もうすぐゴールデンウィークが始まるって爽やかな、

緑がキラっキラしてる、
真っ昼間。

ドイツ語の教授スコルピオンからメールきて

…殉がァ?!…またかよっ!?

って…オレも絶対ぇ休めねえ授業中だったのに、
びびったあまり無断で部屋、飛び出して…
本郷のキャンパスから駒場まで、
地下鉄の、
階段もエスカレータも、ぜんぶ3〜5段抜きで突っ走った。

あンのバカ…今年入学してからもう8度目だぜ?
大丈夫か生きてんのか?!

って…心配で動揺して…無事、祈りながら
乗り換えの溜池山王でも渋谷でも、人、撥ね飛ばしまくって…

オレの通行を妨げるんじゃねえ!ってか邪魔なんだよコノヤロウ!!
何っで同じ大学なのに1年の教養と3年の専門、こんなに離れてやがんだ
同じ敷地に作っとけよ!、
てぇか駒場は歴史的に農学部でいいだろ
あいつら全員、引っ越させて1、2年こっちに移せ、
せめて環状線内にまとめとけ、
まじ都心突っ切って完璧横断してんじゃねえかオレ、

って
日頃そこまで不便とも遠いとも気にしてねえ距離を、

アタマにきながらバッカみてえに…走って…来た…って…のに…

……なんだコレ…???


若緑の鮮やかなミズナラやブナの並木が
両側からかぶさってくる道の下、

時計の見える古い建物の向うから、
ぞろぞろ歩いてくる、野郎の集団。

その中央に、

殉がいる。

なんっだよ?!、
授業中ぶっ倒れたとか、またァ!?と思ったのに…
…ぜんっぜん元気じゃねえか?!
しかもなに軍団みてえにぞろぞろ従えて、引き連れてやがんだ、
しかも男ばっかり!
…いや男ばっかだけどな、元々、工学部と理学部行く奴メインの世界だから
アイツの周りにゃハナっから女が希少動物なみに少ねえ。

とはいえ…

お前コレどういう事態になってんだ、殉…!?
やたらベタベタひっついたり、少し離れて礼しまくったり、頬染めた興奮ぎみな野郎どもに大勢囲まれて、なんか…おめえの逆ハーレムみてえな感じになってんだけど?!
何コレ雰囲気、絶対ェ、変!!!

なんでか…サエねえオッサンみてえのも結構いるし??
どっちかってえと…バケモン系…いや見た感じが…そんなん大勢いて…

…オレの弟、大丈夫か…?!!

って…今度は別な意味で…不安になった。

いやオカシイだろ…完全に…
聞いてねえぞ、こんな状況…。どう見てもヤバい雰囲気しかねえのに…
殉が、この集団のアイドルみてえなんだけど???

たしかに性格コアで変わりもんや面白ぇ奴、多いトコだが…基本、
平均ルックスもそう悪くねえ…
常に距離感、適切な…つかず離れず深入りせずがモットーのインテリ集団…つか、たんに社会と調和すんの苦手なだけって浮いた奴も、えらい洗脳されやすい社畜系もそりゃァいるが…
どっちかっつーとお互い合理的に配慮された…、清楚な個人主義だらけのこのガッコーで一体、何事が…

「あっ、にいさん…?!」

殉が、
オレに気付いて、びっくりしてる。
でも嬉しそう…
瞳が、頭上で翻ってる葉っぱくらいはキラキラしてる。

集団から一人抜け出て、駆け寄ってきた…

「にいさん!…どうしたんだ…?!…今日はまだ…時間が…」

大判のストールに腕通す穴二つ、前に一個だけ大きなデザインボタンついてる
風変りなロングカーデのスソが、
薄紫の羽衣みてえにひらひらしてる。
中に着た、ソデのない淡いピンクのティアードのフリルも
一緒に揺れてる。
下は細身のぴったりデニムに…足首の上まであるショートブーツ、つま先だけちらっと見えるレースアップのヒールサンダル履いて。

腰まで届きそうな長い髪には
ピンクのコサージュついた麻ネイビーの中折れ帽。
腕もネイビーのアームカバーで指先まで覆ってる。

露出ほぼ無ぇそのカッコが…
全身のキズや変に怖ぇ雰囲気、目立たねえようにする工夫だっつんだが…
いやむしろ目立ってるよな?…やたらカワイイ方向で…
てかコイツの場合、普通に男の服着せると…たしかに……暴力系とか夜系とか闇系とか…裏社会っぽくなる。

一般にまぎれて学生生活するなら、
ユニセックス的な、こういう妙な感じ、やっぱ、いいんじゃねえのか?
…似合ってるし?…なンか雰囲気ふわっとして可愛いし…?

て…こいつが息弾ませて目の前に来るまで、…何となくぼんやり眺めちまった。

「にいさん、どうしたんだ?!…演習で遅くなるはずじゃ…」
「どうしたじゃねえ!、お前が倒れたっていうから…」
「エ?誰に聞いた?…大丈夫だ。ちょっと立ちくらんだだけで…ただの貧血だったし。
ヘルガどのも、大丈夫って言ってた」

は?
ヘルガ…どの?
…いや何?…殿って??

もしかして、お前、まだ…この間見た時代劇にハマってんのか?!
入学祝にテレビ買ってやってからずっとだなってかフツーにタブレットかスマホ買ってやるっつったのに
どうしてもテレビ欲しいとか今時…ま、そりゃいいが…

「さっきヘルガどのが診てくれて。今日のは全然、心配ないと…」

あァ?……あのドイツ人の物理教授なァ…?
日本の医師免許まで持ってやがって…
資格オタクで、IQ300らしいけど。
色々ありえねえが…その数値も、異常すぎ。
超天才って噂だが、超天才でも、せいぜい200だろ。

ちなみに当然、母国語レベルで日本語、使えるくせに…殉に「ヘルガどの」って呼ばれて動じもしねえ。
「ああ、日本の敬語って、そういうのありますよね、だいじょうぶ知ってますよ?」
って無えよ、現代の口語体にゃ…っつー突っ込みどころ一杯な外国人だが。

腕は確かだから…
まァじゃァ…今日のはホントに大丈夫か…って、
とりあえず、ほっとした。

が…

「こちらは…まさかあの、伝説の…お兄様でしょうか?!」
「…お噂はかねがね伺っております!理1でありながら理3の上の方より成績が良いとか…にもかかわらず一番底点ひくい機械系へ進まれた勇者とか…」

……は?……勇…?何?何て???

「お二人は本当に双子でいらっしゃるのですね!聡明でお美しいお顔が、まさに瓜二つ」
「いつも殉様にはお世話になっております!高名なお兄様にも、御目にかかれて光栄です!お兄様の順様も大変な変わり者という神話が…」

…は?…神話?…て何??こいつら…??!

ホント、オレの弟どうなってんだ…
いやオレの噂がどうなってんだ…

色んな意味で不安すぎる…

「どうした、兄さん?」
「……おい、ちょっとこっち来い」
「エ…何?…痛っ…ちょっ…放し…」

なんか、どうも…
殉が…
頭みてえなんだが…
この集団の…。

なんかおかしくねえか?
地道で密かな自負と個性派だらけのココの学生どうしで…??
まァその自信、入学早々、粉々にされたりしてな。周りもっとすげえ奴だらけだから… 鬱になる奴いるけどよ…それにしたって…

イロイロ妙な…
なんだコレ???
つーかコイツ、何も入ってねえハズだよなサークルとか。同クラ上クラ、ほぼ何の個人的つき合いもねえはず…だってオレが、そうしろって…最初にきつく…

「殉、一体どういうことだ?説明しろ」
「エ…いや…その…」

ちょ…何お前、あからさまに顔逸らして、目、泳いでんだ?



「ああ?!…シケ長!?…殉、おめえ…そんな薄ら面倒なモンに任命されてたのか…?!!」
「いや…だから…全然たいしたことでは……それに…ソレとコレとは全く関係が…」
「おめえは入学早々、なにしてやがんだオレに断りもなく!!!」
「いや、だから…何もしていない…トクベツには…」

殉が、いきなり浴びせたオレの怒声に、片目つぶって両手で両耳ふさいでやがる…

何なんだコイツ…アレだけオレに心配かけときながら…

一体ぇどういうことだ…

てか…信じらんねえ…あんな役職、進んで引き受けてくるとは…組織のトップとかデキんじゃねえのか、もしかして?
…クラスの試験対策委員長…
仲間の結束深める類の、お世話係…
あんなウゼェガキのゴッコ遊びでつるむやつを…オレの弟が??…

「いや面倒ではない全然……それにその…たまたま他にやりたい者がいなくて…皆がわたしに…どうしてもやって欲しいと…」
「それ、ただ押し付けられただけだろうが」
「そうかもしれないが…皆の頼みならば…無下にも…」

コイツ…
ちょっと前まで引きこもりやってたくせに…
いやここは褒めてやるべきとこか…

いや違ぇ、そういう問題じゃねえ。

「オレが言いてえのはな、おめえの体と、システムの問題だ。ありゃあデキねえ、お荷物連中の、しりぬぐいだろうが?!成績悪ィかズルしてサボっても合格点取りてえ奴らが利用するだけだ。関わらねえのが一番なんだよ、ってか関わるな。
クラスの連中ともべったり付き合わなきゃなんなくなるし。先輩とか同級生とか面倒すぎだ。
…体調激悪ィくせに、てめえの単位と何の関係もねえ余計なガキのお遊びに首突っ込むんじゃねえ。他人のことはほっとけ、つったろうが。今すぐ辞退してこい」

「…いまさら、そんなわけにも…それに…」
「なんだよ?」

「…皆で一緒に試験対策やるのは…他人のためにも自分の勉強にもなるし…そう悪いことではないと思うが…どうせ、にいさんは、やったことないだろう?」
「あるわけねえだろ、このオレが。試験もレポートも、そんなもんに頼りたくも頼られたくもねえぜ。無駄な連中と付き合いたくもねえ」
「…そんな態度だから…友達…出来ないんだな…」
「はァ?!オレがトモダチ作んねえのはな、オレの意志でやってるこった。余計なお世話だ、オレの勝手だろ」
「なら、わたしも兄さんと違うこと、勝手にやってみてもいいだろう?」

なにコイツ…反抗期!??…
ものすっげえ可愛くねえ…

てか予測に反して
案外…

マトモ???
…大学生活にしっかり順応してる…とか??

……いや待てよ……コイツの場合…

「殉、おめえ…オレが最初に言ったよな?大学がやる諸手続きとガイダンスには出ろ、
だがクラスやサークルのオリエンテーションと名のつくもんは全部スルーしてこい、って。それが…
あのアホみてえなサークル勧誘のテント列に入ってくるわ、怪しい宗教団体に引っかかってくるわ、プレオリからオリ合宿まで参加したあげく、滅茶苦茶、体調崩しやがって。
おかげで、その後、
第一週の、ガイダンス兼ねた大事な授業には出れず、入学式の後まで一週間以上も入院しやがって…オレも巻添えくっただろうが!そのうえ、そんなモンまでオレに黙って……どういうつもりだ?オレは許可した憶えねえぞ?!」

「やはり大激怒か…予想通りの展開。…先に言ったら、どうせ反対しただろう?…」
「おめえ…確信犯かよ?!…それで今まで黙ってやがったのか?」
「約束通り、兄さんに嘘はついてない…その…言わなかっただけで…。それにもう決まったことだ」
「国連の答弁みてえな詐欺やってんじゃねえよ。おい殉、おめえ…自分の体が、どういう状態かわかってんだろうな。わかったうえで、巻き込まれてんのか自主的に」
「にいさんが怒るのも理解できるが…その…だいたい皆、クラスでは何かの仕事をやるものだし…にいさんと違って。だから…わたしも…」

なにか一度くらいは…ちょっと…やってみたくて…

って、ツラしてやがる。
ったく…
いい気なもんだぜ…あれだけオレを振り回しときながら…。が…思いのほか…世間知らずの行き当たりばったりでも、ただの勘違いでもねえってコト…か?
やっぱ…マトモ?になった?
てか気に入って、大丈夫だったってことか…このガッコーが…オレの最初の予想通りに…?

「…仕方ねえか、一度、引き受けちまったもんは」

殉が、あからさまに…嬉しそうな顔しやがった。
それも癪にさわったが、仕方ねえ。
しっかしマジでコイツ…てめえで決めるとオレの言うこと全然、聞かねえよな…肝心な時にかぎって、いつもいつも…

「だが…大丈夫なのか?授業中も、いつ倒れるかわかんねえくせに…」

てめえの存在じたい、あやふやなくせしやがって…
なんでわざわざ不要なもん背負ってくんだ…
いちいち納得いかねえぜ、オレのほうが。

だいたい新入生オリエンテーション合宿なんざ、
オレは絶対に出ねえ派なのに。つかオレは出なかったのに。
あんなくだらねえモンにオレの反対押し切って、微熱ある体で、むりやり参加したあげく

「富士五湖にクラスの皆とバスで行けた、先輩たちとも顔合わせできた」

とか!?…なに凄いことやり遂げた感じで嬉しそうになってんだよ…??
あァ何かすっげえ

ムカつく。

しかも試験対策委員長だァ?…ありゃあ毎回、完璧に授業出てノート取って自分でも調べて講義の内容、追加補強までしてやる係のトップだぞ?!
おめえは確かに成績は良いハズだ。
もともと頭良いし、オレが大学で習うはずの内容もとっくに教えてやってんだからな。だが…
オレがおめえに教えたのは、他人のためじゃねえ。おめえのためだ。

つーかシケ長なんざ、クラスの他の連中のために、試験の予想問題作ったり、模範レポート作ったりっつー委員ども任命して、率いてまとめる係だ。希望者集めてテキトーに指名するか…相手の能力見抜いて割り振って頼んだだけで、普通にさっさと逃げればいいが、どうせおめえのことだ、
てめえで引き受けた以上、ムダに几帳面な責任感、発揮しまくって、いちいち自分でチェックしたあげく、そいつらと一緒にやんだろうが?!やってるからこそ、あの状況だよな?めっちゃ何か期待されてんじゃねえか、お前?!

つか、おめえの納得レベルを全員に求めて一緒にやったら、
必然的に、おめえが、ほとんど独りでやったあげく、チューターか?!って感じで、理解不能な教官の、説明ナシ講義まで懇切丁寧に解説してあげちゃうスパイラルに陥るだろうが!?
余計スギなんだよ雑用が!通常業務はるかに超えたブラック過労ルートだろ?!

結果、無能な連中に足引っ張られるだけだ。しかも、どうせ後半にゃ空中分解してるような脆弱組織だぜ、どうでもいんだよ専門行ったら元々そんなモン…
高校生のクラスごっこの延長線で遊びてえ奴らが勝手に最初だけつるんでやってるこった……って、…聴いてたのか?!オレの話!!

「ああ。大丈夫だ、聴いてた、一応」
「一応かよ!?」
「いや、ちゃんと聞いてた、ありがたく…」
「嘘つけ」

オレの怒声に、殉が、やっぱり半分以上、耳ふさぎながら、
うんうん頷いてる。

ぜってえコイツ、聴いてねえ……
今も…右から左に、アッサリ流しやがった!!

「いや…そんなに大変じゃない…ホントに…兄さんが思うほど…。兄さんは、過大に心配しすぎ、大げさすぎだ。それに…彼らも、とてもよくやってくれている」
「あの軍団か…ありゃあ何だ」

「彼らは…だいたい同じ学年で…上の人もいるが…クラスが一緒とか…授業が一緒とか…趣味が似てるとか…帰り道一緒とか…色々…」
「はァ?!趣味って何だ?!上の人って誰だよ、帰り道一緒って?!小学生じゃあるまいし」
「そうか?合宿とかで知り合った人たちで…みんな、送ってくれる。荷物持って、マンションの部屋まで」
「部屋ァ?!…ソレ送り狼的な何かじゃねえだろうな?!ホントに同じ大学か?いやそもそも学生なのか?つかもう、ほぼ帰り道、関係ねえだろ。オッサンみてえのも大量にいたよな?!何だアレら?おめえ、また変な野郎に騙されてんじゃねえだろうな?!…」

「大丈夫だ。彼らは…ええと…その…主に2年生と1年生だが…何回も留年したり?浪人したり?…一度他の大学に入ってから入り直したり?…社会人になってからまた受け直して大学に戻ってきたとか?…いろんな人生の人間がたくさんいて…面白いところだな、ココは。大学ってどこもそうなのか?」

「いや…まァ…ココはちっと特別…って、どうだろうな…どうしても入りてえから何年も浪人ってのァあるが……さっきの連中、何か妙なの多すぎだろ、全体にトシもいきすぎ…

生涯学習率、激低い日本の大学でも医学部なら、年配連中、結構いるが…
ドサまわりの果てに心機一転とか、実家の医院継ぐために入り直したとか…子育て終わってからとか第二の人生とか…40、50過ぎてからくる奴もいるっちゃいるが…数的にゃ少ねえだろ……つかココこねえよ、もっと入りやすいとこ行くぜ…

それに…マトモな奴なら直で学部の専門か修士、博士あたりに来るだろうし…。せめて滑り止めで受かった格下の大学蹴って、一浪ていどで再トライならアリだが…

多年の浪人と留年と…出戻り…て…

だいたい他大学マトモに出てたら、学士入学するぜ、編入とか…つまり卒業できなかったか、予備校で何年も仮面やってたか、マトモに単位取れてなかったとか、そんなじゃねえか。でなきゃ趣味でもっかい大学一年生やりたいっつーよほどの暇人か…」

…どう考えてもドロップアウト系の…性格や能力に問題ありすぎ連中だろ…
つーか見るからに…デキ悪そうだろ!?そのうえ概ね…ツラがブサイクすぎるだろ!!

「いや顔は関係ないだろう?」
「あるぜ。イケメンかどうかじゃねえ、知性が高そうかどうかって話だ」
「いやそんなに…悪くないと思うが…それは…兄さんに比べればアレかもしれないが……さっきから、…ちょっと…その…言ってる意味が…よくわからないんだが…」
「おめえは、そんなだから妙な連中、引き連れるハメに!!」

殉も…
諸般の事情で2年遅れてるから、変なのばっか集まってくんじゃねえのかよ…?!
つーかことのほか変な野郎ばっか惹き寄せてんじゃねえか?!おめえが?

と…ちょっと…、思った…。

…いやでも……むしろ安心か…?…
独りきりにしとくよりは……いやしかし…
オレの弟預けとくにゃあ、あまりにも…

「おかげで、わたしも全然、目立たない。最初の想像より…居心地よかった」
「いいのかよ?!」

やっぱ…喜ぶべきとこか……
思った通り、殉に合ってた?…このガッコー…
雰囲気、似てっから大岡山のでも良かったかもしんねえが…向うのがもちっとポワンとしてっけど…
…ってそうか??…いや違ぇ…何か変だろコレ…いや変だから良いのか?…いやしかし変の方向性が…微妙に、違…

「おめえの居心地の問題じゃねえよ」
「いやそこは重要だろう」
「重要じゃねえ。ダチはもっと選べ、って話だ。もっとコアで優秀なヤロウがそこら中にいるだろうが…なのに何でアレだよ??!」
「コアって?」
「たとえば…誰でもいいが…そうだ?ギリシャから来てる…留学生のアポロンとか?…なんつったっけ?バルカンとか?」
「ああ。あのタイプか…なら大丈夫だ、彼らとも仲良くやれてる。つまり…ナポレオンどのみたいなタイプだろう?」

アレか?!…あのお高く留まったフランス貴族野郎…
…それも何かなァ…?

違ぇ…オレが言いてえのは…もちっと…こう…フツーな感じ…フツーに有能な…
いや普通って何だっけ?…じゃァ別にナポレオンでも…………いいのか?!

てか…早っ…コイツ…
いつのまに…着々と…独自トモダチの輪広げやがって…
オレに、無断で…

アレ…?

なんだ?…この、焦るみてえな…イラっとするキモチ…

やっぱ…オレが納得いかねえぜ……
…オレの弟を、不細工な落ちこぼれ集団に囲ませとくとか…
クラスの雑用係とか…

それに、だ…

………殉が……
あれだけオレを色々心配させときながら、なに勝手に適応してやがんだ…しかもオレより大学に溶け込んでやがるとか…?!…

「それより兄さん、送り狼って何だ?、…子連れ狼みたいな?」
「ちげえよバカ。ぜんっぜん次元違う話だっつか何わくわくしてんだ、おめえのドリーム満足させる話じゃねえから、つか子連れ狼が何だ?また昔の古ィ時代劇か?」
「にいさんも一緒に見ればいいのに。…面白いのに…」
「年末と元旦に見ただろ、ネットで一緒に。新春スペシャル的な。あとこの間、大河も見たじゃねえか戦国モノで」
「そうだったか?いつも独りで見てる気がする」
「おめえはオレの努力、すべて無にする気か。オレと一緒にやったことは、さらっと忘れやがって。つかおめえがテレビ、いつも風呂場に持ち込んで独りで見てんだろうが」

「…だってアレがあると…わたしも…バスタブに…入れるから…」
「…わかった、それはいい。が、オレは長湯デキねえんだよ、おめえと違って。防水仕様の10型液晶テレビ握ったまま湯船で3時間とか、ありえねえから!」
「吸盤付で持たなくいいけど?…地デジでハイビジョン対応だし?」
「そこじゃねえ!」
「にいさん…テレビ一般、時代劇も…嫌いだろう?」
「……嫌いじゃねえよ、とくに見てぇと思わねえだけだ」
「ニュースと天気予報は?」
「webのほうがまだマシだろ」
「そうかな」
「テレビは無難に偏向してんのが危ねえんだよ。おめえもステレオタイプの偽情報、迂闊に信じんじゃねえぞ。政府とマスコミが一番あぶねえ、ってニーチェも言ってんだろ?どこの世界も、規則通りにゃ進んでねえんだ。内も外も危険地帯だからな、気をつけろ」
「……そう…なのか…」


やっとコイツを野郎の群れから取り戻して。一緒に歩きながら、問いただしてみりゃあこんな調子だし。
やっぱオレが…神経質すぎか……ピリピリ苛々してるよな、オレ…実際…かなり…

殉を…
独りきりにしとくのは、不安だった。
ガキじゃねえからダチなんて無くていいけど。万一の事考えると…コイツの場合やっぱり、いたほうが…って。

それに夜、売りなんかやってた奴が昼の学生生活やってけるかとか…虐待の変な後遺症もあるから、それ突然、出たらどうしようとか…

最初は無理かって一杯、気にしてたのに…

どんだけ予想外だよ。
斜め上すぎる…どうみてもオレより馴染んでやがるし…

むしろ…
来る者拒まずじゃねえか?…かたっぱしから謎の男ども引っ張り込みやがって…
対人恐怖症かと思えば、猫も杓子も…って…どういうことだ…

もしかして…そういう病気か?対人距離感、測れねえとか…?

やっぱりアレの延長とか…?

それとも…

べつにココがたまたま合ってただけか…キワモノ系、多くて…?
…でも…シケ長?…いや学祭委員やコンパ長より遥かにマシだが…。
いやそれより、あの取り巻き何だ、一体ぇ…

あァ…めちゃくちゃ納得いかねえ。

…もっとも…体悪ィコイツが生きてくにゃ周りの助力は絶対、必要だし…
世界はつまりギブアンドテイクで…困った時に助けてもらうにゃ常に助けてやってる必要が…

だから…これは…とっても良いコト…のハズ…

…なのに…

…なんか…フクザツ…

オレの片割れがまた…妙な連中に連れてかれそうで。
オレの体から、もぎ取られて。

オレ以外の奴に頼ったり頼られてるのも…面白くねえ…
オレ以外の誰かと仲良く付き合ってるのも…何か腹立つ…
オレが認めた相手とだけならまだしも…あんな連中と…

あァ…コレって…ただの嫉妬…かなァ…もしかして…
おにいちゃん、心狭いってやつ…?

…って…

溢れ始めた新緑のかかる、少しぼんやりした青空を見上げたら。
隣から、

「にいさん…方向が違う…。家、帰らないのか?…本郷にも戻らないのか…?」

あ。
あんまり衝撃受けた勢いで、殉の手首ひっ掴んで速足で歩いてたら、反射で裏門のほうまで来ちまった…。べつにいいけど…

「ちっと寄り道して帰る。おめえも付き合え。元凶なんだからな」
「わたしが?」
「ああ。オレも世話んなってるし…。お前、もう今日は終わりだろ?」
「…でも…どこ行くんだ…」

殉が、急に不安そうな顔をした。

「ケーキ屋とチョコ屋…つかまァ…贈答品だからデパ地下とか行くしかねえよな…。あとは赤坂か広尾の大使館街」

あ?そうだ…さっき地下鉄の広告で見たし?期間限定フェアやってたぜ、あのデパート。アレでいいだろ面倒なくて、一括で済むし。

…と…思ってたら、

「デパ地下って……もしかして…デパートの地下にある…あの…騒々しくてギラギラした巨大な街か?!」

……殉が…ものっすげえ引いた感じで驚愕してた…。

…は?……巨大な…町??…いや…たしかに広い地下街だけどよ…何かやべェのか?コイツ的に…?
…人いっぱいいてうるせえから…?…でも大学、大丈夫だったんだろ?…

あいっかわらず…どこに地雷あんのか全然わかんねえ奴だが…
…赤坂と広尾はスルーだったよな、今……山の手、超高級地帯はいいのかよ?…それともデパートの衝撃がデカすぎて吹っ飛んでるだけか…?

「デパートって…あの、…狂奔的に禍々しく賑々しい…大百貨店のことか…」

…オイ…禍々しい大百貨店て…ものすげェ深刻なツラで何言ってんだ、お前……。
べつに魔界や異界の扉、開くわけじゃねえんだから…

んん?…あれ?…コレ…いつもの殉だよな…
やっぱ近所のスーパーと商店街が限界じゃねえか…大学OKとか奇跡だったぜ…
っていう…いつものコイツだよな…?

けど

コレはコレでオレ、やっぱり…あんまり嬉しくねえなァ……何でだ…

「行けねえなら、オレ一人で行ってくる。おめえは部屋で待ってろ。その後付き合え」
「……いや…行ける…心配ない……だって、にいさんは…行くんだろう?」

無理しなくていいぞ?…って
言ってやるべきか迷うとこだが……せっかく本人やる気だし…たまにゃ頑張らせていいよな、クラスメイトごっこも無事やれてるわけで?オレも二人で街、一緒に歩きてえし?

……なんか…殉の…顔色悪ィけど……
まァ…学内の理科生どもとは、…確かに雰囲気、違ぇけど…客層っつか…全体に、全然…

…ン?…でも今、かなり嬉しかったな…オレ…

なんでだろ…?



「…殉」
「はい」
「…お前…オレのシャツ両手でがっちり握って後ろからついてくんの目立つから。そっちのが異様な感じで見られるから…せめて横に並べ」

つっても…大学生の男二人で手ぇつないで歩いてたら、やっぱ目立つよなァ?
…たまァにそういう奴、学内じゃ見かけたことあるけど…。背中抱くくれえなら不自然でもねえか…?

あ…でも今のコイツ、女の子に見えるかも…?
案外、違和感ねえか?…オレも…

…明るいネイビーにピンクとパープルとホワイトの大柄斜めクロスライン、胸ポケットピンクのコントラストパネルシャツ。ボタン全開で白のインナーに軽めのシルバーネックレス。
デニムっぽい黒のスキニーパンツにベルトは殉が誕生日にくれた刺繍入りのネイビーの。下はサイドジップのローヒールショートブーツ…

で?…色も揃えてある感じだし?コイツと?…偶然だけど…
…フツーにエスコートしてるみてえに見えるかも?

…いやそれはそれで悪目立ちするか…ペア男女で肩抱いてって…今時かえって引かれるよなァ?…バブル期じゃあるまいし……ま、別にいいけど…

…なんてぼんやり考えながら、一緒に歩いてたら、
すぐ着いた。

場所はアクセス良好、超便利。
裏門から渋谷まで出て、
渋谷から銀座線乗って、すぐだった。

「コレが、噂に聞く…銀座、か…」
「……すげえだろ?ってか地味に恥ずかしいんだけど?…オレが…」

やっぱりオレのシャツ片手でぎっちり握ったまま、銀座四丁目の交差点で、立ち止まってぼーっとビル群見上げて感嘆とか…勘弁してくれ…

もっとも最近じゃあ…中国人観光客がカメラのシャッターきりながら溢れかえってる、
外資系の町と化してる。老舗は奥に引っ込んじまって、表通りは別世界。
オレたちも、いっそチャイナにまぎれそう…価格表示もドルと元だらけ…つか…
海外高級ブランド店と、ユニクロや低価格帯の定食屋が混在してる状態って……いわゆる二極化が進んでるって証拠かよ?…

「今度、一緒に…夜、来るか?」
「夜!?」
「綺麗だぜ?街の灯りが。店はおおかた閉まっちまってるが。観光客は大勢歩いてるし。灯りが綺麗だ。休日の昼はホコテンあるしな」

オレは…わりと好きなんだけどな。…この派手な街…。
殉は…嫌いだよなァ?…きっと…大っキライ…

あ…なんか…今、寂しい…って…思ったかも…オレ…


政治家なんかが贈答品買うデパートの、特設催事場で、
いつも世話になってるドイツ人二人分のおやつ買った。

あいつらコレ好きだよなァ?…っていう向うの、やたらでっかい特大ピザみてえなホールと、四角くてひらべったい黒いケーキ、トリュフやプラリネいっぱい並んだギフトチョコとか…。

きらびやかなショウケースに、突っ込むみてえに凝視してた殉が、

「こんな甘いものを…こんな大量に食べるのか…あの二人が…。ええと…スイーツ男子??ってことか…?」
「サイズは向うでっけえから、だいたい何でも。けど、あんまり激甘じゃねえ、同じヨーロッパでもフランスなんかと違って。
むしろ日本のに似てる、甘さ控えめで。つーかおめえ…スイーツ男子…て…マスコミの煽り文句かよ、ドコで憶えた?、
ケーキとチョコってあいつら的に、女子供の食いもんと思ってる日本文化が謎って言われるぜ?幼女から青少年、ジジイまで、みんな大好きケーキとチョコなんだよ。しかもココのチョコって結構、ワインとかビール入ってるし、酒のつまみにも使うから…
…ってどうした?」

満員電車みてえな人混みの中、きょろきょろしながらぎこちなく歩いてたかと思えば…

「……どうも…人に…酔ったらしい…」

ザッハトルテの実演なんかもやってるイベントスペースのど真ん中で、殉が、青い顔してしゃがみこんでた。

ったく…。しょうがねえなァ。やっぱ結局コレか…
「お客様、どうかなさいましたか!?」って走ってきた店員に、
「いや、大丈夫だ。おと…いや妹が少し…気分悪くて。でもたいしたことないんで」って言ってるオレが何か恥ずかしいんだけど…

どっかで休んでってもいいんだが…この際、早めに引き上げたほうが賢いよな…

いつか…
ここらへん、お前とブラブラ散歩してえけど…?…オレは…。

その夢、叶うかなァ…?…
すっげえ簡単そうな夢なのに……


あァ…
と、ふと思った。

要するに…
コイツが…オレの苦手なものが好きで、オレの好きなものが苦手…ってのが…
…気に入らねえのか…オレは…

違う人間なんだから当たり前…なんだが…
それじゃ嫌なんだ…オレ…どうしても…

あ〜やべえなオレも…

と思ったけど。
仕方ねえよな、だってそう思っちまうんだし…
今も…何だか…すごく…

殉の背中支えて、また地下鉄乗って
途中、渋谷で乗り換えて、

寂しいなァ…とボンヤリ思ってたら、

岡本太郎の絵の前で、
殉の足が、
突然、

縫いつけられたみてえに、
止まっちまった。

「おい、どうした?」

殉が…
畳20枚以上も貼り合せたみてえな巨大フルカラー壁画を、じっと見上げてる。

「なんか…変…だ…」
「なにが」
「すごく…」
「あ?」
「なんだろう…」
「なんだよ」

「痛…い…」
「エ?…やっぱ具合悪ィのか?…休むか?」
「にいさん…この絵見てると…なんだか…全身が…痛くなる…胸とか背中とか…左腕とか…」
「は?…絵??なんで?」

…いや…まァ…ゲイジュツよくわかんねえし…オレ…。そもそもピカソと区別つかねえ、この絵…。

「じゃあ見るな。行くぞ」
「うん」

って言ったのに。
まだ見てる。
って…オイ…

何なんだ…
岡本太郎が悪ィのか…。
太陽の塔も、絶対ダメだもんな、お前…。
やっぱ痛いとか言って。
オレも何かアレは嫌いだけど…どういうわけか泣きたくなってきて…。
じゃあだからオレみてえに計画的に見倒して慣れるか、いっそ見なきゃいいのに…
なんでわざわざ今ここで唐突にガン見してんだよ、
お前は…!?

「おい、殉?!」
「にいさん…やっぱり…すごく…痛い…腕が…ちぎれそうだ…」
「は?腕??…ちょっ…オイ?!」

呻いて、
左腕押さえて
ペタンと両膝ついちまった…

…ええ?!
こんな所で…??
渋谷駅の
ど真ん中だぞ…?!

「もう少しだから!とりあえず立て、そして歩け、頑張って!…それとも…おぶってやるか?…すっげえ目立つけど」
「大丈夫だ、歩ける…」

もうホンット訳わかんねえ…
深淵の謎だろ、こいつの地雷の位置…

どうしよう…

と思ったけど。
フラついてるこいつ抱えて
引きずるみてえに、
井の頭線の各停に
ようやく押し込んだ。

車内時間、約3分。
カップ麺時間、超長え…。

ダメだな、あの駅。
メトロ側の駅に外から行くしかねえ。
乗り換えの位置が…
つまり、あの絵の前、通らなきゃあいいじゃねえか…。
それとも渋谷がダメなのか?…
でも行くとき大丈夫だったよな…
じゃあ井の頭線か?…
それともやっぱり岡本ゲイジュツがNGなんじゃねえのか…
何なんだ一体…

とか考えてたら、マジでもうオレが頭痛…って感じになってんのに…

駒場まで戻ったら、
殉が元気になってた…。

お前、何だったんだ?さっきの…ってくらい…

…やっぱ…人が大勢いるからダメなのか?…
草木ねえから?絵か?岡本太郎なのか!?…でも何で?
…ってコイツに訊いても多分わかんねえって言うよなァ…

…困る…

「しかしお前、売りやってたとき、銀座のクラブとかは…?」
小さく首振ってる。
「そんなVIPっぽいとこ行ってない…ア?一度だけあったかも…でも良い思い出じゃない…憶えてない」
「憶えてねえ?どういうことだ」
「夜で…よく見えなかったし…車で誰かに連れてかれただけだし…個室に入れられて…後は…よく…わからない。なんか…気がついたら全部終わってて…」
「………」
これアレだな…聞いちゃダメなやつだな…せっかく忘れてんのに…
「……じゃァたとえば…新宿までなら、どうやって行ってたんだ?」
「タクシー。あと他人の車。あと歩いて。あの路線、どっちも乗ったことがない」
「……そうなのか」

エ?…車と…徒歩??!…どっちも、無い??

「電車は?地下鉄とか…」

首ふってる。横に。…マジか。こいつ、…まさか乗らねえの?!メトロも?JRも?!

「乗り方…わかんなかったし……カードみたいのも最初、買い方、わかんなくて…それに……地下鉄は……閉じ込められる気がするから…苦手だ…」

マジでか?!…やっぱ受験よりそっち難易度高かったのかよ、コイツの場合…

「それに…何か気まずい…乗りにくい…狭くて明るい場所に…通勤通学の人たちや…家族連れとか…大勢いると…どきどきする…」
「どきどき?どんな具合だ?ちょっと具体的に感想、言ってみろ」
「…なんとなく…死ねとか殺せとか帰れとか言われて…石、投げられそうな気がする…空き缶とか…空きビンとか…お菓子の空き箱、飛んできたり…」
「…来ねえよ。きたことあんのか?誰かに言われたか?」
「…無い…と思う、が……わたしが帰ると周り中が喜んで…歓声上がって、大勢が喝采するような…いや、大丈夫、平気だ。そんな気がするだけだから。…大丈夫だから…」
「………。つーか大学もいるだろ、いっぱい。しかも若者。しかもおめえの言う健全…かどうかは知らねえが」
「うん。…でも…この学校は…なんだか…気にならなかった…。皆の雰囲気が…全然、違うから…たぶん…他所の明るい場所とは…だいぶ…?」

…やっぱり…そうか…
要するに、奇跡おきたの、ココだけかよ…おめえの昼の生息可能圏内、この周辺だけか…!!

しかも乗れなかったのか、……
井の頭線…大学の門から目の前だけど…
つながってるトコだけど…
フツー使うならコレだろ?って感じだけど…

…ん?!…ちょっと待て…コレ乗れねえと…進学して本郷行くとき、どうすんだ…?!
イキナリ駅で変なスイッチ入るうえ…地下鉄の果てまで苦手とか…?!
…受験のときは…たまたま電車止まっててタクシーで連れてったけど…
毎日だと…どうすんだろう…
タクシー?!!
いやいやいや無理だろカネ無え。
だからって今度はオレが水商売やるわけにも…免許取るとか車買う?いや無理。自転車?…遠すぎだろ…
そっか?オレが、毎日しっかり抱えて引きずってけば……それも何だかなァ?…それに…オレがいねえ時は…どう…

………ダメだ、やめだ。…そんときになったら、考えよ…



大学突っ切って北門のほうから、
住宅街の奥に入った。

これから行く家も、
妙な外国人男が二人で住んでるトコだけど。
アイツらなら殉も平気だし…
やっぱ変わりもんだし…

ユーロ圏のパートナー法で結婚してやがるし。
テレパシーで会話できるみてえだし。
やっぱり前世で約束してて一緒に生まれ変わってココにいる…って…電波なんだけど。

今度、二人、養子もらうらしい。両方、男の子で。
リビングに写真飾ってあって。可愛い子供たちだった。ジョルジュとザナドゥ…つったかなァ?
これで4人家族、完成かよ?…って訊いたら、
「実に、フォルコメンハイトな家族像だ」
とか訳わかんねえこと言ってやがったけど…。

その完璧家族に乱入とか、まずいかって。最初はちっと気にしたけど。
まァ…つきあってみれば何つーか…常識的にモノ考える連中じゃなくてホント良かった…
ってかマトモな奴とはつきあえねえのかもなァオレら両方とも…って気も、時々しなくもねえような…
はァ。
べつに、それは…いいんだけど…オレは…

実家に現住所突き止められねえように、
そいつらの住所に、
オレたち兄弟の住民票を置いてもらってて。
そのうえ大学入学時の保証人にもなってもらってて。

今春以降、ずっと殉の体のことでまで世話に…
となると…
菓子折の一つも持ってたまには訪問しなくちゃなんねえよなァ?
…ってことなんだが。

春、新しく弟の住民票と保証人も頼むとき、
家族増やすっていうから。
オレの住民票も置きっぱなしで、ヤバくねえのか?
って一応、訊いたら
「かまいませんよ、全然。弟さんもご一緒にどうぞ?ねえ?スコルピオン」
「ああ、わたしはとくに気にせんが?ヘルガがいいなら構わん。任せる」

そんな反応だった。もっとも…

「もちろん、わたしたちは全員同居で構わないのですが。実をいうと…同性パートナーの場合、法律上、ドイツではまだ養子縁組できないので。しばらく保留中なんですよ…
ええと…結婚は事実上できますが、子供は持てない、というイミなのですが…」
「それで我々としては、実はアムステルダムの大学に戻る予定だったのだ、本来ならば、今頃は。
だが、わたしの都合で、…しばらく日本に、…ということになったもので、色々と予定が延びてしまってな」
「ですから今のところ、子供たちは、来日しても観光ていどですし…気にせず、この家も自由に使ってくれていいんですよ?」
「なんなら本当に引っ越してきては、どうだ?きみたちも兄弟二人で?」
「それは良い考えですスコルピオン、家賃も光熱費も食費もタダになりますよ?あ、ウチの家事全般、手伝ってもらいますけど。可愛いペットの世話とか」
「ではケンザキ。わたしからも一つ条件が…」

……って、おいおいおい…勝手に話進めんじゃねえよ、住まねえし。これ以上、他人のやっかいになりたくねえし…オレらの目的、まず違うし…
テキトーすぎんだろ…何でもかんでも…
子供って…まだ小学生くれえで、おめえらの親族の子とかじゃなかったか?
メンドくせぇお年頃だろ…
だいたい、こいつら国籍とかって、どうなってンだ?…アムステルダムはドイツじゃなくてオランダだよな、確かにあそこなら同性婚で養子もアリだし…ユーロ圏ほぼ、二重国籍OKで色々、便利みてえだが…カネでも買えるらしいし…

向うにも家、持ってそうだが?…ユーロ同士で正規の勤務先ありゃあ別にいいのか…
まァ日本の感覚なら…隣県みてえなモンだし?東京から青森引っ越すより近いか…?

てかコイツらの場合…
第三帝国で、オランダもドイツ領とか思ってそうで怖ぇ…さすがに公然とは向うじゃ冗談でも言えねェが…


実は結構厳しくて
学生どころか他の教授たちにも怖がられてて…
陰で総統と参謀なんてあだ名ついてて…
やたら民族主義者で独善的で気難しいようなんだが…
フトコロに入っちまうと、わりと何でもアリな
ドイツ人…夫婦…っていうのかアレ?どこで婚姻届出したか知らねえが…パートナー?

一応、法的には、オレら二人とも、
そこで同居してることになっている。


「住民票って…にいさんは最初からそこに置いてたのか?」

隣歩きながら、すっかり平常に戻った殉が言った。

「いや最初は…転々とさせてた」

色々…。物件の住所だけあって、人の住めねえトコにまで、まじ色々。
もう成人したから、そうビクつくこともなさそうなモンだが…
気が狂ってるからな、なにしろ相手は…
ってそれオレたちの実親だけど。
殉の養父母はもっとヤバいし。

「まァ一番最初は、当時つきあってた女んとこに置いてたんだが…結局、問題が…
借りがいっぱいデキちまって…だんだん身動きつかねえように…そのうち学生結婚迫られるし。向うは年上でOLだったんだが…それでカネ持ってたし、アレコレ世話に…」

「それは、ヒモという。もしくは女性を騙すジゴロとか?男の風上にも置けない」

…………おいソレ何の知識だよ。

続けて、
妙に憮然とした殉に言われた。

「にいさんは、女性にうつつを抜かしてばかりいるから足元をすくわれるんだ」

ばかりって
なに言ってんだ何人もいねえだろ。
しかも、ごく短期間だろ。
仕方ねえだろ必要だったんだよそんときのオレ的にゃ…

おめえ、児童養護施設出身の高校生が、
行方不明の弟探しながら大学入って独りで生きてくの
どんだけ大変だと思ってやがんだ。
まだおひとりさま高卒で働くほうがカンタンだぜ、
…つーか、おめえがもっと早く見つかってりゃこんなややこしいことにならなかったんだよ…
てかムダに男ばっかぞろぞろ引き連れて歩いてるおめえに言われたくねえよ、殉。

それより、お前こそ、さっきのアレ何だよ、
情けねえ。
デパートには行けねえわ、
電車も独りで乗れねえわ…
駅の雑踏でひっくり返るわ
どうすんだ?これから生きてくのに…

……て。

小言も、言い訳も、いっぱいしたかったけど。
こらえた。
八つ当たりみてえで、みっともねえから。

「……」

殉のやつ…黙ってオレを見てやがる。
しかも他人事みてえな冷やかなツラで。

……やっぱり
相当、根に持ってやがる…コレは…絶対…
と思った。

参ったよなァ…。
なんでオレ、こんなに責められてんだ双子の弟に…。
たかが一時期、女いたくれえで…。

いちお断っとくが、カネは借りただけだし
全額返してるしバイトと奨学金で。

付き合ってたのは確かだが、
結婚の約束チラつかせて転がり込んだわけでも、
そこに付け込んで騙して保証人になってもらったわけでもねえ、

生活費もキッチリ折半で入れてたから
ヒモじゃねえしジゴロでもねえ…


だから…つまり、その…
オレは、お前を…

あァもぅゴチャゴチャうるせえっ!、
オレはお前見つけて、一緒に暮らせりゃあ、それで…



あ、着いた。



◇to be continued◇