「いーやーだっ」

木ノ宮が…駄々をこねたガキみたいに暴れている。部屋の中央で、腕組みして、背筋を伸ばして立っているから…格好だけは、ついているが。

「嫌だったら嫌だね。いくら、おまえに言われたって行かねぇモンは行かねぇ」
相変わらずベッドに寝たままのオレの前で……大声で宣言してから、さらに大股で近付いてきて、決闘みたいに声を張り上げた。
「いいか、カイ。オレはなぁっ、いつだって、おまえにだけは、9:1の割合で譲ってると思うけど」
「…………そう…だったのか?」
「そうなのっでも今回だけは、ダメだ。オレが決めたんだから、ぜってぇ譲らねー」

暴れてるコイツを止めるのは不可能だから、オレは黙ってタメ息をついた。

べつに…たいした話じゃない。
大転寺会長の依頼で、タカオに、BBA主催のエキシビジョンマッチに出てくれないかというのだが…現在は河川敷でプレハブ運営中のことだ。遠征するといっても、町内会レベルの催しで、ほとんど大道芸人てことだろう。
それでも…
レイやマックス達が喜んで参加するそのバトルに、コイツが出たがらないのは…やはり異常だ。
その原因がオレだと聞いたから…言わないわけに、いかなくなったのだが…

「だっておまえ、オレがいねぇ時ばっか倒れてるじゃねーか。試合に出るとなりゃ練習もしなきゃなんねぇし…日本全国まわるんだぜ?全然、家にいられねーよ…だからダメだ」
「オレのことなら、気にする必要はない」
「おまえはそうでも、オレは気になるの!だいたいバトルに集中できねぇよ」
「なぜ集中できないんだ?」
「オ〜マ〜エ〜は〜。オレがどんだけドキドキしてるか知らねぇのかよ。こないだだって、オレが道場から帰ってきたら、寝てるはずのおまえが床に、ぶったおれてて…もぉ死ぬかと思ったぜ、オレのほうがなっ!!」

「…そういう偶然もある」
「なに言ってんだよ。大変だったんだぜ、あの後。おまえ…何か…すげぇうなされたりしてて…」

そう言われると…困ってしまうが………
たぶん今のオレは…押し黙ったまま、凄まじくキツい視線で木ノ宮を睨んでいるに違いない。動揺した感情を隠そうとするとキツくなってしまうのは、自分でも知っている。
オレが黙っていたら、だんだん、タカオの声が低くなり…勢いが失せて、最後は大きな瞳まで潤んできた。

「もう嫌だぜ、オレ…。おまえのあんな姿見てると…すごく辛ぇし……もう…オレのほうが辛ぇよ…」
「木ノ宮…」

とうとう本格的に困ってきて…
オレは…とにかく視線は伏せておいてから、手の甲で、そっと木ノ宮の手に触れてみた。……そこまでが…オレとしては精一杯だったが……。
起伏が激しいうえに至極単純なコイツは…オレの指を見つめて、一瞬、赤くなって、それからすぐに機嫌を直した。

「だいたい、なんでカイが…ンなこと知ってんだよ」
「今日、マックスとキョウジュが来た」
「それでかよ。オレを説得しろとか言われたのか?だけどなぁっ」
「木ノ宮」

とりあえず、復活しかけた奴の勢いを差し止めて。それから、なるべく誤解のないよう言っておいた。

「べつに、オレはどっちでもかまわん。おまえが受けた依頼だ。おまえの好きにすればいい」
「カイ〜〜なんだよ〜も〜」

は〜っ…
と大きな息をついて、木ノ宮は…バタンとオレの枕元に顔を埋めた。

それは、そうだ。こんな個人的な一件はオレの口出しすることじゃないと思っている。ただ…その判断にオレが関わっているのが気になっていて。妙にムキになるコイツが…ひどく引っ掛かってもいた。

木ノ宮は……
本当に、あれから一度もベイを握らない。ブルックリン相手に壊れたドラグーンは、とっくに修理が終って手元に戻ってきているはずだ。なのに、ヤツがそれに触れるのを見ない。
こんなことは…初めてだった。

「本当に…オレの体のことだけなら…おまえが、そこまで気にする必要はない」
「カイ…?」

どうせ、オレの体は…今日、昨日のことじゃない。
まだ、骨格も出来ない幼いうちから、使い捨て的な、想像を絶する過激な訓練ばかり受け続けた…ツケが回った。その後さらに、そのツケを、自分自身で広げてしまった。もうとても一人では…支払い不可能なほどに。
それだけだ。

だが、そんなことを、タカオが知る必要は、まったくない。

「あーあー。わかってるよ。おまえの体は、おまえの勝手なんだろ」
フテ腐れた声で、枕のスキ間からそう言った木ノ宮は…
それから、急に顔を上げて、

不意に…微笑った。

「でもオレ…わかってるぜ?カイ」

信じられないほど、綺麗な笑顔。

瞳のダークブラウンが……まっすぐ深く、射し込んでくる。

オレは…
一瞬、絶句してしまって…縛られたみたいに、その視線から動けない。
もしかして…コイツは…本当に…何か知ってるのだろうか?
オレさえ知らないような、オレの奥底の何かまで…………?

「なーんてな、うそ、うそ!!」
突然、視線を崩した木ノ宮が、大声で笑った。
「おまえって…ほんっと…顔にも態度にも全然出ねぇから…わかりにくいんだよな〜〜…ってことに、最近、気付いたぜ、オレは」
「最近?」
「ああ、最近な」
なんのつもりか、やけに得意気に笑っている。
いったい…
何年、付き合ってると思っているんだ。
バカバカしい引っかけに、
「おまえは…わかり易すぎる」
と不機嫌に言ってやったら、
「ちぇ〜。オレばっかり〜……」
唇をとげて、子供みたいに、むくれた顔をした。



それにしても。さっきのは…何だったんだ。


やはり、ただの…冗談だったのか?
木ノ宮は…もう、いつもの木ノ宮だ。

「コレ…またマックスが持ってきたのかよ」
「ああ」
「あーまた、新しいパジャマとかだぜ?」
テーブルに載っていたラッピングの、ピンクのリボンを、ひっぱっている。中から、ボレロ付の派手な上下が出てくると、それを広げて喜びまくった。
「ぎゃっははは〜っ…すっげ〜ヒラヒラ〜……あいつ〜…『カイにはフツーの服は似合わないネ』とか言って、すっげ〜のばっか買ってくんだよなー。母ちゃんと一緒に選ぶんだってよ。なーカイ〜これ着てみろよ!!可愛くなるぜ、きっと」
「………」
バカなことを言っている。オレを可愛くして、どうするつもりだ。

「……あれ?…もしかしてケーキじゃん!!」
フリルと刺繍付のボレロを両手で握ったまま、隣の箱に目移りしている。
べつに…いつもの木ノ宮だ。

やはり…さっきのは……冗談だったのかもしれない。というより、オレの錯覚か…?

「キョウジュが持ってきたのか?これもマックス?…いいや、よしっ食おうぜ」
「オレはいい」
「味見くらい、いいだろ」
もう、一つ目を手づかみで口に入れながら、中に入っていたスプーンで、デコレーションクリームをすくい、オレの顔に近付けた。
「ほら、カイ。おまえ寝てていいぜ、食わしてやるよ。あ〜ん」
「………」
「食わねぇのかよ〜せっかくアイツらが買ってきてくれたんだぜ?おまえのために〜」
「せっかく」と、最後の「ために」を、あまり強調するから。つい小さく口を開いたら…

「……!?………きっ…木ノ宮、きさま!!」
「ケーキ、美味い〜?」

このバカが……
唇に生クリームをくっつけたまま、嬉しそうに笑っている。

「だれが口移しで食わせろと言ったんだ」
「いーじゃねぇかよ、味見できたろ」
「………ン…ンン……やめ…ッ…」

コイツ……オレの舌まで食うつもりか。食い意地の張った奴は、なにをやりだすか、わかったもんじゃない。

「……んっ、ん…う……」
「……んー〜〜カイぃ」
ひとの…頭と手首をしっかり押えて。身動きとれないオレを……まったく……いいようにしてくれる。すっかり趣旨の違ってきた菓子が、木ノ宮と自分の唾液に混じって流れ込むと、


今度は、本当に、甘かった。






■to be continued■