「ソード……いつまで寝ている」

シバの、手厳しい、それでいて、どこか含みのある低い声が、上から降ってくる。けれど起

き上がろうにも、首から下が何か別の物質に変わってしまったように動かせない。仕方がな

いので、ソードは地面に転がったまま口だけ動かし、精一杯、怒鳴り返した。

「ちく……しょう……寝てなんか……ねーよ!!」

「では、さっさと起き上がって………もう一度、魔力の防御壁をつくってもらおうか。言っ

ておくが、私の攻撃は、かなり手加減している。この程度も防げぬようでは、まったく話に

ならんな」

「くっそぉ〜………」

ソードはシバの足元に倒れたまま、指に触れた土を握った。裸の上半身は汗と泥と血にまみ

れ、無数の焼けただれた傷に汚れている。しかも、さっきから大声で叫んでいるつもりだ

が、実際は、上がった息にまぎれて、かすれた声しか出ていない。

「な……んで……てめーの攻撃ばっか、オレの防御を突き抜けてくんだよ?!」

「簡単だよ。おまえの魔力が足りないだけだ。もっと大きな魔力を覚醒させなければ、強力

な魔族の攻撃を防ぐことなどできない」

「覚醒って……?……どーすんだよ?」

「それは、おまえ次第だろ?私はずっと…引き出す訓練はしてやっている」

「〜〜〜〜………」

同情など微塵も感じさせない淡々とした声だ。こんな時のシバ・ガーランドは、別人のよう

に手厳しい。攻撃も、どこをどう手加減してくれているのか、未熟なソードには区別がつか

ない。ただ、いつも、1日の魔力の修練が終わる頃にはソードの体はボロボロで、死なない

程度に生きている、というザマだった。

地面に倒れたまま、ソードは傷を押さえてうめいている。それを見下ろすシバ・ガーランド

の険のある目が、急に、ふっと和らいだ。

「どうも今日は………これで終わりのようだな、ソード。無理はやめて、このへんにしてお

こう。ちょうど、もうすぐ夜になる」

地平線が見える、魔界の広大な荒れ地に立って、シバは空を見上げている。太陽など、いつ

も、あるのかないのかさえわからないというのに、この時刻、一瞬だけ地平線が鮮血のよう

に赤く染まるのだ。赤い光に照らされて、シバが倒れたソードの前に膝をついた。その声はも

う、厳しい教官から、優しい庇護者に変わっている。

「そのまま横になっていろ。今、傷を治してやる」

「ま……まだまだ……だぜ!!……シバ!!てめぇ……逃げんのか?!」

「3つ数えるまでに立ち上がれるなら、もう少し付きあってやってもいいが」

子供っぽい挑発になど全くのらない、形のよい口元が、ゆっくりカウントを始めている。そ

の間、勝ち気な悪魔はどうにか体を動かそうともがいていたが、とうとう力尽きてのびてし

まった。

「タイムアップだ。ソード。………いいから、そのままじっとしていろ」

「あ〜〜〜あ。またかよぉ〜〜。これで50戦全敗だな」

「おまえ……その程度で私に勝とうなんて思っているのか?」

「そりゃまぁ……思ってねぇけどよ〜………ね〜けど……」

膨れっ面の悪魔がプイと横を向く。その腕をとって、シバはくっくっと笑いながら、いつも

のように回復魔法をかけてやる。柔らかい光が傷ついた全身を癒し、ソードは苦痛から放た

れる心地良さに、つい目を閉じた。

「大丈夫か?」

その閉じた瞼に軽く口付けながら、シバは強く優しい魔力で包んでくれる。先刻までとは

うってかわった気遣いで静かに上半身を起こしてやると、長い黒髪を無造作に散らしたソー

ドの頭を自分の胸にもたせかけた。なるべく楽な姿勢をとらせて全身を接触させ、魔力を流

しこむと、ソードは「へへっ」と笑って、その背に手を回した。

「おー。おめーの魔法はすっげー効くからな。もう……全然痛くねぇよ…」

「これも、いずれは…自分でやれるようになってもらいたいものだが…」

困ったように苦笑したシバに、ソードはフンと鼻をならしてみせた。

「オレはなぁ、こーゆーちまちました魔法ってやつは性に合わねぇんだよっ!!」

「また、そういうことを言う。この間から何度も教えているだろう?敵に勝って生き残りた

いなら、まず防御壁と回復魔法だけは使えるようになっておけと……」

「ちぇっ。いいぜ、そんなの。どーせ教えてくれるんなら……」

そこまで言って、ソードは急に背にまわしていた腕を降ろした。シバの胸に頬をのせ閉じて

いた瞳を、開いて、まっすぐに見つめている。真摯な視線だった。けれど、

「暗黒魔闘術がいい、か?」

言葉を引き取った切れ長の瞳は、少し厳しい色を浮かべている。

「おまえは、いつもそれだな。よほど興味があるようだが………しかし、今のおまえには、

とても扱えん」

「じゃあよ、そのうち、もっと強えー魔力が使えるよーになったら、教えてくれるか?」

シバは、難しい顔をしたまま黙っている。そして答える代わりに体を離すと、立ち上がって

自分の居城の方角に目を向けた。

「もう大丈夫だ。歩けるだろう?…………帰るぞ」

「お…おい、待てよ……シバァ!!」

慌てて、ソードも立ち上がる。あっというまに空中に飛び上がった悪魔を目で追い、ソード

はむくれたように舌打ちした。

(チッ……いつも、こうだぜ)

暗黒魔闘術の話をすると、何故かいつも、はぐらかされてしまう。

(ケチケチしねーで教えてくれりゃーいーのによ〜…。そしたらオレだって…もっと……)

しかし、どういうわけかシバは、その話になると返事をしない。

(あいつ……オレをナメてんのか?)

思ったとたんムカッときた彼は、突然、聞き分けのない反抗期の子供みたいな声を上げた。

「帰らねー!!」

「ソード?」

「てめー一人で帰ってろ!オレは、寄り道してくんだ!!」

「どこへ行く?」

「教えねー!!」

叫びながら、黒い翼を広げている。辺りはすでに、モヤのような、はっきりしない闇が包み

始め、物の見分けがつきにくい時刻になっていた。

まるで意地でもはってるように、ムキになって反対の方向に飛び去る影を見送り、シバは、

ほっとため息をついている。

「まったく……困ったものだ……」

困ったもの…。その言葉が、ソードに向けられたものなのか、それとも自分に対してなの

か。彼自身もよくわからぬまま、シバ・ガーランドは己の城に向かって一人、帰途につい

た。









自室に戻ったシバ・ガーランドは、部屋着に着替えてくつろいだまま、彼にしては珍しく、

少々ぼんやりしていた。窓際にしつらえた、ゆったりした椅子に深くかけ、片手に握ったグ

ラスの中で小さく揺れる深紅の液体を眺めている。いつのまにか、その情熱的な色合いに

ソードを重ねていた。

『私が、魔法と、魔力を使った闘い方を教えてやろうか?』

確かに、そう言い出したのは自分のほうだ。出会って数カ月目に、そんなことになったのだ

が、それというのも短気で無謀なソードのせいだろう。

(まったく……あいつは…勝てない相手とばかりケンカしたがるから…)

放っておくと、死ぬかもしれない。それが、シバには不安だった。

どうして、ここまであの悪魔に惹かれてしまったのかと、我ながら不思議に思う。初めは、

いつもの気紛れだったハズだ。よく彼は、許しがたい相手を容赦なく処分する一方で、捨て

られた子ネコを拾ってくるような甘いクセがあったのだが、ソードのことも最初はそんなつ

もりだったのだ。

ソドム・バースの命令で地下牢に拘束されたまま、ソドムの側近たちに輪姦されていたソー

ドを見つけたとき、一目で、生きにくい奴だと、感じた。

この魔界で、悪魔の中で、生きていくには難しい悪魔だ。だから、かくまうつもりで自分の

城に連れてきた。そこまでは、たぶん、よくある気紛れだったのだ。なのに……。

(私としたことが……ずいぶん本気になったものだ…)

時折、見えなくなるほどのめり込む、自分が怖い。

そう思い始めたのは、いつからだったろう。ソードと一緒に過ごす時間が長くなるにつれ、

その存在は日増しに大きくなり、とうとう今では、自分の命と引き換えても守ってやりたい

者になってしまった。

(この私が………いまさらそんな事を思うなんて………)

もう自分の年令すら忘れてしまってから、だいぶたつ。どれくらい生きていたのか忘れてし

まうほど長い年月の後、初めて、運命というものを感じたのかもしれない。

(まったく……とんだロマンスもあったものだな……)

これ以上引きずられないうちに、ひき返そう。何度もそう思ったというのに、帰れないま

ま、こんなところまで来てしまった。

(あの目が………)

手にしたグラスをかかげて深紅の光を眺めながら、シバはつい独りごちた。

「あの目が……いかんな。あれを見ると……どうも……私は……」

このままですら、いられなくなる。このまま、物わかりのいい保護者だけですら、いられな

くなるかもしれない………。

と、不意にドアが開いて、騒がしい気配が入ってきた。

「あぁ?目が……?何だって?」

「ソード………!」

気配も感じとれぬほど物思いに耽っていたのかと、シバは我ながら一瞬呆れたが、とっさに

驚きを隠し平然と、帰ってきたソードを迎えた。

「早かったな。それにしても……その格好………。せっかく傷を治してやったのに、またず

いぶん汚してきたものだ」

「フン。いーじゃねーかよ〜」

口をとがらせて突っ立っているソードは、数時間前に見たよりも、いっそう傷ついて、血み

どろな姿になっていた。相変わらず、イキのいい口先だが、全身に重い疲労がみえる。ぜえ

ぜえ息をきらしながら、彼は座ったままのシバへ、おぼつかない足取りでフラフラと近付い

た。

「なんだよ?独りで飲んでたのか?」

「ああ。相手がいないものでな」

「へっ…。てめーも上級魔族なんだからよ〜囲ってる女の百人や二百人くれーいねーのか

よ?」

「私には、そんな面倒な趣味はない」

「たく……。妙なヤローだぜ」

「そんなことより……またその傷………」

「あぁ?コレか?なんか知らねーが、たまたま数匹で固まってる低級悪魔どもがいやがって

よ、オレの顔みたら襲ってきやがったから………全部まとめて返討ちにしてやったぜ」

ソードは得意げに、それまで片手にぶら下げていた奇妙な瓶をシバの膝に放った。

「そこに落ちてたから、持ってきてやった。中味、酒だろ?」

冷やりとする薄気味悪い気配を感じ取り、シバは、かすかに不機嫌な顔をした。長年のカン

が奇妙な危険を知らせている。瓶自体は、酒のコクを出すために、そこに封印された魔族の

顔が浮き出ている、なんの変哲もない魔界ではありきたりな酒瓶だ。

(だが……なにか変だ……)

シバがそれを手にすると、連れてきた生臭い植物の腐臭が鼻をつく。いつも落ち着いた細い

眉が、ピクリと跳ねた。

「おまえ……幻樹海に行ってきたのか?」

「ああ。あそこは、おもしれーもんが、いっぱいいるからな」

確かに、魔界でも有名なその森には、いまだにシバすら知らない多種多様な魔族や、奇怪な

植物が棲んでいる。多くは低級魔族と呼ばれる者たちで、大昔、魔王サタンが天界から引き

連れてきた天使の末裔ではなく、もともと魔界に生息していた生き物だ。上級魔族や下級魔

族のように、人型をとらず、逆に魔族を食物にすることもある。

「あんな所によく行ったものだ。上級魔族でさえ、あの森にはほとんど近付かぬというのに

………」

シバは呆れたが、ソードのほうは思わぬ戦果に御機嫌だった。

「へっ。いーじゃねーか。ケンカうってきやがったバカをぶっとばして、オレはずいぶん

スッキリしたぜ?」

「ぶっとばすのはいいが……」

シバはとりあえず瓶を床に置き、その話をそこで切り上げると、目の前の痛々しい姿を見つ

めた。

「どうせなら、もっと勝てそうな状況でやりあったらどうなんだ?」

「フン。このオレ様が、最初から負けそーな、弱えー野郎をいたぶるなんてセコいマネがで

きるかよ!!」

それを聞いたとたん、おもわずフフ…とシバの口許に愉快げな笑みが浮かぶ。

(自分だって強くなどないくせに……)

そうは思うが、こういうソードが、つい愛しいと感じてしまう。彼はグラスを持ったまま立

ち上がり、自分がかけていた場所へソードを促した。

「ここに座れ。今、治してやる」

「嫌だね」

と、何を思ったか、いきなりソードは目の前の男につかみかかった。片手で乱暴にグラスを

奪い取ると、残っていた酒を自分の喉に流し込む。空になったそれを床に叩き付けると、水

晶の砕ける硬い音が響いた。

「傷なんざ、このままでいいぜ」

「ソード……おまえ……?」

「低級魔族をブッ殺したばかりで、興奮してんだよ」

時折、金色に光る不思議な瞳が、血のりを含んだまま熱っぽい艶を帯びている。両手で背の

高いシバの頭をつかみ、目線まで引き落とすと、ソードはその唇にかみつくように自分から

舌を差し入れ、体をすり寄せた。

(こいつ……こういうところは、ひどく悪魔らしいんだな……)

気位だけは上級悪魔以上の下級悪魔に、わざと自由にさせながら、シバ・ガーランドは、そ

ういう自分が可笑しいと思う。

この悪魔の本当の資質が、実のところ、シバにもまだよくわからない。ただ、妙に期待させ

る強烈な何かが、彼の体と魂を惹きつける。下級悪魔というものは、彼にとって、これまで

ずっと、あっさり始末するべきくだらないゴミか、護ってやるべき、ささやかで可愛い者か

どちらかでしかなかった。

(だが……こいつは………)

血の味がする熱い舌が奥までからみつき淫猥な音が耳を打つと、シバは自分に挑んでくるこ

の無謀な小悪魔を、つい捉えてみたい、そんな気分になっている。

「ん……ん……っ」

急に強く引き寄せられ、ソードは息がつまって狼狽した。背に衝撃を感じて気がつくと、い

つのまにか壁に全身を押し付けられている。強い力が体を押さえ、身動きもかなわぬまま、

片手で口を大きく開けられたかと思うと、それまでただ受け流していただけの舌先が強くか

らみついて彼を吸った。

「ンッ……ッ……ンン……ッ」

能動的な軽い感覚がゾクリとする鋭い刺激に変わり、ソードは思わず首を振った。全身に電

流が流れたような快感が走り、股間がビクッと動く。たまらず片ひざをシバの両足の間に割

り込ませ硬くなったものを擦りつけると、逆にそこを腿ではさまれ強く擦られた。

「ア、……アア……うぁ……」

流れた唾液を引いて解放された唇からソードの喘ぎがはしった。シバの舌は、はだけられた

ソードの胸元を這い、ピンクの突起をとらえると舌先で微妙に転がしている。そこを吸われ

ながら、自身を、硬い筋肉の締った腿で徐々に早く擦られると、ソードは腰がくだけて崩折

れそうになった。

「フフ……情けないな。せめてもう少し、しっかり立っていろ」

「チッ……んなこと……言ったって……ア……ふっ……」

呼吸が荒くなり、開いた唇から苦悶のような声が出る。疲労した体がさらに悦楽で酷使され

ソードは軽いめまいを覚えた。本当は、立っているのも辛い傷なのだ。けれど今は、それを

シバに気づかわれるのが嫌だった。興奮しているのも確かだし、今この場で、欲望を吐きだ

したいのも事実だ。自分でもなんだかよくわからない意地で、ソードは懸命にガクガク震え

るひざをこらえている。

「う………くっ……ぅ……」

その間も、体を這う熱い舌は、脇腹をくすぐるように丹念に舐めながら更に下へと進んでい

く。ちょうどそこまで降りた時、シバの手で、腰に巻いた紅い布が解かれ、下半身を被う衣

を脱がされて、すでに怒張し濡れたモノが露にされた。

「アッ……あ、あ……アウッ……」

順序よく降りた唇が、その後方のものをくわえて吸う。吸われながら、前のモノを素手で掴

まれ、軽く扱かれると、ソードは喉を反らせて首を振った。

「…………いつも思うが……おまえ…ホントに感度がいいな」

「……なッ…な……んだとコラ?!」

唇を離し、ちょっと感心したように笑ったシバに、ソードは真っ赤になって怒鳴り返した。

達する寸前だったそれが、羞恥で一瞬引いている。

「怒るな、誉めているんだ」

「バカヤロー!!いきなり変なこと言うんじゃねーよっ気分がブチ壊れるじゃねーか!!た

く……てめーが上手すぎんだろ?!!」

「そう言ってもらえると、光栄だ」

「けッ……オレァなぁ、別にホメてねーぞっ…………ッ…」

そのとき、ソードの体液で濡れた中指を、シバが、彼の秘所に入れた。

「ひッ………あ、あ……」

同時に、ソードのモノをくわえ舌をからめる。根元から丁寧に舐め上げながら、指を動か

し、そこを押し広げるように奥を突いた。

「あうっ……うぅ……アア……」

再び、絶頂が近付き、ソードの体が強く仰け反る。乱れた黒髪が壁を叩き、頭の真上が壁を

こすった。荒い呼吸が続き、吸い付いた肉が、そこを抜き差しする指を締めつけている。

「はぁ……はぁ………あうぅっ……」

指の数が増えるたび、ソードは苦し紛れに片膝でシバの胸を蹴った。少しずつ動きの早まっ

た舌はソード自身を上手く追い上げ、達する寸前で亀頭を軽く噛む。何度も根元から先まで

なぞられ、溝にそって嬲られ、いく寸前で止められる。それと同時に指で突かれて、ソード

はあまりの愉楽に、どうにかなりそうな気がした。

「シバ……シバァ!!………てめ……もう……」

そういう行為に慣れた体ではあったが、常に、シバは確かめるように、ゆっくり挿入するタ

チだ。悪魔にしては珍しく、自身を入れる前に、前戯に手間をかけるほうだった。

「けど……よぉ……それにしたって……てめぇ……焦らし……すぎだぜ……」

シバの肩をつかみ、髪をひっぱりながら、ソードはわめいた。

「あ……ハァ…ハァ……そこ…いいから……はや……く…こいよ……!!」

と、急にシバが口を離した。

「ソード……」

「あぁ?」

「このままいかせてやるから、今夜はもう休め」

「な……」

快楽、混乱、苦痛、怒り、屈辱………なにもかもがごちゃまぜになった体で、半ば意識が混

沌としたまま、ソードは怒鳴った。

「んだとコノヤロー……オレをバカにすんのもたいがいにしろよッ」

「そういうわけではないが………もういいだろ。無理をするな」

「よくねえッ」

叫ぶなり、ソードは渾身の力でシバを引っ張りあげると、勢いのまま彼の衣服を引きちぎっ

た。

「こら……よせ!」

「そーゆーとこがムカつくんだよってめぇ…いつまでもオレ様をガキ扱いしやがってッ」

「子供だろう」

「んだとぉ?!」

息を切らし、汗と体液と血まみれの体で、ソードは、まるで格闘でもしているように、つか

みかかり、わざと無理な体勢からシバを導こうとした。

「ソード!!」

「るっせー!!オレとつき合うのに…いちいち手加減すんじゃねぇよッ」

「ソード……」

真剣で激しい光が、じっと見つめている。

シバは、ゾクッとした。

(この目だ…………)

彼の、何百年も前に奥底にしまったはずの本性をえぐりだすような目。この、挑発的な瞳に

篭絡されたのは自分のほうだ。この熱い光を見ると、魂が引き込まれる。ただ庇護してやる

だけの相手ではなく、同じ高みに昇る対等な者として、この先が見たくなる。自分と同じ運

命を背負わせて、自分のすべてを賭けてみたくなる。

(バカな……錯覚だ!!)

自分を叱咤しながらも止められない何かを感じて、シバは珍しく動揺した。確かに、ソード

は今の彼にとって大切な存在なのだ。

(だったら私が守ってやればいい)

自分はただの大人でいればいい。けれど、それだけでは済まない、ゆきつくところまで試し

てみたい誘惑のような何かを感じるのだ。

(だが………)

ソードの器が、いまだ、よくわからない。少なくとも今のところは、この悪魔を殺すのに、

1秒すらもかかるまい。

それは、彼が久しぶりに感じた、長くて短い動揺だった。

(……………まったく……困ったものだ………)

昼と同じセリフを思って息をつく。けれど魔界の夜は、昼とは違う、もっと強い何かで彼を

引きずりまわしている。

誘惑を振り払うためなのか。それとも、自分の逡巡に面倒臭くなったのか。それともやは

り、その先に見えるものを試してみたいのか。シバはいきなり、今までとは全く違う乱暴な

魔力で、ソードの体を壁に押し付けた。

「うッ」

衝撃で、壁際の悪魔は一瞬うろたえたが、それを押し殺して怒鳴り散らしている。

「手抜きすんなって言ってんだろ?!」

その彼を見下ろし、シバは複雑な色で、わずかに笑った。

「そうだな。おまえは、口で言ってもわからんヤツだ」

「え……」

突然、魔力の気配が変わったのに気付いて、ソードはギクリとたじろいだ。

「な?!…………ヒッ……」

いきなり片足を抱え上げられ、体が宙に浮く。シバの片手がソードの右手首をつかまえ頭上

に高く吊り上げたまま壁に圧しつけている。そしてもう片方の手でソードの左足をつかんで

自分の肩に掛させたのだ。残った右足が床すれすれに浮いて、親指の爪が床をかすめてい

る。そうなって初めて、ソードは慌てた。

「シバ……待っ………」

「手加減なしでやりたいんだろ?」

冗談なのか本気なのか、読めない瞳が見つめている。この時になってようやく、彼は目の前

の男が、圧倒的な力の差を持つ悪魔であるのを思い出した。

「ひ……あ…」

熱い塊が秘所に当てられ、快感に似た恐怖で身をよじる。

「あ……あ……やめ……ッ……うあぁッ」

その格好のまま、猛ったモノで下から突き上げられて、ソードは悲鳴をあげた。

「アァッ…アァ……アアアアッ……やめッ……ひっ……」

「どうした?こういうのが、好きなんだろ?こういう……ギリギリの感覚が?」

「げ……限度って……もんが……あるだろーがッ!!痛ッ……ぐッ……ア---!!」

激痛と、同じくらいの快楽に同時に責められて、ソードは全身をくねらせてもがいた。

「ホラ、しっかり腰を上げてろ」

「バカヤロー!!」

「……また、そんなに大きな涙をためて……。おまえ、本当に……」

「ァ…アァッ……ッ」

「意外に、よく泣く奴だな」

「なっ……泣いてなんかねーぞ!!だッ……誰…が……ひッ…あ、あ、あ……」

深く突き入れられたシバが、激しく上下して、ソードの内壁を強烈に摩擦している。唯一自

由になる左手で、ソードは壁を突っ張り、叩き、シバの肩を殴って、ちぎり取るほど強く掴

んだ。その痛みを受け止めながらも案外冷静な上級悪魔は、正確にソードの感じる部分に己

を当てて刺激している。

「アア……ア、……うあぁッ……」

傷の痛みと疲労と快楽と、区別のつかないまま、ソードは翻弄され続けた。

この男が、怖い。と初めてソードは実感している。けれど。

「あ--------------ッ」

絶叫のような鋭い悲鳴。それでもなお、追いすがる不屈の何かが見えかくれする。それを認

めると、シバは、やはり迷っている自分に気がついて動揺した。

(これ以上……踏み込んでも……いいのだろうか……)

自分にとっても。相手にとっても。

わからないまま、彼もまたソードとともに、悦楽の瞬間に身を委ねた。






どれくらい気を失っていたのか。気がつくとベッドに寝かされたまま、ソードは回復魔法を

受けている。たぶん、あれからそれほど経っていない。絶頂を迎え射精させられた後、抱き

上げてここまで運んできた腕を覚えている。

「う………」

動こうとすると、シバの手にとめられた。悔し紛れに、ソードは、同じベッドの上に座って

いる彼を睨み上げている。

「よぉくわかったぜ。てめー……やっぱ、悪魔なんだな………」

「ほかになんだと思うんだ?」

「……ホントは性格悪ィんじゃねーのか?!」

「おまえに合わせてやったんだ」

けッ。と舌打ちして、ソードはもう一度、シバを見つめた。淡々としてはいるが、もう、い

つもの見慣れたシバ・ガーランドだ。なんとなくほっとして、ソードは遠慮なく、むくれて

みせた。

「てめー……さっきは、よくもやりやがったな」

「おまえがあまりうるさいから、早めに気絶させたんだ。おとなしくしてもらわんと、治療

できんからな」

「フン」

いつもの柔らかい魔力で包まれて、ソードの身体も機嫌もだいぶ回復していたが、意地があ

るから、からんでいる。もっとも、毎晩抱かれている特有の馴れ合いで、彼はいまさらどう

扱われても、この男を怨む気になどならなかった。シバ・ガーランドの見知らぬ一面に触れ

て驚いたのは確かだが、それでもどこかで、シバを一番わかっているのは自分であり、シバ

もまた自分をわかっているのだと安心している。多分、お互いを殺し合うハメになったとし

ても、そこは変わらないだろうという、悪魔じみた奇妙な自信があった。

「おまえ………」

と、少し黙っていたシバが、言った。

「ケンカは売るほうか?買うほうか?」

「なんだよ…いきなり……」

「どうなんだ」

怪訝な顔をしながらも、ソードは素直に答えた。

「相手が強けりゃ売ってもいい。けど、売られたケンカは必ず買うぜ?どっちかってーと売

られるほーが多いな。なんでか知らねぇが」

「おまえが生意気だからだろう?」

軽く微笑んで、シバはソードの額に手をあてた。言い返そうとしたソードは、その優しい感

触に思わず口をつぐむ。いつも以上に安らかな暖かい魔力が流れ込み、自然、おとなしく身

体を預けていた。それを眺める声が、続いている。

「ではソード……明日、私と一緒に砦へ来い」

「おまえの砦?」

「都合があるのか?」

「べつに……ねーけど………珍しいな」

今まで一度も、そんなことを言わなかったシバに、やや驚いた瞳が見上げている。どことな

くそれを避けるように立ち上がった彼は、新しいグラスに、さっきまで飲んでいた同じ酒を

注いだ。

「オイ」

「?」

「てめーばっか飲んでねーでオレにもよこせ」

横になったまま口をとがらせているソードに、グラスを持って近付いたシバは、彼の上半身

を抱え上げ唇を覆って、喉を刺す熱い液体を流しこんだ。

「ん………」

「上手いか?」

「てめーの唇の味がする」

言ってから、急に思い出したようにソードは、幻樹海から持ってきた瓶のほうを見た。

「あれ開けたのか?」

「いや。ああいう得体の知れぬものは、よく確かめてからだ」

「悪かったな!得体が知れなくて!!」

ふてくされた声でわめく悪魔を膝に抱きながら、シバはもう明日のことを考えている。けれ

どさすがに、ソードが持ち込んだその酒瓶のせいで後々とんでもなく面倒な事件に巻き込ま

れるとは、その時はまだ気付きもしなかった。

               ◆to be continued◆