柔らかい、早朝の陽射しがカーテンに淡い影を落としている。

(いつもの時間だな……)

目覚めてすぐに枕元の時計を確かめると、シバ・ガーランドは、ベッドから下りて部屋を横切

り、カーテンを引いた。

爽やかな眩しい光が、15畳ほどのフローリングいっぱいに差し込んでくる。ベランダ越しに

見下ろすと、下に広がる小さな中庭には、まだ誰もいない。中庭をはさんだ向い側には、渡り

廊下でつながれた別の棟が見える。同じような白い壁の、一階の窓が開いていた。よく知った

部屋だ。けれど、中に人影はない。

(あいつ……もう出たのか?しかし、あの行動パターンからすると、そんなはずは……。それ

とも、まさか……)

嫌な予感がして、シバはガラスを離れ、ベッドの隣にある、ワンルームの出入口から玄関のほ

うをのぞいた。

(やはりな……)

思った通りだ。浴室のドアの前、玄関に続く細い廊下のゆかに、眠りこけているヤツがいる。

自分の部屋よりここが3倍以上も広いので、苦情かたがた入り浸り、結局、夜中に帰ろうとし

て途中で面倒臭くなって寝てしまったらしい。

Tシャツに学生服のズボンだけはいた格好で、べったり床に頬をつけて眠っている。

(なんだか行き倒れのようだな……)

珍しいものでも見るように、しばらくの間、感慨深く眺めていたシバは、そばに片手をついて

顔を寄せ、寝ている耳元におもいっきり怒鳴った。

「ソード!おいソード!!起きないか!遅刻するぞ!!」

「あ〜〜?」

かったるい顔で半分だけ目を開けた彼は、なにがなんだか、まだよくわかっていない。わか

らないながら、ぼーっとしたまま、ようやく起き上がってその場に座り込んだ。

その前で、シバは淡々とメモを読み上げるような口調で言っている。

「授業は8時45分からだ。その前に8時30分から簡単なホームルームがあるから…………

おまえ、聞いてるのか?」

目をこすり、あくびをしながら、ソードはブツブツ言っている。

「あ〜〜〜もしかして、もう朝かよ〜〜」

「下のカフェテリアで、とっくに朝食をやってるぞ」

「てことは、ガッコーもあんのかぁ〜」

「当然だ」

「あ〜〜ガッコーなんざ行きたくねー。なぁ〜んで、このオレが高校なんぞに行かなきゃなん

ねーんだよ〜」

「そのグチなら昨日も聞いた。一昨日も。その前も。いいから、早く起きて支度しろ」

「わ〜ったよ。るっせえなぁ〜」

のろのろと立ち上がりかけたソードは、そのまま足がもつれたようにヨロけて、床にペタンと

腰を落とした。

「何をしている。寝惚けてるのか?」

部屋の中に戻りかけたシバが呆れて振り返っている。ソードは必死に抗議した。

「ちが〜〜!!なんか……体が……変……」

本当に、変だ。立とうしても、足が体を支えてくれない。

頭は重いし、だるいし、嫌な寒気がする。

「……あ……」

もう一度、立ち上がろうとして、今度は、仰向けに倒れ込んだ。

「ソード?!」

さすがに慌てて、反射的に抱きとめている。頭でも打ったらどうするんだ、と思いつつ、シバ

は腕に落ちてきた額に手をあてた。

「ソード……おまえ……」

「あぁ〜?」

「よかったな。今日は学校、休めるぞ」

「おお?!マジかよ?!……でも、なんで?」

「……薬はあるか?」

「持ってねえ。けど、なんで、そんなもんがいるんだ?」

「…………。…………ひどい熱だ。そうとう辛いんじゃないのか?」

「はあ?なんでオレが〜〜?!」

「そんな所に寝てるからだろ」

やはり私も、コイツが帰るのを確認してから寝るべきだった……。

妙にかみあわない会話に、自分までクラクラしながら、シバはとにかく準備を始めた。ソード

のペースにつきあっていると、こっちまで遅刻してしまう。

それでなくとも、朝はなにかと忙しい。なにしろ、毎朝自分の三つ編みを編むだけでもやたら

時間をとられるし、今日は生徒会の大事な仕事があって会議の資料もそろえなければならな

い。

シバは、大急ぎでソードを着替えさせ自分のベッドに放り込むと、簡単な流動食に、水と薬を

つけて頭の隣にあるサイドテーブルに乗せた。

「ここに置いておく。………一人で大丈夫か?」

「お〜〜。なんか、今日はめんどーな行事があったんだ。ちょーどよかったぜ。ゆっくりでき

て」

「入学早々、まったく感心せんがな。行事って高等部全体のじゃないだろ?……1年のか?」

「ああ。なんだったかな………あれ?……忘れちまったぜ。どーせオレは関係ねーし」

氷枕の上から、わかっているんだか、いないんだか、よくわからない脳天気な声が聞こえる。

一瞬、こいつを無事、卒業させることが出来るんだろうか…と不安にかられながら、シバは努

めて平静に言葉を返した。

「担任には私から言っておく。ウロウロ動かないで、おとなしく休んでいるんだぞ。休み時間

になったら、時々様子を見にくるからな」








付属寮を出ると、同じ敷地内に、小等部から高等部まで、それぞれの校舎やその他の施設が整

然と並んでいる。全寮制の学園内は、学園都市とまではいかないが、学園村くらいの規模が

あった。

シバ・ガーランドが、高等部の校舎に向かって歩き出すと、まもなく、一人が肩を並べた。長

身で細身のシバと、同じくらいの背格好。しかも同じ寮の棟から出てきて、同じ校舎に向かう

彼は、シバのクラスメイトでもあった。

「いつも、時間キッカリだな」

そう、声をかけたバジル・ホーネットは、からかうような視線で、隣のシバに笑顔を向けてい

る。それを横目に見ながら、「おまえもな」と応えたシバは、少々むっつりしていた。

いつも同じ時刻に出てくる2人は、教室まで一緒に歩く。しかもそろって高等部生徒会の副会

長でもある2人は、放課後まで一緒にいることが多かった。

「どうした?今朝は機嫌が悪いな」

バジルが聞いても、黙っている。鞄を片手に明るい長髪を翻し、バジルは、悪戯っぽい目つき

で、様子を窺うように言った。

「何かあったのか?……おまえが連れてきた1年生の…ソードといったか、彼がどうかした、

とか……?」

図星をさされて、思わず、シバは隣を見つめた。

「なんだ、当たりか」

バジルは、笑っている。シバは、ややタメ息混じりにうなずいた。バジルの単純に面白がって

いる声がそれを追っている。

「彼とは、どういう知り合いなんだ?遠縁なのか?」

「いや、だいぶ前に知り合った……アカの他人だ」

「それにしては、ずいぶん親し気だな。あなたが理事長に頼んで、わざわざ編入させたんだろ

う?」

「ああ。3年ほど前に実家に寝泊まりさせてたことがあって……。その時は私が休みで帰省し

ていたんだが……たまたま路上で拾った」

「拾った?」

「一人で、大勢を相手にケンカしていた。それで、つい手を貸してしまって……それから家に

連れてきて泊めてしまった」

「ほう……」

バジルは、感心して聞いている。どちらかというと他人に無関心なシバが、そこまでしたこと

に、興味を惹かれたのだ。

「その…ソードというのは、家はどこなんだ?」

「知らん」

「知らない?」

「というか、無いらしい。当時は、中学1年のくせに、保護施設にも入らず、自活していた」

「そいつは、すごいな」

「その時に、ウチで引き取って中等部に編入させようとしたんだが、他人の世話にはならんと

か言って、ある日、黙って出てったきり帰ってこなかった」

「それが、どうして?」

「わからん。ただ……」

「ただ?」

「この間、突然訪ねてきて、メシを食わせろと……言ったきり、倒れて一週間くらい眠ってい

た」

「なんだか、妙なヤツだな」

「いや、それはいいんだが……。どうも、前に会ったときと比べて……」

「?」

「どこか、体を壊している……気がする……。あまり、成長してないというか……逆に華奢に

なったというか……。少なくとも、一晩、玄関に転がってたくらいで熱を出すようなヤツじゃ

なかった」

「ふむ。で?生活の面倒を見ると?」

「というか、食事と住む場所を貸せというから、貸しをナシにする代わりに、この学園の高等

部へ入れと……」

「言ったのか?」

「ああ」

「なんだか、いたれりつくせりの、妙な交換条件だな」

「向こうは、そうは思っていない」

「大丈夫か?そんな変なものを拾って……」

「わからん。だが、私が好きでやってることだ」

へえ…。という顔で、バジルは呆れたような、感心したような顔で見つめている。ちょうど、

教室の前まで来ていた。








各館に、同じような終業チャイムが響いている。

午後の授業も終わり、生徒たちが帰り支度を始める頃、シバとバジルは印刷室から、生徒会室

へ向かっていた。2人とも、両手にコピーしたばかりの原稿を大量にかかえている。歩きなが

ら、バジルがなにげない調子でつぶやいた。

「今年の事務局員はどんな生徒かな」

「また……1年間で逃げ出す腰抜けばかりじゃないといいが」

「ちょうど今頃、決めてるはずだぞ?もうそろそろ、決まったかな」

「まだだろ。毎年モメる」

「少しは使える連中だと助かるんだが」

「あまり期待しないほうがいい。どちらにせよ、私達の仕事は減らないさ」

淡々と応えながら、シバは、生徒会室のドアをヒジで開けた。

「珍しいな」

「何が?」

そこで立ち止まったシバの後ろから、バジルがのぞいている。シバは声を落としてささやい

た。

「会長がいる」

「ああ、ホントだ」

うなずいたバジルに、シバはヒソヒソと続けた。

「確か、今日、学校で見なかったよな」

「同じクラスだろ。欠席してたじゃないか」

「では、生徒会のためだけに現れたのか?」

「最初だからだろう?今日はこれから、今年度事務局員の初顔合わせだ」

とても学生が使うとは思えない、広々とした豪華な室内。そのド真ん中に置かれた大きな細長

い机の一番奥に、小柄な少年が座っている。体だけ見ると中学生のようだが、近くに寄ると空

恐ろしい迫力があって、教師たちはおろか校長も理事も身がすくんで言葉を忘れる。

上品な仕草と顔つきだが、目つきと口許が残酷で陰険。しかも、無気味なことに、小等部の6

年以来ずっと、中等部でも高等部でも生徒会長を歴任している。今は高等部3年だが、高等部

の会長になってからも、すでに3年目。学園中で、まともに口がきけるのはシバとバジルの2

人くらいで、実は彼らも、小等部から数えて副会長歴7年目の腐れ縁だった。

こんな奇妙な生徒会に入りたい者も、ましてや口出しする者など、ほとんど誰もいない。たぶ

ん、ごく一部を除いては。

「ねぇ、バジル?」

けだるい手つきで雑誌をめくりながら頬杖をついている、奥の席から声がかかった。バジルは

すぐにコピーの束を近くの机に置くと、ナナメに座っている会長のもとへ近付いた。

「お呼びですか?サタン様」

立ったままで控えているバジルに、組んだ足を机の横に突き出してヒジをついた少年は、どこ

か面倒臭げに言っている。

「ねぇバジル」

「はい」

「まだ、今年も……新聞部って存在してるの?」

「予算の申請は出ておりますが」

「でも、部員はもういないんでしょ?」

「確かに残っている部員は……先週までは3年の部長ミカエルだけでしたが……2日ほど前に

イオスという1年生を副部長にしたそうです」

「へえ?」

ちょっと感情が動いたようだったが、めくった雑誌から目をはなすまでにも至らない。サタン

は、次のページを開きながら言った。

「あんな危険な部活に入る物好きがいたんだ。どうせ、無理に勧誘された、人数合わせで

しょ?」

「いえ、1年のクラス委員長で、なかなかの男らしいですよ」

「ふーん。じゃあ、早めに始末したほうがいいのかな。どう思う?シバ…?」

急に話題がこっちに飛び火して一瞬面喰らったシバだが、これもコピー用紙を中央で折る作業

を黙々と続けながら一本調子で答えている。

「しばらく様子を見てから、お決めになられたらいかがですか?こちらの事務局員も、向こう

の部員も、今年はまだ正式に決定しておりませんし」

「そうだね……。キミがそう言うなら、そうしておこうかな」

でも……。とサタンは独りでつぶやいている。

「今年もまたキャンキャン騒がれると、うるさいんだよね。新聞部って、どうしてぼくのやる

ことに、いちいち反対するのかな。校長だって理事会だって誰も文句なんか言わないのにね」

不可思議で非常識なことに、この学園では、学校行事も催しも学園祭も、採用教師も、授業カ

リキュラムも、施設の増設も、すべてこの生徒会長の一存で決まる。それをいちいち自主発行

の新聞に書き立てて反論し、反対運動を起こすという、ハッキリいって、一般的にはかなり

まっとうだがサタンにとってはハタ迷惑な存在が新聞部だった。

だったら、いっそ、その絶大な権限で新聞部など廃部にしてしまえばよさそうなものだが、な

ぜかサタンは、そのことになると煮え切らない。

ツブしたいがツブせない。何でも思いのままのサタンが、唯一、新聞部だけは自由にならな

い。昔からそういう、謎めいた確執があるらしかった。

あくまで、自主的に廃部に追い込みたい。

そんなわけで、毎年、新聞部に入る人間は、必ずなんらかの事故にあう。

それで、なかなか部員が集まらず、とうとう今年は3年の部長が一人だけになっていたのだが

……。

「イオス……か……」

シバはなんとなく、その名を繰り返した。この時期に入部して副部長になるくらいだ。タダ者

ではあるまい。

「知り合いか?」

戻ってきたバジルが、折ったコピー紙をページを合わせて重ねながら、何気ない口調でささや

いた。隣のシバは、最後に大きなステイプラーでバチンバチンと留めている。出来た冊子を積

みながら、シバはどこか引っかかる顔をした。

「いや、そういうわけではないが。でも……どこかで……」

どこだっただろう。

しかし、思い出す前に、渡す資料が出来上がった。

「バジル、すまないが今日は早めに帰る」

「おいおい。これから、事務局の初顔合わせがあると言ったはずだが」

「レジュメは出来てる。あとは配るだけだ。仕事の説明はおまえがいれば大丈夫だろ?」

「サタン様もいらしてるのに……。そんなに大事な用なのか?」

「ああ」

「おい…シバ……?!」

「何度も言わせるな。私用がある」

と、奥で冷たい美少年顔が上がった。

「え?ちょっと……?シバ・ガーランド……?待ってよ。帰っちゃうの?」

「ええ。申し訳ありません、サタン様」

いつもより、いっそうにこやかな笑みのサタンに百ほどイヤミを言われて、シバは生徒会室を

出た。








並んだ葉桜が、夕焼けで赤く染まっている。その長い影を踏みながら、寮に向かう喧噪の流れ

に乗って歩いていると、特別講堂の方からマイクの音がする。シバはつい足をとめた。

入口からのぞくと、1年ばかり集まって何か騒いでいる。

(ああ、今年の事務局員を決めてるんだな)

ソードが言っていた面倒な行事というのも、これかもしれない。しかし、どうせ、集まるメン

バーの質も成行きも見えている。

(ロクなことにならんのは……いつもと同じだ)

そのまま無関心に立ち去ろうとした時、ひときわ響いたよく通る声に、つい足が止まった。

…………ソード…………

という単語が、確かに聞こえたのだ。

見ると、講堂の壇上で、マイクを持っている奴がいる。長い見事なブロンドが、よく映えて、

人目についた。

(四時半……か…)

昼休みに一度、部屋に戻って薬を飲ませ、ソードの着替えを手伝った。

(もう少し…大丈夫か…)

腕の時計チラリと確かめて中に入ると、シバは一番後ろの壁際に立った。

金髪の1年生が、力説している。どうやら、事務局員の定員3名のうち、2名は決まって、あ

との一人をどうするかでモメているらしい。

「私は、反対です!」

と、その金髪が言っていた。

「今日、欠席しているソードを、本人のいない間に勝手に決めて、承諾もなしに生徒会に入れ

るなんて……」

じゃあ、どーすんだ?!このままじゃ、永久に決まんねーぞ!!帰れないじゃないか!だから

クジ引きにすればいいんだ!僕はこの後予備校行かなきゃならなくて……。

話し合いのようなヤジのような個人の事情のようなフクザツな応酬が、講堂中からわき起こ

る。

「静かに!!」

と、金髪の後ろに控えた、これも綺麗な銀髪が言った。

「意見のある方は、挙手をして下さい。そのうえで、意見がいくつかにまとまったら最終的に

多数決をとります」

(……なるほど…)

シバは腕組みして観察している。あの金髪が、1年のクラス委員長イオスに違いない。補佐し

ている銀髪が、副委員長の……確か、シェキルといった。

「まず、始めに、最後の一人の決め方ですが……」

そこで、ハイ、と手が上がった。

「やはりソードくんの立候補ということでいいと思います。ソードくんが、前々から生徒会に

入りたいと言っていたのを、皆聞いてますし……。ここはクジ引きなどではなく、やる気のあ

る立候補者が優先されるべきではないでしょうか。ソードくんだって残念がると思います」

なんだか、もっともな意見だが、シバは首をかしげている。

あのソードが、そんな面倒なことを自分からやりたがるハズはない。それに今日は、自分には

関係ないと言い切っていたではないか……。

とはいえ、面白いのでシバは黙って成り行きを見物している。

そこで、またイオスが反論した。

「しかし、それでは、先程から言っているように確証がありません。ソードからの委任状があ

れば、別ですが。本人の口から、この場で出たことでなければ会議では無効です。少なくと

も、ソードがそう言っているのを、私は聞いたことはありませんが……」

そのとき、講堂の真ん中付近から、おずおずと頼りない手が上がった。

マイク係が走っていく。挙手した者は、席を立ってマイクを持つ。すると、その場にスポット

ライトがあたる仕組みだ。ライトに照らされたのは、女の子のように華奢でおとなしそうな生

徒だった。

「あの……委任状なら……僕が預かってますけど…」

どっと、会場がそこを見た。ひええ〜と、その生徒がすくんでいる。そのすぐ後ろに座った、

妙にガタイのいい髪の長い生徒が、座ったまま不機嫌な様子でクギをさしている。

「おい、双魔!誰に頼まれたのかは知らないが、余計なことはするな」

「でも神無……僕……他の皆に頼まれて、この委任状預かったんだけど…。本当に、ソードさ

んからだって……。正式なサインもついてるよ?」

神無と呼ばれた生徒は、そこで黙ってしまった。もう勝手にしろ、ということらしい。

またしても混乱しはじめた場内を制して、いきなりもう一人、小柄な生徒が立ち上がった。

「面倒なことはいい。つまり、皆の意見を総合すると……」

と言いだした彼は、雨も降ってないのに何故かカサを持っている。目つきの鋭いヤツだった。

「誰も、生徒会には入りたくない。だが、ここに、ソードという奴の委任状がある。だから、

委員長。アンタがやるのは、それでいいのか採決することだろう?」

そうだ、そうだ、と一斉に全員がザワめいている。

(こいつは、大掛かりな陰謀だな……)

シバはピンときたが、やっぱり黙っている。この行きがかりは、どちらかというと彼にも都合

がいい。

「よろしいのではないですか?」

とシェキルも、イオスを促した。

「ソードが立候補というのは、ありそうなことです。彼は、副会長のシバ・ガーランドの口き

きで編入しましたし……。実際あの2人、ずいぶん仲がよろしいらしいですよ?」

ぴくっとイオスのこめかみが動いたのが、遠目にも見えた気がする。

その時ようやく、シバは思い出した。入学してすぐ、ソードが言っていたのだ。同じクラスに

イオスという奴がいる、と。最初に寮の自分を訪ねてきた時も、イオスという奴に場所を聞い

たと言っていたし、その後何度もイオスが、イオスが、とソードは言っていた。

(あれが……)

そう思ったとき、今度はシバのすぐ隣から、手が上がった。

「いいんじゃねぇのぉ?」

くちゃくちゃとガムをかんだ口で、似たような三人組の、中央の男がマイクを片手にデカイ声

を張り上げた。

「だぁ〜って、オレたちみんな知ってるんだぜ?ソードって奴が、副会長のシバ・ガーランド

とデキてるらしいって……」

なに?!とシバは思ったが、黙って腕を組んだまま、壁によりかかって隣を横目に眺めてい

る。

どういうわけか、一瞬イオスも固まって、再び講堂が騒然としはじめた。

「静かにして下さい!!それでは…」

シェキルがマイクに声を張り上げている。と、誰かの叫び声で、突然場内が静かになった。ラ

イトはまだ、そこに当たっている。

「だぁからぁ〜オレたちとしては、ソードでまったくいいわけでぇ〜」

呑気に続けたガム男のソデを、誰かがクイクイ引っ張った。

「あん?気やすくオレらに触るんじゃねー。だいたいなんでおまえら急に………………」

隣に、副会長がいる。

そうささやいた誰かの声に、三人組が凍りついた。というより、その場の全員が凍っている。

シェキルも蒼ざめてイオスをうかがった。

しかし、イオスは逆に冷静さを取り戻している。長い金髪を流す背をキリッと伸ばし、ライト

の当たっている後ろの壁を凝視した。光の輪のギリギリ端に、背の高い影が立っている。

(あれが………)

シバ・ガーランドとは、思っていたよりも優雅な男だ。毅然として男っぽいが、同時にどこか

女性的な美しさも纏っている。

けれど、そう思ったのは、シバも一緒らしい。イオスの白い頬や、まつげの長い美しい瞳を、

探るようにじっと見つめている。

シンとした講堂の中、2人の視線が、奇妙な敵意でぶつかった。










(あれが……イオスか……)

寮の表玄関のガラス扉を開けながら、シバは、どうにも気になった。

しょせんは1年だ。経験も浅いし、たぶん勝負したところで、(容姿は張り合ってしまうかも

しれないが)学力もケンカも余裕で勝てる。とっさに、今のところは自分の敵ではない、と思

いながらも、なんだか気になって仕方ない。

シバは、玄関の右のボードで自分の名札を帰宅の色にひっくり返すと、奥のエレベータをつか

まえた。6階建の寮は、学年ごとに各棟に別れている。内部は同じ仕様で、1階はどこもカ

フェテリアになっており、授業のある日だけ解放されていた。

各部屋には格差があって納める寄付金や寮費の多少により広さや向きが違う。とくにシバが

入っている南向きの最上階は、一番高価な代わりに、部屋も広い。ビジネスホテル並みに備品

も揃っている。

ソードの選んだ北向きの1階は、一番安いが、四畳半で、ベッドと机をおくとあとは一杯だっ

た。むろん浴室もトイレもついていない。

借りは少ないほうがいい。と言って最安値の部屋を希望したソードは、実は、なぜそこが安い

かまでは、よくわかっていなかったらしい。自分の部屋とシバの部屋の、あまりの差に憤慨

し、シバの部屋でトグロをまいて居座ったあげく、浴室だのテレビだの冷蔵庫だの、自分の所

にないものをすべて使い放題にしたまま、途中で寝てしまった。

(それはいいんだが……)

エレベータを出たシバは、なんとなくユウウツな気分のまま端まで歩き、ドアの隣にカード

キーを差し込んだ。

(……………)

なんだか、色々気にかかる。ソードの体もそうだし、イオスのことも、今後のサタンの思惑

も。新聞部のことやら、今年の事務局やら……。

しかし今のところ、一番問題なのは……。

校章を兼ねたタイピンを外し、制服の上着を脱いだシバは、そっと部屋の中に入った。

静かで暗い。

ベッドをのぞくと、まだ眠っていた。薬が効いているのだろうが、疲れがたまっているように

も見える。

クローゼットの中に、上着と鞄を片付けると、シバは冷凍庫から氷を出した。額のタオルを冷

やして換え、ついでに布団の外に出ていた手を握って中に入れた。

(こんなところは…変わらないんだな……)

どうもソードは、片手を頭の横に出して寝るクセがある。

(でも……)

前は、もっと髪が長くて、腰まであった。もっと野生的で強靱な印象があったように思う。単

に、ロクな生活をしていなかったために体力が低下しているだけかもしれないが、どこか調子

を崩しているのは確からしい。それで自分を頼ってきてくれたのなら嬉しいが、たまたま通り

かかったから思い出した、と考えるほうが自然かもしれない。

そう思うと、少し胸が痛んだ。

三年前からの、片想いだ。

いなくなった後、ずいぶん探したが、結局見つからなかった。







気がつくと、月が出ている。

ソードの具合をみているうちに、眠ってしまったらしい。ベランダから一杯に月明かりが降り

落ちていた。

ソードは、と見ると、もう乾いてしまったタオルが頭の上に落ちている。少し開いた唇から軽

い息遣いが聞こえた。前髪をかきあげて額に触れてみると、昼は、だいぶ汗をかいていたが、

今はそんなこともない。

(落ち着いたのか……?)

月明かりを反射して、半開きの唇が淡く光っている。

なんとなく……。本当に、なにげなく、シバは頬を寄せ、その唇に自分の唇を重ねてみた。舌

をすべりこませ、触れ合わせた舌先で体温を計ってみる。熱は、確かに引いていた。

「ん……」

息苦しい声が漏れ、わずかにソードの眉根が寄った。

けれど、起きる気配がない。昼に体を拭いて着替えさせた時も、その間だけぼんやり目を覚ま

したが、またすぐ眠ってしまった。

会ったばかりの頃は、ちょっと触っただけでぎゃあぎゃあ騒いだものだが、今は何をしても無

防備でおとなしい。

しかしこれは、シバのことが好きだから、というよりも、単なる直感だ。

長い放浪生活のせいか、すぐに相手を、敵と味方に分けて区別する習性があって、その分類で

いくと、シバ・ガーランドは味方だから大丈夫なのだった。

(信用されるのは嬉しいが……)

なんだか、それも物足りない。ソードの口から出るイオスの名を思い出してしまったせいだろ

うか。講堂で夕刻に見た姿が、リアルに重なる。ブロンドを翻す、爽やかな強い瞳の、美しい

姿が。

イオスが……。と、確かソードは、何度も熱を入れてわめいていた。

(…………イオス……か……)

シバは、淡い月明かりを背に、屈んで枕の隣に片手をつき、ソードの寝顔を見つめながら考え

ている。

(ソードは……)

あのイオスの、何がそんなに気になるというのだろう……。

というより、自分は、何を気にしているのだろう……?

(気にしている……?私が?)

そう思ったとたん、無防備に寝ているソードにイライラした。

同時に、夕方の、名も知れぬ3人組の言葉を思い出している。

『ソードって奴はシバ・ガーランドとデキてるって……』

ならば、いっそ……噂通りにしてやろうか……?

本気でそう思っている自分に気がついて、シバは、我ながら呆れた。呆れたが、仕方がない

と、諦めた。

本当は……。

この目の前の相手を、誰よりも先に、自分のものにしてしまいたい。

そして誰にも渡したくない。

そんなことは不可能だとわかっていても、ソードのすべてを、自分だけのものにしたかった。

自分と同じ高校に入れたのも、さっきの事務局立候補云々の一件をわざと放っておいたのも、

行きがかりにかこつけて、少しでもソードを手許に置いておきたいからだった。

(なのに、こいつは、まったくそれが、わかっていない!!)

相変わらず無防備に眠っているソードに、軽い嫉妬にも似た苛立ちを憶えた。なんとなくユウ

ウツな本音はそこにある。

3年越しの憂鬱なのだ。

(いっそ……噂を本当にしてやろうか……?)

心の中の何かが囁いている。まるで、止められない誘惑のように……。

強引に、この体だけでも自分が支配してしまったら……?

そうしたら、この無礼で粗雑で無鉄砲でつれない相手を、少しはつなぎとめる枷にはなるかも

しれない。

(…………)

シバは、布団を剥いでみた。パジャマのボタンに手をかけて、一つ一つはずしてみた。それで

もソードは目覚めない。

どこまで、いけるんだろう……という興味のまま、胸をはだけ、肩を脱がせ、下に手をかけ

た。しなやかな若い肌が艶を帯びて光っている。下着を下ろしすべて取り去ると、何もつけな

い素肌がベッドの上に露になる。それでも、ソードは寝返り一つうたない。

わざと乱暴に足をつかみ、力をこめて左右に広げてみた。

やはり、反応がない。

(こいつ……)

なんだか妙に意地になってきて、シバはそのまま屈みこむと、ソードの股間に顔を埋めた。







「んっ……ふ……」

自分のものを強く吸われる度に、ソードの腰がよじれる。握ったシーツが、ひきつったシワの

まま、様々な形に動いていく。

「ん……んん…………」

ソードは、おかしな夢を見ていた。

全裸の自分に、シバがおおいかぶさっている。なぜそんなことになっているのかよくわからな

いが、とにかく足を広げられ、自身をくわえられていた。

「あ……ふっ…」

舌が、生き物のようにからみつき、裏筋を舐め上げている。弾力のある唇に締めつけられたま

ま、その唇で扱かれると、今まで感じたこともない感触と強烈な快感で、ビクビクそこが震え

た。

「あ……あああ……」

首を左右に振ると、短い髪が頬をうつ。肩が縮み、あごがのけぞる。

「あ……はぁ……アアッ…」

どうにも仕方なくて、ソードは逃れようと腰をよじったが、そのたびに引き戻されて、いっそ

う強く吸われた。

なんで……?とは考えなかった。夢にありがちなように、現実だったら絶対にありえないこと

でも、許せないことでも、夢の中ではすべてが曖昧に片付いてしまう。

とにかく、ものすごい悦楽だ。今まで、こんなに激しく感じたことがない。ソードのものは大

きく反り返り、とめどなく体液が溢れ、内股を流れてシーツを絞れるほど濡らしている。

自分以外の誰かにされている、そう思うと余計に感じてしまう。予測のつかない快楽に翻弄さ

れて、このままでは何でもしてしまいそうだ。

でも……どうして…?シバが?

そう、思ったとき、不意に感覚がリアルになり、目の前のものが焦点を結んだ。

「あ……あ……?」

体が、動いている。誰かに動かされている。ここはシバの部屋で、ベッドの上だ。自分は寝て

いて……で?いったい誰が?……

そこまで気がついて、ソードはいきなり正気に返った。

(これは……ユメじゃねえ!!!)

シバに、自分は………。

「……ああ?!てめえ?!何やってやがんだ?!」

上半身を起こして、ソードは仰天した。

「見てのとおりだ」

「そっか……って、あのなあ?!………ひッ…」

「気持ち…いいだろ?」

「そーゆー問題じゃ……や……やめ……!!…あぁ…」

完全に目覚めたまま続きが始まり、ソードは全身をくねらせてもがいた。夢よりもはっきりし

た強い感覚が、自分のものにからみつき扱いている。ベッドの上に仰向けに倒れたまま、ソー

ドは頬をシーツに擦りつけ身をよじった。

「……ひ…あ……あ…」

「独りでやるより……ずっと…いいだろ?」

ソードの根元を片手で握り、亀頭をちろちろ舌先で舐めながら、シバがクス…と笑っている。

「こ…こんな……なんで……ア…アァ……」

ソードは、全身を仰け反らせ、いやいやをするように首を振ってシーツを握り、太腿に力を入

れた。

「そ…そんなトコ勝手に……てめ……!!……ひ…アッ…」

なぜこうなっているのか、何が起こってこうなったのか、よくわからない。なのに、強い快楽

だけがはっきりしている。自分一人では、とても得られない飛び抜けた感覚だった。

「どうした?もう、抵抗しないのか?」

意地の悪い声が聞こえる。それでも、なんだか、つい拒絶する意欲に欠けてしまう。

「うるせえ!!」

と怒鳴ったまま、ソードはなんとなく下半身を預けてしまった。その間も、丁寧に舐め上げら

れたソードのものは、すでにはちきれんばかりになっている。流れた液が、彼自身を伝い、双

丘の谷間に流れ込んだ。

「んッ……あ……ア……?」

クチュ…。と響いた淫らな音が、ソードの腰を震わせる。シバの、綺麗な長い指先が、丘の間

をなぞり、秘所の入口を軽く円を描くように撫で、そして中に浅く入り込むと、軽く曲げた指

先が、粘液を纏ったまま前後に動いて刺激した。

「ア…ア……ア…?!」

自身の体液で濡れたそこを、シバの指が擦るたび、ソードのものが余計にヒクついて勃ち上が

る。唇も、艶を帯びた吐息を漏らしている。

「あ…あぁ……ヒッ……?!」

不意に指が引き抜かれ、駈け上り、太腿をとらえて大きく広げたかと思うと、代わりに舌先が

ソードのものから降りてきて、それまで指でいじっていた部分を、唇が吸った。

「ア…はぁ……はぁ……あ……」

相変わらず、ソードのものは、シバの片手で扱かれている。同時に、その唇が谷間を行き来し

て、強く吸われたかと思うと、舌先が中へと押し入ってくる。肉を押し開き、広げるようにし

て、弾力に富んだ生暖かい舌がソードの体内へ入れられた。

「や……あ……ぁ……」

未知の何かに引きずり回され、ソードは、ただただ翻弄されている。荒くなった呼吸にまぎれ

て、あらぬ嬌声が響く。潤んだ瞳で髪を振り乱すソードに、シバの声が囁いた。

「こうされると……イイだろ?」

「あ……うぁ……」

「このまま最後まで……してやろうか?」

「最後……まで……?……って何なんだよ……」

言われている意味が、わからない。

というより、なぜ、こんなことになっているのか、わからない。

ただ、シバの唇はとても熱くて、それが何だかひどく感じて……。

けれど、ふと、何か別のものが頭をよぎった気がした。その、わずかな変化に、シバは気付い

ている。不意に夕刻に見たブロンドが、まといつく影のようにシバの心をかすめた。

■to be continued■