「変だなァ…たしっか…ここらへんのハズ…なんだけどなぁ…」


…木ノ宮が、あちこちの小路に、むやみに
突っ込んでは、困った顔で、きょろきょろ見回している。

L.E.Dの青い実がすずなりに光る白い模造樹の下、近代芸術みたいなスチールベンチに、むりやりオレを座らせて…
…いったい…
さっきから…何度、オレの前を通りすぎる気だ?…おまえ…

両足を組んだヒザ上に、両手を重ねて置いたまま…黙って見上げ続けているオレに、

「なぁ、おまえ、勝手に帰んなよ?そこ居ろよ?ぜってーいなくなんなよ?!」
通りかかるたび、タカオのバカが、うるさく念を押していく…


……まったく……
…どこへ行くっていうんだ……いまさら………オレは…

………もう…


……ただ…



「昔さぁ…何度も来たんだけどなァ…参ったなぁ…」

また通りすぎたタカオの背中が、とうとう困り果てた様子で立ち往生した。
「来た?…何しに」
「え…いやぁ〜……その〜……」

……?……しきりに照れたように、肩をすくめては、下を向いて頭を掻いている。

「えっと……いやその……もちろん…ヒミツ…ってワケじゃねぇんだけど…」

…なんだ?…まだ何か、秘密、なんて高尚なモンが、コイツにもあったのか?
その…変に恥ずかしそうな様子が…気になるが…

いったい…さっきから…オレを、どこへ連れて行く気なんだ……?




またしばらく姿の消えたタカオを、おとなしく待っていたら


急に


「ああっ、あったあった!やーっぱ、あったよー!!」


やけに弾んだ息が、公園のさらに向こう…細い通りから、飛び出してきた。













……教…会……?…





「そー!ここ、ここ!」

赤いとんがり帽子の屋根をかぶった、白い小さな教会が、大きなゴシック系の建物の陰に隠れるように建っている。
似合いの華奢な鐘楼の隣には、かわいらしい菩提樹。その奥には、新緑の藤棚に囲まれた、青い平屋根のオモチャじみた幼稚園もついている…。
半分以上、闇に染められてるはずが…ふしぎに…浮かびでて見える。
横長の黒の門扉には、金文字で、天主堂、と彫り込んであった。

「天主堂…?」
「え?あ?…そーそー。ココ、そういうんだよ〜」

…天主堂、というのは…聖母マリアに捧げる教会…のはず…だが…?

ささやかにライトアップされた三日月型の芝生を踏んで、泉の湧き出る、なだらかなスロープを登ると…淡いレモンイエローとライトグリーンのステンドグラスをはめこんだ、アーチ型の入口に辿り着く。

タカオが、ためらいもなくドアを押すと、キイ、と華やかな音がして


扉が…開いた…。


誰も、いない。

…が、 驚くほど明るい。 ヴォールトの入った白いアーチ天井や身楼の四角い天井に並ぶ…間接照明のせいだけじゃない。
アメ色の板張り床がピカピカに磨かれ、周囲を反射して白く輝いている。 しかも昼間の陽射しをいっぱいに含んだように、穏やかな温みが、ふんわり漂う。

ロマネスク様式、特有の……ギリシャ神殿のように、ずらりと奥まで続く列柱は……石ではなく木製で…上から巻いた純白のしっくいが、サワってみると…柔らかな人肌のようだ。
背後には、左右に、ツヤツヤ光る木製の、らせん階段がのびていて…香木で作られた、ぶどうの実と葉が絡みつく、二階のキラキラしたパイプオルガンの座席に、つながっている。

両側に並んだ半円窓のステンドグラスは12枚とも…相も変らぬ使徒たちだが…よく見ると、ふつうのステンドグラスではなく、特殊な技法で2枚のガラスにはさまれた色彩画だ。……だから…夜でも…こんなに明るく感じる…のか?

まったく違う造りなのに…なぜか…木ノ宮の家と…すこし似てる気がした…

「おまえ…ここは…」
「…いやぁ…そのぅ…」

木ノ宮が、やはりちょっとだけ…照れている…。
それから、
オレから離れて、一人、奥へと歩きだした。

「おい…?」

行く先には…

ふたつの列柱に3つに区切られた三廊式バジリカの、左の祭壇に、十字架にかけられたキリストが。…右には、キリストに水のバプテスマを授けた聖ヨハネ。
そして、中央の最奥には……六段に連なる…高くそびえた城のような祭壇に…

…美しいステンドグラスとバラ窓を背にした……

聖像…なの…か…?

………いったい……こいつ…は……


「母さんがさ…」

タカオの背中が立ち止まり、オレを振りかえった。それまで快活に見開いていた瞳が、わずかに潤んで…翳って見えた。

「…死んじまう前に…よく…ここに来てたんだ…まだガキだったオレを連れて…」
「……」

でも…微笑んでる…。とても柔らかくて優しい声音だ…

「そんときはオレもすごく小さかったし…ぜんぜん気づかなかったんだけど…。たぶん…知ってたんだ、母さん…自分の残りの命とか…。だから…いつも、オレを連れて…」
「……」

「あの、真ん中の聖母に……祈ってた…」

「……」


「なぁ、知ってるか?カイ……ココのって、すごく、変わってんだぜ?」


タカオが、振り仰いだ…それ…は…



……宗教美術の形式など、しょせん決まっている。どの聖母も、白い肌に、たいがい赤のチュニックを着込み、青のヒマシオンを外衣にまとい、金のヴェールをかぶる。そして手には、珠のような、キリスト。

でなければ、この教会の菩提樹の下にもいたような…石膏か陶器で作られた、純白のマリア。今、周り中に飾られた絵だって、どれも、そうだし…入口の絵も、金縁の白衣をまとってた。そんな白いマリアたちに囲まれて…この像だけが………違っていた。


黒い。

すべてが。

服も、外衣も、ヴェールも、自身さえも…

ただ、足元の台座にだけ…聖母を示す青と金がわずかに残る……漆黒をまとった、黒いマリア。

そうして、 美しい赤子の代わりに、
冷たく飾られた、十字架の短刀を…胸に抱く…


その掲げられた黄金の剣先は、誰に向けられているのか。それとも自身に向いているのか。 …よく…わからない。


タカオが、台座の下で、小さく苦笑した。
「な、珍しいだろ?真っ黒だし…ぶっそうなモン持っててさ」
「………」

あの短刀は…ロザリオか?…いや違う。…たしかに十字架の柄をもつ短刀だ。聖戈に似てるから、もともと聖パンを裂くものなのかもしれないが…
…それとも…
そのパンはキリストの言葉通り、やはりキリスト自身の肉を意味するのだろうか?

………マリア…が……これから…己が生み出すものを…裂くための…?


……………


「……なんで、こんなカッコしてて…こんなに黒いのかは、今も誰にも、わかんねえんだって。けど、ここのって昔から、こうなんだよ」
「………」

タカオは、もう…穏やかに笑っている。


たしかに…

…オレの育った修道院にも、中央の聖堂にだけは、天使や聖母の絵画…イコン、があった。すべてがエセな宗教場だったくせに、あのカテドラルの下だけは、なぜか、本物だったと思う。
どうせ年に一度、招かれてやって来る、総主教や府主教なんかの目を欺くためだろうが…

中央正面と、左右の聖障…イコノスタスも、
形式通りに描かれた見事な新旧聖書の世界が広がり……ルビーやサファイア、ひすい、トルコ石やコーラル、エメラルド、真珠、金銀で覆われたそれらが、雅びやかな色彩を放っていた。
赤と金で彩られた一羽の大鷲を囲む…バラの花環を織り込まれた主教座だって、完璧だった。

毎夜…その上に乗る男以外は…

あの聖障の…扉の奥で、誰も聖パンなんか切ってないことは、皆が知っていた。
カテドラルの下から聞こえてくるのは…いつも…少年たちの喘ぎ…悲鳴…魂消るみたいな…悲痛で…暗い…

それでも…オレは…
あの世界を、信じるしか…なかったんだが…


「………」
「カイ…?どうしたんだよ…?黙っちまって…そんなに、びっくりした?」


タカオが…覗き込む視線で、オレを見つめてる。

「…ああ」

だが…

オレが驚いたのは…マリアが黒いからだけじゃない。
あの、オレのいた修道院の…
一番端の柱に、隠れるように、ひっそり飾られていたマリアが…

これと…同じだったんだ…

あれはイコン…絵だったし…しかも上半身しかなくて…

でも、 それ以外は、まったく同じだ…
顔も、色も、表情も、持ってるものまで…なにもかも…



…な…ぜ……?



黒い聖母が…あのときとまったく同じ、静かな姿で…オレをじっと見下ろしている…。





あの…ロシアの…地獄の底みたいな…殺風景な暗い修道院で…
毎年、たった一度だけ…
総主教を招いて行われる、クリスマスミサだけは…荘厳だった。

天まで届くほど高い、石のドーム天井から…壁に投げられた色とりどりのステンドグラスの光が、陽の傾きと一緒に、だんだん床まで降りてくる。
落ちきれば、夜だ。

それから…

暗いカテドラルの内に、一斉に、数千本のろうそくが、ともる。
壁や柱に飾られた、何百ものイコンを照らす…大きな赤いろうそく。
それらを囲む…小さな黄色のろうそく…。

それらが、祭壇の天井から下げられた、透かし彫りの金銀の吊り具を、激しい炎色に、きらめかせて
…金の十字に、白布を垂らした…
十字架の中に磔のキリストを描いた布が、垂れ幕のようにあたりになびき…

いつもは固く閉め切った、
正面イコノスタスの厚いカーテンが開いて…そのときだけ、奥に隠された、純金の扉が、開く。
同時に中から、総主教が、左手に三本、右手に二本の長いろうそくを、まるで交叉させた剣のように腕高く掲げて出てくる。

白と金の、長い祭服をまとった彼が、両手をあげると、
左右に控えた神父たちが、…なかには殊勝な態度でかしこまったヴォルコフなんかも混じっていたが…、ソデをまくったり、胸に金の帯をかけたり、アタマに宝冠をのせたり。持ち上げるのもやっとのような、巨大な羊皮の聖書を持ってきて、広げたり。
そこへさらに細かい祭具をもった白い長衣の少年たちが付き従って……その他の雑用は、黒の長衣をまとった、もう少し年長の少年たちが担っていた…。

オレは…いつも白い長衣を着せられて、宝杖を持たされ…総主教のナナメ横あたりに並べられて居たんだが…

長い長い読経のような、朗読と、聖歌が終わると、突然ひざまずいて、全員が、がばっと床に額ずく。そして、呪文のように、アミンアミンアミン…と唱えだすなか、

いつも、こっそり顔を上げると、
主教が、オレたちのほうに近づいてきて、
手に持った、 シャンシャンと鈴を鳴らす、長い杖の先につけられた金の香炉を…振りまいていく。
主教が、オレたちの頭上で杖を振るたび、鈴の音が響き…乳香の煙が、独特の香気とともに、白く長く、尾をひいて流れてゆく…

それから、巨大な金の十字架と、ガラスに収まった古びたイコンのキリストと、主教のシワシワした手に、みんなで、キスして、
父と子と精霊をあらわす三本指と、 キリストの人性と神性をあらわす二本指で、十字を切ると…主教の長い長い説法が始まる…

しかし、実をいえば、
そのどれにも…
オレは…興味がなかった。

そんなことより、当時のオレは、封印された訓練施設のブラックドランザーが気になっていたり、
スポンサーの孫として情報だけは特別扱いを受けていて…こんなものが偽の宣伝儀式だと侮蔑していたせいだが……

ただ…

あの、 柱の端にひっそり飾られた、黒いマリアのイコンだけが…
その夜だけ、
とくに変わってみえるのに…惹かれていた。

いつもは薄暗いだけのその場所で、

幾千もの星を落としたような、ろうそくの灯火に打たれ、
イコンの金細工が輝いて、
マリアに重なるガラスに映った、ろうそくの炎が、本物と同じ数だけ揺らいで…


まるで、燃え盛る炎の海のなかで、漆黒のマリアが、自身に短剣を突きつけたまま、静かに祈りを捧げているようだった。


その壮絶な姿を、
頭上の

怖いほど深く美しい、蒼一色の…十字架のステンドグラスだけが…いつも、じっと見下ろしていた……。


オレは…たぶん惹かれてた。

あのイコンの黒いマリアの色は…どうせ菩提樹の地板とテンペラ絵の具が古くなってるからだと、皆、気にもとめずに言い捨てていたが…
同じ時期に飾られたマリアがみな白いのに……ミカエルとガブリエルを従えたキリストだって白いのに…
なぜ、それだけが黒いのか…

なぜ…メシアではなく…剣を持つのか…


もっとも。
そんなことを考えるヤツは、誰もあそこにはいなかった。
皆、生き残るのに必死だった。
どこにも神なんかいないのに…
誰もが、明日もこうしていられることを、必死に神に祈ってた。
いつも子供たちが集められていた、地下施設の…ステンドグラスもない、小さな明かり取りだけの冷たい窓の下で、毎夜、誰もが泣きながら十字を切った。

ロシアの冬は、寒い。

零下20度を超えると、樹液が凍って、生木が、内部から、バラバラに裂ける。運の悪い木々たちが死んでゆく、その悲鳴が、カーン、カーン、と、まるで、死者を送る、葬送の鐘の音みたいに聞こえてくるんだ…
猛吹雪のなか、切り裂くような風にのって平原を渡ってくる、その音が、冷たい暗闇に響いてくると、あまりに物寂しくて、凍えるほどに恐ろしくて…子供たちは、皆、聞こえないように急いで耳をふさいでは、必死に胸で十字を切った。

………バカバカしい。
そんなことをしたって無駄なのに。
そんなことまでしなければならないのは、あいつらが弱いからいけないんだ…。


そう思って………だからオレは、決して、祈らないことに決めた。


祈らずに済むほど…強くなりたかった。


誰を…踏みにじっても…


……オレ自身を…バラバラに壊したと…しても…


…ただ…オレが、勝ち続けられるように…



そのオレが…


いったい、
あの黒いマリアに
…何を見ていたというんだろう…



あの…深い憂いをたたえた……透きとおるほど、美しい…



……大勢の…完璧な白いマリアたちより、もっと静寂で…優しい…願いの顔に…



「でもさ、カイ…」

タカオの声が、またオレに、穏やかに微笑みかけてきた。
「世界には…ほんとに、少しだけど…こういう黒いマリアがいるんだって…。みんな、それぞれ色んな事情があって…戦争で焼かれちまったり…土に長いこと埋められてたり…火で汚れたり…悪ィ奴に黒く汚されちまったり……なぜか最初から黒いのとか…そんなんで…色々…」
「……」

「でも、すごく、綺麗だろ?」

像を見上げながら…驚くほど、くったくない顔で、タカオが笑った。


「な、カイ?…よく見ろよ?」

「なにが?」


「あの聖母さ、うんと優しいカオしてるよ…。ふつうの白いのより、もっと、うんと綺麗で…優しい顔してるんだよ…」




…それから…静かな……まるで、さざ波みたいな…不思議な声で…





「なぁ…カイ、これ、おまえに似てるよ…」





まるで…透明な光そのものみたいな瞳で…タカオが…





「とっても悲しいのに…それ以上に、優しい顔してる。どんなものより、うんと綺麗で…優しい顔してるよ…」







……嘘…だ……





「何を…言ってるんだ…おまえ…」


どうか…してる…

いや、おまえは、いつも、どうかしてるんだ。



オレは…
タカオの言葉を、いつも通り聞き流すために…祭壇の聖母を見上げた。


やはり、…同じだ。

だが…オレの見ていたマリアは上半身しかなかったので…その下の…台座までは見えなかった。
祭壇の頂上に据えられた、マリアの踏む、黒い球形の台座には、輝く十字架をはさんで、左にアルファ、右にオメガ、の巨大な飾り文字が、黄金で刻んである。

世界の始まりと終わりを現す文字………この世は、アルファに始まり…オメガに終わる…。

そうして…その下には、さらに…
美しい青色で…ヘブライ語の小さな文字が刻まれていた……




人は、 たとえ全世界を手に入れたとして、まことの命を損じたら、何の得がありましょう。

失った、まことの命を買い戻すには……何を差し出せばよいでしょう?


まだ、あなたに、光があるうちに、信じなさい。



あなたが、光の子供となるために……






………………




オレは…



…世界が…欲しかった。

たぶん……もう二度と…寂しくならないように…




…だが…





小さな文字の、綺麗な深い青色を指さして、また木ノ宮が明るく笑った。

「よく母さんが言ってた。これって…聖母マリアの色なんだろ?」
「……ああ」
「カイのペイントと…同じ色だな…」
「……ウルトラマリン…というんだ」

ウルトラマリン、とは、「海を越えた」、という意味だ。

大昔、西洋人たちが、遠い海の向こうから、命賭けで持ち帰った貴重な青い宝石の色を…畏敬を込めてそう名づけ、彼等の崇める母の色にした…

「あれは…青い石…ラピスラズリから作る。…本物は、見ろ…もっと…澄んで青い…。オレのは、その色に似せて作った高分子の合成品だし…そんな…意味じゃない」


戦うためだ。


あいつが消えて、そういう生き方をすると決めたときから、つけたものだ。

心から信じる者など、この世には、いない。
優しいものは、すべて消した。
もう暖かい夢さえ見ない。

だから。

たとえ、この世界すべてが敵でも…オレが、戦い続けられるように。
どれほど寒くとも…たった独りで……勝ち続けられるように。

絶対の力が、欲しかった。

誰を血みどろにしても、
オレがどれだけ血を流しても、
血だまりの中で、オレは、ずっと生きていく。


それしか、思いつかなかったから。…オレは、オレのために……光より、闇を択ぶことにした…。




………だが…





あの…冷たい場所で
オレは…いつも……


あの男を憎み、祖父の道具として忠実に従いながら…


…あの、ともし火に揺れる、聖夜だけは…


黒いマリアの…掲げた短刀に重なり映る、美しいイコノスタスの…
…年に一度だけ開かれる……輝く金の扉を、見つめていた…。

マリアの頭上に、偶然、映る…一年に、たった一度だけの…開いた扉……

あの奥には、至聖所がある。
そこには、 黄金のテーブルに載った七つの蜀台と、宝石のはめ込まれた大きな十字架、高い高い玉座…

その上に煌く、殉教者たちのステンドグラス………それから……両手を広げて待つ……キリスト…


…そうして…


さらにその上に…何よりも真っ白に輝く…あまりにも眩しい…


…光の…扉…



…いつか神の楽園につながると聞いた


…目も眩むほど鮮やかな…………その先に広がるはずの……美しい世界……



それは…


オレには、もう関係ない。
生きている限り、二度と…関係ない。


それでも…


死ねば…人は、自由だ。


そしたら、


…行けるかもしれない…と…願ってた…。



あの、美しい光の扉の向こうまで…







「カイ?」

もう一度、タカオが微笑んだ。

…光を含んだ唇で…


「オレ、言ったじゃねえか。どんなカイでも大事だって。けど…なぁ、よく見ろよ。この聖母…おまえの顔にソックリだぜ?本気で、とっても綺麗だよ。…優しいよ…。だから…オレの母さんだって祈ってた…。死ぬ間際まで…祈ってたんだ…」

「……」

「…オレ…色んなカイがいて、いいと思う。どんなカイでも、一緒に居たいから。どんなカイでも必ず幸せにするし…どんなことがあっても、うんと一生懸命、守ってみせる。けど…」


光の瞳が…また…笑った。


「…今のカイも、前のカイも…この像に、すっげえよく似てるし…きっとオレの知らねえ昔のカイも…すごく…似てたと思うぜ?」


「………」


「ひとって…みんな…そんなモンじゃねえのかな…」

「なに…?」


思わず惑って聞き返したオレに、タカオは、天井を見上げながら…珍しく…ちょっと考え込む顔をした。

「ん〜…あのさ…たぶん……カイのなかには…もともと、いろんなカイがいるんだよ。次々に…新しいカイが生まれるから。そんで、一番新しいカイが、今ここに居るんだけど…そのカイは、前のカイとぜんぜん無関係ってワケじゃねえんだ。前のカイから、生まれてるから。…そうやって、ずーっと、つながってくっていうか……うーん…なんて言やあいいのかな」


しばらく、悩んでいた。
それから、 いきなり、手を…差し出した…。


「次のカイも、オレは必ず、好きになるよ」


…笑ってる。きっぱり確信した顔で…



「次のカイも、その次のカイも、その次のカイも…オレは、みんな、好きになるよ」



「………」




オレを、まっすぐ見つめて…笑ってる。
確信だらけの表情で…
射し込んでくる一条の光みたいに…手を…差し出して…



…いったい…おまえは…何を…言っているんだ……
……オレに……どうしろというんだ…?



戸惑ったまま…わからないオレの前に…




「!?」



高くそびえる黒いマリアの後ろから…


その瞬間、



……信じられないものが……降って…きた…。






■to be continued■