甲板の野郎どもは、すぐに集合した。
いつものように、ミニ海賊船の、賑やかな食事がはじまる。
突然のゴチソウに、誰もが仰天して、それから、ガキ丸出しで、はしゃぎまわった。
こいつらの食事の面倒見るのァ…おれァ嫌いじゃねェ。
海賊、つって冒険とボランティア活動にばかりいそしんでる変わりモンばかりの、この連中も、ここの小さなキッチンも、おれは、すごく気に入ってるんだ。
それに……
…それに、よ……
「あれ?ゾロは?」
最後に席についたトナカイが、急に気付いて、声にした。
「ゾロだけ、まだ来てないよ」
「まーた、来ないんじゃないの?」
ほっときなさいよ。
てな、お顔で、ナミさんが向かいの席から、からかった。
「きっとね、あんたにお酒とめられてから、スネてんのよ。今日パーティーだなんて聞いたら、ますます来ないわよ」
「だって、それは…」
モコモコが、困った顔で、モグモグ言ってる。
いんだよ、トナカイ。てめえはべつに、悪くねえ。
悪ィのは、地雷なんか踏んじまった、あのクソボケ剣士。
この間、
食料補給で小さな島に立ち寄ったら、偶然そこが、どっかの海賊のバカンス島で。とうぜん戦闘になっちまったわけだが…まァそいつらの基地に、知らずに迷い込んだわけだから、
あの迷子野郎が、そんなベタな罠にひっかかったりもしたわけだ。
どーせアイツのケガなんざ見慣れてっから、誰も気にもしてねェんだが。
ただ、最近乗船した、このトナカイ船医が、使ったクスリの関係で、ゾロに、しばらく禁酒を言いつけた。
それからだ。ゾロが、なんとなく食事時に遅れるようになったのは。
目の前で、皆が美味そうに飲んでるのに、テメェだけ飲めねえってのが、こたえるのかもしれねェし。たんにキズの具合が悪ィから、寝てたいだけかもしれねえが。なんとなく、のたのたしてて、
昼も夜も、つまんなそうなツラで、こころなしか、イキの悪ィサカナみてェな感じだった。
つい、この間も。
深夜、おれが明日の仕込みをやってたら、
イキナリ、バタンとドアがあいて、のそのそと、緑の頭が入ってきた。
そうして、おれの後ろに立ち、
「ノドかわいた」
と歯切れの悪ィ声で、ボソボソ言う。
うつむいてる頬が、ほんの少し赤い。
しかも視線が、迷子みてェにウロウロしている。
おれは、可笑しくなって、わざとクソ意地悪ィ声とカオで
「酒ならねえよ。あっても、てめェにゃ、やれねェな」
と返してやった。すると、
「わかってるよ。べつに……いらねえ」
いつもみてェに反撃もせず、ガキみてェなフテくされたツラで、ゾロは、そのまま何も飲まずに、出ていった。
「オイ、待て……待てって!!」
おれは、つい慌てて後を追い、
手すりにつかまって足を引きずりながら階段をおりかけている、ややしょんぼりした背中に、
「今度、イイモン作ってやるよ」
「あ?なんだよ、それ?」
「まるで酒みてェな、クソ不思議なジュース」
「あぁ?」
「期待して待ってな。おれ様に不可能なレシピはねェんだからよ」
「………ああ、頼む」
一度振り返ったゾロは、ぜんぜん気乗りのしねェ声で、またクルリと背中を向けてのろのろと降りていった。
ちぇっ。
やっぱ、つまんねェよなァ。
コイツが、元気に、くってかかってこねェと。
おれァ、心底つまんなかった。アイツをイジメてケンカすんのが、おれの今んとこ最高最大の楽しみなのに……。
創業記念パーティーは、まだ、はじまったばかりだ。きゃーきゃー騒いでる連中をそのままに、おれは一人で、もう一度甲板に向かった。
「起きろ。クソ剣士」
「あァ?」
淡い色の闇のなかに、ポツンと一人で寝ていたゾロは、
おれが、シャツの脇腹をクツ先で軽く蹴ると、妙にヤル気のねェ疲れたみてェな視線で、見上げてきた。
これがナミさんなら、100ほど美辞麗句並べたて、ご丁寧にお迎えすんのに。ほかの野郎どもにだって、もちっと優しくしてやんのに。
コイツだけは、おれァどうしても、見ると、蹴ったり突っついたりしたくなる。ま、頑丈だからカンタンに壊れやしねェし。
けど、だからって。ほっとくわけにゃぁ、絶対ェいかねえ。
こうやって迎えに来てやんねえと、
誰も呼ばずに、どっかで、一人淋しく、ブッ倒れてるかもしんねえし。
しっかり見張っておかねえと、
うっかり死んじまったりするかもしれねえし。
だから、おれは、いつも、
コイツだけは、絶対ェちゃんと探して迎えに行ってやるんだ。
「晩飯だつったろ。何で来ねえんだよ」
「ああ。今、行く」
そう言ってるわりにゃ、さっぱり動く気配がねえ。
また目つぶって、おまけに背中向けやがる。
コイツ……。
手におえねえガキだ、ったく。
何でもわかったみてェな態度しといて、ぜんぜんわかってねえし。素直じゃねェから……
……おれと、似ている……。
おれは、今度は脇腹を、足でドカリと踏んづけた。
「起きろつってんだろ」
「うるせェな」
「作ってきてやったぜ?」
「あァ?何を?」
「てめェのオーダーだろうが。忘れんじゃねェよ」
その足どけやがれってツラしてるコイツの目の前に、
隠し持ってたソレを、手品みてェに出してやった。
すると、
「まさか、それ…こないだ言ってたヤツか?」
とたんに数日ぶりにエサにありついた子犬みてェな目に変わって、ゲンキンにも起き上がった。
フン。
こーゆーとかァ、おれより単純バカだな、オマエ。
もっとイジワルしてやってもいいんだが。今日のおれ様は、特別記念感謝Dayのため、大変に寛大だ。
鮮やかな色彩を波打たせた冷たいグラスは、もう水滴で濡れている。
落とさねェように、コイツにしては、かなり注意を払って、おれから両手でグラスを受け取った。
ま、両手つっても、片方は例のバクダンでやられてる。ふつうの人間なら即死だが、コイツの場合、片手片足の損傷ていどで済んじまうトコロがバケモンだよ。そのうち完治しちまうだろうし。
けど、まァ、今のコイツは、身体が半分動きにくいのも、かなりムシして、喜んでグラスを受け取った。
それから、
少しがっかりした目でジロジロそれを眺め回した。
「なんか………とても酒にゃあ見えねえな」
「飲んでみろ」
「甘ったるい、ただのジュースみてェだ」
「いいから、飲んでみろよ」
何度かためらってから、
ゾロは、思いきったように唇をつけた。
「どーだよ?」
「んん……」
何口か飲み込んでから、しばらく考え込んでいる。
それから、
おれを見上げて、
グラスを見て、
もう一度、おれを見た。
「ホントに…酒じゃねえのか?これ……」
「ジュースだつったろ。おれ特製の、スペシャル・ヘルシージュース。ちなみにアルコール分はゼロだ」
「へェ……わかんねえな。全然、酒じゃねえって、わかんねえ……」
久々に、コイツの素直に感動しまくった声を聞いた。
そんなに酒飲みたかったんなら、皆に、そう言やァいいのに。つーか黙って盗み飲みしたっていいだろうに。義理がたく医者のいいつけ守ってるあたりなんざ…まったく……なんつーか……。
これだから、ほうっちゃおけねェ。
「気に入ったんなら、またココに持ってきてやるよ」
「いや、いい」
ゾロは、
今度は、すぐに返事した。
「一緒に行くから」
べつに…特別、機嫌イイ顔もしちゃいなかったが。さっきまでの、かったりィ態度は消えていて、どうやらいつもの、淡々とした活動力が戻ってきたみてェだった。
たァく。
えれェわかりにくいクセに、
………それなりに、わかりやすい野郎だよな、オイ。
誰もこんな、でっけェガキの面倒なんて、みきれねェよ。
おれもガキだから、よけい見てらんねェよ。
けどコイツよりゃァ、おれの方がオトナだとは思うぜ?そこは間違いねェよ。
ってコトに、…………
まァ、とりあえず、しとけ。
「ほれ、行くぜ」
空んなったグラスを名残り惜し気に握ってやがる手に、おれは、自分の手を差し出した。
ホントは、独りで歩くの大変なんだろ?だから、のたのたしてんだろ?今日はサービスDayだから、仕方ねえけど手ェかしてやるよ。
その手を、
しばらく見ていたゾロは、
「ああ」
と言って、珍しく素直に取る、
とみせかけ、
パン、と小気味よく、ぶっ叩いた。
「いっってェなッ!!このクソ野郎!!一流料理人の大事な手に、何しやがんだ!?」
「はははは」
笑いやがった。
ガキそのまんまの声で。
全部、おれに預けちまったみてェな、まるで無防備なツラで。
その瞬間、
おれは……コイツに、
おれのこの手を、くれてやってもいいと…思った…。
コイツの面倒なんて、とうてい見きれねェが。
おれの、命より大事なこの手を、くれてやってもいいと、思った。
ナミさんになら、好きとか、愛してるとか、おれァ1日に1万回だって言ってみせる。でも、コイツになんて、絶対ェ言ってやらねえ。つーか言えねえ。他の連中にだって、けっこう優しいコトバかけてやるし、蹴ったり殴ったりなんてほとんどしねえ。
でもコイツのコトは、いつも、おもいっきり蹴るし、めいっぱいイジメたりもしちまう。
でも、
もし、おめェが、もっと大ケガしちまって、手なんかなくなったりしちまって…てめェの夢も果たせねえほど、大変なことになっちまったら……
そしたら、
おれの、この手をやるよ。
ジジイは、ジジイの一番大事な赫足くれたから。おれァ、おめェに…手をやるよ。
ホントは、くれてやる義理なんざねえんだけど。恩だって、返してもらうことァあっても、返すコトなんざ、何もねえんだけど。
だけど、それでも、いいと思うよ。
それは…
インスピレーションみてェに働いた、おれの一瞬の感覚だったけど。
たしかに、
あん時のジジイの声を、
一緒に聞いたように、思った。
「なんか、にぎやかだな。今夜は……」
座ったまま、
盛大に明かりと笑い声がこぼれてるラウンジの方を見上げながら、
ゾロが言った。
「なんか、特別な日なのか?」
「ああ。バラティエの創業記念祭やってる」
「ふーん。じゃあ、今日は、バラティエの誕生日ってわけか」
なんでここで創業祝わなくちゃなんねェんだよ?とは突っ込まず、案外、素直にゾロは納得した。てめェの事にゃムダな意地張んのに。仲間の事には、呆れるほど、まっすぐだった。
「そ。何だって生まれた日ァ、いちお、めでてェからな」
応えながら、おれは聞いた。
「お前の誕生日は、いつだよ?聞いといたら、祝ってやってもいいぜ?クルー全員の、やるつもりだから。お前も…」
「あぁ……。今日だ」
は?
なに?
ちょっと待て。あっさり言うな。
なんか、聞き違った気がするぜ。
「もっかい言え」
「だから、今日だよ。耳悪ィのか?アホコック」
「はァ!?何で今日なんだよ!?」
「なんでつったって、今日は今日だ!!11月11日が、おれの誕生日なんだよ!!」
「バッカじゃねェのか!?てめェ!?なんで先に言っとかねえんだよ!!もう、今日が終っちまうだろーが!!」
「アァ!?バカはてめェだろ!聞かれてもいねえのに、言うわけねェだろうが!!」
ああ。
そりゃ、そうか。
てめェは、そういうヤツだった。
今のァ、おれが悪かったよ。
「わァーかったよ。じゃあ、今夜、皆が寝静まってから一人でキッチンに来い。おれが、ひっそり祝ってやるから」
「あァ?べつに…。おれのァ、めでてェ日ってわけでも何でもねえし」
「めでてェだろ。生まれてなきゃァ、お前、夢だって追えねェんだぜ?」
「関係ねえだろ」
「さっきのスペシャルジュース、好きなだけ飲ましてやるけど…」
「………じゃあ……行くか」
はっ。
クソ単純野郎め。
要るモンと要らねえモンが、呆れるほどハッキリしてやがる。
勝手で、クソ我がままだし。
ごっついし。
かわいくねえし。
お美しいレディでもなけりゃ、大恩人ってわけでもねえ。
こんな野郎が、ジジイの言ってた、おれの誰かだなんて…
どう考えてもオカシイだろ。
ぜってェ、ンなわけ、ねえよ。
て思うのに………。
けど、
これで、11月11日は、おれにとって、どうしても祝いてェ事が、2つに増えちまったじゃねェか。クソ。
「よし。行くか」
ゾロが、おれのダランとおりてた手を、今度は、ホントに取った。
おれの手首を、ケガしてねえほうの手で握って、反動つけて元気な片足だけで立ち上がる。
辺りはうすら寒ィのに。
ズキズキするほど…あったかい手だった。
「で、今夜、何時頃行けばいいんだ?」
珍しく、おれに、おとなしく背中支えられながら、ゾロがひょこひょこ歩いてやがる。やっぱ独りで歩くのかなりキツそうじゃねェか。ま、コイツが素直なのは、酒ジュースの効果、絶大って感じ?こりゃ、おれにしか出来ねェ技だしなァ。
「べつに、何時でも。おれァ、ずっと起きてるし」
「じゃあ、12時前に行く」
「そだな。11月11日が終る前に来とけよ。誕生祝いなんだから」
「ああ」
無造作に聞かれて
無造作に答える。
でも。
おれの側にあるゾロの手は、しっかり、おれの腕を掴んでてて。ちゃんと体重預けてくるから、
なんだか、おれは、幸せだと思った。
もちろん、ジジイに育てられた9年間だって、幸せだったわけだけど。
なんつーの?
もう、飢えても渇いてもねえっていうか……。
好きなヤツのために、存分に何かしてやれるって、気持ちいいモンだよなァ。
それだけで、ほかに代償いらねえって気ィするよな。
ジジイの心境も、ちっとだけだが、わかった気するよ。
おれとジジイ、コイツとおれじゃあ、なんかイロイロ違うけど…。
この、あったけェ背中を支えてやれるおれは、
あったけェ手で、つかまれてるおれは、
なんか、すごく満ち足りてると、思った。
ラウンジの、窓の明かりがキラキラしてる。
誰かが、またバカやったらしく、どっと陽気な笑い声が響いてくる。
11月11日の、今日、という日、
ごったがえした嬉しさが、この船に、溢れているみてェだった……。
【Fin.】
【NOVEL TOP】
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