(なんか、おかしな事になった)


ナルトを連れたまま、ゴチャゴチャした繁華街を抜け、郊外に向かって歩きながら、サスケは思った。
なんでわざわざ家にさそったのか、自分でもギモンだ。



……のわりに、ナルトは、素直に喜んでいる。


なんだかウキウキして、辺りの風景を落ち着かない視線で眺めている。

その横顔を目にすると、また息苦しくなってきて、サスケは、自分がどうかしてしまった、と思った。



「お前ってば、イイ奴じゃん。家でめしおごってくれるなんて!!」
「フン。二人一組で行動だから、だ」
そっけなく言ったものの、声がかすれている。


(くそ!なんで…こんな…)


舌打ちしながら、サスケは、思いきって視線を上げた。



目の前にフサフサ揺れている、金の髪。大きな、蒼い瞳。
無垢な、ブルーだ…。
邪気のない顔で、笑っている。
なんだか、とても、いっしょうけんめいに…。
ずっと見てると、こっちまで、無垢で一生懸命になってしまうような……。


「…………」



二人がのぼる、ゆるやかな坂道の両側には、白塗りの土塀が、延々続いている。
家紋を彫った軒瓦。いかめしい門。三階建ての櫓…。
この辺りは、木ノ葉の国でも、高級住宅街なのだ。



「うっわぁーッスゲーッスゲェーッってばよ!!」



さっきから辺りを眺めまわして、ナルトが、はしゃいでいる。まるで、初めて見るものばかりみたいだ。
なかでも、ひときわ巨大な門の前で、ナルトは立ち止まった。


「これ、何?家じゃねェよな!?城!?」


高く反り返った瓦の先を、呆気にとられて見上げている。
「だ……大名様のお城みてェだってばよ!!いってーどんなヤツが住んで…」
「城じゃない。家だ」
「家ェ!?」
「そこ………オレんち」
「なぁ!?」
あいた口と一緒に、ナルトは、ちょっと引いたようにサスケを見つめた。
「お前ってば、なんで……こんなデケー家に住んでんの!?」
「……いいだろ。……そんなの、どうだって」
そっぽを向いたまま、サスケは答えた。


今まで…。


ここに、誰かを連れてくるなんて、考えもしなかった。


『うちは』と聞くと、誰もが興味をもつ。いろんな事を、知りたがる。術も、家も、趣味も、なんでも。
でも、誰にも見せたいなんて、思わなかった。



「なんだよ?」
あんまりナルトがジロジロ見るので、サスケは門をくぐりながら、なんだかキッとなって、睨み返した。
が、ナルトはケロッと笑って、照れたように頭をかいた。
「へへっ…なんか…嬉しィ…」
「嬉しい?」
「オレってば、夢だったんだ。誰かんちに、お呼ばれすんの」
はっとして、サスケは、目の前の笑顔を見つめた。
ナルトは、ちょっと興奮したように、笑っていた。
「なんかさ、なんかさ、ゴーカなごちそーとかしてもらったりしてさ」
「………」
「一緒にテレビ見たりィ…そこんちの母ちゃんに、ナルト君、お風呂よォとかァ、ゴハン出来たわよォとか言われたりィ……」
「………」
「んでさ…父ちゃんには、ナルト君、まだいいだろう。今夜は泊まっていきなさい、とか言われたりしてェ……そんで、そんで、だんらんの後は、一緒に寝たりしてさぁ……」
「………バカ」
「え…」



そんなことを言うつもりじゃなかったのに。



一人身ぶり手ぶりで、熱心に、なりきり演技やってるナルトを見ていたら、なんとなく、居たたまれなくなってしまったのだ。
プイと横を向いて、サスケは言った。
「ナルト君ゴハンよォ。なんて、呼ばねェよ。ウスラトンカチ」
「なっ!!いーだろ別に!!ちっと希望を語ったんだってば……」




「この家…オレしか、いないんだ」


横を向いたまま、サスケは、ポツンとそう言った。



今度は、ナルトが、言葉を飲んだ。












バカ広いキッチンに立って、サスケは、戸棚をガサガサしている。最初はおとなしく見ていたナルトだが、そのうちだんだんソワソワしてきて、とうとう後ろから声をかけた。


「サスケ!!」
「あぁ?」
「お前さ、お前さ!料理とか出来んの?」
「………」
サスケは、黙って棚に手を突っ込んでいる。ちょっとだけ静かになったナルトだったが、やっぱりガマンできないように、声を張り上げた。
「あのさ、あのさ、ラーメン作ってよ!!」
「……………」


サスケは、別の戸棚を開けた。
しばらく、そこをガサゴソやっていたが、そのうち、


「たいした具、入れらんねェぞ。フツーのしか、ない。モヤシとか、ノリとか、チャーシューとか、シナチクとか…」
「いいじゃん!いいじゃん!!」
「あ、ナルトもあるな…」
「ナルト!?…それイイ!!それサイコぉー!!」
「何が最高なんだか」


応えながら………、



まるで、子供みたいだ。
と、自分も子供のくせに、サスケは思った。



棚から材料をかき集め、キッチンの下からミソの瓶をひっぱりだし、けっこう鮮やかな手つきでサスケが鍋をふるいはじめる。それをナルトは、ワクワクしながら物珍しくじいっと見つめている。


「なんで…」


とサスケは、つい聞いた。


「こんなモンが、好きなんだ」
「へへへ。美味いから」
「なんで美味いんだ?」
「へ?…なんでって……それは、美味いから」
「…………」


聞くだけムダだな。と思いつつ、それでもなんだか、サスケは、フトそんな気がして呟いた。


「いいな。お前」


「ん?…なんで?」




「オレには…好きな食べ物なんて、ないから」




そのとき。




湯気の向こうで、とっさにナルトが、怒ったような、それでいて、泣きそうな、顔をした。


けれど。
あんまり一瞬だったので、


ちょうど茹であがった麺をドンブリに移すのに気をとられたサスケは、それに気付かなかった。





【to be continued】