「すっげーよ、カイ!!ついに葉っぱの子供が生まれたぜーっ!!」
タカオが自分の家の庭から叫んでる。
「こんなにちっちゃいのに…ちゃんとスイレンの葉っぱのカタチしてるんだもんな〜。なんかフシギだよなぁ〜」
池から勝手に、大声で話しかけてくる。あれから毎日、毎時間、ココと庭を往復して、いちいち報告してくれる。…理科の観察日記とか、ぜったいサボりそうなのに……熱心だな、おまえ。
だが、オレは…目下、そんなことは、どうでもいい…
それよりも…
フトンの中で…
ハラが痛い…苦しい…痛い…腰が折れそうだ…何とかしてくれ…
過激バトルと体力には自信あったのに…もう限界だ…
せっかくユメから覚めて、ハラが元に戻っても、
ぐったり疲れたままだし…
変な余韻が残ってて…それに…
ナゼかこっちの世界では、あれ以来、ずっとアタマがボンヤリしていて幽体離脱か浮遊状態だ。
そりゃ熱があるからじゃねえの?…って木ノ宮は言ったが。
……度を越してる。
いや、熱とかそういうんじゃない。なにか違うんだ…
向こうに行けば、意識はスッキリ元に戻るし、ふつうにリアルな生活が待っている。ただし…オレもタカオも19だが…
妙な格好で…石の宮殿に住んでいて…タカオはすごく優しいが…
…オレのハラが…大変なことに…
最初からおもいっきり張ってたのに…前々回あたりから…猛烈に痛い…苦しい…腸捻転か何かみたいだ…
なんでだ…なんでオレだけこんな…
どっちの木ノ宮も、憎たらしいことに、あれから、ますます元気一杯だ。オレをフトンに埋め込んで、頭の上に陣取って、ぎゅうっと両手をつないだまま「なーっオレがバッチリ看護してやっから!」……ほとんどはしゃいで喜んでた。
「いっやぁ〜っ…これって実はすっげーかも〜…な、カイ!」
ああ〜…こっちの木ノ宮が…また池から戻ってきやがった…
「だってさ、期間限定だけど、おまえをオレが完全独占できるわけじゃんか〜?」
バカだ…おまえが病気だ…とっとと医者へ行ってアタマの中味を診てもらえ。
「うん。…ゴメンな」
なに……謝った?…珍しいぞ…殊勝だ…ホントにすまなそうな声だ。
「でも、病気じゃねえから。な、だからさ、スイレン咲くまで、ココに居ろよ」
………
そうか…あのスイレンが、咲くまでか…
なにか…ふと、予感した…
「ようやく葉っぱ、生まれたから。まだ、ちっちゃいけど。あれ、どんどんでっかくなるよ。そのうち、つぼみがつくよ。すっげえキレーな花が咲くよ。そしたら、みんな…」
わかるから。
と、言った気がした。
…そうなのか……
なんにせよ、
葉っぱが生えたのは良いことだ。あんな化石化したタネから、まさか本当に発芽するとは思わなかったし…
……生まれることは…良いことだ…
ぎゃあっぎゃあっ、と遠くで、ネコのケンカみたいな二重唱が聞こえる…気がする…
ん?
…出たな、キノミヤ…また、きさまか…
「きっ…気がついたか!?よかったぁ……やったな!カイ!!」
19歳のタカオが、オレの手を両手で握って感激してる。
「も、すっげーおっきくて元気な双子だから!やっぱ男だったし!どこも何も悪ィとこねえから!!安心しろよ!」
そうか…やっと生まれたか…。助かった…オレのほうがもうダメかと思った…
助産婦みたいな婆さんに、ココは人生最大の力を出すべきところですのじゃ!とか励まされたが、ほとんど聞いていなかった…
「おまえ、途中から、来た〜…来た〜っ、つって遠い目してたし……めちゃめちゃ血まみれだったから…ものすげー心配しちまったぜ」
ああ…タカオが大粒の涙なんか浮かべてる…
なんだか、妙に満足だ…大事業を終えた気分だ…世界大会で優勝したときの100倍くらいはタカオが喜んでる…
毎日あっちとこっちを往復してたから、よくわからんが…合計30時間はのたうってたはずだ…
どう考えても入ってたものがデカすぎた…
最後の最後になってから、やっぱり帝王切開しかないとか何とか大騒ぎになって、口に高濃度アルコールをブチ込まれたあげく意識不明に陥って……結局いつ出したのか、わからずじまいだったのが……少し…残念だったが…
気がつくと、あっけなくて寂しくなるほど、サッパリ全部、片付いていて、…タカオと二人きりで、質素で小さな部屋にいた。
羊毛を入れた錦を重ねた石のベッドに寝てるオレの枕元に…タカオが座ってる。…オレたちの横には、石壁の三分の一はある、大きな窓が開いていた。
窓の外を軽く覗いて、タカオが笑った。
「さぁて!国のみんなにも教えてきたから!今夜から一週間はお祭りだぜ?」
「国の…みんな…?何だ?それは…」
「おいおい…。おまえ、出産キツくてボケた?しっかりしてくれよ〜いちおオレら王サマなんだからさ〜」
「王だと!?おまえがか??」
タカオが…王様!?……これは…新発見だ…
「そうだけど…どうしたんだよ、おまえ〜やっぱおかしいぜ?」
…いやオカシイのはおまえだろ…。…いや…オレか?……。……………。
そういえば…ここは宮殿だし…王がいてもおかしくはないが…
よく見ると、タカオの姿は…今日は、正装なんだろうか……腰に、大きなサファイアの入った玉帯を垂らしてる…目の醒めるような青い錦のロングスカート?というかむしろワキの切れたチャイナドレス?
というか…ああ、そうだ。レイのいつもの服を、うんと豪華に仕立てなおした感じだ。その下に、下半身の生地のダブつきをもっと肌ぴったりにした…白い細身のパンツをはいている。…足にはヒザ下まであるロングブーツの革サンダル…。
どこもかしこも、半ソデから見える…手首や腕や、耳や首にも…細工された細いプラチナに、水晶と青い宝石をつけていて。頭にはティアラのカタチをした宝冠。すべてフクザツな透かし彫りで…王冠もプレスレットも指輪も…宝飾には、龍のデザインがついていた…。
「なに?どしたの?おまえも、コレ、着てえとか?」
まじまじ見てたら、またタカオが笑った。
「あのバッサバッサする夜着みてえの飽きちまった?それとも、おまえも聖誕祭、出たかった?…それとも…もう正装して働きてえ?……けど、まだな。起きられるようになったらな」
タカオのちょっと上げた視線の先には………思った通り……まったく同じ形の、黄金と真紅に統一された衣装セットが置いてある。……デザインは、鳳凰?…だった…
…しかし、待てよ…とすると…前々から気になっていたが、……やはりオレはおまえの…
「え?いやぁ?違う違う、おまえオレの王妃とかじゃねえから」
タカオが怪訝な顔をした。
「隣の国もそうだけど…王サマが二人で統治すんだよ。だから、おまえも、王サマな!」
そうか…ちょっと安心し……って?……どんな国だ!??
そもそもオレは…どういう生命体だ…
男か?女か?
そう聞いたら、タカオが、「え?」という顔をした…。
「カイ〜。葉っぱ、さっきより、おっきくなってるぜー!なんかすげーよこの睡蓮。ものすげースピードででかくなる!!」
あぁ…こっちの木ノ宮が…また庭から叫んでる。
タネから芽が出て…それがまっすぐ水面上に伸びてきて…浮葉がついて…?…まるい小さな睡蓮の葉が…だんだん大きく広がって…池を緑で埋めていく…。水に浮かんだ小皿の群れが、ゆらゆら揺れる…
「うん、おっそろしーほど順調〜順調〜!」
中学生のタカオが、オレの枕元に戻ってきて、…オレの額に手をのせた。
そうか…順調か…
「うん。だから、心配すんなよ。大丈夫だから」
髪を、撫でてる…。
「おまえ、病気とかじゃねえからさ」
「ああ」
「けど、つぼみ、いつ、つくかなぁ…。まだまだかな…」
タカオが、オレの顔を覗き込む。手を握って頬を寄せる。…こっちのオレは、ぼうっとしていて、おまえの顔が、もう…よく見えない。
でも…笑うと同じ匂いがする…
……真夏の熱い陽射し…陽光に反射した…木の葉の光…
風で、眩しく…揺れる…
…空が、青い。
ん?…………待て……おい、「え?」…と言いたいのは、オレのほうだ。
タカオが静かに抱き起こしてくれたから、一緒に大きな石の窓の下を眺めてる。
地平線は、延々続く…赤茶けた砂漠…。前に夜、空に浮いてると思ったのは何だったんだ。ココが高台の上だったからか?
…フツーに地上にある国だった。海だと思ったのは海みたいな河だ…
二つの大河が交わる場所…。
その周辺に、黄色い小さな花をすずなりにつけたナツメヤシの葉が、陽を照り返して輝いてる…。
整然としたナツメヤシの果樹園…小麦と大麦の畑…顔だけ黒い白羊と、黒ヤギの放牧地…その内側にある城壁と町…ところどころに密集した平らな屋根の白い四角い家々…
長大なレンガの砦に四方を囲まれた……城砦都市国家…
…荷ロバがいる…隊商ラクダがいる…往来する人々で…ごったがえしてる。住民も商人も神官も兵士も旅人も…ごちゃまぜだ…
「大丈夫か?おまえ…ホントは、まだ寝てなきゃダメなんだからな…」
「いいんだ。ほっといてくれ」
「った〜く〜…ホントもう何がそんなに珍しいんだよ。こんなのアタリマエじゃねえか〜」
いや、当たり前じゃないぞ、きさまの話は…
…自分でアタリをつけてみた。
あれは…子供だが男だ…隣のはあきらかに成人男子…向こうのは…男?…女?…男…女…あれは…どっちだ?…わからんな。…外見は女だが中は違うのかもしれん…
タカオの話によれば、このへんの連中は、男でも女でも妊娠できる可能性があるらしい…
というか、そういう性別があるというより…タカオに言わせれば妊娠デキる才能のあるヤツとないヤツがいるんだそうだ…
この国の男子の大半は、外見上は雄なのに…体内に、聖胎、と呼ばれる子宮がついている…
その子宮は、卵巣等まで具えた完全体から、その一部、ただの名残、もしくはまったく無い者まで幅広く…たまたま運のいいヤツが孕める力を持つ…
タカオいわく、そりゃ天才だぜ!、なんだそうだ…
おい…どんな世界だ…
「いや、そうじゃねえって。おまえ、昔はみんな産みてえヤツが産めたんだよ。だから神話の世界じゃ、よく男だって妊娠するじゃねえか。だからさぁ、退化しちまったんじゃねえの?今の人類は。役割分担されちまってさ。けどオレらは、その数少ない生き残りなんだよ。おまえなんかは、その、さらに少ない生き残りで…」
……それは…ただ…進化に取り残されたマイナーってことじゃないのか?………。
おかしな国だ。職業が違うのに、みんな立場は平等らしいし…じゃあ王サマって何なんだ?と思うが…。この近所の国々はみんなこんなもんらしい。
みんな、似たつくりの……聖獣都市国家。
そして、ここは、その最大の国。どこも砂漠の中の小さなオアシス国家だが、ここは、最大の大河が交わる場所…すべての者の憧れの地……黄金の滴る…夢の国…
「今から、オレは出かける…」
「はぁ〜っ?!何言ってんの?ぜんぜんダメだって、おまえ、わかってる?…すげー貧血だし…じっちゃんは切腹と一緒だからたいしたことねえとか変なこと言うけど…ハラ切ったんだぜ?だいたい痛くて自分でベッドの上に起き上がることもできねえくせに。これ以上、動くなんて無茶なこと言うなよ〜」
「きさまのハラじゃないだろう」
「そうだけどぉヤダよオレ。つうか、ぜってーダメ。つーかムリ」
でも、押し切ったら、景色のいい広いテラスにベッドごと運んでくれた。
熱風が吹きつける。
やっぱり見える。窓の向こうにあった、妙なやつ…。
7段になった、この最上段のテラスから、遠くに見えるのは…100メートルずつの四角い基壇が3段に重なり…その上にフクザツなカタチでそびえる、モニュメントみたいな巨大な塔。
2基、並んでいる。
オレの隣にひざをついて、視線の高さを同じにしながら、タカオが言った。
「ありゃおまえ、聖塔だよ、ジッグラト。一番上に聖獣の降りる神殿があって…そこでケッコン式も挙げたじゃねえか」
…………そうなのか…。
「あそこに来るのは、この国を守る国家聖獣さ。それが使えるから、オレとおまえは、この国の最高神官であり王サマなんだぜ?」
国家最高神官で…王……オレとおまえが…
左にあるのが、東に向いた、ラピスラズリとプラチナ製の…煌めく青のジッグラト。
右は、南面した、紅玉髄と黄金の…美しい赤のジッグラト。
そして各塔の頂上には、猛々しい聖獣の彫像が、一体ずつ乗っかってる。
青のジッグラトには、ラピスラズリと水晶で造られた…瞳に大きなサファイアをはめこんだ龍。
赤のジッグラトには、紅玉髄と黄金で造られた…瞳に大きなルビーをはめこんだフェニックス…?…
「ちなみに隣国は、白い虎と黒いカメだから。黄金と水の都って言われてるんだぜ?」
…なんか…豪華そうだな。
「あそこも一昨年、聖婚したばっかでさ…。たしか去年できた上の子が黒髪で…この間生まれた下の子が金髪だった」
…ものすごく…よく知った顔が…浮かぶんだが…。……まさかな………。
「つうか、おまえ、ほんと、大丈夫か?…なんかアレ、ものすげえ大変だったから…記憶ふっ飛んじまったのかなァ…」
タカオは、かなり不安な顔をしている。
「アレ?」
「いや子供つくんの、すげえ大変だったからさ。いつものは全然イイんだけど…なんか、そっちは痛いばっかで全然カンジねえって、おまえが言うから…も何?すんげえ試行錯誤と努力の結果、最後は、聖花の湖でやったんだよ。そしたらやっとうまくいったんだけど…」
なんか…有能か無能かよくわからんハナシだな。オレの聖胎とやらはどの程度、機能してるのか知らんが…
「え?いや〜おまえのは外から見た感じ、入口なんかどこにあるのか全然わかんねえよ。女の子みてえの何もねえし。も、マジ、男にしか見えねえんだけど…あることはあんだよ…つうか、そっちでヤるの…かなりコツ要るんだけど…てぇかオレがキビシイよ〜」
…て…おい…猛烈に恥ずかしいんだが…聞いてるオレが…っていうかキサマなんで女と違うとか…何か妙に引っかかるな。…だが、とりあえず不問にしてやる…
「聖花って何だ?湖だと?」
「エジプトの王サマが、ずっと前に、お祝いに送ってきたナイルの花嫁だよ。縁起ものだからってさ。でもホント効くんだコレが」
「なに?ナイルの花嫁?」
「宮殿の裏庭にあるじゃねえか。今度、つれてってやるよ。つーか、おまえ、いいから今日はもう寝ろよ。こんな暑い日に外にいるの、よくねえよ。だから記憶が混乱すんじゃねえのか?」
…よくわからんが……つまり、この国はエジプトとも国交があって……で……結局、やはり、最初のアレが…コイツの仕業だったってことなのか…?…
湖で、だと?
…そんなところで、神官王が、二人そろって青姦とは…
よほど平和で、寝ぼけた国に違いない…
「え?…いや、そうでもねえんだ、これが…」
タカオが、急に難しい顔をした。
キィーン…
と、そのとき、遠くから、耳障りな音が鳴った。
宮殿の入口からここまで点々とついてる、10個の青銅鈴が、順番に鳴る。
だんだん音が大きくなり、
最後に、人が駆け込んでくる。
「え?」
とタカオが立ち上がって振り向いた。
隣の黄金と水の国から、急使が来たらしい。
タカオが、押印のついた、薄い粘土板の手紙に、目を通す。
読み終わって、パリン、と片手で砕いた。
粉々になった粘土が…握った手からパラパラ落ちる…。玉帯と同じ青い瞳が、揺れていた。
「また…戦いかよ…こんなときに…、なんで…」
戦争?
まさか…この呑気なバカっぽい国で……戦争……?
◇to be continued◇
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