「頼む、カイ、これ着てくれ」 「…嫌だ」
一瞬で却下されたにもかかわらず、タカオが、ねばっている。
「なんでンな嫌がんだよー!?ホラ、すっげぇあったけぇぜーこれー!!」
両手に持った白いものを広げ、カイの目の前で、力説している。
「フード付ジャケットってだけだろー!?ファーがついてて、ふわふわしてるし〜シースルー仕様もついてるし!!ぜんっぜんカッコイイだけのフツーの白いジャケットじゃねえかよ〜!!」
向かい側に座って目を閉じ、腕組みしていたカイの瞳が、ジロリとタカオを睨み上げた。
「………フードに、でっかいウサギの耳がついてる以外はな」
タカオが握りしめてるジャケットは、純白の、ふわふわ。白とピンクの、ぴょこんと長い耳がついている。フードをかぶって前をしめれば、可愛い白ウサギの出来上がり…
それを振り回し、泣きそうな眼で、タカオが、わめいた。
「だっておまえ、夏〜!!いくらオレが頼んでも、ゴスロリ浴衣は着てくんなかったじゃねえかよ〜!!」
「…バカか!あたりまえだ!!」
「だったら、いいだろ〜今、もう冬だし〜!!」
「どういう理屈だ。季節の問題ではない。なぜオレが、ウサギの着ぐるみなんぞ、装着せねばならん」
不機嫌に怒鳴り返したカイの前で、急に静かになったタカオが、ぼそりと下を向いた。
「だって…当たっちまったんだもん」
「……」
「雪見だいふく買ったら、雪うさぎジャケットが当たっちまったんだよ〜!!」
だから、着てくれ。
と騒ぐタカオの趣旨は、一貫している。
とくべつ冷えこんだ冬の夕刻。
自室のテーブルに片足のりかかり、猛烈な勢いで、さっきから、カイに喰いついてる。
しかし、カイの答えも、一貫していた…
「だから嫌だと言っている!!」
「だから、当たっちまったって、言ってるだろぉ〜!!」
これで…すでに32分が経過した…とカイは、横目に、タカオの目覚まし時計を睨んだ。
しかもタカオは、自分の返事を、聞いてるようで、まったく聞いてない。
とんでもない事だ。
眉間のシワは深まる一方だし、こめかみには、血管が怒りマークで浮かびかける…
「それは、きさまの問題だ。オレが知るか」
もはやガマンの臨界点…突破10秒前。このうえは…コイツを殴り倒して、今すぐココを出るしかない。
と、決意を固めたときだった。
「おまえ〜オレを愛してねえのかよ〜!!」
「なにっ!?」
ほんとに、タカオは、
いまにも号泣しそうな…のも通りこし、首も吊りかける決死の形相で、カイに迫っている。
カイは、ぎょっとした。
「オレを心の底から信頼してくれんなら、これだって、着てくれるはずだぜ!!」
「なにを言ってるんだ、きさま…」
「愛してるなら〜着てくれたっていいだろぉ〜〜!!」
「だから木ノ宮!!…きさま、なぜ、そっちへいくんだっ」
「オレが、こんなに楽しみにしてるのに〜〜!!夜も気になりすぎてオチオチ眠れねえほど、楽しみにしてるのにィ〜!!!なぁ〜カイぃぃ〜〜!!!オレがぁ!!このまま心身症の不眠症で、死んじまってもいいのかよ〜!??」
「……きっ…きさま…」
「……………なんで……カイが…ウサギに…なってんだ?」
月見だんごのように積み上げられた、ミニ雪見だいふくを前に、大地が、きょとんと聞いている。もう暗いはずの縁側が、部屋の明かりに照らされて、まるでオレンジ色の焚き火の前にいるようだ。
障子越しに、煌々と光る廊下の床に、
胡坐をかいて、黙然と腕組みしたカイがいる。
しかし、
雪みたいに、まるくて、真っ白。
つい撫でてみたいほど、ふわふわ…
アタマには、ぴょこんと長い耳が生えている。
それを後ろから抱きすくめ、至福に浸りきったタカオが、ちょっと危ないほど、ウットリしていた…
「大地〜イイだろ〜?すげえだろ〜?めちゃめちゃ、うらやましいだろ〜??でも、ぜってぇ貸してやんねえからな!!」
「なに、勝手なことホザいて遠くイッってんだよ、タカオ!!なんで、カイがウサギなんだ!?」
「これ、カイじゃねえんだよ」
「カイだろ?」
「カイだけど、カイじゃねえんだよ」
「でもカイだろ?!」
「今夜は、ウサギなんだよ」
「でもカイじゃねえか」
あくまで目の前の事実にこだわり続ける大地に、
「黙れ。ウサギといったら、ウサギだ」
突如。
ギラリ、と真紅に光った瞳が、
フードの下から、どう喝した。
「う…うさ…うさ…?」
「ウサギだ」
タカオに、さんざん、せがまれ暴れられ、仕方なく着てみたものの、この姿が火渡カイである、という事実だけは、ぜったいに認めたくない。というか、完璧に無視したい。
という究極の、切ない事情だったが、
即刻、他人を殺傷しそうなカイの視線に、 一瞬、固まった大地は、
「そっか…。なんかよくわかんねぇけど…今夜はウサギがいるんだな」
とりあえず、
なにもわからないまま、納得した。
タカオは、ぎゅうっと抱いたり、べったり巻きついてスリスリしたり、
白とピンクの長い耳を撫でまわしながら、すっかり有頂天になっている。
「なっ!おまえ、今、火渡カイじゃねえから!いいだろー?ウサギだから。ウサギ!!」
「………」
「かぁわいいな〜!!オレの雪ウサギ〜!!」
「…木ノ宮……あちこち、無断で、撫でまわすな!!」
「でもホラ、これ、ウサギだから」
「………」
ふわふわの白い毛にドップリ埋まり、ながい耳と耳の間に、顔ごと突っ込んだタカオは、もう恍惚。ばかりか、しきりに……ワキの下をくすぐり、腹と胸を撫でまわし、後ろについてる、まるくてモコモコのシッポをひっぱって、そのうえ…
「や…やめろ!!バカ!!」
「いーじゃねえか〜おまえ今、ウサギなんだから〜」
「………きさまは!!ウサギに対して、変態行為を行う男なのか!?」
「そりゃぁウサギによりけりだよなァ〜」
「なっ…!?…こらっ変なトコロを……!?…」
隣が取り込んできたので、大地は、そのスキに、アイスを、たらふく食うことにした。
モチの白と、苺ピンクに、卵の黄身色、よもぎ色…
「あ〜うめぇ〜!こういうの、オイラの山じゃなかったもんなー!」
と、はしゃぐ後ろで、
タカオと白い生き物も、ますます盛り上がっている。
「やっ…やめっ…!!木ノ宮ーッ!!」
「カイ〜!おまえ、今、ウサギだろ〜!?ウサギは、そういう時、黙って、じーっとしてるんだよ!!」
「ウソをつくな!ウソを!!……ひっ…」
月が、ぼんやり蒼い。
今日も昨日と同じ、ノンキでヘイワな彼らを、傘のかかった淡い月が、見下ろしている。
その月を見上げながら、
いつだったか、
「おまえ…やっぱり、ウサギと似てる…」
タカオがそんなことを、言ったことがあった。
タチの悪い冗談だと、その瞬間、やはりカイは、怒っていたが…
「おまえは…あの…月に住んでる、ウサギと似てるよ…」
そう言ったタカオの瞳は、意外に、真剣だった。
「オレさぁ、あれって、すっげえマジメなウサギだと思うんだよな〜」
夜、公園のベンチにバタンと寝転び、タカオは、
隣でしきりにグリップを握りなおす、カイに向かって話しかけている。
カイは、タカオを見ていない。
それでも、ドランザーを持つ手が、ふと、止まった。
「だってよー会ったばっかの知らねえオッサンなんて…見捨てて逃げても、よかったじゃねえか。じゃなきゃ、大ウソぶっこいて、誰かを利用しちまうとか…。テキトーにごまかすとか…。いろんなヒキョーなマネしたって、楽して善い奴に見せる方法なんて、いくらもあったのに…。てめえを守るために、誰かに頼ったり、いっそ逃げちまうなんて…そんなの、みんな、やってることだぜ…」
「………」
「けどよ、あのウサギは……とってもマジメで一生懸命で、巧い嘘もつけなくて。…ぜってぇ誰かに頼ることも出来なくて…。なのに、うんと優しいヤツだから…。飢え死にしそうな奴を見捨てて逃げちまうことすら出来なくて……だから…切羽詰ると、てめえでてめえを、他人の食料にしちまったり、したんじゃねえのか……って…」
「………」
「…そう思ったら…なんとなく…そのウサギは…おまえに…似てる気がした……」
月よりもうんと小さな街灯の下で、
タカオは、とても切ない顔をした。
「オレがいれば、オレの食料、分けてやれるけど…」
オレの見てねえところで何かあったら、ウサギがどうなっちまうか、心配だ。
すごく、心配だ。
と、タカオは、何度も、繰り返した。
と、
それまで黙っていたカイが、
「だが、そいつは…おかげで…この地上よりずっと高いところへ…誰よりも高い場所へ…独りで…行けた」
怖いほど澄んだ声音で、ポツンと言った。
思わず、タカオは、叫び返した。
「そんな…そんなのダメだろ!!よくねえよ!!おまえ…あんな高ぇ所に、たった一人で住んだって、ぜってえ楽しくねえよ!!そんなの…もっと淋しくなっちまうよ!!」
「……」
「そんなの……オレが…オレが嫌だよ…」
「………」
また
しばらく黙っていたカイが、
不機嫌に、呟いた。
「フン…くだらん…」
巻き上がったシューターから、ドランザーが勢いよく飛び出している。
空を切り、さやさや揺れるススキの群れをなぎ倒し、
遠く離れた場所に、コトン…と着地した。
キュン、とキモチみたいに回ったビットから、
月よりも、淡い光が零れている。
「それは、ウサギの話だろ」
「…カイ?」
「オレは、そんなことしない」
あいかわらず、仏頂面の、カイが言った。
「…そんなことは…もう…しない」
「カイ?」
ふと、唇が、微笑った。
不意に…
月よりも、明るい光が零れている。
「だって、おまえが、分けてくれるんだろ?」
「え…」
カイの唇が、試すように笑ってる。
ビットの光が反射して、小さな陽射しみたいに輝いている。
「カイ…?」
…いつだって、おまえが、力を分けてくれるんだろ?
違うのか?
「カイっ!!」
「……」
「お…おう!もちろんだぜ!!オレに、任せてくれよ!!!」
とたんに元気になった、タカオが、がばっと撥ね起きた。
右手には、しっかり、白いドラグーンが握られている。
すると、
地面を回っていたドランザーが、
急に、
跳んで、
戻ってくる…
そうして、
月を照り返したドラグーンの上に、
青いウサギみたいに、ぴょん、と乗った。
「大地ー!返せコラ!!おまえばっか食いすぎだろ!!」
二重に輪のかかった淡い月が、今も木ノ宮家の縁側を、蒼く照らしてる。
おもいっきりカイに殴られ、蹴り倒されて、顔を腫らしたタカオが、今度は大地と、ピンクのミニだいふくを奪い合っている。
「タカオに言われたかねえ!!」
「うっせー!おめー、カイの分まで食うなよ!!」
「だってカイ、ぜんぜん食ってねえじゃんかよ〜。キライなんだろ?」
「そーゆーこっちゃねえの!!」
「んじゃ、何だよ!」
「おまえ、さっき、十何個いっぺんに食ったろ〜!?ンな奴は、もう食わなくたっていーんだよ!!」
「じゃあタカオもだろ!!」
「ばーか。オレだって、まだ8コしか食ってねえよ」
「似たようなモンじゃねえか!!」
取っ組み合ってる二人を、カイが、ちょっと驚いた表情で眺めている。
空が、蒼くて、白い…
「あ……雪だ…?」
大地をねじ伏せ、皿ごと取り返したタカオが、
それに気づいた。
珍しく、粉雪が、舞いだしている。
細かい結晶が、月明かりに反射して、きらきら、くるくる、光ってる。
蒼い光の霧が、風に揺れて、流れていく。
「お〜綺麗だな〜」
「ヘンなの〜。月があるのに、雪、降ってら〜」
「いんだよ、バーカ。これで、ホントの雪見だいふくだぜ!な〜カイ〜?」
大地のタックルをアッサリかわして、
タカオが、小さな苺アイスを、カイの唇に、くっつけた。
「む…」
「食えよ」
タカオが、優しい声で、笑った。
オレが必ず分けてやる、と宣言したときと、同じ顔で、笑っていた。
カイは、ほんの少しだけ、かじってみる。
「なー!うまいだろー!!」
「……ああ」
中のイチゴが、甘酸っぱい。
珍しく雪が降るほど寒いのに、
なぜか縁側までが、アイスが溶け出すほどに、 あったかい。
「へんっ、バカなの、おまえだろータカオー!!」
「えっへっへ〜。妬くなって」
「なんも焼いてねえよ!!」
「おまえも早く、カノジョつくれよー」
「タカオに言われたかねえってのー!!」
また少し、カイが驚いた顔をする…。
月が、蒼い。
雪も、蒼い。
今夜は、いっそう冷たくて、なのにとても、綺麗だ。
そうして、
縁側は、いつでも暖かなオレンジ色に染まっている…
それから一ヶ月ほどたった、ある日。
「なんで、タカオまでウサギになってんだよ?」
部屋の本棚をゴソゴソあさるタカオが、今度は自分も、雪うさぎジャケットを着込んでいた。
「なんだー大地かー」
「ンだよ、その脱力した声は!?じゃなくて……もーすぐ春なのに〜、なんで、わざわざ家ん中で着てんだよ!?」
「え?もう1コ当たっちまったんだよ〜。やーっぱ、オレのツキってすげえよな〜」
「だから、なんで、タカオもウサギになってんだって聞いてんだよ!!」
「バカだな〜大地〜。これでカイとおそろいじゃねえか。だから〜今夜は、これ着て遊ぶんだよー」
「ひとのこと、バカバカ言うな!!だから遊ぶって何だよ!?」
「え〜?…決まってんじゃねえか。もうすぐ春なんだから〜。春つったら、おまえ、野生動物は、アレな季節だろ?」
「アレ…???」
やっぱりよくわからない大地の前で、
タカオは、しきりに部屋の引き出しを、かきまわしている。
空き巣みたいに、あちこち、ひっくり返しながら、ぶつぶつ、独り言を呟いた。
「えっと……ウサギの交尾って…どんなんだ…??え〜と…事典、事典〜。いや、やっぱ、ここは一発、動物図鑑か…どこだっけ〜図鑑、図鑑〜」
「おい、何だよ〜タカオ〜!!教えろよ〜!!」
「うるせーなー。オレ、今、忙しいんだよ!向こう行ってろって」
「ちぇっ!なーに、さっきから、探してんだよ!マンガしか持ってねえくせに!!」
「あ……そっか。マンガって手もあるよな〜たしか動物マンガで…」
「そ…それで…どうなったネ?二人は…」
すっかり春めいてきたタカオの家の庭先で、マックスが、とっさに大地を、吊るし上げた。
「し…し…師匠?!」
意表を突いた白い両手で締め上げられ、思わず大地が脅えている。
あんまり身の危険を感じて怖いので、
急いで見たままを、話すことにした。
血相を変えたマックスの隣では、なぜか、にこやかなレイも一緒に聞いている。
「よ…夜中、たまたまオイラが、トイレに起きたら…」
「起きたら!?」
「月の明るい晩だったから、よく見えたんだ」
「だから、何をネ!?」
「だ…だから〜…タカオの部屋で、ウサギが二匹、重なってたんだって…」
「か…重な…Oh!my god!!」
「けど、師匠…そんな驚くことねえよ…!だって、オイラ、知ってるぜ?そういうの、山で、いっぱい見たことあるから…」
「大地ィ!!そういうことじゃないヨ!!」
「そう…いう…?」
「AAA〜!あのプライドの高いカイに、イメクラplay、強制するだなんて……タカオ、羨ま…ひどすぎるネ!!」
「い…いめく…ら…ぷれい??」
いよいよ、わからなくなった大地の前で、
マックスは、綺麗な涙まで浮かべている。
「あ〜もォ〜カイに、なんてマネさせてるネ!!毎晩、毎晩、あんなコトやこんなコトまで〜〜許せないよ、タカオ!!」
異様にダークなオーラを放出しながら、熱っぽくキレる美しい金髪の
その横で、
「ウサギか…。ウサギなら、オレも…食ってみたかったな」
白い牙をキラッと輝かせ、軽やかな春風よりも、もっと爽やかに、レイが笑った。
■END■
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