まったく…

突拍子もない男だ。
こんな男は初めてだ。
だいたい言ってる意味がわからない。

やや戦意をそがれた顔で、カイは、神殿の真裏にあたるワディ・エル・ヘサーに突っ立ったまま、つい相手の口元に見入った。

あ、そうそう…、と、その唇が、丁寧に名乗りを上げた。
カイはまた、面食らう。

「タカオ?…なんだそれは…名か?」

「へ?珍しい?オレんとこじゃそうでもなかったんだけど。イケとかハルキとか…」

今度はすぐに思い当たった。
そんな妙な名が大勢いる場所は、この大陸にはひとつしかない。

「なんだ…エラムの人間か…。だが、あの国はたしか…バビロニアを巡ってアッシリア王アッシュール・バニパルと戦りあい…滅ぼされたはずだ」
「だから言ったじゃねえか。国がなくなっちまったって。あのバニパルっつのがすっげえ狂ゾウみてえな野郎でさ〜…凶暴だし〜…も何?負けると即、皆殺しみたいな?」

「あそこは…エラムのなかでも、…スサの王だけは、希代の神官王で、珍しい聖獣を使うらしいな。暴風と天候を操るエンリル神の龍……それをたった一人で使い…城が陥ちる直前に、民の大半を逃がしたと聞いたが」
「そうそう。おまえ、こんなとこに一人でいるわりに、よく知ってるじゃねえか」

「ふん。…で?…そのスサから逃げてきた民の一人…ってわけか」
「まぁね」
「廷臣か?」
「ん〜…まぁ」
ぽりぽりと、人差し指で頬を掻いている。
「階級は、戦士か?」
「んん〜ちょっと違うけど…んまぁ〜〜そんなもんかなァ…?」

「フン…まあいい。少しは、おもしろそうだ」
「なになに?そんじゃ、バトルOKてこと?」
「…ああ」
やっと正体が割れ、なぜか少し安堵した顔で、カイは軽く笑った。

そうだ。たいした男ではない。ただの、亡国の流浪の民だ。そんな者は、このあたりには、掃いて捨てるほどいる。
だが、多少は使えるらしい。
その程度の者だ。
だが、その程度もなくては、面白くない。

仕方ないから暇つぶしにつきあってやる。と、カイは言った。タカオは有頂天に近いノリで喜んだ。

「最初に条件を言っておく」
「おー。どーぞ」

「もし、オレに負けたら殺す」
「え、マジ?」
さすがに、ちょっとひるんだ顔をした。
「おまえ、それ、アッシュール・バニパルなみの横暴さだぜ」
「嫌ならやめろ。誰も強制はしていない」
「ん〜あとは?」
渋々、頷いた。

「次はオレに勝てたら、だ。必要ないと思うが…聞くか?」
「ハイいちお…よろしく」
「夜儀が下手でも殺す。オレへの奉納金が足りなくとも殺す」

紺碧の瞳が、今度は飛び上がるほど驚いた。

「ええ〜っ…カネっておまえが取るの!?カミサマへの奉納金じゃねえの!?いくら?!!」
「そのときの、オレの気分による」
「いやでもオレ、最初に金貨一枚しか持ってねえっつったじゃん」
「知るか」
「ひっでーよ何だよソレ。1はともかく、2と3が…ぜんぜん生き残れそうな気がしてこねえよ」
「1はいいのか?…きさま…本気で、このオレに勝つつもりか」
「そりゃまあ、やるからには。けどなぁ…」
「やめるか?オレはかまわん」
「やるやる、やります」
慌ててかしこまり、右手を挙げた。
規定通り、誓約する。

やっぱり何だかおかしな男だ。でも手加減などしてやらない。

それが、自分の礼儀だ。
この神殿に巣食う、神を使う者としての。

かぶったヴェールを、カイは、片手でふわりと脱ぎ捨てた。

ブレスレットの鈴が、キン、と激しく鳴った。




「うっひゃ〜…すっげええぇ〜っ…初めて見たぜ…ホンモノのフェニックス…」


カイの召還した聖獣を見上げ、タカオは、ただただ猛烈に感激している。

「500年に一度、エジプトのヘリオポリスに現れる伝説の神鳥…だぜ!…やっべえ…マジでナマ鳥…生フェニックスだ〜、どうしよオレ…仲間に自慢しちまお…て、あ?もういねえんだった、あいつら…」

一人で激しく感動したり落ち込んでいる。

やっぱり、どうも…おかしな男だ。
伝説の聖鳥を目の前に、まったく臆しもせずに。

妙だ……とカイはまた面食らう。どうもコイツといると調子が狂う。

そのタカオがアッサリ嫌なことを聞いてきた。
「バビロニアの鳥じゃねえのかコレ?…だったら、おまえも、実は河沿い出身…?」

ギクリとする。

でも、そんなそぶりはもちろん、見せない。
「バビロンはユーフラテス河だが…きさまのスサは、元来ティグリス河の支流だろう」
あいまいに返す。バビロンは昔からの都会でスサは田舎だったろうくらいで、ぜんぜん答えになってない。タカオはちょっと考え込んでいたが、
「なんだよ、それ…なんか格が違うとか…そぉゆうことかよ?」
はぐらかされたのに気付いて、むくれた顔をした。
が、
「…ま、いいや」
存外、簡単に引いた。

「じゃあ、行くぜ?」

澄んだ声が高く響いた。



「……な…」


信じられないほど楽し気に、複雑な召還文を一字一句間違えず、正確に唱える。大雑把そうなこの男とは思えない的確なタイミングと、天性のチカラ。




今度は、カイが絶句した。




白い歪みの中に召還された、蒼い龍。


タカオの瞳と同じ色の。



同時に辺りが、透き通った恐ろしい暴風に巻き込まれる。

この世でもっとも美しく凶暴なサイクロン。

それを苦もなく操る男。

突風に煽られながら、タカオが不敵に笑っている。

自信に満ちた美しい蒼い瞳で。

この殺傷能力を使えば、アッシュール・バニパルとその兵士たちを、すべて殺せたものを…
この男は、使わず、代わりに自分の民を逃がしたのだ。

「そうか…スサの王……エンリルの龍を使う…神官王…」

フェニックスと同じ高さに舞い上がる蒼い聖獣を見上げ、突然、カイは甲高い声で、笑いだした。

「…きさまが……あのスサの…神官王か」
「なに?少しは、惚れてくれた?」
「バカが。おもしろい獲物ってことだ」
「なんだよ〜期待させやがって」



高い高い中空で、蒼い龍と真紅の怪鳥、竜巻と炎が、激突した。






「すっげぇなァ…やっぱ、おまえ…今まで闘ったなかで、一番強ぇよ…間違いなくダントツ…だぜ」

赤いカクテルみたいな浅瀬に大の字になり、タカオはぜえぜえ息を切らしている。
ずぶ濡れた全身は、もはや血か水か汗か、わからない。
カイは黙ってそのそばに立っている。息も乱していない。なのに赤い瞳は、今も信じられない事実に揺れていた。

「……オレが…負けた…?」

そんなはず、あるわけない。

でも、炎が、風の力に滅した。
エンリルの龍がフェニックスより優れていた?

違う。
神の力は、互角だった。

ではやはり…オレが、負けた?


呆然とするカイの前で、タカオが、ざぶりと起き上がった。

「んじゃ、第2ラウンドはじめっか」
「なに?」
「いやでも…その前に…オレ、腹減ったなァ」

バカな…。

いや、バカだ…コイツは…。

正真正銘の。エンリルの起こす竜巻に乗り、自分も龍と一緒に突っ込んできた。
死ぬ気としか思えない無謀。

なのに、こんなバカに…負けた!?

ありえん。
とはしかし、今度はカイも思わなかった。
たしかに、自分は、この神を操る勝負に、僅差とはいえ、偶然かもしれないとはいえ、この異常なまでの執着根性のせいとはいえ、…負けたのだ。
神官王が神と一体化するとき、その力は無限に相乗する…。そんなことは誰でも知ってるが、誰もやらない。
やったら…十中八九、どころか…万に九千九百九十九は…ぶざまに負けて死ぬのだから。

「仕方ない」

認めた。
そのうえで多少、潔く、

「もし…2と3をクリアできたら割増料金分、面白いオマケを付けてやる」
「え、マジ!?」

つい言ってしまった後、
あんまり目の前の男が、無神経にはしゃぐので、思わず乗せられた自分に後悔した。






◇to3◇