「おまえに…取材の申し込みがきている」


ユーリがカイの部屋にやってきたのは、オーストラリアのホテルにチェックインして…半日ばかり経った、午後だ。

一度、中止になった対談収録が、やはり予定通り行われるという…

……今朝から行ったり来たりの奇怪なファックス書面を広げ、
ドアの縁に、片ヒジ張ってナナメに寄りかかった格好で…立っている。

それまで一人、何をするでもなく
ベッドに寝転び…天井を凝視していたカイが、むくりと起き上がった。

「急な話だが…まぁ、おまえのことだ。どうせキャンセル…」

言いかけたユーリの手から、無表情なまま、片手で用紙を取り上げている。それから備え付けのデスクに向かい…黙々と、出席しますにマルをつけ、ユーリの顔面に突き返した。

「出しておいてくれ」
「……え…?…あ……ああ?」

多少、呆気にとられたユーリが、カイと、A4用紙を見比べている。

「どうした?」
「……いや…」

珍事だ…。

という表情で、あからさまに見つめてくる驚愕視線に気がつくと、
カイは、一瞬、気恥ずかしげに、瞬きして…瞳を、うろうろさせたが、
それを覆い隠すように、いっそう不機嫌な顔をして、バタンとユーリの目の前でドアを閉めてしまった。

「……やれやれ」

なんだかイミなく理不尽な気がして、ユーリは肩をすくめたが。それでも、用紙は丁寧にフロントへ持ち運んでいる。途中で、なんとなく苦笑がこみ上げてきて、そんな自分にまで少し驚いてしまった。

カイのアタマが、どうやら木ノ宮タカオでイッパイらしいのに、さすがに、だんだん気がついている。

木ノ宮の試合を見る目が、まず尋常ではないし。木ノ宮が絡むと、いつも無口なくせに、それ以上に無口になったり。異常なまでに不機嫌になってみたり。かとおもえば、偶然、赤いジャケットの後ろ姿に出くわしたりすると、突然、優しい顔をして、いつまでも立ち止まっていたりする。

そんなとき、木ノ宮はいつも気付いていない。
チームメイトと笑ったり怒ったり落ち込んだりするその様子を、柱の陰からカイが、そっと見送っている…という可憐な現場を目撃して以来、ユーリのココロはフクザツだった。


いいのか…アレで…?


なにか…こう…ジレッタイような…かといって、口出しすべきことではゼッタイないような…何だか異様に羨ましいような…それから…自分たちの密かなもくろみに、カイを巻き込んでしまったのが、とても悪かったような…そういう…自分にわき起こる柔らかいフシギな感情とか…

「……オレとしたことが…人選ミスだったかな」

なんとなくタメ息まじりに見上げると、初めてやってきたオーストラリアの空が、思った以上に澄んでいて。窓から見えるコーストの美しい景色が、絵葉書そのままみたいにキラキラして…

しばらく、ぼうっと眺めていたら、やっぱり…

カイを、ヴォルコフとのイザコザに巻き込んでしまったのは…とても、いけない気がした。


オレたちは…べつに…

奴を道連れに、地獄に堕ちてもかまわない。
冷徹な覚悟だって、とっくにできている。

だが、BBAは…聖域だ…。
あの、呑気でお人よしな優しい連中を…薄汚い泥沼に一緒に引きずりこんではいけない。
カイも、…
だから、あの聖域へ、今すぐ帰してやるべきなような……こうなった以上は、そんなわけにもいかないような……すんなり、そうしてしまうのも何だか悔しくて癪なような…
収集不能な、ややこしい感情に、しばらくユーリは苛まれていたが。

やはり…
カイには、ヴォルコフやバルテズソルダの一件は、伏せておくことだけは決めた。

「あれは…もう…BBAの人間だ…。ボーグではない…」

それは、カイを間近にみれば、よくわかる。リック戦はマックスのカタキ討ちだったし、この先使えそうもないキョウジュのバトルにクギづけで、大地はひいき目、木ノ宮が目をかけているミハエルには自分も密かに試合中、稽古をつけてやる始末……ついでに励ましのホメ言葉までつけていた…

「あ〜あ。…まったく。…オレとしたことが…とんだ判断ミスだった」

そう思うと、しかし、何だか妬けるような羨ましさが胸に迫ってきて……とても…


…寂しい気がした。


カイは…向こう側で…幸せになるべきだ。



ソレハ…ソウナンダガ…












タカオの神経は、予選リーグも終盤だというのに…なかなかマトモに復旧しない。
「あの…バカが…」
そんなに繊細だったとは知らなかった。オレは、あれでいいと思ったんだ。そのやり方に、今だって後悔なんかしちゃいない。悪いといえば、いちいちうろたえるアイツが悪い!!

ブツブツとずっと脳内で繰り返していたことが、エジプト以来、ピークに達してしまって、カイは、膨れ上がった感情を、それでも独り飲み込んだまま、じっと耐えている。

あまりに気になるから…時々こっそり様子を窺ってしまうが…これではまるでストーカー……

……バカな…

もういっそのこと、タカオの部屋に直接、殴りに行くか、プライドを捨てて抱きついて耳元に甘言でもささやいてみるとか(それは無理だが)何かしないと、こっちがオカシくなりそうだ。 対談なんて即キャンセルに決まっていたが、ここまでくると、会いに行って尻でも蹴飛ばしてやらないと気がすまない。

エアーズロックの方位盤にもたれかかって、ひきつったみたいにイライラしていたら…

つい漏れてしまった独り言をレイに聞かれ、内心、慌てた。

「カイも…タカオに会いにきたんだろ?」

そんなストレートな言い方されたって、はぐらかすのは、当然だ。どうせレイは、自分の背後で、「またか…」と苦笑している。こっちのキモチは、去年あたりから、もろバレだ。

しかし向こうは向こうで、大変なのも知っている。
タカオはまれに見るバカなので、もともと、「最高」が、何人いてもかまわないと思ってる。
アイツのアタマの中では、1番が5人いたって全然いいんだ。だから、1番は1人だけ、という構図が、どうもピンとこないらしい。
「だが…オレたちは、そうはいかない。とくに、オレとおまえは…そうだろう?…なんとなく、わかるんだ、似てるからな」
と背後から真顔でいわれて、カイは…図星だから黙っていた。

そんなタカオに、レイは説明しそこねて、結局、タカオは、悪い方向に誤解したし。卑怯者だ、裏切られたと、逆に傷つけてしまったことを気に病んで、ジンの挑戦を身代わりに引き受けてみたり、大会でこそ自分を証明しようと、レイはレイで悩んでいたが…その焦りが、今度はライにプレッシャーをかけてしまい、追い込まれたライを、今度はレイが気に病むという…はために見ても気の毒な悪循環だったが…

こっちはこっちで大変だから、同情してやる余裕がない。

こうなると、マックスが一番の、なごみ系で、のどかな存在だが…それはそれで、チーム内の軋轢が大変らしいのは知っている。

「結局…みんな…大変なんだろうなぁ…」

はぁ。

と、重々しくため息をついたレイに、カイは相槌をうとうかどうしようか迷ったが、やはり黙ったままにしてしまった。
口ベタなくせに、気を遣いすぎるところが…やはり似てるのかもしれない。

もしかすると、レイもタカオを好きなんだろうか?と勘ぐってみたり、そこらへんで闘志の燃えかたが似てる気がして、レイのバトルだけは、いつもつい、ひきずられる気がする。マックスとは、ただ楽しいだけなのに…


「……自分で…なんとかするしか、ないだろう…」


かなり間をおいて、それだけ言った。

それは、そうなのだ。自分だって、そうだ。

このままタカオを嫌いなことにしてしまうか。それとも、やっぱり好きだと認めるか、一年くらいは迷ってる。

いっそ…開幕戦前の自分の一言が、タカオを予想外に傷つけてしまって、そのことに、自分もすっかり動揺して…困ったことになったと悩んでいると、ここで打ち明けてしまうのがいいだろうか?
それで、全部、認めてしまって、タカオを受け入れてしまうのが……楽だろうか?
そんな決定的なことをしてしまってもいいほど…こっちのキモチが軽いとは思えないが。

むしろタカオに…重荷なほどだ…。


…オレの…想いは…



…だから…黙っておくのがいい気がする。自分にも…タカオにも…



「おーい、タイヘンだ!」
セッティングをしていたテレビ局のスタッフたちが、急に騒ぎだした。ADが叫んでる。

取材が…ホントに…中止になった…。

タカオは…ここには、来ないらしい。












「……オレってば……どうかしてるよなぁ…」

カイには見捨てられるし、レイとマックスには失望されるし、テレビカメラの前で大地にボロ負けするわ、タカオの落ち込み具合は、もはやドン底だ。
「けど……カイ…の…やつ…が…」
ホテルのベッドの下でうずくまりながら、不届き三昧、ホザいてみる。本人がいたら、100%無視されるに違いないのに。それでも、このままよりは、ずっといい気がしてしまった。

「やっぱ、会いに…行こっかなぁ…」

でも拒否されるに決まってる。転戦しつつ、ずっとフライトもホテルも一緒なのに…まるで、地球の裏側みたいに、

遠い。

おもいきって、一時的に大嫌いになってみようかとカナリ努力もしてみたが。

…やはり、
やるだけムダだった。

気がつくと、天然で応援してしまってるし。いつも、カイを目で追ってるし。それに…カイの戦い方を見ていたら、ぜんぜん、いつものカイと変わらなくって…余計に、想いが募ってしまった。

あれは…どうも…裏切ってない。
いや、ぜんぜんオレを、裏切ってなんか、ない。
てゆうか、もう、裏切ってても、かまわない。そんなの、もはや、どうでもいい…

はっきり言って、別れてからのほうが、百万倍も、カイのことばかり考え続けている。

ものすごくカッコイイとこ見せたら、戻ってきてくれるんじゃないのか、とか。そしたら、オレと別れたこと、少しはカイが後悔してくれるんじゃないのか、とか。ずいぶん、色々、細かいことまで考えてみたが。
どうがんばっても、裏目に裏目に出てるとしか、思えなかった。

「かえって…情けねえとこばっかだもんなぁ…」

これじゃますます帰ってきてなど、もらえそうにない。
しかし、焦れば焦るほど、運命は悪い坂へと転がっていく。

「はぁ…」

いっそ、土下座とかしてみたらどうかな…?

奥サンに逃げられた甲斐性ナシのダンナみたいに、「頼む!帰ってきてくれ!!」と両手をついてアヤマッテみたら?


イヤでも…オレ…何も悪ィことしてねえしな……だいたい、そのザマじゃ、カイに、ますます、嫌われっちまう…


こうなると、意地だ。
しかし、どうすればいいのか、わからない…


丸まった体育座りで、すっかり鬱のカタマリ化していたら…
突然、ベッドサイドのベルが鳴って、赤いランプが点灯した。

ごそごそ這っていって受話器をとると、

響いた声は、事務的だ…

「木ノ宮選手…ご伝言が入っております」

「は?」

「本日の取材の方経由で、火渡カイ様とお連れの方2名様からです」

妙な蛇行で、フロントの声が、無味乾燥な音声メモを、読み上げはじめた。


これって…もしかして…カイからオレに、メッセージ?


……それとも…夢…?カイと別れてから頻繁に現れる…またもや幻覚…??


====対談は中止だそうだな。それは、いい。どうでもいいが、今すぐ来い。待ってる====


「えええ〜っ!?」



10秒くらいおいて、よく考えてから、仰天した。


でも嬉しい。飛び上がるほど嬉しい。


……胸が…ほら、こんなに…ドキドキしてるし…。


でも…


こう情けないんじゃ…とても会いになんて行けやしない。だって、オレは…カイに帰ってきて欲しいんだし……カイは、きっと…カッコよくなきゃダメだろうから…


……オレが…もっと…強くなけりゃ……


… 誰もが憧れる最強の…カッコイイ、ディフェンディングチャンプじゃなけりゃ……きっとカイは…













「タカオ…来るかな」


広大な大地にドンと置かれた巨大カキ貝…に見える…時刻によって色を変える岩盤の上で、マックスが、心もとなく呟いた。

空も大地もカキ貝も、濃い赤だ。

「大丈夫さ。…来なければ…オレたちが行ってみよう。それで…」
もうこうなると、恥も外聞も吹っ飛んでいる。カイも、怒りのあまり小声で呟いた。
「まったく…。ブザマすぎる。…呆れてものが言えん」


このままでは……

…オレに勝てたらキサマ念願のキスでも何でも、させてやる、そのうえでオマエの好きに………などとウッカリ言ってしまいそうだ。


これでは…いけない。いやダメだ。却下だ。ゼッタイ、イケナイ。

タカオを不要に甘やかすし、自分のためにも、よくないだろう。

だって、オレたちは、宿敵なんだから。
敵は、あくまで、敵らしく…

「カイ…あまりガマンすると…かえってよくないんじゃないのか?」
「そうそう…目つきが30%増しで怖くなるネ…。これじゃますますタカオに誤解されるヨ?」
「………」


………やはり……こいつらには…読まれている……

だが、いいんだ。木ノ宮にさえ、バレなければ!!


心配気な二人の前で、カイは、いっそう目を吊り上げている。






待ちくたびれた3人のほか、誰一人いなくなった頃…




来た…っ…



ようやく…バカが…大陸の壮大な夕日をしょって…。
それぞれの理由で、かたまっていた3人に、勝手にチャレンジャー宣言など、はじめてる。
どうやら自力で復活してきたらしい。


……やはり、このオレがすべてを賭けただけあって……しぶとい男だ…。まぁ、そうでなくては、いかん。


カイはちょっと満足してる。


おまけに巨大な一枚岩の、アボリジニの聖地とかいう世界的観光地を下りた後、こっそりタカオがささやいてきた。

「カイ…なぁ…オレが勝ったら…やっぱ戻ってきてくれねえかな」
「………」
「そんで、オレ、改めて、おまえに申し込むから…返事もらいたいんだけど…」

「なんだと?……風が強くて、よく聞こえん」
「カイ〜〜」

しぶとく追ってきた声に、やっぱりどうしようか、…カイは迷っている。


いまのところ、答えなんか、出ない。


「ま…まぁ、とりあえず、一緒にホテルに戻ろうか」
別々の方向に去ったくせに、結局、合流してしまってるレイが、隣で苦笑した。
「そうネ。大会が終わったら、またゆっくり悩むといいネ」
いつのまにか、また4人、並んで歩いている。
「なぁ…カイぃ…」
「うるさい。オレに話しかけるな」
「カイ〜」
「………くっつくな。敵のくせに」
「そぉだけどさぁ…」


なんだ…木ノ宮の奴……また、すっかり甘えた声で………せっかく敵らしく仕上がってたのに…


これじゃ…モトノモクアミだ…
キッパリ離れてみたら、アキラメきれると思ってたのに。木ノ宮の家に長々居候していた頃と何も変わってやしない。オトナびて苦笑する二人にはさまれて、しきりに言い寄るタカオに、カイはまっすぐ前方を睨んだまま、ぶっきらぼうに答えている。


返事は、諾でも否でもない。














下に居残っていたマスコミの小型機に送られて……ようやく、ホテルの部屋まで戻ってきたら…

…ナゼかユーリが待っていた。


珍しいこともあるものだ。ソファに座り、組んだ両手の親指を…左を上にしたり、右を上にしたりしながら…窓の外を眺めてる。

窓を見つめたまま、ユーリが言った。

「その…今からでも遅くないと思うが…」
「なに?」
「戻ったらどうだ?」
「どこへ」
「……BBAレボリューションの部屋は、向かい側の別棟だろう」
「なんだ?今さら?…オレが対談に出向いたのは、そんな事とは関係ない」
「……そうか?」

窓に映ったカイの表情は…しっかり不機嫌を装ってるくせに、どう見ても、うきうきしている。久々に晴れ晴れしてしまって、ここ数日のイライラが、キレイサッパリ吹っ飛んだようだ。


眺めていたら…ユーリは…やっぱり…カイを巻き込むのは、よそうと…決めた。


まったく、うかつだった。
ネオボーグへの移籍オファーは、かなり前から出していた。にもかかわらず、カイが来たのはギリギリになってからだ。
その理由に、もっと早く気付くべきだった。

こんなに未来が明るく開けかかっている奴を、引きずりこむわけには、いかない。
2年ぶりに見たカイは、一見して、わからなかったが…よく見ると、やはり違っている。
もう、あの頃のカイでは、ないらしい。


まったく…オレとしたことが…


もっとも…うかつなのは、カイだって同じだ。
オファーを、もらって以来、どうしようかとしきりに迷っていたのに、タカオがあんまり自分と組めると思い込んで、バカみたいに、はしゃいでいるから、ついつい…言いそびれてしまった。
その理由を、今も、自分とは関係なかったことにしている。


こんな可憐な生き物を、仲間にするのは、失敗だった…。

「オレには…ボリスとセルゲイがいる」
「どういう意味だ」

やはり、同門の門出は、めでたく祝ってやるべきだろう。

「ひとつ、忠告しておく」
「なに?」
「我々ネオボーグは、世界大会終了と同時に、一度、解散する。おまえは自由だ。BBAに戻ればいい」
「おまえの解散は勝手だが……その後のオレの行動も、おまえの知ったことじゃない」
「つまり、我々には、かかわるな、ということだ」
「なにを…言ってるんだ…?…」
「いいか?カイ、これだけは言っておく。…万一、木ノ宮がかかわることになったとしても…おまえは、かかわるな」
「…?」


ボーグは、BORG。

スタートレックの生み出した、個のない機械生命体。

それにちなんで名づけたと、いつかヴォルコフが得意気に言ってなかったか?

奴は…「ま、軽いジョークというやつだよ」…と笑っていたが。

まんざら冗談でもないだろう。


オレたちに、個人の意思などなかった。一人一人が、ボーグという集団、…狂った種族を生かし繁栄させ続けるための、生体パーツ。そのために、人為的に改造された、人であって、人でないもの。

ああ、そう…カンタンにいえば、サイボーグってやつかな。

ユーリは思っている。
だが、カイは、どうも違うらしい。前々からそんな気はしていたが…少なくとも今はもうハッキリ…違ってきている。


この後、ヴォルコフの標的にされるのをわかっていながら…引きずりこんだのは……まちがいだった…。


どうせこちら側の人間なんだから、利用したって罪はない、巻き添えにしたって一向かまわないさ、と、安易に片付けるつもりでいたのに。
そういうわけには、いかなくなった。

カイに、もしものことがあったりしたら、やはり、自分は…悲しい思いをするだろう。

そんな感情が生まれたのは、いったい、誰のおかげだったか。
あのバカな青龍使いに…恩をアダで返すわけには、いかない。


「わかったな。だから、おまえだけは、絶対に、かかわるな。なにがあっても…」
「だから、さっきから…話がわからん」


ユーリの話は、サッパリだ。
肝心なところが、ざっくり抜けている。


ただ、自分の未来は、いつも謎だらけだが、

お互いに、他人のことは、よく見えるものらしい。


「おまえも…ずいぶん…前より…」
「ん?」
「自然になったと思うがな」


仕返しみたいに、ボソリとカイが、呟いた。


ユーリは、窓に映った自分の顔を眺めてみた。べつに、いつもと変わらない。


「…そうかな…」
「そうだろ」


自分の顔だけは、自分じゃいつも、見れないものなんだ…。実物は…


そんなことを言いながら。
向かい側に腰を下ろして、カイも窓に映った自分の顔を、眺めている。



窓の奥…顔の輪郭の中は、暗い海だ。
しかし、いずれ…夜は明ける。



ユーリも、壁一面に広がる…大きなはめ込み窓を見つめてる。

この部屋は、景色がいい。
明るくなれば、水平線の彼方まで、真珠を並べたみたいな美しい海岸線が、一望に見渡せるはず…

見える…はずなんだ…美しい夜明けが…

「オレにも、おまえにも…たぶんな…」
「オレにも…?」
「…ボリスとセルゲイが…いるんだろ?…大地だっている…」
「大地は………。………そういうおまえは…どうなんだ?」

「………」


不意に…カイは、黙ってしまった。


突然、


『なぁなぁ…試合に勝ったら、ご褒美くれよ!そんならオレ、めちゃめちゃ頑張るぜ!!』


さっき聞いたばかりの、タカオの甘えた犬声を、思い出している。

やはり…アレは…どうも…犬だ…。
…すると、芸をこなした犬には、なにか食わせねばなるまい…


……ついマジメに考えこんだ。



もしも決勝戦で、オレに勝てたら…?

いったい何をやればいい…?

……犬缶……骨ガム………犬ケーキ……



………………オレ……?………オレか??……




………まさか…な……






窓の向こうは、まだ、夜だ…









◇END◇