シバ・ガーランドの艦は、ソドムの旗艦から少し離れた後方を飛行している。そう大きくもないし、シンプルなデザインだが、
機能的なつくりだ。ソドム・バースの通信が入ったとき、シバは指令室の自席に足をくんで座り…

…隣に、将官のように美しい甲冑をまとわせたソードを立たせていた。

「ソードのバカが!!まるで上級悪魔のようではないか!?シバ、貴様の悪趣味は、とことん、わからんな!!」

スクリーンに映ったソドムが、下品な高笑いを投げてくると、シバはさすがに嫌な顔をしている。
が、先にソードがキレた。

「るっせえぞ!!この変態ヤロー!!てめえの汚ねーツラを大画面で見せやがるなんざ、悪趣味どころか、ただのマヌケだろーが!!」
「なんだとぉ!?ソード貴様……」
「ソドム将軍。ケンカを売る相手が違うだろう。今は、作戦行動中だ」

嫌な顔のまま淡々と言うシバに、ぐうっと唸ったソドムは、どうにか怒りを噛み殺した。
それから精一杯、冷静に命じた。

「シバ。貴様に、急遽、変更された作戦を与える」
「変更?」
「総司令であるオレ様には、状況に応じて、臨機応変に対処する義務があるのだ」
「…………」

「我々は今、天界に向かっているわけだが…もうすぐ魔界と天界の境界、次元の扉に入る。そこで、だ。これから艦隊を二つに分ける。貴様には、一隊を率いて、天界の最前線の砦を攻撃してもらう」

「………わかった」

「ただし」と、そこでソドムは、ニーッと笑った。
「貴様が連れていくのは、一個大隊だけだ。あとは、扉の手前で待機とする」
「な…!?…んだよ、それ!!たった十六隻しか渡さねーつもりか!?…こっちに突っ込ませて、てめえは高みの見物かよ!!汚ねえぞ!!」
「ソード」
ややこしくなるので、目顔でソードを黙らせると、
シバはスクリーンに向かい、
「了解した」
とだけ言った。

べつに、砦を一つ奇襲するのに一個大隊もあれば十分だ、と、シバは思っている。

案外な反応に、焦りだしたのはソドムだった。

(ヤツめ……自信があるのか?)

もともと噂では。
シバ・ガーランドの指揮する軍は、必ず勝つ。しかも死者が、どこよりも少ないと定評がある。
しかし、ここで手柄を立てさせては、元も子もない。
徹底的に不利な状況で戦わせ、シバだけ失脚させるか、戦死させるか……。そのうえで、シバ・ガーランドの力を利用できるだけ利用して、勝利を飾る…というアテが外れてしまう。
「余裕なようだな。では…」
と、ソドムは付け足した。
「天界の砦を一つ落としたら、そのまま、貴様には独立で前進してもらう。一個大隊を連れて、落とせるだけ天使どもの砦を落としてこい」

「おやおや。とうとう本音まる出しだな」

シバは冷たく苦笑した。
「で?こちらが力尽きたところで、おまえが後ろから、私の艦隊ごと天使を攻撃する。というわけか?あからさまに我々を捨て駒に使う作戦だな」
「嫌だとは、言わせんぞ。敵前逃亡で、処刑してやる」
「ケ…まァた、そーゆーテかよ。てめえ、少しは正々堂々と勝負しよーって気になんねーのか!?」
ソードがほとほと呆れたように唇を曲げている。

(さて。どうするか)

シバは少し考えた。
仮にソドムに従っても、フイ打ちをかけるわけだから、天界が体勢を立て直すまでは、たぶん勝ち進むことができる。

(問題は、引き際だな)
さすがに、そのまま自殺覚悟で突っ込む気はない。
(まあ、いろいろ方法はあるが…)
顎に指をあて、あれこれ考えていたシバが、ふと、顔をあげた。

「………!?」

「シバ?どうしたんだ?」
敏感に反応したソードに、シバは、赤みの入った視線を返している。
「気付かないか?」
「へ?……ん〜。そういや、今、寒気がしたな。気色悪ィ悪寒みてーな……」

一瞬。
異様な気配が、艦隊を覆った気がした。

(なるほど。これが、気のせいでないとすると……)
ソドムの命令より、やっかいかもしれない。

また考え込んでいるシバに、イライラしたソドムの怒声が飛んだ。
「シバぁ!!貴様!!オレ様が命令しているのだぞ!!返事はどうした!?」
「………それは、いいが。ソドム将軍。ちょっと、外を見てみろ」
「なにぃ!?」
外には、魔軍の艦隊よりほかに何も見えない。
ただ、もうすぐ、天界と魔界の中間地帯に入る。
境界を示す白いケムリのような霧が、前方に見えている。

次元の扉は魔法によってどこにでも開けるが、この場所が、もっとも完全な扉を出現させやすい。

「それが、何だというのだ!!シバ!!」
「…………ソドム将軍。すぐに回避させろ。来るぞ」

そのとき、霧が晴れた。

ブン…。という耳障りな振動が伝わり、空間に、丸い鏡のようなものが現れる。鏡は、どんどん巨大化し、そこから、魔王軍のものではない、シャープな戦艦の先が見えだした。

「な?なんなのだ!?あれは…!!…まさか…」

金の旗に、白い翼のロゴマーク。

信じられないことに。
天界の大艦隊が、
まさに魔法でそこに現れ、じっとこちらを見つめていた。





「全軍、散開しろ!急げ!!それから、敵艦隊を分断するのだ!回りこんで、各個、撃破しろ!!早くせんか!!」
何がなんだか、わからないうちに、砲門が火を吹いている。
聖光のエネルギー弾が乱れ飛ぶなか、魔王軍は、ソドム・バースをはじめ、パニック状態で右往左往していた。

「まさに、イキナリだな」

イスの肘に頬杖をついて、シバは、逃げまどう艦隊を映したスクリーンを眺めている。

「奇襲をかけられたのは、むしろ、こちらか」
「って、おまえ……どーすんだよ、このままで…」
「まあ、待てソード。少し動きを見る」

攻撃を受けてすぐ、シバは、最初に権限を与えられていた三個師団に命令を与え、とりあえず、そこだけは体勢を立て直した。適当に防戦、迎撃させながら、様子を見ている。
「こちらの侵攻が読まれたうえに、待ち伏せされたのだ。それに……」
「あ?」

「見ろ。魔軍の今回の装備が、完全に読まれているだろ。たぶん、情報が漏れている。うかつにはいけない」
「だからって、このままじゃ…」

「それに、もうひとつ」
「?」

「ソドムから、まだ命令が来ていない」

シバは、唇の端をあげ、皮肉っぽく笑っている。
実際、被害が出ているのは、ソドムの三個師団だけで、シバの受け持ちは、ほとんど無傷で防戦している。

と。
言ってるそばから、ソドムがスクリーンに飛び込んできた。

「シバ!!貴様!!何をのんきに見ているのだ!?援護せんか!!」
「援護か。了解した。ところで将軍」
「なんだ!?」
「敵の数と布陣は、つかんだのか?」
「それどころでは、なかろう!!」
「では、教えてあげよう。敵艦隊の数、約800。こちらの二倍だ。中央が突きでた弧形に対峙して、前進してくる。これで…どうやら事前の作戦も、あなたの変更も、あまり意味がなくなったな」

「ぐ……。だから、どうしろと言……うお!?」
突然、横転したソドムが、またスクリーンから消えた。
一発くらい被弾したのかもしれない。

シバは、涼しい顔で、テキパキと援護のための指令を出している。艦は最後方に下がって待機したままだし、シバは座った椅子から動かない。
ソードはすっかり退屈して、スクリーンから視線を移した。
「なあ。おまえは、出ねーの?」
「出る?」
「あそこに、行かねーのかって聞いてんだよ」
画面の激しい戦闘を横目でチラチラ追っている。
シバは苦笑した。
「指令官が一人で戦うより、なるべく兵をうまくつかって各将校に手柄をたてさせる。それが団体戦の基本だ。そのほうが士気が上がって、皆、よく戦う」

ふつう、バラバラと自分勝手に戦いたがる悪魔たちは、団体戦に弱い。兵はもちろん、将官までが、自分の功だけを焦って勝手にメチャクチャな指示をだす。
おかげで、力で押し切ったり、白兵戦は得意だが、力の不利な場合や、艦隊戦は敗けることが多い。
シバの軍がいつも勝つのは、彼が兵を上手に動かすからだ。

もっとも。

ソードは、そんなことには全く関心がない。
ただ、暗黒魔闘術を振り回して、思いっきり暴れたい。ゾクゾクする戦いの快感を味わいたい。そして、欲を言うなら…久しぶりに、シバの絶大な魔力が見たかった。

「なァ〜。おまえは戦わねーの?」
駄々をこねる子供みたいに、もう一度、甘えた声で言ってみる。

「あそこ行って、一緒に戦おーぜ」
「こんなところで、副司令が暴走してどうする」
「いいじゃねーか。おまえが出れば、一発で片付くだろ」
「さすがに、あれだけの天界軍に一人で突っ込む気はしない。第一、味方が混乱して迷惑になる」
「チェッ。つまんねー」
「戦略は、好き嫌いで行うものではないよ」
「おもしろくなきゃ、戦いじゃねーよ」
ソードは退屈のあまり、ふくれている。

が、その目が、急に輝いた。

「お!?天使の軍艦から、何か大勢、出てくるぜ!?」

「……………」

シバもそれを凝視している。
重火器で砲撃ばかりやっていた軍艦が、少し下がり、中から手に剣を持った天使がぞくぞく飛び出してくる。
魔王軍の火器をツブした後、トドメは白兵戦で……ということなのだろうか?

誘われて、悪魔たちも次々に艦から湧き出てくる。
慌てたソドムが、前方の部隊に指令を出したのかもしれない。

「よし!オレも行くぜ!!」
一対一の戦いになったら、ソードは、もうガマンできない。血が騒ぐと同時に、本人も騒いでいる。
しかしシバは、そっけない一瞥をくれただけだった。
「私は許可していない。おまえは、私の補佐だろう?」
「けど!!」
「命令系統が乱れると、戦争は勝てない。ソドムは知らんが…私の軍では、上官に対する命令違反は、死罪だ」
「……う…」
ジロリと見上げる瞳に、ソードはビクッと震えている。

これがソドムなら「うるせえ!!」の一言で無視するだけなのに、なんだか知らないが、そうはいかない。
ソードは舌打ちして、そっぽを向いた。

しかし、シバは、それにかまわず、
「妙だな……」
戦局が一変して、乱戦状態になったスクリーンを見つめ、一人、呟いている。
「何がだよ」
ブスッとしたまま、ソードは一応、聞いてやった。
「ここで白兵戦というのが、妙だ」
「なんで?」
「私が天使の指揮官なら、戦艦で有利なときに、白兵戦にはしない。一気に、艦の全砲門で叩く」
「ん〜〜。そーゆーモンか?」
「むしろ、ここで一対一の戦いになるのは、艦にさんざん被害を受けた魔王軍のほうに都合がいい。だから、見ろ。魔軍は、半分くらい外に出払っただろ」
「〜〜〜〜」
なんだか、よくわからない顔で、ソードはまぶたをパチパチさせている。
「それに…」
とシバは言った。
「満月の夜に近いほど、魔力の高まる魔族が有利。なのに、天使たちが、たかが2倍程度、数が有利だからといって…わざわざ魔界寄りの場所で戦うのは変だ。それも、外に出て」

「オレは…相手が絶好調のときに勝負して倒すのが、楽しいけどな〜……」

ソードはボソボソ言っている。

シバは、一時、言葉を止めた。

それから、しばらくの間、

隣でブツブツ言っている可愛らしい悪魔を見上げていた。


そして突然、笑い出した。


「まったく、おまえときたら……」
「なんだよ?」
「せっかく、ここに連れてきて、戦略のたてかたを教えてやろうと思ったのに……ぜんぜん意味がなかったな」
「戦略ぅ?」
「わかった。もういい」
「んじゃ、外出て戦ってもいいか!?」
「それは、ダメだ」
「んだよ〜〜」
一瞬色めいたソードの顔が、再びフテくされている。

そこへ、再び、ソドムの顔が現れた。
「シバ!!貴様!!」
「どうした?将軍」
「なぜ、兵を外に出さん!?」
「私の預かる三個師団を言っているのか?」
「貴様の命令でなければ、聞かんとぬかしている!!」
「無理な合同がたたっているわけか。あなたから私に、指令がなかったからだろ」
「いいから、早く、兵を出せ!!」
「…………」

ブツッと切れた残像をしばらく眺めていたシバは、苦い顔で通信装置を手にとった。
そうして、
ソドムの命令を復誦したが、最後に、
「各自、自艦から、あまり離れるな」
と言い足した。

「おまえさぁ……なんで、そんなに引いてんだよ。まさか、怖いのか?」
さすがにイライラした顔で、ソードが挑発している。シバはアッサリ答えた。
「ああ。怖い」
「な……」
「いまのところ敵の動きが、まったく読めないからな」
「てめえ、見損なったぜ!!」とソードが怒鳴りかける。そのとき。声にかぶせて、
シバは、急にわかったように「ああ」と言った。

「敵の最高指令は、ミカエルという天使だな」
「へ?」
「今、敵・旗艦の、旗と船体のロゴマークが見えた」

気勢をそがれて、ソードはきょとんとシバを見た。
「誰だ?そいつ?知り合いか?」
「神の側近で…前に戦ったことがある。作戦展開は、けっこう上手い。一見、地味なテキスト通り…と見せかけて、これが案外、かなりの新しい物好きだ」
「ふーん」

頷いてから、ソードは、ハッとしている。
「って、てめー!!話そらしてんじゃねーよ!!」
「そらしてないさ」
「だぁから!!オレが言いたいのは……」
「ホラ、見ろ。ソード…」

「な………!?」

目を、ソードは疑った。
戦っていた天使たちが、次々に、脱皮するように変化している。
皮を脱ぎ捨て、天使の身体から現れたのは……

「悪魔だぁ!?」

たちまち、白い翼が、黒の羽になる。
天使の気が、悪魔の気に変わる。
身体の一部のように、装備までが変化する。

そうして。
目の前で、悪魔と悪魔が戦いはじめた。





一度、立ち直りかかっていた魔王軍は、またしても大混乱におちいった。
なにしろ、どれが敵で、どれか味方かわからない。
しかも今度は、外で戦っているから、戦艦さえも身動きつかない。
そこで初めて、
シバは立ち上がり、自分でソドムに通信を入れた。

「ソドム将軍」
「なんだ!?」

画面に映ったソドムの形相が血走っている。
もう、どうしていいのかわからない。ただ、死と、失敗の恐怖だけが、冷や汗のように流れている。
ソードは、ケッと舌打ちしたが、シバは、相変わらず無表情に用件だけ言った。
「やっと、敵の狙いが読めた」
「なんだと!?」
「このまま我々を、この場に釘付けにしておいて、天使軍は全艦隊で魔王軍を包囲。一斉射撃で、しとめる気だ」
「バカな!!」
ソドムが怒鳴った。
「そんなことをすれば、外に出ている天使も死ぬ!あの悪魔どもは、天使がバケているのだろう!?奴らが、仲間を犠牲にするものか!」
「違うな」
「なに?」
「天界は、悪魔の培養技術を研究していると、聞いた。たぶん、あれはその試作品だろう」
「なぜ、そんなことがわかる!!」
「気は悪魔のものだし……数が、そう有利でもないのに魔界の月夜に出してきている。それに、動きが少し違う。さっきから戦い方を見ていると、人形のように感情がない」
ソドムは、黙った。

それから、急に、錯乱したように、わめきだした。
「貴様!この機に乗じて、オレ様を陥れ、全部自分の手柄にするつもりだな!?貴様が出世しようと…」
「そりゃ、テメーだろーが」
「なんだと…ソード!?」
「ソドム将軍。争っている場合ではないぞ。このままでは全滅に近い損害で、敗けることになる」
「では、貴様はどうしろというのだ」
「いったん、兵を引かせろ」
「しかし、ヤツらが追ってくる。このままでは、引くこともできん!!」
「バーサーカーデビルを出す。あの人形に、足留めさせろ」
「な…!?あれは……対上級天使用の…」
かなり高価な兵器だ。戦闘能力も上級悪魔なみに高い。
ただ、知性がない。機械のように、上級天使の気を攻撃するよう設定されている。
「攻撃目標を、『向かってくる者』に変更すればいい」
「そういう問題では、ないわ!!」
「では、どういうモンダイなのだ?」
「あれは、対上級天使用なのだ!!」
「定石だけでは勝てないのが、戦争の難しいところだよ」
「うるさい!!そんなムダな使い方をして……開発した上の者に、なんと報告すればよいのだ!?」
「そうかな。人形に人形をぶつける。……かなり有効に使っているつもりだが」
「バーサーカーデビルにくらべたら、下級悪魔が何匹死のうが、知ったことではないわ!!」

ピクリと、シバの眉間が動いた。

瞳に、赤みがさしている。

けれど、
「我々の射砲は、艦に乗った悪魔の魔力で撃つ。八割以上の兵を犠牲にして囲みを抜けても、その後、天界の大艦隊相手に戦えるのか?」

それだけ言って、黙っている。

結局、ほかに策のないソドムは、嫌々ながら、バーサーカーデビルを出した。
おかげで、兵を回収。やっと艦は移動可能になったが、決断の遅れが禍いして、天使の包囲網が完成しつつある。
「しかし…今出れば、ギリギリで間に合う…」
呟いたシバの前で、スクリーンのソドムが叫んだ。
「あそこが、手薄だぞ!!あそこから、突破しろ!!」
右、やや後方。たしかに、そこだけ、出遅れたように天使の艦影が少ない。が、シバの声が引きとめた。

「待て。ワナだ。わざと手薄に見せかけて、我々を引き込み、アミにかかったところで一斉に攻撃をかける気だ」
「なにィ!?貴様になぜ、そんなことがわかる!!さっきから貴様…まさか、天使と通じてるわけじゃあるまいな!?……だいたい、なぜ奴らが、この場に居たのだ!?そうか…やはり通じてるんだな…でなければ…」

ただでさえ、ソドムは度を失っている。シバは面倒そうに答えた。

「あそこには、敵の総司令が乗った艦…旗艦がいる」
「旗艦だとぉ!?バカを言うな!旗艦なら、我々の前にいるだろぉが!!」

真正面に、最も大きく豪華な戦艦がいる。旗印もロゴマークもついている。けれどシバは目もくれない。
「違う。むこうが本物の旗艦だ。天使の気が一番強い。敵の指令ミカエルもあそこにいる。なのに、わざとダミーの旗艦を用意して我々の前に置いた。誰がみても罠だろ?」
「……ぐっ……」
「突破するなら、前だ。ダミーの旗艦に、向かってくるとは思うまい。その、裏をかく」
「し…しかし!!あ…あの、いちばん巨大な戦艦に突っ込む気か!?」
「心配ない。私が出る。あなたには、包囲を抜けると同時に全艦隊を反転。反撃してもらう」
「お…オレ様に……!!このオレ様に、命令する気かぁ!!上官を愚弄した罪で、重罪にしてやるぞ!!」
「ソドム将軍。どうせ、これだけの艦隊を率いて完敗したとあっては、無事戻れても…あなたも私も、軍法会議行きだよ」
「……ぐ…」
「責任をとらされて、処刑される。というところだな」
「き…貴様……オレ様を脅す気か!?」
「本当のことを言っているだけだ」
そこまでで、シバは、通信スイッチを切った。

急に辺りがしんとなる。

気がつくと、すぐ隣に、

ソードの真剣な瞳が来ていた。

「オレも行くぜ」
「ソード……」
「あのでっけえ戦艦の群れを、一人で相手して、突破口をつくる気なんだろ?」
「………」
「命令違反で、あとで殺されてもいい。オレも行く」

じっと、少し大人びたソードの瞳が見つめている。

シバはしばらくそれを眺めていた。

そうして最後にクスリと笑った。

「違反じゃないさ。一緒に、来てもらおうと思っていた。おまえは、私の補佐だからな」






硝煙と血の臭いがたちこめる夜の空間へ、二人はとびあがった。

やや遠方に、ズラリと白い光が並ぶ。
巨大な鉄壁のような、天使の戦艦だ。

天使と悪魔の、悲鳴や絶叫や苦悶の声が、気のカタマリになって、辺りを入り乱れ、突風のように吹き荒れている。

それで動揺するようでは、戦士は勤まらない。シバは前方を見据えたまま、隣に声をかけた。

「少しは実戦慣れしたのだろ?」
「ああ。強え天使でも、まとめてブッ殺せるぜ?」
「そのわりには、まったく昇進しないようだが」
「階級なんざ、ぜんぜん興味ねえよ」
「そのようだな」

フフッと笑った彼に、ソードは、さっきからのムカムカをまとめて吐き出した。
「てめえこそ何なんだよ。ソドムなんかに、わざわざバカていねいに将軍、将軍、言いやがって!!まさか、あんな野郎にコビ売ってるわけじゃねえだろーな!?」
「ソドムは、『将軍』とか『閣下』とか呼ばれるのが大好きなんだ。言ってやらないと暴れる」
「な…!だからって……」
「いいだろ。べつに。それである程度、円滑に事が進むんだ」
「ケッ。モメ事は避けたいわけかよ」
「作戦指揮中に、指令同士がモメるぐらい、軍にとって迷惑なことはない。……それに、おもしろいではないか」
「なにが」
「たいして価値もないヤツが、たかが『将軍』などと呼ばれて喜んでいるなどと…バカらしくて、見物するのに、おもしろいだろ」
「……おまえって……」

「とはいえ」
唖然としかけたソードに、シバは、吐息をついて肩をすくめた。
「実は、かなりストレスがたまっていた。ソドムの副官も、戦闘指揮も、私には向かない」
「よく言うぜ」

すくめた肩をのばし、シバは、遠くを見つめている。

それから、小さく呟いた。

「やはり……おまえには、こんな思いはさせたくないな」
「シバ……?」

その横顔には、言葉にならない不思議な苦渋が浮かんでいる。見えない何かで幾重にも縛られて、身動きを封じられているような……。

でも……。

なんだか、

とても優しい瞳だった。

「心配すんなって」
ソードは、とっさに明るく言った。

「オレは、上級魔族になんか、ならねえし。やりたいように、生きてみせる」

「そうか……。…それは…一番…困難な道だがな」

微笑んだシバの瞳が、

ソードの目を、正面から見つめた。

「いい機会だ。どれだけ上手く暗黒魔闘術を使いこなせるようになったか、見てやる」
「おまえ…まさか、そのためにオレを一緒に…?」
フフ…と、穏やかな声が笑っている。
「じゃあ見せてやるぜ!!いっくぞー!!」
急に元気になって勢いよく振りかぶった腕を、しかしシバの手が軽く止めた。
「ちょっと待て」
「んだよ〜〜。まだ、なにか……」
「最初に狙うのは、左手前の艦だ」
「へ?なんで?どれだっていいだろ?」
「よく見ろ。あの艦だけ、隣の艦に近付きすぎている。あれを先に破壊して、周辺を誘爆させる」
「わかった!!」

飛び出したソードは、一直線に、シバの指差した巨大な戦艦へ突っ込んでゆく。それに反応して、鉛色の砲門が、ソードを狙う。

狙い撃ちされる。

と見えた瞬間。

ソードの身体が、軽くフェイントをかけた。

のせられた弾道が、大きく目標をそれてゆく。
その一瞬の崩れを、この悪魔は見のがさない。

一気に、拳にためた圧縮魔力で、主砲を砕く。
間髪を入れず、傾いた艦の、動力部を撃破した。

「ほう……」
誘爆に巻き込まれ沈んでゆくオレンジ色の炎を、シバは、感心して見つめている。
やはり。ソードのバトルセンスは天才的だ。
獲物のどこを食いちぎればいいのか、本能的に知っている。
しかも…この前の晩、ふざけて仕掛けてきた戦いの反応を、もう応用しているではないか。スピードも上がっているし、教えたことは、すべて確実に身につけている。
たぶん…無意識のうちに。

「いずれ、私も越されるな……」
シバの唇が、また微笑んだ。
「シバァ!!どーだ!!見たか!!」
脱出し逃げまどう天使の群れは追わず、すぐに戻ってきたソードは、嬉々としている。炎に照らされ、火照った頬で、息をはずませている。
ずいぶん、楽しそうだ。
無邪気なほど。
大きな敵をしとめて嬉しくて仕方ない、という顔で「へへっ」と笑っている。

「ソード……おまえは……」

自由な漆黒の翼で飛びまわり、美しい長い黒髪を、惜しげもなく風に任せる。
笑った金の瞳が、鮮やかだ。

ずっと、この笑顔のまま生きて欲しい。

できるなら。


…そう、できるなら。



ずっとそばにいて…この笑顔を、護ってやりたい……。



そこまで考えて、
シバは、思わず唇をかみ…それから、
思い切るように首を小さくふった。

「シバ?どーしたんだ?おまえ…」
なんとなく、胸騒ぎがした顔で、ソードが、覗き込んだ。
「いや」と言ったシバは、しかし、もう、いつもの彼に戻っている。
それから、少し厳しい声になった。
「ソード」
「お?」
「型はいい。だが、技としては、まだ半分も使えてない」
「なぁ!?」
「おまえがさっき撃った一刀両断撃。本当は、こう使うんだ」

月を映した蒼い瞳に、赤い魔力の光が混じる。

ふっと、シバの姿が消えた。

同時に。

目の前で、巨大な戦艦が、まっぷたつになる。

凄まじい亀裂音が、後を追った。

(オレが…何発もかかって沈めた戦艦を、たった一撃で…)

その圧倒的な魔力に、ソードは思わず見とれている。

(いつか、あそこまで行きてーけど…)

震えるほど興奮する反面。なぜか、追っても追っても届かない距離を感じて、変に心が騒いだ。
魔力だけじゃない。技だけでもない。あの強さは。

何か……もっと、何か。

シバの微笑のような。
不思議な瞳のような。
さっきの優しい瞳のような。

どうして遠いのか…わからないのに。

やっぱり遠い気がして、ソードはギリと牙を鳴らす。
(チッ)


わざと、シバから離れ、ソードは一人で戦った。


いくつも、いくつも、戦艦を沈めた。
息が上がっても引かない。



そのうち、反転してきたソドムの艦が、奇妙な動きで近付いてきたが、


それでも、やっぱり戦い続けた。

■to be continued■