7月4日、当日、

誰にも教えてなかったのに。
河井と、スコルピオンとヘルガから、誕生日プレゼントが届いた。
ペアグッズだった…どっちも。

………。

スコルピオンとヘルガのは…
ホワイトゴールドで、Jの文字デザインしたリング。しかも内側に両方JUNって彫ってあって…片方はグリーンの石、もう片方はブルーの石がはめてある。…サファイアと…エメラルド?
黒のリングケースに二つそろって並んでて…
…ちょっ…マジ高そう。いいのか、こんなんタダでもらって…
そして河井のは…ネックレスだった…。パズルピースになっていて…2つ合わせると、
LOVE FOREVER とか浮き出るやつ…マジかよ?!

いくら双子でも、大学生でラブペア?!どっちも?!

殉は、すっかりそわそわしちまって赤面してるくせに…お揃いでつけたくって仕方ねえみてえだった。が、あえてオレが無視した。いやヤバいだろこれは……いやそういう奴いるけどオレ聴いたことあるし別な大学で。

そいつらも双子で、小学校から大学までずっと一緒で、クラブもゼミも全部一緒で、
一緒に登校してきて一緒に帰ってて……いくら仲良し兄弟でもアレは無ぇわ絶対ぇデキてるって周り中の噂んなってて…

て?!…オレらももしかして言われてんのか??…知らねえところで…??

言われてっかも…すでに…

いや…そういえば…河井にはバレてたような…。
だってアイツ、少なくとも殉がオレにそういう感情持ってんの知ってるよな。
…なんか…リズム?!
殉の心音とか言葉のトーンとか息遣いとか…オレのこと話すときの。それで、すぐわかったって。

……よくわかんねえ…。

でも、それなら…
オレのポーカーフェイスだって全部、見抜かれてんじゃねえのか…

ヘルガも気づいたっぽかった。
あいつも何かよくわからねえ…

診療データと過去歴調査とこれまでの言動を総合して予測しました、とか言いそう…。

やっぱバレてる?この見事なオーダーメイドのペアリング…
てかコレ、オレたちの左手薬指にぴったりじゃねえか…!?
じゃァ…殉と挙式ゴッコできるわけか…あ、それいいかも?……って何でアイツら、オレらのサイズ知ってんだよ?!…なんか怖ぇ…


…そんなだけど。

一部バレても…ま、何とかやってけそうなのかなァ?

…オレたち…今は…


オレは…本音は…最初から世間体なんて、犬に食わせとけ的な性格なンだけど…
これ相手、殉だしなァ…
コイツ、オレと違って…協調性あるし…せっかく皆の間に溶け込んで…普通に大学生やれてるのに…
…万一…立場悪くなったらマズイよなって…やっぱ気にするよな…兄的には…








「にいさん、ドイツパン買って、お買物券もらってきた」
「またか…」

……殉のやつ…あれ以来、すっかりドイツ食にハマりやがって。

なんか、旧ドイツ帝国の悲願が、
「陽の当たる場所へ」だった、ってのをヘルガたちに聴いて以来、余計にハマり込んでるっていう…何なんだよ一体…

…つかロッゲンフォルコンとかよっく食えるなァこんなクソ不味いモン…小麦だけの美味い白パン作れねえから、ライ麦100%パンなんか食うハメになったんじゃねえのかよ…北国だし田舎だし土地痩せてるし貧乏だし…だから陽の当たる世界を求めて、だろうが?つーか…
コレどう見ても馬の餌だろ。
フスマとワラを粉にして水で練り固めて焼いただけじゃねえのか。

オープンサンドで上にのってるホワイトペッパー入りスライスソーセージはともかく…
酸っぱすぎる山羊のチーズだの…ツルコケモモのジャムも微妙…

…アレ?

「…?ヤバいもんと微妙なもん合わせると結構、美味いな…
苦いパンが甘芳ばしくなるし…ぼそぼそがふわふわに感じる…
しかも歯ごたえすげえ気持ちいい…つまり向うのモンは向うの流儀で食えってか」

「だろ?奥が深いだろう?食文化とは?…ひとつではダメなものも、ふたつ合わせると、素晴らしい力を持った全く別なものに化ける、それを極めた奥義、これぞまさに究極の幸せ文化だな」

なにこの得意ヅラ…まさにドヤ顔…
こいつ…絶対オレが苦手ってわかって出してるよなコレ…

けど確かに
ライ麦100%の…この、どう考えても美味いとは言い難いブロートも、
コケモモジャムや向うのブルーチーズとはちみつ乗せたら、まァ食える。

てか美味いかも?

バターたっぷり塗ると匂い消えるし。そのままでも芳ばしいけど…レンジであっためるとふかふかもっちりに化けるし…

一つ一つは個性ありすぎてイマイチなのに、合体すると化けてスゴイ、…って、何かイイよなァ?愛あって。

…オレたちみてえ?って殉も、思ってンのかな…

上に乗っかってる…ケーゼレベレン、
は…直訳すると革命チーズ?…
…スコルピオンたちにも、合ってるかも?なんか大学改革のさらに改革したいらしいし…ラブ合体レベル高ぇしいつも…じゃあ…あいつらにも今度持ってってやるか…

つーか…殉の奴…
わざわざ下町まで出かけてって、ドイツパン専門の小さい店から買ってくんだけど…。
そこでいくらにつきか知らねえが…
1枚5円の、手書きコピーで作った小学生のお買物券みてえのもらって…集めてる…。
ダン券て書いてあるけど…やっぱダンケと掛けてんだよな…ドイツ人マイスターが作ってるらしいが…

日本語メニューも気のせいか日本語うっすらオカシイような…
ここのパンはヘルガが作るのと似てて、どれも美味い。

あとどっか別の店から買ってくる…チョコと洋酒と生クリーム入った黒いスポンジのさくらんぼケーキ…キルシュトルテ、
赤い蕗みてえなルバーブ入った甘酸っぱいケーゼクーヘン、てかチーズケーキ。プラム大量に乗っかったジューシーでやっぱり甘酸っぱいツヴェッチゲンクーヘン…

どれも美味いけど。

毎日毎日コレかよ!?このパラノイア的、偏食者が…!!
ハマるとマジでそればっかだよな、お前って!!

…たまには白米に味噌汁、作ってくれ…。
いやパンとスープでもいいが白い食パンでトーストとか、
あとおやつはケーキ以外で頼む…


「大規模スーパーや有名百貨店より、個人経営の、小さい工房や専門店、商店街の小売店で買うほうが、地域活性化とこの国のためだぞ、にいさん」

は?…いやお前…今度は…政治家にでもなるつもりか?
……仙人修行より現実的でいいけどよ…。

てか大学で、そういうゼミでも択ったのか?大変でもねえけど面倒くせえぞアレら全部、遊びみてえだが…夏休みに実習や合宿やってレポート書かされる…試験なしで単位出るが…オレは嫌いだった…。選択必修じゃなけりゃ絶対とらねえ。
つか主題科目、お前、座禅ゼミとったって言ってなかったか?

でも殉の奴、おかげで…
岡本太郎は回避して、渋谷からメトロで出かける術を身につけたらしい…。

やっぱ謎の地雷源の一つは岡本ゲイジュツだったな、
スコルピオンちにあった大量の絵には何も反応しなかったし…昼の渋谷駅も…井の頭線も地下鉄も…ドイツパン買いたい一心で懸命にクリアしたらしい…って…よくわかんねえけど…。河井に、怪しい呪文と魔法アイテムもらったらしいが…何かは未だに教えてくれねえ。………。

ま、ともかくだ、電車に一人で乗れた、ってのが最重要課題の、大進歩だったぜ。
よくやった、って褒めてやりてえ。抱きしめておめでとうでもいいぜ……満員電車はまだ無理だけど…
エスカレーターに足乗せるタイミングに悩むから全行程、階段のみって聴いた時にゃ、やや目眩したが…。
どうも…怖い…?…動く階段や廊下…ってヤツが……
オレと手つないでると乗れるのにな…?

まァいいや…なんか最近、元気だし。このまま、ずっと体調も良くなればいいよなァって。

「でもドイツのパンとお菓子とチーズとソーセージばっかり食べてたら太った」
「いいんだよ、おめえは少し太ったほうが。BMI値が危険水域だろうが」
「そうかな」
「そォだろ、計算しろ自分で」


七夕には、笹買ってこよう。
去年はクリスマスの飾りとか妙なもんごっそりぶら下げたあげく、短冊つけたが。
殉の、銀の短冊の裏、金のオレのと同じこと書いてあった。

また、来世も、にいさんと一緒に暮らせますように!

うん。来世もな。
予約しとく。兄弟で双子って。
あと恋人も。

…それ、でも、すごくなんだか…難儀なループだよな、よく考えたら。
兄弟で双子で恋人って。
最初から、えらい逆境じゃねえか。

ただ普通に生きてくだけでも大変だぜ?
…コレ貫くと社会的には…

「世界の誰も、祝ってくれねえぞ?…たとえ理解者いたとして、カミングアウトできねえし」
「いいんだ、自分たちで祝うから…って。にいさんが、昔、言った」

エ?
…そうだったかな…
…そう…だったかも…?…

だいたいオレのせいなのか…こういうの…

「けど、お前…結婚して子供作って普通に家庭もって…いわゆる普通の幸せってやつ?…可愛い女の子と新しいドキドキ恋愛とか…そういうの、全部、諦めて、大丈夫か?」
「うん。ぜんぜん興味ない。…にいさんとなら、いつでもしたいけど…」

歪みねぇ…いや歪んでんのか…まっすぐに…

「世間体とかは?」
「どっちでもいい、わたしは。それより、にいさんが…いつか…そうしたくなったら、どうしようって…いつも…不安だ」
「なんで?」
「もし、そうなっても、わたしは…あなたを、止めきれないし…それでも絶対に…あなたを…諦めきれないから。きっとまた…狂うほど苦しいだろうなって…」

…おいおい……切ねぇ顔して、なに言ってくれちゃってんだ、お前…ただの、オレ得すぎだろ、それ…

「…じゃァ諦めなきゃあいいじゃねえか。見事オレを止めて、奪い返してみろよ?」

……いいのか?

って顔を、殉がした。
かなり意外そうな、ドキドキした表情で。

いいに決まってんだろ。誰の人生だよ。お前と、オレのだろ?

「……でも、…できなかったら?…」

そこは何とかしろよ、おめえが。
てぇか、おめえもたまには、兄さんとは絶対に離れない!とか暴れて逆上してみろ。女連れてきたら、別れてくれ!って錯乱して泣きつけ。
感激するから。オレが。
わりとカンタンだと思うぜ?お前が、オレを落とすの。
そンでな、お前はな、もう少し、オレを信用しろ。

まァいいけど…。

祝福は、自分たちですらァ。
他人の目なんて、まァテキトーに流しといて。
だいたい、なんで他人がオレらの幸せ基準あれこれ言えるんだよ、僭越じゃねえか。
冗談じゃねえぜ、他人にてめえの人生どころか、幸せ、指図されて決められるなんて。
オレは許せねえ、そんなの。いつだって。

覚悟しとけよ?殉。おめえが女なんか連れ込みやがったら、…もちろん男も、オレはタダじゃおかねえからな。絶対ぇ別れさせる。どんな手段使っても。…オレから逃げねえように、そのカラダに教え込んでやる。

なァンてな。酷ぇ兄。いやでも本気だぜ?、オレ…
何もかも、かなぐり捨てても…周り中を不幸にしてでも…オレは…たぶん…今度こそ…

……やっぱり…オレの素…こっちだよな…
…本音、これだったぜ…オレ。

悪ィ、殉。オレ、ホントにのめり込んだモンにゃ見境ねえし。だからおめえに見境ねえし。極力、お前の幸せ優先で考えるけど…いやまァ、お前第一だけど。……いや、やっぱ自信ねえわ。
オレ、お前がオレのモノだと思ってる。
誰にも渡さねえ。
お前を、女にも、他の男にも、やらねえよ。やりたくねえから。

お前が…いつか、…オレ以外の誰かを…好きになっても…

それで…オレがどんな地獄に堕ちても…お前すら不幸にしても…
オレは…お前を、放さねえ。…今度は…
お前を不幸にしたら、オレもそうなるのに。だったら一緒に不幸を択ぶ…
幸せも不幸も、ずっと一緒がいい…
これは…だから…悪魔の所業だ。それでもいい。

だってそうしか…できねえから…今のオレは…

ホントに欲しいモン以外は、何も要らねえんだよ、オレは…本当は…

だから、きっと…

お前は、それでもオレを、…赦してくれるだろうか?
誰に許されなくとも、神に赦されなくとも、オレは…お前に赦されたい…




具体的な将来は…
実はあんまり心配してねェオレ自身は…

なんか力ありゃあ食っていけるだろうし…それなりに。

LGBTだって、
日本の小中学校の教師とかなら今はまだ大変だが…
予備校の講師や大学の教員なら結構どーでもいいって感じだし。
本人の力さえありゃあたいした差別にもならねえ。

そのうちもっと変わるかも?
政府高官がカミングアウトしてる国もあるし、首相で同性婚した奴もいるし。巨大グローバル企業の経営者でもいるし。色々だな。
今度、渋谷じゃパートナー証明だしてくれるらしいし。
ドイツなんてうっかり兄妹でも結婚デキそうじゃねえか?まァ懲役刑廃止するかもしれねえってだけだろうが…
スウェーデンは…片親違えば兄妹もアリか…

それでも…

オレたちにゃ依然、関係ねえけど。
どうせ永遠に許可されることはねえんだろうから…

人間世界では。

たぶんあらゆる動物界でも。

でもいちお、最初から家族でいけるってのァ…ありがてえよな唯一…。
オレの弟ですって言っときゃたいがい通るし、一緒にゃいられる…。
オレたちの場合ちっと面倒で…法的には戸籍も姓も違うけど…。
むしろ万一の場合、実親にも殉の養父母にもオレらの居場所バレねえようにするのが大変…

逆境…かァ…?…

でもそれ、運命の部分も多いんだが…
すごく本質的で…
どうしても、そうしたくて。
そうしねえと生きてられなくて…やってんだよなァ…。

たぶん…オレらの親たちだって…何かどうしても抗えねえモンあったんだろうし…自分の中に…

どうしても、そうなっちまうような…

こういうのって、
自分じゃ変更できねえ何か特殊な運命みてえな…
…選択して努力してそうなってるよりも…
生まれたときから決まっちまってるみてえな…
そういうの、感じる…

オレはオレの意志だけで生きてるって…思いてえけど…
自分でも止められねえ何か、ってカンジだもんな…実際は…
やっぱ運命?

「それにしては、あなたとの間には、環境と女性のトラップが、毎回入る」

お買物エコバッグから、買ってきたモン取り出して並べながら、やっぱり憮然とした殉が言ってる。
おめえはな、やっぱりだな、そこ、気にしすぎ。敏感すぎ。
…疲れるだろ、おめえのほうが。毎度毎度、疑ってると。少し忘れろ、その感覚。

親に引き離されて、生き別れるのは……まァ仕方ねえが…それ、オレらのせいじゃねえし…

「前世も今生も、毎回ってのは、どうしてだろう?」
「……じゃあそれな、きっと何かの試練だろ?神的なブツに試されてんだよオレたち、お互いに」
「そうかな」
「そうだ」

ってことにしとけ。
…たぶん正しいような気ィすんだけど…直観で…

つか、たいがい皆、そうだ。
何のトラップも無え人生なんてありえねえ。
みんな何かと闘ってる。

いつか、どこかで、闘わざるを得ないわけで。
それがどんな相手でも。どんな事象でも。

そんとき、勝てりゃあいいかって、オレは。
殉、守って、今は。

でも…どうにも闘えねえような相手の場合、どうすんだろう…。

たとえば時間とか…命の長さとか…そういう…。
死に方すらも、ひとは、自分じゃあ選べねえ。
自殺でもすんなら別だけど。

国や世界にだって…巻き込まれて、知らねえうちに操られて…
たとえそれに気付いたとして、大勢の集合体である世界を、オレ一人で変えることは、できねえし…
歴史の流れも、戦争だって…多分、止められねえ…ホントにそうなっちまう時には…
最愛の者すら、守りきれるか、わかんねえ…無理かもしれねえ…

たまに、そう、考える。

どうにもならねえことって、世の中たくさんあるし。
安全な先進国のガキの時分だけだろ、もしも、てめえが全能気分でいられるとしたら?
神かよ、お前っていう…そういう…お気楽な…。本人気楽とは思わねえだろうが、そん時は…
まァオレも殉も、幸か不幸か、そんな時期さえ、ほとんど無かったけど…

オレは…まァそういうトコ、ちょっとはあるけどよ、今も…
おまえ関連のこと以外は…


「にいさん…」
「ん〜?」
「はい」


パンと一緒にホールケーキ買ってきた殉が、専用スライサーで綺麗に切って、皿に乗っけて、片手で差し出してる。自分はデザートフォーク咥えたまま…

「オレの分か?」
「ん」

要らねえよもう…

って…言えねえ…。
〜〜〜。だって殉、すっげえ楽しそうだし…嬉しそうだし…

なにオレここまで弟に遠慮してんだ?!
………まァ美味いけどな、なんか家庭的な味で。お母さんの焼くケーキみてえなってオレらのお母さんケーキ焼かねえ奴だったから知らねえけど。殉なんて顔も憶えてねえし。
……こんな遠慮は…弟限定だしなァ?、
誰にも遠慮しねえオレが何でだよ…って思うけど。

「…甘い…」

「そうか?そんなに甘くない。にいさんが言った通りだった。ドイツのケーキ、ぜんぜん甘くない」
「………いやオレがお前に」
「エ?…どこが?」

「……なんでもねえ」
「ん。甘くなくて美味しい」

自分は箱抱えて残ったホールごと一番大きいスプーンで、ばっくり食べてる。
デザートフォークは上に載ってるダークチェリーとかチョコとか別にして食うためか…。
たしかに太ったよな。
抱いてるとふっくらするからすぐわかる。
そんくれえのほうが…実は抱き心地いいけど…

……一緒に…ジョギングさせるか朝。
脂肪より、筋肉をつけさせるべきだよな、もう少し。
健康のためにも…

ベッドに座ってるオレの足元に、ペタンと座って、箱ごとホールケーキ食ってる奴に、

「おい、明朝から、5時起床な」

言ってみた。

「にいさんと一緒だな。このへん走るのか?」
「駒場の周り、3周以上」
「わかった」

うっわ…素直…。
なんでこれがすぐアリなんだコイツ…。

って時々思うけど。
嫌だって言うときは何が何でも嫌なくせに。
ダメだつってもやりてえことは絶対やるしな。

……つまりオレと走るのは好きだし、大丈夫ってことか?…この場合…






翌朝、

ホントにちゃんと、走る格好で玄関に出てきた。オレより先に。
黒いノースリーブシャツに、黒いランニング用のショートパンツで。
…顔の傷も体の傷も丸出しで…

「いいのか、お前…そんな恰好で」
「朝だから。歩いてる人少ないし。このへん、草木いっぱいあって坂だらけで住宅街だけど山みたいだし」

……そうか…その条件か…。
でも…

「お前、その姿、一番似合ってるかもな…?」
「そうかな」

首かしげてたけど。
でもなんだか…やけに落ち着くみてえだった…本人も。

「にいさんも合ってると思う。白い上下で短いの」

オレはいつもこんなだけど?
…走るときは。
やっぱノースリーブで。ショートで。
…ん?…お揃いだよなコレもいちお…色違いで…。

白と黒。

双子で色違いのお揃いって…ガキみてえ?
いっか。オレたち、そういうの無かったから生まれてからずっと…
わりと新鮮で、かなり嬉しい。

ま、両親ちゃんといて、色違いのお揃いとか親に強制されてガキの頃からずっと一緒に育ってたら…むしろ嫌だとか暴れそうだけど?そういうの、なったことねえから。よくわかんねえや。

それにオレたち、ただの双子じゃなくて
…恋人だし?

やっぱり…着けるか……あのペアリングとペアネックレス。……殉、きっと喜ぶ…
着けてくれ、って、オレには絶対、言わねえくせに…





走った。

初めて一緒に…並んで。

うわァ、速ぇコイツ…

風みてえ…。

やっぱ元々はスペック超高えよな運動能力も。
…でも…

ホントはあちこち切られたせいで…
神経もってかれてて…少し動き鈍いとか…手足曲がりにくいのとか…微妙にあるの…知ってる…
それでも……オレが置いてかれそうだぜ…。

ホントは…
もっと…コイツは…凄かったんだろうなって…マトモに育ってりゃな…って…それを…少しだけ残念に思う…


…てか何で一緒に走らなかったんだろうな、今まで…?

「にいさんが誘わなかったから」
「オレがァ?!」

なんだよ、オレは…お前の身体に障ると思って。
すぐ熱出すし…倒れるし…傷見られるの嫌だとか言うし……カッターで何度も切られたところ…すんなり巧く曲がらねえのも知ってるから…神経、一緒に切られてて…麻痺、残っちまったんだよな…多分…少しだけど…だから…お前が嫌なんだと…

「視られるのが嫌なんじゃない。健康な人間が明るく遊興する場所が、ちょっと…苦手なだけだ。そこで全身、傷だらけだと周囲から浮くから…困るだけだ…こんなにいっぱい深くて大きな傷あると…気持ち悪いって内心、引かれるだろうし……皆の楽しい気分に水差すみたいで…」

あァそうかよ?お前のそういうとこ、オレにゃよくわかんねえけど?他人がどんだけ退こうが怖がろうが気持ち悪かろうが…、だったら気にしなきゃいいじゃねえか、おめえが…
つか、チョットじゃねえだろ嫌いっぷり。ほぼ生理的に全身が全拒否じゃねえか。

「それに…あなたが…嫌なんじゃないかと…、同じクラスの人に見られたりするのが…困るとか…」
「オレが?お前といるのが?なんで?」
「…あまり…人前にこの姿で出るのは…普通じゃないし…。あなたとは…兄弟だけど兄弟じゃなかったし…わたしは…学生でもなかったし…表に出れない人間で…だから…」

普通に…見えねえから?…その傷だらけの体が?顔にもアレ的なでっかい傷あるし?戸籍も違うから?売りとかやってたから?…よくわかんねえけど。

「バカ言ってんじゃねえよ。オレをナメんな」

そんな理由で、オレがおめえを弟って、人に言えねえとか、今まであったかよ?

お前の二次試験のときだって昼飯一緒に食って、帰りは、お前を抱っこして農学部の前から三丁目の駅に向かって本郷通り歩いたじゃねえか。アレ噂になってっからな。同じ大学の双子のお兄さんが付き添って来たあげく倒れた弟、抱っこしてタクシー呼んで連れ帰ったって。
そのうえ春から週2ペースでソレやってて…毎回、お兄さん、本郷から走ってくるって…
おまけに、お前、成績イイから。目立ちまくってんだよ最初から…
ってかそのせいか…?…もしかして…入学早々あの変な軍団ついてくんのも…?

「でも冬は…傷あんまり見えないし…顔もお互いわからなかったし…受験生ほかにいっぱいいたし…今もいっぱいいるし…人数多いからまぎれるし…」

「いや混んでる中で姫抱っこは余計、目立つ。双子で同じ理科生ってのも目立つ。顔そっくりで姓が違うとかソレも目立つ。いつも一緒にいるから余計に目立ってる。わりとミステリアスな感じになってるぜ?オレら…」

「だって、…にいさんが…全部、同じとこ受けろって…なるべく一緒にいられる時は一緒にいろって…」
「だろ?オレがやってんだろ?じゃあいいじゃねえか」

今も毎朝、教室まで送ってるし。付き添える限りは付き添ってるし。ぶっ倒れるたびに迎えに行ってるし、本郷から駒場まで。で?何だって?オレの何が困るって?

ほんっとお前ってよくわかんねえ。オレの苦労を何だと思ってやがんだコイツ…。

オレがバレて気にすンのはな、ぶっちゃけオレがおめえにセックスしてるとか、そういうことだけだ。お前がマズイだろって…せっかく世間にもなんとなく…いい感じでまぎれてんのに…

「お前が、オレを、理解してねえ。つまり、そういうことだな」
「そんなこと…」
「あんだろ?」
「……そうかな」
「そうだろ」

いんだよ、お前は。そうやってオレの隣、走ってりゃ。黙って並んでろ。ずっと…
ずっと…並んで走ってろ…

「あ…セミだ…」

じーって今、声がした。
もうすぐ、夏がくる…
この季節にゃ珍しいほど、すっきり綺麗に晴れた空に、夏の雲が浮かんでた。
積乱雲。
積み重なった一番上が…

「見ろよ、お前がいつも買ってくるパンと同じ形じゃねえか」
「あ…ドッベルだ。双子パンだ…」

ヴァイツェンミッシュの、カイザーのドッペル。
って…なんだそれ?スコルピオンに言われたから?
と思ったけど。

殉が、カタチが双子パンだって。

少しだけライ麦入りの、2個の同じ形した小麦色パンが、横並びに、くっついてんだけど。
しかもその2個、切り離して食うのかと思ったら…
離ればなれにしたら可哀想だって。

律儀に2個つなげたまま上下に切れ目入れて
毎回お弁当に2個つながったサンドイッチ作ってる。

妙な奴。
どうせ腹に入れたら一緒だろ?つったら、
それでもいいんだって。

……まったく…どこまでも、こだわって…お前こそ、二人一緒にいることに…
なのに…言えずに…そうしたいって…ホントはオレと同じくらいワガママなくせに…一番肝心なことは…何も言えなくて…
アレ?…オレも…そうか…?…一番、やりてぇこと…オレ…殉には…いつも…遠慮して、我慢して…できずに…今も…昔も…
でもオレ…今度は…今生こそは、…必ず…


…?

…?!

「にいさん…」

突然、
殉が、
立ち止まった。

「どした、また何か怖いもんでも見たか?」
「…すまない、ちょっと…休む…。にいさんは、先、行ってて…いいから…」

道路に…急に、片膝と片手ついて、胸、押さえてる…。顔色が変だ…唇も紫で…

「殉…?!…おまえ、まさか、また…」

そのまま…ガクンと前のめりに倒れた。

「殉!?」

とっさに、両手で支えた。
でも…
意識…無え。

「殉っ、…おい殉っ…!?」

呼んだけど、反応しなかった。

…脈が、止まってる…

ぞっとした。
畜生、落ち着けオレ、慌てんじゃねえって…自分叱咤して、必死に自分に言い聞かせて……棒みてえにぶら下がってる細い手首押さえて、脈とった。

…やっぱり止まってる。急いで抱き上げて道端に寝かせて。もう一度、青白い手首押さえた……自分の手が…震えてるのが、わかる。

…どうしよう…オレ…
…いや?落ち着け、
止まってねえ……1分間に、1〜2回は…ある…

生命活動、全部止まってるみてえに見えるけど……大丈夫…絶対に大丈夫だ…
そう、呪文みてえに心で唱えた。
でも…動かねえ…
もうダメなんじゃねえかって…思ったとき、

瞳が、開いた。

「…あ…寝てた…かも…?…今…」

思わず、上半身、覆うみてえに抱きすくめた。
よく戻ってきたな、って…。

「…どうしたんだ?…にいさん…」
「いやそれオレのセリフだから」
「?…急に…吐き気して…目の前が暗くなって…力抜けた…。でも…いつものだ…と思う」
「…そうだな…いつものだな、…立てるか?」
「…もう少し…」
「わかった、無理すんな」

腕に抱いたまま、しばらく一緒にオレも道端にしゃがんでた。
顔、白磁みてえに白ぇ…唇も…
いつもだなァ…って。
冷たい頬、長い髪ごと、ぎゅっと抱いて、薄い背中、そっと撫でた。

「すまない…いつも…あなたの…足手まといで…」

声が、少しぼんやりしてる。
視線も虚ろで…
どこ見てるのかわかんねえ…

「いいから、黙ってろ」

しばらくそうしてたら、

「…もう…大丈夫…だから…」

耳元で聴こえた声が、今度は少ししっかりしてたから、
背中支えたまま、ゆっくり立たせてやった。

意識失ってたの…たった数分…。
でも長え。
…このまま二度と目覚めないんじゃねえかって…いつも、その度に…オレは…

「ほんとに…足手まといだな…これじゃ…」

ちょっと寂しそうに、殉が言った。

「先、行ってて良かったのに…」
「おまえは…あのまま置いていかれたほうが、良かったのか?」
「…あなたの邪魔だと…思われたくない…」
「でも、可哀想なんだろ?」
「…なにが?」
「双子パンも、離れちまったら…」

おまえが可哀想だろ…オレに道端に放置されて…死にかけてるのに…

「心配すんな。オレもここにいる、隣に」
「…いいの…か?…」

バカだな、おまえ。
よく考えろ。
オレが可哀想だろ…
おまえ以上にオレが…
おまえをこんな所で死なせたら…オレ独り、ここで置いてかれたら…

「オレは、オレのやりてえようにやってるだけだ」
「にいさん…」
「なんだよ…なにも泣くことねえだろ」
「うん…」

嬉しかったから。
って言った。
小さな声で。

「当たり前だ。バカじゃねえのかおまえ…倒れたお前ほっとく選択肢が、むしろありえねえ。救急車呼ぶかと思ったぜ。こっちの心臓が止まりそうなんだよ、いつもいつも脅かしやがって。オレが先に死んだらおめえのせいだからな100%死因、心労だぜ」
「……にいさん…すまない。…でも…ありがとう…」

なんか…コイツいっつも泣いてるな…このパターンで…
って…なんとなくふっと思った。

さっき倒れた殉を抱き起したとき、
…すごく昔も、こんなことあった気がして…

こいつの服が…オーバーラップして…何か…見えた気がした…既視感みてえに…

…そんときも…
やっぱりコイツが死んだらどうしようって…
オレは…ものすごく焦ってて…心臓ドキドキして…
殉は逆に冷静で、こっちがパニクってて…

そういうの…コイツも時々あるみてえなんだが…
オレにもコイツにも、正確には、よくわかんねえ…

入学式んときも、
病室から、武道館に一緒に連れて行ったら。
階段とこの入口まできて突然、殉の足が止まっちまって。
黙ってずっと俯いてるから、
具合でも悪いのかと思ったけど、

「オレは一昨年の春、独りで来たのに。お前は付き添い人がいて、いいよなァおい?」
「……うん」
「なんだよ、嬉しくねえのか」
「うん」

俯いた頬から、
滴が落ちた。

不意に、
ぽろぽろ…ぽろぽろ…
あとからあとから…

エ…?!
入学式で…
感激のあまり涙?!!
マジで??

「違う…」

殉が、首を横に振った。

「なんだか…わからない…ただ…すごく…悲しい…胸が、痛い…痛くて…苦しい…」
「悲しい?痛い?…なんでだ?大丈夫か?苦しいって…具合悪いって意味か?このまま病室、戻るか?」
「にいさん…」
「どうした?!」
「もう…じゃあな、って……言わないで欲しい…」
「ああ?…なに言ってんだお前…オレがいつそんなこと…」
「さよならって…言わないで欲しい…もう…二度と…別れるって…言わないで欲しい」
「言ってねえよ、いつ言った」
「ずっと…ずっと…昔…」

ってお前…

これから入学式始まる日本武道館の前で、

双子の兄貴に抱きついて泣いてる奴とか他にいねえから。

目立つんだけど。
すっげえ恥ずかしいんだけど。

意味わかんねえし。
ってオレ、いちお新入生の家族で、
付き添いの保護者だけど。

「バカ離れろっ、泣くんじゃねえ」て、言いたかったのに。
なんでかオレまで一緒に泣きてえみてえな気がしちまって…

不思議だった…

なんでだろうな。
昔、なんかあったのかもな…
ここで…
どうしても、泣きたくなることが…

仕方ねえから…

肩抱いて、ずっと泣かしといた。
式の間もずっと…

…恥ずかしかったけど…。

「大丈夫だ、もう離れたりしねえから」

そう言っといて。
背中支えて、
重なるみてえにくっついて、

今も、
早朝の駒場の道端に、一緒に立ってる。

「あなたの…トレーニングの…邪魔になる…のに…?」
「ならねえよ。この程度で鈍るほど、寝とぼけた鍛え方してねえから」

いいぜ?
ぜんぜん、かまわねえ。
走れなかったら歩けばいいし。
歩けなかったら止まればいいさ。

オレはもう何も急いじゃいねえ…

「…手、つなぐか」
「……うん」

片手で胸押さえて下向いたまま、
もう片方の手、伸ばしてきた。

「よし」

それ、掴んで。
しばらく立ち止まったまま、
屈んで頭低くさせて、背中さすってから。

ゆっくり歩いた。
時々止まって道端に座ったりしながら。

でも、手つないだまま、
並んで。

「迷惑…かけてるな…やっぱり…また…」
「かけられてえよ、オレはもっと、ずっと。できれば一生」
「一緒に…走れなくて…すまない…」
「歩いてるだろ?一緒に」
「にいさん…」
「ん?」
「…やっぱり…嬉しかった…置き去りにされなくて…。…ありがとう…」
「どういたしまして?ついでにまた姫抱っこして帰ってやるか?構わねえぜ?オレは」
「大丈夫だ」
「そっか。じゃ、散歩な。今日は」
「うん」

ま、いいよな、朝焼けの中、散歩も。
独りで走ってるより、ずっといい…

コイツがもっと普通に元気だったらなァ…
って思うけど。
…ホントは普通に育ってりゃ…あんなことさえなけりゃ…元々はすごく丈夫で長生きで…二人の未来も時間もいっぱいあったんじゃねえのか
…って…思ったけど…

いいや。べつに…
高望みはしねえ…


「なんだ、散歩か?きみたちも…」


……ドイツ人に遭遇した。

右手でドーベルマン2頭のリード握ってるスコルピオンが、
左手に、
東京都の燃えるごみ袋を持って歩いてた。

やっぱ浴衣で。
しかも今度は紺地の紬に、やたらカラフルな…鉾?
…いや違ぇ…スカイツリーいっぱい描いてある…レインボーカラーで…
土産物屋で買ったのか?
…謎センス満点だな、いつもながら…そこに巻いてる帯がドイツ軍旗マークて…

「じつは犬はわたしの係でな。今朝のゴミだしは、わたしが当番だ」
「係と当番制かよ…意外だぜ」
「最初に家事育児仕事すべて折半ということにしてある。理想的だろう?」
「……意外すぎて言葉がねえよ。てめえの仕事以外、全部ヘルガに押し付け丸投げだと思ってた。いわゆる亭主関白…」
「まさか。我々は平等主義だ。それに、ここだけの話だが…あれでな、怒らすとかなりやっかいだぞ、ヘルガは……。ちなみに熱帯系の爬虫類、魚類、鳥類は、ヘルガの係だが…浴室と水槽の掃除は、わたしもやっている」
「………」

犬が2匹とも、下向いてる殉のとこ行って鼻面近づけたが、すぐにキュウンと悲しそうに鳴いた。

「……どうした?弟ジュンの具合が悪そうだが…」
「あとでヘルガんとこ行かせる。急に走らせたオレが悪ィんだがって言っといてくれ。たぶん…血圧下がったんだと思う…急に」
「そうだな、そうしたまえ。ヘルガにはわたしから伝えておこう」

又道で別れた。

……今度からルート変えよう…。
いやでも今朝は会えてラッキーか?

「今日、どっか時間あんだろ?昼休みでもいいから…ヘルガんとこ行ってこい」
「うん。でもにいさん…」
「ん?」
「スコルピオンの前でも手、…つないだままだった…」

あ……。………。

「慌てんな。……どうせ手遅れだ…いまさら…」

ドッペルの雲も、相変わらずくっついたまま、ゆっくり移動してる…。
オレたちみてえに…

「にいさん…もう…楽になったから…また…走れる…」
「ほんとか?無理すんなよ」
「ああ」
「じゃ、ゆっくりな。お前、さっき飛ばしすぎだろ」
「ん」

顔、上げた。

あ、ほんとだ。顔色、良くなってる。
唇も元に戻ってる。
ペース落として、また走った。

オレは…いつもの半分程度?3分の1か…

でも、いいよな…こんなんでずっと走れたら…

走ったり止まったり歩いたり…
でもずっと隣に並んでて…

「わりと…理想だったよなァ…」
「こういうの?」
「ああ。山みてえな住宅街走るのもいいぜ?一緒に」
「海とか、にぎやかな街だけ好きなのかと思ってた」
「でもねえぜ?オレは。それもいいが…どこでもいんだよ、結局…並んでられるなら」

「じゃあ、わたしと一緒だな」
「そっか…そうだな」

お互い誤解も多いんだけど…。
最終的に、

行きつく先が一緒だよなァ…やっぱ。
双子だもんなオレたち。
夏の朝焼けって…
時々、血みどろみてえでぞっとしたりドキっとすんだけど…。

今朝はちょっとだけ綺麗に見える…





「大丈夫だったか?」

夕方、本郷で逢った。
オレのほうも終わってすぐ、
研究棟の向うにある病院に迎えに行って。

ベージュっぽい長い廊下の前に立ってる殉の、
隣に立った。

結局あれから、昼、一度殉はヘルガんとこ行って。

ヘルガから病院に電話してもらって。
なんか紹介状、どっかで作ってもらったの入手してきて。

それ持った殉が、午後にココ来たって。
殉からメールきて。

オレのほうが終わったら、って、
二人で待ち合わせ。
病院の裏口で。

こういうとき…
近いっていいよなァ便利で。

医学部に隣接してる付属病院とかナイス。
工学部が、すぐ斜め向かいの群れで良かったぜ。

大学ってアホみてえに広いからなァ…
むしろ門くぐってからが長え…
うっかりすると一駅分歩くとかフツー…


「にいさん!」
「殉…どうだったよ?」
「…いつもの低血圧発作だった。スコルピオンとヘルガどのにチョコもらった。食べたら治るって」
「それ血圧より血糖値上がるモンじゃねえか。つーかガキじゃあるまいし毎度毎度、何かもらってくんじゃねえ…って。コレすげえ高えやつだぜ」
「高いのか?にいさんが持ってったのより?」
「専門店とデパートで売る贈答用…としては一番高え類じゃねえか?ドイツブランドでは。ブレーメンの老舗だし、飛行機のファーストクラスでも使ってるし」

白い箱と黒い箱に、赤のロゴマーク。
綺麗なプラリネの写真。カップチョコ?
シャンパンとコニャックの良い香りがする…

「なら、わらしべ長者だな!」
「安いモンと高えモン交換して得したってか?値段的にはどっちもトップブランドだが…こっちのが何かカカオが高級ってウワサだ。店の歴史、倍以上だし」

オレは…同じメーカーなら、低価格帯のマラカイボ好きだけど、しかも一番シンプルなクラシックの。2.5ユーロもありゃあ買える板チョコ。でも美味いよなァ…
シャンゼリゼ通りのオープンカフェで食うプラリネより甘さと苦みのバランスが超好み…トリュフならリンツもいいし、プラリネもトリュフも、やっぱローエンシュタイン好きだし、やっぱりドイツ語圏内だろチョコは。ゴディバはモノのわりに高すぎだぜ不味くねえけど…て……アレ?そんなん食ったことあったっけオレ?……いつか、…あったのかも?超昔。
…あ、マラカイボも入ってた…紙バッグの底に…え?ローエンシュタインもあんじゃねえかよ…しかも50周年記念バージョンチョコセット…おいおい…どんだけ自国メーカー好きなんだよあいつら…いくつくれる気だ…

「じゃあ、この辺り散歩しながら、一緒に食べよう!木とか草とか大きな池とかあるし、鳥も魚も一杯いるし!」
「鳥と魚もカンケーあんのかよ?」
「ん。野鳥、好きだが?…あと川魚も…」
「何?趣味、バードウォッチャー?!…ついでに川釣りもしてえのか?」
「釣りはしない。自由に泳いでるの見るのが好きだから」
「あァ…ピラニア好きだもんな、お前…」
「うん。兄さん、飼ってくれないけど。元気な魚が好きだ」
「……野鳥もダメだからな。あっちはマジ禁止だから」
「わかってる。見るだけ。見るだけだから」

ガキみてえなツラしやがって…
綺麗な瞳、キラキラさせて…やっぱ光みてえ…

「…ったく…さんざんオレに心配かけやがって。…お気楽な奴だな…おめえは」

ま、いいけど。
これも楽しいってか。

こういうのも、幸せだよな?オレたち。
すごく一緒に生きてるって感じでよ?

ドキドキも込みだよなァ…
てか、あるからいいんだろうなァ…?
たぶん。

バカみてえに疑ったり、しょうもない嫉妬して、
でもそれ以上に、ほっとしたり愛しく想ったり、

死ぬほど心配して、不安になったり。
でもその分、うんと安心したり…

そのたびに、だから、
幸せ、実感する。
二人で。
すっげえ一緒に生きてるって感じする…

「うん、そうだな」

殉が、隣で頷いた。

「だよなァ?」

隣にあった手、つないだ。

いいのか?
って顔を殉はしたけど。
オレが思った通り、
黙って握り返してきた。

だって、なんかそんな気分だし?お互いに。

こんなトコで手つないでたら、…知り合いに見られるかもわかんねえけど…

いいや。

だって

青々とした木々に囲まれて…自然いっぱいで、生き物いっぱいで…
初夏の風が、夕涼みには気持よくて…

散歩日和。

キス、しちまった。
唇に。
殉、赤くなってたけど。
嬉しそうだった。
とても…

だから

今日も明日も…できるなら…

ずっと隣で…
二人一緒に…

−side-by-side−

生きてる、すごい実感。
幸せ、とっても無限大。

−Stay by my side forever−

願わくば、ずっとずっと…
そばにいて

たくさんたくさん大好きだから。
誰よりも、何よりも、


な?殉?

って笑ったら、

はい、兄さん。

って
今日の穏やかな水面の光みてえな、うんと綺麗な瞳が、
小鳥のさえずりと一緒に、

オレに向かって微笑んだ。


バイ・マイ・サイド、
イン・マイ・ライフ、


これが
オレたちの、

生きた証。

ドキドキで
時々、不安で怖くて、切なくも悲しくもなるけれど、

その分うんとハッピーな

誰に誇るわけでもない
どんな勲章もついてない、どこにでも、ありきたりな
でも何より大切で、輝いていた

だいじなだいじな、

オレたちの、小さな
日常風景






◇Fin.◇