ルフィは……

ゾロの、戦ってる姿を眺めるのは、好きだった。
緑の髪の、均整のとれたカラダが、
つけてるピアスと同じ数の、煌めく刀を自在に操り、なみいる敵の間を一直線に駆け抜ける。
抜けたとき、そこに毅然と立ち続けるのは、ゾロだけだ。
そういう鮮やかな戦いも。緊迫して心臓が締めつけられるようなサシの決闘も。
見ているだけで、ただもう背筋がゾクゾクする。
鼓動が、高鳴る。
体温も、高くなる。
大声、出したくなる。
できれば、すぐに飛び出してって、自分も一緒に同じ敵と戦いたい。
そうは思うが、ルフィはじっとガマンする。

だって、邪魔しちゃいけねえ。
こんなに凄くて、ドキドキしてて、びっくりするほどキレイなんだから。誰かが入って乱しちゃいけねえ。

そんなふうに、アタマよりも、体が感じる。
だから、日頃、絶対しないガマンも、そこではしている。
それくらい、好きだ。

でも。それと同じくらい。
笑ってるゾロも、すごく好きだと、
やっぱり、ルフィは体で思う。

大口あけて、声をたてて笑ってるゾロは、戦ってるときとは別人みたいに、無邪気で無防備で、穏やかだ。
そういうゾロを見ていると、ルフィは、なんだか嬉しくなる。嬉しくって、自分ももっと笑いたくなる。
それは、戦いの時とは違って、ちっともガマンしなくてもいいものだから。ルフィは遠慮なくゾロと一緒に声をあげて笑う。
すると、もっと、もっと、楽しくなる。
世界中が、夢のカタマリの楽園だらけに思えてくるほど、楽しくなる。

だから、ゾロが、もっと、
いっぱい、いっぱい、笑えばいいなと思う。

なのに。

ゾロは、あんまり笑わない。怒ったり怒鳴ったりは、しょっちゅうだし、敵を前に、ニヤリと意地悪く笑うことはあるけれど。ほがらかに声をたてて笑うなんて、めったにない。

今日は…?と視線を転じると。
やっぱり甲板で、朝から、苦虫を噛み潰したような仏頂面で、眠っていた。

なんでだ?

ルフィは、そのたびに納得のいかない不条理な気分になる。
天気が良ければ、甲板は、格好の昼寝場所だ。
風は気持ちいいし。波の揺れが、心地よく身体に響いて。ポカポカ暖かい陽射しに、誰だってついウトウト眠くなる。
爽やかで、いい日和ならなおさらだ。
こんな素敵な一日には、もっと楽しげな寝顔であってもいいと思う。
なのにゾロは、眠っていても、笑わない。
眉間に皺を寄せ、細い眉をつりあげたまま、眠っている。
それよりも。
目覚めて、自分と一緒に楽しく騒いだっていいはずなのに。
そんなことは、もっと、ない。

不満だ。

ルフィは思う。
せっかく海で冒険してるのに。憧れのグランドラインに入ったのに。もっとゾロだって喜んでいいはずだ。自分と一緒に大声で、楽しく笑っていいはずだ。
他の皆のように。せめて一日一回くらいは、バカみたいに大騒ぎして笑ったっていいはずだ。
なのに、なんで、笑わないんだろう?
しばらく、船首に座って考え込んでいたルフィは、
ぴょん、と
特等席から飛び下りると、ズカズカと、そのそばに向かった。




「………あ?」
明るい陽射しの下で寝転んでいたゾロは、急に、暗く、重くなった気がして目が覚めた。
「…………」
「おう。ゾロ」
目をあけると、目の前に、
というか。
自分の腹の上に、ルフィがドンと乗っている。
どっかり腰をすえ、片方の足首をヒザにのせ、腕組みしながらこっちを見ていた。
「何してんだよ、お前…」
「考え事」
「……そうじゃねェだろ。なんで、おれの上に乗ってんのかって聞いてんだよ」
「乗りてェから」
「……………」
マジメな視線でハッキリ言いきる船長に、ゾロは、うっとつまった顔をする。
どうしようかと、少し逡巡するように、薄い唇が動きかける。
でも結局、「おりろ」とは言わなかった。

ルフィは、ムズカシイ顔のまま、考え込んでいる。
そうして、ゾロを敷いたまま、
「ゾロ、お前さ……」
「んん?」
「なんで、笑わねェんだ?」
「はァ?」
めんくらった顔で、ゾロが見上げた。多少、逆光になってはいるが、船長の、真剣な眼の色だけは、よくわかる。唇が、ふくれた子供そのままに、とがっているのも、よくわかる。
それが、いかにも不満をブチまけるように、動いていた。
「ゾロは……」
「あぁ」
「おれと会ったばっかの頃のが、ずっと笑ってた」
「……………」
「会ったばっかの頃は、おれがバカやると、絶対、笑ってくれた。ナミとおれがケンカしてても、よく笑った。ちゃんと、声あげて、楽しそうに笑ってた」
「……そうかね」
少し困ったみたいにゾロは、応えた。それから、何か考えるように目を細めて、
「お前はいつも、笑ってるな」
と言った。
「おぉ。毎日、楽しーからな」
「そりゃ結構だ」
「ゾロは…?楽しくねェのか?」
「…………」
「楽しくねえのか?」
「…………」
ゾロは、黙っている。
ルフィは重ねて聞いた。
「ゾロは…おれと海賊やるの、楽しくねェのか?」
まだ、黙っている。
しびれをきらしたルフィが、もう一度聞こうとしたとき、
「そうだな」
そう、はっきりと口にした。
その表情は、とくべつ不機嫌でもなかったが。
べつに、笑ってもいなかった。
淡々とした口調で、ゾロは言った。
「お前と居るのは、けっこう疲れる」
「疲れんのか。お前…。おれと居ると?」
「ああ。かなり疲れるな」
「いつからだ?」
「あァ?」
「いつから、疲れんだ?」
「そうだな…。だんだん、だな」
「だんだん、か…」
「ああ。前より、今のほうが、ずっと疲れる」
「だから、笑わなくなったのか?」
「……あぁ。……そうなんだろうな」

「……………………」
「…………」

「ダメだ!!」
急に、ルフィは、カッときた。
ゾロは、少し驚いている。
「んん?何だよ。いきなり」
「絶対、許さねェからな!!」
「だから、何をだよ」
「お前が、船降りたいつっても、おれは絶対、許さねえぞ!!」
「ルフィ…」
ゾロは、また口をつぐみ、ルフィを見上げた。
強い、視線だけが、互いの間を結んでいる。
逸らさないまま、
「でも…」
とゾロが言った。
「おれが、なにがなんでも降りてやるっつったら、お前、どうすんだ?」
「ええっ!?何が何でも、降りんのか!?」
「たとえば、の話だ」
「うーん」
困ったように。
本当に、困ったように、ルフィは、考え込んだ。
首を深く折り曲げ、額がヒザにくっつくほど丸まって、うーん、うーんと唸りながら悩んでいる。
それから、不意に顔を上げて、
「今は思いつかねェけど、考える。考えて、どんな卑怯な手ェ使っても、一緒にいられるように、がんばる!!」
そう言い切った、その様子は。
まるで…小さな子供が、大事な物を取られまいと必死に抵抗するワガママみたいだった。
「あん時も…そうやって、おれのこと脅して、ムリヤリ仲間にしたんだっけな」
「おぅ」
ルフィは頷いた。
ゾロと、最初に出会った日のことを、思い出していた。
「そんなの、お前だけだ。追いつめて、逃げらんねェようにして、脅迫してまで連れてきたのは、お前だけだった」
「…………」
「絶対、欲しかったんだよ。お前のこと。でも…」
その、強引で、いつもキッパリした表情が、曇った。
「お前は、おれと居ると疲れんだろ?」
「ああ」
「おれ、どうすりゃいいんだ?」
「てめェで考えんじゃねェのか?」
「ヒントくれ」
「ヒントねぇ…?」
また、二人の視線がピンと張る。
お互い、黙ったまま、じっと視線を引っ張りあって譲らない。

「…………」
「…………」

はーっ。
と、諦めたように手放したのは、ゾロのほうだった。
「仕方ねェ。教えてやろうか」
「ホントか!?」
ぱあっと。
ハタ目にもわかるほど、ルフィの顔が明るくなる。
その顔に向かって、ゾロが言った。
「お前が、アホなことすんな」
「へ?」
「船から落ちんな。海で死にかけんな。いちいちトラブル背負って帰ってくんな。これから出会う敵の誰にも…敗けんじゃねェよ」
さっきと同じ。
いつもと全く同じ、表情と、口調だった。
ルフィは、おそるおそる、聞いてみた。
「そしたら……ゾロ、ずうっと一緒に居てくれんのか?おれと一緒に笑ってくれんのか?」
「ああ。でも、無茶やんねェと、お前じゃねェよな」
「………」
「だから、やりてェようにやれ。でも、おれに、心配かけんな」
「……それ…」
「あァ?」
「なんか…難しいぞ。ゾロ」

また、
改めてすっかり困ってしまったルフィを、腹に乗っけて、

「んじゃ、しばらく、それを考えてろ」
今度はゾロが、片目をつぶって、クスリと笑った。

Fin.