黄金と水の国の急使が来てから、しばらくして…正使がやってきた……。
それはいいが…
おい…使者って王サマのことを言うのか…!?
正使は、呆れたことに、本人たちだった…
…まったく…なんて連中だ。気軽にノコノコと…
謁見の間、というよりは、ただの応接室で、タカオが、二人の賓客を相手にしてる。オレは、隣の部屋で横になったまま話だけ聞いている。
…やはり隣国の王たちとは…
「んも〜卑怯で姑息だったらないヨ!塩を売る隊商にバケて城砦に入り込んだネ!!」
……マックスだった。
「さいわい発見が早かったんで…なんとか撃退できたが…」
もう一人は、やはり、レイだ…。
二人とも、レイは白、マックスは黒…色違いでおそろいの、アオザイみたいな…金糸の入った衣装に、…マックスだけは、透ける薄い銀糸のヴェールをかぶっている。やはりオレたちと同じ年齢で、…髪には、美しいティアラの宝冠をつけていた。
「でも、その後、また…今度は、宣戦布告してきたネ。もうすぐ全部、滅ぼしてやるとか何とか…」
「ったく〜…またかよ〜。いい加減にしろっちゅーの」
ナツメヤシを編んだイスの上で腕組みして、軽く足を組んだ、タカオがボヤいた。
「あいつら、なんかオカシくねえ?…なんかさぁ、…てめえんとこの神こそが唯一神で絶対だとか、…オレたちが聖獣を信じるのは、野蛮で違法な行為だとか、……
…男同士でケッコンして子供つくるなんて人間じゃねえとか、そんなの神が許さねえクズだとか、神を冒涜する悪魔だとか…ぐだぐだグダグダ細っけぇことばっか抜かしやがって。ったぁく〜、何が悪魔だよ、よけーなお世話だっつーの。あいつら、オレの青龍だって、魔物の皿だか何だか勝手な名前つけやがって…」
「毒蛇サーラーフ。蛇を崇める邪教って言ってるネ」
「なんで青龍が邪教のヘビなんだよ。あいつらが、ありえねーよ」
「ま、カイの朱雀だって、怪鳥アンズーとか言われてるしな。オレの白虎も、マックスの玄武も、世界の秩序と平和を乱す…魔獣だそうだ」
「だから正義の力で、世界と平和のために、ボクたちを成敗するって言ってるネ」
は〜。とタカオがタメ息をついた。
「めんどくせーことになっちまったよなァ…マジで…」
「だが…ヤツらの本当の狙いは、ジッグラト。それに、オレたち聖獣使い、それから、この…肥沃で水が豊富な、生産性の高い土地だ…」
「彼らにはボクたちのジッグラトが、ただの貴金属のカタマリ…財宝に見えるネ」
「で?オレらは便利な奴隷ってか?」
「…奴隷とお金と土地が欲しいから、襲いにくるヨ」
「まったく…そこまでして、なんで自分たちだけ大金持ちになりたいかねぇ…」
「土地分けるから一緒に住もうって、何度も言ってみたけどダメだったヨ。オマエらは悪魔だ、だから滅びろの一点張りで」
「ちっくしょ〜許せねえよ!!てめえらばっか都合のいい勝手な理屈ホザきやがって!叩きのめしてやるぜ!!…て言いてえとこだけどなぁ…」
そこで、全員が、黙った。
タカオが、ポツンと言った。
「オレ…殺し合いは嫌だよ」
「だが…戦わなければ、やられる」
「ボクたち聖獣国家どうしは、戦争はご法度。モメたら、国家聖獣どうしの一騎打ちで勝負して…負けたら退くっていう…ゲームみたいなルールだったのにネ」
「やつら…ほんとに戦車だの武器だの持って襲ってくるからなァ…」
はぁ〜。とタカオが、二度目のタメ息をついた。
「ま、イザとなったらやるっきゃねえけど。オレは…いつも通り、なるべくアイツらを無傷で吹っ飛ばす方法にするよ。青龍のチカラで、連中をそのまま国に送り返すっつーか飛ばし戻すっつーか…」
「だが、それじゃキリがない」
「…だよなァ。やっぱここ出るしかねえかなァ…すごく良いトコなんだけど」
「ま、イイトコ、ってのは、誰でも欲しい場所ってことネ」
「うん…。まあでも、やっぱ、みんなの命が第一だぜ。多少、水と食料不足になっても、仕方ねえと思う。あいつらは、オレらを悪魔とか罵って、平等に住む気ねえんだし…。けど、引越しつってもさぁ…すぐには…」
そこでタカオが、三度目のタメ息をついた。
「せめて次の新月まで待たねえと…。それでもムリかなぁ…なんせカイが…」
「そういえばカイは?どうしたネ?」
……なんだ?急にオレの話か?…というか、何でオレが…
「そんなに…悪いのか?とても難産だったって聞いたが…」
「うーん…。ちょっと…」
……まるで…これじゃ…足手まといじゃないか?…
「いや…うん、大丈夫だけど。……オレたち、ブレード抜くときパンパねえチカラかかるだろ?……いちおハラ切ったからさ」
「ほんとー?!ボクなんか、すっごいラクだったヨ。おなか痛くなってから、どっちも1時間以内で生まれたネ」
「うっそ〜マジで?!おまえんとこ、小さかったからじゃねえの?それにウチ、二人いっぺんに生まれたんだぜ?」
「失礼ネ!一人ずつだけど、どっちも立派な子だヨ!」
「なんだよおまえー!、ウチのだって二人とも、すっげー立派だよ!!」
「おいおい二人とも…今は親バカ競り合ってる場合じゃないだろう」
本当だぞ…
なんだか…ややこしそうな話だ…。
この…いたって呑気で、ときどきタカオが、ハラのでかいオレに、他人の家の売買契約書類(粘土板だが)の甲と乙の話が理解できないと、相談しに持ってくるような、この国で…そんな面倒なことが起こっていたとは…
タカオは…臨月だから…オレに言わなかったんだな…
しばらく対策を話しあってから、二人は、空飛ぶ生きた船に乗って帰っていった…
……生きてたぞ…アレは?…顔と手足ついてたし…船のくせに自分で漕いでいたし…何かうなってたし……あれも聖獣の一種なのか?…
それから少しの間は、ウソみたいに、平和だった。
……と思う。
どうも時間の感覚が、あいまいだが。
「カイー!!すげー!!つぼみ!!ついに、スイレンに、つぼみついたぜ!!」
ある夜、
こっちの中2の木ノ宮が、オレの枕元に、教えにきた。
「もうすぐ、コレ、花、咲くよ!!なんか、色、すげーし!!」
そうか…
もうすぐ…ニンゲンみたいに……起きては…眠るハス………睡蓮の花が咲く…
聖誕祭は、七日間のはずが、一日で切り上げた。
それでもタカオは充分、楽しそうだった。毎日が、嬉しくて仕方ない…てカンジだ。
ガキどもは、日々、……うるさい…
「しっ、静かにしろ」
と言ってみたが、べつに聞くわけじゃない。
なにがモンダイなのか、タカオそっくりの赤ん坊がオレのヒザでバタバタしてる。やかましい。いつも、わんわん一人で騒いでるが何を主張したいのかサッパリわからん。
オレそっくりのは静かに寝てる。
こっちは…いっそ不気味なほど手がかからない…。授乳のとき以外はほとんど寝てるし…動かない。それも何だか不安だが…。かえって後ですごいことになったりしないか?
「いいの、いいの。それぞれだから!」
まったくタカオはメロメロだ。
オレのほうが冷めている…てのはフツーは逆なのかもしれないが。オレの胸は真っ平らで乳も出ないし…もっぱら授乳も乳母まかせだ。
もっとも一度、係のヤツが浴槽に誤って落としてから怖がって辞退するので、いつもタカオが2匹とも風呂に入れている。
今夜もホカホカしたのを両腕に抱いて、オレの寝てる部屋に、やってきた。オレのベッドにマコトを上げて、ゴウを自分で抱いたまま、枕元に座りこんでる。
「なぁ〜?おまえら、もうスイスイだもんなー。100メートルは泳げるよ」
おい…何の話だ…
聖獣像二体が湯を吐く浴場は…確かにプール並みの広さだが…
「ゴウがおまえ似で、マコトはオレ似だからさ。ゴウはすっげー美人!マコトはカッコイイ男になるぞー」
…きさま…毎日毎日、そんな妄想みたいな夢ばかり語ってて…よく飽きないな…
はっきりいって最初はどっちもサルにしか見えなかった。せめてもう少し経たないとニンゲンの顔にすらならん。
と…思っていたが、この国の住民は、どういうわけか、かなり短期間に成人するらしい。そりゃ多分、すぐに外敵に対応できるようにだろ?、とタカオは言っていたが…まるで野生動物のノリだ。
まぁしかし、いずれにしろまだ乳幼児だ。ヒト以前のイキモノだ…。将来なんぞわかるものか。
「んなことねえよー」
「それはきさまの欲目だ」
「たーく。おまえは……あ〜?、もしかして、おまえに、あんまり懐かねえと思ってスネてんだろー?」
「フン。何をバカな…」
……どうせオレはヤツらにエサも与えてないし。具合が悪いから…抱っこもあんまりできないし…。全然うまくあやせないし…。その他の世話もできないし…。いつまでも終わらない泣き声聞くと、どうすればいいのかわからないから動揺のあまりイライラしてしまったり…顔見るとつい睨んだりしてしまって…だから………連中の信頼を得られなくとも、そんなの…べつに……当たり前だし……べつに……そんなの………
「ヤダな〜。二人とも、おまえのことダイスキだぜ?なーマコト?おまえ、カイのことスキだもんなー。でも将来お嫁さんにしたいー!とか思っちゃダメだぞー。カイはオレのお嫁さんだからな〜」
バカめ…どうせ聞いてない。
タカオ似のマコトは、しきりにオレのヒザに頭突きをしたり、オレを山に見立てて、せっせと登山ゴッコみたいのをやっている。
……ちょっと…可愛いかもしれない……と…思った……
でも、とっさに恥ずかしくなって、否定した。
「ふん。どうせ己のDNAの複製品だ。だからカワイイと思う。そんなのニンゲンのエゴにきまってる」
「おいおい〜。すげーこと言ってんじゃねえよカイ〜」
オレ似のもう1匹を左手に抱いたまま、タカオがオレを右手で引き寄せて、頬に軽くキスをした。
「じゃあコレは?どう説明すんだよ?…べつにおまえは、オレの複製じゃねえぜ?」
「それは、ただの欲望だ」
「ん〜。欲かぁ…まったくねえっつーとウソになっちまうな」
ニヤニヤ笑って、もっと強く抱いてくる。
ゴウが、間にはさまって…柔らかくて乳臭い匂いがした…
「じゃあおまえは何でオレがいいんだ」
「ん〜こういうのって理屈ねえからなァ。わかんねえかも」
そう言うと、オレのピアスの耳たぶを、ピアスごと軽く噛んで引っ張った。
「……おい」
耳の中に、熱い息が入り込む。思わず…ずきり、とする。まずい、と感じる。…主に下半身の…あたり…が…。このままでは…
「よせ、…子供の前だぞ」
「ん〜…もふひょっと…」
「人の耳を口に入れたまましゃべるな!」
オレの語気に…ゴウとマコトが、…きょとんとこっちを見た。
「だってよぉ…キっツイぜ毎日ガマンすんの〜…妊娠以来ずっとシてねえんだぜ?オレたち〜」
だから何なんだ。下世話な奴だ。そんなことでいちいち泣きそうな顔をするな。見ろ、オレたちのミニチュア版まで一緒になってうるうるしてる。というか何だ…キサマら、そのムダなシンクロ率の高さは…
…え?…泣く?…また…ぎゃんぎゃん泣くぞ?…どうする気だ!?…せっかく機嫌よく遊ん…
「はぁ…でも仕方ねえよなぁ…けどおまえが完全復活して…そんでもって平和んなったら…」
ヤッてヤッてヤりまくろー!
お〜。とタカオが軽く握った拳を上げると、ミニ版どもが、一転…きゃっきゃと笑った。……。
てバカか……くだらん熱意を大マジメに宣言するな。…なんて恥ずかしい。
なんでこうバカだらけなんだ…
なんでこんなバカみたいなことで…オレは……柄にもなく…ドキドキしたり…
…ぽわんと胸のあたりが…熱く…なったり…して…
……本当にバカだ…
まったく…どいつもこいつも。どうかしてる。
…どこのどいつが…こんな無害で、溶けかかった砂糖みたいな甘い国を…
…奪い取って、奴隷にしようなどと…
悪趣味なブラックジョークとしか…思えない…
翌朝、タカオは一人で、剣の稽古をしていた。
体の線に合った薄蒼い金属製の甲冑に、真っ青なマントを羽織ってる…
「うりゃあっ」
掛け声は立派だが…威力はもっと凄まじい…。
まっすぐな、青く輝く両刃の一振りで、巨岩を粉砕する。
なるほど…コレが…ブレードか…。たしかに、腹にきそうだ…。
青レンガと大理石をきっちり積んだ緩やかなアーチに、金銀のコーンモザイクで飾る高い柱…鈍く光るそれらを背景に、何度も目標めがけ、一心に、蒼い長剣を振り下ろす。
列柱の陰からこっそり見ていたオレは、そのままタカオに見つからないよう、奴のいる中庭を避け、誰にも見られないスキに、宮殿の裏へと廻った。
…なんでオレがこんな…コソコソしなくちゃならないんだ、とは思うが。こっちのタカオの心配性はときどき理不尽なうえ面倒だ。
朝からギラつく青空の下、飛び飛びに続く、赤レンガの敷石。真夏の青い草いきれ。小さな薄紫や白、ピンクの雑草花が、あちこちに群生して、乾いた土と柔らかい葉や茎の間から顔を覗かせる。
やはり、ココだ…
宮殿の裏庭に広がる…白い大理石に囲まれた…睡蓮の池…いや小さな湖か…
水面を彩る…花嫁たち…
ナイルの花嫁とは…ココに浮かぶ睡蓮のことだった。
色んな大きさの緑の丸葉が、一面に浮かぶ…ところどころ、つぼみが、ふわりと立っている…細く覗く花弁が…うっすら…青い…いや…赤い…?
エジプトから贈られたとき、純白だったこの花が…ココに来たらそうなったんだと…あるとき王様タカオが言っていた。
白いはずの睡蓮が…オレ達の聖獣都市国家では…
…月が欠けると、青くなる…
…月が満ちると、赤くなる…
なぜだ?と聞いたら、タカオは、そりゃそういうもんじゃねえの?と自然摂理みたいに言っていたが。
どう見たって聖獣の…不可思議なエネルギー…
やはりアレは……朱雀と…青龍で…
するとオレには…理由が、あるはずだ…?
こんなモノが見えるのは…
ナゼだ?
これは…いったい…何だろう。
まさか…5千年もの間、誰にも言えず、じっと抱いて花弁の奥に包んでいた…
睡蓮たちの…
怨念みたいに忘れられない…記憶の痛み……
彼らの…深い眠りの底で見る…
オレたちの…刻まれた夢…?
そうして、それは…
酷い頭痛のような勢いで、ガンガンと、まったく突然、やってきた。
◇to be continued◇
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