うねるような、驚愕、喜び、

突き上げ、胎動する、産声のような…

… あの、処刑台の、大歓声を……おれは、今でも、憶えている。

一つの時代が始まったんだ、と思った。
そして、おれの…夢も。

あの男に会うために、おれは生まれてきたんだと、

たしかに、おれは、そう信じた……。





「大佐、新しい手配書が!!」
「あァ」

「スモーカー大佐!!港にまた海賊船が!!」
「あァ…」

「大佐、また新しい手配書が届きました!!」
「あァ……」


「スモーカー大佐!!港に海賊船が、もう一隻!!今度は、でかいです!!」


「…………あァ……今、行く……。手配書は、まとめてそこらに置いておけ……」



今朝から、奇妙に、騒がしい。

しかも、おれまで落ちつかねえ。

仕方ねえからてめェのデスクで石積みなんかもやってみたが、それも今一つ、うまくいかねえんだな。
また崩れちまった石を一つ、手にとって、
おれは…
この海軍基地の窓から見える街を眺めてみた。

ローグタウンは…

好きな街だ。

活気があって、うろんで。うさん臭い連中がゴロゴロたむろしてやがる…その足元にゃ、
ヤツらのギラついた夢が 、紙クズみてェに散らばっていて。

得るも、失うも、てめえ次第。

そんな活気が、おれがこの街を仕切るようになってから、減ったって。
そう、ボヤく奴も大勢いるんだが…
そりゃ、お門違いってモンだ。

おれより弱ェ野郎ばかりなのが、いけねえ。

おれァ…あの男を捕まえるために強くなって、あの男に会うためだけ に、ここに居るってのに…。

ボヤきてえのは、おれの方だよ。


この町へ来たのは、偶然じゃあない。
海軍本部に配属されたら、まっさきにココに志望出そうと決めていた。
そのために、おれは海軍に入り、手柄たてては、がんばった。
やっと大佐に昇進して、
ローグタウン基地のポストに空きがあるって聞いた時ァ…

そりゃ嬉しかったね。

辞令も待たずに、その場の手荷物だけひっ担いで、任地にすっとんでった。

前任の大佐で、今度、少将になって本部に帰るってえ栄転野郎がまだ居たが、
そいつをイスからどつき落として、

おれが、ココに、座った。

この町で張ってりゃあ、必ず会えると信じた。

もう一度、あの男に……。

ゴールド・ロジャーに…



たしかにヤツは、死んだ。

それは、憶えてる。
けど……

あれから、ずっと…待っていた。

あの日から、ずっと。

……あの男を……あの男だけを…




… ガキの頃の衝撃を、おれは、今でも忘れちゃいねえ。

当時のおれは、この町に群がるクズの一人で、
毎日ケンカやっては店行きゃ、かっぱらい、

そんなどうでもいい消費活動に明け暮れてた。

つまんねえ人生だって、そりゃおれだって内心は思ってたが、
他にやりてえこともなかったんだから…仕方ねえ。

だが、そんなときでも、

ゴールド・ロジャーの噂は、

毎日みてえにイカレた酒場を盛り上げていて…

クズどもは、みんな、奴に憧れた。
奴みてえに、なりたがった。

おれは…
そう…
なんで、だろうな。

決して、ヤツになりてえとは、思わなかった。

そんなことが出来るたァ思えなか ったし。

その代わり…。
そう、その代わり、 おれは…

あの男を、ゴールド・ロジャーを、

いつか捕まえる男になってやるって、

うらぶれた酒場の、破れた奴の手配書に、天啓みてえに誓ってた。


ま、言ってみりゃその方法が、よくわかんねえから、
オレはグダグダとケンカ三昧に明け暮れてたってわけだ。

海軍に入りゃいいのか。
それとも海賊になりゃいいのか。

だが、どっちも嫌だね、おれァ…。

と当時のおれは、思っていたし。

ただ、

この…二束三文のガラクタみてえな人生を、必ず変えてやる。
そう誓ってたのァ確かだ。

おれは、こんなところで終る男じゃねえ、
そう、いつだって思っていたしな。

ま、思いたかった…てコトなのかね。よくわかんねえが。

それから、しばらく経った日だよ。

ヤツが掴まっちまったって聞いたのは。


信じられねえって…


おれは、まっさきに思った。


おれの…意欲と夢を、
こっぴどくヘシ折られた気がした。

死刑台に連行される奴に…集まる見物人を、かき分けながら、
おれは…
おれの一生は、

やっぱり…ちっぽけなゴミに終っちまうんだって。

勝手にそんな気がして、
なんだか愕然としちまってた。

おれの目指した男は、そのていどのヤロウだったのか?

うちひしがれた、見るも無惨で情けねえ男を、おれは、そこに見るんだと、思っていた。


ところが。


そこにいやがったのは…

海軍に、引っ立てられる罪人じゃねえ。


海軍を、引き連れた、王者だった…。


みすぼらしい手かせをはめられ、
鋭い武器に囲まれて、
死刑台へ向うヤツは、

これから何もかも失うってェのに、

今までも、
そしてこれからも、

何一つ無くさねェってツラで笑ってやがった。


おれは、ふたたび、凝然とした。


「おれが…捕まえるハズだったのに…」


おもわず独り言みてえに呟いてた。
届かねェ。

あまりにも、偉大で、荘厳で。

とても、おれには、手が届かねェ。

しかも、やつは、これから、もっと遠いとこまで逝っちまうんだ。


誰の手も、二度と届かねえところまで。


ガキのおれは…
見物人の波の最前列に突っ立って、

ぼうっとそんなことをアホみてェに考えた。


ヤツが、今、ゆっくりと、おれの目の前を通っていく。


このまま…おれの夢や野心や、生きる意欲とか、憧れとか、そんなモンまで去ってっちまう。

命かけて追いかけるモンを、おれは失っちまう。


そう思ったおれの心を、

…… ヤツが読んだとしか…思えなかった。


「おれァ死なねェよ」


そう言って、
ヤツが、笑ったんだ。

凄まじい両瞳が、

たしかに、おれを、見ていた。


「待ってな、ボウズ。おれァ必ずまた、ここに、現れる。また…ここで、逢おうぜ?なァ?そしたら、今度はつかまえてみろよ」


おれは…何も言えなかった。


なぜ、ヤツが、
おれにそんな言葉を、通りすがりに、かけたのか。
疑う気すら起きなかった。

ただ…

ゴールド・ロジャーは、死なない。


決して、死なない。


死んでも、死んでも、きっと、また、生まれる。




ヤツの面影をしょった、ヤツそっくりの男が、必ず…またここで、おれと出逢う。





そんな…おとぎ話みてェなコトを、

いつのまにか、おれは信じてた。

本気で、信じた。



そうして何年も年を重ねて…

いつか、気がつくと、

ゴールド・ロジャーに、もう一度、逢うことが…

おれの人生の、すべてみたいになっていた。


とっくに死んだハズの人間だ。

でも、どっかにいるんじゃないかと、
心のどこかが思ってた。

あの男の、すべてを受け継いだ、 あの男の、面影をもった、 あの男の、真の生まれ変わり…


そんな男が、必ずどこかに、いるはずだ。


そいつを、おれは、待ち続けた。



けど。
いくら待っても来やしねェ。

どいつも、こいつも、クズみてェな海賊ばかり。
たまに名ァあげた奴がいたって、 なにもかもが劣っている。

ロジャーじゃねえ。どいつも。こいつも。あんな偉大な男にゃなれねえ…

そのうちに、おれは、
待つのが面倒くさくなってきた。

もう、あんな男は、いくら待っても二度と現れやしねェ。

半分以上は、そう思うことで、
どうにかてめェの心に、諦めつけようと思うようになっていた。


そんな時だよ。


あの、妙ちきりんな、麦わら野郎が、ローグ・タウンにやってきたのは…


Dの名を持つ…あの男が。


そいつァ…

王者みてェな品格からは、ほど遠い野郎だった。

ガタイだって貧相だし。
立派なヒゲもねェし。
声も違うし。
バギーごときにつかまるようなマヌケだし。


なのに。


何が、そうだと、思ったんだろう。


あいつこそ、おれの待ってた男なんだと、一瞬、また…

天啓みてェにピーンときたんだ。


なのによ。
おれのカンも鈍ったモンだと、すぐにガッカリしたね。

あまりにロジャーに会いたくて、
ついにテメェがイカレちまったのかと、

おれは本気で確信した。

ゴールド・ロジャーは、いなかった。

ヤツを追っかけようって輩はたくさんいたが。

ヤツになる野郎は、いなかった。

……おれと同じように。


麦わら小僧だって、そうだと思ったよ。
ゴールド・ロジャーに、会ってみてェって、
そういう顔でおれを見た。

なんだよ…テメエも、ただの、ロジャーの追っかけか。
ただの…憧れだけじゃあ、あの男にゃなれやしねえ。

ロジャーと同じ男が、
ロジャーに憧れるわけはねえ。

金魚が、金魚のフンには、ならねえんだ。
そんな…酒場のチンピラと同じわけはねえ…。

そんな安いことをする代わりに、ただ、遠大な野望と威厳をもって、テメエの死に際に、つかまえた海軍さえも従える、ド迫力を、全身から滲ませているハズだ…


そう…

確信しちまっていたのに…


なのに……そんなド迫力もなかったくせに…
ロジャーと似た、なにも持ってなかったくせに…
ただの憧れヤロウに見えたのに…


笑いやがったんだよ…


あの…麦わら野郎は…


あの…

処刑台で…


あの、王者みてえなゴールド・ロジャーと、まったく、同じツラで…



全身が、総毛立ったよ、まったくな。


おれも…野郎と一緒に、カミナリに打たれちまったんだと、思った。


…心臓が、ビリビリ痺れて…髪の先からつま先まで、感電したみてェに震えやがった…。




そうして。



夢を見る力が、おれにもまだ…じゅうぶん、あったんだって…


まだ…おれにも、そんなエネルギーが、ものすごい重量で、実は残っていたんだって…


おれに…思い出させてくれた。


嬉しかったぜ。
そりゃ本当だ。

ありがとうよ。

だから、てめえを、最大の礼として、今度こそ、おれが、この手で、捕まえてやる。 このおれが…

あの日、たしかに、ゴールド・ロジャーに、

この場所で、約束した、このおれが…




麦わらのルフィ…


おれの…ゴールド…
おれの……チカラいっぱいの…生きてる証、



力強く、光輝く、巨大な黄金…




美しい、




一生、命を賭けて追いつづける、おれの夢……





◆END◆