「なぁなぁ〜…オレにもチョコくれよ〜カイ〜」

…てさ…ズバリ、頼むのがいいかな?



「は?」



木ノ宮家の軒先で、パソコン抱えて突っ立ったキョウジュに向い、サカサマのタカオが、聞いてくる。

まったく…なんて格好でしょう…とはキョウジュは思っているが。気にはしてない。

タカオは…
自室前の板張り廊下に仰向けになり、アタマだけ庭の踏み石に落として、思いっきりのけぞった格好のまま、逆サマにキョウジュのほうを向いている。

長い前髪がめくれて石台に散らばり、珍しいまるだしの額が、さっきから、しきりに庭の中央をチラチラ窺っている…。

「ええと…それは…」

タカオの本命、
自分の背後を気にしながら、キョウジュは、一応、小声で言ってみた。

「2月14日…つまり本日、義理チョコではなく…本命が欲しいって…ことですよね?…それもカイから…」
「きーまってんじゃねえか。他のヤツからもらってどーすんだよ」

タカオも一応、ヒソヒソ声だ。

庭の奥では、話題の当人がドランザーを回しながら、並べた空き缶を、芸術的に積み上げている。
カン、コン、カン…
と、小気味よく音が響き、アタックリングが当たるたび、弾かれた缶たちが、ピラミッドになったり、塔になったり、城になったり…

「んん〜……すげえな〜…手品みてぇ…」

見とれながらも、バッチリ開いたタカオの視線は、変わらない。イタズラじみてるような…それでいて、やたらと真剣な…。
カナリ前に思いつき、彼なりに何度も考えては…ついに当日、一番身近な相手に相談してみた。そんな瞳だ。

「やっぱさ、さりげなーく言ってみるのが、イイのかな。なんつっても相手はカイだしな」
「まぁ…ええ…でも…さりげなくって、どんな?」
「おまえ今日、何の日か知ってるー?とか…オレ、今日おまえから欲しいもんがあるんだけどーとか」
「それ全然さりげなくないと思いますけど」
「そうかー?」

んじゃ、どーすんだよ?

と詰め寄るタカオに、キョウジュは、カイの手作りチョコだなんて…そんなの想像しただけで、わたしは怖いです、などと、ついつい本音を言ってみる。

「怖かねえだろぉ〜気絶するほど嬉し〜だけだぜ」
「バクダンでも入ってたら、どうするんですか」
「いやオレ、そこまで高望みしてねえし」
「いえ、なんか話…かみあってませんけど」
「だからさ〜何か良いアイディアねえ?」
「そう言われましても…」


「なにを二人でコソコソ話してる?」


「え…カイ?!」


いつのまにやら、両手を腰に手をあてた当人が、キョウジュの背後に立っている。まったくベイさばきなみの神業だ。どうも「カイ」だの「バクダン」だの…怪しい音が聞こえたらしい。二人は慌てて上ずった。


「いえっ…そのっ…たっ…タカオがですね…」


「えっ…きょ…キョウジュ、今ここで言うのかよ?!」


「タカオがっ……その……か…買い物につきあって欲しいと!!」
「買い物?…木ノ宮のか?…そんなもの一人で行けばいいだろう」

「そ…それがダメなんですよ〜、カイと一緒じゃないと」
「そっ…そうなんだよ〜………て、オイ…キョウジュ〜どうすんだよ」

「だから、一緒に商店街でも歩いて…スイートショップの前でもウロウロしてみてはどうかと。どうせ今日なら、何か記念イベントやってますよ!それ系の…そこで、それとなく…」
「お〜…いーじゃねえか、それ!さっすがキョウジュだぜ」


密談の続きを、耳元で素早く済ませると、


「て、ワケだからよ、つきあってくれよ、カイ」

トン、とタカオが跳ね起きた。タカオの視界でグルリと世界が回転して、グリップを握ったまま腰に手をあてたカイが、今度は上下、正しく立っている。

「なにがワケなんだ」
「ま、そこらへんは気にすんなって。だから、行こうぜ!な!」
「お…おい…」
「あ、そうそう…おまえ、金持ってる?んーと…千円…くらいで…いいんだけど……。いや…五百円でも…いいや…」
「つまり…きさまが買い物に行くのに…オレに、金を貸せということか?」
「いや…そうじゃなくて……う〜ん…」

つかまえて引っ張ったカイの手を、とりあえず握ったまま、タカオはさっそく穴にぶつかっている。キョウジュは後押ししてやった。

「いいから、はやく行ったほうがいいですよ。お店、閉まっちゃうといけませんから!」
「お…おう!…だよな!行こうぜカイ」
「だから木ノ宮!!…きさま…人を勝手に引きずるなっ」
「なに?おまえ、カバンとか要る?持ち物、そんだけでいいの?取りに戻る?」
「その前に、手をはなせ!!」
「それはダメ」
「木ノ宮ーッ!!」


バタバタと荷物を取りに部屋へ駆け込んだ二人が、一緒に並んで戻ってくる。カイはタカオに引きずり回され、さんざん文句を言ってるが、……どうも…拒みきれていない。


どうせ…

とキョウジュは、門を出ていく二人の背中を見送りながら、苦笑している。


「タカオなら、なんとかするでしょうけど。まあ…ならなくたって…いいわけですし…。せっかく二人ともヒマなんですから。ただ庭に居るだけっていうのも…」

最初の出会いからずっと見ている自分としては、アノ関係は、誰よりも熟知しているつもりだし…なるべく協力もしてやりたい、とは思ってる。いつも個性派の山々に囲まれて気苦労の多い、それが自分の役目なのか…それとも…

「ま、…………このへんの商店街に、ギフトチョコを売るような店は……、一軒も無いわけなんですけどね…」

二人の成り行きを観察してみたい…研究者としての探究心………か?…















「木ノ宮…」
「あー?」
「……どこまで行く気だ」
「オレに聞かれてもな〜…つうか、おまえ、だからって勝手にオレから離れんなよ?」
「………」

何なんだ…それは…

と、さっきからカイは思っているが。
離れたくとも、タカオが、ぎっちり腕ごと捕まえたまま絡まってるし。そのうえ「2月って、さすがに寒いよな〜おまえばっかズリィじゃねえかよ、そのマフラー貸せよ」などと騒いでムリヤリ奪いとり、二人で一つのマフラーを巻いてしまっている。……そのうえ…

「おや、タカオちゃん。また、その子とデートかい?」
「そおなんだよ、パン屋のおばちゃん〜」
「いつも品の良いキレイな子、連れてるねえ。試合に一緒に出てる子だろ?…女の子だったのかい?もうここいらじゃァ有名だ」
「えっへへ…まぁな〜女の子じゃねえけどな!八百屋のおっちゃん〜」
「へえ…そりゃまた、まちがえちまうね!」
「だろだろ〜?肉屋のばーちゃん。なんつってもカイは、オレの自慢のカノジョ…ぐえっ」
「……きさま…さっきから…調子にのりすぎだ」

タカオが余計なことを言いかけるたびに、いちいちマフラーで首を絞めたり、背中をツネったりしなければならないので…けっこう忙しい。だいたい、この近所には、タカオの知り合いが多すぎる。数歩あるけば必ず誰かに当たるほど、知人友人だらけで…全員、古い顔なじみ。しかも…この、おもいっきり誰が見ても不自然なハズの、二人のひっつき方に…誰もギモンを持ってない…。


…どいつもこいつも…異常に自由で濃密な近所付き合いが密集しすぎだ。この地帯は…。…いやこれも木ノ宮のせいなのか…?


それくらいは、もうとっくに知り尽くしてるカイだったが。
今日はナゼかイラついている。



…これでは……とても……




2月の空は、キンと張ったように、冷たく綺麗だ。


「なあカイ〜ハラ減らねえ?」
「またか」
「じゃあ、何か飲んで、あったまろうぜ!すげー寒ィし!」
「………」

ちょうど街の最後で、ファーストフードの看板が、二人の頭上に懸かってる。タカオの体温で凍えるほどなんて寒くないし、まして空腹でもなかったが。このまま…腕を組んで、一緒のマフラーで歩き続けるよりはマシに違いない…

これでは…いくらご近所が気にしなくとも、自分が気になりすぎるし……


…それに…











「は〜。ちょっと落ち着いた〜」
「…で?おまえ…いったい何を買いに来たんだ」
「んん〜…それなんだけどな…」

コーヒーとベーグルサンドの包みを抱いて、タカオがテーブルに突っ伏している。行けども行けども、コレだぜ!てな店がないし。そういや、ンなモン、この近所で見たことねえじゃねえかよ〜何だよキョウジュのヤツ〜などと思ってはみたものの…

結局、カイと街を歩くのは、それだけでダイスキだったし、会う人会う人みんながカイをホメてくれるので…すっかり嬉しくなって延ばし延ばしになっていた。

向かい側に座ったカイが、こっちをじっと見つめてる。

ああ〜やっぱキレイだよな〜切れ長なのに瞳はすげー大きいし…まつげ長ぇし〜とくに下まつげ!八百屋のおっちゃんだって絶対そう思うよ〜……なんて…考えてる場合じゃねえんだけど……カイに自発的にチョコ贈らせるなんて、やっぱ、だいそれた希望だったかな…

そんなことを…、珍しく謙虚に考えた。

「うん。べつに…オレ…」

そうなんだ…一緒に歩けるだけでシアワセなんだし。つきあってから数年経つのに…一度もチョコどころかプレゼントも、もらったことねえし…そもそも「好き」とかさえ、言ってもらえねえんだけど…それでもプレゼントなら、いつだってオレが贈ってるし…オレが好き好き言ってるし……カイはオレと違って、すげームズカシイ性格だから、きっと…それで…いいんだ…ろう…けど………

「あ…」

「木ノ宮?」

レジのあるカウンター付近に、今週だけの特別メニューが立てかけてある。光沢のあるプレート上で…ハートマークとピンクの枠に囲まれた、バレンタインデー特別セット。だってさ…

…あったじゃねえか!!こんなトコに!!

さすがは全国チェーン店。老舗の商店街とは、一味違う…
けど参ったな〜どうやって言い出そう…カイの性格からして「一人で勝手に食え」とか言われそうだし…そうなっちまうと…さすがにオレ的にショックだしな〜…

タカオは、ホカホカ上がるコーヒーの湯気を前に、悩んでいる。

「おい、木ノ宮」
「うーん。…ムズカシイぜ、やっぱ…」

観賞用植物のツヤツヤした幅広い緑が真横で光る…
二人用コーヒーテーブルに潰れてるタカオの頭を、トントン、とカイが白い指先で突っついた。

「外を、見てみろ」
「え」

頭を上げて、キレイな爪の先を見る。ガラス越しに賑わう隣の街路は、いつもどおりの雑多さで。いつも以上のことはない。

「え?なになに?…どうしたんだよ?カイ…」

怪訝なカオを戻したら…


「え…?」


目の前に、注文したハズもない、箱が一つ、置いてあった。


「な…な…何?…これ…」


四角い。むしろ正方体。パール色に輝く純白の箱。そこに、見たこともないリボンみたいのがついている。まるで、結んだ朱雀の尾羽根のよう…

「も…もしかして…ビックリ箱?」
「さあな」

頬杖ついたカイが、向かい側で、笑ってる。
なんだか、やけに楽しそうな笑顔だ…

「開けてみろ」
「お…おお〜」

ガサガサと、赤い尾羽をはずして、キラキラ光る紙を広げて…フタを開けると…中からコロンと出てきたモノは…

「たっ…たまご…?」

まるで、いつかガッコーで見た理科の教材写真の………恐竜のタマゴ…みたいな…?

タカオは、そうっと持ち上げてみた。軽い。でも、ころころ中で音がする。指で叩いたら、ピリッと亀裂が入った。


「うわっ…」


タカオの両手の中で、

タマゴが、ぱかっと割れた。

生まれてきたのは…
まるまる太って、ぴったり並んでくっついた…とっても可愛い…


「朱雀と…青龍〜!?」


しかも、チョコ。
食紅で色付けされた二匹が、大きなハートのリボンで結ばれた…

ふんわり甘い香りの…まるで美しいオブジェみたいな…

…眩しいみたいにキラキラしてる

よく見たら、タマゴも、ツヤツヤ煌く白の糖衣に包まれたホワイトチョコだった。


こんなの…世界のどこにも、売ってない。


「う…う…うわああああっ……すっっげえぜ!!カイ〜!!ものすごすぎるぜー!!これ、おまえが作ったの!??」
「騒ぐな、バカ」

いつも冷たく見える白い頬が、ほんのわずか色づいてる。
綺麗な瞳が、半分だけ伏せられて、長いまつげが、すこしだけ恥ずかしそうに…うつむいてる。


思わずテーブル越しに伸び上がり、そのまつげにタカオが、ちゅー!と口唇けた。
驚いたカイの瞳が、弾かれたみたいに大きく開く。


「バカ…こんなところで…」
「いーじゃねえかよ!気にすんなって!」
「……呆れた」
「えへへ〜」


それでもカイは…向かい側で頬杖ついたまま、動きもせずに、満足そうに微笑んでる。

それから、

タカオのベーグルサンドとコーヒーを取り上げると、テーブルの真ん中に置き
代わりに、トクベツメニューから

イチゴソースとアラザンで、I LOVE YOU、の飾り文字が華やかに描かれた…ハート型の生クリームが浮かぶ…ホットチョコレートを注文すると…


タカオの前に、ことん、と置いた。




◇END◇