「ふぅむ……」

シバ・ガーランドは、さっきから地面に転がった悪魔の死体を眺めている。

バジルと別れてから、まっすぐ幻樹海にやってきた彼は、森の中に少し入った所で、まず一

つ、干からびかけた死体を見付けた。それからあちこち回っているが、これでちょうど10

体目になる。今見ているそれは、なかでも一番新しく、殺されてから、そう経っていない。

体のそばには、バジルに聞いた通り、真っ黒い泥のような固まりや染みが無数に点在してい

た。

「これが、妙な液体というやつか……。なるほどな……」

その場に漂っている、死臭とは違う独特な臭いに、シバは反射的に顔をしかめた。

「……封魔の仲間を材料に……作ったのだな……」

ずいぶん昔に、たまたま一度だけ出くわして倒したことがある。それっきり忘れていたが、

悪魔の魂を喰うという変わった魔物の臭いを、体が憶えていた。

(で、これを使って魂を吸い出しているわけか……)

もしかすると、そこにソードが居るかもしれない。

やや焦った苛立ちで、シバは樹海の奥を見つめた。目の前には、延々と乾いた暗がりが続い

ている。外は相変わらず細い雨が降り続いていたが、森の茂みは厚く重なっており、地面を

濡らすまでにも至らない。迷い込んだ者は必ず幻を見て死ぬと聞く、その広大な魔物の巣窟

に、シバはためらいなく踏み込んだ。

(あの連中は………すべて同じ場所から運び出されたのだろうな)

放置されていた10体の位置から、おおよその見当をつけている。身体の周囲に簡単な結界

つくり、己の魔力の気配を完全に消してから、シバは奥へ進んだ。

(こんな所に来るのは久しぶりだ……)

サタンに中央の砦を一つ任されて以来、興味本位の遠出をしなくなった。けれど、ソードが

ここへ来たがる気持ちは、実はなんとなくわかっている。昔の自分に似ている……。そう思

う時もないわけではなかった。

(もっとも、私はあれほど無謀ではないがな)

あの単純な思いきりの良さや、悩まない性格を思い出し、シバはクス…と笑った。

かなり奥まで入りこみ、

(さて…………この辺りか……?)

そう思った場所は、そこだけ木々のない、ちょっとした空き地のような空間だった。中央

に、城跡のような崩れた土台が見える。

(ふむ……)

シバは暗い空を仰ぎ、それから、もう一度瓦礫の重なる広場を見つめた。雨を遮る木の葉も

ないのに、不思議に少しも濡れていない。

(結界だな……)

誰かが、ここに結界を張って何かを隠している。ただ、少しのほころびもない完璧な結界な

ので、その魔力に許可された者以外、どこが入口なのかわからない。気配を消したまま、シ

バは、とりあえず土台を一周してみた。

(………?)
すぐに、つま先にぶつかってゴロリと転がったものがある。

(……これは……)

見覚えのある瓶だ。土台の一角、崩れた瓦礫の隙間に、同じものがいくつも積み重ねてあ

る。あの日、低級魔族と遭遇したソードが持ってきた酒瓶だった。

(………………)

よく見ると、そのすぐ近くに人を引きずったような跡がある。かすかに残った気配を辿る

と、森の中へと続いていた。

(なるほど。……これで、あとは……ソードがここに居るのかどうかだが……)

ようやく納得した顔で、付近を歩き回っていた彼は、急に立ち止まった。さらに奥の方に、

なぎ倒された木々が見える。行ってみると、土がえぐられ、下草が荒らされていた。あちこ

ちの木の幹に飛び散っている血痕を追うと、その先に、光るものが落ちている。
(……………)

数日前、ソードに着せた肩当。そして引き裂かれたマントが散らばっていた。拾い上げよう

とした時、

(え……?)

声が、聞こえた気がした。

一瞬、体が強ばり、頭の中にソードの悲鳴が聞こえた気がしたのだ。

(……………)

もう一度、シバは今来た空き地を振り返った。そして、何事か考えていたが、まもなく、己

の居城へ向かって姿を消した。










「…や……やめろッ……この…下衆野郎!!……いいかげんにしやがれ!」

ソードが、かすれた罵声を浴びせている。その度に、ドゥーガの頬は、恐怖に似たイラつき

で引きつった。

あれから数日。ずっと暴行を繰り返している。普通の悪魔なら、とっくに自我を手放してい

てもいい頃だ。けれど……

(いったい、何なのだ?こいつは……)

身体は無惨で、意識すら怪しいというのに、それでもなお、相手を押し返す強い何かを感じ

る。一向に、魂が引きはがれる気配もない。

無論、彼自身は、こういう獲物は好きだった。いつまでも抵抗する相手を痛ぶるのは、彼の

趣味というよりは、むしろ、性欲に直結した生来の嗜好に近い。相手の苦痛に歪む顔や恐怖

におののく心を見ると、身体が感じて、つい達きそうになる。実際、嫌がるソードに、毎

回、己の膨張したものを無理矢理ねじ込むのは、かなり快感だった。

「ぐ……あ…ぁ……アアッ……アアア…」

今も、苦し紛れなソードの喘ぎが、硬く狭い部屋中に反響している。

「……イヤだ……や…め……ッ…」

華奢な身体を貫きながら、全身を動かし身体ごと衝くと、その度にソードは、長い髪を振り

乱し、喉をそらし、どうにか逃れようと上半身をくねらせる。けれど、自由を奪われた体

は、ドゥーガの為すがままだ。いくら暴れても、もがいても、好き勝手に陵辱されている。

(なのに……何なのだ)

支配しているのは、自分のはずだ。にもかかわらず、ドゥーガはずっと焦っている。

(こんなはずはないのに……。オレはコイツとも、他のヤツらとも違う。選ばれた…特別な

悪魔のハズだから)

自分には、他人の心が読める。

それが、彼の優越感の源だった。

いつも、自分は相手の心の裏を握っている。それが彼を安心させる。

悪魔は皆、どれもこれも卑劣で残虐で、嘘にまみれている。その薄汚なさを見ると、ほっと

する。

自分もずっとそうして、ようやくここまで這い上がってきた。

だから……。

すべての存在は、そうでなければならない。嘘をつき、残酷で、自分のためには同族も売

る、弱者の悲鳴に快感を覚え、強者に媚びて、利用しようと躍起になる。

(なのに……)

目の前の悪魔には、少しもそんな卑しさがない。

(たかが、下級悪魔のくせに!!)

本当なら、すべてのプライドを投げ出して、何でもするから助けてくれと泣き叫び、挙げ

句、薬に溺れたまま、とっくに魂を売り渡しているべきなのに。

(なの……に……)

いくら犯しても犯しきれない何かを感じて恐ろしくなる。この間戦った時と同様に、恐怖の

あまり、すべてを引き裂いてしまいたくなる。

「ア……あぅ……」

悲鳴を上げ続ける瞳から、徐々に光が消えはじめた。意識が薄れ、ドゥーガに突き入れられ

たまま、身体が人形のように力を失っていく。

それでも、しっかり己の魂をつかんで放さない。

(こいつ……)

いったい、何を頼んで、何にかじりついているのだろう?

わからないので、ドゥーガは、ただやみくもに陵辱して、暴行を加えた。毎日、日に何度も

犯しては、殴って切りつけた。

(はやく………)

ドゥーガは焦っている。早く命じられた通りにしないと、また、ガラム・ハーネスに呼び出

される。呼び出されて、この無能者と罵られる。やはり、ただの低級魔族だったか、と罵倒

されてしまう……。

そのために多くの魔族を殺し、己の一族も殺し、やっと手に入れた今の身体に寄生して、人

型をとるフリをして、上級悪魔に媚びへつらい契約と引き換えに与えてもらった魔力で顔を

変え、ようやくここまで辿り着いたというのに。

そのすべてが無駄になってしまう………。

「もっと……もっと……そいつを入れろ!」

隣に立っていた悪魔が手にしている黒い毒を指して、ドゥーガは半ば狂いかけた声で命じ

た。

「いいのか?これ以上やると……こいつ、きっと死ぬぜ?」

「いいから言われた通りにしろッ」

知らないぞ、という顔をして、その悪魔はソードの口をこじあけ、また封魔の体液を流し込

んだ。

「あ…あ……」

痙攣した身体が、おぼつかない悲鳴を上げる。

ドゥーガを受け入れたまま、抵抗していた手足がぐったり投げ出され、瞳は全く光を映さな

くなった。

「また……死んだんじゃないのか?」

と一人が言った時、そこへ、別の下級悪魔が息せききって跳ね飛ぶように入ってきた。

「おい!大変だ!!」

「………?」

「ドゥーガ…そいつをそのままにして、ちょっと来い。……ガラム・ハーネス様の『右手』

がおいでだぞ!!」

「な……に…?」

それを聞くと、ドゥーガの動きがビクリと止まった。









ずいぶん前から、ガラム・ハーネスが、己の城の塔の上に立ってネクロノミコンの術を駆使

している。

(ヤツめ……何をする気だ?)

このところ、ずっと様子をうかがっていたバジルは、その日も、近くの丘から、丁寧に観察

していた。辺りはかなり見晴らしがよく、互いに丸見えなのだが、バジルのほうは魔力を込

めた水の壁で全身を隠しているので、ガラムは全く気付いていない。

ついさっき、そのガラムが、呪文を唱え、まず右手を飛ばした。幻樹海に向かってそれが消

えると、今度は向きを変え、左手を飛ばしている。

どっちを追おうか迷っていると、しばらく塔の上を歩き回っていた影が、急に気が変わった

ように、自らも幻樹海の方へと飛び立った。

(…………ふむ…)

少し考えてから、バジル・ホーネットは、幻樹海とは逆に向かって飛び始めた。

水の結界を張ったまま、空中を滑るように移動すると、間もなく前をゆくガラムの左手が見

えてくる。小さく映るそれを、かなりの距離をおいたまま追ってゆく。すると、

(ほぅ……)

見慣れた城の前に出た。

(シバ・ガーランドの居城ではないか……)

『左手』は、数度、城の周りを回っていたが、それから最上階の窓まで昇り、そこで、壁の

中へすうっと吸い込まれるように消えた。

(おやおや……)

ちょっと呆れて、バジルは眺めている。

「シバは不在か?それにしても、ずいぶん呆気なく家宅侵入されてるものだな。これでは、

どんな輩が入ってこないとも限らな……」

「当然だ」

いきなり背後から話しかけられて、バジルは内心ひどく驚いた。すぐ後ろに現れた気配が、

聞き慣れた淡々とした口調で言っている。

「私が、そうしているのだから。あれが来ることは先刻承知だ。だから、わざと入れるよう

にしたのだ」

「なるほど。さすが、読みが深いな、シバ……」

いかにも同等の上級悪魔らしく、バジルは、全く驚きを読ませない顔で、振り返りもせず

に、軽く笑った。

「では私は……こちらを追わずに、ガラムと右手の方についてゆけば良かったよ」

「ガラムと……ガラムの右手だと?」

「ああ。たぶん……今、ヤツは幻樹海に居るぞ?」

「ならば好機だな」

「好機?」

「見ろ、出てくる」

シバの言葉でバジルが視線を向けると、ちょうどガラムの左手が部屋の窓から出てくるとこ

ろだった。

「何か……持ってるな」

左手が何かをしっかり握っている。バジルが目をこらすと、シバが後ろから背を押した。

「大切な酒を回収に来たのだ。いいから、後を追うぞ」

「酒?……あれの中味を知っているのか?」

「さっき確かめた。おまえの言っていた……正体は封魔のすり身だよ」

「ほぅ……?では、もう行き先も知っているのか」

「たぶんな」

「なるほど。さすがは………」

言いかけたバジルは、隣に並んだ姿を視界に入れたとたん、呆れ声に変わっている。

「なんだ?その身軽な格好は……」

並んで飛び始めたシバ・ガーランドは、まるで、くつろいでいた続きのような部屋着のまま

だ。肩の見えそうな大きな襟ぐり、袖の長い濃い紫のキトンに、足にぴったりした黒をは

き、腰を長いフサのついた淡い紅色の布でしめている。

「余計な忠告かもしれないが……せめて、甲冑くらいつけたらどうなんだ?そこまでガラム

を侮ると痛い目をみるかもしれんぞ?」

「別に……私は戦争しにいくわけじゃない。ソードを迎えにいくだけだ。このほうが、ガラ

ムも話をしやすいだろ?」

「それは……そうかもしれんが……。相変わらず律儀な男だな。あなたは………」

バジルは、ため息まじりに笑ってみせた。

「やはり……シバ……」

「なんだ?」

「左手を追って、先にあなたの所へ来たのは正解だったようだ」

ちょっとムッとしたように、シバは押し黙って前を向いた。その頑な横顔を見つめて、バジ

ルは笑っている。

「ソードという悪魔も……そういう正攻法な性格なのか?」

「……あれは……もっとまっすぐだよ。私などとても及ばない」

「それはそれは………」

一瞬驚いた顔が、すぐに面白そうな興味に変わっている。

間もなく、2人はうっそうとした魔窟の森に着いた。





「あれか……」

さっきシバが訪れた広場を目にして、すぐにバジルはうなずいた。

「ガラムの結界だな」

「どこが入口かわかるか?」

「あなたも……わからないから、いったん戻って、あの『手』に案内させたんだろう?」

「まぁ、そうだが……」

「そう心配しなくとも今に入口が開くさ。それより肝心の……あなたの下級悪魔だが……本

当に中に居るのか?」

「それは……間違いない……。さっき感じた」

急に目許がキツくなり唇を噛んだシバの横顔を、バジルは、また少し驚きで見つめている。

シバ・ガーランドは、どちらかというと無表情で、ほとんど感情の起伏を見せない男だ。

(しかし……意外だな……)

どうも、この間から、そう感じてしまう。代わりにやや不安でもあった。

(シバは……いつも冷静で慎重で……確実な男だが……)

今度ばかりは、なんだか信用がおけない。

その2人の目の前で、宙に浮いた左手が、軽く物を掴むように指を曲げた。その瞬間、空間

がねじ曲がり、なにもないはずのそこが二つに割れている。

「今だ…」

「ちょっと待て」

素早く飛び出そうとしたシバを引き止め、バジルは落ち着いた声で言った。

「とりあえず、私が先に行って様子を探ってこよう」

「なに?」

「あの結界が開くのはほんの一瞬。それも、あの『手』しか入れまい。ここで倒すか、破壊

しないかぎりは…。だが、今ここで正面から事を構えるのはサタン様や軍規の手前、マズイ

だろう?」

「………」

「あなたにとっては大事なことかもしれないが、こんな理由で我々が争ったことがバレたら

……ガラムも、あなたも、それに私だって……降格だけでは済まないかもしれない」

「そんなことは、わかっている」

「いずれにしろ、この先は姿を隠して、というわけにもいかん。だが私なら、四元将として

の命令にかこつけて穏便に中を探ってこれる。何かわかったら、あなたを呼ぼう」

「そうだな。………では、頼む」

あっさり引き下がったシバをその場に残し、バジルは、目の高さに浮かんだまま空間の裂け

目に入ろうとしていたガラムの左手に近寄り、そこで自分にかけていた結界を解いた。

「バジル……?!貴様………いったい……」

とたんに、驚愕でうろたえたガラムの声が、『手』から聞こえた。

「ちょうど、おまえがここへ来るのを見かけたものでな。サタン様からの下達を伝えにき

た。通してもらおう」

ガラムにも見えるよう姿を現したバジルは、いつも通り、微笑したまま言っている。少し考

えていた『左手』は、警戒したまま低い声で答えた。

「おまえだけか?」

「そうだが?だいたい、貴様、こんな所で何をしている。四元将の長である私の要請に応え

られんとは、どういうことなのだ?」

それを聞くと、ガラムの声は、渋々ながら結界の中へと促した。

ところが、バジルが片足を踏み入れたとたん、

「な?!」

突然、後ろから強烈な力に突き飛ばされて、明るい長髪を波打たせた体は、前のめりに倒れ

込んだ。ただの力ではない。凄まじく強大な魔力を圧縮したカタマリが、背を撃ち、バジル

をはねとばしたのだ。魔力の球は、更に加速してガラムの左手を直撃する。

つんざくようなガラムの叫び。

青い放電と、強い熱風が辺りをおおい、一瞬、何もわからなくなる。

再び静寂が戻って、気が付くと、バジルは独り暗く硬い床へと叩きつけられていた。

「やれやれ……信じられんな」

破れてしまった上衣の肩を押さえ、ようやく立ち上がって、彼はため息をついた。どうも、

結界の中へ入れたのはいいが、さっきの衝撃で、かなり奥へ飛ばされたらしい。しかもシバ

が空間の割れ目で魔力を発動させたため、ひずみが出来て、先程の入口とは階も位置も全く

異なる場所へ飛ばされていた。

「まったく、ひどいことをしてくれる……。何が、ただソードを迎えにいくだけなものか!

せっかく私が、好意で嘘までついてやったのに…」

いきなりケンカを売ってどうする、と舌打ちしながらも、やはりバジルはそういうシバの行

動に、つい興を引かれる。

あれから、はぐれてしまったので、シバとガラムがどうなったのかは知らないが、とりあえ

ず彼らのことは放っておいて、バジルは、ソードを探すことにした。

「やはり……あのシバを、そこまで動かすソードとやらを、一度じっくり見なければな」

久々に、バジルの沈着な瞳が輝いている。実は内心、それが楽しみで、ついてきたのだ。確

かめるように、辺りの暗がりを見回すと、

(ふむ……)

案外に、何の変哲もないただの城だ。けれど、こういう時のガラムのクセを、昔からよく

知っている。結界の張り方も、城の部屋割りも。むろん、囚人を閉じ込めておく牢の配置

も。

再び気配を消すと、ほとんど迷わずに、バジルは、まっすぐ地下の一角へ出た。

(ここか……)

細い廊下のつきあたりに、鉄格子が見える。バジルが軽く手を触れると、呪いで封じられた

カギも、音もなく開いた。しばらく歩くとまた鉄格子がある。そうやっていくつも格子を

破ってゆくと、最後に小さな部屋が見えた。

(ああ……彼か……)

扉代わりにはめ込まれた最後の鉄格子。そこからのぞいて、すぐにピンときた。冷たい石に

囲まれた狭い部屋の中央に、寝台に両手をくくりつけられた悪魔がいる。目をそむけたくな

るほど無惨な姿にもかかわらず、バジルは妙に感心した。

今も獣のような下級魔族に弄ばれているその肢体は、まるで人形のように何の反応も返さな

い。瞳は開いていたが何も映っておらず、半開きの乾いた唇さえ、色を失い、息をしている

のかどうかも、わからなかった。

(だが……)

体の中に、燐のように美しく燃える魂が見える気がする。それをしっかり抱きかかえたま

ま、ふてぶてしく眠っている悪魔ソードが見えた気がしたのだ。

(たいしたものだ……)

確かに、シバ・ガーランドが気にするだけのことはある。

しばらく感心して眺めていた彼は、そこで己の結界を解くと、最後の格子を開けた。

「な……なんだァ?キサマァ……?!」

耳障りな叫び声を上げながら、寝台の上から悪魔が振り返る。近付きながら、バジルはにこ

やかに微笑んだ。

「おまえではない。そこの……彼に用があるのだ」

言いながら、片手を軽く突き出すと、手のひらから手品のように薄い水の膜が現れる。あっ

という間にその悪魔を巨大なシャボン玉めいた球に封じ込めると、ゴミでもどかすようにわ

きへ寄せた。

球体に入れられた悪魔は、浅ましくジタバタ騒いでいる。ちょっとうるさげに眉をしかめた

バジルは、片手の指をパチンと鳴らした。同時に球はビー玉ほどに縮み、中の悪魔は一滴の

水になる。そして一緒に蒸発してしまった。

「さて……」

他に誰もいなくなった部屋でバジルはソードに近付くと、いささか無遠慮に眺めた。

(なるほど……。なかなか上手いテだな……)

本人が意識してやったのかどうかわからないが、どうも己の体の中に小さな結界を造り出

し、その中に自分で魂を封じて眠っているらしい。

(下級悪魔にこんなことが出来るとは……なかなかどうして、たいしたものだ……)

苦し紛れとはいえ、上級悪魔並みの高度な魔法だ。

(だが……このままでは……)

感心していたバジルは、急に眉を寄せた。

結界を造って隠れたのはいいが、もはや無意識のシールドになっており、自分で出てくる力

はないらしい。このまま放っておけば、二度と目覚めることもなく、眠ったままいずれ死ん

でしまう。

「どうしたものかな……」

すべての外界との接触を断ってしまった彼を、どうやって呼び戻そうかと、バジルは思案し

た。強い魔力を使って強引に起こせば、衰弱しきった体が壊れてしまうかもしれない。それ

よりも、ますます固くたてこもった魂が出てこなくなってしまう。

とりあえず、腕を戒めている鎖を外してやると、バジルはソードの手を握ってみた。体温の

下がったそれは、死人のように強ばっており、何も反応しない。頬に触れると、冷たい石の

ようだった。完全に、感覚が拒否している。

(…………)

バジルは、ソードの顔に屈みこんで、小さく開いた唇に軽く舌先で触れてみた。やはり、硬

い。

(…………)

手を握ったまま、もう一度、口付けてみる。

今度は、ひび割れたふくらみや、血のかたまった端をなぞりながら、少しずつ中へ滑りこん

だ。唇の裏を舐め、歯と歯の間にそっと舌を入れ、根気よく、無感覚なソードを誘ってみ

る。

唇から自分の魔力を微弱に流し入れながら、バジルは、静かに、少しずつ、少しずつ、冷た

い口唇を暖めてみた。

それでも何も、起こらない。

(やはり……もう、ダメかな……)

そう、諦めかけた時、

(……?)

わずかに、指先が動いた気がした。







「オレの腕を返せ」

神経質な怒りを無理に押さえたガラム・ハーネスが、目の前のシバ・ガーランドを、恨みが

ましい視線で睨んでいる。

魔力で造った柱の中にガラムの左手を封じ込め、柱の隣に立っているシバは、

「その前に、聞きたいことがある」

と言ったきり、ほとんど表情を動かさない。あの時バジルの背後から放った魔力で左手を

奪ったシバは、結界の中に入り込み、城の一室でガラムが来るのを待っていた。

ドゥーガ・ランドを呼んで自室で話していたガラムは、動転したままドゥーガを放り出し、

すぐに姿を現した。その片腕のない体を、スキのない冷たい瞳で見つめながら、シバは無表

情に立っている。

たまりかねたように、ガラムは唸った。

「貴様……いったい何なのだ?オレに何の恨みがあって……」

「意外なことを言う。身に憶えがあるだろ?」

「知らん」

黙って、シバは柱に触れた。とたんに、柱の中に稲妻のような光が走り、封じられた腕がボ

ロボロと崩れてゆく。ガラムは、ものすごい悲鳴を上げた。

「やめろ!!キサマぁ……いくら中央の砦を支配する将軍だからといって、サタン様の側近

であるオレに、こんなマネをして、ただで済むと思っているのか?!」

「別に……貴様が黙っていれば済むことだ」

「な……このオレを……四元将のオレを……侮りおって……」

怒りのあまりガラムは、常に悪い顔色が、ますます青ざめている。けれど、シバはジロリと

一瞥しただけだった。

「答えろ。貴様、ここで何をやっている?」

「キサマに教える義務はない」

「左手がなくなってもいいのか?」

「フン。できるものならやってみろ!オレの体は不死身だ」

薄く、シバが笑った。瞳と同じ、冷たい唇だった。

「貴様こそ、このシバ・ガーランドを侮ってもらっては困る」

「なにぃ?!」

「ネクロノミコンの秘呪など、私だって知っている。もちろん、それを破る方法もな」

ぐっと詰まって、ガラムは目の前の美しい悪魔を見つめた。

サタンの側近中の側近と言われる自分に、ここまでプレッシャーをかける男。自分にすら、

めったに魔王サタンは直接口をきかない。けれど、サタンはシバ・ガーランドの名をよく口

にした。かなり勝手な振るまいをしても大目にみているその真意が、シバの実力にあるの

を、ガラムも知ってはいる。

暗黒魔闘術の使い手であるばかりでなく、シバは何でもよく、卒なくこなした。戦略の立て

方も、戦術の組み方も、作戦指揮も上手い。そのうえ、はるか昔の魔法や、天界、人間界の

ことまでよく知っていた。

この男に勝ちたい。

ガラムは本気で思っている。サタンがシバを特別扱いする度に、はらわたがネジ切られるほ

ど悔しかった。

(だから……ドゥーガなどという下賤な低級魔族の策にも、のってやったのだ)

頬をひきつらせ、ガラムは皮肉な笑いを浮かべた。

「シバ…そんなに聞きたいなら、教えてやろうか?」

「…………」

「悪魔が使う武器は、人間の魂から造る。悪魔が力を得る時も、人間の魂を喰う。しかし、

強力な念を秘めた人間の魂を探して狩るのは、難しい。そうだろう?」

「……………」

「これまでの名剣、秘宝の類いは、いずれも素材となる強い魂を見つけるのが困難なため

に、希少価値がついたのだ。だがもし……もしもだ、人間の代わりに悪魔の魂を使えたら…

…」

もっと強い武器が、簡単に造れる。もっと巨大な戦艦や、砲台さえ、簡単に造れるかもしれ

ない。

暗黒魔闘術には、悪魔自身の魂を使う裏奥義があるという。魔王サタンの散らばった魂は、

悪魔の卵に封入することによって、卵を持つ者に巨大な力を与えるという。

それならば、普通は寄るべき体を離れるとすぐに消えてしまう悪魔の魂も、何らかの方法

で、つなぎ止め、加工することが可能なハズだ。

そう、ガラムは考えたのだった。

「もし、それが成功すれば……天使との戦いが有利になる。サタン様もお喜びになる。そし

て……オレも………」

もっと、サタンの近くに侍ることができる……。

「貴様よりも……バジルよりも……オレは、もっと、サタン様のそばに行ける!!」

すべてを吐き出して、ガラムは喚いた。けれど、シバは、肩をすくめて遠慮なく嘲笑った。

「まったく……バカバカしい限りだな」

「なんだと?!」

「そんなことのために、他の悪魔を殺し、私まで巻き込んだのか?」

「低級魔族や下級悪魔を殺したからといって何だというのだ?あんなクズでもオレのおかげ

でサタン様の役に立つのだ。かえって幸運だろう?それに……」

「……………」

「キサマを巻き込んだ覚えなどないわ!勝手に押しかけおって。だいたいキサマの下級悪魔

が、わざわざ幻樹海などにやってきて、運んでいた物を見たからいかんのだ!!」

「あの酒瓶の中味か」

「シバ……キサマのことだ。もうわかっただろう?あれで、オレの望みが実現するのだ。い

まさら貴様に邪魔などさせない!!」

興奮のあまり息をきらし無気味な笑いを浮かべるガラムに、シバは、ため息をついて小さく

首を振った。

「貴様の話はわかった。で?ソードはどこだ?」

「聞いてどうする」

「連れて帰る。私は、もともと、その為にここへ来たのだ」

「それはムダ足だったな」

「なに?」

「たとえ生きていたとしても……もはや死んだも同然」

「………」

黙って、シバはその場を離れ、城の更に奥へ入ろうとした。

「シバ……貴様どこへ行く?!」

「私が自分で探して、連れ帰る」

「そんなことはさせんぞ!貴様は、オレの話を聞いた!オレの本心も聞いた!まだサタン様

に未報告の計画まで知ったのだ!!」

「そうだな。成功もしていない、ただの殺しを、サタンは喜ばぬかもしれんな」

「フン……」

とガラムはシバに一歩近付いた。フル装備の自分に比べて、シバは普段着のままだ。ガラム

はあくまで自分が有利だと信じている。彼は、まるで挑発でもするように言った。

「貴様の、あの下級悪魔がどうなったか教えてやろうか?」

それまでただ受け流していたシバの眉間が、ピクッと動いた。

「ありがたく思え!オレの実験に使ってやったのだ!!できれば、そいつの魂で造った武器

で、貴様を殺してやりたかったがなぁ!!」

一瞬、動揺したシバの隙をついて、いきなり、ガラムが何かを投げた。

「!」

砂だ。魔力を含んだ砂が、寸前で飛びのいたシバの足にかかる。ジュッ

と音がして、靴の先が溶けている。

「生きてなど帰さん!!」

シバが着地する前に、ガラムは秘呪を唱え、魔力を放った。









水が、飲みたい。

ソードは、ぼんやり思った。ずっと喉が乾いている。ここ数日、むりやり口に押し込まれる

のは、死ぬほど気持ちの悪い、生臭い液汁だけだ。

身体は痺れているし、意識もずっと曖昧になっている。

それでも、喉の乾きだけが、妙にはっきりしていた。乾きすぎた唇が、ヒビ割れて痛い。

とてもセックスとは言えない暴力行為に、痛む全身は、とうとう感覚を消してしまった。

何も受け付けなくなった身体に、それでも、喉の乾きだけが鮮明だった。

けれど、だんだんそれさえ面倒になり、少し眠ってしまったような気がする。

「………ん……」

突然、何か温かいものが口の中に入ってきて、ソードは狼狽した。けれど不快はなく、むし

ろ気持ちがいい。そのまま、されるに任せていると、それはどんどん奥に入ってきて、歯の

裏や上顎をなぞり、頬の裏を撫でて舌先にからみついた。

「あ……う…」

なんだ。いつものやつだ。

ソードは、なんとなく、そう思った。うっすらと瞳を開くと、切れ長の瞳が覆いかぶさるよ

うに、アップで迫っている。

(んだよ……。シバじゃねーか……)

まったく、こいつも……好きだよな……。まだ、昼じゃねーのか?

そう思いながら、両手をシバの背に回す。回しながら、手のひらと腕で、その背を愛撫す

る。と、お返しのように大きな手が、首や胸を探るように撫でた。

「ん……あ…ぁ……シバァ…」

吐息のような声が漏れる。こんな声をあげるのは久しぶりだ。そう思うと、急に忘れていた

喉の乾きを思い出した。

「み……ず……」

「ん?」

「水が……飲みてー……」

「そうか」

冷たい。飲んだこともないような爽やかで、清浄で、そしてどことなく甘い水だ。口移しと

は思えない、冷えた水が、こんこんと湧く泉のように身体に入ってくる。それが全身に回る

と、身体にたまった不快なものが、すべて洗い流されてゆく気がした。

ソードは、むさぼるように飲んだ。相手の首を押さえ、頭をつかむようにして唇をぴったり

重ね、泉の淵に口をつけるように飲んだ。

冷たい水が意識を覚まし、少しずつ、感覚が戻ってくる。

(変だな……)

意識が甦るにつれて、ソードは、ふと思った。

そういえば、自分はどこかに監禁されていたはずだ。こんな所にシバが来て、こんなことを

するはずがない。そういえば、感触も、動きも、どこか、いつものシバと違う。

「え?」

髪の色が違う。瞳が違う。額が違う。どことなく似ているが、やはり違う。シバではない、

でも、どこかで見たような唇が、フッと笑った。

「だ……誰だ?!てめー?!」

一気に目が覚め、はっとして飛び起きた。

「へ………?」

縛られていたはずの石の寝台の上に、独りで座っている。辺りには誰もいない。ただ、感触

だけが、唇と手に残っていた。

(な……?何だったんだ?……今の……)

気がつくと、鎖が外れている。周囲には誰も居らず、鉄格子の扉が、すべて半開きになって

いる。おまけに、鉛のように重かった身体が、どうにか動かせるようになっていた。

(なんか知らねーが……これは……)

チャンスだ。ソードは、そっと床に足を降ろしてみた。

「いでででで……」

とたんに、下肢を激痛が突き抜け、悲鳴をあげた。

「ちくしょう……。さんざん好きなよーに、やりやがって……」

身体中が痛い。特に、腰のあたりを中心に局部が、ひどく痛む。

「ひとの体をなんだと思ってやがるんだ」

それでもどうにか床に立った。たまたま落ちていたシーツのような布を拾い、身体にまとう

と、ソードは、冷たい壁に手をつきながら、よろよろと、部屋を出た。

「どーでもいいが……ここを出ねーと……けど、出口はどっちだ?」

とりあえず壁をつたうように歩き出す。けれど、一歩進むたびに体中に激痛が走った。

「ぐ……」

歯をくいしばり、裸足のまま布を一枚かぶった姿で、壁についた手で身体を支えながら進ん

だ。

(早く……ここを出て……シバに……)

そうは思うが、すぐに息があがり、気が遠くなる。全身に流れた冷汗が、額をつたって目に

入り、視界が霞んだ。

「く……そ……」

自由にならない身体にイライラしながら、ソードは、それでも前方を見つめた。すると、遠

くに人影がある。

「チッ」

間が悪い。ソードは舌打ちした。

(だが……ここでやられるわけにはいかねー。戦って倒してやるぜ)

懸命に前に進みながら、ソードは拳を握った。相手はどんどん近付いてくる。

(とにかく、一発目はかわして……そして、相手が崩れたところで、こっちから……)

背の高い男だ。細身だが、肩がしっかりしている。実戦慣れした体つきだ。けれど、服が少

し汚れ破れている。直前に誰かと戦っていたようだ。

(オレにも……運があるかも…)

血痕らしきものが、あちこちについている。手負いなのかもしれない。そういえば、どこと

なく、足取りが重そうだ。

(しめだぜ。だったら……このまま……こっちから……ブッとばして………)

もうすぐ、間合いに入る。そうしたら、

(こっちから………先に……仕掛け……て………)

正面で、長い髪がふわりと揺れた。

「………な……?」

霞んだ視界の中で、間近になった相手が微笑んでいる。

その悪魔は、そこで立ち止まって、ソードを頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと見つ

めた。そして、呆れたように口を開いた。

「ずいぶん、酷いことになっているな……ソード……」

「…………」

「今まで見たうちで、一番ひどい……。これなら、私の訓練の方が、ずっとマシだ……」

「シ……バ……?……シバ……なのか……?」

すぐには信じられない顔でソードは口ごもった。

シバ・ガーランドが、いつもの調子で笑っている。ただ、美しいその頬には、小さな傷が

あった。

「なんでおまえ……こんな所にいるんだよ?」

「おまえが、あまり帰ってこないから迎えに来たんだ」

「また、ニセ物じゃねーだろーな」

「私の幻でも見たのか?」

「ああ。色々見すぎて、どれが本物か、わかんねーよ」

「それは……嬉しいな」

本当に嬉しそうに、シバは笑っている。ちょっと、どきどきして、ソードは照れたように目

の前の男を見上げた。

「少しは、心配してたのか?」

「そうだな。……」

本当に、ほっとしたように、シバの瞳が光を含んで揺れた。

「まったく……おまえは私に心配ばかりかけてくれる。無事とはとてもいいがたいが………

まぁしかし、よかったよ。……生きていてくれて」

そこまで言うと、うっと呻いて、その場に膝をついた。

「シバ?!おまえ……」

「なんでもない。大丈夫だ」

「どーしたんだよ?!誰にやられたんだ……?!」

「ちょっとな。……だが、おまえよりは、ずっとマシだよ」

「おまえ……」

ソードは驚いて駆け寄ろうとしたが、体が動かない。舌打ちして、どうにかもっとそばに行

こうと、壁につかまり足を引きずって歩きだそうとした時、

「う?!」

「バカがぁ!スキだらけだぞ!」

「て……てめぇ……」

壁からゴムのようにぬっと現れた巨躯にいきなり羽交い締めにされ、愕然とした。耳元に響

く気色の悪い声音は、まちがいなくドゥーガだ。

「貴様を逃がすものか!ガラム様のためにもな!!」

「放しやがれ!!このヤロウ!!」

ソードは暴れたつもりだが、傷つきすぎた身体は、さっぱりいうことをきいてくれない。

と、少し離れた場所で片膝をついていたシバが黙って立ち上がった。

「シバ……貴様が……シバ・ガーランドか……」

「…………」

「いくら貴様でも、邪魔はさせない。オレはガラム様に協力して、上級悪魔の位をいただく

のだ」

それを聞くと、どうでもいいような口調で、無表情にシバは言った。

「……ガラムは、もうここへは来ない」

「な……なんだとぉ?!」

「貴様を置いてさっさと逃げた。もっとも……その辺で力尽きて死んでいるかもしれんが

な」

「で……でまかせを言うなあ!!」

「残っているのは、もう貴様だけだ。他の悪魔はガラムがすべて始末した。この城も、もう

すぐ崩れる。どちらにせよ、もう終わりだ」

「な……な……」

何を言っているのか理解できない。そういう顔で、ドゥーガの唇が震えている。シバは、そ

のまま続けた。

「ガラムは肉体のほとんどを失った。再生するには、相当の年月が要るだろう。だから考え

を変えたのだ」

「……シバ・ガーランド……貴様が……やったのか?」

「…………。もともと貴様のことなど、ガラムはどうでもいいのだ。心を読めるなら、そん

なことはわかっているんだろ?」

「うるさいッわかっておるわ!!だが、我々は利害が一致したのだ!」

「だが、もう、その契約は破棄された。わかったら、ソードを放せ」

ドゥーガは、しばらく青ざめたまま黙っていた。それから、突然奇妙な声で、笑い出した。

「貴様………」

とドゥーガは、シバに言った。

「ガラムと戦ったと言ったな?では、それなりのダメージは受けているんだろう?」

「……………。何が言いたい?」

「オレにも貴様を倒せるチャンスかもしれんということさ。貴様を倒せば、オレの名は魔界

中に知れわたる。理由はどうとでもつければいい。貴様がサタン様に反逆したから、オレが

成敗したとでもな」

「残念だが……」

ほとんど呆れた口調で、シバは言った。

「貴様では話にもならん」

「それはどうかな」

ドゥーガはいやらしい笑いを滲ませ、ソードの首に巻いていた腕に力をこめた。

「ぐ……あ…」

締め上げられた頬が苦しげに歪む。シバの顔色が変わったのを認めて、ドゥーガはますます

笑った。

「シバ・ガーランド……。オレには貴様の心が読める。この悪魔をどう思っているのかも

な」

「…………」

「貴様は、動揺しているだろう?まったく愉快だ!!あのシバ・ガーランドが……こんな奴

一匹のために……。だから、貴様には特別に、いいことを教えてやろう」

ぞっとする笑いを浮かべて、ドゥーガは醜く舌舐めずりした。

「教えてやるぞ?こいつが、このオレに抱かれて、どんな顔をしていたのか!オレの手で扱

かれて、オレのモノに擦られて!このオレにイかされて、どんなによがっていたかな

あ?!」

「て………てめ〜大嘘ぶっこいてんじゃねーぞ!!いつオレが喜んだってんだ?!サイテー

なヤリ方しやがって」

たまりかねたようにソードが叫ぶと、ドゥーガは、いっそう醜く笑った。

「あぁ?そうだったなあ。そういえば貴様は、オレにヤられて、ヒイヒイ泣いてたっけ…

…」

「うるっせー!黙りやがれ!!」

「何度も何度もオレに突っ込まれ、あんまり痛くて腰ふってやがったよなぁ?すっかり、オ

レの自由にされて……」

「黙れつってんだろぉが!!」

「だが、オレは具合が良かったぞ?貴様の体は……」

「てめー……殺す……必ず……殺してやる……!!」

怒りと屈辱で、ソードは気が遠くなりそうな顔をした。

シバの前で……。

以前なら、どうでもよかったことなのに。シバの前でそんな言い方をされるのは耐えられな

い。自分が目標と定めた男の前で、こんな侮辱は耐えられない。

自分のプライドが、自分の面前で、ボロ布みたいに蔑まれている。

死ぬよりも、辛い。

それがわかっているから、ドゥーガはわざとやっているのだ。

「情けないものだ。えぇ?シバ・ガーランド……。なんなら、今ここで実演してやろう

か?」

いきなりドゥーガの手が、ソードの股間を直に握った。

「ひ……あッ…」

失神しそうな顔で、それでもソードは大声でわめいた。

「こ〜の〜サイテー野郎!!オレはなぁ、貴様なんぞに自由にされた覚えはねーぞ!!つか

まったのはオレの責任だが、四元将だって何だって、他人を自由にする権利なんざ、ねーん

だよ!!階級が高けりゃ低い悪魔をどーしてもいいなんざ、あるわけねー!!体も魂も、そ

れがどんな悪魔であったとしても、そいつのもんなんだ!それを勝手放題弄びやがって……

〜〜〜」

「フン。だから、貴様に何が出来たというのだ?今も……このオレの自由ではないか」

そう言って、ドゥーガはソード自身を握った指を動かし始めた。

「く……あ……やめろ!!この野郎!!」

もがくソードに気をよくしながら、ドゥーガは卑猥な声で笑ってみせた。

「どうだ?シバ・ガーランド……?今、貴様の目の前で、こいつを犯してやろうかあ?」

「……貴……様……」

それまで蒼白な顔で黙っていたシバが、絞り出すような低い声で言った。相手をバラバラに

切り刻みそうな瞳が、暗く赤く光り、まっすぐにドゥーガを射抜いている。

「おっと、やる気だな?だが……ソードの命はオレ次第だということを忘れるな!!……動

くなよ?動いたらこいつを殺す!!」

再び気が違ったように笑い出し、そしてドゥーガは口からカッと魔力を吐き出した。

「シバァ?!」

右腕の表面が吹き飛び、鮮血が散る。ドゥーガが魔力を吐くたびに、シバの体が赤く染まっ

た。

「バカヤロウ!!なんでよけねーんだよ?!オレにかまうな!!」

ソードが怒鳴っても、ただ黙って、まっすぐドゥーガを睨んだまま突っ立っている。ドゥー

ガは調子にのって魔力を浴びせつつ、下品な声で笑い続けた。

「シバ・ガーランドもたいしたことないわあ!!こんな悪魔一匹のために手も足も出ないと

は!!」

「てめ〜………」

今にもキレそうな声で、ソードは唸った。

こんなシバは、見たくない。

こんな自分は、許せない。

(オレが……このオレが……こんなブザマでいーわけねー!………あいつの……ただの足手

まといだなんて……そんな情けねーことがあってたまるか!!)

シバは、唇を切れるほど噛んだまま、それでも黙って立っている。けたたましいドゥーガの

笑い声が、ソードの耳を打ち続ける。

その時、城の結界が解け、あらゆる柱の崩れる音が聞こえた。

◆to be continued◆