて。
名前、呼んで下さい、
もっと…。

って。ずっと言ってた。
だからつきっきりだった。
オレが毎日、寝不足で死ぬかと思ったぜ。
まぁ時々寝てたけど。

「……」

じゃ、アレ…夢じゃなかったのか…

どうしよう…


殉はすっかり熱って真っ赤に染まっている。
顔ばかりか全身が、赤くなるのを通り越し、
いっそ青くなりそうだった。
穴があったらずっと埋まってたいほど恥ずかしい。

「オレは…嬉しかったけどな、すごく…頼られてる感じで」

これが赤の他人の、他の野郎だったら、
誰に向かって気安く言ってんだとか
怒鳴りそうだが…。
だから誰もオレには
不用意に近づいたりはしねえんだろうが…。
そんなだからオレはいつも孤独なんだろうけど。

…なんだか…あの時はすごく嬉しかった。
お前が…オレを頼ってくれて…

にいさん、そばにいて… って…何度も何度も…うわごとだけど…呼んでくれて。


そう囁くみたいに言った兄の瞳が、
とても優しくて。

殉は、

ああ…そうか…。

だから、
…自分のこと…他愛ないって
言ってたのか…

あのときの意味がやっと全部わかったら、
気持ちが、急に、楽になった。

「じゃ…名前…呼んで下さい…、また」

兄が、笑った。

「殉、って何回言えばいい」
「何度…でも」

じゃあ、数えきれねえほど、
呼んでやるよ。

殉、殉、と呼びながら、身体をぴったり重ねてみた。
鏡みたいにうまく重なる。

それに殉って音だけだとオレも順で、同じなんだよな…

剣崎は、やっぱり
同じ身体に同じ名がついてるような気がしている。

まったく別人なのに。
限りなく同じもの。

この矛盾は、永遠に解決しないだろう。

でもそれでもいい。
それが、いい。

「おい、だから力抜けって。…じゃあ…だから代わりにオレにしがみつけ」
「ええ?…でも…」

変に力んでるつもりは全然ないのに…。
どうして、今日に限って、兄は何度もそう言うんだろう?
自分はいつもと同じなのに?

「おめえは…」

言いかけて。
剣崎はやっぱり言葉を飲み込んだ。

「困った奴だな」
「…エ…」

ぜんぜん自覚ねえ。が…こいつ、インサートの瞬間だけ、
怖がってかたまる。
だから痛い。
必ず痛いもんだと思って緊張してるから余計痛くなる。
よっぽど酷い目に遭ったんだろうが、
無理やり慣らされて。
こいつは、まるでそう思ってねえが。
そのほうがいいんだろうけど…
もう済んじまったことで、いまさら変なトラウマの自覚なんて、持たねえほうがマシだ…。

だが…自覚がない分、重篤だろう。

そう思ったら、胸のあたりがチクリとした。

「どう…したん…です…か?」
「いや…何でもねえよ」

だから、せめて、いっぱいいっぱい身体中にキスをして。
ゆっくりほぐしてやった。
身も心もトロトロになるくらい。
快感で、何が何だかわからなくなるくらい。

「…あ、…ぁ…」

両足を強く掴んで無理に開かせると、異常に痛がるのもそうだから、
足を滑らすみたいに割り入れて、ひざ絡ませて少しずつ。

できればこいつも絡めてくればいいと思うけど…
なぜか出来ないようなので。
代わりに自分のモノで殉のに重ねて
軽く擦ってやった。

「ァ…んッ…ア…、…ァあ…」

そっと挿入れた指を浅くえぐって
イイとこにあたるように丁寧に刺激したら、
びくんと身体が跳ねている。
でも身構えて緊張するよりは、
自然に開かれた感じだった。

「…は…ぁ…あ、…ぁ…」

べたべたな感覚の中、
殉は妙にふわふわした熱を抱えて、
ぼんやり思った。

今夜は…なんか…すごく気持ちいい…。ほんとに…全然、痛くないし。

「だってそうしてるぜ?だからイイだろ?」

頷いた。

「……ぁ……ッ…」

いつも来る、圧迫感。
でもキモチイイ。
すごく。
夢みたいだ…
いや夢以上だ。
何の抵抗もない。

ゆっくりグラインドされて、

「あッ…」

びくんと身体がまた跳ねた。
挿入れられただけで、達きそうだった。
「あ、あ、アッ…ァ」
そのまま浅く突かれて、
焦れったい快感に苛まれてる。
ふと、

やっぱり…兄さんて…マジメに優しくしてくれると…すごく巧いなぁ…。

と思ったら、ちょっと嫉妬した。
自分にだけ…いつも意地が悪すぎる。とか。
他所ではどうしてるんだろうとか…

こんなひとに愛される女性は…
きっと世界一幸せになれるんだろうな…
可愛い子供を産んで、歳とって死ぬまで幸せに暮らすんだろうな…
とか。

そう思ったら、
ズキンと胸が痛んだ。

どうせこの世では結婚もできないし…
来世までも約束してしまったから…
未来永劫できそうにないし…

でも、いいけど…
それでも…自分は…
永遠に…
兄さんの大事なひとの、三番目、四番目でも…

「おい、なんか今、余計なこと考えてんじゃねえのか」
「……そう…かも…」
「ケッコンだのコドモだの…そんなもんもカタチだろ…一種の…」
「…そう…かな…」

「殉…多分オレは…幸せにはしねえよ…人並みに、おめえのほかに家族なんて作っても…」

だって正しい家族の作り方が、わからねえ。

一応、できる範囲の努力はすると思うが、
無理だろう
結果的には。

「それに…真実、他人じゃねえのは、おめえだけだ。永遠に…」

だって、おまえ…息子だって、半分は違う人間のDNA入ってんだぜ?
だけどオレたちは、まったく同じだ…。
まるで同じ卵子の中に、
コピーみたいな精子が二つ入っちまって、
偶然、二人に割れた。

「だからよ、魂が…ほんとうに一つに戻れる場所は…オレにとっては、お前だけなんだよ…殉…」

最期まで…
この世でも…
あの世でも…
来世でも…

…未来永劫…


これは、
狂った感情だろうか?

…かもしれない。
でも、

「ありが…とう…」

涙が、
零れた。

殉の瞳から、

光みたいに、

一筋。

「お前は永遠に、特別なんだよ。…他のどんな存在とも、比べようもねえ…しいて言えば…永遠の0番目だ、最初から最後まで…お前だけの永久欠番だ」

だから幸せだと、
思った。
これでいいと、
思えた。
たぶん…心から…


ああ、なんだか…夢みたいだ…
夢の通りだ…
でもそれ以上で…
これは夢の続きだ…

だから…これで…もう…想い遺すこともないほど…

殉は、生まれて初めて…
自分とは違う傷のない、
綺麗な背中を抱いてみた、
思いっきり。

中に、受け入れたまま、
足を絡めてみた。
全身で抱きつくみたいに。

ずっと…そうしたかった通りに。

たぶん…
自分の生まれた運命から、助かりたかった。

暗い場所で、優秀な道具みたいに生きるのではなく、

やさしい場所に生きたかった。

ずっと…

それが…
こんな処だったなんて…

「なに笑ってやがんだ」

なんだか可笑しい。
だって多分…ほんとに遠い過去には…
こんなふうに抱き合っていたはずだから…
自分たちが、この世に生まれた瞬間には…。
二人の、この世の始まりには…。

深く抱き合うほど…
やっぱり…
同じ匂いと感触がする。
とてつもなく似ていて、非なるもの。

でも優しい関係だと、思った。

やってることは、
生命として、間違ってるのに。

息遣いまで絡まって、
溶け合う気がする…。

兄の鼓動が、
とても優しく聞こえる。

この心音が、やっぱり好きだな…

遠い昔に、一緒に聴いてたように。
お互いに。

「アレな、一緒にイくのって結構ムズカシイし、ふつう無理って、よくいうけどよ…」
「…ぁ…は、…はい…」
「オレたちは…とくに問題ねえと思うぜ?」

だって双子だし。
身体の組成が同じだし
性感も好みもタイミングも
同じだし……
…昔、一つの存在だったんだから…

「は…い…。は…ぁ…ア…、ア…」

だんだん激しくなる動きが、
気持ちいい。
でも高揚するより、安らいでる気すらする。

どっちだろう…
どっちもかな…

殉は、ますますきつく、
抱きしめてる。
しがみつくみたいに。

同じように息を弾ませた兄が、
笑った。

「おめえもオレにばっかり、とやかく言ってやがるが…多分、オレと同じことするぜ?家族なんてオレの他に作ろうとしたら…」
「そう…かな…」
「多分な、不幸にすると思う…」

……そうかも…

だって…ホントに愛してるの…
兄さんだけだし…わたしは…

「アッ、あっ、ア、…あッ」

可愛い悲鳴を上げて、
殉がのけぞる。
それに合わせるように、
順も一緒に動きを重ねる。

あァこいつもうイくな…

カラダでわかったら、
剣崎は、ちょっと寂しくなった。

ずっと永遠に、こうしていたい。
つながったまま、一つに戻っていたい。
できれば未来永劫、このままで…。

そんなの無理だけど。
できるなら…永遠に…

「あッ…あァっ」

殉がぎゅっとしがみついて、

震えた。

達けた、

二人で、
ホントに同時に。

「な?…簡単だろ?」

「ん。…もう一度…して…にいさん…」

息を弾ませながら、

殉が言った。

「いいぜ?今夜ずっとでも」

順がやっぱり、同じ息を弾ませながら、
そう言って、笑った。

とても慈しんだ、

静かな、

優しい顔で。





◇to be continued◇