静かな雨音が、聞こえる。


何時なのかもわかんねェほど薄暗ェ部屋。でも、柔らかくて暖かい。
あーやっと終ったんだ。長かったぜ、って。重荷下ろしたみてェに、やっぱおれでも、ホッとしてる。

ベッドに、ゆっくり足伸ばして寝れるのァいつぶりかなァ。これで足に包帯なんかなかったら。アバラがギシギシいわなけりゃ。もっとノビノビできんだけど。


…あータバコ吸いてェ。


どこ置いたっけ。つーかスーツねェし。ビビちゃんに、取ってきて火ィつけてくれって…言いてェけど…なんか言えねェなァ。アタマが冴えてきてんのにカラダだけ動けねェってのァ…なかなか辛ェモンだ。


んなコト考えながら、おれァ暗ェ辺りを、目だけ動かして見回してる。
一列に並んでるベッドは、まだ皆眠ったままで…静かだ。
人がたかってる隣の隣は、たぶんルフィだろ。チョッパーが忙しそうだなァ。冷やしたタオル持って、ビビちゃんが行ったり来たりしてる。護衛隊長だかいうオッサンが困ったみてェにウロウロしてて。そのスキ間から、珍しくゼェゼェ言ってるルフィの息が漏れている。アイツが、一番、大変そうだった。
いや、みんな、大変だったんだ。誰もかれも、くたばっちまったみてェに転がったままシンと静まり返って動かねェし。包帯だらけで。薬飲んだり冷やしたり。

おれの額にも、タオルがのってる。熱ィと思ったら、熱あるんだよなァ。まァなァ。そんなモンだろうなァ。あちこちボコボコだしよ。少し動いても死ぬほど痛ェし。一人じゃタバコも探せやしねェ。

……なァんて思ったら、ちょっぴり悲しくなっちまった。

変だな。何でかな。

敵、ちゃんと片付けたし。おれの持ち分、クリアしたし。皆、無事だったんだし。クロコダイルは吹っ飛んで。ビビちゃんは喜んで、おれたちゃ勝って…この国、救われて…大団円…

けど…

何だろう。少しだけ、胸のあたりが寒ィ気がする…。外の雨が、おれの中まで降りこんじまったみてェに…。待ってたハズの雨なのに。なんだか……切ねェ…?……


しばらくして、ビビちゃん達が、いなくなった…。休憩か?そのほうがいいよ。だってずっと詰めっきりじゃもたねェぜ?
けどそしたら、
動くモンが何もなくなっちまって……もっと…


…静かになった。


いつもクソうるせェ全員が、眠り込んでて。なんでおれだけ先に目が醒めちまったんだろうって思うほど、皆、よく寝てやがる。
ヒマだな。
やっぱタバコ吸いてェ…。
でも、吸えねェし。何もすることねえし。

だから、おれは………

飽きるまで、隣を眺めることにした。
だって、こんな時じゃねェとゆっくり見れねェし。今ならコイツも文句言わねェし。おれも仕事ねえし。好きなだけ見放題。

だから……この宮殿全部を包む、静かで柔らかくて湿った雨の中、

隣で寝てる…顔にまで包帯巻いた男を……

おれは、さっきから、ずっと…眺めてる……。


「ゾロ…」

「クソ剣豪…」
「怪我人…」
「マリモヤロー…」

誰も起きてねェから。何度か、小声で呼んでみた。
でも反応ねえな。眠ったままだ。

おれの隣で。
包帯巻いたゾロの腕にゃ2本のチューブが繋がっていて。
1本は赤いの。も1本は透明な液体が、規則正しく流れ落ちてる。
輸血に点滴かよ。
……バッカみてェ。まァた重症だな。

そういやァ…おめェ、すげェのブッ倒したんだってな。おれよりNo上のエージェントに当たって倒しやがるたァムカつくぜ。有名な殺し屋なんだってよ?そいつ。また…てめえだけクソ有名になっちまうじゃねェか。
畜生。ムカつく…。
でもって…。3日もたてば…おめェは…また、いつもみてェに走り回って。またヘーキでどっか突っ込んでいくんだろうよ…。

このクソバカを…

できればナイトみてェに、守ってやりたかった気もすっけど…。
結局、おれァそれどころじゃァなくって。
コイツにゃそんな必要もなくて。

そりゃまァ…コイツは、か弱いレディじゃねえし。おれよりバカ力で。おれより有名で。おれより……認めたくねえけど……強ェんだし。おれは、そんなコイツが好きなんで…だから、べつに…

べつに……

這うみてェに、やっと手ェのばしたら…ゾロの、ガサガサした包帯たどって……指に触れた。
冷てェ。
なんだよ。こんなにクソ冷えちまって。おれが…熱すぎんのかなァ?いつもねェ熱なんかあるから。

あァ?そうか…。きっと、血ィ足りなくて。輸血に点滴なんかしてるから。だから、体温下がっちまって…こんな…

こんなに……


……ん…

少しだけ…ゾロが、身じろいだ気がした。唇が小さく動いて…さっきから時々なってたみてェに…苦痛こらえるみてェな不規則な短けェ息ついて…それから…また、静かになった……。

それっきり…動かねえ…。

あとは昏々と眠るだけのコイツの手を、おれは…クソ痛ェのめいっぱいガマンして……しっかり握って…
それが意味あんのかどうか…全然わかんねえけど……でも、そうしてェから……おれの熱で、コイツの冷てェ腕を、一生懸命、温め続けた…。








翌朝。
陽の光で目が醒めると、
雨が、止んでる。
眩しくて、まばたきした視線の先に……
……不思議そうに、こっちを見てるゾロがいた。

「あァ…おはよう」
ちょっとびっくりして…でも寝たまま、おれが言うと、向こうも寝たまま、「ああ」と言った。
それから、しばらく見つめあってる…。眠ってる間に、手はもう離れちまってたけど…
マクラから一直線に、コイツの視線が……

何だ?どうした?オイオイ朝っぱらから。おれが寝ぼけてんのか?てめえがか?っつーか、てめェ…Mr.1と戦ってアタマでも打ったんじゃねェだろな?いや打ったのか。包帯、ぐるぐる巻きだもんな…。
けど、
「手が…」
「あ?」
何か言い出そうとした、おれより先に、ゾロの口が動いていた。
「手が、よ……」
「あァ?手がどうしたって?」
「………………」
それからまた、ゾロは黙っちまって、今度は、てめえの包帯だらけの腕ばっか見てる。

あァーあ…もしかして、おめェ…?おれのクソ暖ったけェ愛を感じてくれた?!そォかい。感激したンなら、ぜひスナオに…

「変な夢、見てた」
んな?

しばらくして、ゾロは、おもむろに。キツネにつままれたみてェな、けど、かなりマジメなツラで言った。
「変な夢、見てたんだよ」
「ヘンな夢?」
「ああ。おれが、10歳くれェのガキに戻っちまってて……山に行くんだけどよ…」

ちっ。そうか。そうきたか…。んなこったろうとは思ったけどよ。こンの鈍感ヤロー。気付きもしやしねえ。そりゃ寝てたんだから仕方ねえけど…。寝てなきゃ……大人しく握らしてもくんねェンだろうけど…
だァからムカつくんだったら畜生てめェは……あァ……なんか……サビシイ……とか思ってねえ?おれ…

くそ。仕方ねえから、先、聞いてやるよ。

「何で夢ん中で、わざわざ山なんか行くんだ」
「あァ…おれァ昔、よく独りで近所の山に入っちゃァ特訓してたンだけどな」
ふーん。やっぱ体力バカっぽい幼少時代を過ごしてたわけね。
「それで、いつもみてェに竹刀かついで山登ったら、急に暗くなって土砂降りになっちまって…。そしたら雨で足すべって、ガケから落ちて、道見失っちまって……仕方ねえから、岩陰で雨宿りしてたンだ………」

そりゃ……ますます……おめェっぽい展開…。けど、アレだろ。昨日まで、雨降ってたし。お前、ケガしてるし。だから、それで……

「そんでよ、道、わかんねえし。そのうち腹はすいてくるし。むちゃくちゃガケから落ちたキズ痛ェし。しかもだんだん凍えちまうほど寒くなってきて……。とくに手が…腕が…ひでェ痛くて、凍えてて……このままじゃ、おれ剣振れなくなっちまう…どうしようって……」
「はーん。珍しく弱ってんじゃねェか」
「うるせえな。だからガキなんだよ、小せェ。そんで、どうしたらいいかわかんねえから、むちゃくちゃ心細いんだけど。どうしようもなくて、膝かかえてガタガタ震えてたんだ。………そしたらよ」
「?」
そこでゾロは、おれを見つめて。…フシギそうに、コトバを続けた。
「そしたらよ、…空から、カイロが降ってきた」
「カイロォ?」
「白ェ紙の…振ったりするとあったまってくる簡単なやつ、あんだろ」
「あァいわゆるホッカイロとか」

バーカ。
そりゃ現実、おれの手だろ。
定価80ベリー相当。コンパクトでお役立ちな…使い捨てグッズ。
コイツの夢ん中でさえ、おれァせいぜいそんなモンかよ。
………なんか、割に合わねェキモチだなァ。
でもまァ実際…そんなモンか……。

なんとなく…おれは、落ち込みそうな気がして。ヤツ当たりだってわかってながら…迷惑そうに言い返した。
「なんだって、そんな夢の話、おれにしてンだ?」
「あァ?……んん…それもそうだな」
思わずナットクしたみてェに。
しばらくゾロが、考えてる。
「……いや、それがよ…」
でもやっぱり言っとこうって決めたみてェに、性懲りもなくヤツの口が動いた。
「そのカイロな…」

クソ…もういいって。お前。何か、その先、聞くと、おれ、落ち込みそうだし。どうせ、ただのホッカイロなんだし。たった80ベリーだし。そんモンなくたって、どうせお前は大丈夫なんだから。だから……

…だか…ら……

「そのカイロな、ひっくり返したら、ぶっとい青マジックで、裏に、でっかく名前が書いてあんだよ。『サンジ』って」

へ…?

「なんだサンジのか。って、おれ、思うんだけどよ、おれァガキなのに、しっかり、お前のこと憶えてて……
……すっげェあったかかったンだよ。それあって、めちゃくちゃ助かったんだよ。あったけェし…ホッとして嬉しくて……あァきっと、おれ、助かるんだなァ、これで元気になって、また家に帰れるんだなァって思って。つい、それ抱いて寝ちまって……そんで目が覚めたら、てめェがいたから……だから……そういう夢の…」

……………

「なんっで、てめェ笑ってンだよ?!」

やっぱ話したのはマチガイだった。てツラして、思いっきり後悔してるゾロに、おれは、遠慮なくゲラゲラ笑っちまった。骨に響いて死ぬほど痛かったけど、肺までイカレんじゃねェかって思うほど笑ってた。

あいたたた…
マジ痛ェ…

でも。


雨、やんで。
窓の外は、爽やかな快晴。
午後には、きっと、もっともっと熱くなる…。

勢いよく手ェ伸ばしたら…
あァ、今日はうまく動く。午後から…近所に買物くらいは出れそうだ。

「タバコ…買いに行くんだけど…」
「あ?」
「付き合う?」

そう言って、寝たままゾロに、ニッと笑いかけたら、
ヤツは仏頂ヅラのまま、
「………おれァ…ハラ減ってンだ」

そうして寝たまま、

「なんか食いモンも買ってくれ」

おれの腕へ、昨夜のおれくらい、ずるずる引っ張るみてェに無理しながら、包帯だらけの手を伸ばした。


―Fin.―