旅行の荷物まとめるために、

一旦、

スコルピオンとヘルガの家から、自分らのマンションに戻った。

どうせ徒歩30分以内、
大学はさんで反対側、まじ、ご近所。

エントランスのメールボックス覗いたら、
一通だけ、重そうな白い封筒が入ってた。
ちょうど…オレらが出かけた日着か。間の悪い。


「エ?!…石松くんが…?」

先に中見た殉が、驚いてる。
オレもビックリした。

石からの、結婚式の案内状だった…。

あいつ…まだ学生のくせに…なんつー生意気な。就職もしてねえのにどうやって家族養う気だ…?
ア…女の世話になる気か?…年上だもんな向うも…

「彼は、…もう結婚するのか?…早いな。…どんな女性と?」
「たぶん…竜の姉貴だぜ。なんか…石の一目惚れでな。運命のヒトにハート撃ち抜かれたの、オレの天使だ女神だ天女サマだって…舞い上がりやがって。てめえのほうが身長もねえくせに」
「いつ知り合ったんだ」
「つい最近だろ?それが…最初は短足を理由にフラれっぱなしだったんだが…高嶺の姉だけに高嶺の花だとか喚いててよ。…それでも毎日せっせとプレゼント運んでデート誘って…」

トドメはケンカからきし弱えくせに、夜、危ねえ野郎どもに囲まれたとき、果敢に立ち向かいボコボコにされて…それでも全身全霊であなたを守ります、ってその態度に感激して心打たれたらしいんだ、高嶺の姉が。この男なら、絶対に自分だけを視てくれて、必ず最後まで自分を幸せにしてくれる、って。

「それでハットトリック大逆転ゴール」
「石松くんは、喧嘩が弱いのか…」
「おめえ…恋愛の話じゃなくて…聞きてえのそっちかよ」
「ん?いや、とっても強そうに見えたから…」

殉が、妙な顔で首かしげた。

「そりゃ…まァ実はオレも…最初はそう思ってたんだが…。これが威勢のわりに、とんでもなく弱えんだよ。ガタイねえからかなァ?…何だろうな、オレの勘が外れるなんて。
けど何系のハーフか何か知らねえが、ダチいるんだぜ?身長2メートル以上の、すっげえでっかくて、地元の不良にも恐怖の的っつーおっかねえ野郎。
そいつが親友、兼、手下になってるって…おかしな状態なんだがな…。それで昔からギャングみてえなガキどもにも顔が利くっていう…。そのデカブツがやたら石に惚れ込んでてよ…仕え尽くしてやがる…なんでも命の恩人なんだとよ?、石が、そいつの」
「……そう…だったのか」

「まァあいつ、気は良い野郎だし?漢気あって。オレよりゃあ当然、顔も頭のデキもカナリ悪ィが、まァ認めてやってもいいレベル…」
「……にいさんがそこまで他人を褒めるのは、珍しいな」
「ま、オレの数少ねえダチだしな」
「でもケンカ弱いのは…意外だった。わたしも…そういうの、外したことなかったから…」

殉が、やっぱり首かしげてる。

「けど、おかげで、大好きな理想の嫁ゲットして、幸せなこった。ケンカ弱くて神様ありがとうだろ」
「そうだな。なんだか…幸せそうだ、この二人、とっても…」

同封されてた気の早いツーショット画像に、殉が微笑んでる。

こういうのって挙式した後、披露宴とかの記念写真で送ってくるもんじゃねえのか?なんで招待状に印刷してあんだよ…しかも文章は、ヘッタクソな、ひらがなばっかの字で、殴り書きみてえな手書きだし。おまけに二人でペアのタータンチェックのシャツ着て、
同時てへぺろって…お前ら…ガキのデート写真か!?卒業記念の写真よりひでえ…非常識すぎ…

って…アレ?

「コレ…ホントに結婚式の案内なのか?」
「違うのか?」
「よく見ろ、殉。文章フリーダムすぎルール全無視ってのァアイツだから仕方ねえとして……ちかぢかオレたちケッコンするカモしれないので?……おい、かも、って付いてるぞ」
「…そうだな…。じゃあカモなんだろう」
「何だカモって…婚約したってことか?」

「…とりあえずよていあけといてちょ!……て??…オイ何語だ?!予定と近々くれえ漢字で書きやがれ…てか全体に全部オカシイだろ。形式、自由すぎンだろ。ただの友人へのお知らせだぜ、こんなもんメールにでもすりゃあ…」
「でも返信用の出欠ハガキが入ってる。切手の代わりに…絵が描いてあるが…石松くんが、あかんべーしてる絵?」
「ホントだ……って…何だこれ…??!」

なんちゃって婚約パーティ??!

今日エイプリルフールじゃねえよな…全然イミわかんねえ……何、開催してえんだ…
要するにアレか…とにかく家族、親戚、友人集めた婚約記念の食事会がしたい…ってコトか??
いや待て…これからやくしょにいってくる、ケンザキうらやましいだろ?でもきくちゃんは、やんねえからな、いくらあしながくともおまえのまけだ、…って書いてあるぜ…

何の挑発行為?!

「…とりあえず籍は先に入れとく…でも学生だから…挙式や披露宴は卒業してからってことで…代わりに今は、カジュアルな食事会だけやる…って意味か…??」

てか、日付も場所も書いてねえし!コイツら本気でオレを呼ぶ気あんのかよ?!

「なんちゃってパーティだから…エアなんじゃないか?」
「いや何だよ婚約や結婚でエアって…」
「じゃあ最近よくあるオリジナルウェディングってやつだろう」
「コレはさすがに無ぇだろ、…相手の親や親戚や職場のこともあるし…てかこの紙が一番謎だろ、報告でも招待状でもねえ、ただの写真入りお手紙、しかもオレに対する当てつけに満ち満ちてるだろ」

「そうか?」
「そうしか見えねえ」
「…あ、でも、…一番下に、小さく書いてある。会場案内図と日付みたいの」
「どこに?」
「ほら、ここ」
「何だ……この迷路みてえな線?!日付?数字かコレ?!」
「じゃあ…やっぱり、にいさん専用でエアなんだろう。この招待状。だってわたしのは…普通に、友人へのお知らせになってる」

あ……?

「もう一通あったのかよ!…宛名連名ってそういう意味か!おめえのマトモじゃねえか、そっち先に見せやがれ」
「だってコレ、わたし宛だし…ってちょっと!!」
「これも漢字ほとんどねえ手紙か……ごじつあらためてせいしきなあんないじょうおくるぜ、きてくれるよな、…あと、なんでもいいからあいさつしてくれよ、たのむぜ、……だァ?」

要するに…これがオレの美人妻だぜ!って先に見せびらかしたかっただけか。入籍したの自慢してえだけかよ。…切手代かけてまで…嫌味言いてえだけか……真剣に考えたオレがバカだった…

引っかかりやがったな、剣崎、ばーか、ざまあみやがれ。とかホザいてるアイツの嬉しそうなツラが、返信切手代わりの落書きみてえな下手クソあかんべー図と重なって超ムカつく…。めくれた下まぶたと、べろんと伸びた舌の絵が、憎ったらしいったらありゃしねえ。

ったく何考えてやがんだ…それとも単純に楽しく騒ぎてえだけか?…これがシアワセのおすそ分けってやつ?
二人で背中合わせに見返り、てへぺろって……このハイテンションお祭り男女が。……いやマジで楽しそうなんだけど…幸せ一杯な感じだけど…綺麗に対でシンクロしてやがるし…

けど…ジョークってより…意図的な悪意、感じるぜ…なんかオレ個人に対する…チクチク針のムシロみてえな…訳もなくブラックジョークに近ぇ…

「つまり…お先に!ってことだろう?あなたよりも幸せになりました報告だろう?にいさんは石松くんの親友なんだから」
「要らねえ…こんなトゲのある友情。おめえのほうが普通に友達になってる、スピーチも頼まれてるし。ダチだと思ったのオレの錯覚だった。勝手にしやがれ。ったく…最高の大好き料理が、おにぎり、なんて方言丸出しのがさつな田舎女にトチ狂いやがって。あいつの眼にゃ超絶美人の超都会的らしいが…浮かれすぎなンだよ調子に乗りすぎ…」
「おにぎり?」
「おめえは、またそっちか!」
「どんなおにぎりかと」
「海苔も巻かねえ、色もつかねえ、ただの塩握りにカツオブシぶっこんであるやつ。しかも山みてえに大量に盛りつけてくる。大勢で食えって」
「大家族っぽく家庭的…石松くん家そうだから、石松くんの母上と弟妹君たちが喜ぶな…真っ白い、おかか握りか?」
「そう、白くて三角の、それに、たくあん付って…おめえ、そういうの好きかよ?…好きそうだな、精進料理みてえだもんな」
「うん…でも白米より麦ごはんのほうがいい」
「……竜の大好物らしいが?」
「高嶺くんが好きなのか…じゃあ美味しいおにぎりなら、いいな」

…オイシイ?…かァ?…そういや…食ったことあったっけオレ?なンか今、一瞬デジャヴ…石松の歯形やヨダレごと食ったような…いやいやソレじゃただの石との間接キッス…てぇか…ブスとか田舎臭ぇとか…前にもさんざん暴言吐いてたような……いやそれより……妙に…ヒザとか腹痛ぇ…靴のかかとでゲシゲシ蹴られたような……

「今度、わたしが作ってやろうか?そのおにぎり?」
「やめてくれ殉。変なトラウマ発動しそうだから。いやマジで」

……なんっかなァ…実ンところ…あの女見てると…どうも…気まずいんだよなァ……
どうも向うもそうみてえなんだが……前にも遇ったこと…あったっけ…?……
……強いて言やあ反射的にジャンピング土下座、強要される、超強力な精神波攻撃受けてる感じ…何かオカシイだろ…それ…

「にいさんの元カノって…この女性なのか?」
「違え。ニューヨーカーで、もっと都会的な女だアメリカ人とのハーフで、気位高え典型的な理系のインテリ女。…てか会ったこともあんまりねえし、竜の姉とは。たしか山口にいたんだよ、最近まで母親と一緒にどっかの寮みてえな所に…
で、時々こっちに弟の…竜児の様子、見に来てたんだろ?まァわかるが…心配だろ高校生の可愛い弟一人、離れて暮らしてるんじゃ…。オレだっておめえのことずいぶん気にしてたから、気持ちわかるぜ?」

ふうん?
って、ボストンバッグに二人分の着替えたたんで詰めながら、
やっぱり殉は腑に落ちない顔で、首かしげた。

なんだよ?殉、おめえまで…

つーかオレがおめえを気にしてたトコに、もっと反応しろよ!だいたい、おめえは、オレがおめえを見てるとき、ぜんっぜんオレのこと見てねえよな?いつも?!何か違うモンばっか気にしやがって…

「それより殉」
「はい?」
「元カノって…お前どっからそんな単語憶えてくんだ?…とくに大学入ってから最近おかしな言葉憶えすぎだろ、スイーツ男子とか?!」
「おかしい?…そうかな…じゃあ主に…ナポレオンどのだな…」
「ナポレオンだァ?」
「…たぶん?」

「あいつ…ひとの弟に…何教えてくれてんだ…アレスのチューターじゃねえのか?英論の書き方じゃなくて何習ってんだよおめえは。てかあの男、フランス人のくせに、何でそんな変な日本語知ってんだ」
「彼は、色事のたしなみやら文芸の話題やらがお好きなんだ。それで、いつも、そんな話になる」

「スイーツ男子と文芸、関係ねえだろ、てかイロゴトて…何気に爆弾発言かましてんじゃねえよ、おい、何しゃべってんだお前ら」
「ええと…恋バナ?とか恋コーデ?だったかな…主に、恋愛スタイルに関する話だ」
「は?!あいつとは、そういう話すんのかよ、お前?!…ヤメロ、てか、つきあうな、授業以外で。だいたいイキナリ、オレと間違えて声かけてくるような奴と、何で個人的なつきあいに発展してんだ」
「彼がいつも遊びに来る。ご自分のおられる国際学生宿舎や研究室から。昼休みとか空きコマに。…それで一緒に学食とか、行ってる」
「はァ?!なんでだよ。暇なのかあいつ?!院生だろ?!本郷の」

「うん。暇らしい。なんでも人より早く仕事が終わるらしくて」
「なんの優秀自慢だソレ!オレだっておめえに会いになんて、簡単に行けねえのに…」
「ナポレオンどのは、日本文化に興味のあるフランス人だから?…ええと…日本の少女マンガのコスプレ?をしたいのだとか…」
「…なんっの話だソレ…てか色事と文芸って、恋バナとマンガかよ!?なんでお前がそんな野郎のそんな低レベルな話につきあってんだ」
「いや元々は、兄さんに興味があると言っていた。でも会えなかったから、わたしでいいと」
「何っっだその代用品みてえなフザケた理由!!失礼にもほどがあんだろ、とっとと断れ、おめえは」

「でも付き合ってみたら、わたしでもいいと…」
「…あンの野郎…双子の二股がけみてえな言い草で……何オレの弟に、ちょっかい出してくれてんだ…完全にフザケやがって」

「いやだから…彼はホントは兄さんが好きなんだと思う。…昔から知ってると言っていたし…」
「おめえはソレでいいのかよ!…てかオレ、知らねえし…どっかで遇ったとして…忘れ…」

…あ。…もしかして、アイツか…?今の今まで、すっかり忘れてたが…全然それどころじゃなかったし…

「国際奨学金制度みてえのあんだよ。カネ返さなくていいやつ。もちろん成績優秀者に限るが…海外の金持ちクラブみてえな…なんかそういう連中が慈善事業でやってンの。
その懇親会みてえのに行ったとき…たしか…オッサンだらけの世界に一人だけガキ混じってるから目立ってて…つか、 そいつ、もらうほうじゃなく、あげるほうでよ。

フランスじゃえれぇ古ィ超名門貴族で、元王族だったらしくて?今も大金持ちで…城みてえな豪邸に住んでやがるらしいが…
似たような年齢のガキのくせに…こんな奴からオレ、学費や生活費もらうのかよ?!って……超ムカついた憶えが…」
「それは屈辱だろうな、兄さん的に…」
「当たり前だろ。だから、もらってねえし。別の給付型奨学金にしたし。国内の。
奴が、日本語も英語もネイティブ並みで、優秀なのは認める。英語二列でマンツーマンで指導してもらってるのもわかる。が、それ以上は認めねえ。
おめえもマジメに付き合ってんじゃねえよ、あのフレンチバカと。てか何だその頭悪い週刊誌みてえな話題。どういう展開になってんだ、お前らの会話スキル」

「うーん?…いつも彼の持ってくる…雑誌だなファッション誌みたいのとか…。あと日本旅行や日本の風景や食べ物の話題が載ってるガイドブックとか…緑色の本で…」

「ミシュランか?あいつフランス人だから自国のタイヤ屋が好きなんだろ。てか完全に遊びてえだけじゃねえか。何が文芸だよ」
「うん。今度、二人っきりで一緒に旅行に行こう、と誘われた。どうしても行ってみたい所があるらしくて…」
「……おい…何言ってんだ。それこそ、どういう意味だよ?」
「さあ?でも薔薇のお風呂とかに入って、彼が、とってもエレガントで、すごくキモチイイコトしてくれるって」

……は?

………。

「ダメ。オレは絶対に許可しねえ。おめえもそのつもりでいろ。オレ以外の奴とは、そういうコトしねえって約束したろ?」
「そうだったか?…嘘つくな、と…危ないとこ行く前に言えって話じゃ…ナポレオンどのは、にいさんも知っての通り、たいへん由緒正しい家柄の方で…」
「由緒正しいだァ?!古参の略奪者のまちがいだろ!王族なんてな、どの時点でやらかしたかが違うってェだけの似たような連中だぜ。初期は山賊、海賊の類だ、古今東西どこの王家も強奪、侵略の頭って意味だぜ、よく憶えとけ」
「でも…ちょっとその場所、わたしも…行ってみたいんだが…」
「な?」
「…写真を見せてもらったんだが、それが…富士と五重塔のある…」
「おい殉、冗談じゃねえぞ」

「エ…何、怒ってるんだ?…声が…怖い…」

ちょっとびっくりして、殉が、オレを見てる。
なにコイツ…天然?!…
おめえは、オレに、女のことでネチネチねちねち難癖つけやがるくせに!!
てめえの事は棚上げかよ?!

「おい正直に言え。おめえ、本音のとこでオレとアイツ、どっちが好きなんだ?」
「にいさん」
「オレとあいつ、どっちの言うこと聞くんだ」
「にいさん」
「よし、じゃあダメなもんはダメだ」

「…でもこの間も、兄さんが良いと言ったら行くと答えといたが…」
「それでいい。…いいから、アイツとあんまり付き合うな。できれば遇わせたくもねえ。あと変なコトバ習ってくんじゃねえ、わかったな」
「…変?…そうか?元カノとか…皆、使っているだろう?それくらい」
「おめえが言うと異様。違和感すぎる。時代劇語のほうがまだマシだ」
「それは…、わたしに対する偏見だな…」

「オレの中のおまえ像が壊れるから禁止、なンかアイツのつけてる香水の匂いがつきそうだからダメ、いいな」
「すごい勝手な言い分なんだが…意味わからないし…。でも、にいさんのほうが、変だと思う…」
「何がだよ?」
「だって前…そんなことで…そんなに…怒らなかったのに…」
「そんなこと?」
「わたしが…誰と一緒にどこに行くとか…あなた以外と…何をするとか…」
「あァ?!……そりゃァ…おめえ…ここまできたら当然に決まってんだろ…むしろ、おめえがおかしいだろ」
「…そうなのか…?」

ふぅん?…。て顔を、またした後、やっぱり殉が、首かしげてる。

やっぱ天然?!
コイツ…意味、わかってんのか?わかってねえのか?それがわかんねえ…

恋愛の。あとセックスの。

「殉、おめえ…」
「はい?」
「オレとしてんの、キモチイイって言うよな、いつも」
「何を?」
「キスとかそっち系その他諸々」
「うん。…でも、にいさん、あんまりしてくれないだろう?…とくに最近」

それは…

「……だからってお前、オレがしなきゃ、今でも誰でもいいのかよ?」
「エ…うーん……よく…わからない」
「わかんねェだァ?!」

「いや、気持ちは嫌だけど。相手が巧ければ、問題なくイけるし。相手が嫌いでもカラダの相性が合うってのもあるし。それとは別に、強姦でも嫌でも、強制的に達かされることはある。だからキモチ悦くされたら、やっぱりキモチイイのかも?…と?…」
「………」

やっべェな、やっぱこいつ…
何でンなことさらっと述べてやがんだ…
しかもオレに…
しかも…自覚ゼロみてえなンだけど…

「じゃァ何か?オレが毎日、すればいいのか?」
「うん?…うん。だと嬉しいかも…。でも無理には…だって、にいさん、…最初からあまり乗り気じゃなかったろう?わたしとするの。どちらかというと…嫌がってなかったか?」
「嫌ってより…お前、オレの中ではカナリ衝撃的な方向転換で…」

でも頑張ったじゃねえか、オレ。お前のために。

「うん。だから嬉しい。今も。すごく気にしてくれるし、わたしのことを。わたしを一番にしてくれるし。だから…たぶん…安心した。だから…にいさんの嫌なことまで…無理に頼まなくともいいかと…」
「なんっだよソレ、おめえが油断ぶっこいてるだけじゃねえか、オレを独占出来たから、おめえは浮気してもいいってか?!」
「エ?!…浮気?!!にいさんが?!!相手、誰?!」
「いやオレじゃねえしっ!!」

なんっだコイツ…いきなり腰抜かしたツラしやがって…
目、まんまる…ぎょっとしすぎて固まってやがる。

アホか。そのまましばらく反省してろ。

けどオレ、たしかに…変わったよな…。
だって前、コイツが他の男に抱かれてんの、そこまで気にしてなかったのに。
今、絶対ぇ嫌だし。
誰にも触らせたくねえ。

てかオレが触りてえ。

でも、お前が…
大変じゃねえかって心配だったり…
今年ンなってから、ずっと体調も良くねえから遠慮して…
それに、
あんまり…前みてえに積極的にねだってこねえじゃねえか、おめえも…
だから…
要らねえのかなって…。

けど、嫌だからな、
もぅ絶対、

殉が、オレとやってる、あんなことやこんなこと他の男にされてんの…想像するだけでショック。キツすぎて無理。てかぶっちゃけ汚ねえ他人のなんて。生理的に気色悪ィ他人のアレがお前に突っ込まれるとか、体液で汚されるとか。許せねえ…吐き気する。殺意しか感じねえ。前、よくも殺らなかったよな、そいつら全員。我ながらすげえ自制心、てか自分が自分でよくわかんねえ…あの頃の…

オレが、してえんだよ、そういうコトは。
いや、オレ以外には認めねえ。
オレ以外の奴にやらせるなんて、論外…


「じゃあコレ、要るのか?」

殉が…神妙な顔で、四角いパッケージ、両手で拝むみてえに差し出してる。

…あ…コンドーム…とか…?

「わかった、…使う」

って言ったら、
良かった、それじゃ荷物にローションも入れとく、自分も準備しとく、って。
急に、ものすごく嬉しそうな顔になった。

なんだよ、やっぱしてえのかよ、おめえも…
じゃァ早めにそう言えよ!
ドコに配慮してんのか、おめえの基準が全然わかんねえ!
マト外しまくりだろ…

ん?それ…オレもかな…

…てか、たまに使わねえと危ねえ気がしてきた、マジで……
どこフラついてくか、わかんねえなとか。

「にいさん…でも浮気って…たとえば次は…どんな女の人が…」
「だから、してねえからオレは!おめえだろ、むしろ」
「わたしはしてない。全然。にいさんだけだから、最初から」

………そうか?

どうなってんだろうな、こいつの中??
オレの体は好きみてえだが…
まァ…他の誰より、ぴったり合うっていうか…気持イイっていうか…
てか何かソレもなァ…ちょっと…カラダだけの関係みてえで…

根本的に歪みまくってる気ィすっけど色々
いやオレもだけど…今となっては…

でも大丈夫かなァ?そんなんで、また具合悪くなられたら洒落になんねえ。
もっともヘルガたちの家から戻って以来、すっげえ元気だし…
やっぱ…たまにはこいつ喜ばしておかねえと…

オレもできれば抱きてえし。

…何でか知らねえけど。
…やっぱり…そういうことかなァ…?…

惚れてるっての?…こういうの……。

石に、…いつだったか…
剣崎お前は、本気で恋愛したことねえから、キモチわかんねえだろう、って言われた。
そうかもしれねえ、って、正直ちょっとだけ…思った。

恋、かァ…

殉とは…
互いに時々、相手のことが、全然わかんねえくせに。
漠然とカラダの距離だけ近すぎて、イマイチぴんとこねえ…今でも。
てめえでも変だと思うが…
セックスってより…何だろ…生まれる前に戻る感覚…?コイツとは絶対、独特。
不自然とおりこして、いっそ自然すぎる感じ。自然に気持ちよくて、安心するから、つながってたい。

…でも石は違うよな。向うは本来、異質なモンが一緒に混じる感じ…恋愛してドキドキして胸きゅんきゅんして…一日中、ぼーっと相手のことばっか考えてたり…そいつがいるだけで世界中がハッピーでバラ色に見えてきたり…何にでも優しくなれて許せる気がしたり…異常にわくわくスリリングだったり…

熱病みてえな想い…

ま、オレも殉のことよく考えてるけど…殉さえいれば幸せで、世界にも、ちっとは優しくなれそうだけど…

オレらは…元々同質のモンが、溶けて混ざって一つになる感覚…まるで元に戻るみてえな。
こんなの、コイツとだけだし…わかんねえよな、他人には…
オレにも、よくわかんねえし。
欲望と、根源に還るみてえな落ち着きが、同時にくるなんて…
なんつーかなァ…一度慣れると、ありえねえほど凹凸がピタっと合いすぎるってぇか…だからセックスも、つい、夢中になるほど気持ちいい…。のめり込むほど…

殉は…すごく兄さんのモノにされてる気がして安心する…兄さんに所有されてる感じが、気持ちよくてうっとりする…兄さんの一部になってる瞬間がキモチイイって、よく言うけど…

たしかに、キュンキュンどきどき、頭ぼーっとか無えなオレ…それより…もっと自然…
最初なんてえらい失敗ばっかしてたくせに…ぜんぜん恥ずかしくもなくて…変な見栄もなくて…ただ…女より何倍も…気持ち良かった…
…独りでシて、最初に精通したときの、あのクラクラする異常な気持ちよさに、すごく似てた…
その後、コイツ、悦くするのに一生懸命で、結構、緊張してたけど…

だいたい殉は、反射的にダメな部分以外、…オレが何しても…すごく喜ぶから…

コレ、何なんだろうな?
って、たまに、思うけど…

楽だから?女相手みてえに変に気ィ使わずに済むし、…
って最初は考えたけど…

でもオレは…

なんとなく…

…感じてる
どっかもっと古い記憶で…
太古の根源みてえな遠い記憶で…
こいつとは深く、つながってるって…

きっと、恋よりシンプル。
なのに、恋より、重い…

殉は…どうか、わかんねえけど。

オレには、殉が大事で。
何よりも、大事で。
たとえば、オレの…命や、野望や孤独より…

オレが、寂しいことより、
殉が、寂しいことのほうが、
一大事だ…

オレが、誰かに愛されたいと願うより、
オレが、殉を愛したい。

オレの夢だの野望だの、あったとして。
それよりこいつが、優先で。

やっぱり、コレ、本気の恋愛じゃねえのかな…オレの…

どうしても、お前だけが可愛くて…
どうしても、お前だけを見ていたい。
お前にも、オレだけ見ていて欲しい…

オレだけのお前にしておきたい。

そんな…
凝り固まった熱の塊。
情念、なんて執着すら超えた激しい欲望。

でも、同時に、

お前を、幸せにすれば…
オレも、幸せになれる…

お前が不幸になっちまえば、オレも不幸のまま…

たったそれだけの…単純な想いもあって…
それが…一番、重い…


なァ石松…

恋はドキドキ熱くなるけど
戦闘的で、危なっかしくて不安定だけど。

愛って、

たぶん…

生まれて初めて得られた優しさに飛びついて、
てめえ自身の飢えを満たすことでも、
戦利品や勲章みてえに、
誰かから、力づくで奪うもんでも、ねえんだって。

どうしてかな…

今、そんなふうに思うのは…


何の責任も果たせねえくせに、やっちまった色んなことを…

オレは…
おめえにも、詫びたい気がする…
……心の奥底から…



「祝電…打っとくか…。オレとお前の連名で。あと祝儀は現金書留で郵送して…」
「にいさんは、石松くんの、…式とか…行かないのか?」
「だっておめえも出ねえだろ?どうせ」

封筒の宛名には、殉の名前も並んでるけど…
顔にバッサリ傷ある奴が、こんな…めでたい晴れの祝賀、華やかな儀式には出られない。
皆の前で祝辞頼まれるなんて論外すぎて無理。って、絶対言うだろ。
それに…オレもなんだか…行きたくねえ。
今回は……どうしても…

「代わりに、ご祝儀はずんどこうぜ。あそこ、生活大変そうだからな。新婚早々、カネ要るだろ、色々と」

ウチも奨学金とバイトでやってるからカネ無えけど。
あいつらよりはマシ。
返済不要の奨学金、オレと殉とでかなりの額もらってるし、あちこちから。
だって成績優秀だし?将来の超エリートだし?どんな教育機関も福祉組織も、産業界だって、惜しみなく先行投資してくれらァ?
…なんつってな。ま、有り金かき集めれば何とかなるレベル…。

殉にはバイトさせられねえしなァ…
あ?でもZ会の採点くらいなら出来んだろ…家で…。
第二外国語が出来るようになりゃあ…翻訳の仕事も取れるかも?でもドイツ語かァ…?…文科や外大にもっと優秀な奴、大量にいるしなァ、だいたい親が外交官とか大使で、向うで暮らしてマシタ〜な奴が大勢…
英語でもいいけど…まだ無理だし…最先端の科学論文の翻訳とか…さすがに。いくら天才でも専門知識なさすぎ…せめて第三外国語でラテン語とか出来れば…何か特殊なバイトとか…

でも面倒だし専門に関係ねえし…
進振りで不利になるし多分…

つーかコイツ…

せっかくオレが、単位取りやすい講義や教官、教えてやったのに。
それ取らねえで、オレと同じのばっか選択しやがって…
オレは…難しいとかえって燃えるから、自分鍛えるためにも、わざとそうしてた、けど…
コイツにゃうんと楽させてやろうと思ったのに。

逆評定の鬼仏度でいきゃあ、大仏か神。
しかも学内の某秘密結社のじゃなくて。
オレが今年どう化けるかまで、ちゃんと予測して割り出した確実なやつ、教えてやったのに…

エ?…神?…うーん…それより…
大鬼?!なにそれカッコイイ!そっちがいい。
邪神?!凄い!絶対、その先生がいい!!

…って…全部、逆いきやがった…。

そもそも、

スコルピオンとヘルガが、邪神どころか大邪神で。
ヘルガにいたっては、試験平均点、わずか5点。
大半が0点、90点以上が一人か二人…って感じに分かれるやつで…宿題は大量に出るわ…誰がとるんだよ、あんな講義…学生、完全に生贄だろ大邪神の…温厚そうなツラしてエグすぎ、違う意味で教務にキラワレそうだぜっつー…

ま、オレはだから面白がってソレとって、おかげであの二人に、おおいに気に入られたわけだが?
でも殉も、喜んでたよな。
あいつ…「これで、兄さんと全部、同じの受けられる」って…

…アレ?…そういや…殉の、アノ取り巻き連中も…
同じクラスってことは…第二外国語がドイツ語で、スコルピオン選択…?!
まさか物理も…ヘルガとか??!

だったら…ただの無知か?無謀なのか?
…まさか…自信あんのか…?
ドイツ語は、そこしか空いてなかったとか?…だよな大半、他クラだろ余ってる講義そこしか無かったオチだろ…
けどヘルガは…どうせ量子論か相対論だろ…総合科目で選択だろ?…何で択ってんだよ、わざわざ…特攻志願して派手に爆死オチじゃねえか…捨ててんのか?その単位…
アポロンたちが取るのは、まァわかる。あいつらアホみてえにデキるから。けどアレらが?なんで?…

でも…もしも、それで頑張ってんなら…その根性だけは、買ってやってもいいか…
あのデキの悪そうなツラじゃあ、どんだけ不可くらうか知らねえけど。
今から留年確定じゃねえか?そんなんで落ちたとか?前の年も。

まァでも…そんじゃ、たとえ救いようのねえバカとして…
その気概に免じて…
殉の周りに居るっての、認めてやっても悪かァねえか…?


つーか英語二列Pも、まじ鬼畜だしな。
オリジナル実験、考えて、実行して、英語で論文書いてプレゼンて。
マスターかドクターのやることだぜ。
博士なら、それデキなきゃ話になんねえが。

高校卒業したばっかのガキにやらせるか?フツー。
だいたい意味わかんねえだろ、
何のためにやらされてるか、…
教官どもが、何を意図して期待して、やらせてるのか、とか…

まァ研究職、志望なら、後々、楽かもしんねえが…
どうせ院生になったら、やるんだし。
教養のうちは、もっと他の科目…世界史や哲学や経済、美術、文学なんかを…理科生にも、やらせとくべき…

ってスコルピオンも言ってたけど…オレもそう思うぜ。

殉は…面白がってたが。

このくらい誰でも簡単にできるものだと…ナポレオンどのが言っていた。
とかって。
あの野郎はフランス人で英語、母国語なみだし院生だし。出来なきゃ、かえって、やべえが。

ま、あんなモン誰にだって簡単に出来らァ…大変とか言ってる奴、雑魚だけだろ?って、オレも言ってたけど。……内心、びびってたマジで…

…まァ…そんなだから。
特殊でムズカシイ第三外国語、択ったって…
遊んでる時間、全部削れば充分いけるだろうが…

あの点数システムがなァ…
多くとっても必修じゃねえから、圧縮されるし点数…だったらいっそ失敗するとチャラになるならいいが…失点も加算されるからマジうぜえ…アレ何とかして欲しいぜ…でなきゃ興味本位で必修に関係ねえ授業、色々とってもいいんだが…効率悪ィんだよなァ…。

リスクばっか高すぎて…てか勉強にだけ命賭けてりゃいいんだろうが…
そうもいかねえし…
オレたち、一緒に遊ぶのとか…、すっげえ重要だし…

もう他人にゃ理解超えるほど重要…今のオレらにとちゃあ…

時間、

他の奴らより…限られてるんだから…
それこそ…運…だったのによ…

オレは…本当は…

才能なんかより…どんな力より…殉、お前とずっといられるほうが…

そっちの運が…欲しかった…

カネも家も親も力も、全部なくていいから…それが…欲しかった…

本当は、それだけで、よかったのに…
でも…言っても仕方ねえから…だから…


どいつもこいつも…欲しいモンが簡単に手に入りゃあ…苦労しねえぜ…

本人の自己責任と努力だけで、
何でも可能なら…
何でも必ず、手に入るなら…

そりゃァ…嬉しいよな…

もしも、そうなら、
そっちが…良かった…

オレだって……

今は…そう…思ってる…







◇to be continued◇