「まじ…ザルだ…こいつら…」

ドン引いた。
オレが…。

殉は…平然と顔色も変えずにソファに正座したまま、どのグラスも両手で持ってお茶みてえに飲んでやがる。

コイツ…こんなに強かったのか?!…夜の街に入り浸ってただけあるぜってコトか?!!いや、それより…

「おめえ…ワインはステム…脚だけ片手で持て。ブランデーは手のひらに包んでカップんとこだけ片手で持て。そういうルールだ」
「え?どうして?」
「温度のためだ…フットプレート両手で握って持つんじゃねえよ、みっともねえ。つーか…おい、そろそろやめねえか。もうよせ、殉」

「大丈夫だ、心配ない」
「おめえの大丈夫は、だいたいアテにならねえんだよ。心配ないは、ほぼ真逆だろうが。いつもいつも…。てかおめえワインにブランデーにビールに…一体何本、空けてるんだ…」

「ビールも色々な色と味と香りがあって凄い。面白い。にいさん、白ビールは甘くて果物みたいな香りがする…麦のジュースみたいだ」
「ヴァイツェンはジュースじゃねえから。しかもボックだろソレ…酔うぞ」

「大丈夫だケンザキ。ウチのビールはそこらの邪道な缶ビールとは違う。ワインはすべてヘルガの発明品で、酸化防止剤の亜硫酸塩をあらかじめ除去してある。蒸留酒も熟成の進んだ純度の良いのを択んであるから問題ないはずだ」

「そうですよ?ケンザキ。頭痛や二日酔い、体調に影響を及ぼすものは、だいたい除いてあります。それより、どうぞ?実はこの腸詰、わたしが作ったんですよ。ハムもソーセージも自家製です。ハーブ入りの茹でたヴァイスヴルストはミュンヘンの定番ですが、今、ベルリンではカレー味のブラートヴルストが流行ってて…、ほら、子供の大好きなシンケンも、定番のヤークトヴルストも、コッホサラミも…色々ありますから楽しんで?」

ヘルガてめえ…すげえけどよ…どうなってんだよ…お前のスキル…何でも来いか。

…いや結構、理系の教授って料理にハマってる奴いるよな…
家庭菜園とか…
実験に似てるから?…っつか何なんだコイツら…

壁に作りつけの天井まであるキャビネット前に置かれた、
やっぱり一枚板の、パーティもできる大きなディナーテーブルに、
ものすごい量の料理並べてきやがった…。

豚の腸詰ソーセージ、型焼きソーセージの四角いフライシュケーゼ、充填系の丸いスライス、岩みてえなでっかいハムに、茹でサラミ、
煮込んだ仔牛、仔羊、焼いた鴨、七面鳥…川魚にチーズ類…
クリームソースたっぷりの、ジャガイモと小麦の団子みてえなクネーデル…
スープに入った餃子みてえなマウルタッシェン…
ごっつい骨付肉のアイスバインも…酢キャベツも…あった…やっぱ…

「さあ、こちらへ来て。どうぞ、召し上がれ」
「すごい…見たことないものばっかり…」

殉が…きょとんと眺めてる。
やっぱり脚の高いテーブルチェアにもよじ登って、
サンダルそろえて脱いで、ちょこんと正座してから。

どうやって食べるんだ?

…ってオレを見上げた。

…食う気かよ?!
いつも家で食わねえくせに!
何だお前…ちゃっかりしすぎ。

仕方ねえ…この際、参加していくか…このディナーパーティに。

しかしドイツ人て…あんま夜、食わねえよなフツー
コールドプレート多少とかだろ。
…むしろココんち昼と夜が逆。…日本化してんのか?そこだけ…??
ってかよくわかんねえ…時間帯も内容も量も…

殉は、
しばらく悩んだ末、
一番小さいデザートフォークを握った。

「いやそれ最後。スプーンもそれじゃねえ。いや待て…魚と肉の…ナイフ、フォークの持ち方も違う。…そうじゃねえ。何やってんだ、オレが教えてやる、ちょっと貸せ…」

このさいだからコイツに、テーブルマナー教えてやった。

食うもんによって使うもん違うし…肉と魚も、フォークとナイフの形が違うんだぜ?持ち方も。つったら、

「そうなのか…案外と…難しいものだな…」

眉根寄せて、かなり深刻な顔になった。……。

「ケンザキ、そう気にすることありませんよ、ねえ?スコルピオン」
「そうだ。我々ドイツ民族は、表層ばかり気にする狭量な英仏と違って、その手の些細なことにこだわりはしない」

…って…てめえら…
びしっと完璧にテーブルセット並べといて…よく言うぜ。

まァドイツ人てのァ…フランスやイギリスよりは確かにカッコつけじゃねえけどな元々。
この料理の大雑把な盛り付け方と出てくる順番がすでにそうだ…。
てかココんち、ちょっと…アレだけどよ…。………。


その晩は…

っつか午後から延々、

…飲んで食って話して、また飲んで食って話して…

殉とヘルガは、その間中、たまに3階行って
時代劇のDVD見ては
二人で…盛り上がってた…。

眼ぇキラキラさせて、何だ殉のやつ…ほんと楽しそう…オレがつきあってやらねえせいか?…だって毎回、着物きて日本刀持った男だらけの画面に釘づけとか…オレ、興味ねえし…似たような話ばっかだし…それでも頑張って弟の趣味には付き合ってるほう…


「ケンザキ、ちょっと上に来て下さい」
「あ?」

午前1時少し前。
鈍い光の、黒くて細い手すり掴んで。銀色のらせん階段上がった3階の手前側、
スコルピオンとヘルガの寝室の向かいにある、シアタールームみてえな部屋で…

「どうやら…眠ってしまったようです」

殉が、丸くなってた。
浅葱色のギザギザ模様ついた、でっかいハートのクッション抱いて。

…えらい可愛いが…
オイ…ココどこだと思ってやがんだ…
おい、起きろ!!

「泊まっていけばいいだろう」

一緒に階段上がってきたスコルピオンが、後ろで言ってる。

「いやこれ以上あんたらに借りつくるわけにゃ……しかも、あまりにもなし崩しだ。だらだらと他人の家で…いくら明日、休みつっても。おい、殉、起きろ!家、帰るぞ!」
「…んんっ」

クッションに
顔埋めちまった。

…なんか真冬の…アライグマみてえ…
丸っとしたアリクイとかカワウソとか。
…肩揺すったら、ますます頑なに丸くなってやがる。
何かに似てるよな…アルマジロ?……。

「んん、じゃねえ。無防備すぎだ。いくらオレと一緒でも油断しすぎだろ。こんなだから、おめえは…知らねえ男に好きにされ…」

あ、…と思って…
やめた。
そうだった…まずいよな、こんな所で。……。

後ろ見たら、
二人とも、存外マジメな顔でオレたちを視ていた。

「きみたちがどんな過去かは知らないが…。そう警戒することもあるまい…なぁ?ヘルガ」
「そうですよ。そう構えなくとも。ケンザキ、我々はただ、ジュンの入学と、あなたがたの成人祝いも兼ねて、ゆっくり休んでいって欲しいと思ってるだけですよ?ここを実家と思ってくれてかまわないのですから。法律上は、一緒に住んでいることになっているわけですし」
「そうだ。聞けば、地元の成人式にも二人とも出てないそうではないか。ついでにここで成人式を済ませて行きたまえ。遠慮など無用だ」

成人式って…
なんか卑猥な響きすんだけど?…おめえが言うと。
気のせいか?…このお色気外国人2人組が…

「第一、年齢にふさわしくないな。きみたちはどちらも普通の子供たちとはかなり違う」

いやおめえらに言われたくねえけど。
非一般的なドイツ人のくせしやがって。

「ここでは…もっと子供でいて、いいんですよ?」
「いやもう成人してるんで、お構いなく」
「二十歳の学生なんてまだまだモラトリアムでしょう」
「そうだが日本一般では…。そいつは…もっと暇な奴らのやることで…オレたちは…」
「ヘルガ、ベッドの代わりにハンモックでも吊ってやれ」
「そうですね。ウチの自慢の、遊び心いっぱいの寝室へどうぞ?」

いやどんな遊びだよ…
なんか怖ぇんだけど…
ってかなに完全に泊まる感じになってんだ…?!この流れ?!


結局そのまま…

ヘルガに連れられて、
眠ってる殉、背中に背負って…
階段で一番下まで降りると

書斎から見えた、熱帯植物園は
…反対側から入ると、寝室になっていた…。


寝室?!!

これが??

何このジャングルみてえな部屋!

寝る部屋なのか?コレ??

たしかに奥の4本のヤシの木に
2つの、明るいクリーム色の帆布で作ったハンモックが並べて吊ってある。
枕も毛布もそこに載ってる。

が…

ウツボカズラが昆虫捕食してる隣で寝ろってか!!

熱帯雨林気候みてえな、ものすげえ高温多湿なんだけど?!
なんか…
0.1グラムの毒で、ゾウ10頭殺せる毒ガエルみてえのいるんだけど?!!
隣で大量のピラニアが、びちびちいってるんだけど???

あ…跳んだ…ピラニアが…!!
なんか捕食してる!!!

…コレ…生態系デキてんのか???
オレら、どのへんに位置してるんだ、生態ピラミッドの??!!



……だから言ったんだ…早く帰ろうって…


殉を
ハンモックの一つに寝かせて。
オレは隣のハンモックに腰かけて…

ヘルガが自信満々な親切顔で出てった後、
しばらくぼーっとしてた。

茂みから
録音の南国鳥の声が聞こえる。

なんだろ…コレ…
アレかなクチバシでっかくてオレンジ色の…オオハシとかかな…。

なんか…

疲れたなァ…今日は…。
いやあの二人、悪い奴らじゃねえんだけど…。
世話になりまくってるのも確かなわけで…
しかし…


「にいさん…」

ハンモックの袋みてえになった中から、
声がした。

わりと…酩酊してるようで、そうでもねえ…。

良い酒ばっかだったからか?
酸化防止剤、除去したってのもホントだったのか…
この分じゃ悪酔いはしねえかもな…マジで…

「殉…起きたのか?もっと早く目覚めとけ。おめえが寝てる間に、とんでもねえことに…」

「昼間…下行って…ヘルガどのと何話してたんだ?」

「エ……あ…?……いや……オレが…たいぶ前に出したレポートの件で…」

珍しく不意打ちくらってうろたえた。
殉が、クリーム色の帆布の中から、
くすっと笑った。

「にいさんは…嘘が下手だな…」

…おめえの勘が鋭すぎだろ…こんな時だけ…
けど、
なんとか強引にねじ込んだ。

「……今度、ヘルガがビタミン剤の注射とかしてくれるってよ?たまに受けとけ。元気になる。定期的にバイタルチェックもしてくれるそうだ。行ってこい」
「……。そうか」

わかった。そうする。
にいさんが言うなら。

そう、殉は言ったけど。
ホントは知ってたんじゃねえかと思う。全部。

ヘルガが打つのは…多分、ステロイドか何かだろう。一時しのぎだ。しょせん…
でも…
時間稼げるなら、それでもいい…
何でもいいんだ…もう…オレは…
お前をオレのそばに繋ぎ留めておけるのなら…

今の生活が…
綱渡りみてえでも…

なんとか続けていけるのなら…


「…変な部屋に…来ちまったよなァ…」
「そうか?わたしは好きだな…こういうの…」
「熱帯植物のジャングルにハンモックとか?」
「ああ。にいさんは空調効いた部屋で、ベッドやソファじゃないと眠れないのか?」
「……オレはどこでも寝れるぜ。寝ようと思えば。寝なくともいいしな一日くれえ」
「じゃあ起きてようかな、わたしも…」

ハンモックに、
ブランコみてえに腰掛けてたら。
殉もこっち来て、
背中合わせに、座った。

なんかホントにブランコみてえ…。
一緒に、ゆらゆら揺れてたら、
コテンと殉の体重がこっちに寄りかかってきた。

「おい、起きてるんじゃなかったのか?」
「眠くなった…なんだか…安心したから…」

スコルピオンは楽しいし。
ヘルガどのは博識で面白い。
でも…
やっぱり
二人でいるのが一番落ち着く…。

って。おめえ、
だから帰ろうつったじゃねえか。
ったくもォ…しょうがねえなァ。

「ゴールデンウィークにどっか…南の島でも行くか…こういう感じの…二泊三日くらいで」
「ん。でも…にいさんと一緒なら、どこでもいい…」
「…お台場の観覧車でも?…日曜の歩行者天国の銀座でも?…ディズニーランドやディズニーシーや豊島園でも?」
「ん…頑張る。にいさんと一緒なら」
「そうかよ」

どうせ途中で、…ぶっ倒れるくせに…
その根性だけ、ありがとよ…

背中に
殉の背中、乗っけて。
やっぱりゆらゆら揺れてる。

ふと、

「にいさん…」
「なんだ」

後ろから、囁くみたいな声がした。

「皆、…わたしが、兄さんの弟だから…大事にしてくれるんだぞ…」
「え」

「アポロンも…バルカンも…ナポレオンどのも…ヘルガどのやスコルピオンや…他の教官たちも…皆…わたしを見ると…必ず、あのケンザキの弟か、そっくりだな…って言う…。それですぐに…親しくなってくれるんだ…」
「違ぇよ…おめえ個人の…実力だろ」
「違うな。わたしが…あなたの双子の弟だからだ…」

「それ…良い話か?」

オレの影みてえで…存在、認められなくて…いつも嫌だって…そういう話じゃ…ねえのかよ…
オレの片割れに生まれて…お前…ホントに…良かったのか…?

「ああ。…あなたの弟で…良かった…。弟って、兄さんの切り開いた道、タダで歩けて…楽できていいな…」

「イジメられねえか?逆に…」
「それも、あったな」
「どいつだ?教官か?…今度シメとく」
「大丈夫、講義中、相手の論、破綻させてから論破して、コテンパンにしといたから。わたしだけなら構わないが…あなたの悪口言われて…黙って退き下がるわけないだろう?ちゃんと、仇、討っといた」
「…そっかよ…」

そっか…
…おめえ…意外に…フツーの人怖いとか言ってるくせに…
同級生にもバカみてえに優しいくせに…
てめえのことになると、てんで無頓着で、無防備なくせに…

同じくらい…
強いもんな…

誰ともモメねえけど…
相手が危険な奴なら怯まねえし…
ナンかどうしても譲れねえケンカ売られたら、受けてキッチリ勝てるもんな…

ホントは争うの…大嫌いなくせに…

「にいさん…」
「ん〜?」
「大学、入れてくれて…表の世界に…連れてきてくれて…ありがとう…」
「おめえの努力の、成果だろ」
「にいさんに言われて…頑張って来てみたら…すごく…居心地…良かった…。心配してたことも…不安なことも…ほとんど何もなかった…皆、頭よくって…面白くて……楽しくって…優しい人たちで…
……こんなわたしのことも…ちゃんと…受け入れてくれて…」
「そっか…良かったな」

…良かった…ホントに…
ま、トップエリートって、たいがい質の良いオトナだけどな……時々、えらく若々しいっつか…ガキみてえなトコも多いけど…
まァ中途半端な勘違い野郎が、ずっとタチ悪ィってか…

「でも…」
「んー?」

「にいさんと一緒にいるのが…わたしには、いちばん居心地がいい…世界一、幸せで気持ちいい…」

汗ばむほど暑っいくせに…くっついて…やっぱ…
ふわっとあったけえ…オレも…居心地いいぜ…何だか…しっくり落ち着いて…

「じゃあそのまま寝てろ…朝まで…」
「うん」


だんだん辺りが、暗くなる…

ホントに熱帯の夕暮れみてえ…。

パノラマ仕様のダウンライト?
それとも天然の月明かり?
…両方か。

ヘルガのやつ…バオバブの木、こんな所に植えてどうする気かなァ?
…と、ふと思った。
コレ、ほっとくと何十メートルにもなると思うけど…。

なんか樹海になってそうだぜ、この家…
百年ぐれえ経ったら…。

ガジュマルもでっかくなるし…
アレって…枝にゃ妖精が住んでるってウワサだし…?


その夜は、
バオバブとガジュマルの樹海で、
大勢の妖精や怪物たちと
楽しく酒盛りしてる夢を見た。

……ほとんど現実まんまじゃねえか…こんなの…
って…夢の中でも思ってたけど。







◇to be continued◇