すべてが、崩れてゆく。

幻樹海のなかに、ガラム・ハーネスが己の魔力で作り上げていた結界。その中に隠されてい

た、ガラムの城。それらが、すべて、無に返ってゆく。

(……?!……ガラムが……死んだ……?)

それまでわずかに残っていた魂の波動が消えたのを感じて、バジル・ホーネットは崩れてゆ

く天窓や柱を見上げた。

(あの愚か者が……。シバと戦ったのだな……)

まるで短慮盲動だ。

バジルは舌打ちした。もともと、ガラムは傲慢で野心家だが、思慮に欠ける。悪魔の魂を

使って武器を量産しようなどと、大それたことを考えつくわりには、どこかいい加減で、頭

が悪い。しかも、そういった者にありがちなように、自分よりも高い能力を持つ者と、自分

との力量の差を正確に測れなかった。

(まったく……四元将として……とんだ醜態だな)

ただガラムは、万一のことを考えて、あらかじめ結界が解けた瞬間に城ごと崩れるような魔

法をかけておいたらしい。

今、彼が死んで、結界を造っていた魔力が完全に消えた。同時にこの場も消滅する。未遂に

終わった場合の、証拠隠滅のためなのだろう。

(それはいいとして……)

封魔の体を搾り取るための巨大な圧搾機がバラバラになるのを見届けながら、バジルはため

息をついた。

(……サタン様には、なんと報告したものか……)

はじめからシバ・ガーランドは、ガラムの野望を探り出し、それを完全に潰すことも目論ん

でいたのかもしれない。

確かに、ガラムのこんな思いつきはバジルの趣味にも合わないし、サタンもこのような独断

的な勝手は喜ばないかもしれないが、それにしても……やりすぎだ。

(何も……四元将を殺すことはあるまいに。……あの人も、困ったことをしてくれる)

さすがに、どうにも言い訳のしようがない。先に手を出したのがガラムなら、正当防衛なの

かもしれないが……

……こうなると、ガラムの監督不行届きで自分が処罰されるのは仕方ないとしても、シバ・

ガーランドのことまでは、とてもかばいきれない。

(シバは……低級魔族や下級悪魔の命を弄ぶ考えが気に入らなかったのかもしれんが……。

あの人もマトモすぎるから、かえって困る)

それとも、それほどまでに、ソードという悪魔が大切だったのだろうか、とも思った。

(たしかに……あの子は、おもしろそうだが………)

それでも、己の立場を賭けるだけの値があるのかどうかまでは、バジルにはわからない。

(まあ、ともかく……)

シバとソードの気配を探して、彼は周囲に自分の魔力を放ってみた。









ドゥーガ・ランドのけたたましい笑い声が、嫌な息遣いとともに、ソードの耳にズキズキ響

いている。

胸が悪くなるほど下衆な声だ。

なのに、さっきからその腕に捕われ陵辱されたまま、身動き出来ない。

(なんで……こんな……)

こんなヤツに弄ばれるほど、どうして自分に力がないのだろうと、それがソードには辛かっ

た。

ドゥーガは、左腕でソードの首を絞めながら、目の前のシバに向かって嘲笑している。その

右手は後ろから、立ったままソード自身をねっとりと嬲り続けていた。

「く……あ……ぁ…ッ…やめろ!!この野郎!!」

「ギャハハハッどおーだあ?!ええ?!」

もがくソードの顔を、わざとシバに見せつけて、この淫猥な悪魔は更に声を張り上げてい

る。

(ちっくしょお〜〜!!)

あまりの屈辱に意識がとびそうだ。自分が目標にした男の前で、さんざん踏みにじられたう

えに、逆に足手まといになっている。

それでも、力が出ない。魔力どころか、立っているのもやっとなのだ。

ドゥーガは、ソードを弄びながら、口から吐く魔力でシバを血みどろにした。

「やはり……正真正銘のバカだなあ?!シバ・ガーランド……貴様は、こんな下級悪魔の命

が惜しくて、このオレに手も足も出んとはなあ!!」

「シバァ!!てめー黙ってやられてんじゃねーよ!!こんな野郎に……こんな………」

それでも、シバは、ただじっと立っている。濃い紫の服は散々に千切れ、吹き出した鮮血

で、べったりと体に張り付き、真っ黒に見えた。

(ちくしょう!!)

もっと……力が欲しい……。ソードは己の身体が刻まれるような気持ちでそう思った。

そうしたら、こんな悔しい思いをせずにすむ。

こんな所に捕われることもなかったし、シバのこんな姿も見ずに済んだ。

(そうだ…。もっと……オレに力があったなら……)

そうしたら……自分で守れるものがある。

自分に、もしも、シバやバジルのような力があったなら……。

下級魔族の自分に、上級魔族のような力があったなら………。

(そうしたら……)

階級の高い者が低い者を勝手にする横暴が、許されなくなる。高い階級の者が己の出世や利

益のために、低い階級の悪魔を当然のように殺し、棄てゴマにする、その理不尽が許されな

くなる。

そう、オレが、思い知らせてやることができるのに……。

なのに、どうして………自分には、その力がないのだろう。

(くそっ!!)

自分が、悔しい。ソードの、噛んだ唇から血が滲む。こんな情けないメにあうくらいなら、

いっそ死んだほうがマシだ。

「シバ!!てめー聞いてんのか?!コノヤロー!!オレにかまうなって言ってんだろー

が!!オレごと……こいつを倒せばいいだろう?!」

下級悪魔のプライドを守るために、せめて、こんなことしか言えない。

その悔しさで、ソードは今にも泣きそうな顔をした。

「ソード……」

見つめるシバの瞳が、わずかに揺れた。ドゥーガは、とたんに怯えたように、ソードを盾に

して怒鳴り散らした。

「シバ・ガーランド!!少しでも動いてみろ!!このままコイツを縊り殺してやるぞ!!わ

かってるだろうなあ?!貴様がこのまま大人しくオレに殺されなければ、代わりに、コイツ

が死ぬことになるんだぞ!!」

「うるせえ!!シバ!!てめー、こんなんでオレを助けたつもりなら、てめーを一生許さね

えからな!!」

許さない。こんな侮辱を受けたまま助かっても、許せない。

シバよりも、自分を……。

心根の卑しいゴミのようなつまらない相手に、数え切れないほど嬲りものにされたあげく…

…こんな……。

「シバ……。オレを……」

うつむいたソードの唇から声が漏れた。

「オレを……殺せ!この野郎ごと、オレを殺せよ!!」

「ソード……」

「どうせ、てめーが死んでも、なんにもならねーよ。このイカレた野郎が、その後オレを逃

がすと思うか?……それに……オレは!!」

「黙れえ!!」

ドゥーガは叫ぶと同時に腕に力をこめた。

「うあッ」

「勝手なことを、ほざくな!!貴様の命はオレ次第なんだ!」

細い首をネジ切るように、グイグイ締めつけている。

と、その時。

初めて、ふっとシバが笑った。

「何が可笑しい?!」

「いや」

「コイツが死んでもいいのか?!」

「その脅しは……この場合、あまり意味がない」

「なにい?!」

眼球が飛び出しそうな顔で、ドゥーガが唸った。シバは薄く笑って続けている。

「貴様の攻撃、動きをしばらく見せてもらったが……貴様が私の心を読んで、動きを先読み

したとして……それを計算に入れても、私のほうが確実に速い」

「ハッタリを言うなあ!!」

青ざめたドゥーガが、また魔力を吐いた。いくつも、いくつも吐いた。そのたびに、シバの

体から裂けた皮膚が飛び散る。それでも、まったく動じない顔で、彼は笑っていた。

「嘘だと思うなら、やってみせようか?ソードを殺すより……貴様が死ぬのが先だ」

「……バカ……な……」

声が、乾いている。けれど、困惑したのはドゥーガだけではなかった。

「シバ…おまえ……だったら、なんで……」

ソードは、当惑した顔で見つめている。シバは、穏やかな瞳を返しながら言った。

「ソード……おまえの為だよ」

「オレ……の?」

「ここまできて、あっさり私に助けてもらいたいのか?」

「それは……」

「自分で越えなければ、傷は癒えない。おまえは……命よりも誇りを選ぶ悪魔だろ?」

それは、そうだ。ここでこのまま助けられたら、それでもソードは怒り、悔やむだろう。も

しかすると、乗り越えるのに何年もかかってしまうほど、傷ついてしまうかもしれない。

(だから……こんなブザマな形で助かるより、死んだほうがマシだ)

そう感じるほど、ソードにとってプライドは大切だった。

命よりも……。

シバは、まっすぐに見つめている。そして少しだけ微笑んだ。

「おまえは…証明したいことがあるんじゃないのか?自分の力で」

「…………」

「だったら、思う通りにすればいい」

「でも……オレは……」

「もう、力が出ないか?自分で倒す魔力も残っていないのか?」

ソードはうつむいたまま黙っている。仕方がない、という顔でシバは微笑んだ。

「では、私はここで、おまえのプライドと心中だな」

「シ…バ……おまえ……?何言ってんだよ?!」

「まあ、これも惚れた弱味かな。……私は……おまえがこんなことで傷つくのを見たくな

い。おまえの魂の色が後悔でくすむのを見たくない。このまま助けても、おまえは死んだも

同然になってしまう。だから、私は……」

そう言って、シバはもう一度、微笑んだ。

「そのために、ここで死んでもかまわない」

半ば呆然と、ソードは眺めていた。

その目の前で、パラパラと崩れた天井が粉のように降ってくる。

シバは、頭上を見上げた。

「どうせ、もう、ここも長くはもたない。いずれにせよ、このままでは全員死ぬことにな

る」

「黙れええ!!」

ドゥーガが、狂ったように次々と魔力を放った。それでも、シバは何もせずに立っている。

ソードは大声で叫んだ。

「バカヤロー!!てめーみてーなバカは見たことねーぞ!!フツーはなあっ弱えー奴が死ぬ

んだよ!!オレが死んで、てめーが生き残るのが筋ってもんだろーが!!」

「魔界の掟では、な。しかし、私は……掟に縛られるのが嫌いでね」

「だからって、オレのプライドなんかに付き合うこた〜ねーだろーが!!」

「……それは……そうだろうな。普通はな」

「何言ってやがんだ?!おまえ?!言ってる意味わかんねーぞ!!」

その間も、シバ・ガーランドの体が、痛々しい姿になってゆく。本来なら、指一本触れるに

も困難なはずなのに……。

「やめろ!!おまえ何考えてんだよ?!やめろって言ってんだろ?!シバァ!!」

「ええい!!うるさいぞ!貴様らあ!!オレ様が、シバ・ガーランドを殺せば済むことなの

だ!!」

「チッこの野郎……調子にのりやがって…」

何もかもが許せない。この状況が。自分が。

怒りと疲労と痛みで、ふっとソードの意識が、一瞬、遠退いた。

耳元のドゥーガの声が、どこか遠くで反響したように聞こえる。

「次だ!次で殺してやるぞお!!シバ・ガーランド、貴様のその顔を吹き飛ばしてくれるわ

あ!!」

低級魔族の出身とはいえ、確かに今のドゥーガは、自惚れるほど、そこそこ大きな魔力を

持っている。前に戦って感じた時より、はるかに強い。

さすがに、頭を飛ばされたら、死ぬかもしれない。

そう思って見上げると、シバの視線とぶつかった。

(こんな時に……また……あいつ……笑ってやがる……)

ソードにだけ見せる、優しい顔で。

でも、シバが、大声で笑うところを見たことがない。

なのに、いつも自分を、とても柔らかい瞳で迎えてくれる。

その瞳を、急にドゥーガの魔力が遮った。今までの攻撃とは比べものにならない、巨大な魔

力の塊が、まっすぐに襲いかかる。それでも、シバは身動きしない。ただ、ソードに向けら

れた唇が、やっぱり淡く微笑んでいた。

「シバアァァ!!!」

手が、上がらない。指先も、動かない。それでも……

(オレは……)

その時、白い魔力の光が、体中を駆け抜けた気がした。

「なにい?!」

ドゥーガが、目を剥いている。その顔面に、自分の吐いた魔力が逆に向かってくる。そのま

ま巨大な体は、遥か後方に跳ね飛ばされ、壁に激突してメリ込んだ。

「間一髪だな」

シバが肩をすくめている。ソードは、ぜえぜえ息を切らしたまま、ニヤッと笑ってみせた。

「やっぱ、オレって天才かも」

「…………かもしれん」

「どーだ?シバ……?少しは見直したか」

「そうだな。なかなか見事な防御壁だ」

シバ・ガーランドの周りには、ソードがつくりだした防御壁が巡らされている。それが、シ

バを守り、ドゥーガの攻撃を跳ね返し、ドゥーガ自身を直撃したのだった。

どこからこんな魔力が出たのか、ソードにもわからない。それでも、今までになかった何か

が目覚めた妙な充実感で、とにかく嬉しかった。

「この防御壁なら、この先も結構使えるだろ?!」

「だが……バージョンアップさせる度にこの様子では、先がおもいやられる。おまえの訓練

も命がけだよ」

「ケッ諦めろよ。惚れた弱味なんだろ?」

「まぁ……これで私も、ようやく教えた甲斐があったというものだ」

「へへっ…ざまあみろ!」

満足げに笑うと、そこで傷だらけの華奢な体はグラリと傾いた。

「おっと」

急いで駆け寄り抱きとめたシバの腕の中で、ソードはニッと笑うと、あっさり機嫌を直した

口元で、急に物をねだる現金な声をだした。

「じゃあ、これで合格だろーが?次の魔法を教えろよ!」

「呆れたものだ。さっきまで泣きそうな顔で騒いでいた……瀕死の奴のセリフとも思えん

な」

「うるせえな!!じゃあ〜〜帰ったら、大サービスで、てめーの髪を結んでやってもいいん

だぜ?」

シバは苦笑している。

「ずいぶん、気前がいいな。……まあ、よかろう。ただし暗黒魔闘術以外ならな」

それを聞くと、子供っぽい瞳は、とたんにつまらない色になった。

「た〜く〜、やっぱ、それはおあずけかよ〜。噂に聞くだけで、オレは実際見たこともねー

んだぜ?」

「見たこともないのに、なぜ興味を持つ?」

「それは〜……その……」

ちょっと口ごもってから、彼はブツブツ言った。

「いーもんは、いーんだよッ!てめーこそ、なんだってそーもったいつけんだ?!」

「一応、簡単には教えられないわけがある」

「なんだよ?それ?」

「だが、それほど興味があるなら……一度だけ見せてやってもいい」

「……ホントか?!」

「そこで楽にしていろ」

上半身が壁に寄り掛かるようにして床に座らせると、シバは、妙にわくわくしている彼を置

いて立ち上がった。

シバが近付くと、ちょうど、ドゥーガの首のあたりが伸びて、頭だけが別の生き物のように

這い出している。

体を脱ぎ捨てて出てくるヤドカリのような頭に向かって、シバは無機質な声で言った。

「それが貴様の本体か」

「き……貴様あ……」

「なかなか……醜いな」

「うるさいわあ!!オレの……やっと手にいれたオレの体を…オレの顔を……」

人型の肉体から脱け出してきたのは、大きなミミズのような体に、奇妙なほど顎が出っ張

り、鋭い歯がぎっしり隙間なく並んだ口の、低級魔族だった。普通の目の上に、魔目といわ

れる心を読む目がもう1組ついている。4つの目をぬらぬらと光らせながら、ドゥーガは口

汚く罵った。

「あの下級悪魔め……オレ様の野望を……せっかく、砦がもらえたのに……台無しにしおっ

て……」

「なるほど。それが貴様の望みか。美しい身体と、高い地位」

「そおだ!!それがオレ様の大好きなものだ!!……他人の悲鳴も好きだがなあ?!」

そこで、ドゥーガは下品な罵声を浴びせて、ゲラゲラ笑った。

「ソードというあの悪魔も良かったぞ?!声の上げ具合がオレ様好みでなあ!!また聞きた

いものだわ!!」

「…………つくづく……嫌な奴だ」

憎しみの混じったシバの瞳が、刃物のように光る。と、同時にドゥーガの体が金縛りになっ

たまま、宙に浮かんだ。

「なっ?!何をする?!」

「貴様がソードにしてくれたことを、今からまとめて返してやる」

「きっ……貴様にそんな力が残っているものか!」

「それは、あいにくだったな。いつ私の魔力が尽きたなどと勘違いしたのだ?」

手も触れずに、ちょうど胸の高さまで吊り上げると、シバはドゥーガの体を軽く爪で弾い

た。

その瞬間、凄まじい悲鳴が響き渡る。醜い体から醜い声を張り上げて、ミミズのような体は

ビチビチとのたうちまわった。

「やめろ!!やめろおおおお!!」

「痛いか?」

「死ぬ!!死ぬうう!!」

「これは、ソードの分だ。いや……私の怒りの分かな?」

「貴様ああ!!オレを…オレを殺す気だなああ?!」

「心配するな。殺しはしない」

恐怖に歪んだ醜い顔を見下ろして、シバは軽く笑った。

「そんな簡単なことはしない。貴様には、もっと苦しんでもらおうと思っている」

「た……助けてくれ!!何でもする!!」

「十分だろう?命は取らないと言っているんだ」

「オレを……オレを……どうするつもりだ?!」

「そうだな」

と、少し考えてから、シバは言った。

「貴様のその激痛の……更に10倍の痛みが、少なくとも何年か、昼夜休みなく続くように

してやろう。そして……その顔。どんな魔力を使おうとも、その醜い素顔を決して変えられ

ぬ呪いをかけてやる。それから……そうだな、出世に欲があるようだから……一生、陽の目

を見ぬまま辺境をウロつくようにしてやろう。これでどうだ?」

「た……頼む!!シバ…いや、シバ・ガーランド様!!お……オレを許してくれ!!」

「笑わせるな。そんな命請いは、天界の天使にでもするのだな。あいにく……私は悪魔だ」

パチリと指を鳴らすと、細長い体は絶叫しながら、のたうちまわった。そのまま、なぜかシ

バが背を向ける。ソードのほうに向かって数歩進んだところで、ドゥーガは目と牙を剥き、

声を絞り出した。

「オレに背を見せるとは油断したなあ?!シバ・ガーランド!!オレは……このままでも魔

力を出せるのだぞ!!」

叫ぶなり、気味の悪い口が開く。赤黒い喉の奥が、カッと光った。

「おい?!シバ……?!」

ソードが声をあげた瞬間。シバが、ドゥーガを振り向いた。

「あ……」

光が、見える。

ソードの視線は、不思議なものでも見るように、その光に吸い込まれていた。

シバの、体全体の魔力が圧縮されてゆき、それをまとって拳に握った力が、煌めいている。

強くて、綺麗だ……。と、ソードはなんとなく思った。

美しい輝きが拳を包み、それが相手を撃ち抜く瞬間を、ソードはぼんやり見つめている。

(やっぱ、想像していたとーりだぜ)

圧倒的な魔力が、さざめくように美しい。

………あれが、欲しい。

やっぱり、そう思う。あの輝きが、自分のものに出来たなら……。

もしも………できるなら……

「立てるか?」

不意にそう言われて、ソードは我に返った。見上げると、もうシバが隣に戻っている。

「……帰るのか?」

「ああ。ここを出るぞ」

気がつくと、柱の倒れる音も、さっきからずいぶん近付いている。

シバは、ソードの肩を支えて立たせようとしたが、そのままずるずると彼の胸に崩れてし

まった。

「ソード!」

「悪い。もう……力残ってねーんだ。それに……なんだか……眠てーし……。でもよ〜やっ

ぱ、暗黒魔闘術って、すげーな……初めて見たけどやっぱりオレ……」

「ばか、何を言っている!いいから立て!!」

「あ……あぁ…」

懸命に、立ち上がったつもりだったが、シバの胸をつかんだままヒザ

が動かない。意識はふわふわと浮いているようで、感覚がなかった。

「?!」

突然、大きな音がして、重い天井が落ちてくる。とっさにシバはソードをかばって防御魔法

を張り巡らせた。

「く………」

けれど、彼の防御壁に落ちる前に、天井が止まった。

「?!」

見ると、横から伸びてきた水の膜にひっかかって止まっている。

「シバ……何を呑気にやっている」

すぐに呆れた声が降ってきて、隣にふわりと姿が見えた。

「その子は、これ以上は動けまい。もう無理だ。抱いて運んでやったらいい。教育も結構だ

が、もう勘弁してやれよ。十分がんばっただろ?」

しかしシバは、動かずに不機嫌な視線で見上げている。

「バジル……おまえ……今までどこにいた?」

「近くで、見学させてもらっていた。なかなか面白かったよ」

「…………」

むっとした瞳に、彼は、くだけた笑みでやり返した。

「そう怖い顔をするな。一応、その子の魂を起こしてやったし……牢から出してやったし…

…今まで私の魔力で、この場が崩れないようにしておいたのだぞ?」

「で?高みの見物か」

「まあ、いいじゃないか。私も、その子がどこまでやれるのか見たかったんだ。それはあな

たも同じだろう?そんなに傷だらけになって……」

「こんなもの、傷のうちに入らん」

「たいした意地のはりようだな。まあ、とにかくここを出よう。話はそれからだ」

そう言うと、バジルはちょっと屈んで、ソードの顔を覗いた。

「大丈夫か?まだ少し、意識があるようだが……。これ以上、魔力が抜けると危険だ。……

というより……生きているのが不思議なくらいだがね……。……それとも、私が運んでやろ

うか?」

「結構だ」

きっぱり言い放って、シバが立ち上がる。胸にソードを抱き上げたまま、彼は、防御壁をつ

くりだした。そのまま、ふわりと宙に浮く。さらにそれをバジルの水膜が包みこむ。

そうして、三人の姿はそこから不意に見えなくなった。

同時に、すさまじい音が響き渡った。幻樹海の真ん中で、一気に崩れた城は、地上に瓦礫を

重ねる直前に、霧のように消えた。






それから何日かたった日の午後。

急に、バジルがシバの城を訪ねてきた。珍しく、使い魔を通して連絡を入れ、きちんと門を

くぐり、ドアから入ってくる。

使い魔に案内された部屋につくなり、彼はまっすぐ、奥の人影に近付いた。

風通しのいい部屋だ。

ベッドに眠っているソードの左手が、頬の隣に出ている。その手をシバの手が軽く握ってい

た。手を通して、少しずつ自分の魔力を流している。

どういうわけか、強引に治癒魔法をかけようとすると、ソードの体が拒絶して、余計に傷が

深くなった。仕方がないので、ソードを眠らせたまま、シバは、ずっとつきっきりで自分の

魔力を流しこんでいる。

「……大丈夫か?」

「ああ。だいぶ…顔色が良くなってきた」

枕元に腰掛けて、ほとんどソードの隣につっぷすようにしているシバの肩ごしに声をかけ、

バジルは苦笑した。

「それは、見ればわかる。私が聞いているのは、あなたのほうだよ」

「………?」

「その様子では……全然寝ていないんだろう?……ソードがいなくなった日からずっと…

…」

シバは黙っている。そして、いつもと全く変わらない平静な顔で答えた。

「べつに…戦場ではよくあることだ」

「まあ、あなたが……たとえ腕の一、二本折られても、顔色一つ変えずに指令をこなせるの

は……知っているがね」

「戦闘とはそんなものだろう。弱味を見抜かれたら負けだ」

「あれでは……自分の体を治すのも、大変だったろうに」

「ソードにくらべたら傷のうちにも入らん」

眠っている身体は、出血こそ止まっていても、まだ生々しい深い傷が、目につく肩や首筋に

すらいくつも見える。

バジルは、それを眺めながら、少し怪訝な顔をした。

「この子は……自分で治癒魔法は使えないのか?」

「教えたが、なんだかんだと駄々をこねて憶えようとしない」

「そんなところは、ずいぶん甘やかしているんだな」

彼はちょっと可笑しそうな顔をして、シバの表情をうかがった。シバは黙っている。バジル

は苦笑して

「しかし、確かに筋はいい」

と言った。

「下級悪魔とは思えない魔法を使っていた」

「ソードが?」

「将来が楽しみだ。魔力の見込みがある。たいした精神力だよ。それに、とても誇り高い」

「……そうだな。あの底力には正直、私も驚いた」

「なんだ?案外だな。それで目をかけているのかと思った」

「ああ。今度から……魔力に目をかけてもいいかもしれん」

そう言って、シバは楽しそうに瞳を細めた。

「もしかすると、そのうち……我々をこえるかもしれないぞ?」

おいおい。とバジルは笑っている。

「それは……さすがに、かいかぶりじゃないのか?」

「私の見る目は確かだよ」

「では、とりあえず治癒魔法は憶えさせたほうがいい。もっとも……ここまで手ひどくやら

れると、使う余裕もあるまいがな」

愉快げに言ってから、バジルは、

「代わろうか?」

とシバを見た。

「あなたは少し休んだほうがいい。その間、私がソードを看ていよう」

「いい」

「おやおや。ガードが固いな。だが、休めるうちに休んだほうがいい」

「おまえ……用件は何だ?」

「うむ。実は……」

あからさまに迷惑な声を返した相手に、バジルは、急に憂鬱な笑顔をつくってみせた。

「明日の正午、サタン様に呼ばれている。私と……それから、あなたもだ」

「…………」

一瞬、黙った口許が、皮肉な笑いを浮かべている。やっぱり憂鬱な、けれどどこか不敵な瞳

で、シバはちょっとだけ肩をすくめた。









「ガラムの不始末を含め、今度のことは……バジルから、だいたい聞いているよ」

珍しく、いつもの怠惰な笑みもなく、ただ不機嫌で面倒そうな顔して、魔王サタンは2人を

迎えた。いつもはべらせている側近たちが、今日は誰もいない。

玉座の魔王は、ふだんに似ず、イライラした神経質な視線で、足元に控えるシバを見下ろし

た。

「シバ・ガーランド。あなたは自分の地位や立場を、よく知ってるよね?もちろん、ぼくの

側近としてのガラムの立場も知っているよね」

「……存じております」

「ガラムの僭越で己の立場をはき違えた独断も困ったものだけど、あなたの独断も同じくら

い困る。ということも、当然わかっているでしょ?」

「………」

「聡明なあなたのことだ。……だから今日は、公的なことは責めないでおくよ。ただ……」

と言いかけて、サタンは、一瞬バジルに視線を移し、それから再びシバを見つめた。

「あれが普通の悪魔じゃないってことは、あなたも知っているよね」

シバは、黙っている。バジルの表情が固くなったが、それにはかまわず、サタンは続けた。

「四元将はね、その辺の悪魔と違って、ぼくにはとても重要な意味がある。簡単に傷つけて

もらっては困るんだよ。だからシバ・ガーランド……あなたに、一つだけ聞かせてもらう

よ」

魔王の瞳が、探るように注いでいる。残忍な少年の唇が、それによって判決を言い渡す、簡

素で一方的な裁判のように冷たく問い詰めていた。

「ガラムを殺したのは…………魔界のため?それとも……悪魔ソードのためなの?」

シバは伏せていた顔を上げ、まっすぐに見返した。そして落ち着いた瞳で、淀みなく言っ

た。

「当然……下級悪魔一人の命より、魔界全体のほうが大切でしょう」

魔王は、じっとそれを見つめている。

しばらくして彼は、緊張感の続かなくなった飽きっぽい子供のように、突然、あーあ、とタ

メ息をついた。

「なら、いいよ。…………と、とりあえず言っておいてあげる。今度のことは一切不問にす

るよ。あなたも他言は無用だ。いいね?」

それから……、とサタンは、バジルのほうを見下ろした。

「ガラムの体はもう使えない。だから、造り直すことにした。似たような感じで造るけど、

今度はしっかり統率してくれなきゃ困るよ?」

「は……」

「でも……今度は、もう少し可愛い性格にしなきゃね。お人形は動いたほうが面白いけど…

…あまり勝手に動くのも困るでしょ?」

「…………」

「それとも……やっぱり君たちに人格を入れたのは失敗だったのかな。ねえ?バジル?」

それを聞くと、シバは憮然とした顔で玉座を見上げ、それから隣に視線を走らせたが、そこ

からバジルの表情は見えなかった。





シバを送りがてら、サタンの浮遊要塞を後にして2人だけで飛びながら、バジルは振り返っ

て、いつものように苦笑した。

「よかったよ。何も咎めがなくて。本当のことをいうと最悪のことまで覚悟していた」

「サタンも色々都合が悪いのさ。この一件が外に漏れるほうがな」

「あいかわらず……魔王にも媚びない男だな。あなたは……」

「サタンにそんな義理はない」

「あなたがサタン様の不興をかうことを平気で言うのじゃないかと、肝が冷えたよ」

「私にだって、それくらいの常識はある」

さっきからむっつりしたままシバは言っている。

しばらくして、遠くに小さく城が見えた。そこまで来ると、急に、バジルがひどく真面目な

顔で言った。

「シバ……私は……あなたのそういう奔放なところが好きだが……」

「……?」

「それでも命は、大切にしたほうがいい」

「……バジル?」

「せっかく価値のある魂が……自分の意思通りになるのだから。あなたも……それから、

ソードもな」

淡々としている。それでも、どことなく沈んでいるように聞こえた。

「やはり……」

と、いきなりシバが言葉を返した。

「部屋に帰ったら、私は休む。代わりにその間、ソードを看て欲しい」


「なんだ、急に?………同情ならごめんだぞ」

「あいにく、私は自分の目で見たものしか信じない」

ややムッとしたバジルの瞳に、シバの軽い微笑が映っている。それを認めると、バジルの瞳

も和らいで、それから、思い付いたように悪戯っぽい視線を向けた。

「シバ……あなたは、ずいぶんソードを可愛がっているみたいだな」

「?」

「眠った魂を起こしてやった時、あの子、あなたと私を間違えて……とても可愛らしかった

よ」

「………?」

「最初だけ、少しあなたのマネをしてやった。ほとんど、あの子は憶えていないだろうが

ね」

ちょっと意味を考えていたシバの表情が、急に変わる。それをからかって、バジルは、その

場で踵を返した。

「ソードとは、また今度、ゆっくり時間を過ごしてみたいね。彼が、目を覚ましている時

に」

「まったく……余計なことを……」

「そういう怒ったあなたを眺めるのも、また一興だ」

「おまえ………やはりサタンの人形には見えないないな」

フッと笑って、それからバジルは、大事なことを思い出したように付け加えた。

「実はな……その時に思ったのだが、ソードのことで、ひとつ気掛かりなことがある」

「なに?」

「私の思い過ごしかもしれないが……」

シバは、ちょっと複雑な顔をして聞いている。話し終わると、バジルはそこからまっすぐサ

タンの要塞へ戻っていった。

残ったシバは独り難しそうに、つい城の方を見ている。

(……どうしたものかな……。とはいえ、なるようにしかならないが……)

思案しながら、彼はソードの眠る部屋へと降りていった。









(ずいぶん、よく食べる……)

シバは、酒の入ったグラスを片手に、ずっと眺めている。

同じテーブルの向かい側で、さっきからソードが夕食の皿をいくつもたいらげていた。

(病み上がりのくせに…)

とは思うが、病み上がりだからなのかもしれない。1週間ほど眠り続けた後、突然起きだし

たかと思うと、腹が減ったと騒ぎ出し、それから更に2週間、急いで体力を取り戻すように

よく食べた。

(それにしても……)

また、ムキになっている。それとなく気がついて、シバは少し憂鬱な瞳になった。

「大丈夫か?」

「何が?」

骨のついた肉にかぶりつきながら顔を上げたソードに、シバは思わず苦笑した。

「体だよ」

「傷ならだいたい治ってるぜ?」

「それは知ってる」

「ふーん」

と何だか急に含みのある顔をして、ソードは

「じゃあ……」

と肉を飲み込みながら可愛らしい上目遣いでシバを見た。

「あれから全然誘わねーのは、ほかに理由があるんだな」

「………誘うって何にだ」

「何って……その……」

問い詰めたつもりが、逆に真顔で返されて一瞬戸惑っている。少し頬を赤らめたソードは、

急いでフンと口をとがらせると、片手に握った骨でシバを指した。

「おまえ、今夜は?またすぐ寝ちまうのか?」

「ああ。疲れたから、もう休む」

「オレは疲れてねーけど」

「だったら、たまには天界と魔界の歴史でも勉強したらどうだ?」

「はあ〜?」

「少しは教養も必要だと思うがな」

「おい、ちょっと待てよ!」

まるで逃げるようにグラスを置いて立ち上がったシバを目で追って、ソードはふくれ顔で引

き止めた。

「おまえ……この間から、変だぜ?オレを避けてねーか?!」

「そんなことはない」

「〜ってこら、待てっ!!」

もうその部屋を出ようとしている彼に、ソードは肉のついた骨を振り回して「人の話をちゃ

んと聞け!」とわめいたが、シバは立ち止まりもせず片手を振って行ってしまった。

「た〜く〜あの野郎……〜〜」

テーブルの上に頬杖をついて、ソードはむくれている。

それからしばらく考えていたが、食べかけの肉を放ると、何か思い付いたように、自分も部

屋を出た。






その夜、珍しく、シバは歩いて自室に戻った。途中、使い魔たちの部屋に寄り、明日の指示

を出したりしながら、赤い絨毯を敷き詰めた長い廊下を延々歩き、突き当たりから螺旋階段

を昇る。

なんとなく気乗りのしない顔でゆっくり最上階まで来ると、ふうっとため息をつき、飾りの

ついた重いドアを押した。と、

「よお!遅いじゃねーか!!」

明るい声に迎えられ、シバは驚いて目をみはった。

自分のベッドの上に、ソードがあぐらをかき、組んだ足の間に両手を立てて、ちょこんと

座っている。

しかも、何も着ていない。

急いで風呂に入ったらしく、ところどころ濡れた肌が上気したまま美しく光っている。湯上

がりの良い香りが部屋にたちこめて、シバもさすがに心が動いて迷ったが、まったくそうと

はわからない、至極まじめな顔でうなずいた。

「わかった。では今夜は、私がおまえの部屋で休めばいいんだな」

「そうそう。オレがこのベッド使ってやるからよ……じゃねーだろーが!!てめ〜!!」

ベッドの上で睨んでいるソードの機嫌をとるように、珍しく困った顔でシバが言った。

「……本当に疲れてるんだ」

「嘘つけ」

「私だって疲れることもある。おまえの看病も大変だったんだぞ?」

「それは……そーかもしれねーが……」

ちょっと吃ってから、それでもソードは剣呑な目つきで見上げている。

何故かシバは、あれから一度も自分に触れようとしない。というより、普通にぶつかること

さえ、あからさまに避けていた。

「てめーまさか……」

「…………」

じいっと見つめる視線に何か言おうとしたとき、

「オレの体に飽きたとかゆーんじゃねーだろーな?!」

シバは思わず吹き出しそうになっている。

「何を言い出すかと思えば……なかなか嬉しいことを言ってくれる」

「あのなあ?!オレ様が飽きるならともかく〜〜……オレが先に飽きられるなんて、そんな

の絶対、許せねえ!!」

「それもどうかと思うがな」

「どーかしてんのは、てめーだ!何か理由があるんじゃねーのか?本当のことを言え!!」

「………」

シバは少し黙ってから、やや事務的な口調で答えた。

「おまえが……自分でわかっていると思ったが」

「なぁ?」

ソードはまったく心外な顔でポカンと見上げている。シバはしばらく困った顔をしていた

が、無言でまっすぐ近付くと、ベッドの端に浅く腰掛けて壊れ物でも扱うように見つめた。

「大丈夫か?」

「だから、治ってるって言ってるだろ?」

「そういうことじゃない」

「何言ってんだよ?初めてでもあるまいし……」

けらけら笑って、ソードは強引にシバの首に手を回している。そのまま噛み付くように唇を

押し付けると、無理にベッドに押し倒した。

「………おい?……」

ところが、シバはほとんど動かない。向き合って一緒に横に倒れたまま、瞬きもせずにじっ

と見つめている。

「あのな〜」

痺れをきらしてソードはその身体の上に自分で片足をかけようとした。ところが、

「ア…うあ……」

急に、シバに握られて、全身が引きつけたように痙攣した。いつもの手が、決して強引にで

はなく、そっとソード自身の根元を握っている。

なのに、体が、凍ったように動かない。

少し強く扱かれると、全身に鳥肌がたち、ガタガタ震えた。

「ヒ……ア…ア……やめッ……」

奇妙な嫌悪で、思わず相手を突き飛ばしていた。

「え?」

自分でもよくわからない顔で、ソードは間近の瞳を見つめている。

「えっと……その……いや、今のは冗談だぜ」

「……もう、よそう」

「だから、冗談だって言ってんだろ?!」

イライラした声で、ソードはわめいた。と、シバの手が急に乱暴に足をつかんだ。ビクン

と、体が仰け反る。片方の太股をつかまれ奥に指を入れられる。異物が、身体の中に入って

くると、おかしくなった。

「ア…ア……痛ッ?!」

指が動くと奇妙な痛みが走り、そこが痙攣する。指で衝かれただけで、思わず内蔵に突き上

げられる衝撃を感じ、げえっと何かが込み上げた。

「あ…うあッ……」

反射的にシバを突き飛ばし、飛び起きて、ソードは床にさっき食べたものを嘔吐した。

「あ……あ…う………はぁ……はぁ……」

片手でシバの腕につかまり、ソードは何度も吐いた。吐いても、吐いても、気分が悪い。苦

しさのあまり涙が落ちている。口で息をしながら、うめいている背を、シバはあまり手の感

触を感じさせぬように、静かに手の甲で撫でた。

「わかったか?これが理由だよ」

「な?……〜〜何なんだよ〜……いったい……」

「おまえの身体は、私の治癒魔法さえ受けつけなかった。バジルも言っていたし……たぶ

ん、こんなことじゃないかと思ったんだ」

「こ……こんなことって……だあぁ〜〜何なんだよ?!」

「こういうコトだろ?」

「わかんねえよ〜それじゃ〜……」

信じられない顔で、ソードは苦しそうにシバの胸に頭を落とした。

◆to be continued◆