「あ〜…やっべェ…」

土曜の朝に、
ギラっギラしたジャングルで目覚める気分て…
どんなだよ…何だコレ…

最高なのかサイテーなのか…よくわかんねえ…

とりあえず汗だくで腰痛ェんだけど…。
朝から茹だるほど蒸し暑ィ…。

殉、大丈夫か?

って見たら…

「にいさん、かなりこの熱帯は精巧かつ安全に出来ている…これを造ったヘルガどのは凄いな!」

意外に元気だった。
早朝から色々ウォッチングしてた…。

超高ェ酒飲まして
蒸し風呂みてえな熱帯気候に寝かせとくの
アリなんじゃねえか?

とマジで思った。

案外…都会生活が身体に合わねえだけかも?

…とか。

明るいとこでよく見たら、
ハロゲンランプやLED駆使して
疑似的に太陽光線造ったり。

毒ガエルは毒抜いて、
媒介系の蚊や
猛毒のウィルスだの細菌だのは
繁殖しねえようにしてあったり。

下草に見えたのも人工だったり。
温度と湿度もコントロールされてて…
たしかにクリーンなジャングルだった…。
本物とは違う…。
でもホンモノの雰囲気、十分出てる。

「やはり彼は天才だな!」
「超天才なんだろ?IQ300だそうだし?」

こんな男、嫁にしてるスコルピオンもたいがいすげえと思うが。
てかどっちが嫁か知らねえけど。
案外、逆かな。

でもヘルガって…
神聖って意味の…
女の子の名前だよなァ?フツー

「にいさん!…こっちに牙生えた、ものすごく可愛い魚が沢山いる!…きっと鬼系の熱帯魚だ…」

あ?…牙?鬼?…ソレ…もしかして…

「ちょっ…バカッ!!触んじゃねえ!!なに腹すかした獰猛なピラニア集団、流血した指で餌付けしようとしてんだおめえは!!」

てか、なんでそこの小川みてえなとこだけマジで流れる生簀になってんだよ?!!

「おい、手、見せろ!!」
「エ?」
「なんで出血してんだ、噛まれたのか?!」
「いや自分で噛んだ」
「なんで?!」
「血の臭いさせたら、喰いつくかなと…」
「バカだろお前!?!」
「いや大丈夫だ、ちゃんと食われる前に逃げるから…」
「………」

指、オレが吸って、すぐに血、止めてやった。…血の味、生々しいぜ…って何でおめえは40センチのピラニア見ながら、そわそわしてんだ?!

「これはきっと形態からして、…熱帯に住む…鯛だな!」

タイ??寿司屋のネタか?高級魚のタイか??

「ちげえよっむしろパロメタとかじゃねえのか、そのでっけえ獰猛な形体!いいから手ぇ突っ込むなっびちびち言ってんじゃねえか!、おめえの指、食われるぞ。てめえの体、餌にしておびき寄せてんじゃねえよ。何考えてんだ…てか何だその、兄さんコレ飼いたいみたいな顔!!」
「でも…」
「でもじゃねえ」
「可愛いのに…」
「絶対ぇウチでは飼わねえからな凶暴ピラニアとか」
「ちゃんと世話するから…」
「ペットじゃねえんだよ、元々ああいうのは。アナコンダやタランチュラ飼いてえ奴らと一緒じゃねえか!」
「ヘルガどのは飼ってるのに?…可愛い熱帯魚なのに?」
「可愛くねえ、それにカネかかんだろ、熱帯系とか!エサどうすんだ、温度管理の水槽とか!!…つか、ここんちが色々、異常なんだよ、真似すんじゃねえ。他所は他所、ウチはウチだからな!」

やっぱヤバいんじゃねえかこのジャングル…実は毒グモとか毒ヘビとかワニとか…いるんじゃねえのか…てか殉がやべえな…アイツなんで危ねえもんばっか好きなんだよ…それでヘルガと意気投合してんじゃねえだろうな…ヘルガの可愛いペットってこんなのまで入ってんのかよ冗談じゃねえよ。

…つかどんだけ高度なガーデニングだ…人工小川にパロメタとか!?まだしも水槽に綺麗で小ぶりの大人しい系ピラニアならわかるが…
ただの趣味にしちゃ凝りすぎだろ…。造りこみすぎだろ…


殉が……何か…がっかりしてる……が。この際、どうでもいいな、そこは。まずは安全確認…
と思ってたら…

「グーテンモルゲン、ケンザキ兄弟、朝食の時間ですよ!ですが、その前にシャワールームへどうぞ?奥に併設してあります。着替えもね!」

鳥の声が流れてたスピーカーから、ウワサの当人の声が聞こえた。

「ああ、それから。ピラニアとオオハシとワニは本物ですから、気を付けて!」

うっわァ…やっぱ凝ってんなァ…どんな客のもてなし方だよ…微妙に方向まちがったロッジかペンションみてえ…。先に言えよ、その情報…!!
てかオオハシ本物だったのかよ…つかワニ??!…今、ワニいるつったよな…!!??

「あ…ほんとだ…シャワーこっちにある、にいさん…岩風呂みたいになってるぞ…」

おめえはすでに探検気分かよ…?!

「南国リゾートみたいなパジャマや部屋着も置いてある…シャンプーやローションもある…バスタオルもここにあった…あ、ワニも置いてある…クチバシが大きくて凄い色した鳥も…」
「ばか、ソレ置いてんじゃねえ!!触んじゃねえぞ!!すぐドア閉めて、こっち戻って来い!!早く!!!」
「でも…ココに来ないと、シャワー浴びれないが…?」




伊豆で、殉と一緒に入った…洞窟の岩風呂みてえなとこで、汗流した。

………ワニがゴッソゴッソたくっさん歩いてる隣で、こっちが鉄格子に入りながら…

何…このシュールな感じ…

鉄格子に…でっかいオオハシがとまってやがる…オレたちの頭上で…
この角度から見るって…動物園でも、なかなかねえよな…
と思ったけど…
すっげえ色の鉤クチバシ…
フツーの黄色やオレンジじゃなかった…なんか…
青緑みてえな…こんな色の奴いるのか…怖ぇんだけど…色々…
クチバシでっかくて鋭くギザギザしてて…噛みちぎられそう…てかそこだけ色が血みどろ色なんだけど?…何食ってんだコイツら…?
しかも…なんか…眼がやっぱ爬虫類だぜ…足、青いし…恐竜みてえだし…

オレは終始、落ち着かなかったが…
…殉は…

…えらい喜んでた…

可愛い可愛いって…カワイイ?!
ワニ?!…ワニか?!おめえはそっちか。言っとくがソレ、カイマンとかおとなしい系の奴じゃなくてクロコダイルだからな?!獰猛!!
オオハシもフサフサしてるって…赤い羽根飾りと黄色いエプロンつけてカッコイイ…って…いやしてねえよ…よく見ろ…エプロンかっこいいって意味わかんねえし…あと飾りじゃなくてアレ奴らのカラダの一部…



やっとシャワー終わって。
ワニの隙間に置いてあった、ウミガメとヤシの葉が描いてあるハワイアンな…

ウィングカラーのドレスシャツって…どういうセンスしてんだ?!、
っつーオフと超フォーマル入り混じった奇妙な上着を、
ワニの眼ぇ盗んで大急ぎで取って着て…

すっげえドッキリゲームみてえなんだけど…
下は普通に…と思ったら、
純白ブーツ?!
それにぴったりフィットな白のレギンス?!
…それ、オオハシの足元から取ってきてはくのかよ…?!!なんの罰ゲーム?!!

…やっぱ外国人だなアイツら…いやそういう問題か…ぜんぜん違うな。
…よくわかんねえことやりながら…よくわかんねえ恰好になった。

ベルトは革だが唐草模様の型押しで、
ドイツ国章の…翼広げた鷲打ち出した…金色のバックルがついてる。
どんだけ自国マーク好きなんだよアイツら…ものっすげえ国粋主義者みてえなんだけど?

ってのを…ドイツ国旗みてえな黒、赤、黄3色入り混じったカラフルなヘビ巻きついてる木から取ってくるって…朝からどんな障害物競技?!スリリングすぎだろ、全部、嫌すぎだろ!!

この家、怖ぇ…しかも面倒くせえ…!!!

「にいさん…この面妖な飾りが…よく…わからない…」
「あ?……」

ヘビちゃんと避けて簡単にベルト取ってきたくせに…、
その後、装着するところで悩んでる殉に、
異様に凝ったそれつけてやって、
立体的なバックルもはめてやった。

どっちかってえと面妖なの、おめえのほうだけどな!
ヘビやワニの頭、撫で撫でしてやるより、ベルトとバックルの形が意味不明で怖いとか…!?
手ぇばくっとワニやヘビやピラニアに喰われそうになって、反射で腕引っ込めながら、「おぉ〜凄いな!」って嬉しそうに感心してるとか?その後、そいつら軽く殴って叱りつけ大人しくさせてから、言うこと聞かせてるとか…!?ホントまじ何なんだお前!?


やっと…これで…

って…朝からどんだけカロリー消費させる気だよ朝食前に…
オレの毎朝10キロのロードワークより、10倍は変な方向で疲れるぜ…
精神的にフルマラソンよりキツイ…ハードすぎる…借物競争みてえなイベントも…このコスプレみてえな妙な格好も…


疲れぎみのまま
殉と一緒に2階のリビングキッチンに上がった。

ここまでが……遠かったぜ…


「やあ、おはよう。ドッペル・ジュン」

いや…何だよWジュンて?

いきなり、変な感じで略すんじゃねえ!
つかスコルピオンおめえは…

浴衣ァ!?
しかも京友禅の黒地に…
黄色い砂漠の砂嵐、真紅のサソリ。そこにドイツ国旗の三色帯て…
どんなセンスだ。しかも、

なんで日本の昔の親父みてえに食卓で新聞なんか広げてやがんだ。
でも独語。アルゲマイネだった…
思ったより穏当…もっと極右系の民族主義者かと……アレ?…でも何か今、一瞬、帯の模様にハーケンクロイツ混じってた??…いや気のせいだよな…本国じゃ公共の場でソレだしたら逮捕もんだし…普通に買えるわけも…

「スコルピオン、食事どきはたたんでください」
「ああ、うん」

…ソレもどっかで聞いたセリフだなァ…オイ…


朝、ヘルガが食卓に並べてくれたのは…

さっきまでのジャングルパークが嘘のような…
籠に盛りつけたライ麦、オーツ麦、大麦小麦の
様々な色合いのブローチェン…小型の…丸や四角や楕円のパン。

ぽってりした厚みに、濃いブルーの模様入った丸皿に盛った色んなチーズ、
白カビに胡桃入ったのやら…フルーティでほんのり甘酸っぱい山羊のクリームチーズやら…
それに薄く切った昨日の大きな丸いソーセージ、
まるでハムみてえな形した中に、赤いパプリカやグリーンペッパーや粒マスタード入ったアウフシュニット、…
水牛のヨーグルト、果物、ジャム、季節の白いアスパラ、
それにミルクたっぷりのコーヒーとココア。

殉がまた、
どうやって食べるんだ?
って顔でオレを見上げるから。

とりあえず挨拶して、
いちお、「ハードでスリリングなベッドルームありがとよ」っつー嫌味は一言述べてから、
もっとも…「気に入っていただけて、嬉しいですね」とか素でニッコリ返ってきたけど!
「キミたちなら、喜んでもらえると思っていたぞ」とか嬉しそうに言われたけど?!

食卓について…

丸い王冠みてえなカイザーの、
キャラウェイと、白黒ケシの実ちりばめたの2個、取って、
それぞれバーガーのバンズみてえにナイフで切って、間にバター塗って。
香りのいい赤いレタスに、外側が赤カビのブルーチーズと、薄く切ったパプリカソーセージはさんだの。それに
甘酸っぱいアプリコットと黒スグリのジャム、ぴりっとしたハチミツはさんだのを、
サンドイッチみてえに作ってやって、殉に渡した。

「ジュンは、カフェとハイセショコラーデどっちがいいですか?」
「コーヒーとホットココアどっちがいいってよ?」
「…じゃあココア…で」

ホテルの朝飯より豪華…
多分、この分じゃ午前10時の第2朝ごはんにまた何か出るし…
ホットプレートの昼飯はさんで、 午後4時のおやつにゃ、アイスカフェとか出てくるだろうし…
つってもこっちのアイスコーヒーじゃなくて
ホットコーヒーに生クリームとアイスたっぷりのやつ…。

でなきゃアイスショコラーデ?
それに季節のフルーツたっぷり載ったケーキに生クリームどっさりつけて…とか。

ものすげえカロリー消費させて高カロリー補給させるっつー
何か…無駄なんだか楽しいんだか…謎な生活……

…つーかオレらいつまでココいる気なんだ……??

「ヘルガ、わたしはカフェとマルメラーデ」
「はい、どうぞ?」
「ああ」

ミルクコーヒーに、
コレってもうわかってるらしいジャム何種類かはさんだ向うのロールパン…
カイザーゼンメルやシュリッペを、さっと皿に作って、渡してる。
流れるよう。
あうんの呼吸ってやつか?
…いや…案外テレパシーかも…普通に…

「コレ…何だろう…すごく甘酸っぱくて…美味しい…」

別の赤いジャムに、殉が、喜んでる…
珍しいなオイ……仙人食以外フツーの食べ物は、興味ねえと思ってた…

「それはザウアーキルシュ…日本語でいうと…ええと…何でしょう……スミミザクラ?」

…いやそっちのがわかりにくいぜ…

「ああ、酸実実桜?」

いや何で通じてんだよお前は…オレも知らねえのに…!

「にいさん、酸っぱくて小さいサクランボだ」
「つかドイツ語そうだろ。ザウアーキルシュ直訳すりゃあ酸っぱいサクランボだぜ」

ドイツ人のネーミングセンスって
マジ何だろうな
いつも思うが。わかりやすすぎていっそ謎。そのまんますぎ…



早朝の光が眩しい。

広いベランダ並べたみてえな大きな窓から見える緑は
眼を洗うほど鮮やかで。
吹き抜ける風が気持ちいい。

一番いい季節だもんなァ…

なんて思ってる隣で、
殉がやっぱり椅子の上で正座したまま
ココアも…
チューリップみてえな形した濃いブルーとグリーン基調の厚手のマグカップ両手で持って飲んでいて…
まるで自宅。
ってか実家?

…オレたちに、実家なんて無えのによ…。
平和だ
なんかなァ…
何、朝からこの和みっぷり。さっきのジャングル嘘みてえ…

まじ自宅化してんだけど…。
いいのかよって思ったが。
まァいっか。

どれも甘さ控えめなのに、
ミルクココアが、
なんだかとっても甘くて柔らかい。

…てか殉おまえ…
よくロングブーツはいたまま椅子の上に正座とか出来んな…
足痛くねえのか?
普通に座れ、他所ん家でくらい…

…って?…今、気付いたが…コイツもしかして…
授業中もこのスタイル?!
大学でも??やっぱ受験の時も??
……いや…考えるのよそう…そこまでオレが口出すのも…
…いやでもな…ちょっとな…兄としては…


10時になったら。
やっぱり、
ライ麦主体の大きなパン…ロッゲンミッシュブロートや
雑穀いっぱい入ったコーンブロートをスライスしたサンドイッチに、

バターはさんだ…でっけえソーセージの形そっくりパン…
ラウゲンスタンゲン出てきた。

くるみとシナモンとはちみつ入りのブロートには
山のブルーチーズ、それに、脂肪の代わりにゼラチンで固めたあっさり牛肉コンビーフ、綺麗でシャキッとした香りの良いハーブ…
カボチャやひまわりの種とフェンネルぎっしり入ったブロートにはハーブ入チーズとまた…ソーセージがはさまってる。ドイツ人てホント、加工食肉…ソーセージ好きだよなァ…そりゃWHOの発表にも超反応起こすわけだ?


アレ…?…でも…このソーセージ…
あれじゃねえのか?…赤いサラミみてえな恰好してるけど…

それに…隣の…ペーストみてえなやつとか…

「ブルートヴルストとレーバーヴルスト、それにザウマーゲンですけど?」
うわァ…やっぱ出た…
ドイツ人てマジこれ好きだよな…

てか豚、好きすぎ。
てか全体に大陸の奴らって騎馬系で肉好きすぎ…
ってか生肉食うし…生血使うし…さすがゲルマン人…

「でも豚の生肉、生の内臓は危険ですから。絶対に出しませんよ?医者として」
「…そうしてくれ」
「これは…なんですか?ヘルガどの」
「あなたの体にとても良いですから、どうぞ?」

うお?!…殉、おまえ…
それだけはやめとけって。
いや好きな奴は好きなんだけどもな…そういうの…

おめえはダメだと思…

「新鮮な…豚の血液と脂肪と豚の皮でつくったソーセージですけど?あと豚の臓物ペーストに、豚の胃袋詰め…」

口に入れちまってから、
「うっ」
って顔してる。

やっぱりな…

「美味しいですか?」
「………なにかこぅ…異国情緒……異文化の味が…する…ような…」
「栄養価、高いんですよ?ビタミンやミネラル豊富で、あなたの体に良いですから。どんどん召し上がれ」
「……ヘルガどのの…調合する薬と…思えば…食べれぬものなど…何も…」

目、白黒させて懸命に飲み込んでる。
一気飲みかよ気の毒に。
とりあえずオレは食わねえから。

「ケンザキもどうぞ?」
「いや、オレは遠慮しとくぜ。生血ソーセージとか日本人とは食文化が違…」

って何そのニッコリメガネ?
…怖ぇんだけど逆に…?
メガネきらっきらっ光ってんだけど?!

「はい…兄さん」
「…殉、おめえ…何でオレにまわしてくんだ…」
「だって…双子だから…一蓮托生がよいと…」

ちょ…何わくわく顔でこっち見てんだスコルピオン!?とヘルガ?!

「ケンザキ、我がドイツ国家のブロート、クーヘン、そしてシンケン、ヴルスト、ケーゼ技術は世界一だ。その創意工夫、厳密性、保存、すべてにおいて優れている。ぜひ、十分に堪能し、感想を聞かせて欲しい」

いや…何言ってんだ…スコルピオン…おめえ…
ケーゼって…チーズはとりあえずフランス、スイス、イタリアのが上だろ…
菓子もパンも…料理全般、南のほうが美味いし美的センス高ぇよフツーに!!
だいたい…いくらゲルマン系共通でダイスキだからってな、こんな気色悪ィもん、日本人に無理やり食わしてどうしようって…

「大丈夫ですよ、ケンザキ。新鮮な血液は、動物の体の中ではもっとも綺麗なんですよ?外界から完全に遮断されてますからね。消化器系は危ないですが。健康な血液と尿は、とても清潔なものです。医者としてオススメですね絶対」

いや知ってるけど、オレも…知識としては!!…
勧められたくねえよ!!豚の血ソーセージとか…豚の内臓ペーストとか…生理的に…!!!

…って…

「…アレ?…」

「どうですか?!」
「どうだ、Wジュン?!」

「…なんか…柔らかい…コクのある…トロっとしたサラミみたいだった…」
「ん、そうだな…コレ…生臭くも動物臭くもねえ…結構…美味いな」

「でしょう?」
「そう言うと思ったぞ、我がドイツ民族の誇る、芸術的な一品だ」

「……でも……できれば…聞きたくなかった気がする…中、何なのか…」
「…だよな…」
「…ヘルガどのの料理食べるときは…今度からドイツ語、予習してくる」
「…そうしろ」

デザートは水牛のモッツァレラに
はちみつたっぷり…。
普通に…美味かった…

スコルピオンとヘルガは…いちいち大満足してた…
オレと殉の反応に…


午後にはアイスカフェとアイスショコラーデ…
ヘルガお手製の赤スグリやブラックチェリーなんか果物どっさり乗せたトルテに、
アーモンドや色んなナッツと香辛料と木イチゴやツルコケモモ、黒スグリのジャムで焼いたリンツァートルテ出てきた。

ケーゼザーネトルテ…生クリームはさんだふわふわのチーズケーキも、
チョコ生地に甘酸っぱいアンズのせたアプリュコーゼクーヘンも。
…どれもバニラアイスと生クリームたっぷりで。

どのパンも両手で持って、
いつもは、ちまちま食ってるくせに…今朝は珍しくばっくりかじってた殉が、
アイスと生クリームもスプーン深く突っ込んで、
ばくっと一気に口に入れた。
ライ麦パンも、いちじくとクルミと黒白ゴマ、レーズン入ったやつや、
キャラウェイやアニスやフェンネルのシードついたのおかわりしてた。

……コイツ、好きなのか?こういうの…。
…ドイツ料理合うとか?

…そういや好きそう…。
だって麦飯好きな奴だから、
当然、ふかふか軽いだけの白パンより
噛めば噛むほど味の出る、硬めの、どっしりみっちり大麦ライ麦オーツ麦…全粒粉とか…好きだよな…。

酸味あっても無くとも平気そうってか、むしろあるのも好きだろコイツ。
木の実…種や果物、大好きなのに、
いっぱい入ってるし…
…生クリームも甘くねえし…。

じゃあ今度作ってみるか…一緒に…
一人じゃ無理だオレには、いくら殉のためでも…。いや待て…買ったほうが早ぇよな…。

ヘルガの焼いた、キャラウェイ入りのパンが、
芳ばしいミントみてえな香りで…とっても爽やか…。
黒ケシのパンは、黒ゴマをもっと香りよく芳ばしくした感じで…
ひまわり種入りのロッゲンミッシュ…ライ麦メインの小麦入りパンはホント芳ばしい甘みで、外カリカリ、中ふっくらもっちりむっちりで?
かぼちゃとかぼちゃの種を練り込んだほんのり甘いキュルビスブロート…
コーンブロートにはしっかり亜麻の実や大豆、レーズン、オートミール、胡桃も入ってる…

って…
ヘルガの奴…実はマイスター資格も持ってるとか?!…
ありそう……最近わりと短期で取れるらしいし…
たまたま暇だったんで取ってみました?、とか?!

こいつ…マジで資格取得マニアだよな…絶対、趣味で取りまくってそうだぜ…




結局、ゴールデンウィークの前半は、
ずるずると、この奇妙なペンションで過ごしちまった。
殉はなんだか身体の調子が、すごく良さそうで。
二人で借りてるワンルームにいるときより、よほど元気だった。

……何こいつ…
じゃあエアコン止めたほうが良いんじゃねえのか…いっそ…。
あと麦類や雑穀、シード類、食わして。果物いっぱいのケーキとか。

しかもヘルガの作った肉料理なら食うんだよなァ…
なんでだ?

…どうせヘルガに訊いても、
ジュンのその日の体調と好みはすべて計算済みですから、
とか言われそうだけど…



後半は、
二人で国内の、小さい南の島に行くことにした。

もう次行けるかわかんねえから。
行けるうちに行っとこうと思って。
それに殉の体に熱帯気候は良いみてえだし…
あんたらだって二人きりで過ごしてえだろ?休日は。

つったら、

「わたし達にそんな気をつかわずとも…。どうせいつも一緒だからな、わたしとヘルガは。職場から家庭まで。何も変わらん。…我々は本音と建て前が異なるアジア式の面倒な社交辞令とは違うぞ。はっきり言った通りだ。言葉通りの意味しかないが?」
「どうしてもというのなら止めませんが。…途中でもしものことがあったら、ここに行ってくださいね?」

ヘルガが、
那覇にある入院施設付の個人病院の名刺渡してくれた。
…どんだけ日本で顔広いドイツ人だよ。
ビタミン剤とステロイドの抗アレルギー剤と抗生物質と抗ウィルス剤も数日分ずつ持たせてくれた。
あとすごく軽い抗精神薬…パニック障害用のも。

……コイツらって、やっぱいい奴らだよなァ…?…ものすごく…

「いつでもまた来てくださいね」
「次は夏学期の成績報告会だな。わたしが査定してやる。ジュンとジュン…やはり言いにくいな、ドッペル・ジュンでいいだろう」

……よくねえ。
てか、結構だ。どっちも。

…ってマジ言いてえ。〜〜〜。
でも…殉はこの家もこいつらも、ずいぶん気に入ってるし…
体調も食べ物も合ってるし、
どう見てもいつもより元気だし…
健康になれそうな……

やっぱまた来るか…。

ドーベルマンどもも殉と別れるの、悲しがってた。……。
オレには曲芸するどころか隙あらば襲いかかろうとするくせに。

てか殉も…
最初は嫌がってたんだけどなァ…?…

春、入学式の前。
第一週目の講義に…
オレが殉、送って行って…。

けど今年の始めあたりからずっと具合悪かったし…
二次試験の後からはすっかり悪化しちまって
酷い有様だった。
なのに3月末からずっと入学手続きだのオリエンテーションだのガイダンスだの続いて…
無理に無理、重ねて、
ようやく一通り終わらせた…
かと思えば授業始まって、
連れてったはいいが…
初日から倒れそうになっちまって、
殉の背中抱いたまま、オレも一緒に構内でしゃがんでて…、
統計の授業始まる900番教室の近くで、
このままマンションに連れ戻るかどうしようか悩んでたとき、

「どうしたんですか?」

このドイツ人の物理教授が、
早朝なのに偶然、通りかかった。

「いや弟が具合悪くて……ってヘルガかよ…」
「……。ケンザキ、そちらが…例の弟さん?…ちょっとわたしに診せてくれませんか」

つったかと思えば、

「少しの間、わたしに預からせて下さい」
「預かるって…どこへ?」

なんだか猫、ペットホテルに預けるみてえな感じになってきたな…って思ってる場合じゃねえんだけど、
そんな感じになってて。
殉が不安そうにオレを見上げてた。
行きたくない絶対に嫌だって目で訴えてるの…すぐわかったけど…

「一週間ほどで、お返ししますから」
「だから、どこへだ」
「付属の大学病院ですよ。大丈夫、何も心配ありませんから。それよりこのままのほうが心配でしょう?」

そりゃあ…そうだが…

「じゃあオレも一緒に行くぜ。どうせ同じ本郷だ」
「あなたも、これから授業でしょうに」
「仕方ねえだろ、こいつ一人でこのまま、あんたに丸投げってわけにゃいかねえぜ」

身体、見られるわけだし…。
殉は当然、このまま家に帰るって、酷く嫌がったけど。
オレが説得して、
結局オレも付き添って。

一週間ほど入院して。
オレはその間、
殉の病室から大学通って…
って同じ敷地だから駒場から行くより全然便利なんだが。

その後、
病室から、入学式にも、二人で行った。
…そのうちに、わりと元気になって戻ってこれた。
その時、色々調べてたから、
体のことは、すぐばれると思ってたが。
全身の傷だって全部見られるわけだし…
下半身の局部に至るまで。
たぶん…奴のことだから、
オレたち兄弟の履歴も調べたことだろう、どうせ…。

でも殉は…
どういうわけかヘルガがすっかり気に入っちまって、
仲良くなってた…。
入院中に病室に遊びに来たスコルピオンとも会ったが、

…つか両方とも殉の講義担当教官だったけど…
教養の物理と第二外国語だし…
どっちも単位取るの超メンドくせえので有名で…
でもコレばっかりは保証人になる条件で…自分らの講義とれって言われて…

でも殉は…どっちも好きみてえで。
でもヘルガのほうが多分、好きだよなァ?こいつ…。
河井のときもそうだったが…
頭良くて冷静で、優しくて丁寧で
ちょっと性格悪そうなんだけど実はお坊ちゃんでわりとおっとりしてる奴、
っての好きだよな…

…ん?…ってオレ全然そうじゃねえけど…。
どっちかっていうと、ぎらぎらしたスコルピオン型じゃねえ?
あいつのニックネーム、フューラーだけど。
ドイツ総統って感じだろマジで。
上品で優雅だけど険しいっていうかオレ様についてこいタイプっていうか…戦闘的っていうか…
だいたいスコルピオンて名前が、攻撃的で物騒だ。

…オレは組織や組織のトップは嫌な性格だし
独りで戦うタイプだが…
…どっちかっていやあ、そっち型と思うぜ?
…ヘルガのニックネーム参謀よりは。

オレは…
おっとりもしてねえし優しくねえし完全に好戦的だし…。
でも殉は…
おとなしいもんなァ?
…オレと正反対で、モメるのも戦闘行為も相手、叩きのめすのも、大嫌い。
優しいし。よほどのことがあっても、徹底的に争いは避けたい性格…相手、傷つけるのがイヤだから…
だから、むしろ自分に似た穏やかタイプが、
好きなんじゃねえのか…

そう、スコルピオンとヘルガが帰った後、
病室で殉に言ったら、
「にいさんは、全然、別枠」
寝ながら点滴受けてる声が、返ってきた。
ホントはかなり具合悪いくせに、なんか元気?
てか楽しそう??

「なんだよ別枠って」
「にいさん枠ってのがある」

…なにそれ…?

「特別枠で、常に一個しか席がない、よっていつも満席だな」

………。

殉が、えらく満足気に微笑んで、
空いてるほうの手で、
覗き込んでるオレの頬に、そっと触れてきた。

「このタイミングで、キス、してくれないのか?」

って笑うから。
頬に当てられた手握って、
軽く唇合わせてやった。

コレ、女相手なら、とっくにやってるよなァ…?
…って雰囲気のトコでわりと時々、出遅れるのって…何だろう。
オレにしては…
相手がコイツだから?
コイツが…大事すぎるから?…オレにとって…

ただ一時の感情で盛り上がって、自分もその感情に酔って浸ってその気になって、
行き当たりばったりの勢いで、その場その場の熱いサービスしときゃ…って…
そんな気分に…
全然なれねえんだよなァ……

オレ、お前には…






◇to be continued◇