いったい…
なにが…
起こったんだろう…
気がつくと、オレは…
擦り切れた踏み石の埋まった…土の上に倒れていて…
…無事に…起き上がってる。
見上げたら…さっきまで居た段が、はるか頭上にあった。
なぜだ?
この高さから…落ちたのに…。
今のオレは、身体の自由がきかない。あのまま頭から落下して、一番下の、ここまで叩きつけられたら…
絶対に、助からないはずだ。
なぜ…オレは…生きてるんだ?
「き…の…みや…?」
……そう…だ…
……タカオ…だ……
あいつが…飛び下りてきて…オレを…つかまえたんだ…
二人で…一緒に…落ちた…?
……いや、違…う…
違う…?
そうだ、違う!!
オレをかばって…オレより先に…
アイツが落ちたんだ!!
「木ノ宮……?!」
どこだ…
タカオは…どこにいる…?
「木ノ宮!!……おいッ!!木ノ宮ッ!?」
見回したのに…
目の前には、静かな海が、ただ細切れの光みたいに…漂ってるだけで…。
視界の手前には…白い玉砂利の敷かれた…まるで神社の境内みたいな、小さな広場があるだけで…
木ノ宮が…どこにも…いない。
確かに、さっきまで…オレの手をつかまえて…オレを覆い包むみたいに…体が…触れていたはずなのに……
なぜ、そばにいない…?
落ちた弾みで…飛ばされた…のか?
「木ノ宮!!どこだッ!?どこにいる!?きさま…いるなら、返事をしろ!!」
なぜ、応えがないんだ…!?
「木ノ宮―――ッ!!!」
だんだん…圧迫してくる動悸で…息が…苦しい…。
早く…アイツの無事を、確認しないと…
オレの心臓が、止まりそうだ…
胸が潰れそうな気がするのを、どうにかこらえて…あちこち、うろうろ視線を凝らしていたら…
「…?!」
少し…離れた茂みの中に…
やっと…
投げだされた腕を…見つけた。
仰向けに…倒れている。
ほっとするより……なぜか…ぞっとした…
早く駆け寄りたいのに…ちょうど転落する直前と同じに…体が…ぜんぜん思うように…ならない…
「くそ…ッ……こんな…ときに…」
動かない足を殴りつけて、ようやく這いずって、そばに寄った。
「おい、木ノ宮…!!」
…早く…一刻も、はやく…
おまえの無事を、確認しなければ……オレは…
「木ノ…宮…?」
額から、血が…流れていた…
少し開いた…唇の端からも…
そのまま…動かない…
おまえ…まさ…か…
「木ノ宮ッ!おいっ木ノ宮ッ!!」
どれだけ呼んでも…返事が…なかった…
頬を思いっきり張り飛ばしたのに…それでも倒れたまま、白い顔で、少しも動かない…
なぜ…だ…?
「木ノ宮ッ!!木ノ宮ッ!!!きさま、いつまで寝ている!?さっさと起きろ!!き、の、み、や!!!」
体が折れるほど揺さぶったのに、まるで壊れた人形みたいに…首も腕も…力なく下がっている。
なんの…反応も…なかった……
「…嘘…だろ…?…」
こんな…バカな…こと…が…
なんで…オレが生きてて…おまえが…
「なぁ!!木ノ宮ッ!!木ノ宮ぁッ!!なぜ黙ってるッ!?なぜ…」
…ほんとに…おまえ……
その瞬間、なにもかもが…真っ白に…飛んだ気がした…
「木ノ宮ぁああああッ」
……オレが……殺した……?
…オレが……おまえを……?
……そん…な…………
「タカオッ……なぁ!!タカオッ、タカオッ!!!なぁッ返事してくれ!!タカオ――――ッ!!!」
そんな…嫌だ…こんなのは…絶対に、いやだ…!!
誰か……だれかコイツを…助けてくれ…!!
オレは、なんでもするから…!!
なんでもするからッ!!
頼む――
誰か、コイツを、早く―――――
「タカオ――――ッ!!!」
突然。
ぱちっと、
瞳が、開いた。
「へッ…なんだよ、おまえ」
大きな、レッドブラウンが
悪戯っぽい笑みを、のせて…
「オレが、死んだと思った?」
そのまま起き上がって…
バタバタ笑い転げている。
「なっんだよ、カイってば、おまえ〜すっっげえ必死!!泣きそーじゃねぇかよ。てゆーか泣いてる?!…らしくねえぜ。いつもの、おまえなら、すぐ…なんつーの?刑事ドラマとかでよくやってんじゃん。頸動脈とか調べてさ、あっさりバレバレなんじゃねえのって……カイ?」
「……おい、どうしちまったんだよ?カイ…?!」
「カイ!!おい、カイ!!しっかりしろって!!返事しろよ!!オレの声、聞こえてねえのかよ!?なあ!?カイ!!」
声なんか…出なかった…
あんまり…恐ろしくて…
どっと力が抜けて…
自分の体も…支えきれない…
「しっかりしろよ!!おまえ、まさかケガしたのか!?どっか打ったか?!」
崩れたオレの体を抱いて、タカオが、頬を軽く叩いた。
「カイ…?!おい、カイ!!」
叩かれた感触が響き…
触れられた手が…暖かい…。
ああ、そうか…。
やっぱり、生きてたんだと…やっと…思えた…
同時に…
「……きさまの…せいだ…」
「カイ?」
「きさまが…」
「…カイ」
「やっていいことと、悪いことが…ある…だろ…」
騙された怒りも…込み上げてきて…
できれば、地べたに張り飛ばしてやりたかったのに。
でも、そんな力も…おこらなかった…
それほど…オレ…は…
「…いや、うん…。…だよな。ゴメン」
「……」
「…その…オレ、途中で気がついたんだけど…カオぶっ叩かれたあたりで…けど、あんまりおまえが必死だったもんで…つい嬉しくなっちまって………」
「………」
「その…悪かったよ、もうしねえよ…」
ふと、
静かになった言葉が、
突然、途切れた。
それから、
なぜかオレの首に回された両腕が…強く抱き締めてきて。
「でも…」
まっすぐ落ちてきたタカオの前髪が…額に…触れた。
「でもよ…カイもオレに…おんなじこと、したんだぜ?!さっきオレも…おんなじキモチだった…」
「木ノ宮…?」
「だって、おまえ……ひどすぎるぜ。ぜんぜんダメじゃねえかよ。そんなの…ぜってぇ認めらんねえよ。バトルで、てめぇだけ遠くいきてぇとか。急に、あんなとっから落ちたりして…ちっとも、おまえらしくねえよ。おまえ、勝手すぎるよ」
「木…ノ…宮…?」
「さっき…もう間に合わねえのかと思ったとき…オレ…あんまり悲しくって…きっとこのまま、おまえと一緒に…オレも死んじまうんだって…思った…」
滲んだような声が、震えて。
熱い雫が、一粒、オレの頬に落ちていた。
「だってオレ…あのまま死んでも…ぜんぜん良かったんだぜ?おまえが代わりに助かるなら、ぜんぜん、それで、よかったよ。ちっとも、かまわねえよ。そんなことより…一人で残されるほうが…ずっと辛えよ」
その瞬間、オレは…
「…なぁカイ…。オレ、どんなカイだっていいんだよ…。だから…」
よく、自分が、ときどき無意識に、やってしまうみたいに…
「もうオレを…置いてかねぇでくれよ!!オレ、おまえのためなら、なんだって、やるよ。命だって、やるよ!!みんな、おまえにくれてやるよ!!けど…それも要らねぇっていうなら…オレ、もう、どうしていいのかわかんねえから……おまえに何してやれるのか…オレには…もう…わかんねえから…」
…間違ってしまったんじゃないか……と…
「そりゃ…いつだって、おまえは一人で勝手に、どっか行っちまって。オレはそのたびに、不安で眠れねえほどドキドキしちまって。それでも…オレは……おまえが同じこの世界に居るんなら………いつかオレんとこに必ず帰ってきてくれるって…信じて…ずっと…待って………他にやれることが、あるんなら…いつだって…何だって…オレは……」
オレの額に、突っ伏してきた吐息が、
涙を、溜めて、
まるで、ずぶ濡れた濁流みたいな嗚咽が叫んだ。
「だけど……だけど、おまえ!!いったい、どこまでいっちまう気なんだよ!?どうしても、戻ってきちゃくれねえのかよ!?オレが何やったって、もう無駄なのかよ!?そんなに…遠い所がいいのかよ!?だったら、もう…今度はオレも、一緒に連れてってくれ!!二度と帰れねぇとこでもいいよ。この地上じゃねえとこだって、いいんだよ!!オレ、どうしても、おまえと一緒にいたいんだよッ!!…だからオレも…おまえと一緒に連れてってくれよッ…!!…もうオレだけ…独りで…置いてかねぇでくれよッ…頼むよォ…カイい…」
「……オレ………オレ…おまえと一緒に…いたいんだよッ…!!!…なぁッ…頼むよォ…カイィィ…!!!……オレを…オレを置いてくなよォッ!!!!」
オレの首にかじりついて…。
小さな子供みたいに、しゃくりあげて。
声が枯れるほど泣きじゃくってるコイツを…見てたら…
やっぱり…今度も…オレが間違ってしまったんだろう…と……オレ…は…
おまえを道連れにするなんて…考えてもみなかった。
このオレに、そんなこと…できるわけが、ないだろう?
今…
世界のどんな過去より…辛かった。
おまえが死んだと思ったときも、
おまえの涙が流れる今も…
あらゆる世界の、どんな未来より…悲しかった…
だから、きっと、これは…
オレが…悪かったんだ…
…木ノ宮……オレが……悪かったんだ……
だから、頼むから…タカオ…
もう…泣かないでくれ…
そんなに…心が散々に砕けるような…
悲しい声で…どうか…泣かないで…くれ…
オレンジ色の光が、海にも、空にも、満ち溢れて、そこら中を染めている。
長い影を引いた木ノ宮の体が、オレの前に屈んで。肩を貸しながら引っ張り上げてくれたが。
膝が崩れて、動けなかった。
「カイ…おま…え…」
「……ああ」
「まさか…立てねえ…のか?」
「木ノ宮…」
「カイ…?」
「疲れた」
気が抜けたら…もう、なんだか、
すっかりどうでもいいほど、あちこち痛くて、色んなことを放棄してしまった。
コイツといると、なんでこんなに疲れるのか、わからないほど、くたびれはてて。
それでも今は、
一緒にいられるのが嬉しいと…思ったんだから…
それはもう、とことん宿命ってことなんだろうと諦めた。
オレの体を背負って、木ノ宮が、夕陽の沈む海に添って、一歩、一歩、歩いていく。
「カイ…もう少し、我慢してくれよな。家ついたら、すぐ…」
「……おまえこそ、大丈夫なのか?」
「うん、たぶん…平気。それよりカイ……体は?すげぇ痛むか?」
いや。
と、いつもみたいに答えようとして……なんとなく、それも、やめた。
「ああ」
一応、小声で言っといて。あまり…コイツを気を回させたくないから…すぐに付け加えた。
「それでも…大丈夫だ」
「ほんとに…かよ?」
それも…本当だ。
おまえが…背負ってくれている。
応える代わりに、首に回した手で、トントン、と軽くタカオの胸を叩いたら、タカオは、ちょっと笑って、うん、と頷いた。
そのまましばらく歩いて…さっきの河口まで戻ってきたとき。
ふと思いついたみたいに、タカオが、言った。
「なぁカイ…オレ、ずっと考えてたんだけど」
「……?」
「このまま…病院、行かねぇか?前は、オレ…ブチキレちまって最後まで話、聞けなかったんだけど…。やっぱ何か方法、あるんじゃねえかと思うんだ。もっかい、ちゃんと診てもらって…一緒に、話、聞かねぇか?」
「………」
「どんなことでも、オレ、一緒にやるからさ」
「………」
「それに…今のおまえも…なんかこのままじゃ、オレ、不安だし…」
「………」
「もう一度、オレと…行かねえ?」
「………」
川べりも、オレたちも、だんだん深い橙色に染まっていく。
ちょうど…初めて会った日も…こんな時間だった気がした。
あの頃は…コイツに背負ってもらうことがあるなんて、想像もしなかったのに。
オレたちの間に流れた三年は…
短いようで、けっこう長かったのかもしれない。
オレの心に…どうやらコイツ専用の巨大な部屋ができてしまって。すっかりド真ん中に居座ったタカオは、出る気も、気配も、ないらしい…。
一緒に居ることでお互いに…すっかり疲れ果てるほど、泣いたり喚いたり。怒鳴ったり殴り合ったり。強くなったり弱くなったり。ときどきは自分に腹がたつほど深く傷つけあったり。でも、こんなふうに、支えたり、支えられたり。
そうしているうちに。
体ばかりか、すっかり命までもが溶け合って…
もう…オレの命は…
オレ一人のものでは…なくなったのかもしれない…。
似たような大きさの、でも案外、しっかりした背に揺られて、
あの頃見たよりも、もっと深く彩られた、夕陽の沈む河口を見てたら…
そんなふうに思えてきて…
そうしたら…
オレの壊れた心も…壊れた体みたいに、こうやって…一緒に、背負ってもらっても…いい気が…していた…。
「木ノ宮」
「うん〜?」
「……行くなら、そこから右だ」
「カイ…?」
街の路地に入る、小さな別れ道の手前で、タカオの、明るい声が返ってくる。
「よし、一緒に…行こうぜ?」
たとえ、それが、どんなに見込みのないことでも…
オレは、やらなければならないんだろう…
たとえ、この先なにがあったとしても、
もしかすると……もっと…辛いことに…なったと…しても、
それでも、今は…
…この…オレを彼岸までも追いかけてくる…とんでもないバカの…ため…にも……
救急外来に辿りついたオレたちは…思ったより歓迎されてしまって…。
まぁ、つまり。
前に、オレが自主退院したところだったり。オレの体も、あまりかんばしくはなかったりで。
いろいろと親切きわまりない待遇を受けることになってしまった。
だが、病院は…はっきりいって、好きじゃない。
自分の体を、他人に勝手にいじくりまわされるのが、まず屈辱だ。
縛りつけられて小さな部屋に閉じ込められて…昔の…修道院の地下牢なんかを、思い出すせいかもしれないが。
放り込まれた病室で、鎮痛剤と睡眠薬入りの点滴を受けてたら、余計に嫌になってきて。
木ノ宮は、どうしただろうと思っていたら、
ちょうど目の前の白いカーテンが開いて、本人が入ってきた。
「カイ…どう?少し、楽んなったか?」
「きさまこそ、どうなんだ。どこも…折れてなかったのか?」
「オレ?オレはもう全っ然、平気。すっげえホメられちまった」
「誉められた?」
「なんっかもう落ちるの超上手いってさ〜。や〜っぱ、さすがオレって感じだぜ。ちょっと打ち身と擦りむいただけだし」
あちこちにガーゼと絆創膏を張りつけて、タカオが、からから笑っている。
安心ついでに、タメ息が漏れて、
「おまえの勝負運とタフさには、いつも呆れる」
と言ってやったら、
「そりゃあ、カイと、つき合ってるくれえだからなァ」
妙な憎まれ口を叩いてきた。
たしかに…
以前のオレなら落ちても平気だったろうし…だからコイツも大丈夫だったのかもしれないが…。
さっき、コイツが…頭から落ちたんじゃないかと疑ったとき…本当に…オレは…あまりに自失してしまって…でも、もし本当に首や頭蓋なんか骨折してたら命はなかっただろうが…そんな可能性のある時に、あんなに揺さぶったりしたらもっといけなくて…なのにそんなことも全部忘れてしまうほど…もう何もかも動揺して…情けないほど…取り乱した…。
「カイ、もっかい検査するから、とりあえず一週間、入院だってな」
「……ああ」
「大転寺のおっちゃんに電話したらさ、まだ皆、試合であちこち回ってる最中だろ〜?じっちゃんも世話役とかで一緒に行っちまったしさ〜。そしたら、おっちゃんの代理人とかいうヒトが来て、なんか色々手続きしてくれた」
「…そうか」
あの会長も…役に立つんだか立たないんだか今一つ不明な男だが…顔だけは広いし…使えることもあるんだな…。などと思っていたら、
鎮静剤に、麻酔の前投薬なんか入れられたせいで、あっという間に、ろれつが回らなくなってきた。
だから嫌なんだ。
こんな…眠くもないのに…強制的に眠らされたりして。
「カイ、どうした?……眠いのか?」
うまく喋れなくなったオレのそばに、タカオは、椅子をひっぱってきて。ガーゼを巻いた薬っぽい匂いのする手で、しばらくオレの頭を撫でていたが、
「んじゃ、おやすみ。オレ、今夜、ここ泊まるから。明日、カイの目が覚めたら、すぐまた会おうぜ?」
そう言って、額に、軽くキスしてきた。
点滴のせいで体温が下がって少し寒くなっていたのに…唇の触れたところから、ふわりと胸まで暖まってる…。
まぁいいか。
コイツがいるなら…この白いだけの殺風景な部屋に、泊まってやるのも悪くは…ないんだ。
「ゆっくり休めよ?今日、おまえ…ちょっと無理しすぎちまったもんな。オレも…悪かったんだけど…」
「べつに…おまえは…悪く…ない…」
「カイ…?」
悪くないんだ。おまえは…
オレは…たぶん…おまえのことを、こんなに想っておきながら…
…もしかすると今まで…自分のことしか考えてなかったのかも…しれない……
「カイ…?」
勝手だと言われて…泣かれて……そう…思った…。
いつも…おまえは…オレが消えるたびに探してくれたり、迎えに来たり…泣いたり…怒ったり…。そういうことを山程させておきながら…オレは…結局、自分の気持ちを追いかけるのに精一杯で、おまえの気持ちまで…考えられなかったのかもしれない。
いや、昔は…
ほんとうに…オレは…誰も…たぶんオレ自身さえも…愛していなかったから…
だから、おまえの想いも…
想いの意味さえも…
想いの重さも…
なに一つ、気付かなかったんだ。なにも…わからなかった。おまえを好きにならなければ…おまえが、どれだけオレを想ってくれたのかも…人の想いの強さも、
壊しても、
壊そうとしても、
壊れたくないと願うものが、この世に在ることも…知らなかった。
ひとのココロの優しさも…
優しさの意味も…気づかなかった…。
みんな、おまえが、オレに教えてくれたんだ。
なのに、オレは…おまえに…何を…しただろうか…。
さっきの…あれが現実なら…
本当に…
オレのせいで…おまえが命を落としていたなら…
そんなふうに…オレが…先に置いていかれたら…
オレは…たぶん…もうとても生きてなど…いられなかった…
そんな思いをおまえにも、させてしまったと気付くまで…
オレは…おまえに何を…しただろうか…?
だから…タカオ…
眠る前に…
これだけは…言っておかないと…いけなかった…。
「木ノ…宮…」
「ん?なんだよ?…カイ?」
頭が…ぼんやりしてきて…舌が…うまく回らないのが…悔しい。
だが、これだけは…絶対に…言って…おかない…と…
「カイ…どうした?」
「……」
「カイ…?」
「オ…レ…も…」
「カイ?」
「やめな…い…から…。おまえ…も…やめ…る…な…」
うまく上がらない…手を…
それでも、どうにか伸ばして…
Tシャツの襟首を…つかんだ。
「約束…しろ…タカ…オ…」
嫌だなんて…抜かしたら…引き倒して…やる…
頼む…タカオ…
これ以上…オレを…悲しく…させないでくれ…
タカオは…しばらくオレを…見つめていた。
さっき見た川べりの夕陽が映ったような、オレンジ色に瞬く瞳が、
たぶん…いろんな想いを逡巡させて、オレをじっと見つめている。
それから、
オレの手に…自分の両手を重ねてきて…
いつもみたいに明るく、強く、まるで…すべての過去に滲み通るみたいに深く…
微笑んだ。
「ああ。…わかったよ、カイ。また…勝負しようぜ?それが、オレたちの…約束だったもんな」
それを聞いたら…
なんだか、急にほっとして…
本気で…眠くなっている…。
と…
「あれ〜?また…笑ってるぜ。カイじゃねぇけど、やっぱりカイが…」
また…タカオが…不思議なことを…言って…喜んでる…
今度こそ…確かめてやらないと…その…おかしな話を…。
と…思うが…
でも…明日だ…
明日…な…
今日は…本当に…疲…れ……た…
「カイ…カイ…?おやすみ。またあした…一番に、会おうな?」
…ああ…。そうする……
……また…明日…会おう……
……また…おまえ…と…な……タ…カ……オ…
■to be continued■
|