DAKARA…

ショート・ショート
《シバ×ソード》



闇をかきわけ、進む船。

地中深く沈んだ反逆者たちの要塞が、魔界の暗闇の中を、目的に向かってすべるように動いて

ゆく。

船の中は、城というより、一つの城塞だ。街があり広場があり、宮殿があり、そして……少し

離れた所に森がある。

周囲の者たちが寝静まった頃、誰にも気付かれないように、ソードはコッソリ宮殿の一室を抜

け出した。

宮殿の後方へ石畳の道を抜けると、さほど深くもない森が見える。木々が立ちこめるその奥に

は、折り重なった枝葉に守られるように、石の塔が建っている。霧がかかったような大気は、

少し暖かい。どこからともなく響いてくる獣の低い息遣いは、この船の動力源、サンドドラゴ

ンの寝息なのだろう。

森の入口で立ち止まって深呼吸すると、ソードは高くそびえる石の塔を見つめた。扉に向か

い、サンドドラゴンが目覚めぬように、そっと、そっと、呼んでみる。

「おい…来たぜ!オレだ」

その声に反応して、森に張られた完璧な結界が、ほんの一瞬だけ緩んだ。






主に導かれるように石の扉をくぐると、深い闇が広がっている。船の最深部は、魔界の木の根

がはりめぐらされて、迷路のようだ。けれど、迷わず、ソードは降りてゆく。まもなく奥に、

ぼんやり光が見えだした。

「ヘヘッ」

そこへ着くと、彼は、イタズラの成功した悪ガキの顔で笑ってみせた。

「ソード…、また、こんな所へ来て…」

穏やかな声が、聞こえる。淡い光の中で、切れ長の瞳が微笑んでいる。目を細めたその相手

は、なんだか以前よりも、信じられないほど痛々しくて、思わずソードは目を背けそうにな

る。だから精一杯の明るさで、ソードはふくれて見せた。

「あんだよ?てめ〜せっかく来てやったのに、オレに会いたくねえってのか?」

「そんなことはない。ないが…」

唇に微笑を浮かべたまま、相手はわずかに眉を寄せた。一番太い根の奥に、まるで捕われたよ

うなシバ・ガーランドは、それでも私情をはさまぬ落ち着いた声で諌めている。

「船の皆が動揺する」

「関係ねえよ」

「そうもいくまい」

「バレなきゃいーんだろ?大丈夫だぜ、ちょっとくれー」

そう言って、ソードは毎晩ここへやってくるのだ。ドラゴンを起こさぬように、静かに。ケガ

人を疲れさせぬように、ほんのわずかの間だけ。

少し思案していたシバは、わざとソードの感情を窺いながら、

「天使イオスも…心配している」

と言ってみた。

「フン。いーんだよ」

案外に、ソードは平気な顔をしている。横暴かつ傲慢な態度で、彼は堂々とそっぽを向いた。

「アイツは…いつだって隣に居て…いつだってオレのところに戻ってくるんだ」

「たいした自信だな」

「いーんだよ。アイツのことは…わかってるから…」

思わず苦笑したシバに、ソードは逆に意図を探るようにフテくされて見せた。

「てめー〜少しはヤキモチくれーやかねーのかよ?!」

「妬いてるさ。だが…残念ながら、私はここから出られないからな」

すべての運命を受け入れた穏やかな微笑に、翳りはない。それが、哀しいほど美しく見える。

見つめる大きな瞳が、取りかえしのつかない色で歪んだ。

「………オレのせいで……」

ソードの、握った手が震えていた。

ずっと…強いシバ・ガーランドが、好きだった。彼の魔力は強大で膨大で、どんな敵もその気

配だけで怯え竦んだ。

なのに…。

この弱々しい魔力はいったい、どうしたことだろう。しなやかな鋼のように強靱だった身体

は、今にもこの場から消えてしまいそうで、病弱で繊細な姿にすら見えてしまう。

にもかかわらず。シバ・ガーランドは、やっぱり深くて広大で、そして内側から滲み出る輝き

のような、誰よりも強い何かを秘めている。それがソードには、当然のようで、それでも少し

だけ不思議な気がした。

「おまえが気に病むことじゃない」

魂の力でそう言うように、シバは強く笑った。その表情は、別れる以前と変わらない。なんと

なく安心したように、ソードは口をとがらせた。

「ヴィシュヌにも散々、罵倒されたぜ。オレのせいだってな」

「弟は少し子供なのだ。……悪く思わないで欲しい」

「おまえに、あんな弟がいたなんて…全然、知らなかったぜ」

「そういえば……話したことが、なかったな」

軽く笑ったシバの瞳に、ソードの重い光が重なった。

「そうだぜ…」

「?」

「おまえは結局……オレには、大切なことは何一つ教えてくれなかった」

「ソード…?」

まっすぐに見つめながら、ソードは、意外なほど真剣な声で言っていた。

「ずっと……わかってると思ってた。オレ達は、魔界でいつも一緒だったし…おまえがオレの

ことをわかってるように……おまえのことは、オレが一番よくわかってるんだと、思ってた

ぜ。でも……」

急に、声の調子をガラリと変えて、ソードはくだけた笑顔で胸を反らした。

「シバ、オレはなぁ…」

「うん?」

「そんなことは絶対ねえと思いながらも……もし、おまえが生きてたら、色々言ってやろうと

思ってた」

「何をだ……?」

「だってよぉ、アタマにくるじゃねえか」

そこで軽く飛び上がり、シバを取り込んでいる根のでっぱりに腰かけて、ソードは隣の顔をの

ぞきこんだ。

「おまえ、知ってんだろ?オレが借りつくるのキライだっての。なのに、おまえって野郎は…

返せねえほど、でっけえ貸しをオレにつくっといて、独りで勝ち逃げしやがった」

「勝ち逃げ?」

並んだソードにシバは怪訝な視線を流している。隣で足を組み腕を組んだソードが、正面に向

き直り、少しアゴを上向けて目を閉じたままガミガミ怒鳴った。

「そぉだろぉが!おまえはずっと……オレより強くて…いつもオレを守ってくれて…!だか

ら、おまえはオレの憧れで目標で、だから、時々無性にムカついて………だからなぁっ、いつ

か絶対越えてやろーと思ってたんだ!!なのに…やっとおまえを越えられるかもしんねーって

思ったとたん、オレを守って、オレの為に死にやがった!!」

「ソード…」

「シバ……おまえは……」

勢い良く煌めいていた短い牙に、ふと影がさした。

「いつもオレの先を歩いていて…オレには眩しい背中しか見えなくて……。そんで…まるで虹

の端みてーに、追っかけても追っかけても……遠くに行っちまう…」

いつの間にか閉じていた瞳が開いて、暗い空間を睨んでいた。

「だから、もし、てめえが生きてたら、襟首とっつかまえて髪引きずり回して2、3発ブン

殴って……そんで……山ほど文句を言ってやろーと思ってたぜ!!」

「文句?」

「ああ!!……サタンのこともガーベラのことも、なんで、最初っからオレに何も教えてくれ

なかったんだよ?!とか。いつもいつもオレ様をガキ扱いしやがって、結局、最後までそれか

よバカヤロー!とか。挙げ句、勝手に先に死にやがって冗談じゃねえぞコノヤロー!!とか…

……それから……」

「それから?」

「それから………もっと、もっと……もし会えたら…てめえなんか反論できねーほど、いっぱ

い言ってやろーと思ってたのに……」

睨んでいた瞳が、うつむいた。

「畜生。……あとは……忘れちまった…」

闇が、二人を静かに包んでいる。小さな声で、ソードは詫びた。

「シバ…オレ、おまえの遺志を継ぐって約束したのに…」

「魂のかけらを…サタンに奪われたことか?」

「………」

「まだ機会はある。気にすることはない」

「でも…何の力もなくなっちまった…。今のオレは…他の連中が言うように、なんの役にも立

ちゃしねえ」

「自分が…悔しいか?」

「ああ。何より、おまえに顔向けできねえよ」

思わず素直にそう言ってから、ソードは肩をすくめた。

「なんでかな…。昔からそうだった。おまえには、意地を張る気がしねーんだ。てめーのツラ

見てると…カッコつけたり強がったり…そんなことは、どうでもよくなっちまう」

「フフ…甘えてるんだろ?」

「かもしんねー」

悪びれない顔でニッと笑って、ソードは再び、シバの瞳を見つめた。

「いつもおまえはオレを、思う存分、甘やかしやがって…。でも……」

座っていた根から立ち上がると、彼はフワリとシバの前に浮かんだ。

シバ・ガーランドの身体は、魔界の生き物で出来たカベに、半分以上も埋まっている。

ソードは両手を、シバの頭をはさむようにカベについた。金の混じった茶色の髪が手の甲に触

れ、とがった耳が腕をかすめる。まっすぐに瞳の奥を睨みながら、ソードは目の前の男に、

はっきり言った。

「今度は、オレが守ってやるよ」

「魔力も使えぬのに?」

「それでも……オレが守ってやるよ…」

「ソード…わかってるはずだ。おまえの右手に私の魂を封じれば、サタンと戦える…」

「シバァ!!」

叫びが、遮った。カベについた腕が折れ、漆黒の髪が崩れるように、すがりついた。

「オレが…守る!!今度は、きっと、オレがおまえの命を守るから……だから……」

すがりついた腕を、頬を、抱きとめるように、シバはそっと微笑んだ。

「大きくなったのだな…ソード…」

柔らかい微笑を浮かべた口許には、数え切れないほどの、多くの憶いが込められている。その

優しい気配に包まれると、ソードは何かに胸を突き上げられる気がして、大声でわめいた。シ

バの肩に頬を埋めながら、大声で、カベを殴っていた。

「バカヤロウ!!そーやってまた、オレをガキ扱いしやがって!!そーやって、また……勝ち

逃げする気かよ?!てめーは…いつも!!いつも……」

どうして、いつも…こんなに悔しいのだろう?

どうして、いつもオレはコイツに何もしてやれないのだろう?

どうして……いつも……。

「何も迷うな」

頭の上で、声がした。

「迷っているから…毎晩ここへ来るのだろう?」

「……ねえよっ」

歯噛みしながら、ソードが叫んだ。

「迷ってなんか、ねえよッ!!オレはおまえの魂なんか、いらねえッオレは、一緒に生きたい

だけなんだ!!オレは……」

声が、かすれた。

こんなに望んでいるのに、どうしてそうは、ならないのだろう?

せっかく、また会えたのに、どうして別れなければならないのだろう?

どうして……?

「生きて…いるではないか」

耳のそばで、声がした。優しい、吐息のような声だった。

「おまえはこの船で、私を救ってくれただろ?」

「…………」

「魂の入れ物が変わっても、私が消えるわけじゃない。おまえだって、今は借り物の肉体だろ

うに?」

「けど……!!」

「私は一度、死んだのだ。もう一度、おまえの中で生きて、一緒に戦えるなら……本望だよ」

「オレはナットクしてねえからなッ!!オレは……」

フフ…とシバが笑った。魔界で聞いていた、いつものシバの、かすかな笑い声。魔界の悪魔た

ちを怯えさせた彼の、ソードにだけ聞かせる優しい響きが、すぅっと辺りの闇をおしのけた。

「ずっとここで…おまえが来るのを待っていた」

「オレを……?」

「ああ。船の中に取り込まれ身動き出来ないのは、私だって辛いんだ。そろそろ解放してほし

いな」

「だからって何でオレが……オレが!!」

叫んで、ソードは乱暴に、シバの頬を両手で掴んだ。どうにもならない想いをぶつけるよう

に、くちづける。噛みつくような、その口唇を、シバは軽くいなして巧みに舌をからめとる。

それからそっと、深い瞳で囁いた。

「私も追っているんだ。初めて会った時から…ずっと…おまえだけを……。だから……そろそ

ろ連れていってくれないか?おまえと一緒に……おまえの求めるその先へ……」

■End■