まだ早朝のカフェテリアは、閑散としている。

ソードは、あちこちに散らばった白い丸テーブルの一つに頬杖をつき、むっつり頬をふくら

ませていた。目の前には、真っ白い大皿にバイキング形式で取ってきたベーコン、スクラン

ブルエッグ、サラダ、パン……etc。朝食の載ったプラスチックトレーが置いてある。いつも

なら、即刻かぶりつくところなのに、まだ手もつけていない。

背にしたガラス張りの壁からは、明るい光が燦々と差し込んでいたが、光を背負った小柄な

体は、逆光の影も手伝って、怨念のように黒々と見えた。

「珍しいな。私が来るまで待っててくれたのか?」

少し遅れてやってきたシバ・ガーランドが、自分のトレーを片手に、立ったままソードの朝

食をチラリと見下ろした。

「なワケねえだろ!」

「ほぅ?では、考え事か?それも珍しいが…」

シバが向かい側に腰を降ろすと、ソードはいきなり、右手に握った大スプーンでビシッと指

した。

「おいってめえ!!」

「ん?」

「ゆーべは、よくもやりやがったな!!」

「何を?」

白いカップに注いだセルフサービスのコーヒーを口に運びながら、涼し気な瞳だけが応えて

いる。その案外素っ気ない態度を見ると、ソードは余計にイライラして、握ったスプーンを

振り回した。

「何を?じゃねえ!!断わりもなくオレ様の身体に…とんでもねーマネしやがって!!」

ああ。と頷いて、シバは平然とカップを傾けている。

「一応、断わった」

「いつだよ?!」

「服を脱がされて、起きないおまえが悪い」

「な…」

「それに、誘ったのは、おまえのほうだ」

「誰がいつ、どこで誘ったんだよ!!」

「あんな無防備な顔をして、私のベッドで寝ているのが悪い」

「こ…この……」

思わず立ち上がって殴りかかろうとしたソードに、シバは唇の端を上げ、少し意地悪く笑っ

て、からかった。

「べつに……嫌がっているようにも見えなかったが?おまえ……結構、喜んでいたではない

か。ずいぶん、あられもない声を上げて、何度も達ってたよーな気がするが……」

「だ…」

思わず赤らめた頬を更に紅潮させて、ソードはわめいた。

「だぁから!そぉゆぅモンダイじゃねえんだよ!!」

「じゃあ、どんな問題なんだ」

「そりゃ……」

急に、ぐっとつまってソードは椅子に腰を戻した。実のところ、自分にも、どうしてこんな

にハラがたっているのか、よくわからないのだ。

ただ、妙にアタマにきているのは確かだった。

(無断で、いきなりオレ様に……)

その辺が、だまし討ちにあったようで、しっくりしない気もするが、何だかそれだけでもな

い。

とにかく、無性に神経にさわってイライラしている。

(畜生!!)

得体の知れないハラたちまぎれに、ソードはガシッとロールパンを掴むとガツガツ口に突っ

込んだ。グーで掴んだスプーンでスープを吸い込み、勢いのままレタスをバリバリ飲み込ん

でいる。

その様子をしばらく眺めていたシバは、ちょっと憮然とした表情になったが、べつに何も言

わず、コーヒーだけ飲み終わると立ち上がった。

「おいっ待て!!まだ話は終わっちゃいねえぞ!!」

「おまえに付き合ってると、遅刻する」

「そんなの、どうだっていいだろうが!」

「よくはない。生徒会の役員が遅刻すると、バッシングの対象になる。みっともないマネは

ごめんだ」

「なぁにが、みっともないだ!!だったら、昨日のアレは何なんだよ?!」

「別に……たいしたことはしてないだろ。入れてもないのに…」

「なぁ!?」

入れるって何をだよ?!

と聞きかけて、ソードは、サラダの具を一つ飲み込んだ。冷たいトマトだ。おかげで耳の奥

が冷え、頭のめぐりが冴えた気がした。

(わーったぜ!!)

とたんに独りナットクして、ソードは目の前の男を睨み上げた。

だいたい……オレにあんなスゴイことを突然しておきながら、いつも通りの淡白な態度が、

気に入らない。

(詫びの一つも入れるならともかく、当然みてえなスカしたツラしやがって……)

そこらへんが、どうも怒りの核心らしい気がする。よく考えると、なんとなく少し違う気も

したが、とにかくそういうことにして、ソードはやかましくわめき散らした。ところが、

「なるほど。で…」

「へ?」

「つまりおまえは、昨日の一件が気に入らずに、今朝からギャーギャー怒ってるわけだ?」

急に切り返された低いトーンに、ソードはなぜか一瞬、固まった。とりあえず「あったり

めーだろーが!!」と怒鳴り返したが、シバは、背を向けたまま冷たいほど無表情な声で

言っている。

「では、相手が私以外ならいいのか?」

「はあ?オレはおまえに言ってんだよ!なんで、他の奴の話になるんだ!!」

「だったら、何が気に入らないんだ」

「何って……だから…その…」

吃ったままソードは、またしても混乱してきて、ついうっかり昨夜の感触まで思い出してし

まった。

(そりゃまぁ…なんか…あれはあれでキモチ良かったけどよ〜〜)

確かにそれも、事実ではある。

(けど……そーゆーことじゃなくって!!)

そう。そういうことじゃない。とはいうものの、目の前の冷淡な声を聞くと、どういうわけ

かうろたえてきて、頭の中がよけいにゴチャゴチャした。

しばらく、シバは黙っていた。それから急に振り返ると、テーブル上の、すでに空になった

皿を見下ろした。

「なっ?!何だよ?!」

が、思わず身構えたソードに降ってきたのは、

「その食欲なら、今日は学校に出れるだろう?放課後、生徒会室に来い。仕事を教える」

「何言ってやがんだ?!せーと会なんざ、オレには関係ねーぞ!!」

「おまえは今年度、事務局員になっている」

「おい!ちょっと待て!!」

けれど、もう、シバは歩き出している。

「ワケわかんねえぞ!てめえ!!」

「………」

「待てって言ってんだろーが!!」

結局、何がなんだか一つもわからないまま、ソードのムカついた神経だけが、後に残ってし

まった。







(た〜く〜!何考えてやがんだ……!!)

校舎の屋上から、さらに、端に建っているボイラー室の屋根によじ登り、そこにあぐらをか

いたまま、ソードは昼からずっと腕組みしている。元来、あまり物をじっくり考えるタチで

はないので、たまにそんな事をすると頭が痛くなりそうだったが、一度気になりだすと止ま

らない。

自己哲学にはしるタイプではないので自分が何を考えているのかも、いまいちアヤシイのだ

が、今のところ、それ以上にわからないのがシバ・ガーランドだった。

(あのヤロウ……いったい…)

実は最初に会ったときから不明な点の多い男だが、昨夜からいよいよわからなくなりつつあ

る。

(アイツ…なんだってオレに……)

堂々めぐりに考えて、がうっとわめいていると、

「?!」

目の前の、黒っぽいねずみ色をしたコンクリートのラインから、金の髪がひょこっと現れ

た。

「ソード!!午後の授業をサボって、こんな所にいたんですか!」

「おまえ……!!」

「こんな所に上って……危ないですよ?」

「フン。自分も上ってきたくせに、何言ってやがる」

こいつ…オレがここにいるのが、よくわかったな。と内心、やや焦りながらもギロッと睨

み、とりあえず

「オレはキゲンが悪ィぞ!!」

と先制攻撃をかけておいて、ソードは相手の出方をうかがった。金の髪を翻した見目のよい

彼は、そんなソードにおかまいなくニッコリ微笑むと、軽い足取りで隣に腰を下ろした。

「何をそんなに目をツリ上げて騒いでるんです?」

「てめえには、関係ねーよ」

「まあ、そう言わずに」

穏やかな視線が、いつの間にか、懐近くに入り込んでいる。一瞬、うっかり抱き込まれそう

になって、ソードは慌てて距離をとった。

「イオス!てめえ!!」

「はい。何でしょう?」

「いいか!ちょっとくれーオレ様より何でも出来るからって、調子づいてんじゃねーぞ!!

てめーは絶対、オレが倒すんだからなッ」

「はいはい。わかってますって」

「おまえは、オレが指定したライバルなんだからな!」

「ええ。とても光栄ですね」

「逃げんじゃねえぞ!」

「逃げませんよ」

白い頬に安定した笑みを浮かべ、ほとんど爽やかな口調でいちいち頷いている。それを見る

とソードは、ヤル気を削がれてゲンなりした。

(こいつも……わかんねえ野郎だぜ)

せっかく自分が挑戦状を叩き付けているのに、どうも敵としての緊張感が足りない。

(だいたい……なんだって、こう、いつもニコニコしてやがるんだ!?)

元々が穏やかな性格のようなのだが、自分と居る時には、いっそうトゲがない。その笑顔

が、ナメられているようでソードは癪にさわった。

「おまえは〜〜……オレと勝負したくねーのかよ?!」

「したいですよ。でも……もっと仲良くもしたいですね」

「仲良くぅ〜〜〜?!」

すっとんきょうな声を上げて、ソードは目を丸くした。

「なんで……」

「じゃあ、どうして、あなたはいつもそんなに私と競いたがるんですか?」

「なんでって……気に入らねえだろーが!!このオレが勝てない相手なんて……」

ふーん。という顔をして、イオスは向き直り、ソードの大きな瞳を正面からじっと見つめ

た。

「誰にでも…勝ちたいんですか?あなたは……」

「あったりまえだぜ!」

勢いよく言い放ってから、ちょっとドキリとして、ソードはイオスを見つめ返した。吸い込

まれそうに蒼い瞳が、すぐ触れそうなほど間近にある。その蒼は、思ったよりもずっと深く

複雑な色をしていて、このまま見ていると、何だか飲み込まれてしまいそうな気がした。慌

てて、ソードがまた何か言い返そうとしたとき、

「なら、そうやって……」

イオスが先に、口を開いた。

「シバ・ガーランドにも、ケンカを売ったんですか?」

「は?シバに?ケンカ?」

ソードは、面喰らって、ポカンと見返した。しかし、意外なほど真剣な瞳が、絡み付くよう

にじっと見つめている。

「だって、シバとはずいぶん前から知り合いなのでしょう?」

「そりゃ…まあ…」

「私にケンカを売るなら、彼に売ってもおかしくはない。違いますか?」

「えっと〜……」

少し戸惑ってからソードは、聞いたほうが拍子抜けするほどあっさり、そんなこと考えたこ

ともない、という顔をした。

「だいたい、アイツと勝負したって勝てねーし。そりゃまあ、いずれは勝ちてーとは思って

るけど……」

常日頃からは信じられないほど殊勝な態度だ。それを見るとイオスは、少々ムッとした口調

で言った。

「おや。私には勝てると思ってるくせに」

「だって、おまえ…アイツがケンカしてんの、見たことあんのかよ」

ソードは弁解でもするように、もぐもぐしたが、

「それじゃ…私が、彼と勝負したとしたら、どうです?」

「バカ、やめとけって。おまえじゃ、絶対勝てねえよ。アイツ…頭もいいしな〜」

思わせぶりにカマかけたイオスの言葉に、かえって慌てた。

「まあ、そりゃ〜万一、アイツにケンカ売られたらさ、もちろん買うけど」

どうも、ソードにとってシバはあくまで目標で、張り合う相手ではないらしい。しかし、そ

う聞くと、イオスの形のよい細い眉が、神経質にきゅっと寄った。

「でもソード。お言葉ですが、世間には私よりも、あなたよりも、むろんシバよりも強い相

手は沢山います。なら、彼らにもすべて、負けを認めるんですか?」

「誰が負けるだぁ?!」

「ホラ、矛盾してますよ」

「してねえよ!!だいたいなぁっアイツよりすげ〜奴が、そんなあちこちにゴロゴロいてた

まるかよ!!」

噛みつくようなその子供じみた顔を、イオスはちょっと呆気にとられて見返した。

(ソードって……)

シバ・ガーランドの話をすると、とたんに無邪気な顔になる。自分といる時は、もっと大人

びている。というより、つっぱったまま無理に背伸びしている気がした。いつもアマノジャ

クな反応しか返さないくせに、シバの事になると、信じられないほど素直な顔をする。

あんまり相手がマジマジと穴のあくほど見つめるので、ソードは、つい頬が火照ってきて、

それを隠すためにわざと睨んだ。

「たく、うるせえな〜。おまえ、用件は何なんだよ?!」

「生徒会の事務局員になったそうですね」

「あ?ああ。なんか知らねえけど、そーらしいぜ」

イオスは、「本当にあなたが立候補したんですか?」と聞こうとして、言葉を飲んだ。もっ

と嫌がって暴れるかと思ったのに、当のソードは、案外、どうでもよさそうな顔をしてい

る。そして思い出したように立ち上がった。

「今日もこれから行かなきゃなんねーんだよ。シバに、来いって言われてるからな」

「どうして……!!まさか、シバ・ガーランドに弱味でも握られてるんじゃないでしょう

ね」

「弱味ィ?!オレが?なんで?」

「いえ…。ちょっと言ってみただけです」

「クソ〜〜かったりィ〜ぜ」

晴れた空に向かって伸びをすると、ソードは口をとがらせた。

「だったら…」

わざわざ行かなければいい。そう言おうとしたイオスを待たずに、ソードは上着のポケット

に手をつっこんで歩き出した。

「なっちまったもんは仕方ねえから、これから、ちょっと行ってくる」

「ソード!!」

コンクリートの端まで歩くと、小柄な体がふっと消えた。そこから3メートルほど下に広

がっている屋上に、ヒラリと飛び下りたらしい。が、追いかけて下を見ると、ヒザと足首を

押さえてうずくまっていた。

「ソード?!何してるんです」

「いででで……」

「こんな高い所から飛び下りるからですよ」

来たときのように非常用ハシゴを戻りながらイオスは言ったが、ソードは腑に落ちない顔で

頭をかいた。

「チッ、前は、こんくらい楽勝だったのになァ」

はあ〜。と、溜め息をついて、ソードは足を引きずりながら出口のドアをくぐっている。

手をかそうと追いかけたイオスを、ちょうど、放課後の雑然としたざわめきが取り囲んだ。

ひとつ階段を降りると、清掃係がモップを片手に走り回っている。出会いがしらにぶつかっ

て、イオスは反射的に謝った。

「あ。すみません………?!」

「イオス様!?ずっと、お捜ししてたんですよ!!」

「シェキル!」

清掃係は、白い三角巾をかぶったシェキル・アーリアだった。

「捜してた?」

「イオス様、ミカエル様がお呼びです。お仕事ですよ。すぐに部室まで来て下さい」

「シェキル、あなたは?」

「私、今週、掃除当番なんです。終わったらすぐに参りますので………イオス様?」

「え?いえ…」

動き回る生徒たちに見え隠れして、ちょうど、ソードの背中が廊下の角を曲がろうとしてい

る。追いかけようかどうしようか少し迷ったが、結局、イオスは部室のほうへと足を向け

た。







新聞部の部室は、同じ高等部の校舎内でも生徒会室から、もっとも遠い場所にある。

「さて…よろしいですか?」

遅れてきたシェキルが席につくと、あまり大きくもないが小綺麗な部屋で、たった2人を前

に、部長のミカエルが立って説明をはじめた。3人が囲んでいる机には、白いレースのテー

ブルクロスがかけてあり、誰が生けたのか知らないが、ガラスの花瓶にユリの花が揺れてい

る。

「まずは今年度の、活動内容ですが……」

ミカエルは、日程表らしい大きな紙を机の上に広げた。もっとも、空欄ばかりで、ほとんど

何も書いてない。イオスはちょっとのぞいて、それから座ったまま、「あの…」と言ってみ

た。

「いずれにせよ……部員が足りませんね。3人だけでは、何をするにも不便ですよ」

「それは、確かに……」

シェキルもうなずいている。

ミカエルは黙った。目が不自由なわけでもないのに、なぜかいつも目を閉じているので表情

がわかりにくい。よく見ると結構、上品で整った顔立なのだが、印象の地味な男だ。もっと

も、言い方はそれなりに反応が速く、先輩らしくテキパキしていた。

「では、まず、最初の活動を……2つということにしましょう」

「二つ…ですか」

聞き返したイオスに、ミカエルは平坦な口調で続けている。

「一つは、部員集めです。我々3人であたろうと思います。それから…具体的な活動を、も

う一つ。なにしろ、毎年、出遅れて失敗しているので…」

出遅れている。と強調した時だけ、少し人間らしい焦りが見えたが、再び、能面のような顔

に戻って、ミカエルは言った。

「我々の活動目的は、生徒の自主性を重んじた学園生活の改善にあります。で、まず……改

善されるべき不可解な大問題点の一つですが……この学園には、生徒会はありますが、生徒

総会がありません」

それは、確かにおかしな話だ。イオスもシェキルも真面目な顔で聞いている。生徒会があく

まで一般生徒の代表機関である以上、すべての最終決定権は学園の生徒全員にあるハズだ。

その、生徒たちの発言の場である総会がない。つまり、生徒たちは要望を提案することも、

質問をすることも、反対することも出来ない。というのは、つまり生徒行事の運営が、生徒

会の独裁である証拠だった。

「これについては、毎回、議案書を出しているのに、もみ消されているし…全校生徒に署名

を募ろうにも、サタンを怖れて誰も署名しないのが現状です」

「それは……絶対に、なんとかしたほうが、いいですよね!」

シェキルがおもいっきり賛同してイオスを見るので、イオスもうなずいた。

確かに、この学園の生徒会は歪んでいる。そう思ったから、イオスも先輩のミカエルに副部

長の依頼を受けたとき、断わらなかった………。

それを見渡して、ミカエルは満足げにうなずくと、

「それでは、私に一つ考えがあるのですが………。二人にこれを……」

おもむろに、後ろに置いてあった自分の学生カバンから、何かを取り出した。







「確かに、現行の生徒会は問題があると思います。それを正すという行為は、まちがってい

るとは思いません。でも!!」

青空の下、少し熱を帯びた晩春の風に吹かれながら、屋上の手すりにシェキルと並んで、イ

オスはさっきから独りで憤慨している。

「だからって、どうしてこんな事をやらなければならないのです?!これではまるで……」

ノゾキまがいな……。いや、まがいというより、単にそのもの…。

ミカエルが徹夜で改造したとかいう(怪しい)デジカメ付高感度オペラグラスを操作しなが

ら、シェキルが真面目に言葉を返した。

「仕方ありませんよイオス様…。これが、部長と顧問の意志だというんですから…」

もともと彼は、イオスにくっついて入部しただけだが、仕事をいいつかると、逆にかなり熱

心だった。

「だって毎年、正攻法では、ダメだったわけでしょう?だから、今度は裏から…というの

は、正しいと思いますよ。これで、生徒会の連中の、悪事なり、スキャンダルなり……決定

的証拠を掴んで暴き、徹底的に記事にする!!とっても、新聞部的な活動だと思いますけ

ど」

「新聞部というよりは、俗悪なスキャンダル週刊誌的活動ですよ」

「でも、こうすれば……少しは、我々の活動に共感してくれる生徒も増えると思いますけ

ど」

「それにしたって、シェキル…恥ずかしいとは思いませんか?こんな卑劣な行為を、部長が

自ら……」

まだ言いかけたイオスにダブって、まるいレンズをのぞいていたシェキルが、突然、突拍子

もない声を上げた。

「えぇ〜?!」

「どうしたのです?」

「きっ…兄弟で……あんな……」

「ちょっと貸しなさい!」

何事が起こっているのかと、オペラグラスを取り上げたイオスの視界に、妙なものが映っ

た。

「あれは……同じクラスの……?!」

真っ昼間なのに、薄暗い理科準備室。その奥の床に、倒れている二人がいる。倍率を上げる

と、倒れているのではなくて、重なっているのがわかった。

「双子でしたよね。お兄さんが神無くんで、弟さんが双魔くん……」

言いかけた語尾が引きつった。今にも声が聞こえてきそうな、濃厚なキスシーンが展開して

いる。高感度オペラグラスを握り締めた手に力がこもりそうになったところで、イオスは

ハッと我に返った。

(…………いけない。私としたことが……)

こういうのは、まさに、ノゾキというのでは………。

そう思って隣を見ると、デジカメ付それを返されたシェキルが、意図的なのか、思わず動転

してなのか、シャッターをきっている。

「……………シェキル。目的が違いますよ」

「あ。も…申し訳ありません……」

「フゥ…」

入部早々、先行きに、おもいっきり不安を感じながら、イオスは眉間に手をあてた。










「彼が、昨日欠席していた最後の事務局員……1年生のソードだ」

生徒会室の奥の中央、ホワイトボードを背にしたシバがいつもの無表情な調子で紹介する

と、それをコの字型に囲んだ長テーブルから物見高い視線が集中した。

「な…なんだよ?!オレは、見せ物じゃねえぞ!!」

さっそく、わめき散らしているソードを眺めて、バジルがすぐ隣から座ったままシバを見上

げた。

「あなたが言うだけあって、おもしろそうな子だな」

シバは黙っている。バジルは、ちょっと肩をすくめてガラムを呼んだ。

「では、さっそく働いてもらおうか。事務局長、おまえが連れていってやれ」

「フン」

ガラムと呼ばれたアゴの細長い男が、立ち上がった。やっぱり彼も、ソードをジロジロと物

色でもするように眺めている。思わずくるものがあって、ソードは、ギッと睨み返した。

今日は、サタンは来ていない。乱封というカサを持った新入員も欠席している。ガラムは、

ソードと、もう一人ガーベラという、今日来ている1年の事務局員を、印刷室へ案内した。

印刷室は、生徒会室の真下にあって、入口から奥まで続く、まるで通路のような細長い部屋

だ。右手の壁際に印刷機だの裁断機だのがギッシリ並んでいるので、狭い幅がいっそう狭

まっている。奥は長いのだが、幅は一人が立つともういっぱいで、二人の人間がスレ違うの

も難しかった。おまけに窓もないので、蛍光灯の光だけが薄暗い室内を照らしている。

「貴様が……ソードか」

ドアを開けるとすぐに、オバケのように巨大な男がソードの前に立ちふさがった。

「あぁ〜?」

部屋に一歩踏み入って見上げながら、ソードはあからさまに嫌な顔をした。

「なんだ?てめえ?!」

「フン。礼儀がなっとらんな!オレは、貴様らの直接の上司にあたる副事務局長のソドム・

バース様だ」

「………ぶっさいくなツラ」

ボソッとつぶやいたソードに、カァッと顔の赤らんだソドムが、

「な…な…何だと貴様ァ……」

湯気の出そうな頭で、殴りかかろうとした時、そのすぐ後ろから

「遊んでないで、さっさと仕事をしろ」

もう一人、別な声が響いた。ソドムに隠れて見えなかったが、奥に、もう一人男が立ってい

る。ソドムは振り返って怒鳴った。

「貴様!このオレ様に命令する気か?!」

「関係ないな。仕事中に手を止める奴が悪い」

「なんだと…?!」

「だったら、ソドム。兄にも同じ口がきけるのか?」

ぐっと黙ったソドムが身を引くと、現れたのはシバそっくりの男だ。彼は、ガラムに連れら

れた二人をチラと見下ろして、端的に言った。

「来い、おまえたちにやってもらうのは…」

「あれ…。シバ?………じゃねーな」

「シバ様……いつ間に…」

「シバじゃねえよ!こいつ」

ソードが言い張ると、男は、急に険しい視線になった。

「おまえがソードか?いつも兄に迷惑をかけてくれてるそうだな」

「誰がンなこと言ったんだよ!!」

「……………。黙ってこれを全校生徒分、コピーしろ。それから、女、おまえは…」

シバそっくりの男は、原稿をソードに向けて放ると、ガーベラには別の仕事を言いつけた。

「何よ〜もう!!」

「ケッ……ったく」

二人の男の背中をスリ抜けて、ソードとガーベラはブツブツ言いながら奥へ入っていく。広

がっているソドムの背中を無理に通り抜ける瞬間、奇妙な視線でソドムはソードを眺めた

が、ソードはシカトしたまま、相手が悲鳴をあげるほど思いっきり足を踏ん付けて、作業を

始めた。

長い黒髪をポニーテールにした背の高い美女なのに、なぜか印象が女に見えないガーベラ

は、正面顔がどことなくソードに似ている。並ぶと悪ガキ仲間のようで、会話のテンポも割

と合った。

「わかったわ!あいつ、シバ様の弟、ヴィシュヌ・ガーランドよ!生徒会の書記やってるっ

て……」

「弟だぁ〜?!全然、似てねーぞ」

「似てるじゃない。顔が」

「だから、顔だけだろ?!」

一瞬、ヴィシュヌがジロッと睨んだが、ソードは無視して続けている。

「中味、たいしたことねえぞ、あんなの」

「そーかも」

こんな狭い密室では、すべてが筒抜けなのだが、ヒソヒソ声で勝手なことを言いながら二人

は仕事を片付けている。そのうち急に、ガーベラがタメ息をついた。

「いいわよね〜。ソード、あなたが羨ましいわ」

「あぁ?」

「だって、シバ様と付き合ってるんでしょ?」

インクの臭いのこもる室内で、突然、ブキミに空気が張りつめたが、奥の二人は気がつかな

い。そのうちに少しずつ、何気にソドムが移動を始めたが、やっぱり二人は気付かなかっ

た。

「べつに……付き合ってるわけじゃねえよ!」

慌てたように、ソードは言った。

「そうなの?」

「なんだよ、おまえ、シバが好きなのか」

「あ〜あ。悲恋よね。中等部からずっとアタックしてるのに、全然相手にしてくれないんだ

もん。でも、そこもイイんだけど」

「オレはヤだね。そんなハンパな状況。そんなに好きなら奪い取る!ってもんだぜ」

そう言ってしまってから、ソードはなんだか息苦しい気がして、深呼吸した。

「奪い取る……かぁ。そうね…それじゃ…」

「おおっ?」

不意に顔を寄せて、ガーベラはケロリと言った。

「ねぇ、ソード、私と付き合わない?」

「はぁ?!何言ってんだよ…おまえが好きなのはシバなんだろ?!」

「だからよ」

「わかんねーぞ、てめ〜。何でシバが好きなのに、オレと付き合わなきゃなんねーんだ」

「だって、シバ様が好きなのはアナタなんですもの。シバ様のアナタを私が奪う……ちょっ

とウットリじゃない?」

「だあ!!わかんねえことばっか言いやがって……だいたい、なんでオレがシバの物なんだ

よ!!ふざけるのも…」

「ヤ〜ね!そんなにマジに怒んないでよ。ジョーダンだってば。私が好きなのはシバ様だけ

…」

「そこ、うるさいぞ!!」

バシッと書類を叩きつけながら、ヴィシュヌ・ガーランドが、さっきよりも、いっそう凄い

目で睨んでいる。

「私、あの男、キライかも」

ガーベラはコソコソ耳打ちした。

「ルックスはシバ様そっくりなのに、お子様なんだもん」

「聞こえてるぞ、新入りの女!」

「失礼ね!ガーベラよ!!」

狭い密室が、嫉妬と問題発言で、不穏に渦巻いている。そのうちに、ソドムがいつの間に

か、ソードの真後ろに来ていた。

「なぁ?!!てめえ!!どこさわってんだよ?!」

突然、ソードが脳天を突き抜けるような大声を張り上げた。

とんでもないことに、ソドムのゴツイ腕が、背後から華奢な身体を抱きすくめている。

「こ…この下衆野郎!!何しやがる?!はなせ!!」

「グフフフ…ソドム様と呼ばんか!」

「誰が様なんだよ!!この変態!!相手まちがってんじゃねえのか?!」

いったい突然何事かという事態だが、ソドムには、いつものことなのか、淫猥な声を、さも

楽し気に出している。

「事務局員の分際で、オレ様に逆らうとはバカな奴め!いいか?きさまらは、副局長のオレ

様が支配してるんだ。オレ様の好きにされても文句など言えんのだぞ!!それを今から教え

てやるわ」

言いながら、右手が、ソードのジッパーを下ろし、下着の中に入っている。

「こ〜の〜野郎ッ!!」

もの凄い声を上げて、ソードは肘で腹に突きを入れた。けれど、ブ厚いゴムを殴っているよ

うで、一向に効き目がない。というより、こんな狭い所にはさまってしまうと、どうにも動

きようがないのだった。

「やッ…やめろォ!!や…嫌だっつってんだろ!!手ェ放しやがれ!!……んッ……あッ

…」

左手で胸の辺りを撫でまわされ、右手で、いきなり直に自分のものを握られ、根元から乱暴

に扱かれている。身をよじって暴れたが、ソドムをいっそう喜ばせただけだった。

「し……」

呆気にとられた光景に、ボーゼンとしていたガーベラが、我に返って真っ青になった。

「信じらんない!こんな所で…。人前で……。やめなさいよ!!嫌がってるじゃないの!セ

…セクハラよ!!セクハラ!!!」

一方、一番離れた所に居るヴィシュヌは冷静な顔で舌打ちしている。

「とことん呆れ果てたヤツだな…。ソドム……貴様の趣味は知ってるが……もう少し場所を

わきまえて……」

「何言ってんのよ!そ…そーゆー事じゃないでしょ?!」

阿鼻叫喚のように混乱している印刷室の中で、全員身動きのつかないまま、奇妙なやりとり

だけが往来している。

その間も、ソドムは下品な笑い声を響かせながら、握った右手を強く動かした。

「おとなしくしてろ!すぐによくしてやる」

「全っ然よくねえだろぉが!!はなせクソ野郎!!アッうあッ」

ソドムの手のひらが強く擦り、親指が、自身の先端を押し潰すように蠢いている。その感触

にゾッとする痛みを感じて、ソードは無我夢中に暴れてわめいた。

「てめえ!!シバでもねーのに、んなマネしやがると殺すぞ!!!」

−−−−−なにぃ?!−−−−−

その瞬間、一気に室内が固まった。ソード以外の全員が止まっている。ソドムの動きも止

まっている。ソードは渾身の力をこめて巨体を横に突き飛ばすと、隣の機械に突っ込んだ。

勢いでヒジに押された原稿が、機械に放り込まれている。

シーンとした室内に、ガーッザーッと規則的な機械の稼動音だけが響いた。はっとして、

ガーベラが、ソードの手元を見つめた。

「あ。ソード…それ、コピー機じゃなくて、シュレッダー……」

「げ…」

と。その時。入口のドアが開いて、サッと自然光が射し込んだ。

続いて、咎めるような低い声が聞こえている。

「サタン様がいらっしゃらないからといって、何を騒いでいるんだ、おまえたち?」

「仕事は出来たのか?いったい、いつまでかかっている!?ヴィシュヌ、おまえがついてい

ながら、なんだ。このザマは!!」

不機嫌なバジル・ホーネットとシバ・ガーランドが立っていた。








「なるほど。それで、原稿を全部シュレッダーにかけてバラバラにしたわけか」

生徒会室のイスに座らせたソード、ガーベラ、ヴィシュヌを前にして、シバは片手をテーブ

ルについて立ったまま片手を腰にあてている。一人ずつ事情を聞いたその顔は、いつもより

ずっと不機嫌だった。

ソードはイスの上にあぐらをかいて座り腕をくんだままそっぽを向いている。ガーベラは

シュンとして両膝を揃え、手をその上に置いていた。ヴィシュヌは足を組んで腕組みしたま

ま座っていたが、きまり悪そうにうつむいている。ソドムはあれからすぐに帰ってしまって

いた。

「まったく…。ヴィシュヌ、おまえがついていながら、何だ。そろいもそろって……」

「申し訳ありません、兄さん」

「オレは悪くねえぞ!!」

「ソード、だいたい貴様が…」

「なんだと?ヴィシュヌてめえ?!」

「やめないか」

シバは一喝しておいて、タメ息をついた。その隣で、バジルが他人事を見物するように、く

すくす笑っている。ソードのツリ上がった瞳を見下ろし、彼はおもしろがっている顔で言っ

た。

「まあ、ソドムの趣味なのだな。こういう…ちょっと反抗的な、お元気で可愛い男の子を手

込めにするのが。………しかも、陰でこっそりと、ではなく、衆目の前で大っぴらにレイプ

するのが好きらしい」

「異常に迷惑な趣味だな」

と言ったきり、シバは黙っている。バジルは苦笑して続けた。

「つまりその……自分に逆らう者が誰もいない、という権力を誇示したいのさ。実際、今ま

で、誰一人として、それを止める者も抵抗する者もいなかったわけだし……。一応、あれで

サタン様のお気に入りだからね。………私的美学には反するが」

「ハン!それで、てめえらは……あんな下衆を、わかっていながら野放しにしてやがるの

か」

急に、ソードがギッと下から睨んだ。それまでも、ずっとブスッとしていたが、とうとうこ

こにきて怒り心頭な顔で、イスから立ち上がっている。だいたい、今朝から機嫌が悪いとこ

ろへもってきて最悪だ。

「サタンが何様か知らねえが、ったく……見損なったぜ!シバ!てめえもだ!!」

シバは、相変わらず黙ったまま応えない。それを見ると、ソードは、ますます頭にきて、イ

スを蹴飛ばし、テーブルを蹴って、部屋を出てしまった。

「ちょっと待ちなさいよ!!」

慌てて、それをガーベラが追っている。

やれやれ、とバジルは肩をすくめた。それでも、

「しかしだな……」

とシバを見た彼は、どことなく嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「今年の事務局員は変わってる。あのソドムを罵倒してドツキ倒すとはね。群を抜いた面白

さだ。もっとも……」

そこまで言ってから、彼は千切りになった原稿の一部をシバの前でピラピラ振ってみせた。

「使えない、という点でも群を抜いてるがね」

ふぅ。と、そこでシバも、深いタメ息をついた。

「いずれにせよ……前途多難だな……」

「そういうことだ」

前途多難だ。

シバは、ソードの怒った顔を思い出しながら、もう一度繰り返している。

その横顔は、バジルが一瞬目をみはるほど、ひどく憂鬱に沈んでいた。

■to be continued■