「今日は、お前らに、特別任務を命じようと思う」



そう、カカシが言いだしたのは、波の国から帰ってきて、しばらく経った頃のことだった。
その日も、予定より3時間半も遅れたあげく、さっそうとやってきたカカシは、


「最近、お前ら、超ダレててヒマっぽいからな。ま、ちょうどいいだろ」



頭の後ろに片手をあて、マジメなんだか、不マジメなんだか、よくわからない半眼で、もっともらしくメモなんぞ広げて読みながら、二人の前でそう言ったのだ。


「なお、サクラは、女の子の大事な用事で、今回はパス。お前らだけで行ってもらう。で…えーと、任務内容だが……」
そこでいったん言葉を切り、目の前の二人を見まわす。




サスケと、ナルト。




5メートルくらい間隔をあけ、互いに違う方向を向いたまま、顔だけカカシのほうへ向け、つっぱったように立っている。


再び頭をかきながら、カカシは、
「えーと」
と、手元のメモに、視線を戻した。
「各自、全力を尽くし、今一番欲しいものをすみやかにゲット。それを提出するように」


そこではじめて、サスケの黒い瞳が、チラと上がる。
それまで「わーお!」とか「う〜ん!そう!そう!!」とか「え〜!?そんなぁ〜」とか叫んでいたナルトも、隣でキョトンと怪訝なカオをした。
「なに?なに?先生、それ、どーゆーこと?」


黙って腕組みしているサスケを無視して、ナルトが一歩前に出る。大きな青い瞳がカカシを映し、パチクリと瞬いた。


「まァ、なんだ」
「へ?」
「期限付・宿題ってとこかな」


片手のメモを眺めつつ、相変わらず読めないカオで、カカシは淡々と答えた。


「ナルト、お前にだって、何かあるだろ?一つくらい。今すぐ手に入れたいってモンが」
「今すぐ…欲しいモノ?」
「そうそう」
「うーん?ラーメン…は、毎日食ってるしなァ」

妙に真剣に悩んでから、ナルトは急にヒラメいて、独り騒がしくしゃべり出した。
「あ、レアなお宝ってーと…新作のゲームってヤツ?!実はこの間、はじめてゲームってもん見てェ…すっげーの!!仲間を集めて大名城を突破せよ!究極の忍者バトル『大忍者』!!……でも、たしかアレって、集めるカードが五千枚以上あって……それがさ、カードからホントに忍者が飛び出すやつでさ!!立体映像なんだけど、武器とかもあって!!カードには一枚一枚チャクラが込められててェ……」
「ま。どっちでもいいけど」
ほんとうに、どっちでもいい声で、面倒そうに遮ってから、カカシはそこだけ念をおした。
「いいか?絶対に、自分が欲しいものね。命かけても、欲しいモノ。それを持ってきてもらう。期限は、三日以内」
「三日ぁ?!」
「名づけて、青春の惑いを撃ち破れ超作戦」




「は?」
なんかソレって、ちっと意味わかんねー…。と黙るナルトの横で、サスケは、「カカシのヤロー、センス悪化したんじゃねェのか」と寒くなったが、なっただけで、やはり口には出さなかった。
かまわず、カカシは続けている。
「それから二人とも、別行動はナシね。持ってくるブツは別々でも、必ず一緒にゲットしてくること。方法は問わない。期限は三日後の正午。提出場所はココ。説明事項は、以上。これ以上の質問は不可。んじゃ、そーゆーことで」
「待て待てコラァーッ」
一方的に消えかかったカカシの姿を、ナルトの慌てた声が引きとめた。


と。
「マジで戻ってきた…」
消えかけたカカシの姿が、もう一度実体化して二人の前に立つ。
そうして。さっきのマジメ顔から、一転、ニッコリ微笑んで、話の先を付け足した。
「言い忘れたけど……コレって、いちおー下忍の中間試験だから。不合格の場合は、アカデミーに逆戻りね。そのつもりで」
ピクっと、サスケのこめかみが動く。ナルトは、とたんに大きな瞳を歪め、ダダッ子みたいに、わめきだした。
「ちゅ…中間試験ー?!そんなの、あんのォ?!」
「そう。あるの。言わなかったっけ?」
「なんだよ、なんだよ〜!!これじゃ、アカデミーの頃とぜんぜん一緒じゃん〜!!せっかくプロの忍者になったのにィ!!」
「気持ちはわかるけど。常に油断するなって意味でね。でも、お前らはホレ、いちお、この間Bクラス級の任務遂行したばかりだし。楽勝だろ?」
「あ。そっかァ」
波の国でのことを思い出し、ナルトは、なんとなく妙に大袈裟に頷いた。
「ま、しょせん下忍用の中間試験だから。気楽にな。んじゃ、後ヨロシクってことで。オレ、これから職員会議だから……」
いつものように。
まったく表情も変えず、ほとんど抑揚のない声で、いかにもフツーにそれだけ言うと、カカシは、二人の前からフッと消えた。







「オイ…どう思う?」
ポツンと、二人っきりになってしまった橋の上で、サスケが、この日はじめて口をきく。
その、なめらかな艶のある声を聞くと、ナルトは、ギクリとたじろいだ。が、慌てて、それをごまかすように、組んだ両手を頭の後ろにまわし、ふんぞりかえって空を見上げた。
「ま、いーんじゃねーの?欲しいもん持ってくりゃいいだけだしィ」
サスケは、黙っている。するとなんだか奇妙に焦ってきて、ナルトはわざと大声で言った。
「でもなァ……オレってば、最近一番欲しいものって、何かなぁ?一楽のラーメンは、この間食ったし…」
「バカ」
お前に聞いたオレがバカだった。という声でサスケがプイと顔をそむける。
と、ナルトは、今度は無性にムカッときて、空から隣にカオを戻した。
「ンだよ!?ンだよォ!?サスケぇ!!だいったい、てめェってば、いっつも態度が異常にデケェーって…」
かみつくように怒鳴りかける。
それに反応する、サスケ。
ふたつの視線が、一瞬、マトモにぶつかった。



「う」
不慮の衝突事故にあってしまったように、同時に固まる。それからしばらく、気まずい沈黙が、シンと辺りに漂った。
「……………」
「……………」
なんだか…。ずっとそうだ。波の国から帰って以来。
お互い、まっすぐ、目が見れない。
朝から二人っきりで3時間半も、ここでカカシを待っていたのに、一度も瞳をあわせなかった。
こんなの、変だ。困るし……。
互いに、そう思っているのに。
長い長いその時間が、呼吸困難に陥るほど息苦しくて、なんでもないフリを装うのに、苦労した。
(しかし…このままでは…)
さすがにサスケの方は、ちょっと不安になっている。
これじゃ課題もこなせない。だいだい、指定された内容は、単独プレイ不可ときている。
(そうだ。今はナルトと二人で任務をこなさなけりゃならなくて…)
そう気がつくと、アタマが少し、切り替わった。
「よく考えろ、ナルト。いくら簡単っつっても…」
雑多な感情を強制的に押し退けて、サスケは、ようやく、建設的に口を開いた。
「あのカカシのヤローが、そんな単純な課題出すわけねーだろ?」
冷静に分析して、判断したとおりに口にする。
何も考えることは、ないのだ。そう、特別に意識することなんて、ないはず…だ?




「今までの傾向からいっても、あいつの言葉には、なにか必ず裏がある」
少し頬を赤らめながらもとにかく平常を保ったサスケに、ナルトも内心ホッとして、やっと、いつものように頷いた。
「う〜ん〜。忍者は、裏の裏を読め、てか〜?」
「アカデミーの卒業試験も、なにげに二段階選抜だったし……。もしかすると…」
「なんだよ?」
「今度行われるってウワサの中忍選抜試験の…一次試験。もしくは、予備試験を兼ねてるのかも…」
エ?と真顔になったナルトは、その瞬間、それまでのぎこちなさも一気に吹っ飛んでしまうほど、驚いた。
「ええー!!そ…それじゃ、これに合格したら、中忍試験を受験できるかもしんないってことかァ!?」
「わからん。だが、そういう可能性は高い、と思う」
「うぅーん…。うーん……」
「いずれにせよ、何かもっと特殊な答えがあるんだ。たぶん…」
「んじゃ…火影のじいちゃんちから何か秘宝をコッソリ盗んでこいとか…?!盗みのテクを見る試験だったりして」
「あぁ?」
「ニシシシ…じいちゃんてば、変な禁断コレクションいっぱい持ってっからよー…って…」
「…………」



「オイ!!待てってば!!冗談だってばよ!!」
慌てて追いかけたナルトを置き去りに、サスケは独り歩きはじめている。
「作戦名が…惑いを破る…だし……」
あえて、『青春の』は削除してから、サスケはブツブツ繰り返した。
(たいてい…カカシの言葉には、何かしらヒントが含まれている。あいつは、いつもムダな事は言わない)
橋を渡りきったあたりで、サスケは、思いついて、立ち止まった。
「今、ほんとうに欲しいモノを持ってこい。ってことかもな」
「だぁ〜?」
追いついたナルトが、
「そのまんまじゃんよォ。先生ってば、そー言ってたじゃん」
不服そうに、口をとがらせる。サスケは、振り返って、その、威勢よく動く、ふっくらした頬のあたりを見つめた。
「だから…ほんとうに、だ」
「は?…何言ってんのオマエ」
「ナルト、おまえ…」
「へ?」
「ほんとうに、ラーメンやゲームが欲しいのか?命かけてまで…?」
「う…」
「もし…ソレが無けりゃ、帰れねーほど、大事なモンってことだったとしたら。どうなんだ?」
「ンだよ。エラそーに!!だったら、サスケ、お前は何が欲しいんだよ!?エエ!!言ってみろってば!!」
「オレは……」
ちょっと、サスケは言い淀んだ。でも、なんとなく、ここでごまかしてはいけない気がしてしまった。
一応、任務だし。そう、思うことにした…ような気も…した…。
「兄貴の首」
「エ…」
「そいつをとらなきゃ……オレは、帰れない」




なんとなく呆気にとられたように、ナルトは黙っている。というより、リアクションに困って戸惑っているようだった。
サスケは、努めて事務的にうながした。
「オレの欲しいものは言った。お前は、何なんだ?」
「え?えっと…えっとぉ……」
「二人一緒に行動。ってカカシが言ってただろ。今度は、お前のを言えよ」
「えーと…えーと……。オレ、べつに生首とかは要らねーしィ…えっとォ…」
「火影」
「え?」
「じゃないのか?」
「………」
あんまり重大すぎて、舌でも噛んでしまったみたいにナルトは黙った。
重ねてサスケが聞いた。
「火影の名じゃないのか?お前が欲しいものって」
「そ…そーだけど…。でも、それって、今すぐとかじゃないし……。ずっとずっと、いっぱい努力してって、最後にゲットするもんってゆーかぁ…」
「フン。じゃあ、何なんだ」
「えっと……とりあえず…」




なんだか、さっきからイロイロ動揺しまくることが多すぎる。
あんまりチカラいっぱい考え過ぎたせいで、ナルトは唐突に、一番、基本的な重大ゴトを思い出してしまった。
「ハラへったぁ…オレ…」
「な…」
「だって、昼だぜェもう〜。カカシ先生、来るのが遅ぇーんだってばよ〜」
「…………」
少々ケーベツした呆れ顔で見下ろす、黒い瞳。その彼をニラみ、ナルトはペタンと道端に座りこんだ。
「しかたねーだろォ!!ゆーべから、何も食ってねーんだからよォ〜」
「寝坊すんのが悪ィんだろ。毎朝、ハイテンションのクセによー」
「寝坊じゃねーッ家帰っても、何もねーからだよ!!」
「?」
「冷蔵庫にもぉ、ねぇーの!!なんも!!下忍になってからぁ…ちっとしかぁ…」
「それって、もしかして…金ナイってことか?」
「…………」



いってみれば、忍者とは、『木ノ葉隠れの里』の国家公務員のようなものだ。請け負った任務を成功させ、得た報酬は、一度、すべて里のものになる。代わりに、各忍者には、階級ごとに里から給料が出る。
教職兼務の上忍や、特別上忍、暗部などは手当てが高くて高給だが、まだ見習いである下忍は、わずかなバイト料しかもらえない。
親の家に同居して生活費のいらない他の子供たちと違って、ナルトみたいな生まれつきの孤児の場合、アカデミーで奨学金をもらっていた頃のほうが、まだ金があった……。ということなのだろう。


「ナルト…お前…」
サスケは、つい、言いにくそうに目をそらした。
敏感に反応して、ナルトが怒鳴った。
「ンだよ!?っせーなぁ!!イヤミだったら聞いてやんねーぞ!!サスケ!!」
「いや…その…。…違うって…」
「?」
自分は、何を言おうとしているのだろう?
と、サスケは一瞬惑ったが、思ったときにはもう、口が勝手に動いていた。
「なら昼メシ…食わねーか。一緒に…ウチで…」
「へ?」
いったい、急に何を言い出すのだろう。自分は…。ナルトの境遇に、同情したとでも、いうのだろうか?
言った自分が一番驚いて、サスケの頬がカァッと熱くなる。自分でもなんだかわからないまま、サスケは、ヤケクソみたいに返事を待った。
しばらく、何も聞こえない。
チラリと横目に探ったら、ナルトが、硬直したまま、ボーッと見上げていた。



【To be continued】