「ところ…てん…?」

なんだ、それは?

と聞いたら、
「え〜〜!??」

そこに居た木ノ宮に、すごい勢いで驚愕された。
「カイ、おまえ、知らねえの〜?!!トコロテン〜!??」

失礼な奴だな。なにも…
…知らないとまでは、言ってない。
おそらく…あの…透明なウドンみたいな食物のことだろう?…いかにもツルツルとつかみにくそうな…

「っつか、食ったことねえの!??おまえ、マジで?生まれてから、いっぺんも??」

なんで…そんなに…ただでさえ、でっかい目が…土間に落ちそうなほど驚くんだ…。

縁側に並んで腰掛けてたタカオが…オレの肩を正面から、がしっと両手で掴んで、まじまじ覗き込んでくる。
「おまえさ〜いっつも、ブ厚いステーキとかばっか食ってんじゃねえのかよ〜…」
「………」
「じゃあさ、カイ、おまえ、トーフ知ってるか?納豆は?おでん知ってる?メザシは?アジの開きとか…え〜と…」

……さっきから失礼な奴だな。オレだって名称ぐらいは知っている。…そういえば、そのうちのいくつかは、
去年、おまえの家の朝食に出てなかったか?
「…ん〜……でもなんか、そっちのが羨ましいかも〜オレ…」
ひとしきり並べてから。コイツは、勝手に疲れて「は〜っ」と下を向いた。

「いいから、木ノ宮」
「へ?」
「話を戻せ」
「……えっと…?何だっけ?」
おい。自分で言い出しといて、忘れるな。
「……だから、なんで、七夕にトコロテンが出てくるのかを、さっきから聞いてるんだ」
「ああ。それそれ!」
ようやく思い出したみたいに、コイツがポン、とオレのヒザを…叩いた。

…なんで……コイツ、自分のじゃなくて…オレのを叩くんだ…。

まぁ…いい…が…


さっき突然、木ノ宮が…
「あした七夕だから、ウチ、トコロテン作らねえといけねえんだよ」と言い出して、
「おまえも手伝ってくれるよなー?なーっ!!」と何か知らんが凄い勢いで迫られて…
その理由がよくわからん…と、思っていたところだった。

早く、先を話せ。

じゃないと…オレは…


まぁ…それも…いいんだが……。


「んじゃ教えるからさ!来いよ!!」

タカオが、他愛ない笑顔で、オレの…親指を握って…引っ張った。

……………。



ギシギシ鳴る長い板敷き廊下を二人並んで通っていくと…いつも思うんだが…
この古ぼけた床が、すべりそうなほど見事にツヤツヤ磨き込んであるのは…誰がやってるんだ?と気になったりする。木ノ宮…のハズは絶対ないから…多分コイツの祖父だろうが。この面積では、毎日、掃除するのも大変だろうに…ハウスキーパーでも雇えばよさそうなものを…
…と、これもカナリ余計なコトを考えたりする。

いや、そんなこと、オレには何の関係もないんだが。
今もオレの親指を引っ張り続けてる…木ノ宮の足音を聞くたびに、
ココは…

……凡庸な和やかさと由緒はあるが、金は無さそうな家だ……
と、そんなことも必ず思っている。

木ノ宮は、まだ、オレの指を離さない。

………………。

「おい、どこまで行くんだ」
「え?台所だけど。その前に道場」
なぜ道場だ?
「じっちゃん待ってるから」
……?
よくわからんまま、木ノ宮に引っ張られて道場に到着したら、そこに例の祖父が胴着姿で正座していた。






「麦縄?」

三人で顔突き合わせて、広い道場のスミっこに円座になってるのは…なんだかマヌケな図じゃないかと思いながら…オレは、とりあえず、またわからないので聞いている。なんだか今日は…謎が謎を呼ぶ日だ。もっとも…最大のナゾは、もっと別のトコロにあるんだがな…

「で…なんだ、それは…」
「麦粉で作る、昔のウドンみてぇなやつだよ?なぁ、じっちゃん」
「さよう。七夕には、星神に無病息災を感謝して麦縄をお供えする。この地方に千年以上も前から伝わる伝統行事じゃ」

いや、オレが聞きたいのは……さっきのトコロテンとの関係だが…

「ほう…さすがはカイ君。よいところに目をつけおる」
…とも思えんが…まぁそれは
、いいだろう。
「よくぞ聞いた!それは、じゃな…」
むずかしい顔をした木ノ宮の祖父が、目を閉じ、一息うなってから、大仰に語りはじめる。

やっと本題が出てきたか?

「…………」

つまり…眠くなるほど長い、木ノ宮の祖父のハナシを要約すると。

昔、麦縄も供えられないほど大凶作の年があって…その時、
この地方藩の剣術師範代を勤めていた、木ノ宮の先祖が、
村人を引き連れて、自ら海に潜り、海藻からトコロテンを作って、その代用にした。また、
それを皆に広めて食うことで、飢饉の死者も減らせた。

……という大昔のトコロテン事件にちなんで、毎年、この近所では、七夕になると
ウドンもどきの麦縄とトコロテンを作って神棚に供え、往時の不幸と幸福を、教訓として…思い出すんだそうだ。

「……なるほどな」
「よし!これで、イミわかったろ?カイ?だから一緒に作ろーぜ!!」
「わかったが、……くだらん」
「いや、カイ君。そう結論を急ぐでない」
「オレは地方昔話になど、興味はない」

すると、
タカオの祖父は、存外ゆったり構えたまま、

「いやいや…数百年前の話が今に伝わっとるのは、たんなる昔話だからではないぞ?これすなわち、精神が同じだからじゃ」

精神…だ?

「ものが無ければ、皆で考え作ればよい。また、いかなる時でも決して生きのびることを諦めてはならん。これらは、ほれ、おぬしらのコマ魂とやらにも、通じるのではないかのう?」
「いや、じっちゃん。コマ魂じゃなくて、ベイ魂…」
「タカオは黙っとれ。どんなに追い詰められても耐え忍び、逆転のチャンスを狙う…生死を賭けた大一番。それ、すなわち逞しくも激しい、それぞれの生きざまということじゃ」

………一部、わかった気もするが。

やはり全部は、よくわからんな。

「とか何とか言って、カイ〜やっぱ、おまえトコロテン知らねえから、恥ずかしーだけだろ!?なー!!それとも怖ぇのかよ〜トコロテン〜!!」

………なにバカなことホザいてんだ…コイツは。いや、
コイツらか…?

なんでオレが、海藻ウドン作りに巻き込まれなきゃならないんだ?

とは…
…思ったが。

……さっきから…二人が、そっくり似た系の、わくわく視線でオレを…見ているし……
とくにタカオの奴が…オレを……期待いっぱいのドンブリみたいな、でっかい目で、ずうっと見ているし……。

……まぁ……オレは…
…………昔話はキライだが…

しかし………今は…ちょうどヒマだ。
公園でベイを回してたら、またコイツに会ってしまって、またいつもみたいに、ずるずる引っ張り込まれても全然、断れないほどは…ヒマだったんだ。
…そんな調子の日常だから。どうせ今日もまた、その…
ムカシの同じタマシイとやらに…

つき合ってやっても悪くはないかと…思った。……。







「うわ〜!…カイ…似合ってるぜ!?」
………オレに…死んだ母親のエプロンなんかつけさせて…タカオの奴が、なにやら舞い上がっている…
「なぁなぁ、そのまま台所に立ってくれよ〜!でさでさ〜おたま持ってさ〜タカオ、ゴハン出来たぞ!今日はおまえの好きなワカメとジャガイモの味噌汁だ!とか言ってみてくれよ〜!!なぁカイ〜!!」
「…………」

…なにか……また勘違いしてるようだな、きさま…

…………オレの気も…知らないで…


海中からむしってきた赤いテングサを天日で干して、ちょうどアメ色にひからびたところを、ごっそり木ノ宮の祖父が庭まで運んできた。
フロ桶みたいな、でっかい木枠に水を張って、洗ったら、トリの巣みたいな黄色い海藻が、濡れたカツオブシみたいに、まとまってる。町内会のイベントにも使ってるんだろう巨大ナベをキッチンから持ち出して、石を並べて作った即席カマドでマキを燃やす。
ごうごう鳴りだした炎の上で、ぐつぐつ湯が煮立ったら、大量の酢と一緒に、そいつをブチ込んだ。

「これで、かきまぜてさ、ドロドロんなったら、フキンにあけて、そこの平べったいほうの木枠ん中に、絞るんだよ。で、冷えて固まったら出来上がり!」

ふーん?…なるほど。
初めて見たが………なんだ、思ったより簡単じゃないか。

しかし…

「絞るのは…素手でやるのか?」
「え?手だろ、やっぱ」

手か…。

……かなり…熱そうだな。
……沸騰して上げたばかりだと…ノリ状だから、軽く100度は超えてるだろう。

「そうゆうさ、耐え忍ぶ精神が、大事なんだってよ!」

フン?きさまの口から、耐えるだの、忍ぶだの聞くと、尊すぎて笑えるが。
まあ、昔魂とやらの考えることだ。
マキで煮炊きなあたりも、すでに時代錯誤を超えている。

「よっしゃ。もういいぜ。カイ、絞ってくれよ」

煮えたドロドロを、タカオが、オレの用意してやったフキンの上に、ざあっと、あけた。
真っ白く吹き上げる熱い湯気が、もうもうと渦巻いてる。
フキンは、巨大ボールの中に広げて入れてあるから、
つまり…
布の端を全部つまんで集め、逆さまに吊るした、てるてるぼうずみたいな形態で、
ノシ餅を作るような箱の上に、絞ればいいわけだ。

しかし…

これを……素手で…絞り漉すのか…?
まだ触ってもないのに、顔や手にも、鋭い熱が突き刺さってくる。ノリ状の物質が、劇薬みたいに、グツグツ泡をたてて煮立ってる。

……それも、どうなんだ。
とは思ったが。

ここまでつき合ってしまったことだ。まぁ……

一気に両手を、突っ込んでみた。


「っぎゃ―――――っっ!!!」


と叫んだのは、

木ノ宮だ。

「わぁあああーっ!!何やってんだよッ!?おまえッ!?手えっ!!手えーッ!!ヤケドするーっ!!」

ものすごい力で、オレを、ひっつかんで。
キッチンまで一直線にひっさらい
シンクに、両腕を突っ込ませ
超スピードで蛇口をひねって冷水をザーッとオレに浴びせかけている。

「い…痛くねェのかよ!?痛ぇだろ!??」
「………」

そうだな。たしかに、ひどく痛いが。
しかし…

「そういうモンなんじゃないのか?」
その、さっきから聞いてる“魂”だの“精神”だのの話によれば…

「え〜っ!??信じらんねえよっも〜っなんって恐ろしーコト考えつくんだよ〜おまえはーっ!!そりゃたしかに、そう言ったけどさ〜あくまで精神の話だって。カラダじゃなくてココロのハナシ!!!つか、こんな痛ェコト、いくら昔のヒトだって嫌に決まってんだろ〜!?イヤなコトは、誰もやりたくねえから、フツーは、やらねえよ!!手で…ってのはァ器械とか使わねぇで、手で、そこの長箸持って絞るんだよー!!!」

………なんだ。そうか。

………。では、全然たいしたこと、なかったな。その昔魂の真剣勝負とかいう精神も。
オレが、わざわざ手伝ってやるほどのことではなかった。


「うっわ〜だいじょうぶかなァ。水膨れになんねェといいよなァ。カイの手…皮とかむけちまったら、どうしよう…」

木ノ宮が大慌てで、オレの手を、氷詰めの袋で巻いてみたり、
そんなの意味ないと思うが…ふーふー口で吹いたりしてみてる。

……どうせコレが、魂を賭けるとかいう木ノ宮の家の、重大行事ならば、
コイツの手が、こうなるよりも。オレのほうが、むしろ向きかと思っただけだが。

タカオの奴は…
「あ〜も〜っ嫌だぜ〜てめえの手より痛ェよ!!おまえ、ほんっと時々、見てるオレのほうが痛ぇコトするからヤダよ〜!!そういうの、やめてくれよ〜っ怖ェよ、も〜っ!!」
しきりに、わめいて怒ってる…。

…………。
……まぁ、いいか。

なんか知らんが、追いかけてきた木ノ宮の祖父は「あっぱれ火渡カイ!!」などと、やたら感動しているし…


その後。
救急箱を抱えて、すっ飛んできた木ノ宮が、そうっと手当てしてくれた。

「アト、残んなきゃいいけどなー」
「ふん。このていど残るものか。2日もすれば消える」
「なら、いいけどよ。大事な手なんだから…気をつけろよ、おまえ…」

赤くなった手のひらに、クスリを塗る前に…
タカオが…

「痛そーだなァ」

そんなことを呟いて、


そっと…
オレの手に…キスをした…


「ん、これでよし!痛くなくなる、おまじないな!」

「………」

それから、もう一度…オレの手を、そうっと持ったまま、
引き寄せて

今度は
オレの頬に…キスをした。

「ヘヘッ!これは、早く治る、おまじないだぜ?それから…えっと…」

照れたように笑って、
「やっぱ、いいや。それは明日、見せるから!」

そっと…耳に囁いて、片目をつぶった。

「なっ!だから明日も必ず、オレん家、来いよ?」

………………。







翌日。
またコイツの家にやって来たオレは…

昨日作ったトコロテンが、木枠の中で四角く固まってるのを、一緒に切り分けて。細長い筒状の、トコロテン突きとやらに入れ

上から棒で圧すと、下からウドン型の透明な物体がツルツル流れ落ちてくる。

冷たいそれを、いくつもの大正ガラスの器に盛りつけて。
醤油とカラシ。
醤油と七味トウガラシ。
黒蜜。
いろんな味付を作りだした。

この家にはお似合いの、…たぶんホントに大正時代から戸棚に突っ込んであるんだろう……鈍い色したレトロな厚手ガラスに、半透明なウドンもどきが、この家の磨き込まれた床みたいにツヤツヤ光ってる。
思ったとおり、つかみにくい。しかし意外に弾力があって、あっさり噛み切れ…

「どおだよ?ウマイだろ?」

木ノ宮が、なにやら嬉しそうに、オレの顔を眺めて笑った。

何の味もしなさげなくせに、妙に清涼感いっぱいで、
……こんなシロモノ…初めて…食べたが…

まぁ…悪くない。
手作りのトコロテンとやらは…素朴なまるみが、爽やかで人懐っこくて、
…この家と、この家の住人たちに…どこか似ている…


縁側に並んで、木ノ宮と一緒に食べながら…

なぜか、それも一緒に

庭のあちこちに、さわさわ生えてるササたちを、金や銀の折り紙で綺麗に飾ったり。
そこにぶら下げる短冊まで書いてたり…………だから、その…こういうトコロが、オレの最大のナゾなんだが。

今夜は星空も…やけに鮮やかに見えている。

いつも梅雨時なのに。今年は、珍しく、よく晴れた。
お伽話が本当ならば、天上のカミサマ…離ればなれの恋人とやらも、再会を喜んでる…ってコトになるんだろうが。
……………。
トコロテンをくわえながら、隣で一生懸命、短冊を作成している木ノ宮に、
いちおう聞いてみてやった。

「おまえも、カミサマだの、あの昔魂だのを、崇拝してるのか?」
「え?」
と顔を上げた木ノ宮が、あんまりよくわかってないようだったので、言い直した。
「おまえは、自分の家や先祖が好きだから…こんなものを毎年、作って…それに、わざわざオレを手伝わせたのか?」

ヤツはトコロテンを一気に呑み込んで、アッサリ答えてる。

「じっちゃんは、そうみてぇだけどな〜。オレは違うけど」
「………違う?……では、きさま、なんのために…」

「えー!?やだなぁ。オレはさ、ただ、おまえと一緒に七夕祭りがしたかっただけだぜ?」
「…………」
「あとまァ作るのはともかく食うのは好きだし!…あ〜でも、カイが作ってんのは見たかったかなァ…エッヘへ!それにさ、おまえ食ったことねえっていうから。一緒に食いてえな〜って」
「………」

「あー嬉しーなァ。サイコーだぜ!今年は、おまえと二人っきりで七夕祭りが出来るなんてさ、なー?カイぃ〜」

と、いきなり抱きついてきた奴を、どうしようかと思ったが。
珍しいほど綺麗な星空だし…それ以上に珍しく…オレも短冊なんか書いてしまってるし…

…そのままにしておいた。

「なんだよ。じゃあ、カイはさ、ムカシ魂が気に入ったから、そんで手伝ってくれただけなのかよ〜?」
ちょっと不満気なタカオの声が、からんでくる。

「……さぁな」
「も〜カイー」

それで
ふくれっツラをしていたくせに。

「なぁなぁ。おまえの短冊、できたか?」

すぐまた、ワクワクと、こっちの手元を、覗いてくる。

「何てお願い書いたんだよ?」
「見たいのか?」
「うん!見てぇ見てぇー……って、あーっ!?なんじゃこりゃ!??」
「………」
「短冊の上に、もう一枚、短冊、貼ってノリ付けしてある〜!!つか下も!?厚紙でサンドイッチ状態じゃねえかよー!!なんだよ、おまえコレ〜!?」
「きさまに見えないようにするためだ」
「で〜っ!??こんなモンにまで二重封印かけんなよオマエ〜!!!これじゃカミサマだって、見えねえだろぉ!!」
「いいんだ。……そんなものに、見せなくたって」

オレは……昔話も、お伽話も…信じちゃいない。

ただ…

「おまえ、ずっりィ。オレ、ちゃんと見えるように書いたのに〜っ」
「うるさい奴だな。じゃあ、きさまのソレは、何なんだ」

隣では、やっぱりノリ付けで…昨日のナベくらいある画用紙を、せっせとタテにつないでるヤツがいる…

「え?オレ?オレのはさ、カミサマがよーく見えるように!カミサマってさ、なんか年寄り多いじゃん。だからフツー目ェ悪ィんじゃねえかと思って。だから、老眼でもよぉく見えるように!でーっかく書いてみましたーっ!!!」

まるで垂れ幕みたいな巨大短冊を、木ノ宮が上のほうに、くくりつける。

重みで、庭の竹が…しなってる…。

コイツの笑顔と同じくらいキラキラした、超特大マジック文字が、月明かりにも、よく読めた。


『カイが、オレのことを世界で一番、大大だぁい好きになってくれますように!!! 木ノ宮タカオ』

「………」



「これ、ぜってぇ叶うとイイなー!でもオレ、頑張って叶えるつもりだぜ?」
「……」
「なっカイ?わかっとけよー!オレ、めちゃめちゃ本気だからな!」

大きな瞳が、期待を込めてオレを…視ている…。


フン。バカな奴………と…

…思った…。
だから…そこらへんが、オレの…最大のナゾなんだが。

「なァなァ〜!!おまえのは〜?教えろよ〜!!」

タカオの後ろ…
オレの結んだ小さな短冊の隣で…

特大短冊の

タカオの…
想いの重みで…

竹が…深く頭を垂れている。

「………」

その想いが…


いつか…

変わってしまうといけないから。

「なぁ〜カイってば〜」
「さぁな」

だから、オレのは、見せてやらない。

なぜならオレのは…
……変わらないから。

たとえ、この星空がなくなる日が、きたとしても…


オレの想いは…絶対に…変わらないから。

「嫌だ」
「ちぇっ。ケチ〜」

つまらなそうにボヤいた木ノ宮が、


すぐに…

今度は…

オレの唇に、
そっと…キスをした。

タカオの食べていた…黒蜜の…味がしてる…。


「な!これがさ、今夜、おまえに見せたかったコト!」

タカオが、笑ってる。

「なぁ、返事は?!カイ?」

告白してきた瞬間に、返事をよこせとは…………あいかわらず、せっかちな男だ。

「それも教えてやらん」
「え〜っひっでェ〜!!」

しかもバカがつくほど、鈍感だ。
「やっぱ、おまえ〜オレのことキライなのかよ〜!?なあなあ〜」
バタバタと、ガキみたいに、タカオのやつがゴネている。


今夜は、ほんとうに…天の川が…よく見える。
南の空を流れる、星屑の大河。

両岸に、離ればなれの、二つの星が、瞬いてる。

「………」
そうなってしまったオレ自身が…だから最大のナゾなんだが。
コイツに会った最初は…そんなハズじゃ…全然なかったのに

…なのに今は…
……密かに、きっと思ってる。


オレも…いつか…

…あの光の河を、渡れるだろうか?


もしかして…

この鈍い男が、気がつけば…

「なぁなぁ教えろよ〜カイ〜」


オレにも…渡れるときが、来るだろうか……?


バカな木ノ宮が、まだ騒いでる。
ホントにバカだな、おまえは。

おまえの願いなんて…オレはもう知っている。
そして、とっくに…叶ってるんだ…

早く…気づけ…

そのことに

…たった一秒でも…はやく…

おまえが気付いて橋を渡せば…
オレは…もしかして…渡れないでも…ないかも…しれないんだ…。

だから早く、一秒でも、はやく…

それが…
コイツには…決して言えない…
オレの…星にも隠した…願いごと…





「あ〜っ!!」


突然、夜空を指さして大声だすから、

「なんだ?流れ星か?」

見上げたら、


「!?」

タカオが、いきなり覆いかぶさってきた。

「すっげ〜よ!オレ、今、わーかっちまった!!」
「なにがだ?」

「おまえ…実はOKだから、見せてくんねえんだろ!!」

「………なんで…そう…思う」
「オレが、で〜っかい短冊作ったから!カミサマが教えてくれたぜ?」

……!?

重みで大きく、たわんだ竹の先が、
オレの短冊に引っ掛かって、ちょうど…引っ張られ…表が…めくれかかって……

「……………」

「じゃあオレ、もっかい、おまえにキスするから!さっきのより、もっと、ずーっと長いの、いっぱい、いっぱいするから!!ダメなら、その間にヤダって言えよ?」

タカオが笑ってる。

近付いてきた瞳と唇に、星の橋が…架かってる…


オレは…
渡れるんだろうか…

この揺れて瞬く光の橋を…

ほんとに…向こう岸まで…行けるだろうか…


オレのネガイは…かなうだろうか…?

オレの…たった一つの、とても小さくて…大事な願い。


「ぁ…っ…」
「……んっ…」

背中に押しつけられた廊下の床が、体温みたいに温くて気持ちいい。
漂ってくる木の匂いが、甘くて穏やかだ。

ちょうど今オレに…のしかかってるヤツみたいに…


タカオの前髪の間から、

空よりも、もっと大きな星の光が…降ってくる…


「あ〜っ、そーだっ!!」

また、タカオが大声を上げた。
その声が、笹の葉みたいに弾んで鳴ってる。

「おまえが、ぜってーヤダって言えねえように!ずーっと唇ふさいどきゃいーんだぜ!!オレってばナイス〜!!」

「………」

星の橋の揺らめきが止まって。
長い長いキスは、ずっと続いて。
…いつまでも終らずに

それから…

星屑を撒いた河が…もっと強く…輝きだした。


◆END◆