日射しが、明るい。

人間界にきたソードが一番気に入ったのは、空かもしれない。魔界と違って、ここは本

当によく晴れる。新緑の芽生えはじめた周囲には、穏やかな風が漂い、六芒高に向かう

いつもの道を歩く「兄弟」の頭上にも、早朝の爽やかな光が溢れていた。

「あー。いー天気だぜ」

鞄をかかえたまま大きく伸びをして、ソードは珍しく機嫌のいい笑みを傍らに向けた。

「なあ?イオス…………?」

「……………」

しかし、隣を歩く明るい金髪の彼は、むっつりと黙ったまま応えない。長いまつげに縁

取られた瞳を地面に投げて、じっとうつむいたまま黙々と歩いている。そこだけ魔界の

ように、どんよりよどんだ空気が溜まり、場違いな暗さに、ソードは思わず(げっ…)

と後ずさった。

先日、入院していた病院にシェキルが現れ、天界に帰って以来、時々イオスがこんなふ

うになってしまう。彼は舌打ちして、隣の白い頬を覗き込んだ。

「どーしたんだよ?シケたツラしやがって……。具合でも悪ィのか?」

「え……?」

その声に、ようやく我に返ったようにイオスは顔を上げ、

「いえ…。そういうわけではないのですが………」

と言ったが、またうつむいて黙っている。ソードは少しイライラした。

「てめーの悩みなんざ、オレにはどーだっていーけどよ。うっとーしー顔でそばをウロ

ウロされると気が散るんだよ。いったいなんだってんだ?天界の命令に背いてオレを殺

さなかったことを、まだ後悔してんのか?」

「べつに……私は後悔などしていませんが……」

ちょっとムッとしたように、イオスが再び顔を上げる。その顔にやや軽蔑した視線を浴

びせて、ソードはふんと鼻をならした。

「どーだかなぁ。てめーら天使は、てめーの意志より神が一番。神サマがいけないと

言ったら、いけない事で、何も自分じゃ判断できねぇよーだからなぁ……」

「違います!」

急に鋭い語気で叩かれて、ソードはギクリと身を縮めた。ふだんは優しい天使の瞳が、

時々、感情が高ぶると信じられないほどキツくなる。

平静の時と、怒りの時と。以前から、ソードは天使というものの性格に二重人格に近い

印象を受けることがあったが、どういうわけかイオスの場合、人間界に降りてから、そ

の落差が広がったような気もする。そのうえソードよりひとまわりも大きな体で凄まれ

ると、かなり迫力があった。

「な……なんだってんだよ?いったい……」

たじたじと引きながら、ソードはおそるおそるイオスの方をうかがった。悪魔だった頃

の彼なら、そんな引き方はしなかったのかもしれないが、続く人間生活が、彼にもま

た、微妙な変化をもたらしている。もしかすると、兄である神無にはさからえなかった

双魔の条件反射が、こんなところにも現れるのかもしれない。

(ま、オレもだけどよ〜。イオスの野郎も……やっぱ変わったよな〜。コイツって……

前はもっと……こう……)

単純な上品さを浮かべた、もっと綺麗な人形のような………。

本人が聞いたら顔をしかめるような事をブツブツ考えていると、急にイオスが重い口を

開いた。

「実は………夢を見るんですよ。毎晩……同じ夢を……」

「夢---?」

またかよ。という顔で、今度はソードがふてくされた。

「ハン。まぁた、オレを殺す夢でも見てんのか?ったくよ〜〜ホントは悪魔より物騒な

んじゃねーのか?天使さまってのは……」

「いえ。今度は違います」

「じゃ、どんな夢見てんだよ?」

「そ……それは……」

一度、よどみなく言い切ったイオスの言葉が、再び濁る。いつもの落ち着き払った彼ら

しくもなく、うろたえた視線を彷徨わせ、どことなく白い頬を染めている。ソードはど

うにも不可解な顔をした。

「あん?わっかんねーヤロウだな。そんなに毎日すげー夢でも見てんのかよ?」

「いえ……たぶん、単なる人間の生理現象というか……」

「はぁ?」

「ですから……私達の借りたこの体は……たまたま木の芽時ってゆーか……もっと年老

いた人間なら、こんな事はなかったのかもしれませんが……。ソード…あなたは?どう

処理して……」

「……?この……何?……なんだって?」

キョトンと、ソードは見上げている。遠回しに言ったつもりが、どうも遠すぎて、わか

らなかったらしい。

「いえ……やっぱり、なんでもありません」

慌てて、せっかくほどけかけた言葉をしまうと、イオスは彼を置き去りにして、早足に

一人で校門へと向かってしまった。

「なんだよ?てめー!!」

まったくすっきりしないもどかしさにハラを立てながら、ソードがその背を追う。しか

し追いつかれるのを恐れるように、イオスはますます足を速めている。

(なんなんだ………あのヤロー……)

その中途半端な態度が、いつも真正面から対峙するソードの気性に、妙にひっかかって

いる。彼は憮然としたまま、長い金髪を波打たせた制服の背中に舌打ちした。






「はぁ………」

その晩、ユーウツなタメ息をつきながら、イオスは湯舟につかっていた。夕飯の後片付

けを終え、早々に自室に引っ込んでしまうソードの分まで「父」と談話し、ようやく独

りきりの時間に浸る。白い湯気と熱い蒸気が視界を隠し、どことなく外から隔離された

ような安堵感が、彼を昼よりも正直にしていた。

「やっぱり……おかしいですよね」

誰も聞いていないのを知って、イオスは声に出してみる。その悩み深い声は、もやの中

に反響して、余計に惑った音になった。

「……天使ともあろう私が………こんな。……こん……な……」

思わず、直接行為に及びそうになって、イオスは慌てて湯舟をザブリと飛び出した。

「………………」

実は、人間の身体を借りて以来、ずっと悩んでいることがある。最初は緊張も手伝って

か、さほどではなかったというのに、人の身体に馴染むにつれて、その問題が日増しに

大きくなってゆく。

(モンダイ………ですよね………)

それ自体は、人間の、特に思春期の男子なら、誰しも訪れる当然な現象のハズなのだ

が、何度行ってみても、やっぱり罪悪を感じてしまう。なのに一方で、それが正当であ

ることも身体の奥が告げている。しかも眠っているはずの神無がささやくように、その

声が日増しに大きくなってゆくのだ。

無論、はじめは理性で押さえていた。ところが、神無の記憶と同調したあたりからだん

だん怪しくなってきて、この間、神の命令に背いて以来、急激にその欲求が膨らんでし

まった気がする。

「それも……確かに困るのですが………。もっとまずいのは……」

そこでイオスは、これ以上にないほど大きなため息をついた。

コレが、彼の、この間から引っ張っている悩みなのだ。

「天使の私が…………よりによって悪魔を想って自涜だなんて……」

この頃毎晩夢に見る、ソードの乱れた肢体をつい思い出し、彼は思わず衝動的に自分の

モノに手をあてた。

天使にとって、悪魔を倒すことは、神から与えられた絶対使命。

天使と悪魔。

二つにとって、気の遠くなるほど長い間、共有しているのは殺意だけのはずだった。殺

し合うことでしか、互いを理解しあえない。だから、ソードを誰の手でもなく自分のこ

の手で倒したい。そう感じた想いが、特別な愛と呼べるのなら、彼らにとってはそう

だった。なのに……

「………………ッ……」

静かな湯煙が彼を包んでいる。

右手に溢れる己の欲望の残渣を見つめると、イオスは不思議な気がした。

(身体が精神を凌駕する。こんなこともあるのですね……)

人間の身体を借りた今、ソードに対する特別な想いが、別の形を持とうとしている。殺

し合うことではなく、もっと別な形で、あの悪魔を愛するようにと、神無の身体が教え

ている。

天使の彼にはかつてなかった感覚だ。天界において、肉体とは下等な証。下位の者が修

練不足のために引きずる、迷い深き人間のしがらみにすぎない。すべてを、肉体すら

も、完全な理性によって統治する。上級天使とはそういうものだ。最高位の天使にい

たっては、精神のみの存在で、肉体がない。

(でも…………)

だんだん人間にかかわるにつれて、肉体から感じることが、悪とは思えなくなってい

る。それが神無の呟きなのか、自身の思いなのか、判別のつかないまま、イオスは夜

毎、自慰を続けていた。

(だって……これだけはどうしようもない事実なのですから……)

ソードを想うと、ドクンと身体が熱くなる。高ぶった気持ちが、身体の欲求に直結して

しまう。

殺すよりも、この手でソードの体を抱き締めたいと、思ってしまう。

(さすがに……こんなこと……ソードには言えませんね……)

と、わずかに身体が震えた。

「…………う……」

ところが、頂点に達した欲望を放出しようとした、ちょうどその瞬間、

「な…………何やってんだ?おまえ………」

いきなりガラリと開いた風呂場の入口から、ソードの唖然とした声が聞こえた。







「弟」の部屋を背にして、気まずい視線をウロウロさせた「兄」が突っ立っている。何

をどうしていいのかわからない顔で、イオスは、風呂上がりのソードを迎えていた。

「なんだよ?まだ寝てなかったのか?」

濡れたタオルを頭にかぶって、ほかほかと温まったソードが軽い足音とともに階段を上

がってくる。イオスの前に立つと、彼は、何事もなかったように自室のドアを開けた。

「どしたの?おまえ……?」

「その……ソード……さっきのことは………」

先刻、浴室を出てから、すぐに着替えて、ここに立っていたイオスだが、言い出す言葉

が浮かばない。うつむいたまま、一生懸命弁明するように唇を動かす。ところが、ソー

ドの答えは聞いたこっちが呆れるほど、しごく簡略だった。

「あぁ。アレね」

まったく気にもとめない顔で、ソードは頷いた。

「いーんじゃねーの?別に。魔界じゃ、あんなの、あっちこっちでやりたいほーだいだ

ぜ?生きてる快感って、喰うか殺すかアレしかねーのかってくらいで……」

「え………」

「ま、天使のおまえがってのが、ちょっと驚いたけどな」

「で……でも……その……」

「へ?なんだよ?まさか、おまえ、あんなの気にしてんのか?」

急に、面白がるように、ソードは、くくく…と笑った。

「な……なにも笑わなくたって!!」

頬を赤らめたイオスが憤然となると、ソードは湯上がりのままベッドに倒れ込み、無遠

慮に笑い出す。まるで教師の失態を見つけた生徒のような得意げな顔で、彼はバタバタ

と笑い転げた。

「ソード!!」

さすがにガマンしきれなくなったイオスが声を上げると、ようやく、彼は起き上がっ

た。

「ひ〜〜〜〜痛てて」

笑いすぎて響いたのか、ふさがったばかりの傷を片手で押さえ、ソードは言った。

「おもしれェな〜天使って。もしかして最近ずっと悩んでたのってコレか?」

「べつに………面白くなんてありませんよ」

しかし、仏頂面のイオスに向かい、ソードはベッドに座り直すと、今度はやけにマジメ

に言い出した。

「いいじゃねぇかよ。ゼータクな悩みってやつだぜ。オレなんて羨ましいくらいなんだ

からよ〜〜」

「え?」

思わず見下ろした視線の先で、ソードはげんなりと肩を落とした。

「実はよ〜〜〜。この体使ってからサッパリなんだよな〜」

「さっぱりって?」

「そりゃよ〜イイ体してる奴見ると一瞬おっ!って思うけどよ。その後がねーんだな〜

〜」

「その後?」

「全っ然その気にならん!……ばかりか、このオレ様が、ちょっと誰かにぶつかったく

れーで、すぐ赤くなったり……ぜってーおかしいぜ!!」

なんだかイオスは、話の主旨が少々変わってきた気もしたが、ソードはソードなりに深

刻らしかった。

「基本的によォ〜体力がねーんだよ、このカラダ」

「それは……あなたの使い方が過激なのでは?」

「ケッ!バカいえ!!これくれぇでくたばる体、体のうちに入らねぇよ!シェキル・

アーリアと病院の屋上で戦ったくれーで、ま〜た入院が長引きやがって、やっと先週家

に帰ってこれたんだ」

まだフラつく足元をこらえて生活している彼にとって、性欲などは二の次なのかもしれ

ない。落ち込んだ顔で、ソードはブツブツ言っている。

「風呂場で毎日やれるなんざ、健康的でい〜じゃね〜か。オレなんかこの体使ってから

は週一がいーとこだし。それ以上やったら、めまいがするぜ。一晩二回も抜いてみろ。

ぜったい死ぬぞ、この体」

「あ……ははは……」

ダイレクトな発言に、イオスはとうとう気が抜けたように苦笑した。気がつくと、さっ

きまでのうろたえた緊張がなんとなく解けている。

「やはり……天使の悩みを悪魔のあなたに相談した私がバカでした」

「けッくだらねぇ。そんなもん悩みのうちに入るかよ」

イオスは肩をすくめている。その彼に、ソードは、ごく当たり前のように続けた。

「おまえさぁ、そんなにたまってんなら、そのへんの人間つかまえて、やってくりゃ

いーんじゃねーの?」

「なッ……」

せっかく平静に戻ったばかりだというのに一瞬にして赤さを通り越し、ほとんど紫に染

まってしまった目の前の頬を、他意のない顔でソードは遠慮なくゲラゲラ笑いとばし

た。

「だっておまえ、あんなモン、元々独りでモーソーしながらやるもんじゃねーだろー

が。どーせ、誰だっていーんだろ?だったら……」

「何を言うのです!あなたは……」

聞き捨てならない剣幕で、突然イオスが声を張り上げる。意外な迫力に気押されて、

ソードはビクッと頬を震わせた。

「な……なんだよ?いきなり……怒るこたねーだろ。なにも強姦してこいって言ってる

わけじゃねーんだし……ホレあんだろ?人間界にもよ、自主的にやらしてくれる連中が

たまってる場所が」

「あ……あなたは……私にそんな所へ行けと?!」

どうして、こんなに怒ってしまったのか、わからない。しかしとにかく今の言葉に、猛

烈に激情が突き上げたのは確かだった。

急に、しんとした夜の空気が、重く沈む。

しばらくして、ふとイオスがつぶやいた。

「どうして………天使と悪魔は殺し合うようになったのでしょう」

「はぁ?………なんだよ今更……?」

ちょっと驚いて、ソードはベッドの縁に座ったまま彼を見上げた。

「なにも殺す怨みなど持ち合わせていないのに……変だとは思いませんか?ただ……天

使と悪魔というだけで滅ぼし合う私達は……」

「さぁてね」

その言い方を、ややバカにしたように、ソードは笑った。

「てめーらの神が、オレたちを消したがってるだけじゃねーの?」

「神が……?」

「神が、気に入らねぇサタンを追放した。そっから始まってるんだとしたら、そーなん

じゃねーかって言ってるんだ。ま、サタンだって何考えてるかわかんねーし……ケンカ

なんざ一度始まってしまえば理由なんてなくなるけどよ」

「…………」

「どーだっていいぜ。そんなこと。オレは上の事情なんて興味ねえ。ただ、おまえと戦

うのは楽しいし……決着だってつけてーし。だから……」

「私は……。いえ、私達は……悪魔は悪しき者たちだから、世界の秩序ために滅ぼさね

ばならないと、教わってきました。でも………」

「フン。悪しき者ね……」

くだらない。という顔で、ソードは嘲笑うように言った。

「神がそうだと言うんなら、勝手にそー思ってりゃいーだろ。どーせ、おめーらは、神

には絶対逆らえねぇ。天使ってのは所詮……」

「いいえ!」

「………イオス…?」

「天使は……いえ、少なくとも私は、神の操り人形なんかじゃありません!!」

激しい口調だった。一瞬つまったように、ソードは目の前で激昂している上級天使を見

つめた。こんなイオスを見るのは初めてかもしれない。人間の体を借りた天使のせいな

のか。天使が借りた人間の体がそう言っているのか。

(神の意志よりも、大切なのは己の意志だ……)

ささやくような何かが、イオスの体の奥から聞こえてくる。

「私は………」

存外、静かな声で、彼は一度そらしてしまった話を続けた。

「私は、ソード、あなたが、いいんです……」

「へ?オレが?なんでいいって?」

話のつながらない顔で、目をぱちくりさせたソードに、イオスはもう一度くり返した。

「他の誰かを抱きたいんじゃない。私は、あなたを抱きたいんです」

「お……オレを〜〜〜?」

一瞬、聞き違えたと、ソードは思った。ぽかんとした間が去ると、彼はほとんど、おず

おずと上目遣いに目の前の天使を見つめた。

「言ってる意味、わかってんのか?わかってねーだろ?」

念を押した彼の言葉に、今度はイオスが黙っている。ソードは呆れたついでに、つい乱

暴に言い放った。

「はっ!バカじゃねーの?天使が悪魔を…って変な冗談やめとけよ。てめー…この間、

ちょっと神の意志に背いたからって、何か勘違いしてんじゃねーのか?」

「勘違いなんかじゃありません。私は……あなたが好きだから、そうしたいと思うんで

す……」

小さな体から、急にギロリとソードが睨み上げる。からかわれ続けてとうとう逆ギレで

もしたように、彼はわめいた。

「これ以上変なこと言いやがると……殺すぞ……てめえ……」

「変なことではありません。少なくとも……私にとっては……」

「フン。だいたい、性格変わったぜ?てめぇ…嘘は平気だし、今度はオレが好きだか

ら、やりてーだぁ?ワケわかんねーことばかりほざきやがって、たいがいにしやがれ!

神の下僕やってるてめーなんかに、んなこと出来るわけねーだろーが!!」

なぜか、ソードの一言一言が突き刺さる。それがイオスの体に急激で激しい反発を生ん

でいる。その力に支配されたように、イオスは突然、意識が薄らいだような、奇妙な感

覚に捕われた。

(変わった?神の下僕?違う……。私は………)

「けッタブーを犯す度胸もねーくせに、良い子ちゃんの天使がグレたふりしてタワゴト

吐いてんじゃねーぞ!やれるもんならやってみやがれってんだ!!」

(私………は……)

そのとたん、イオスの中で何かが変わった。








「なッ?!」

自身に起こっていることが信じられない顔で、ソードはわめいた。

「やッ……やめろッイオスてめー!!何しやが…………ッ」

突然、軽々と手をひねられ、気がつくともうベッドに投げ出されている。その上に表情

の無い、重い体がのしかかり、全身で被いかぶさっていた。

「気でも狂いやがったのか?!この……」

まるで別人のような無言の体に脅威を覚え、ソードは必死に暴れたが、華奢な体はベッ

ドとイオスの体にはさまれて、身動き一つ出来ない。魔力もなく、悪魔の卵も空のうえ

退院したてで常人以上の力もでない。どんなにあがいても、ぴくりとも動かせなかっ

た。

「やッ…やめろバカ!!」

そのまま無防備な股間に手が入る。いきなり直接モノをつかまれたかと思うと、有無を

言わせず、根元から扱かれた。

「やめろッて………んッ……ふっ……」

もう、なにがなんだかわからない。わからないまま自由を奪われ、無理矢理、局部を刺

激されている。人間の体になってから、誰かにされるのは初めてだった。若い人間の体

と悪魔の魂。危ういバランスと、今までとはどこか違う他人の手の感触が、ソードの内

部を狂わせる。

「あ……うぁ…アァ……ッ」

何の構えもなく突然始まったその動きに、彼の体は予想以上に反応した。新しい感覚を

呼び覚まされたような、それでいてとっくに馴染んでしまった感覚のような、得体の知

れない快感に溶かされている。大きくしなやかな指で巧みに擦られると、ソードの分身

はすぐにふらふらと立ち上がり、知らず、抵抗を忘れた。

「はっ……う……ふっ……」

首を左右に振り、長い前髪を激しくシーツに打ちつける。ほつれた黒髪が頬に散らば

り、この悪魔特有の色香が漂った。

「ソード……」

その時、ようやくイオスが口をきいた。

「そんなに、だらしなく足を開いて……。気持ち…いいんですか?」

「…ッ……て…てめー!そーゆーこと、わざわざ言うんじゃねーよッ」

耳元に吐息とともに囁かれた言葉に、正気に返って真っ赤になる。ところが、そう怒

鳴ったとたん、イオスの動きがピタリと止まった。

「………?」

息を上げながらソードが目を開くと、そこにあるのは、妙に戸惑ったいつもの顔だ。イ

オスが、上に乗ったまま、自分で自分が信じられない様子で焦っている。

「え?あ……す……すみません……私……いったい何を」

「な……何を……って……おまえ…まさか今の記憶がねぇのか?!」

「いえ……そういうわけでもないのですが…。私であって私ではないような……その…

……」

一瞬、唖然としていたソードがわめき散らした。

「ふざけるのもたいがいにしろよ!!こ……この状況を、どー説明する気なんだ?!」

「そ……そうですね……。どう……しましょう」

「バ………」

バカヤロウ!と怒鳴りたいのを押さえて、ソードは彼の下から、もどかしげに腰を動か

した。

「チッ。体が……その気になっちまって………。なんだか知らねぇが、てめぇ……この

責任、とるんだろうな?!」

「い………いいんですか?」

「良いも悪ィも………ここでやめたら殺すぞてめー!!」

と、急にイオスが思い出したようにフフ…と笑った。

「………なんだかまるで、夢の通りの展開ですね…」

「な?なにが夢だって?」

「いえ…たぶん、さっきは、私の中の正直な私が出てきてしまったのかもしれないと…

…」

「はぁ?」

「では、私もよくはわかりませんが…あらためてもう一度…」

「こ…こんな時に、そーゆー改まった言い方はよせって!!だからオレは天使が嫌いな

……」

言いかけた言葉が途中で止まる。耳の中に舌を這わせたイオスが、同時に股間の袋を握

り、手の中で軽く二つを擦り合わせた。

「は…うっ………ア、ア、……イオ……ス…てめ……」

片手で緩慢に責めながら、湿った唇は徐々に身体の線を辿る。軽く乳首を吸い舌先で転

がすと、ソードの胸板がびくんと反った。

「う……あ……ッ……てめ〜……やけに慣れてんじゃねーかよッ」

「それは私だって一般教養程度の知識はありますよ。それに…なんだかこの体が、とて

も…こういうことに慣れてるみたいで。体が条件反射のように憶えているというか…

…」

「マジかよ……こ…んな………アウッ」

生暖かい口内が、ソードの中心を捉え、さっきから揉みしだいていた二つの袋を吸い、

基部から丁寧に舐め上げる。すでに硬く大きく変化しているそれを頬張りながら、イオ

スは双丘の間へも手を滑り込ませ、そこに指を突き入れた。

「ア………アアッ……」

入れた指を軽く曲げて突きながら、舌をからめ根元から追い上げる。内と外から同時に

刺激されると、華奢な腰は責苦に耐えられず逃れようともがいた。

「はぁはぁ……ア……ダメだ……イオス……もう……」

「イッてもいいですよ。あなたのなら私は……」

「だ〜〜か〜〜らっ!!こーゆー時に…そ〜ゆ〜デリカシーのねー言い方よせって……

うァッ」

急に亀頭を強く絞られ、ソードの身体が弓なりに引きつる。その足を割って素早く身体

を進めたイオスのモノが、指で十分に慣らされたソードの秘所にあてがわれた。

「お……おま……え……」

「だって、一晩に二回は抜けないんでしょ?」

「だからってなぁ!!……オレは……もう……」

「大丈夫。一緒にいきますから」

「な……なにが……大丈………アアッ」

そのまま、指が引き抜かれると、代わりに、それよりもずっと大きなイオス自身が入っ

てくる。

「あッ……あうっ……アッアッアッ…」

短いストロークで前後する激しい動きと、唇の代わりに再びソード自身に戻されたイオ

スの指にこすられて、彼の心までが身体と一緒に揺れていた。

(い…いいのかよ……〜〜〜こんな……。天使と悪魔が……)

悪魔の自分が気にするなんて、逆じゃないかと思いつつ、ふとそんな考えがよぎってい

る。

(まさか……こんなことになるなんて………)

その時、二人の絶頂は、勢いよくほとばしる熱い流れに変わっていた。








翌日の昼休み、ソードはいつものように、校舎の屋上にいた。騒がしい学校の中で、こ

こが唯一、気分良く一人になれる場所なのだ。

人間界の空は、今日も爽やかに晴れている。

コンクリートの地面に大の字になって青い空を眺めていると、背後から近付いた制服の

影が、もう一つ隣に重なった。

影は黙っている。ずっと黙って立っているので、なんとなく、ソードの方から声をかけ

た。

「よぉ、イオス。てめーも午後はサボリか?」

「まさか」

と言うと、彼はようやくソードの隣に腰を降ろす。

それを横目に、寝転んだままのソードが笑った。

「しっかしよ〜〜やるよな〜おめーも…。ちったぁ見直してやるぜ」

「昨夜の……こと…ですか?……からかうんなら、やめて下さい。一応、反省してるん

ですから」

激情と成りゆきとはいえ、天使らしからぬことをしてしまった、と、彼は感じているら

しい。平静に戻った顔で、イオスはため息をついた。

「やっぱり、変でしたね。私は……」

「フン。なにを今更……。よく考えてみろよ。別に魔界じゃ珍しくもねーけど……オレ

達の体の持ち主は人間なんだぜ?こいつらにしたら、同性愛のうえに近親相姦。おまけ

に強姦。……おめーらの神には三重のタブーなんじゃねーの?」

「わ……私は……なんということを……」

なんだかますます青ざめて、イオスは抱えた自分の両ひざに顔を埋めてしまった。

「いちいち落ち込むんじゃねーよ!!自分でやったんだろーが」

「だからこそ、です」

「チッ。これだから天使は……」

仕方のない顔をして、ソードは口をとがらせた。

二人の遥か上には、こんなにも美しかったのかと思うほど眩しい空が広がり、初夏の雲

が流れている。けれど、その向こうにあるはずの懐かしい世界を思い出して、ソードは

急に黙ってしまった。

「ソード?」

顔を上げたイオスが、彼の遠い視線に気がついて微笑した。

「魔界に……帰りたいですか?」

「ったりめーだろ」

「帰って…………会いたい誰かがいるんですか?」

その言葉にやや驚いて、視線を向けかけたソードだが、すぐに逸らしてぶっきらぼうに

「……そんなんじゃねーよ!!」

と言い放つ。その子供っぽい仕草に、イオスは納得したように笑った。

「…………その悪魔、あなたのことを、とても心配してるでしょうね。人間界に堕ちた

まま、安否も行方もわからないんですから…」

「ま………それは………わかんねーけど……」

どぎまぎしたように頬を染めて、ソードがそっぽを向く。イオスは感心したように笑っ

た。久しぶりに、いつもの察しのよい落ち着き払った彼に戻っている。

「魔界には、あなたの他にも、そんな悪魔がいるんですね」

「………?」

「自分のことだけじゃなく……他の誰かのためにも生きれる悪魔が…」

「奴も………変わってっからな」

どこかぼんやりしたまま、ソードが応える。遠くを見つめたまま、ソードは小さくため

息をついた。

「そんなに…気になっているんですか?」

「あいつ……最近、考え事ばっかしてたからよ〜……。たぶん……何か独りで大っきな

ことを抱えてやがるんだ。でも…オレにも話さねーで……たった独りで……」

その瞳に映った翳が、なんだかやけに沈んでいたので、イオスは複雑な気分になった。

一緒に空を見上げ、彼は言った。

「ちょっと妬けますよ」

「はぁ?……………嫉妬なんざ、天使でもすんのかよ?神が禁じてる感情だろーが」

「そうですね。……でもこの嫉妬、今の私は…醜い悪しき感情だとは思いません」

フン。とソードが笑う。けれど、その笑みは穏やかだった。

「悪魔に戻りてぇのはな、魔界に帰るだけじゃなく、おまえと決着をつけるためでもあ

るんだぜ?」

「決着……ですか……」

ひざを抱えたまま、イオスはなんとなく思い出したように聞いた。

「どうして……あなたは私に101回も決闘を申し込んだんです?」

「てめーが強いからだよ。オレは、必ず勝てる相手とはケンカしねー」

「強い天使なら他にもいます。私よりも、あなたよりも、強い天使は他にもいますよ」

「だったら、おもしれーからさ」

「面白い?」

「ああ。おまえと戦うのは面白いぜ?」

「どうして?」

「天使ってヤツは……特に上級天使は……悪魔ってだけで、汚らわしいゴミか虫ケラの

ような目でみやがる。でも……おめーはそうじゃなかったから……天使にも良いヤツが

いるのかと思ってよ。……だから…」

と彼は続けた。

「他の天使がどーであれ、てめーだけは自分の意志でやったことを後悔なんかするん

じゃねーよ」

イオスの、曇った瞳が、少しずつ晴れてゆく。昨日の夜から少しずつ少しずつ…。そし

て今、ようやく魔界のように暗かった影が、いつのまにか周囲と同じ爽やかな明るさに

変わっていた。

「ソード………」

コンクリートに手をついたイオスの身体が、ソードを覆う。屈んだ顔を近付けて、彼は

ソードの唇に唇を重ねた。

「…………んあ?!」

突然の行為にじたばたしている小柄な体を簡単に押さえ、舌で舌を吸う。

「ん……んッ………」

ビクンと、ソードの中心が硬くなる。とはいえ、離れるとすぐに彼は怒鳴った。

「バカヤロウ!!こんなの学校の連中に見つかってみろ!!いったいどーなるか……っ

てなんで悪魔のオレが心配しなきゃならねーんだよ!」

それをチラリと見下ろして、イオスは笑った。

「でも……私達の体、とても相性がいいですよ?まるで……初めてじゃないみたいに…

…って思いませんでした?」

「知るか!!いーからオレの上からどきやがれ!!ったく、落ち込んでるかと思えば、

なんてヤロウだ!!…変な夢は見なくなったのかよ?!」

「ええ。たぶん……もう見ません。そのためにも……」

金の髪を垂らした美しい唇が、晴れやかに、艶を含んで微笑んだ。

「今夜また、あなたの部屋に行ってもいいですか?」

「なにィ-----?!」

「体は反応してるのに………ソードは私とは嫌なんですか?」

「そーゆー聞き方すんじゃねーよ!」

「じゃ、いいんですね?」

「いいとは言ってねーぞ!!」

ソードの慌てたようなカン高い声が、澄んだ青空に吸い込まれてゆく。辺りには鮮やか

な緑がざわめき、二人の間を心地よい風が吹き抜けていった。

(完)