「んじゃ何か?」

シバ・ガーランドの胸にもたれたまま、さっきからソードは全くナットクのいかない瞳を

じっと床に注いでいる。

「オレが………このオレが……」

声の調子が尋常ではない。動転のあまり上擦っている。広いベッドの上に腰を落とし、ペタ

ンと曲げた素足の膝で、握りすぎた指がやけに白い。

傍から見たら少々滑稽なことを、本人だけは思いっきり真剣に怒鳴っていた。

「ちょ〜っとマワされたくらいで、ショックのあまり出来なくなりましたっていうの

か?!」

「いや、単にそういうわけでもあるまいが」

「んなバカなことがあってたまるか!冗談じゃねーぜ!!」

「だから……」

シバはさっきからずっとなだめているつもりだが、どうやら、ほとんど聞いてない。吐いた

ばかりで、まだ具合の悪そうな顔色のまま、ソードはやたら不機嫌に牙を鳴らしてわめき散

らした。

「そんなことで………悪魔のこのオレ様が……たったそれだけのことで!!もうデキません

だぁ〜!?〜〜そんなの恥ずかしくって誰にも言えねーだろーがっ」

「別に……わざわざ誰かに言う必要もないだろう」

「たかが輪姦されたくれーで不能になったら、オレ様のコケンにかかわるんだよ!!」

「それも妙な沽券だがな」

「シバ!てめー!!」

それまで床を睨んでいた視線が、ギッとシバの喉の下から突き上げた。

「他人事だと思いやがって〜〜!!真面目にオレの話聞いてんのか?!」

「聞いてるとも」

おまえこそ私の話を聞いているのか、という顔でシバは腕の中のぐったりした体を、そのま

まゆっくりベッドに横たえた。うっとうしく乱れた長い黒髪をまとめて頭の横に流してやる

と、簡単な魔法を使って汚れた床を元に戻す。それからソードの口許を熱い湯に浸した布で

きれいにぬぐってやった後、そこから少し離れたところにあるソファに足を組んで落ち着い

た。

「ソードおまえ……」

「なんだよ?」

「ガラムの所で……結界をつくってその中に魂を封じ込めていたそうだな」

「へ?……オレが?結界だって?」

「ああ。魂を守るために、体の中に結界を作っていたと……」

「そんな面倒なことしてねえよ。そりゃ……ちょっと途中で寝ちまった気もするけど……」

「…………」

キョトンとした、あどけないほど呆気ない返事に、シバは逆に内心驚いたが、どう説明しよ

うかと迷ったあげく、ちょっとタメ息をついて

「では、そのことはいい」

と言って、ソファに背を預けた。

「何なんだよ?!てめ〜…。そんなことよりオレはなぁ〜」

「まぁ、それも……そう気に病むこともあるまい」

「だぁ〜〜〜っんなわけにいくか!!てめーっいいから、も一回つきあえ!!」

「ごめんだ。また吐かれると始末に困る」

「オレにはそーゆー問題じゃねーんだよ!」

「私にはそういう問題だ」

「こ〜の〜ヤ〜ロ〜!!」

両手を投げ出して横たわったまま怒鳴っていたソードはとうとう起きだして、ソファの方へ

行こうとしたが、這いずるように少し動いただけでバッタリ潰れてしまった。

「くそ〜〜なんだよ〜。体が…動かねー」

「それはそうだ。あれだけ吐いたら……。今夜はおとなしく眠るんだな」

「オレはこんなの絶対認めねえぞ!!」

「おまえは…………そうだろうな」

なんとなく、シバは嘆息して高い天井を見上げている。










「なんだ、あの子、自分でさっぱりわかってないのか」

ちょうど死者の森を抜けたところにある小さな湖の畔に立って魔界の空を眺めながら、バジ

ルはくくっと笑った。二つに分けた長い髪が、広い背中の上で小さく揺れている。明るい髪

が軽く流れるすぐ後ろで、両膝を抱え腰を下ろしているシバが

「それだから困る」

と、ここへ来て何度目かのタメ息をついた。

バジルはさっきから、頭上を旋回している怪鳥の群れを眺めている。

「あのソードというのは……才能があるのか、ないのか、どうもわからん奴だな」

「おまえはどう思う?」

「おや、この間と違ってやけに自信なさげではないか」

バジルは苦笑したまま、からかうように言った。

「では、ためしに……暗黒魔闘術でも教えてみたらどうだ?」

「ソードに?暗黒魔闘術を?」

「あの時も、ずいぶん、ねだっていただろう?」

「うむ。ねだっていたな……」

オウム返しに答えて、シバは湖の、存外澄んだ水面ばかりを見つめている。

「あれは……前からそうなのだ。暗黒魔闘術を教えろと、ことあるごとにうるさく催促ばか

りする」

「ははは……。ソードでなくとも…戦士なら誰でも魅力的な闘術だろうよ。……高くかって

るなら、どうして教えてやらない?」

「今の魔力ごときでは、まだ、とても無理だ」

「それだけか?」

「ただ魔力だけが高くとも、使い方が難しい。上級魔族でも、ほとんどマスターできないゆ

えんだ」

「それだけか?」

「それに、あれは門外不出だ。勝手に教えたら、私がグランドマスターに破門されてしま

う」

「それだけか?」

「………何が言いたい」

相変わらず遠くの水面に視線を投げたまま、少し不機嫌な声がつぶやいた。

「確かに………破門が怖いわけではない。私だって迷っているんだ」

「珍しいな。あなたは、どちらかというと即決するタイプだろうに?」

「ソードは……私にはやはり……よくわからない……」

「目がくらんでいるからな」

「私が?ソードに?」

「誰にだってそう見えるさ。サタン様も心配しておられた。あの下級悪魔のために、いつか

あなたが魔界を裏切るようなことになりはしないかと」

「フン。埓もない。…………ただ……」

「ただ?」

「暗黒魔闘術は………私にとって……」

「だったら……」

最後まで答えを待たずに、バジルが言った。

「もう少し、ただ可愛がっておけばいいさ。心が決まるまでな」

「私の?決心?」

「何か……思うところがあるのだろう?」

「…………」

しばらく黙った後、膝をかかえた憂鬱な唇が、さっきの続きのような、それでいて全く別の

話題のような調子でつぶやいた。

「サタンは………まだ、自分の魂のカケラをさがしているのか?」

「当然だ。もちろん、サタン様の……悪魔の卵もな」

「いずれは…我々砦の者にも、その任が回ってくるかもしれんな」

「かもしれない。どうあっても、サタン様はご自分の魂を取り戻すおつもりだ。そして……

今度は……」

「天界への仕返しだけでは済まないだろう……?」

再びシバが黙ってしまうと、しんとした辺りに、大きな怪鳥の無気味な声と翼の音が響い

た。暗い空に、不思議な色の雲が風に押されるように駆けている。もうすぐ、嵐になりそう

だった。

「そろそろ戻るか」

振り向いたバジルが、まだ座り込んでいるシバを軽い笑顔で促した。

「なんだ?まだ、ソードのことを気にしているのか?」

「そういうわけではないが」

「この間も言った通りだ。あの子、ずいぶん酷い目にあっていただろう?それに抵抗するた

めに、あらゆる感覚と魔力を無効にする結界を自分の中に作っていた。……その後遺症だ

よ。自分で力をコントロールできないから、今も正常に感じることが出来ないのさ。魔力も

……五感もね」

「私の治癒魔法さえ拒否したのだぞ?」

「だから、驚いている。追い詰められた時の本能が、無意識に一時的とはいえ……想像もつ

かぬほど大きな魔力を生むらしい」

「それに……あの状態から作り出したとは思えぬほど、綺麗な防御壁だった」

「ドゥーガの攻撃を返した防御壁か?あれが偶然でないとしたら……知恵熱みたいなもの

だ。放っておけばいい」

「だったら、いっそおとなしくしていればよいものを。無茶なことばかりやりたがるから…

…」

「それも才能のうちだ」

「だから困る」

「とか言って本当は嬉しいのだろう?」

「そんなことは……」

たたみかけるように問われて、つい否定しかけた言葉のまま、シバはそこで始めてバジルを

見上げ、もう一度聞いた。

「おまえは……ソードをどう思うのだ?」

「わからない。わからないが……もし我々を超えたら……そんなことがあるなら……面白い

と思うよ」

「バジル?」

急に澄んだ微笑を浮かべた瞳に、シバは何となくいたたまれない気分になって、見上げた視

線をまた水面に戻してしまった。その目の前で、美しい波紋が広がっている。間もなく、パ

シャンと透き通った魚が跳ねて、虹色の飛沫が散った。

「まあ、そう心配することはあるまいに」

そう言ってから、バジルは少し真面目な声で付け足した。

「ただ………今はあまり無理させぬほうがいい。その力に振り回されて自滅するかもしれな

い」

「だから心配している」

「だったら、そこで死ぬまでのこと。あなたは妙なところで過保護すぎるよ」

「そんなつもりはない」

「どうかな」

バジルは苦笑して、憂鬱げに体を取り巻いている長い三つ編みの横を通り過ぎた。

「しかし、シバ……。そんなに気になるなら……」

「いい方法でもあるのか?」

「感覚から元に戻すことは可能じゃないのか?」

「?」

「あの子に……ドゥーガとかいう連中にされたのと正反対にしてやればいい」

「どんなふうに?」

「さて。そこまでは知らないよ」

無責任に言い放って、明るい髪を翻す。

「とりあえず……」

と冗談めいた口調で彼は言った。

「キスは大丈夫だった。あと首も胸も……」

「おまえ……〜〜」

「ははは。保護者の前では、いささか失礼だったな」

バジルは笑ったままそこから消えた。

後に残ったシバは、やっぱり膝をかかえたまま、深いため息をついている。










(ダメだ……眠れねえ……)

今夜もぱっちり目を開いたまま、ソードは窓から月を睨んでいた。

あれから毎日、なんだか無性に腹が立って仕方ない。

もともと、自分の希望通りにならない事は我慢できない性格だ。なのに、自分の身体が、

まったく自分の思い通りにならない。

一日中イライラしたあげく夜になると、余計に頭にきてしまう。

ベッドに横たわったまま、何度寝返りをうってもおさまらない。

(ちくしょう……)

隣の静かな寝息を聞くと、ますます腹がたってきた。

手を伸ばすと、すぐにシバの頬にぶつかっている。

(自分で触るのは平気なのによ〜〜)

どうにも理不尽な気がして、そっと滑らかな肌に手を伸ばす。シバは少しも動かない。

(こいつ……ホントに寝てやがんのか?)

なんだかやっぱりハラが立って、ソードはいきなり隣の体に馬乗りになると、三つ編みの先

を引っ張って揺さぶった。

「おいっシバ!付き合え!!てめーばっか安らかに眠ってんじゃねー!!」

「な………」

髪の鈍い痛みが気になって薄く目を開けると、腹の上にソードが乗っている。またか。とい

う顔で、シバは窓の外へ視線を逃がした。

「眠れないなら、表を走ってきたらどうだ?今夜は晴れているぞ」

「ふざけたこと言ってねーで、てめーも手伝いやがれ!」

「何をだ」

「決まってんだろぉが!いちいち聞くな!!」

「その件なら………しばらく断わったはずだ」

「こら!寝るな!!てめえ〜」

ソードは夜着の襟首をつかまえて引っ張り回している。シバはつい面倒になって、自分にま

たがっている太股を捕らえ、強く握って固定した。

「……ッ」

ビクッと乗った身体が怯むのがわかる。目の前で二つ揃った握りこぶしが震えている。

「ア……ウァッ……」

片膝を立てて、そのまま腰を突き上げると、それだけでソードの肢体は硬直した。

「それ見ろ。よくこれで誘えるな」

「うるせえ!だったら……無理にヤればいいだろーが?!オレはなぁっこの程度で音を上げ

たりしねーぞ」

薄い布を通して、ぴったりくっついたソードの内股から、おびえた震えが伝わってくる。シ

バはため息をついた。

「残念だが、私に強姦の趣味はない」

「大丈夫だって言ってんだろーが!!」

どこが大丈夫なものか。とシバは思ったが、そうは言わずに、月明かりに浮かび上がった白

い頬を見上げた。

「そんなに言うなら……気分を変えて、いっそ他所に行ってみてはどうだ?」

「他所って……他の誰かと寝てこいってことか?」

「そう聞こえなかったか?」

言ってから、シバは横を向いている。

意外な言葉を聞いた気がして、ソードは一瞬黙った。それから案外真面目な顔で、ぶつぶつ

口をとがらせた。

「女はともかく、男はなぁ〜……オレ、相手の条件うるさいんだよ」

「では、女と寝てくればいいだろ?」

うーん。と考えて、ソードはちょっと上を向き、それから単純なほど、あっけらかんと答え

た。

「だって女はアレがねーもん」

「…………おい…」

「下手な奴だと痛てーばっかりでヒデー目にあうけどよぉ〜〜上手いヤツに入れられるの

は、すっげ〜気持ちいいぜ?一度経験すると結構ヤミつきになるよな〜」

「私としたことが……さっきから品のない会話ばかりしている気がする……」

「おまえ、かなり上手いし」

「……………」

「おまえだって、ヨクボーのハケグチが無くなったら困るだろーが!」

「失礼なことを言うな。私は一度もおまえをそんなふうに扱ったことはない。……私を欲望

のハケ口に使ってるのは、むしろおまえだろう?」

いつも静かな瞳が、なんだか妙にからむように見上げている。ソードは少し驚いてポツリと

小声で言った。

「おまえ……もしかしてスネてんの……?」

「おまえが即物的だからだ」

急に可笑しくてたまらないというようにソードはカラカラ笑っている。

「イイ年して何言ってんだよ〜〜。おまえだっていつも喜んでやってるくせに〜〜。だいた

い……」

と、深い瞳の色が、今度は冗談ではなく、真摯にじっと見つめ返していた。

「何も持ってねえオレが、何も払わずにここに居て、何も返さずに戦い方や魔法を教えても

らうのは、おかしいだろーが!!」

「そんなことはないだろ」

シバはまっすぐに受けとめている。

「べつに……私達は親友でもあるのだから、それでもかまわんだろう?」

「シバ……」

虚を衝かれた顔で、ソードはしばらく黙って眺めていた。自分の腕の下で、月の翳を映した

瞳が蒼く瞬いている。それを見つめていると、なんだか急に頬が火照ってきて、思わず握っ

た手を振り回した。

「だぁ〜からっ!それとこれとは別なんだよ!!親友なら、なおさら何とかしやがれ!!」

「わかったから、髪を引っ張るな!!」

ソードの手から、ようやく三つ編みの先を取り戻し、腹の上に小柄な身体を乗せたまま、シ

バはしばらく苦慮していたが、急に発想の転換をはかったように、あぁそうだ、と言った。

「では……たまには、おまえがやってみてはどうだ?」

「へ?オレが?おまえを?……だ……抱く……のか?」

またしても意表をつかれた瞳が大きく見開いている。

「私は何もしないから、おまえが私を好きにすればいい」

「で…でも……」

「正反対というと、それが最も妥当な気がするがな」

「な…なんだよ、その反対って……」

「いや、こっちの話だ」

「えっ……えっと〜〜」

呆気にとられた声で、ソードはおずおず見下ろした。堅い筋肉で被われた滑らかな肉体が薄

い布地に透けて見える。

自分よりもすべてにおいて優れた悪魔。

この身体を自由にする……。

考えてもみなかったものが頭上に転がり落ちてきた気がして、ソードは戸惑った。

くすぐったい感動のように嬉しい気もするが、何か違う。彼はボソリとつぶやいた。

「で……出来ねえ……」

「なんだ。情けないな」

「なんかよ〜納得いかねーからダメだ。おまえの方が魔力も高いし階級も上で……普通なら

絶対出来ねーことを、お情けでやらしてもらうなんて……オレのプライドにかかわる。もし

オレが……おまえより強くなったら……その時は出来るかもしれねえけど」

うつむいて、しおらしくつぶやいているソードは妙に可愛げがある。シバはついクスリと

笑った。

「そうか。まぁ、では仕方ない。別な方法を考えよう」

起き上がってソードを体から降ろすと、2人はベッドの中央に向き合って座った。シバはそ

うしてまた考えていたが、少し顔を寄せると、美しい指先でつっとソードの唇を撫でた。

「……どうだ?」

「ん……。いいぜ」

ソードは目を閉じてじっとしている。裸の上半身が蒼い光を反射して淡く輝いている。シバ

の指先は頬を辿り喉を下りてから顎を伝って耳の中を軽く探った。

「ここは?」

「全然オッケー……」

手のひらを這わせ、肩から腕、腋の下を通って胸を軽く掴むように揉みほぐす。そして親指

の腹で小さな円を描くように軽く二つの突起を刺激した。

「ここは?」

「ア…んっ……大丈……夫」

少し息が上がっている。熱い息を吐いた唇、肌にも艶が上り、押し撫でられた突起が硬く

なった。

なるほど、という顔をして、シバはまたしばらく考えていたが、急に金茶色の瞳を覗き込ん

で微笑した。

「では、ソード。同じことをやろうか」

「同じこと?」

「ああ。ゲームをしよう」

「ゲーム?何すんだ?」

シバは自分のすんなり長い右腕を上げて、ソードの華奢な右肩に触れた。

「…私の動きの通りに……同じように追って……」

「こうか?」

ソードも真似をしてシバの肩に触れた。

「そうだ。お互いが鏡に映った影のように……私の動きを正確に辿って……出来なくなった

ら、おまえの負けだ」

「へへっなんかガキの遊びみてーだな」

「そうだな。これは、遊びだよ」

呪文のように耳元でささやいたシバの右手が、向き合ったソードの頬に触れた。

人さし指と中指の間に耳をはさんで嬲りながら、手のひら全体で頬、顎、首筋を微妙に撫で

ている。少し遅れて同じように辿りながら、ソードはシバの瞳を見つめて、ニッと笑った。

「おもしろいか?」

「ん。まあまあだな」

「それは良かった」

ソードの表情を注意深く眺めながら、シバは相手の顎を捕らえ、親指の腹で唇を嬲るように

撫でた。そして唇の端から指を中に潜り込ませると、爪で軽く上顎を引っ掛けるようにして

口を開かせた。

「ん……あ…ぁ…」

指を使って唇の裏、歯茎や頬の裏を辿り、熱い舌を巧みに嬲ると、ソードの瞳が潤んで肩が

ヒクッと動く。同時に残った左の手のひらで、シバは自分よりも細い首筋を伝い、肩を撫

で、手のひら全体を押し付けながら指先を動かして嬲るように腕の裏を這い、腋の下から脇

腹を愛撫した。

「んっ……ふ……はぁ……」

全く触れていないのに、少しずつ、ソードのモノが硬くなっている。更に背筋を探って胸に

戻ると、さっきよりも強く胸の突起を押し撫でて嬲った。

「あ……はぁ…はぁ………んッ…」

ソードの腰がもどかしげに自分から動いている。シバの腿にぶつかって擦れた自分のものが

勃ち上がり、触れたシーツが濡れても、ソードは気付かなかった。

だんだん遅れがちになってきたソードの指先を促すように、くわえた指を軽く吸うと、ソー

ドも真似てシバの指を吸っている。視線がぶつかり互いの顔が瞳に映ると、ソードはちょっ

と笑った。

目の前の上級悪魔の瞳が、艶を帯びて潤んでいる。その瞳に、同じ自分の瞳が映っている。

急に、同じことをしようと言ったシバの言葉の意味が、触れた身体から伝わった気がした。

今、この瞬間に、同じ感覚を共有している。

なんだか急に、そう理解できた気がしたのだ。

自分の触れる感覚と触れられる感覚がダブったように重なる。

不意に、どうしてもそうしたくなって、ソードはシバの手を自分の唇から外した。

「ソード?」

「このゲーム、オレの負けでいいぜ」

「おまえ………」

「貸しにしといてやるよ……。その代わり……」

なんだか、とてもそうしてみたくなって、そのまま屈むと、ソードの唇がシバをくわえた。

いつも自分がされていたように、真似て舌を動かしてみる。たどたどしい動きで、それでも

一生懸命に、ソードは唇と舌を使って愛撫した。

「へへっ……」

顔を上げ、牙を見せて笑った唇が、唾液と体液で透明に光っている。シバの肩から頭に両手

を回し、正面から抱きつくようにして、自分で硬く成長させたそれの上に、ソードは腰を落

とそうとした。

「ソード……!」

それまで黙って任せていたシバが、気遣わしげに見上げている。

「大丈夫か?私は……もう…」

「いいから!黙ってろ。……………ッ…」

熱く硬い先が秘所にぶつかる。ビクッと背筋が震えた。

ドゥーガにかきまわされた、あの嫌な痛みが甦る。あれ以来、そこに触れられただけで、激

痛が走った。中で動かれようものなら、悲鳴をあげて苦しむほど、痛みと悪寒と吐き気にお

そわれた。

中腰で、ほんの先だけ含ませたまま不安定な身体が途中で惑っている。その背に手を回し、

シバは軽く抱き寄せて、肌に唇で触れてみた。ちょうど目の前にきた小さな赤いものを軽く

含んで舌先で転がす。歯がぶつからないように唇だけで吸っては、舌先で嬲った。

「あ……ああ……ひ……あああッ」

切ない声をあげたとたん、膝が崩れて、ソードは思わずシバの上に腰を落としていた。熱く

て硬くてぬめったものが、秘所の肉を押し分けて入ってくる。久しぶりに侵入してきたそれ

に驚いたように、すっかり縮んでしまっていたその部分が、過激に反応した。

「ア……ア…アア……ぐぅ………」

まるで、初めての時のような痛みが突き上げる。

青ざめたソードの、腋の下に手を入れて持ち上げ、少し腰を浮かせてやりながら、シバは軽

く首筋を舐めた。

「ソード……無理をするな。嫌ならこのまま抜いてもかまわない」

「うるっ……せえなぁ……!黙ってろって…言っただろ!!」

ソードの乱れた息が、シバの顔にかかる。すると、その唇がソードの顎を伝い、軽く吸っ

た。

「あ……う……」

忘れていた戯れの感触が、少しずつ戻ってきて、そのままそろそろと、根元まで深く腰を落

としていく。

「あ……はぁ…はぁ…ああうッ」

相手の肩に突っ張っていた肘が崩れ、すがりつくように肩から背に手を回す。その状態のま

ま、耳をくわえられ、舌先で中を嬲られると、一瞬ぞくぞくする快感が局部を突いて、その

まま雪崩れ込むように奥まで腰が下りた。

「あ……アア……ッ……」

「ソード……」

「あ……はぁはぁ……う…く…」

しっかり首にかじりつくようにして、ソードは真っ青な顔色のまま得意げにニヤッと笑っ

た。

「へっ……見ろよ!やったぜ。ちゃんと入っただろ?!」

「それは……いいが……。大丈夫なのか?」

シバのほうが怖々聞いている。

「また吐くんじゃないだろうな」

「心配すんなって。なんか、今日はいけそーな気がする。いいぜ?動いても……」

「ああ」

と言いながら、入れたまま、しばらくじっとしている。

「おい、シバァ……」

まだ蒼い顔で、ソードがせき立てた。けれど、唇が乾いて、額に冷や汗が浮かんでいる。シ

バは、軽くソードの頭を押さえ長い黒髪に手を差し入れて、さぐるように耳や首を嬲りなが

ら、腰は動かさずに、乾いた唇を舐めた。

「ん……あ…」

シバの舌が、ゆっくり中に入ってくる。唇を嬲られ、牙を舐められ歯茎を撫でられ、舌の縁

を同じ舌先でなぞられた。

「ん……ふっ……」

萎えていたソードの股間が、また硬くなっている。頬の裏や上顎、下顎を丁寧になぞられ、

生き物のような舌が舌にからみつくと、ソードは自然、下半身が充血していくのを感じた。

「んっ……んう……」

したたる液がシバの腹を濡らし、つながる秘所まで流れ、動くにつれて淫らな音を立ててい

る。もどかしい快感で、ソードは思わず自分で腰を動かした。勃ち上がった自分のモノが、

自分の腹とシバの腹に挟まれて擦れるたびに反り返る。

「シバァ!」

耐えかねたように、ソードが唇を離して吐息のように喘いだ。

「今……今じゃねーと……」

「ああ…」

そっと、シバのものが動いた。

「ンッ……ア…」

「大丈夫か?」

「あ…ああ…。いいぜ。もっと……うあ…ッ」

激しい息遣いが辺りに響き、少しずつ速まる動きに、焦れたような喘ぎが重なった。

「ア……アアアッ……シバァ!!」

「ソード……?……どうだ?ちゃんと感じるか?」

「んッ……ふっ…ア…なんか……すごくイイ…けど……これでいけたら…すげ……久しぶり

だぜ…」

「かもな」

クス…と笑ったシバの長い指先が、その背にしがみついている手を取り、ソード自身へ導い

た。

「あ……は……あぁッ…」

ソードのモノを自身で握らせながら、一緒に手を添えて根元から先まで嬲らせ、丁寧に扱い

てやる。

「はッ……ああぁッ……んふっ…」

自分でしているのかシバにされているのか、もう、よくわからない。

ただ、上りつめた快感が、とても優しかった。

今、自分を抱いているこの悪魔は、多分、この魔界中で一番、自分を認め愛してくれる。

「シバァ……おまえも……イイか?」

絶頂で少しぼんやりした声が、小さくつぶやいた。

「あ…あ…」

珍しく少し上擦った声が聞こえる。息が頬にかかり、目を開いてみると、間近の瞳も熱を帯

びて艶やかに光っていた。互いの熱い息がからみあい、同じ汗が流れている。

「へへっ」

なんだか、妙に嬉しくなって、ソードは、シバの形の良い耳をくわえた。耳を嬲りながら一

緒に動いていると、身体の中に入っているシバを強く感じて心地よい。

「な……一緒に…いこーぜ…」

「ん?……そうだな」

動きを合わせて、戯れの続きのまま、熱い奔りを一緒に感じてみたい。

「あ…アアア……」

切ない喘ぎと、からむ息と、身体をつなぐ心と……。

ソードの、一瞬強く反り返った全身が月に照らされて蒼く浮かぶ。二つのシルエットは、一

つになって、そのまま静かに倒れこんだ。











「あ〜〜〜だり〜〜」

かったるい顔で、まだ眠い目のまま、ソードがぶつぶつ呪文を唱えている。

「た〜く〜。いくら久しぶりだからって、ゆーべは調子にのって何度も何度もやりすぎだ

ぜ」

呪文に合わせて、前の椅子に足を組んで座っているシバの長い髪がクルクルと結い上がる。

「おかげで、あちこち痛てーったら……。ホラ、出来たぜ」

ソードの言葉に、シバの手が結い上がった髪の房を持ち上げた。

「3番目と5番目の大きさが違う」

「な〜に〜?!」

「結いの大きさがすべて均等じゃないと綺麗に見えない」

「だぁ〜〜っまたやり直しとか言うんじゃねーだろーな?!」

「とりあえず、これで合格にしておいてやる」

おおっ。と急に元気になり、ソードはシバの後ろから肩ごしにひょいと顔をのぞかせて目を

輝かせた。

「じゃあ、次は何を教えてくれるんだ?」

「そうだな……遠距離の敵を攻撃する魔法と……魔剣の使い方だな」

「魔剣?おまえ、武器は嫌いだって言ってたじゃねえか」

「嫌いなのと使えないのは違うだろう。防御の次は、遠距離戦と接近戦の両方を……」

「接近戦なら、暗黒魔闘術は?」

すかさず突っ込んだ言葉に、シバは黙って傍らを見上げた。けれど、逆に面喰らった瞳がま

ばたきしている。

「シバ?またそれか、って今日は怒らないのか?」

視線を縫い止めたまま、シバの口が開いた。

「どうして、その力が欲しいんだ?」

「あぁ?強くなりてーからにきまってるだろ」

「なぜ?」

「へ?それは………えっと……その〜」

「魔族なら……誰でも力を望むものだ。自分の欲望のためだけに……」

シバは静かに言っている。ソードはちょっとたじろいで、それからおもむろに姿勢を正す

と、瞳の光に力をこめて、まっすぐ答えた。

「オレも……自分のためだ。自分の為に、強くなりてえ」

「…………」

「でもな。オレは卑怯な手を使ってのし上がるのはゴメンだ。上級悪魔に貢いで階級を上げ

てもらうのも、ヤツらにコビを売るのもゴメンだ。卑怯な策も、不当な契約も冗談じゃね

え。手柄も地位も興味ねえ。ただ、強くなって……そういうセコい真似をしなくとも魔界で

大手を振って生きていけるように……自分のプライドを守りたいだけだ。上級悪魔なんか

に、いいようにされないだけの……。下級悪魔としての……オレのプライドを……」

じっとそれを、切れ長の厳しい視線が見つめている。

しばらくして、ふっと、瞳が和らいだ。

「フフ……やはり……まだまだ子供だな。おまえは……」

「なんだと〜?!てめ〜〜……って…いや」

くってかかりそうになった勢いを止め、はぁ〜と深く息をついてから、ソードは意外にも

あっさり引き下がった。

「そぉーかもしれねえよな。おまえに比べたら、オレは…まだまだガキかもしれねえ……」

シバの瞳が、新鮮な驚きで微笑んだ。

「自分で認められるなら……少しは大人に近付いたのかな」

「フン。うるせえ!でもな、オレはいつか必ずてめえを超えてみせるからな!?」

「そうか…」

柔らかな瞳の光が、いっそう深くなる。

「いつか……」

とシバは言った。

「そう…いつか、おまえに……暗黒魔闘術を教えてやってもいい」

「へ……?」

ポカンと見つめているソードを片手で引き寄せ、シバは、軽くとがった耳に口付けた。

「その時がきたらな」

「お…おお!?……その時っていつだよ」

耳をピクリと震わせた色めく瞳に、シバはクス…と笑っている。

「さぁ……?」

「は?……てめ〜〜は〜〜」

思わず頬を赤らめて突き飛ばした腕をつかまえて、シバがぐいと引く。

「おわ?!」

バランスを失ったしなやかな身体が、膝の上に乗った。

「な?!何しやがる?!………んッ…」

シバの膝の上に座ったまま抱き寄せられて、唇が重なる。

穏やかな営みに、ソードは思わずその気になって、両腕をブラウンの髪に回した。

「‥‥‥‥ ‥‥‥ ‥」

「……ん…シバ?…何か言ったか?」

「いや。なんでもない」

聞こえないようにささやいた、その言葉をシバはもう一度、胸にだけ繰り返した。

いつか……超えて欲しい。

自分を。

そして……遺志を……継いで欲しい。

できるなら……。

「だから……教えてやってもいい」

私の切り札を……。私は破門になってもかまわないから。私を超えて欲しいから。

「え?何を……?」

「いや」

甘く笑ったシバの唇が、怪訝なソードの瞳をふさいだ。

「た〜く〜。まだ足りねーのかよ〜〜。昨日あれだけやっといて〜」

「そうだな。たまには、私のわがままに付き合ってもらおうか」

「はあ〜?珍しいじゃねえかよ、おい」

「私にだって身勝手な欲望がないわけじゃないさ」

「仕方ねえな〜。ま、いいぜ。今日のオレ様は、とっても機嫌がいいし、オトナだから

な!」

その場に崩れるように重なった二つの影に、気付く者は誰もいない。

時折、開け放した高い城の窓から、魔界の睦言がこぼれてくる。

昼下がりの暖かい光の下で確かめ合う、2人のはるか上空から、緩い風だけが眺めて過ぎ

た。

◆End◆