「カイ…」

子供なのか大人なのか、わからない。揺れる淡い光を宿した、不思議な瞳が…じっとオレを…見つめている。

ふと、かすかに、微笑んだ。

その笑みを残したまま、

「もし…痛かったら…ごめんな…」

タカオは、オレの額を、前髪を梳きながら撫でている。それから、親指で唇を開かせて、ひとさし指からくすり指までを…舌に、からめて入れた。

「ぅ…ぁ…」

しばらく口腔内を嬲ってから引き抜かれたそれが、太股を降りて、オレの奥を、強く圧す。

「……ッ…」

一瞬、意識が、そこに、集まっている。
カラダを強ばらせ、固く目をつぶっていると、またタカオが…耳許に囁いた。

「カイ…怖ぇの?」
「………」
「でも…オレのほうが、もっと、怖ぇから…」

小さな声で、そう言われて、少しだけ…体の力が、抜けた。

「…ッ…ぅ……」

濡れた指先が、オレの中に、挿入ってくる。

少し、冷たい。

「ぁ……ぅ…」

同時に。


強い圧迫感と、

形容できない痛みと、

見知らぬ不安が……


一緒に…そこから…入り込んだ……。









「ぅア……あ…」

何度も…何度も…
指の抜き挿しを繰り返されて、無意識に腰がズリ上がる。それを無理に引き戻されて、更に深く、そこを、えぐられ続けている。
「き…木ノ宮……木ノ宮ァ…」
自分が…まるで、うわごとみたいに呼び続けるのを止められないのが…なにか……もう…おかしい…
「…ァ…ッ…う…」
「カイ…まだ…痛ぇか?」
タカオの空いた手が、汗ばんだオレの額を、あれからずっと、撫で続けている。
その手に…思わず、すがりそうになってしまって、やっとシーツを掴んだ。

「どう…?まだ…辛ぇ?」
「……ッ…ふ……」
「…でも…ねぇかな?」

覗き込んでいた唇が、クス、と笑った。きっと…触れてもないのに、勃ち上がりかけてる…オレを視ている。頬が熱くなりそうだったが…それも急いで気づかなかったことにした。
さっきから、身体の震えが止まらない。
痛みと違和感は…とっくに薄らいでいる。代わりに、もっと強い快感に塗り替えられていくのが…怖い。

「カイ……ココ…イイんだよな?」
「あッ…あ…」

的確にそうされて、いっそう躯の芯が波打っている。
だが、こんなもの…ただの条件反射にすぎないハズだ。中に入り込んだ指が、三本とも、前立腺を探し当て、強く擦っている。
生理的な反応だ。内側から、そこを刺激されたら…誰だってこうなる…。
オレのせいじゃない。木ノ宮のせいでも…ない。
そう、一生懸命、自分に言い聞かせていることが、すでに矛盾してることにオレは気づいてるのに。それでも、気づかなかったことに、しようとした。

「カイ…どう…?少し、イイか?」

さっきよりも離れたところで、声がする。
「でもやっぱ、ココだけじゃ…イけねぇかな」

太股の内側に、髪が触れた、次の瞬間、

「ひッ…木ノ宮ッ!?…」

腰が、跳ね上がった。

「ア…ア……」

勃ち上がりかけたそれを、深く口に含まれて、体が…動かない。
大きく広げられた両足の間に、コバルトブルーの長い前髪が埋まってる。熱い舌と唇に、吸い付くように締めつけられ扱かれて、電流みたいな強い快感が、全身を突き抜けた。

「や…やめろッ……木ノ…宮ぁッ」
「なんで?…嫌?」
タカオが、意外なほど優しい顔のまま…笑った。
「……そ…んな…ことまで…しなくて…いいッ…」
「なんで?オレは…やりてえけど。おまえも…このほうがイイだろ?」
「…ひ…ぁ…」

まるでわざとみたいに音をたてて舐めながら、冴えた綺麗な瞳が、笑ってる。
「そりゃ…まぁ、これが誰か他のヤツだったら、絶対ぇやりたくねえけど。おまえだから…やりてぇんだよ。して…いいだろ?」
「…ぅア……ッ…」

なにもかも…抵抗できないまま…意識が…溶けそうだった…
自分の、内と外から、同時に強く刺激されて、もう何がなんだか…わからない…

指と唇と舌先に嬲られた、そこも、奥も、瞳も、
濡れた音と一緒に、耳からまで、タカオの存在が入ってきて、

快楽に支配された体が、強く弓なりに反るのだけ感じてる。

「ァ、ア、ア…」
「カイ…このままイっていいぜ?」

吐息みたいな声で、そう囁かれて、
カラダ中が、初めて弾かれた楽器みたいに響いてきて…

ふと…

オレは…

今、コイツに…いろんなものを曝け出しているんだろうな…と思った。

オレが…今まで隠してきたような…オレの……いろんな…何かまで…

「……あ…うッ……」

どくんと下腹部がひきつったように鳴って。二、三度、そうしてから、躯が、大きく脈打った。

「あ…、はぁ…、はぁ……」

自分の息が、耳鳴りみたいに、うるさい。
それでも、開放された身体が、ひどく悦んでるのが、わかる。

「どう?大丈夫か?…カイ?」

覗き込んできた顔の、唇が…自分のもので汚れているのを間近で見てしまって…また…動揺した。
抱かれているのが…少し辛い。

「木ノ宮…も…指…抜いて…くれ」
やっと、それだけ頼んでみたら、
タカオは、ん、と頷いて。
突き入れられてたものが三本とも出ていくと、代わりに、
また深く口唇づけられた。

「ン…ん…ん…」

自分の出したものが…搦められた舌に戻ってきて…少し…苦い。でも、もう、それさえも…どうでもいい気もする。

どっちなんだろう。
オレは…。

続けたいのか。
止めたいのか。

なんだか、もう、よくわからなくなる。

背中に回されたタカオの腕が、オレをゆっくり抱き起して、
そのまま、膝の上に、足を開いて乗せられた。

手足が、重い。自分のものじゃないみたいに、動かない。
それでも、身体の中心だけは、はっきりタカオを感じている。

そうやって正面から抱き合うと、タカオは…急に、思い出したように笑った。
「じつはさぁ、オレ、こういう夢見たことあんだけど…」
「…ゆ…め…?」
「あ。おまえ、服着てたけどな」

いったい…どんな夢見てるんだ…おまえは…。

と、また呆れそうになっているのに。木ノ宮が嬉しそうだから、それもいいかと思ってしまう。そういう自分をどうこう批判するほどの思考力さえ、今の身体と同じくらい…動かない気もした。

タカオは、なんだか…ワクワクして仕方ないみたいに、喋っている。
「あのな。その夢だと、おまえ、もっと腕を…」
「………?」
「オレの背中に回してくれて………こう…こんな感じで…」

言われたように、腕を曵かれ、木ノ宮の背に回す。

「そうそう、そんな感じ。でさ、もっと…こぅ…おまえが、ぎゅ〜って…」

……少しだけ…力を入れてみた。

「ん、かなり近ぇよ〜!!」
タカオは、それでも、ひどく嬉しそうに、はしゃいで笑った。
「そんでさ、カイ…」
「…まだ…あるのか…?」
「うん。……木ノ宮、じゃなくて…タカオって…呼ぶんだよ」
「オレが?」
「……ダメ?」
「………」
そう言って。今度は、あんまり期待した瞳で見てるから………

しばらく逡巡した後、

そっと、自分にも聞こえないほどの声で…

……言ってみた。

そのとたん。
木ノ宮が、痛いほど抱き締めてくる。そうして。
思ったよりも、ずっと静かな。吐息みたいな、囁く声で、

「ありがとうな、カイ。オレ…すっげぇ嬉しいぜ?」

本当に…心の底から…嬉しそうに、そう言った。

「なんで…」

また…心臓が、掴まれたように、苦しくなる。
おまえは…何を…こんなことで…そんな…

「ばーか。カイ、おまえ、いつもすっげー頭良いのに…こういうの全然ダメだなー」

やっぱり嬉しそうなまま笑って。
このオレに、平気で不遜なことを言ってくる。

「そんなの…おまえのことが、大好きだからに決まってんだろ!!」

そうやって…オレを驚かすことばかり言って……
それまで、誰も踏み込まなかったオレの中にまで…平気で、入ってきて……

…でも、おまえは……

初めて会ったときから……そうだったな……タカオ…



「なぁ…カイ…」

肩口に頬をつけ、オレの背に腕をまわして、肩甲骨の窪みを、タカオのひとさし指が、なぞるように突っついた。

「おまえ…傷いっぱいだな…」
「………」
「このなかに…オレがつけたのも…入ってる?」
「あるだろ…それは…」
「どんくらい?」
「さぁな」
「たくさん…あるかな?」
「そんなもの…わからない」

きっと…たぶん…数えきれない……
オレの身体の…奥までも…

不意に、タカオが呟いた。

「ごめんな…カイ…」
「木ノ宮…?」
「オレ…そういうつもりじゃ…なかったんだ…本当に…」

なぜか、とても悲しんでいるような。
でも、透き通るほど美しい…とても透明な…声だった。

「なにを…おまえが…謝る?」
「ん、そうだけどさ」

小さな笑いに、まぎれこませて。それからまた、唇を重ねてきた。

「……ん…ッ…」
「………ふ…」

いったい、何を、言おうとしたんだろう。

聞くべきなのか…知らなくていいのか…それさえ…今のオレには…よくわからない…

「……カイ……もう、いいか…?」
「……木ノ…宮…?…」

―――――!?

急に、腋の下に差し込まれた両手に、持ち上げられて。

さっきまで指を挿れられていた部分に…木ノ宮の…それが、あたった。

何をされるか、とっさにわかって…

反射的に、身体が…

逃れようとした…

「い…イヤだ!!木ノ宮!!は…放せ!!」
「カイ…」
「や…やめろッ………ア…ァ…」

必死によじった躯を無理に戻されて…タカオが…オレの…中に…入って…くる……

「ア…ぐうッ…」

硬く勃ち上がったものの上に、強引に腰を落とされ、否応なく逃げられない。
噛んだ奥歯が、耳の奥で鳴った。

「カイ……カイ…そんな…心配すんなよ」
「……あ…ぁッ…嫌だ…」
「カイ!…大丈夫だから!!」
「ひッ……アァ…」
「カイ…カイ!!聞こえてるか?!力、抜けって…。オレも…痛ぇよ…」

最後の言葉で……目を開けたら…。
タカオが、片目を強くつぶって、苦笑している。
額の汗が…冷たく…見えた。

そんなに自分も痛いなら、よせばいいのに…なんで…おまえは…こんな……

そう思ったら、一瞬、力が抜けて、

「………あうッ…」

木ノ宮の根元まで全部、呑み込んでいた。


カラダが……もう……よく…わからない…

「あーやっと入った。おまえ…ひっでぇの」
「どっちが…だ…」
「そんな騒ぐこと、ねえだろ」
「…………」
そのまま、強ばって…しばらくじっとしていたら。互いの鼓動と、息遣いが入り交じって。オレの中の…タカオの熱も、一緒に感じて…
全部が、一つの音に聞こえてきた。

「動いて…いい?」
「………どうせ、嫌だと言っても…やるんだろ」
ヘッ、と木ノ宮が笑った。何だか、憎たらしいほど自信たっぷりに。
「ホントに嫌なら、やんねえよ」
「わかったような…口を…きくな」
「わかってるさ」
「なに?」
「わかってるさ、カイ…」


―――…今は…もう…―――



どうして、タカオが、

そんなふうに言ったのか、わからないが。

そう言われて、

手を…握られた。

いつもみたいに。

いつも、オレが……

一番困ったときみたいに。


「カイ…大丈夫だからな」
「………」
「もう、絶対、大丈夫だから…」

囁いて、タカオが、微笑んだ。


それは…
なんだか……とても不思議な…笑顔だった…。

いつもみたいに、透明で、強くて、柔らかくて、眩しくて…

なのに…


見たこともないほど…静かな…まるで、


凪いだ、銀色の…鏡の海のような…


「フン。よけいな…世話だ」
魅入られたようになって…慌てて言ったら。タカオは、また笑って。そうして、

まっすぐオレの躯を、突き上げた。

「…アうッ…、やっ…やめっ…」
「心配すんな。大丈夫、ゆっくり、やるから」
「あ、ぐ、…うぁ…ッ」

なにが……大丈夫なんだ……
やっぱり…痛くて……ひどく…辛い…

「ぅ…く…」

握った手に…力を入れたら。
タカオが、もっと強く握り返してきた。

「カイ…大丈夫だからな…」
「嘘を…つけ…」

「ほんとに…おまえのこと…」
「……木ノ…宮…?」
「オレ…今度は、ちゃんと守るから…」
「こんどは…まも…る?」

何を…言ってるんだ…おまえは…

「女じゃ…あるまいし。オレを…侮辱する気なのか?」
「んなワケねえだろ。なに言ってんだよ、おまえこそ。関係ねぇよ、男とか女とか。てめぇの大事なヤツ守るのに、そんなもん…関係ねえだろ?」

びっくりするほど近くにあった…ブラウン…よりも…レッドオーカーに見えた瞳に。
大きく…オレが……映ってる。
こういうときのタカオは…本当に…腹が立つほど、確固として…揺るぎなくて…

「フン。ずいぶん…自信ありげだな」
「あぁ。ほか全部、忘れてもいいから…」

また…不思議な色で…微笑んだ。

「今言ったことだけは…絶対に忘れないでくれよな…カイ…」

ほんとうに…不思議だ。
オレが…出ていったばかりの頃は、こんな静かな表情は、しなかった。
なんだか…ちょっと見ない間に…ずいぶん成長したのかもな…おまえは…

そう…感じたが

また置いてかれそうで悔しいから…黙っておいた。

「カイ…力、抜けって」
「……ぅ…う…あ…」
「ダメだろ、おまえ、このままじゃ…辛ぇだけで…。あ〜どうすりゃいいかなぁ」

自分もそうとう痛いくせに。オレの背を撫でながら、本気で考え込んでいる。
じゃあ、今すぐヤメロと言いたいが。
言えないオレは…………オレ…は……

そこで木ノ宮が、ふと明るく笑った。
「…ま、だけどさ、それも、ちょっとは安心なんだけどな…」
「……?」
「だって、おまえ、いつも、ホントに痛ぇと黙っちまうだろ?今は…よくわかるから」

……木ノ宮。
それはな、隠す余裕もないって、だけの話だ。

「な、聞けよ、カイ。この体位、一番、負担少ねえんだって。だから初心者向け」
「フン。つまり…おまえでも出来そうって…ことか」
「そ。んな、いきなり難しーことしねぇって。だってオレより…カイが大変になっちまうだろ」

「……う…ぁ…」

それでも。

少しずつグラインドされて、
揺らすみたいに小さく突き上げられて。

いつのまにか。


互いの背中に回った腕が、抱きついて。


オレも…しっかり、しがみついてる…。


「……あッ……は…ぁ…」
「カイ……どう…?」


木ノ宮の声が、遠く、近く、聞こえた…


「タカ…オ…」
「ん、カイ…?」

「…あ、…あ…」
「…んッ…」

だんだん激しくなる動きに、すがりついて。

よけいな一切を、取り払ってしまった、感覚だけが、

ただ素直に、身体の快感を、追いかけて

「あッ、あっ、あッ、アッ…」
「カイ…ッ……カイ…!!」

二人の間で動く体液も、

身体さえ、

どちらのものか、わからなくなる頃…

ア、あぁッ、あっ、…タカ…オ…
「…カ…イ…ッ…」

タカオの声と体が、全身を深く貫いて。
オレも、これまで呼んだことのないくらい、いっぱい名を呼んで。

そうして。すっかり、一つになれたと…感じたとき、



ああ、やっぱり、

オレは、もう、すっかり、オレの半身をコイツに奪われてしまって。

代わりにコイツの半身がオレの身体にくっついて。

この先、生きている間中、
どうしても離れられないことになってしまったんだと…観念した。



いや…ほんとうは…認めたくなかっただけだ。
三年かけて、知らず知らずのうちに、すっかりそうなってしまったのを、オレは無理に切り離そうとして。

できなかったから…またここへ…戻ってきたんだ。


ほんとうは、おまえ以上に…オレには、おまえが…必要なんだ。



こうなってしまった以上、たぶん、方法は、もう……一つしかない。
木ノ宮……おまえは…怒るかもしれないが。



それでも。

おまえが、今、オレの中にいて。

オレの手を握って。

暖かい熱が、繋がった部分から全身に広がって、存在一杯、包んでくれて…

たぶん、オレは、自分が今、一番、幸せなんだと、感じた。
これまで生きてきたなかで…最高に…
自分が、人に抱かれて、こんなふうに感じることができるなんて…本当に…思わなかった…

木ノ宮……
やっぱり…おまえに愛されて……よかったと思う…

…だから……もう…これからも…二度と言うことはない言葉を、言っておくぞ?

……ありがとう…タカオ…
オレは…今…とても幸せだ…



これで……もう……



……明日、死んでも。


何の後悔も…残らないほどに…


オレは……幸せだったから…

■to be continued■