「よっしゃぁ〜!ついに、完っ成〜っ!!」


何がだ?

とツッコミたいところだったが、木ノ宮のニヤケた顔を見ていたら、その気も失せてしまった。

一緒にベッドに上がりこんで、オレの顔を両手ではさみ…コイツは…もう嬉しくって、どうしていいのかわからない犬みたいに、バタバタ喜んでいる。
オレは、背中のクッションに体を預けて…さっきから何度もオレの顔を眺めては有頂天になっているコイツに…
…呆れていた。

「やったぜ!!これでカンペキ!!撤去完了〜!!」
「撤去…?」

あぁ、包帯のことか…。

とは、思ったが。用済みになった白いガーゼを撒き散らかして、オレの上で、お祭り騒ぎをやってるヤツの気持ちまでは、わからない。
もともと…
体の外傷は、それほど深刻ではなかった。あの…ゼウスとかいうベイの直接攻撃力は、ほとんどが雷撃だったから、オレが負ったのは、むしろ火傷だが。組織が壊死するほどじゃなかったし。爪にえぐられた傷のほうは、特に深かったのは胸だけで、ほかは、さほどでもない。
オレは、うっとうしいものは早く取りたかったから、体の包帯は適当にはずしていったんだが…

ただ、木ノ宮が。
目が見えなくなったらどうするんだ、とか。痕が残ったら絶対イヤだとか、大騒ぎして…
顔や額だけは、たった今まで取らせなかった…というだけのことだ。
あんなもの。右の角膜が傷ついていたとはいえ…一番、軽いキズだったのに。

「なにが、そんなに嬉しいんだ」
呆れたタメ息で、目の前のコイツを見れば…タカオは、
「ったく…相変わらず、感動の薄い奴だぜ。おまえは〜」
存外、偉そうに言い返してきた。
「これで、や〜っと、包帯、全部とれたんだぜ!?盛大に、お祝いとか、したっていいくらいだぜ」
「じゃあついでにシャンパン…は…この家には無さそうだから…赤飯でも炊いてみたらどうだ?」
「お、それ、いいな〜!!じっちゃん帰ってきたら、炊いてもらおうぜ」

コイツ……
ぜんぜん冗談になってない…

「ま、そりゃぁ早いとこ、すっかり元通りになれば、いうことねぇけどさ。とりあえず、なんか治った〜って感じするだろ。これで、おまえの顔も、全部、見えるようになったし!!」
「オレの顔が何だというんだ」
「なんだよーもっと喜べよ〜。これでおまえの両目がバッチリ見えるし、頬のキズだって、もう全然わかんねぇよ。火渡カイの顔、ついに完成〜だろ!!」

オレの何が…完成だって…?
ホビーのパーツじゃあるまいし。コイツの発想は、よくわからないが…。

タカオは、よほど嬉しいらしく、しげしげ顔を眺めては、「おまえって、やっぱキレーだよなー。すっげー色白ぇ〜」などと…どんな眼をしてるのか疑わしくなる意見を何度も繰り返している。

たしかに視力が回復したのは、ありがたいが。
実のところ片目の感覚に慣れすぎて、全快した今のほうが、かえって明るすぎてバランスを失う。ずいぶん今までが暗い世界に居たのだと思うが…人間それしかなければ、それなりに慣れてしまうものかもしれない。

「そーだっ今度、オレが、ペイントしてやるよ!!白い顔もいいけど、アレがなきゃぁ、カイじゃねぇもんな」
「やめろ。きさまには無理だ」
「え〜!?何でだよ〜!!」
「違う顔にされたくない」
「信用ねえなぁ。任せとけよ。カイの包帯だって、ちゃんと巻いてただろ」
「嘘をつけ」

コイツは…下手クソなくせに、いつも自分が替えたがる。ほどくのはいいが、うまく巻けない。そのたびに、あちこち形が崩れて独創的に変わっていくんだが…まぁ、それも今日までのことだ。

「へへ…やっぱり…綺麗だなー」

オレの額から前髪をかきあげて、瞳をじっと見つめてくる。
「昔見た、紫色の宝石みてぇ…」
タカオが、そのまま目を閉じて、唇を寄せてきたので、
オレも同じように閉じてやったら、

右の瞼に、そっと圧し当てるようにキスされた。

「えっへへ…」
「満足か?」
「オレ、今、すっげぇ嬉しいぜ」
「おかしな奴だな」
「そうかー?…あ、でも、まだ満足じゃねぇよー」
そう言って、首にからみついては、犬みたいに頬をすり寄せてくる。
「あースベスベえー気持ちイイなー」

……なんか……こっちが…恥ずかしくなってくるんだが……

こんなヤツに、自分を好きにさせてるオレも…たいがい、どうかしてると思う。



急に広がった視界が、いつもより強く光って、木ノ宮の顔まで輝いて見える。

…夜なのに。

明るすぎて…また少し…目眩がした。


「……カイ?」
「あぁ……何でもない」

「じゃあさぁ…その〜〜…あのな、カイ」
妙に照れて赤くなったコイツが…珍しく口籠るように、ぼそぼそ言った。
「今日は…キスとか……して、いいか…?」
「いつも、やってるんじゃないのか」
オレの許可もとらずに。
「じゃなくって。もっと…その…。えっと、だから…先まで、とか」

うろたえてるのに、真剣で。歯切れが悪いばかりか、妙に改まっている。

―先―

という言葉が気になったが。コイツの言う「先」が、どの辺りを目指しているのか…いまひとつハッキリしない。

「…………」

黙っていたら、唇に、誘うように軽く触れてくるから。いつもみたいに、引きずられて口を開いたら、

タカオは、それを了解と受け取った。



オレの背に手を回し、そっとクッションをはずして、コイツにしては…模範的なほど静かに、オレをベッドに沈めてる。
べつに…
それほど気を遣ってもらわなくとも、いいんだが…。あれから、かなりマシにも、なってることだ。
たしかに、今でも自分じゃ上手く動けないが。
このテの運動障害は、じっとしてるほうがかえって危険で、無理にでも動かしておかないと、ますます動かなくなってしまう。日常生活には支障だが、ふつう以上に扱ってもらう必要は全くない。
そこは、木ノ宮にも教えてある。
それでも、
どちらかというと過保護にしたがるコイツが…
今夜に限って、こんな行動に出たのは…長いこと患っていた外傷がきれいにとれて、よほど嬉しい…ということなんだろうか?
よく…わからないが…

「カイ…」

まったく体重をかけないようにして腹のあたりに、またがった木ノ宮が、オレの前髪をかきあげて、じっと覗き込んでくる。


「ほんとに…して、いいか?なんかオレ…途中で止まらなくなっちまうかも…しんねぇんだけど…」

「………」



……そのわりに、一向に、何もしてこないから、

「………?」

とりあえず、閉じていた目を、少し開けて確認すると、
上に乗ったコイツのほうが、真っ赤になって固まっていた。

「わっ…やべっ…」
「なにが?」
「なんか、オレ…すっげー緊張してきちまった…。ど…どうしよう…」
「それが、ひとを押し倒しておいて言うセリフか」
「そうなんだけどよ〜。やっぱ、マジやるとなるとな〜…う〜〜」
「なら、やめておけ」
「ヤだよ。せっかくOKもらったのに」
「………」
「う〜あ〜〜〜えーいっ!もぉっ考えたって、仕方ねえっ」
「ぐッ…!?」

勢い余って、互いの歯がガチッとぶつかっている。

…かなり…痛い…

「あ、ご…ごめん」
「………きさまは…キスというより…かぶりついただけだろうが」

なんだか先が思いやられるが。この調子じゃ、いつものイタズラと、変わりない。



……で?「先」って…どこまでだ?


と一応、聞いておこうかと思ったが。

実のところ…オレもどこまで付き合う気なのか、よくわらないので…黙っておいた。







「ぅ…ん…」

上唇を咬んできた唇が、浅く嬲っている。ぎこちない指が、すっかりはだけた胸の上を忙しなく探ってくる。

なんだか…いつもと違うな。

と思ったが、拒否しそびれたまま、もつれ込んでいる。


「………ん…木ノ…宮…」

ぴったり合わせた唇から、深く舌をからめられ、とっさにタカオの腕を掴んだ。

さっきから、息遣いが、荒い。
しつこいほど深いキスが、何度も何度も、角度を変えて口腔内を弄んでくる。黙っていたら図にのって、いったい、どこまでやる気なのか、わからない…

「ん…ぁ…ッ…木ノ…宮ッ…」

急に、貪っていた舌の代わりに、指を銜えさせられた。
代わりにコイツの唇が、
顎から喉を辿って、首筋を咬んでいる。

「…ァ…ぅ…」

耳許に濡れた音が、直接、響いて、やかましい。
接触した肌が…熱い。
ひっきりなしに手のひらで胸や脇腹を煽られ、親指の先で胸の中心を嬲られている。

「き……木ノ…宮ぁ…」

ほんとに…どこまで…いく気なんだ……?…

「う…ぅ…んッ…?!」


突然、胸の突起を、強く吸われて、思わず、仰け反った。
「あ…う…ヤメ…ッ…」
掴んでいた指に力が入って、思いっきり木ノ宮の腕を握りしめている。

と、

「カイ…?」

そこで唇を離した木ノ宮が、気が抜けるほど、きょとんとオレを見た。
「おまえ…大丈夫かよ…?たった、こんだけで…」
「これだけって…きさまぁ…」
内心…少し…あくまで少しだけだが……怖くなってきて、思わず見上げると、
タカオは、わずかに、いつもと違う顔で、エヘっ、と笑った。

「でも嬉しいぜ。なんか…おまえ…すっげぇ感じてくれてて…」

瞳と唇が、淡く濡れて、綺麗な艶を帯びてる。子供じみた童顔のくせに…大人びた月の影を宿している。あの、オレを引きとめた最初の夜のように…。

「ほんと、嬉しいぜ。おまえって…何考えてんのか、よくわかんねぇこと多いからさ。こうしてると…すごく…伝わってきて」
「……こんな行為が…何だというんだ」
なんだか理不尽に腹が立ってきて、そんなふうに言ったら、木ノ宮は、また嬉しそうに笑った。

「カイ…キモチイイ?もっと…好くしよっか」
「ばっ…」

バカなことを言うな。と言いたかったのに。どういうわけか、上気してきた頬に声を阻まれて、うまく言えない。

「……あ…ぁ…ぅァ…」

口に突っ込まれた指をかきまわされて、
胸の窪みを丁寧に舐めまわされて、
性感を刺激され続け、すぐに下半身に、熱が集まった。

「…ひッ…!?…」

不意に降りた手に、熱の中心を掴まれて、全身が固まった。

「きっ…木ノ……宮……はな…せ…」
「あのさ、カイ…オレ、あんま巧くできねぇかもしんねぇけど…怒んないでくれよな」
「きさま…なに言って……ひァ…ッ…」

下着をおろされ、軽く局部を握られ、手のひらで嬲られ続けると、それでも、感覚に思考が食われて…
一切が、どうでもよくなってくる…

「はっ…ァ…は…ぁ…」
「カイ…イイか?」
「あ…あッ…ふ…」

木ノ宮の指に、根元から扱かれて、すっかり勃ち上がったそれが…もっと強い刺激を求めて震えてる。

「…も、イきそう?」
「いちいち…聞く…なッ…」

なのに、そんなヤツの声にさえ、
すぐ好くなってる自分は……もっとどうかと思った。
木ノ宮の指がオレを擦って、
唇が、鎖骨のあたりを甘噛みしている。
ゾクゾクする快感に痺れて、あっというまに昇りつめる自分が…なんだか…とても…悔しい…。

「カイ〜おまえ〜」
このバカが、今度は、また、妙にワクワクした声で聞いてきた。
「すっげー反応すんだなー。もしかして…超、感度イイ?」

クソ…なんで…こんな…
このオレが…こんなことで、翻弄されてなきゃならないんだ…

「あ…あ…ぅ…」


木ノ宮の手の中で、自分の先走りの水音が、しつこく響いてる。

囁かれる耳許と、
濡れた身体と、
局部と、口唇と…
いったい、どこをどう犯されてるのか、わからなくなってきて…
オレは、首を左右に振って身をよじった。

「いいから…ッ…木ノ宮!!…もう、やめろッ…」
「おっまえ〜…こんなになっちゃってんのに…やめていいのかよ」
「あッ…く…」
硬くなったそれを、親指の腹で弾かれて…体の奥が、鳴った。

「ア…う…」
「待てよ。こんくれーじゃ、まだイかねぇだろ?」

木ノ宮のバカ声が、腹の立つほど余裕に…聞こえる。

なんてことだろう……このオレが…こんな…
こんな…ことで…


「カイ…悪ぃけど…も少し、足開いてくれよ。じゃねぇと…」

そのとき。

タカオが耳に囁いた。
息が、奥まで、ゾッとするほど熱い。

この大バカが…
「いったい…何を…こんなに…しておいてっ…」
「じゃなくてさ。ココに…挿入れるから…」

ひくり、
と下腹部が引きつった。
中指でなぞられて、背筋が震える。
足を大きく広げられ、
片足を持ち上げられ、確かめるように、体の奥に、濡れた指が圧し入ってくる。


「やっ…やめろバカっ…!!」


その瞬間。




快感と、おかしな恐怖で…

オレは、全身がすくんだ。




怖い。



怖い?
なぜだ?

感覚と、感情の、折り合いがつかない。



まさか…たぶん、それ自体が怖いっていうんじゃないはずだ。

こんなことで、世界が変わるなんて、オレはきっと信じちゃいない。

なのに…

何か…この先、オレが徹底的に追い込まれてしまいそうな、重大で、恐ろしい不安で。

絶対に、この先へ行ってはいけない、鋭い恐怖に突き上げられて。


木ノ宮の体を、おもいきり撥ね飛ばそうと腕を上げたら、
うまく動かずに、
傷ついた胸椎に響いて、

……失神しかけた。




「お…おいっ、カイ!!だっ…大丈夫かよ…」

木ノ宮のほうが慌てている。というより焦って必死になっていた。
「カイ!!悪い、オレ…」

いや違う、そうじゃなくて。

と言いかけて。
何がそうじゃないのか、自分でもわからずに。
無理に動かした腕で、オレは無闇に、ほとんどしがみつくみたいに…コイツの頭を抱き寄せた。

「カイ…?!」
「違う。おまえが…あやまることじゃない」
「カイ…?」
「おまえの…せいじゃないんだ」
「じゃ…オレとするの…イヤってわけじゃ……?」
「……嫌じゃない」
と思う。

と小声で付け加えて、オレは視線を逸らした。きっと頬が、紅潮している。

まるで自分が…頼りない、何も知らないガキみたいな気がした。

オレが……
こんなになってしまうのは…

オレを抱いてるのが、木ノ宮だからだ。

こんなに頬が上気したり、触れられただけで辛いほど感じたり、色んな臆面やプライドすら、どうでもよくなってしまうのは…
木ノ宮、おまえだからだ。

…そういう自分を、オレは、許したいと思うと同時に、これ以上、感じたくないと、思う。

大勢の仲間と居るのが大好きで、好きな相手と、ただ一緒に居るだけで幸せになれる、おまえとは…オレは違う。
おまえの明るさに憧れる一方で、その光は、オレには眩しすぎて…いっそ苦しい。
おまえの賑やかな家に居る自分を、痛いほど場違いだと感じる。仲間との馴れ合いにさえ、結局、最後までは、溶け込めない。

オレは、おまえとは、違うんだ。

だから……
きっと…最後まで一緒になど、居られないのに…

そのタカオから…
二度と離れられなくなってしまったら……

オレは、どうすればいいだろう。

絶対に帰れない場所にしか、生きられなくなってしまったら。
そうしたら…オレは…帰る所ばかりか…この世に生きる隙間さえ…失くしてしまう。

本当に…もう……なにもかも…失ってしまう…


絶対に、そうなってしまわないように。

おまえなど居なくとも生きていける、昔のオレのままで、いたかったんだ。昔のオレに…戻りたかった。

だからこそ、オレは……
…おまえの許を…離れたのに…


どうして…この家に、また戻ってきてしまったんだろう…

どうして……今…おまえの腕の中に、いるんだろうか……



「カイ…」

濡れた肌をぴったり合わせて。
背中まで手を回し、オレを深く抱き締めて。タカオが小さく呟いた。

「なんか…オレ…やっぱ、おまえのこと、よくわかってなくて……」
「…違う、だからそれは…」
「いや、いいんだ。ごめん。ほんと、ごめんな…カイ…」

オレの髪に顔を埋めたコイツのほうが…なぜか…泣いてるように聞こえた。伝わってくる吐息が、熱い。

「でもオレ、本当に、おまえのこと、好きなんだ。どうしていいのかわかんねぇほど…好きなんだ…。おまえのためなら、なんだって、してやりてぇよ。でも…何をやったらいいのか…わかんねぇんだ。…だから、オレ…」

本当に…泣いているようだった…。どうしてだ?おまえには、まだ何も、教えていないはずなのに…

濡れ縁から差し込んだ淡い月が、シーツに深い影をつくっている。その深みに、頬を埋めて、

「でもさ…」

木ノ宮が、前にも一度、聞いた言葉を…もう一度、呟いた。

「最近、やっと…少しだけ…笑ってくれるように…なったんだ」


「…笑うって……誰が…?」
今度は、オレも聞いた。すると、

「…おまえ。だけど、おまえじゃねぇの」

不思議なことを、囁いた。

「木ノ宮…?」
「なぁ…カイ…続き…」
突然、木ノ宮が、顔を上げた。

「続き…やろうぜ」
「………」
「おまえが…そんな嫌なら…しねえけど。…やってみたら、もしかしたら…何か変わるかも、しんねぇだろ?」

思いつめたような瞳が、なぜか、水に映る月みたいに揺れている。

一瞬。

光、というより、影に見えた、その瞳が…

オレの、何かを……知ってる気がした。オレすら知らない、オレ自身の何かを…




これも…ただの…錯覚なんだろうか。



その答えが、知りたくて……オレは、小さく頷いた。




■to be continued■